【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【39】 湯気に消える泡沫の夢

 ひしめき合う石造りの建物の間からもうもうと湯気を吹き上げる町並みが、遠目に見てもココが単なる普通の観光地では無いことを如実に表している。

 すご、マジで別府じゃん! ごめん行った事ないから完全に偏見。

 

 ギルガム領バルツァン温泉街。

 この国に産まれた者は、人生で一度は訪れたいと夢に描く帝国きっての温泉郷。

 

 だが、本来であれば観光客で埋め尽くされていたであろう屋台広場や有名な宿屋すら、しかし今となっては閑散としている。まばらに暗い顔をした地元民が歩いているくらいのものだ。

 人種としてはヒダルさんに似たドワーフや、よく知らないが赤肌に角を生やしたオニみたいな方々が割合としては多そうかな。

 区分けされたうちの市民街すらこうなのだから、恐らく貴族街の方は従業員以外人っ子一人居ないに違いない。

 このままではそう遠くないうちに、多くの店は暖簾を下ろさざるをえなくなるだろう。

 

 これが、あの空飛ぶクジラのもたらした状況だ。

 あんな神秘的な見た目しといてとんだ害獣じゃねぇかよ。

 

「とてもキレイな場所ですが……けど、これじゃあねぇ」

 

 先生が頬に手を当て残念そうにつぶやく。

 鎧以外の部分の身に纏う薄布が湯気の湿気でしっとりと濡れて、本当にマズい事になりかけている。

 もちろん神が恩賜した薄布くんはその程度でスケたりするほど軟弱ではないが、だからといって見えなきゃオーケーっつーワケじゃないんだよ。

 早く宿に連れ込まないと、僕の大好きな先生がとんだ羞恥プレイを町中で披露する事になっちまう。

 いやそんな状態の彼女を宿に連れ込むって表現も良くないのか……?

 手詰まりじゃん、一体僕はどうしたら良いんだ……。

 

 しかしまぁ彼女の言う事自体はもっともだ。

 観光地なんか空いてる方が観光客には嬉しいもんだが、しかしまったく喧騒のねぇ温泉街なんて寂しくて仕方ない。

 特にこの異世界の……は知らんが、少なくともこの国の人々は、わりと陽気に騒ぐのを好むタイプが多いしね。

 ゴードンさんの酒場とボゥギフトという街に、その傾向が多いだけな可能性も否定できんが。

 

 普段どれだけ活気がある場所なのかを思うと、この閑古鳥の鳴き声がよりわびしく感じてしまう。

 きっとこの場所は人々のざわめきも含めて、一つの観光地だったのだろう。

 

 実は温泉街なんて来るの人生で初めてだから内心テンション上がってたのに、これ見ちゃうと嬉しさより悲しさが勝っちゃうなぁ。

 討伐がメインとはいえ、みんなと初めての観光地への旅行なんだから、そりゃもうウキウキしてた部分が無いとは言えない。やりたい事もいっぱいあったんだよね。

 まずみんなと旅行ってだけで最高なのに、その上行き先が温泉なんてシチュエーション、もはや人生の絶頂期だろ。

 

 

 いやさぁ、そもそも旅行なんてあんま行った事ない僕が考える事なんてたかが知れてるけど、それでももしみんなで温泉行くとしたらさぁ。

 

 

 まずは行きの新幹線ではセオリー通りみんなでお菓子を交換しようとすると、委員長がお菓子っつーか間食は身体に悪いので身体に良い物を食べたら相殺できるみたいなゆで理論を打ち立てて、ちっちぇタッパーに入ったボイルモロヘイヤとか出してくるのが目に見えるぜ。いやマジでやりかねない。旅行行くときは絶対一緒に前日に買い物に行こう。

 ここでベタにサラダとかじゃ無いのもポイント高い。「今のは食事ではない……余のおやつだ……」って気概を感じられる。目的の為に手段を選ばないのは、どっちかっつーとバーンよりザボエラの方じゃないか? とは思うがそれは言わぬが花ってもんだ。

 本人はもちろん味なんか気にしねぇで食うが、交換先としての為替レートは極めて低く不本意そうだ。

 

 宿に着きゃチェックインだが、ここはやっぱ保護者として先生が受付してくれるんだろうな。面倒なことをしてもらってばかりだ。

 申し訳ないし今日の夕飯の時はお酌くらいさせてもらいたいが、しかし彼女は生徒を保護する立場の時は絶対に酒を飲まないのだろう。

 人格者過ぎてヒモ特有の低俗なお礼が何一つ通用しねぇ……。せめて彼女にもこの旅行を楽しんでもらうしかない。

 

 そんでその待ち時間に僕と明星先輩と目黒さんは、レトロなゲームセンター見つけてテンション上がったりする。

 目黒さんはこういうのそもそも好きなんだけど、明星先輩はゲーセン行き慣れてるだけに最近のとこに絶対置いてない筐体に興味を惹かれるだろう。

 晩ごはん食べたらココ来ようって計画を建てるだろな。

 

 部屋に荷物を置きに上がって、口々に広ーい!だのこの追加スペースみたいな場所はウチの秘密基地にするッス!だのひとしきり言ったら、まずはひとっ風呂浴びるでしょ。

 僕なんか普段はわりと手早く済ませる方だが、せっかくの温泉なんだ。広い湯船にゆったり浸かるのも悪くない。

 日頃のバイト疲れなんかも、柔らかな泉質の湯に溶け流れていく。

 たいていの温泉は打ち身くじき神経痛筋肉痛慢性眼疲労に効能があると看板に書いてあるからね。

 そりゃ身体をお湯で温めたらそれらは緩和されるだろと思うが、しかしそれ見て「良いじゃん……」と思うのも醍醐味の一つさ。

 

 んで上がったら浴衣に着替えて、待合室で先に上がってた鹿野ちゃんと一緒に牛乳を飲みながらみんなを待つんだ。

 彼女はもちろんフルーツ牛乳、僕はこういう時はコーヒー牛乳だな。

 カフェオレなんておこがましくて名づけらんなかったような甘ったるい乳褐色の、ガキが背伸びするような飲み物がこういう時は良い。まさしくその通りな状況なんだからピッタリじゃん。

 

 で、紙キャップの瓶なんて今時こういう飲み物でしか無いからさ、鹿野ちゃんなんか珍しがっちゃって、蓋洗って持って帰るッス!先輩の分も欲しいっすよー!なんて言ってさ。

 そうこうしてるうちに、みんながどやどやとかしましく話しながら上がってきたら、もちろん湯上がりのみんなが普段と違ってなんだか大人っぽく見えてドキッともする。

 僕はお決まりは全部やるタイプだ。

 とはいえ少年誌じゃないのでToLOVEったりはしない。

 ラッキースケベは公共の場ではマナー違反とされているからな。当たり前だろ、どこでやってもなんらかのマナーには違反している。

 

 そんで晩ごはんまでの時間は、温泉街のお土産物屋巡りに繰り出そう。

 古めかしい町並み歩いてたら、わざわざ来る前にネットか図書館で調べて来たのか委員長がこの街の歴史なんかを話してくれて、僕もそういうの聞いとくとより楽しめるタチだから嬉しくなっちゃったりな。

 小金井さんなんかは素で詳しいから、もしかしたらそれに後付けでこの地域の経済状況なんかも解説してくれるかもしれない。

 興隆と斜陽と落日、全てを経験したからこその"今"があるのさ。

 何もかもが上手くいった昔日に思いを馳せている、過ぎ去った場所にしか出せない郷愁がある。卑俗な観光客として、その哀惜をも味わわせてもらおう。

 

 そんな歴史を実感させる古びた射的の店を見つけたらさ、鹿野ちゃんがマジでヤバいくらい上手くて、本当は重り入って落ちないSwitchのソフト落としちゃったりしてよ。

 「こういう宿は晩ごはんも量多いに決まってるんだから、それ以外絶対食べちゃダメなんだよね〜」なんて言ってたハズの悪王寺先輩も、匂いに負けて温泉まんじゅうを頬張ってるワケよ!

 わかる!? オイ聞いてるか鯨ァ!?

 

 もうみんなと温泉に行くって単語だけで、こんだけ想像膨らむくらい楽しみにしてたんだよ!

 いやまぁ明らかに文明度からして、日本の温泉行った時しかできない事のオンパレードだったけども!

 

 喋ってるだけでもう完全に温泉の口になってきやがった!

 地球帰ったら温泉旅行行かないとやってらんないぞこんなん!

 

 だってのに人の楽しみをぶち壊しやがってクソデカ飛行機クジラめ……! 許せねぇ……!

 

 

 僕が空飛ぶクジラに存在しない罪まで着せ付けて、ついでにクリスマスツリーじみた電飾の飾り立てもし、バルツァン温泉街公認マスコット『クッシー君』に仕立て上げていると、先頭を歩いていた小金井さんが足を止めた。

 

「おっと、どうやらココのようですねぇ。ふむ、随分大きな……儲かってるようでなにより。さ、さっさと荷物を置いてギルドへ向かいましょう」

 

 そこには一際大きな建物があった。ここが冒険者ギルドの取ってくれた宿なのだろう。

 看板には大きな湯船からあふれる、黄金色の湯のイラストが描かれている。

 なんでもここらで一番の温泉宿らしい、その名も『宿屋:黄金の湯殿』。秀吉じゃないんだから黄金の風呂場作られても困るけどな。

 たかだか冒険者に高級宿とはかなり豪気な話ではあるが、実際どこも客なんか居ないので良い宿も安く泊まれるって裏事情もあるのかもね。

 もちろん文句は無いし、かなり嬉しい。

 単なる高校生らしく地球にいた頃から高いホテルなんて宿泊経験ないから、ちょっとドキドキだぜ。

 

 

 白く綺麗に塗られた壁に大きな窓ガラスまでついて、赤い屋根から伸びた煙突よりモクモクと煙がたなびく。あれは湯気ではなく煮炊きの煙のように見える。

 道中の宿場町と違い流石にこの規模の街になれば備蓄の食料は多かろう。あまり心配はしていなかったが、持ってきた芋を食い続ける事にはならなそうだ。僕と鹿野ちゃんは嫌いじゃないけど、残りのみんなは少し飽きてそうなんだよね。旅の途中は調理も簡単に済まそうと、焼くか茹でるかしか料理法が無いのがなぁ。

 

 両開きの扉から中へ入ると、壁の半分はあろうかという窓から陽光が入り中は太陽の下の様に明るい。

 この世界には魔法の灯りが存在するが、だからこそむしろ窓ガラスを使った採光は逆に贅沢な話なのだろう。割れやすい板ガラスという物を、わざわざこんな形で贅沢に使えるという事実が豊かな富を象徴している。割れてない事が治安の証明になるしな。

 

 木製のカウンターに立つオニっぽい種族の女性の赤く染まった厚手のエプロンには、表の看板と同じイラストが描かれている。

 

「あらぁ、いらっしゃい! あなたたちが大怪鳥退治に来られた冒険者さん達ね! 高名な金級冒険者をもてなせるなんて、ウチの宿は幸運だわ」

 

 話はわりと詳しく伝わっているらしく、疲れの影が見えながらもニコニコの笑顔で僕らは迎え入れられた。

 どうやら彼女がここの看板娘らしい。え、女将さんなの!? いや失礼しました。めちゃめちゃお若くてマジで勘違いしちゃった。

 この異世界自体、爛熟した資本主義と過度な安全に染まった日本と違い、老人より若年層が多い傾向にあるけれど、それでもホントに若くないか? 

 どうも鬼人族というらしく、人間種に比べると成長が緩やかで寿命も三倍近いから若く見えるのだという。

 はぇ〜……勉強になります……。

 

 

 通してもらった部屋は四人一部屋で二つ。

 どうやらパーティごとに泊まれるようにという気遣いのようだ。

 おいおい男女が一つの部屋で就寝はマズいだろと思ったが、四人一部屋とは言ってもかなり広々としておりなんなら布団を敷けば15人くらい余裕で泊まれそうなサイズ感なので、まぁこのくらい広ければ世間体的にも大丈夫そうかなと一安心。

 

 四人で掛けても余裕な長いソファには小さなクッションがいくつか置かれ、その前のローテーブルには皿に盛られた乾き菓子が十種類近く。

 壁際の壁のローチェスト上にはアメニティとして綺麗な櫛やマッチもどきが置かれ、帝国国旗の大きなタペストリーがかけられている。

 フカフカとした毛足の長い絨毯が、まるで雲の上を歩いていると錯覚させるような体験をもたらす。こんなアホみたいに掃除大変そうなモン敷いてるから、チェックインの後にわざわざ室内靴がレンタルで用意されてたんすねぇ。

 残念ながら広縁は無かったが、ウォークインクローゼットじみたよく分かんない小部屋はあったので、無事鹿野ちゃんの秘密基地になった。

 

 ……えー、落ち着かないっすね。

 ちょっと良い部屋過ぎます。高そうな宿屋で嬉しかった気持ちはどこへやらだ。

 ヴォルバレイさんがなんか酔った勢いで「せめてできる事はしておく」とか言ってたが、やるべきなのはこういう事じゃなくない?

 ボカァてっきりギギルガム様に口添えしとくとかそういう事だと……。

 もしかしてみんなの税金でココ取ってんじゃないだろうな? この件で革命の果てに断頭台の上に登るリストに名を連ねちまってたらどうしよう。

 

 根が小市民な僕にとって、こんなに高級そうで品の良い気高さすら覚える調度品に囲まれるのは、賭けジェンガに囲まれて生活するみてぇなもんだ。

 いつ壊して罰ゲームの罰金が発生するかわかんなくて気が気じゃない。歩くのも触るのも気を払わなきゃならん。

 壺一つでも壊しちゃったら、僕の人権売っても払えない高額を請求されそうだもん。

 

 わりとみんなも同じ気持ちなようで、鹿野ちゃんを除く三人は居心地悪そうに僕の隣でちっさくなってソファに座っている。

 あ、持ち上げて目黒さんの膝に移動させられた。

 落ち着かないんだよね、わかるわかる。お膝をポンポン叩いてあげよう。

 

 かたや唯一除外された鹿野ちゃんはそういった事をまったく気にしておらず、止める間も無くおせんべいを齧りながらベッドルームへ歩いてって「おー! 結構フカフカっス〜!」と飛び跳ねたので、僕らの心臓も同時に跳ねることとなった。おぎゃー! 食べカスもよう落ちとる!!

 ヘンゼルとグレーテルみたいなおせんべいの欠片の道を拾いながら追跡し、クッソ柔らかなシーツの上でボヨンボヨンしてた被疑者を即確保。帰り道がわからなくなったので森からは出られずあえなく彼女は御用となり、『おせんべいは美味しそうだしベッドはフカフカだったのでやった』と容疑を認めたのであった。

 ……なんか鹿野ちゃんはこういうのを意識していないってより、慣れてそうな感じあるんだよな。

 

 

 こんな危ない所に居られるか! 俺は外界に戻るからな! とみんなの意見が一致し、僕らは早々に宿屋を後にし一路冒険者ギルドへとむかう事にあいなった。

 あっちの部屋でも小金井さん以外ガチガチになってたらしい。明星先輩は言わずもがな、悪王寺先輩も流石にここまでの宿は慣れてないようだ。

 

 今からギルドで到着の報告をしても、貴族に到着が伝わってからたぶん数日待たされての出頭となるんでないか、というのが僕と小金井さん共通の見解である。なお僕は気分としては裁かれる罪人くらい気が重いので、出頭で間違いじゃ無い。

 この世界での常識は存じ上げないが、偉い人との面会なんてたいてい待たされるもんでしょ。

 状況が状況だけに早まる可能性はあるが、それでもメンツだの権威の誇示だのあるでしょうからねぇ。

 

 それらって簡単に否定できるもんじゃないんだよね。

 なんとなく学生の身分の僕らには馬鹿馬鹿しく感じちゃいがちだけど、しかし慣例ってのは当然意味があって始まったものだ。

 偉い人にはえらぶってもらわないと、僕ら愚かな下民は「なんかワンチャン下剋上できんじゃない……?」とか思っちまう生き物だからな。

 お上には敵わないという認識付けは、階層社会を運営するなら必須の条件なんだろうぜ。

 

 

 魔車をギルドの厩舎に置いて先に来ていたグレスタ兄に挨拶をしてから受付嬢さんに話を伝えると、ギルマスがちょうどお貴族様の館へ出ているらしく使いを走らせるので、併設の酒場で軽く食事でもして待っていて欲しいとの事。

 およ? なんかコレ本日すぐにでも会う感じじゃないか?

 僕と小金井さんは目を見合わせる。むこうも結構意外そうだ。

 切羽詰まっているのは実感していたが、権威を軽んじて形式をすっ飛ばすのは権力者が一番嫌う行動だと思ってたぜ。

 なんだよ、案外話の通じる相手かも知れないな。

 楽観的にはなれないが、少し肩の力を抜いてもいいのかも知れん。

 

 そうして勧められた通り卓につき、普段よりも品数が少ない簡易版みたいなメニューからムッニグハルを注文した。

 日持ちする加工肉と芋や、野菜の葉の漬物を入れたポトフらしい。

 え、めちゃめちゃ美味そう……最高……。

 限られた選択肢の中でもなんとか美味しい物で栄養取ろうっていう先人の知恵をビシバシ感じる。

 スゲーや、昔の人には尊敬しかない。なむなむ。

 

 案の定たいへんウマく、みんなも久々にありつけた美味しいごはんにワイワイ楽しく食事をしていると、突然後ろから声をかけられる。

 

「貴方方がこんな時にやってきたという奇特な冒険者たちね?」

 

 振り返ればそこには、龍角と尻尾を生やし四肢の半分を鱗で覆われた、ドラゴニュートの女性が立っていた。

 おわ、すげぇや、初めて見た。カッコよすぎます。

 

「えぇ、そうですが、あなた様は……?」

「私はヒート・ドラゴルド・ドラコ・ギギルガム。あなたたち階級は?」

「おや、これは大変失礼致しました。私どもは冒険者ギルドから金級を拝命しております」

 

 おっとやっぱりお貴族様か。

 勘弁してくれよ、貴族との会話作法なんて学校ではやってねぇ。Z会行っときゃ良かったぜ。

 冷や汗を垂らしながらどうか無礼討の概念がこの世界に無い事を祈りつつ、僕はにこやかに対応をするのだった。

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