【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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再開。
仕事で投稿お休みしてると、なんか逆に隙間時間ができて本もいっぱい読めました。

感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。


【46】 化身

 すえた臭いと動物園のような獣臭が混じった、空気清浄機がレッドアラートを鳴らしそうな洞窟が、僕らを襲った山賊たちのアジトだった。

 

 普段使いするにはちょっと野趣溢れ過ぎてますね。あのコウモリはペットかな?

 こんなとこが職場兼社宅だってんだから頭が下がるぜ。

 いや、まっとうな仕事してないからこんな場所以外住めないだけなので、頭を下げる必要はないのだが。

 

 そこまで考えて、仕事をしていない僕が他人の稼ぎで宿に泊まってる事を思い出し、一気に消沈してしまう。

 盗賊と自分を比べて、他人に迷惑をかける仕事をするか、仕事をせず他人に迷惑をかけるかの違いしか存在しない事あるか?

 

 

 つまり僕らを比較表に変換すると

 

 

          山賊 僕

他人に迷惑をかける ○/○

仕事をしている   ○/✕

 

 

 となるワケだ。ワケだじゃねーのよ。

 これだけ見ると、なぜか僕の方が凶悪な存在になってしまうからビビっちゃうな。

 

 

 ……ま、つっても流石にやってる悪い事の程度が違い過ぎるよね。

 なんてったって僕には、コレみたいに常習性や依存性がねぇし、身体にもそんなに悪くないとされるからな。

 おそらくバカ高いであろうコレに比べ、ただ飼うだけなら犬くらいの費用で済むし。

 

「うーん、いやはやこれは困りましたねぇ。まさか踏み込んだ盗賊のアジトに、こんな物があるなんて」

 

 小金井さんが"これは想定外"といった表情を作り、積み上げられた箱の中身を見つめていた。

 

 一見すると煤のようにしか見えないソレは、しかし一度吸引してしまえばたやすくその人間の人生を破壊してしまえる魔力を持つ。

 性交の何千倍とも言われる途方もない快感、生きてきた人生の中で他の何物にも代えがたいとされる多幸感、そして脳の中枢神経を侵す離脱症状。

 

 『ひとたびパイプに入れて火を付けたなら、それは残りの人生を燃やすのと同じ』

 そんな風に人々に恐れを交えて語られる。

 

 まっとうな人間からは恐れられ忌避されているが、しかしそんな人でも少し心が弱ってしまった日にもしコレが身近にあったら、間違いを犯してしまう可能性はおおいに存在する。

 どんな人にだって、自暴自棄になってしまう時はあるのだから。

 だからこそ国は所持しただけの人間も死刑にするし、まっとうな感性を持つ商業ギルド幹部が秘蔵っ子のお抱え冒険者に調査をさせたりして、都市部での蔓延を水際で食い止めようと躍起になる。

 

 固有の名前を付けることすら忌避された『黒粉麻薬』。

 それがこの違法薬物の正式な名称だ。

 

 こういうのをやる気持ちは理解できる。

 決定的な破滅が無くとも人は日々に絶望するし、自堕落な生き方はいつの間にか袋小路を作り出し、誰にも縋れない孤独は精神を容易く蝕む。

 一時的な逃避を求めて、簡単な快楽に逃げるのは仕方のない事だ。

 ただ、きっと異世界に来ること無く地球に変わらず居たとしても、僕はこういう物を望まなかっただろう。

 せっかく再会した時に、曖昧になってちゃ申し訳ないからな。

 

 

 けれど全員が全員僕みたいに思うワケじゃないのは当然で、人間の暗い欲望というものには際限がない。

 どれだけ厳しい罰を設けようと、絶対に悪徳は無くならない。神の火でも無ければ、ソドムとゴモラは滅ぼせない。

 持つだけで死刑とわかっている粉だろうと、しかしどんな街にも少なからず流通している。

 ボゥギフトはそういう物が本当に少ない方なんだけれど、しかし皆無とは言えなくて。

 そしてここバルツァンでは、それよりも比較的多い量出回っているらしい。

 

 それを示した紙が、僕らの目の前の机に置かれていた。

 どうしてこんな所にあるのかわからない、バルツァンを拠点にするいくつかの商会の裏帳簿。

 出る場所によっては数多の人間の血が流れる、本来であれば門外不出の秘すべき大動脈。

 それがわざとらしい程にぽつねんと、誰も筆など取らぬであろう盗賊の机の上に、無造作に置かれていた。

 普通に考えれば絶対にこんな所に無いハズの、隠密に長けた者が先回りして置いたのかとすら疑ってしまうような、できすぎた配置。

 

 つまりはバルツァンにて出回っていた黒粉を卸していたのはこいつら山賊であり、それを仲介していた……もしくは子飼いにしていたのが、これらの商会であると。

 そう如実に表すだけの証拠が、耳を揃えてキッチリと見つかったのである。

 

 国が頭を悩ます麻薬の流入源の一つを、僕らが今偶然にも叩き潰したのだ。

 奇しくもこのアジトは一日僕らが走り抜けた街道のすぐ先の方角にあった。

 彼らにしてみれば、まるで僕らは「自分たちを捕縛しに来た」ように見えた事だろう。

 ならば、野営中に打って出るのはある意味当然のことだった。

 

「この帳簿を見るに、私どもが怪鳥討伐の為に食糧を買い漁った商会と山賊には繋がりがあったようです。

「であれば先の襲撃も、そちらの筋から盗賊に指令があったのやも知れませんねぇ……?

「しかし単なる一介の冒険者という身分では、こんなものはあっても持て余すばかり。ゆすりたかりのタネだったのか、中には黒粉とは無関係な商会の裏帳簿もあります。これらをもって糾弾など、私どもにはとてもとても……下手をすれば命を狙われかねません。

「あぁ、しかし! 我々は幸運でした!

「なんせここにいらっしゃるのは、領主様のご令嬢とその騎士様たちであらせられる!

「そんな方々が商会の不正を暴き出したとあらば、当の本人たちも自らの愚行を嘆く事はあれど、楯突こうなどとは夢にも思わないでしょう!

「……そうすれば近い将来、グランダム家によるこの街の支配はより盤石なものとなるに違いありません。今のようにただ金を持つだけの市民が、畑違いの事柄に口を出しづらくなる」

 

 まるで独演会のように、まるで教師が生徒に語り聞かせるように、まるで親が娘に言い含めるように。

 微笑む顔は微動だにせず、普段の大振りはどこへやら敬意に満ちた所作で、小金井さんはヒート嬢へと手柄を譲り渡した。

 何もかもを利用する為に連れてきた目の前の小娘に、痛む心と本心の詫びを隠し立てながら、捧げるようにそれらの書類をうやうやしく差し出す。

 

 このアジトに入ってこれらの品々を見つけてから、終始熱に浮かされたようにぽやっとしていたヒート嬢が、震える手でソレを受け取る。

 後ろの騎士たちは、この場で何が起こっているのかを未だに把握しきれていないようだったが、しかし小金井さんの動作が貴族への敬意に満ちていたので、止める事もせずただ見ている事しかできない。

 

「……いつから、こうなると?」

 

 声を震わせながら、彼女は目の前の商人に尋ねる。

 策謀家を気取る令嬢が、何もかもを看破されそして想像すらも上回られて、答え合わせをねだる。

 教えてくださいと、親に乞う子供の如く。

 その目は態度や振る舞いに反して、爛々と欲望に輝いていた。

 自身の目指す地点の先に立つ存在に出くわして、戦略も運も盤外すらも操作する詐術めいたそのビッグプレーヤーへと、憧れを抱き始めている。

 

「おやおやおやぁ、異なことを仰る。私は貴族様を襲撃した山賊をひっとらえようとして、たまたま踏み込んだアジトで発見したに過ぎません。……とはいえ、そうですね。私はあなた様を好ましく思っています。ですので、なんの関係もない独り言を呟かせて頂くのならば」

 

 

 ……ボゥギフトを出発する前から、とだけ。

 

 

 その答えを聞いてヒート嬢は頭を垂れた。

 それはまるで、神から遺物を賜った神官のような、尊崇を感じさせる態度。

 貴族が、当主ではないといえその一門の者が、軽々しく下げるべきではない頭を下げて、「たいへん勉強になりました」と感服したかのように降参を宣言(サレンダー)した。

 

 周りの騎士二人がどよめく。

 慌てたフリで小金井さんが頭を上げるように頼み込み、"師匠"がそう言うなら、とヒート嬢は素直に従った。

 

 いまや傍目から見ても、彼女は小金井さんに心酔していた。

 

 こりゃ相当お熱だぞ、小金井さんもずいぶんなタラシじゃないか。

 まぁ小金井さんみたいな魅力的な女の子を前にして、魅了されない方が難しいからこれも当然ではあるのだが。

 口が達者で知識が豊富だからお話ししてて楽しいし、作られた仮面の下の本当の表情も実は豊かで、まるで子供の頃を取り返すようにイタズラ心を時折見せるのもあまりにキュートだ。

 上げていく要素がことごとく7000000点のスコアを叩き出すから、もはや僕の好感度は内部数値がオーバーフローして表示がバグってえらい事になっている。

 そんな素敵な女の子に、いたいけなヒート嬢が懐いてしまうのもやむかたない。

 ……だからこそ、より小金井さんの心の内が心配になろうというものだ。

 愛を利用した相手に愛されるなんてのは、悪い冗談みたいな話だからね。

 

 ま、そうでなくともヒート嬢には子供っぽい部分がかなり残っている。虚勢を剥がされれば露呈してしまう程浅い場所に、とても色濃く残留している。

 成長しきった身体と、未だ経験の足りぬ精神とが乖離を起こし、極めてアンバランスに平衡を保っている状態だ。

 そんな子の前でこんな刺激的な演目を披露したらば、幼子の心に影響を及ぼすのは言うまでもない事だろう。

 多感な時期にエヴァ見るようなもんさ。学校でカヲル君の真似をし始めかねない。

 恐ろしい話だ、これ以上はやめておこう。

 ま、悪い詐欺師に引っかかる前に我がパーティの悪くない商人に引っかかったのは、むしろ救いとすら言えるかも知れんね。

 なんてったって彼女は稀代の商人小金井山算金。

 無償の愛を信奉するお人好しな彼女が建てたプランが、親に愛された子供に悪い結果をもたらす事はあるまい。

 

 そんな風に思いながら、僕はサクッと畳まれた留守番組の盗賊達を文字通りまとめて一塊にすると、アジトの外へと転がしていくのだった。

 何人も巻き込んでだいぶデカくなったぞ、オウサマも喜んでくれることだろう。

 

 

 

 

 

 

 残念ながら、大きくはなったが星座にする程の偉業は成してないと判断された山賊塊を野営地まで引きずって、僕らは昨日泊まっていた地点に戻ってきた。

 

「この時間帯に巡回しているハズの村へ、一人走らせました。数日もせぬうちに黒粉は全て焼かれ、あますことない証拠がバルツァンへ運び込まれるでしょう」

 

 育ちの良さと心からの礼儀を感じさせる言葉遣いで、ヒート嬢が小金井さんへ報告する。

 

「ありがとうございます、たいへん結構な事かと。それでは私たちは、本来の目的である怪鳥討伐へと戻りましょう。しかし、その前に一度休んでおきたいですね。昨夜あまり休息を取れていません。コンディションに問題がある状態で、あんな化物とやりあうのは避けたい」

「そうですね。ではこのまま数時間休み、それから……」

 

 これからの行程について相談を始めた二人を尻目に、僕は仰る通り眠気に襲われ船を漕ぎかけ、慌てて両手で頬をパンと叩いた。

 もはや時間は完全に朝ごはん時、実際パンと燻製肉を食べたばかりなので血糖値スパイクが大爆発、完璧におねむなのである。

 ドカ食いしたわけでも無いのに簡単に気絶できちゃう筒みてぇにシンプルな身体構造でやんなるな。

 

 

「おいアオ、大丈夫なのか? 突然襲われるし、盗賊のアジトにまで乗り込んじまうし……今からあんなバケモノとやるってのに、そんな消耗しちまって」

 

 未明の襲撃の間もきちんと天幕に隠れてくれていたグレスタ兄が、僕らを心配してくれる。

 逃げだしたり、慌てて下手に動いたりせず、僕らを信頼して身を隠し続けてくれた御者さんたちの度胸には感服するばかりだ。

 戦う力の無い人間が身を任せるということは、文字通り命を預けるに等しいのだから。

 

「なぁに、グレスタよぅ、あんま気にするもんじゃねぇぜ。そりゃあ牧師に説法ってもんだ。こん人らはな、戦うってぇ事について職人なんだ。オレらが雇い主に『オイオイ、そんな風に走らせて、目的地までに馬がヘバッちまわないか?』なんて言われちゃあ、カチンとだって来るだろう。パンはパン屋に焼いてもらうもんさ、口を出すもんじゃあねぇ」

「ジョン爺……そうか、そうだよな。すまん、アオ」

「なに、気にしないでよ。なにしろ今から控えてるのは、あのバケモノの討伐なんて大仕事なんだ。気がかりなのも当然さ」

 

 命がかかろうと払った金の分はやると断言してくれたジョン爺さんが、グレスタ兄を諌めてくれる。

 彼は野盗が襲撃してきた時点で、既に天幕の片隅の荷物の中に潜り込んで隠れていた強かな人だ。

 道を歩いてるだけで追い剥ぎにあってもおかしくない、カジュアルに犯罪と遭遇するのがこの異世界だ。

 これに関しては別に日本が安全過ぎるだけで、地球の他の国にいてもあんま変わんなかったかもだけどね。

 

 

「みなさーん。巡回の騎士が到着するまでの四時間ほど、休憩ですよぉー」

 

 お、どうやら結論が出たらしい。

 グレスタ兄はホントに気にしなくて大丈夫だからね。僕らも伊達や酔狂で金級なワケじゃないからさ。

 アンタが運んできた冒険者は、あんな戦闘程度じゃあ体力が削れやしないんだ。基準値以下のダメージは無効化しちまうドリームオーラみたいなもんだよ。

 ……ま、僕はその例に漏れて、普通に眠いけどね。でもそれも今から一眠りして快復させる予定だし。

 今日も走ってもらうんだから、みんなも寝ときなよ〜。

 

 小金井さんの休憩宣言を受けて、僕はそれぞれに敷かれた布へと潜り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、やって来た騎士たち五人に追い立てられて……というかあまりの人数の多さに塊のまま引きずられて、盗賊たちは村へと連行されていった。

 大事な裏帳簿は戦闘で紛失してはならぬとヒート嬢直属の騎士が鞄を抱えて、騎馬でバルツァンへとひた走ってくれている。

 重労働を押し付けるようで申し訳ない気持ちになるが、とはいえそれが彼らの仕事なのだ。変に気を遣うのもそれはそれで侮辱に当たるか。

 

 

 抱えていた大荷物が出荷されていって身軽になった僕らは、再び街道の人となり魔車に揺られる(本当にめちゃめちゃ揺られている)事となった。

 

 ただし昨日とは違い、今日は僕らの魔車にヒート嬢も同乗している。

 当初、僕が鹿野ちゃんに抱えられているのをとんでもない目で見てはいたが、今や居ないものとして扱う事になったのか、普通に無視されて彼女は鹿野ちゃんとお話し中だ。

 

「では、アオミさんは従者ではなく、魔法使い……という事ですか? まぁそれなら特別非力なのもわからなくは……」

「そっスよー! 青海センパイはスゴ腕のバッファーなんす! ウチらがめちゃめちゃ色々出すドクロとかデカい緑のスモトリに勝てたのは、センパイの力がすげーあるんッス! えぇー? そんな事無いっすよぉ! センパイは見てくれも頼もしいっす!」

「あ、あら、失礼。顔に出てましたかしら……流石はコガネイ師匠パーティの猟師、観察眼が一流ですわね」

 

 小金井さんを師と認めた事により、そのパーティメンバーに対しても敬意をもって接してくれるようになった結果、音を置き去りにする程の爆速で鹿野ちゃんが仲良しとなっていた。

 鹿野ちゃんに新たな友達ができたことが、シンプルに喜ばしい。

 

 言ってる内容には結構異議があるっつーか、そんなに上げられると今後クジラと戦う直前にみんなからお金を受け取って頭を掻く僕を見られた時の下げ幅がヤバ過ぎて、気圧差でカップヌードルがミニチュアサイズになっちまわんか心配になっちゃうよ。

 

 

 今の会話の中でも、相手の些細な挙動や表情から即座に思ってる事を察知して、一人で話を進めるという鹿野ちゃんのクセは矯正されていないが、それはそれで上位冒険者らしいという認知で受け入れられたらしい。

 一分野に秀でた人ってのは、なんだかんだ異質な素養があった方がそれらしく感じられるもんだしね。

 

 これは異世界に来て砲術師としての才を開花させたからこそ獲得した認識だが、しかし正直なところ、彼女ならば日本にいてもいつかは理解ある相手を得られたように思える。

 だってこんなに良い子がいっぱい喋りかけて、動き回って楽しそうにお話ししてくれるなんて、そんなの嬉しいだけじゃんね。

 鹿野ちゃん嬉しそうで良かったなぁって気持ちや思考を読まれても、結局口に出すか先んじて読んでくれるかの違いしか無いし。

 

 

「じゃあヒート様もちょっと試してみると良いっすよ! これあげるから、青海センパイに渡してくださいッス! ほら!」

「へ? え? 渡す? は、はぁ、アオミさんどうぞ」

 お、へへ、すいやせんね……あん?

 

 ここ数週間のみんなの行動により、「渡されたお金は受け取る」という刷り込みで「知らない人から物を貰わない」という子供の頃の躾を上書き保存してセーブされ終えた僕は、何も考えず差し出された硬貨を受け取ってから、その相手が貴族のお嬢様である事に気づく。

 

 時すでに遅く、黄金のオーラが至近距離に居た彼女へと繋がっていた。

 

 

 おぎゃーーーー!! た、たぶんマズい!! カプヌが縮んじまうって!!

 だからセーブするデータは複数に分けろってあれ程言ってるだろうが!!!

 貴族のお嬢様のヒモはヤバいっす!! いやでもパトロンっつー事でなんとかなんないか!? なんとかってどうなるっつーんだよ!!

 

 

「これは……!? か、身体が……妙に、熱くなって……! う、ぐっ、がァ……!」

「え、えぇ!? ヒート様!? ちょ、ちょっと魔車止めてくださいッス!」

 

 突然胸を押さえて苦しみ始めたヒート嬢に、鹿野ちゃんが焦って大声で御者に停車を呼びかける。

 僕も内心の動揺が吹き飛ぶくらいに大慌てで、腕を伸ばし彼女の身体を支えた。

 僕のこの能力が誰かを苦しめるのなんて、初めての経験だったからだ。

 苦し気に熱い息を漏らし、荒い呼吸で瞳をわななかせるヒート嬢の背を摩りながら、様々な疑問が脳裏をよぎる。

 どうして彼女だけ急にこんな事に? 現地人と転移した人間の違いか? 今までは大丈夫だっただけで、この力は界王拳みてぇに身体に負担がかかってたりするのだろうか?

 それならもうみんなには二度と使っちゃいけない。

 みんなに無理をさせてまで、僕らは無理に強くなる必要は無いんだ。

 

 

 そんな風に心配する僕を尻目に彼女は急にすくっと立ち上がると、徐々に速度を落とし始めたとはいえまだかなりの速度が出ている魔車の出口から、止める間もなく飛び降りてしまった。

 

「え!? ちょ、待っ!」「わぁーーーーっ!!!」「危ないっ!」「え゛え゛ーッ!?」「……っ!」

 

 全員がそれぞれの叫びをあげながら手を伸ばし、転げるように出口へと走り寄って。

 そうして、ぽかんと口を開けて立ち尽くす。

 

 

 ゆるゆると止まりきった馬車の後ろには。

 

 

 全身を覆う紅い鱗に樹木の如き立派な龍角を生やし、息をするたび牙の生え揃った口より炎を漏らす、紛れもない巨大な竜の姿があった。

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