【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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書いてたらどんどん長くなりこんな時間になった(二日ぶり数度目)。

感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。


【48】 もう二度と空を飛ばぬもの

 空舞うクジラに鉾を突き刺し、古来人々がそうしたように漁を行って釣り“下げた“先生たちは、着地と同時にゴロゴロと転がりながら地面へと倒れ込んだ。

 

「っだあぁ〜〜〜〜……疲れたぁ……単車投げた時くらい力込めたわぁ……」

『む、無茶苦茶ですわ……単身挑んだ私が言えた話では無いですけれど……』

 

 一仕事終えた先生とお嬢様は、疲労困憊といった体で大の字に寝転がる。

 とんでもねぇ発言は聞かなかった事にしておこう。

 

 かたや文字通り陸に打ち“落とさ“れたクジラは、周囲一帯を更地に変えるほどの衝撃を生みながら、しかしそれほど広範に瓦礫や土砂を跳ね飛ばしはしなかった。

 それもこれも全て、世界を塗り替える魔術という権能を、竜となったヒート嬢が行使しているからに他ならない。

 流石にあんな質量を直接動かしたりはできなくても、周囲に遮断や防護の魔法陣を張るのはお手の物だったらしい。

 

 

 そんな彼女の気遣いがあった事にすら気づかず、アイツは往生際悪くヒレをバタつかせ身体を跳ねさせていた。ポケスタ2のコイキングのミニゲームみてぇだ。

 とはいえもはや意識的に僕らを害する事はできない。

 陸に打ち上げられた魚になすすべが無いように、翼を捥がれ足も腕も生えてないこの生き物は、抵抗する手段を持ち得ない。

 なにがしかの攻撃魔法を放ってくるかと身構えていたのだが、魔法の補助をしていたエンジェルヘイローが壊れたからか、その様子もない。

 いくぶん拍子抜けするほどに、あっけなく趨勢は傾いていた。もはやコイツは俎板の鯨ってところか。

 

 いや、もちろんそもそもヒート嬢が竜にならなければクジラは食いついてこなかったし、それを一時的とは言え凌ぎ足止めできたのは竜形態の彼女がめちゃくちゃに生物として強かったからで、そこから先生が竜騎士バリのとんでもないジャンプでヒート嬢へ乗り込みマジで竜騎士になって、その上鉾に鎖を絡めて引っ張れるようになったからなんとかクジラを釣れて、鹿野ちゃんが狙撃できる高さまで降ろせたんだ。

 全部めちゃめちゃ幸運なラッキーヒットだが、それでも能力のあるみんながその場でできる精一杯を100%こなしたからこそ、運良くこんな結末を引っ張ってこれたのは間違いない。

 でも、あれだけのバケモノをこうもスムーズに追い詰められた事が、なんだか僕の中で妙に腹落ちしないというか、呑み込みにくい事実として残った。

 

 てか先生、あの鎖って触れるんすね? もっとなんかオーラと同じ、スピリチュアルなものだと思ってたんすけど……。

 そもそも僕が全然知らないヒモの詳細な仕様を、なぜみんながご存知なのか……たぶんこれ委員長がヒモ講座をみんなに開催しているっぽいので、それは今度僕も同席させてもらおう。

 

 

 クジラの傷は、地に叩き落とされた時点でけっこうな深手だった。

 重力の制御か、揚力の倍増か、なにかしらの魔法的手段で飛翔していたクジラは、それを失い自重と先生らの膂力と重力加速度の三重奏をもって地面に叩きつけられたことで、明らかに体中を損傷している。

 あんなバケモノが随分と簡単に大怪我をしたと思うかもしれないが、魔法を使う生物にとって魔法の補助を失うとは、言うなれば手足をもぐようなものだ。

 人間だって全力疾走中に突然両手両足が消えれば、その後の転倒だけで致命傷を受けるだろう。

 なんならあの生き物は、生命活動すら魔力による補助を受けていたかもしれない。

 

 しかしそれでもあの体格の生物の生命の炎は、そうそう簡単に消えるものではない。

 跳ねて尾びれを振り回して転がって、凄まじい規模の破壊を周囲にもたらしている。

 ヒート嬢の魔法陣のおかげで被害はかなり小さく収まっているが、それでも既に一帯は木々が折れて丸裸の禿山のような有様だ。

 ここからは鹿野ちゃんに砲撃を繰り返してもらい、少しずつ削っていくしかないだろうか。

 それでもこのサイズだと、かなり骨が折れそうだが……

 

「オゥ、青海」

「はい? んむっ……」

 

 本日三回目の展開に、これもうお決まりの流れになるのかと思っ明星先輩!?!!??!?!?

 片手で胸倉を掴みあげられて、足が浮いた状態で彼女の唇が触れる。

 それ以上先に進むことはない、契約じみた口付け。

 なんだかそれは、先輩にとって今の僕に許せる線引きのように感じられた。

 しかも気づけばポケットに銀貨が数枚入れられている。今や僕は手触りだけで硬貨の種類が当てられるのだ。盲牌できるようになっちゃったよ。

 つかキスしながらお金をねじ込まれるなんて、もうなんかいかがわしいお店のサービスみたいになってないか?

 

「ぷぁ、ちょっ! せ、先輩!? ど、どうして……」

「……しょーがねぇだろ」

 

 離れた自分の唇を数度ぺろりと舌で舐めると、先輩は不貞腐れるというか、拗ねたような表情で口をとがらせた。

 突然の『愛情表現 金銭/物理』に僕はもはや脳内が疑問符で埋め尽くされる。そんな生々しいバージョン違いがあってたまるか。

 

「お嬢がテメェの大切なモンの為に勇気出して、姐御が漢を見せてよ。あの鹿伏までハラ決めてやり遂げたんだ。戦うのが好きじゃないヤツに意地見せられて、それでオレが指咥えてぽけーっと見てたら、カッコウつかねぇだろうが……オイ、銀のはなんで出ねぇんだ?」

 

 彼女が覚悟を決めてここまでの事をしたのに、二人の間に繋がる黄金のオーラはかなり太くなっても、どうしてか銀の鎖はかからなかった。

 あれはキスだけで出るものじゃなく、なんというかやっぱり……精神的な繋がりを意味しているのだろう。

 じゃあなんで物理的に持てるんだよアレ。世の中とヒモの力は不思議に満ちている。百科事典を開いても載っていない神秘だ。まずヒモの頁が無いしな。

 

「あ、いや、それが僕もアレなんなのかサッパリ……」

「ハァ~……なら、しゃーねぇな。ま、いいさ。俺もよ、なんつーか、お前に頼りっきりってのもキマりわりぃからさ。こんだけで十分、力は分けてもらってる。お嬢も姐御もあぁして、ムチャやってまで引きずり堕としたんだ。ならよ、オレがなんとかしねぇといけねぇだろ?」

 

 そう言って彼女は僕をぽすんと降ろすと、そのまま暴れるクジラの方へと歩を進める。

 辺りはクジラが暴れるせいで木や岩がいくつも転がっており、荒れ果てた大地のような荒廃ぶりだ。

 その中の特別大きく太い倒木を前にして、先輩はゆっくりと腰をかがめ、生木の先端を容易く指でへし折り尖らせる。

 鋭利に、まるで一本の槍のように。

 

「それに……なんか、分かるわ。アッチに居た頃と違ってよ、ホントにオレの事をダチだと思ってくれる、大事なヤツらの為に……悪王寺とか小金井とか姐御とか鹿伏とか……オメェとかの為に動こうと思うと、ハラからアツいなんかがこみあげてくる。今ならさ……」

 

 

「あの時の姐御にも、負けねぇ気がするンだわ……!」

 

 

 そう言うと彼女は、裂帛の気合と共に折れた巨木を肩に担ぎ上げる。

 

 間近で見ていた騎士や御者たち、そして僕も驚きに目を剥く。

 空中で行われたクジラ釣りはもはや神話の領域であったが、しかし目の前で行われる重量挙げもまた、物理法則に喧嘩を売る到底ありえてはならぬ所業であった。

 なにより近くで見ると、それだけでインパクトが違う。

 なんてったってメタセコイアか屋久杉かっつーくらいデカい木を、まるまま人間が持ち上げて動いているのだ。

 空飛ぶクジラと綱引きするより現実に近い分、その凄まじさがわかりやすい。

 驚く僕たちと対照的に、先生だけが口笛を吹いて嬉しそうに笑う。

 

「ぐ……ぬっ、ガァッ……ら、あああぁぁッ!」

 

 キロではきかぬであろうその重量を、その何千分の一に満たぬ質量の聖女が抱えて、軽々とはけして言えぬ挙動で、しかし迷いなく足を動かす。

 這うが如き速さが、歩く速度に変わり、そして徐々に走るようなスピードへと。

 一歩ごとに地響きをとどろかせながら、地を割り砕いて血管の浮き出た脚が廻り始める。

 そうして、魔車よりも速い最高到達点へと至った瞬間、踏み込んだ脚を地面にめり込ませながら。

 

「っガアアアァァァ──ッ!!」

 

 明星先輩は獣声をあげて、バリスタさながらに巨木を放つ。

 

 一本の杭と化したそれは、強烈に回転し枝葉を撒き散らしながら、直線上に位置する岩や倒木を全て貫き。

 跳ね続けるクジラの腹を食い破ってなおその速度を落とさず、異様な緑の血液を噴出させながら内臓や骨を引っかけ、その巨体を引きずりながら背までを真っ直ぐに貫いた。

 ヘイローを割られた時と同じか、それ以上に大きな鳴き声があたりに木霊する。

 

 串刺しにされた腹からは見た事もない白い襞を持った臓器がまろびでていた。

 普段露出していない臓器が空気に触れるということは、極めてストレートに生命の終焉を意味する。

 

 あれだけ大きく、傍若無人で、なにもかもを好き勝手に食い荒らした空の王は、時間の経過とともに膨大な血を流しながら動きが緩慢になっていき……そして、二度と動かなくなった。

 

 

「へ、へへへ……どうよ、アオ……オレも、なかなかやるもんだろ?」

 

 力み過ぎたのか鼻血を垂らした先輩が、フラつきながらニカリと笑う。

 

 あわわー! せ、先輩祈って! 自分の回復を祈ってください! へ、変なとこの血管切れてねぇだろうな!? 

 それを見た僕は大慌てで委員長謹製のポーションを飲ませ、膝枕で横向きに寝かせながら自己祈祷してもらう。

 素直に従って光に包まれる明星先輩にホッと垂れた冷や汗を袖でぬぐうと、ついでに汗だくの先輩も綺麗な手拭いで拭いておく。

 

 ヨタヨタと歩いてきた先生が僕らのそばに屈みこみ、先輩の頭をくしゃりと荒っぽく撫でる。

 

「やるじゃねぇか、明音。流石はアタシの生徒だ」

「……ウス! あざます!」

 

 撫でられた明星先輩は、まるで親に褒められた子供みたいに、本当に嬉しそうに笑うのだった。

 

 こうして僕らは、数多の被害を出し一つの領地を機能不全にまで陥らせた空飛ぶクジラを地に堕とし、依頼を達成したのである。

 

 

 

 

 

 

 ちゃぽん、と。

 湯気に満ちた暗い岩造りの屋内に、水音が響く。

「ぷへ〜〜〜〜〜〜〜……」

 だらんと水底に身体を伸ばして、湯面から顔だけを出した状態で情けない声を漏らす。

 疲れも寝不足もなにもかも、マイナスな全てが表皮から染み出して抜け落ちていく。

 

 僕らは宿屋『黄金の湯殿』に帰ってきて、たいそうな歓待を受けた後、こうしてだらけていた。

 なんてったってこっからまだ2週間、復興を待ちながらゆったり温泉街を満喫する予定なのだ。

 こちらも飽きるまで湯につからねば無作法というものだろう。

 

 あの後、僕らはてんやわんやだった。

 クジラを倒すのも大変だったが、討伐後のゴタゴタの方がよっぽどくたびれたくらいだ。

 もちろんそれは、ここぞという時にみなが全精力を発揮して、フルパワーでふん掴み渾身の一発をおみまいしたからなのだが……あれだけ話に聞けば厄介で強い魔物だったから、なんというか……。

 貴族やギルドや麻薬なんかの、力で解決しない問題の方がよっぽど厄介に思えちゃうなんて、荒事担当ではない僕が考える事にしてはちょっと都合が良すぎるだろうか。

 

 そうしてこの思いこそが、僕の受け入れがたかった事実でもある。

 

 頭の上のタオルをぺろりと捲り顔にまで載せアイマスクにすると、僕は頭を岩の窪みに預けて目を瞑る。

 これ寝たら死ぬので絶対にココに窪み無いほうが良いですね。

 日本人は風呂の危険性に詳しいのだ。

 ま、今までそういう事故が無かったからこそ、まだこうやって残ってるんだろうけど。

 こっちの人は生命の精霊のおかげで強靭だからなぁ。

 初の死亡者になってこんな良いお宿を大島てるに載せないよう気をつけよう。

 

 目を瞑り、ここ最近の事を思い返すと、やはり。

 上手く行き過ぎている、という感覚があった。

 これは僕が日本にいた頃、なにかにつけ上手くいかなかったタイプだから、初めての成功体験に戸惑ってしまっている可能性はおおいにある。

 でも多分それだけじゃなくて、これはなんていうか動物の本能的な危機察知能力にも似た何かな感じがして、こんなに上手い話は無いんじゃないか? ってつい考えちゃう。

 

 順調に強くなり、そして“なり過ぎてしまって“いる…のかも、知れない。

 べつにそれはもちろん悪い事では無いのだが、言うなればこれは乖離だ。

 僕の認識の乖離であり、僕らの実力の乖離であり、僕らと世間との乖離。

 僕らは僕が思うよりずっと強くなっているし、僕は思った以上に先生たちにおいて行かれているし、この異世界で強いと言われている相手にも僕らは差し迫っている。

 

 それは良い事……なの、だろうか。

 僕は確かにみんなに強くなって欲しかったし、そうなるように動いてきた。

 

 けれど、それは自分たちの身を守る為だ。

 けして魔王をこの手で討つ為ではない。

 

 少なくとも、そういったつもりは当初から今まで一貫して無かった。

 

 もちろん誰かが倒す必要はあるし、その為に僕らはこの異世界に連れてこられた。

 だから転移者の誰かが戦うというなら援助するし、勇者が出てくればできるかぎりの援助はしていきたい。みんなが地球に帰るための労力を惜しむつもりはない。

 けれど、僕たち自身が魔王と対峙する予定は組んで無かったというか、そんな可能性は正直考えてもみなかった。

 

 だって僕たちは、単なる高校生と教師だから。

 世界を救う為の一大イベントに巻き込まれはしても、けしてその主人公にはならないと思っていた。

 

 それが、なんでか、いつの間にやら。

 こんなにも、強くなってしまっている。

 魔王が放った手先を二度も打ち破り、明確な領地の危機までをも救ってしまった。

 まだこっちの世界に来て一月くらいしか経っていないのに、この調子では……時が更に過ぎれば、いったいどうなってしまうのか。

 

 何が怖いのかと言えば、空気や外圧によって彼女たちが魔王討伐のパーティに組み込まれないか、という点だった。

 僕の大事な人たちが、世界で一番危ない任務に、命がけで挑まなければならないかもしれないという悪夢。

 

 生き延びるために必要な程度の力しかない、なら良い。

 バレずに強い力を持っているでも良かった。

 けれど、僕らは少し目立ち過ぎた。

 あの人流著しいボゥギフトですら、実績で言えば今や指折りの冒険者だろう。

 

 とはいってもトロールくんは偶然出くわした以上倒さざるを得なかったし、リッチキングくんはそもそも単なる墓地の調査依頼に潜んだ地雷で、風のさかなクンさんだって断れない依頼だった。

 不可抗力というか、運命のいたずらというか……神の思し召しというか。

 そういった大いなる流れの中で、舗装された道を歩かされている気になってしまう。

 

 ……そりゃあ、そうなんだろうなぁ。

 だって神様や天使さんたちは、僕らを魔王討伐の為の人員として呼んだのだ。

 ただ僕が勝手に「まぁ僕ら以外の誰かがやるやろ」なんて日本人特有の『誰も消防車を呼ばない精神』でお気軽に考えていただけで、きっと言わばあの場に居た全員が勇者なのだ。

 世界にバラ撒かれたみんなも、たぶんそれぞれ勇者じみた足跡を各地に残し名を上げている事だろう。

 そういうような運命を神が用意したのか、進化を促す難事を引き寄せるのか、僕らという存在は自然そうなっていく。

 

 つまり、恐らくは、そういったメンツを揃えなければ勝てないほど、魔王ってのは強いのだ。

 

 

 目を瞑ってゆだるような心地でいると、ぽたんと額に天井の水滴が垂れ我に返る。お、拷問か?

 気付けばすっかり火照ってしまった身体を、湯から上がって浴室の端に置かれたベンチで休める。

 せっかくの温泉だってのに、ついいろいろと考えてしまった。

 

 

 それもこれも、先ぶれの騎士を受けたギギルガム様が、バルツァンをあげた凱旋パレードを催してくれたからである。

 

 まぁまだ流通も戻ったワケじゃないからそこまで本格的なものではなかったけれど、しかし騎士団は門からズラッと並ぶわ住民が大騒ぎして花びらを撒くわでもうお祭り状態だった。

 その間を通るのは、グレスタ兄が御者を務める幌を外した馬車に乗った僕らと、今回同行しなかったけれど巡回を請け負っていた姫様直属の騎士団、そして荷車に載せられたクジラのエンジェルヘイローの欠片である。

 

 町の人々も話に聞いていた大怪鳥の一部であると理解できて、そして砕け散って緑の血が付いたソレは極めて分かりやすく町に平和が戻ったことを民衆に知らしめた。

 それを成し遂げたのが領主の呼び寄せた凄腕冒険者と、領主令嬢であり先祖の血を色濃く受け継ぐドラゴニュートが率いる、ギギルガム領が誇る精鋭の騎士様達である。

 

 この街が始まって数百年で指折りの慶事に、塞ぎ込んでいた街そのものが大きく沸いていた。

 宿の奥まった場所にあるこの風呂場でさえ、未だ続く外のお祭り騒ぎの歓声が聞こえてくるほどだ。

 

 こんなに祭り上げられてしまったら、いったいこれから僕らはどうなってしまうのやら……。

 

 本当はこのまま領主の館で歓待をという話だったのだが、一部の人がへとへとに疲れ切っていたので、今日は一度宿に帰り休ませてもらう事にしたのだ。

 ちなみに僕も帰りの魔車でボロボロに疲れている。クジラの生命の精霊が入ってコレなのか? まだまだ先は長そうやね。

 これは、人間状態に戻っているヒート嬢の『お客人も慣れぬ貴族邸では、ゆっくりと休めぬかと』という後押しあっての事である。

 今のところ彼女は、バフ無しでは竜に変化する事ができないようだった。

 とはいえ多分だが僕のバフってのは、他にいろいろと作用はあれど、感覚的にはレベルの底上げに近い。

 彼女にも今回クジラを倒し生命の精霊が注ぎ込まれて大幅強化されたワケだし、近い内に自分だけでも竜に変化できるようになると思っている。

 

 それも明日ギギルガム邸へお呼ばれした時にでも、ちゃんと本人には改めて伝えておかないとな。

 一応僕のバフの事は冒険者としての切り札、生命線なので明かさないで欲しいとはパーティ全員で告げてはあるのだが……。

 

 これから先一体どうなることやら、って感じかな。

 

 

 さて、身体の火照りも治まったので、もう少しだけ温まったら出る事にしよう。

 風呂はさっさと済ます派の僕が、こんなにのんびり長湯をするようになるなんて、流石はバルツァン随一の温泉なだけはあるよね。

 

「おやおやぁ、ようやくお戻りですか。こっちが湯当たりしてしまうかと思いましたよ」

「あぁ、ごめんごめん。つい考え事……」

 

 反射的に声の方を向こうとした顔を、咄嗟に両手で掴んで逆に向ける。

 無茶な挙動に首が悲鳴をあげたし、ついでに僕も悲鳴をあげた。

 

「こ、小金井さん!? こ、こっち男湯!!」

「知ってますよぅ。私が一番この異世界の言語に堪能なんですから。大丈夫ですよぉ、湯浴み着を借りてますし、宿自体貸し切りですから」

 

 その声を信じゆっくりとそちらを向けば、筒状のタオルみたいな物を着た小金井さんが、火照った顔でこちらを見ていた。

 ……僕は新たなる魔境に差し掛かろうとしているのかも知れない。

 

「ど、どうして、こんな所に……」

「今回の事の顛末をセンパイにお教えしに来たんですよ。……共犯者であるアナタにだけは、全部知っておいて欲しかったから」

 

 そう言う彼女の目を見て、僕の動揺し跳ねていた心が静まっていく。

 大切な人の大事な話を前に、そういった気持ちは不誠実だから。

 

 僕は寂しそうな彼女の手を握って、ゆっくりと話し始めるのを待つことにした。

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