【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【55】 異世界の夕暮れ

「お待たせしました」

「ううん、僕も今来たとこ。じゃあ、行こっか」

「……はい」

 

 夕食後、財布以外取る物も取らず即座にエントランスへ向かい、一度部屋へ戻った委員長を着衣待機していたが、好きな子を待つ時間なんてあっという間だったから体感的にはホントの事だ。

 晩ご飯は事前に言って僕らだけ少し少なめにしてもらったから、満腹でなんも入んないみたいな事もない。準備は万端である。

 デートだとはわざわざ告げていないので、みんなにかなり後ろめたい気持ちを抱きながら、こっそりと僕らは宿を出た。

 

 

 差し出すか逡巡し揺れていた彼女の手を握り、僕らは宵に染まり始めた藍色の街へ歩き出す。

 

 さてはてどこへ行こうかな。

 もちろん彼女とお店を決めたいと言ったのは本音だが、だからといってまったくの下見無しで当てずっぽうを決め込むつもりもない。

 歩き回り探すにしてもそもそも飲み屋が集まってる通りを歩かないと意味が無いし、その中でも評判最悪の店や治安の悪い地域なんかは、良い思い出の為に避けたい。

 その辺りは女将さんに軽く世間話がてら聞き出してあるので、まずは治安が悪くない方面にさり気なく足を向ける。

 

 委員長には事前に相談も無く行く方向を決めちゃったが、なんだかシチュエーションで精一杯な感じでそんな事気付いてなさそうだ。

 僕も緊張で胸がドキドキしてんよ〜。

 みんなと二人きりでどこかへ行く時はいつもこうだ。

 いつまで経っても慣れないこの小心者っぷりは、レベルアップでなんとかなんないのかよ。

 ヒモなんて図太くてナンボだと思うんですが、その辺はどうなんです精霊さん。

 ここでヒモなんだから図太くなろうと思えず、他力本願なところが良くないんだろうな。いや自助努力で図太くなろうとするより良いのか? 正解の無い人生の問答が僕を苦しめる……。

 

 照りつけるような日差しが無いこの時間は、汗をかくほど暑いという事もないちょうどよい気温だ。

 日本より過ごしやすい気候してんなぁ。なかなか異世界来て気候面で日本を上回る事って無いっすよ。いや他の異世界知らないけど。

 観光地の夜はたいてい早いと相場が決まっているらしいけれど、ここバルツァンは酒場へ繰り出す人も多く未だに賑わいを見せている。

 なんてったってまだ19時とかだからなぁ。

 夏の只中である今は陽も長く、マジックアワーと呼べる夕暮れと夜闇の狭間にあった。

 

 白い湯気を上げる石造りの町並みが、一日でもっとも美しい時間の中でぼんやりと浮かび上がる。

 まさしく幻想的な、異世界の夕景。

 生まれ故郷から世界一遠い場所だというのに、どこか懐かしい景色に思えて郷愁に胸が締め付けられる。

 日本人が見た事も無いはずの里山に回帰の念を抱くのと似た感覚が、どうしてか胸の中を満たしている。

 もしかすればこの異世界の人々も、地球に住まう人間も、同じ輪廻の中で巡り行き交っているのかも知れない。

 

 

 気が逸るのか足早に店を探そうとする彼女に手を引かれていたのだが、その絶景に思わず足を止めてしまう。

 驚いたように顔を上げこちらを見る委員長。

 

「正親さん。ほら、見て」

「え? あ……」

 

 僕に言われ、改めて町並みへと視線を戻した彼女の目が、眼鏡の奥で見開かれた。

 まるで言われて初めて、それに気付いたかのように。

 詰まったようなかすかな吐息が、小さく開いた唇から漏れる。

 

 

 茜を空の端に残した夜の町を背に、惚けるように景色に見とれた彼女の姿が、なによりも美しかった。

 

 

 スマホとPCの壁紙をこれにしたい、最高のスチルです。現実が神ゲーになっちまった。画質もめちゃめちゃ良いし。よほど良いグラボ積んでんだろな。

 これを見れただけで、この夜のデートは僕の中で最高のものになるのが確定だ。

 どうか、彼女にもそう思ってもらえるように、誠心誠意エスコートをさせてもらおう。

 

 

「凄いよね。こんな風景、テレビ以外で見るの初めてかも」

「……わた、しも……景色を、こんなに綺麗と思ったの、初めて」

 

 

 周囲にもチラホラと、この世のものとも思えぬ景色に目を奪われ、ただ静かに立ち尽くす人たちがいた。

 この街に住む人は目を細めはすれど、わざわざ足を止めて眺めたりはしていないようだから、きっと彼ら彼女らも同じく観光客だろう。

 中にはカップルも居て、僕らと同じく手を繋ぎながら夕陽に見とれている。

 愛する人とともにこの穏やかな空間に包まれて、みな幸せそうに今を噛みしめている。

 僕らも、あんな風に見えているのだろうか。

 

 景色は刻一刻と姿を変える。

 その流れゆく一瞬を惜しむように、僕らは足を止めて言葉も無く眺め続けた。

 飽きる事無く。

 手の中の温度に、どこか安堵を覚えながら。

 

 

 太陽は地平線に行方をくらまし、どんどんと夜の闇が広がって、魔法灯があたりをぼんやりと頼りなく照らしだした頃。

 それまで黙り込んでいた委員長が、口を開く。

 

「……ウチの家には」

 

 ぽてぽてと、ゆったりとしたスピードで彼女は歩き始める。

 まるで道に迷ったように。

 どこへ行けばいいのか、わからないみたいに。

 僕は彼女が独りどこかへ行ってしまわないよう、手を握って一緒についてゆく。

 彼女となら、どこへ行ったって構わないから。

 

「ウチの家には、全ての部屋に大きな壁掛け時計とカレンダーがあります。廊下にも、目につく場所に置かれている

「父は厳格な人間です。時間にも、規則にも、目標にも、規範にも、やり方にも。ちゃんとしているという事を、金科玉条の如く掲げていました。世間や他者に恥じることの無い人間とは、そういうものだと私は教わった。母はあまり口出ししませんでしたが、父の教えを止めないという事は彼女もそう思っていたのでしょう

「それをおかしいとは思いませんし、そうあるべきだと今でも思っています。だからこそ委員長にもなったし、誰もの模範足り得る生き方を心がけている

「……けれど、私にはどうしてもうまくできませんでした

「正しい目標の為に動こうとすれば、手段がうまく選べず、時間効率が途方もなく悪くなる。ならばと次は最短の方法を考えれば、社会規範に反していたり、そもそもやるべきでは無い事をしていたりする

「みんなが簡単にできる事すら、委員長のハズの私ができていない事もままあった

「そうあれと育てられた手足は、チグハグな長さでまともに歩めず、気づけば私はてんでバラバラな方向へ行ってしまっている」

 

 

 

「全ての基準を満たした正しい道を、私 正親(おおぎ) 正道(せいどう)は選び歩くことができない」

 

 

 

 薄暗がりに包まれた見知らぬ街の辻で、彼女は立ち止まる。

 

 見上げた空に浮かぶ月は、ほとんど瞳を閉じている。

 それはまるで、泣いているかのようだった。

 

 

 ……彼女の行動がロボットじみて思える時があるのは、まさしくその行動指針を機械的にインプットされてきたからだ。

 

 けれども、その教育を僕は間違いだなんて言えやしない。

 きっとそれは親御さんにとって躾の範疇だったし、委員長を思っての教えだったんだろうとも思う。

 子育てに間違いはあっても正解はねぇし、間違いかどうかを判断するのは間違っても僕のような他人ではない。

 それはその親と子が決めることだ。誤りだと叩きつけるべき時もあるのだろうけれど、彼女の場合はきっとそうじゃない。

 彼女と両親の間にすれ違いがあったとしても、同じく愛もあるのならば。

 

 取り返しのつかない事はいくらでもあるけどさ、その瞬間を取り戻せなくても、改めて今をともに過ごすことはできる。

 今その事を口に出して言いはしないけれど、なぜならそれは地球に帰ってからでも遅くはないからだ。

 彼女のご両親にだって、いくらでも話を付けてみせよう。ヒモは他人をだまくらかして、自分の都合のいいように丸め込むのが業務内容だからね。その為なら目でピーナッツを噛んでみせてもいい。

 どうにかして、なんとしてでも、彼女の家族に合った良い関係ってのを模索していけばいい。

 生きてさえいるのなら、それができる。

 

 

「最初この異世界へ飛ばされた時、単なる誘拐だと考えていたけれど、今はこの異世界に連れてきてくれた神様と天使に感謝しているんです……あなたの事を知る機会を、与えてくれたから。地球にいた頃はまったく知ろうともしなかった、青海君の事を。……いえ、無論未成年略取は犯罪なので、罪は償って刑期を全うしては欲しいですが」

 

 ちゃんとした遵法精神を持つ彼女は、不法行為に対する罰則とそれに対する感情を分けて両立させ、感謝しつつ神を刑務所にブチ込んだ。

 裁判官も死後の裁きを思うと、なかなか過去の判例通りには裁けないだろ。

 僕ら矮小なる人間にそこまでの職業倫理を問うのは可哀そうだよ。

 むしろヒモという一番倫理観の無い職種に就いた僕が、一端の職業倫理を語ったという点の方が罪深いかも知れないぜ。

 まだ違法になっていないだけだという自覚はあるので、僕は裁判官に優しいのだ。

 市の条例とかには既に抵触している可能性があるからな……ゲームも一日一時間以上したりするし……。

 

 

「なにもうまく出来ない私の世界は、いつだって色がありませんでした。世界を埋め尽くすどれもこれも全てが、私の不出来を証明していたから。でも、そんなものだと思っていたし、上手くいかないまま何度だって繰り返すし、どうすればいいかいつまででだって試せた。それで疲弊はしなかった。けれど、それは、私の心が何も受け入れていなかったから。変化も受容もしない心に、負担なんて発生しないから」

 

「世界はいつも、新鮮に不条理な灰色だった」

 

 呟くその言葉に、彼女の心の疲れがありありと見てとれた。

 こんなのは別に僕じゃなくても、誰だって気付けるようなものだ。

 逆説的に言えば、ようやくそうやって彼女は、人にそれを見せられるようになったのかも知れない。

 これまでずっと壊れる臨界点ギリギリまで貯め込んできた心の罅を、他者に見せられる気の緩みを持つことができるようになったとも言える。

 

 疲れないと今しがた彼女は言ったばかりだけれど、もちろん当たり前のように疲れきっていた。

 親からの期待と教育に、応えることができない己の不甲斐なさを原動力として、偽りの永久機関の如く試行錯誤を続けて来た精神の疲労が、正親さんの心を蝕んでいた。

 でもそんなの当たり前じゃんね、そら疲れるよ。委員長は機械じゃなく、可愛くてちょっと心配な線の細さをした優しい人なんだから。

 例え心を動かされなかったとしても、失敗や徒労の連続は心を鉋の如く削ってゆく。

 まぁ僕なんかは失敗やヘマしまくってもいつもの事過ぎて、あんまり気に留めないから出汁取れるほども削れなかったけど。

 

 委員長が本人の気質として反復行動が得意なのは本当だし、すごく我慢強く一つの事に取り組めるという長所をたまたま持ち合わせていたから、自分でも勘違いしてしまったのだ。

 「敵を騙すならまず味方から」という言葉のように、自分を知らぬ間に騙してしまったが故に、周囲の人たちにもそう思い込ませてしまった。

 無限にも思える精神的位置エネルギーで、なにもかもを磨り潰せる精神力おばけだと、自他共に誤認したのだ。

 

 だから、そうやって生きてきて、そうあれと生きてきて、彼女はへとへとに疲れ果てた。

 自身の限界に追い詰められて、正解する為にずっと全力を出し続けて、気づかぬ内に壊れそうな程疲れ果ててしまったから、悪いヒモが理解して優しくしただけでコロッと好きになってしまった。

 僕みたいな路傍の石ころにけつまずいて、人生の正しいレールから外れてしまった。

 

「……それが、この異世界に来て。みんなと共に新しい関係性で過ごして、あなたに私を理解してもらえて。初めて、この世界に色が溢れている事を知ったの。あんなに綺麗な空の色を、胸を搔きむしられるような切ない情景を、ただ流れるこの時間を……美しいと思ったのは、少なくとも記憶にある限り、生まれて初めてのことだった。あなたを通して、ようやく私は世界を知れた」

 

 そこまで言って、彼女は僕の胸の中に飛び込んでくる。

 二度と離さないように掻き抱いて、ぎゅっと力強く回した手を締め付ける。

 合わさった胸元から響きあう鼓動は、どちらも早鐘のように己の想いを主張していた。

 

「ぜんぶ、全部全部……あなたのおかげです。ありがとう、青海君」

 

 鼻先が触れ合う程近く、目の前に据えられた委員長の顔。

 光を無くし潤んだ彼女の眼が、僕の瞳を反射し蒼く染まり、端から雫を溢して瞬いた。

 

 

 なにもかもを僕というフィルターを通して見ている、完全に他者に依存しきった世界の認知を、けれど彼女は嬉しそうに肯定する。

 それはきっと不健全で、とても模範的な愛とは呼べないかも知れない。

 

 ……まぁ、でも。

 

「こっちこそだよ、正親さん。僕なんかが何かをできたとは思えないけれど……それでも、僕も同じようにみんなに救われてるんだ。誰かの為に動く気力も、もうどうでもいいと投げ出さないモチベーションも、喜ぶ顔を見たいと思えるこの気持ちも、全部委員長たちから貰ったものだ」

 

 べつにそれが第一歩目でも、良いんじゃないかな。

 誰だって始めてすぐは不器用なもんだしね。

 自転車は補助輪付き、格ゲーは流行りの簡易入力、でもそれもそこから始める入門編なら悪くないだろ。

 

 努力家で心優しい彼女は、いつかきっと自分だけの力で世界を見つめて歩き出し、もっと素敵な誰かを見つける。

 

 それまで手を握り支えて、景色を指差し、遊びを教えるくらいは。

 僕がやらせてもらっても、きっと罰は当たらないだろう。

 

 ま、当たってもそれはそれ。

 こんな良い役目をさせてもらった代償としてなら、喜んで受け入れよう。

 現世利益を受けた後に支払いが待ってるなら、それは正当なことだしね。

 

 

 そのまま見つめ合った後、どちらからともなく静かに、僕らは唇を重ねた。

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