【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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続きは3日後。
そろそろ幕間も終わる。

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特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。


【59】 僕が育ったその家は

「なにも、ありませんけれど……え!? あ、あれ!? アクオウジ様はどこへ……!?」

「い、今しがたまでここにいらっしゃったのに……! まるで、魔法みたい……去り際もなんて素敵な……」

 

 突然僕らが姿を消したことに、女の子たちが驚愕の声をあげる。

 結構おバカな気のそらし方してた気がしないでもないが、センパイがやるとなんでもミュージカルじみてなんとなく格好ついちゃうんだよな。

 

 彼女たちは少しの間周囲をきょろきょろと見まわしてから、一人また一人と熱に浮かされたかのように、ぼんやりと夢うつつで温泉から上がっていった。

 白昼夢でも見たかのような心地だろうな。

 狐につままれた、とは表現しないでおこう。狐耳尻尾悪王寺先輩はちょっと刺激強すぎるかんね。尻尾九本生えててもおかしくないぞ。

 

 そうして僕らは湯船の横の椅子に座り、ぼかぽかの身体を外気浴で涼ませながら、彼女らの背中を見送った。

 なお未だに一人で座る事は許されず、彼女の膝に乗せられている。

 とっくに気は狂って破滅しています。さっきから流れる鼻血は全部飲み込んでるからね。貧血で死ぬ前に風呂を出なければ。

 

「まぁ、まるでも何も魔法みたいなもんだからねぇ」

「あ、喋っても大丈夫なんすね、これ」

「ん、ダイジョーブだよ。緞帳は演者の世界と現実を分かつ隔たりさ。今のボクらと彼女たちの間には、位相の壁が存在している。さっきまでここにあった空間がマスキングされているようなものかな。音も気配も姿もなにもかもを模した被膜の下に、ボクらは二人潜んでいる。そう、二人っきりで、ね」

「そんな便利な物があるなら、さっきの露天もこうやって入れたのでは?」

「ボクが誰もいないし音もしないその場所を知ってないとできないし、それにあんまり人が多いと負担が大きくてすぐ破れちゃうんだよ、このスキル。レベルの高い相手には意味無いみたいだし、濫用は足元が掬われそうだからやらないようにしてる……なんでさっきから上向いてるの?」

 いやちょっと、あなたと星を見たくて。

 

 悪王寺先輩が指を打ち鳴らした後、僕は彼女に抱えられたまま一旦風呂から持ち上げられ、湯船の横に設けられた椅子に移動しただけであった。

 たったそれだけで、彼女らは僕たちを見失ったのである。

 凄まじいインチキだ、逃走中なら100勝てるぞコレ。

 

 ていうかさっきの衝撃で考えてなかったけど、僕今肌着2枚を挟んだだけで悪王寺先輩の膝にだっこされてんの?

 もう僕完全にどうしようもなくアレなんだけど、それを流してくれているセンパイには感謝の言葉も無い。そんでできれば降ろして欲しい。そして静かな場所で一人にさせて欲しい。

 

「さて、本題に移ろうか」

 

 そんな僕の心からの願いを知ってか知らずか、彼女は空気を切り替えた。

 もうこうなったらちょっとの間は解放されないなと理解したので、大人しく僕もそちらに気を移す。

 

 本題、本題ねぇ。

 鼻血も止まってきたので上を向くのを止め、鼻を押さえてた指も離し思案する。

 悪王寺先輩が改めて僕とお話ししようとする内容となると、まぁ僕には心当たりが一つしか無かった。

 

「キミ、不思議に思ってるでしょ。どうしてボクがこんなにも、キミへ熱心にアプローチを仕掛けてくるのか」

「……それに関してはパーティ全員に抱いてる疑問ではありますが、そうですね。たしかに先輩からここまでされるほど、好かれていた覚えはありません」

「おっと、その言い方はなんだか傷付くね。とはいえ、まぁ、そりゃそうか。ちょっと出かけたり調査一緒にしたりしただけで、こんなにハレンチな奇行に出るほどボクの裸はお安くないもの」

 

 あ、やっぱこれおかしいって自覚はあったんすね。

 流石に結婚前の付き合ってない人間がやっていい行為じゃないっすもん。

 僕の認識はズレてなかったし、異世界の貞操観念も逆転していないらしく一安心だ。

 

「他の子たちは理由を数え上げれば両手の指じゃ足りないくらいあるだろうけれど、ボクにはそこまでの動機が無い、と青海クンは思ってる。だからこそ、キミはボクを警戒していた。分からないものは怖いから。そういう小動物みたいなとこあるよねキミ。ボクとしてはポイント高いよ。かわいいかわいい、ほら撫でるからお腹見せて。……ダメ? そう……

「その証拠にキミ、ボクがこうなって以来、正確にはバルツァンへ向かってから一度も自発的に話しかけてこなかっただろう? めちゃめちゃ寂しかったし、思わず泣いちゃいそうなほど悲しかったんだからね

「そして逆説的に、だからこそキミは明音にしろムナシダにしろ、他人を怖がらない。分かるからだ。話した人間の心の内程度、キミは容易く理解してしまえる

「それ故に、自分の想像の範疇を超えたモノを、キミは恐れた。ううん、恐れたというよりは……距離を取った。それこそ小動物の如く、離れて様子を見た。観察の結果で、再びボクを目測しようとした

「……どうだい、相棒の探偵の名推理は。当たっていたかな?」

 

 寸分違わず当たっていた。ぐぅの音もでやしねぇ。あ、お腹押さないで「ぐぅ」……そりゃそうすりゃ出ちゃうでしょ。

 重要な部分においてはほぼ外れる事なく、驚くべき確度で正鵠を射て、僕の心の中を浮き彫りにされてんね。

 とはいえ、別にそれで悪王寺先輩を怖がるかっつーとそうでもない。

 理解できないものは怖いけど、だからって僕を好いてくれている大好きな相手を怖がる程臆病ではないんでな。

 ただ、理解するため距離を取っていたというのは……たしかに、無意識ではあれど結果的に事実である。

 好きな人にこんなことを言わせちゃうとは不覚の極みだ、すいませんね。

 頭を下げると後頭部を撫でられた。許してもらえたらしい。

 

「素晴らしい推理ですよ、探偵さん。概ね仰るとおりですとも。たいていの名探偵は、他人の心情に疎いと相場が決まってんですけどね。現実はテンプレ通りにいかないってとこでしょうか」

「なに、その認識もそう外れてはいないさ。ボクはこまめに他人の心を慮るタイプじゃあないからね。つまるところ──」

 

「ボクが分かるのは、キミの心だけさ」

 

 そりゃまた外れ技能ですねぇ。

 実は鹿野ちゃんもそれ持ってんすよ。出やすいのかな、レアリティとしてはNっす。

 なんてったって僕は、好きな人に言われりゃいくらでも内心くらい開陳しちゃうんで。

 それに比べるときなこ棒で一日一回当たりを引けるとかの方がまだマシですし、一回天使にゴネてリセマラでも挟んでみません?

 ちょうど僕もヒモ以外の道を真剣に考え始めてまして、手始めに家事手伝いとかから狙ってみようかと……

 

「明音は、何に飢えていた?」

 

 センパイのその言葉を聞いて、軽口を叩いていた僕は頭が真っ白になる。

 

 それは、僕が誰にも言っていない醜い秘密。

 誰かが求めるモノがわかるなんていう、あまりにも傲慢でつけあがった愚か者の妄想。

 そんな恥ずべき、僕の第六感。

 僕の記憶を読み取る鹿野ちゃんにすら、フィルタリングで隠し通している言葉なのだ。18歳以上ですか?という質問に、彼女は律儀にいいえと答えるからな。

 ”飢えている”なんて表現、みんなとの会話では小金井さんとのあの夜に一回こっきり出ただけだし、それも口にしたのは僕ではなく彼女の方だった。

 思考の上にはあれど口に出すのは憚られる、誰にも知られるハズがない異世界で得た僕の増上慢を、何故か彼女は知っている。

 

「そうだね、たぶん……キミならば、「許容に飢えていた」とでも表現するんじゃないかな。自分の弱い所を受け入れてくれる相手を求めるのは、たしかにトップにはありがちな話だもの」

 

 あまりに突然の急展開に、思わず考え込み視線を落とす。先程まで主張していたものはすっかり大人しくなっていた。これだけは都合が良いな。

 

 いや、切り替えよう。一瞬混乱したが、既にバレてんなら狼狽えてもしゃーない。

 なにより彼女は、明星先輩が飢えている物を当てれていなかった。

 つまり、僕の心や記憶を正確に読み取れているワケじゃない。ならば、そんなに固くなる必要もないだろう。

 そのくらいなら鹿野ちゃんで慣れてるんでね。

 

「すいませんが、何だったかは言いませんよ。僕は人のプライバシーには配慮するタイプなんです。僕自身が黒歴史を人一倍抱えてるんで」

「だろうね。中二の頃は自分の影を自在に操る能力†暗夜(ドゥンケルハイト)†を持ってたらしいじゃん」

「こ、殺してくれー!!!」

「おっと、どうどう。暴れると危ないよ、落ちちゃう落ちちゃう」

 

 鹿野ちゃんは、僕が嫌がる事だと本能的に理解しているのか、それとも流石にできないのか、日本に居た頃の記憶までは読み取ってはこない。

 それを銀の鎖で繋がったワケでもない悪王寺先輩が、僕の中から読み取れるとは考えにくい。

 で、あれば。

 答えは自然と限られてくる。

 

「……僕は、いつその話をセンパイにしたんですか?」

「おっ……流石は助手クンだ。そうだね、キミがボクに話してくれたんだ。えっと、冬休みにボクの撮影旅行へ付いてきてくれた時だったハズ。キミとのお泊りだからさ、間違いなく覚えてる。青海クンがボクの恥ずかしい姿を見ちゃって、その償いとして語ってくれたんだ。また一つキミの知らない面を知れて、とても嬉しかったから。たしかに覚えているよ」

 

 ……ふーん、ほう……察した。

 

「つまり、ポポローシャの見せる夢は、単なる夢の世界では無かったという事ですか」

「さーすが助手クンだぁ。うん、そうだね、大正解。拍手もしてあげちゃおう」

 

 ポポローシャの見せる夢はね、可能性の世界なんだ。

 あり得たかも知れない、もう一つのルート。

 そこで、キミとボクは出会い、二人で探偵ごっこをした。

 ラノベみたいに日常に潜むいくつかの事件を解決し、そしてまるでラブコメみたいにもどかしい恋に溺れた。

 ”魅了”に飢えていたボクは、キミの魅力に魅せられた。

 

 まるで夢見る乙女のように、ふわふわと浮ついた面持ちで悪王寺先輩は夢想する。

 

「ボクは夢の中で、キミと一緒に学生生活を過ごした。ポポローシャの被害は4日ほどだったけれど、見る度にだんだん夢の中で過ごす期間は長くなった。1日目は3日間、2日目は3週間、3日目は2ヶ月、4日目は半年。それだけの期間を、ボクは夢の中、異世界の記憶も無くし現代日本で過ごしていた、なんでもポポローシャは、人の夢の中に居るだけで魔力からエネルギーを摂取するそうで、本来餌は食べなくても良いんだって。だから4日も絶食で生きてたんだね。そう思うとあの生き物ヤバ過ぎない?」

「起きてからはちょっと記憶がゴチャついちゃってさ、キミにさり気なくみんなとどれくらい進んでるのか聞き出そうとしたりもしたよね。覚えてる? 魔車で膝に乗せた時話したこと。日本の記憶が残ってるからあまりにも照れくさくて、すぐ明音にパスしちゃったりね」

「……こんなの、ホントなら発狂でもしちゃいそうな話なんだけど……日を追うごとに、ボクは夢を見るのが楽しみになっていた」

 

「キミと過ごす学校は、今までのつまらない物とはかけはなれた、素晴らしい時間だったから」

 

「ボクらの出会いは唐突で、しかも突拍子の無い話だった。最初の3日間で、たまたまボクとキミは一つの事件に巻き込まれる。ま、ショボい窃盗事件だったけれど、ボクは第一発見者でキミは容疑者。そんな立場だってのに、キミはずいぶんとお気楽というか、なんか浮世離れしたマイペースさでね。興味を惹かれて少し話してみれば、いっぺんに惹き込まれたよ。キミは向こうでも、まるで窓を覗くみたいに人の心の内を理解し、相手が欲するモノを易々と提示した」

 

「ワトソンたるキミは、相手が何に"飢えている"か、ホームズ役のボクに聞かせてくれた」

 

 そりゃ変な話ですね。

 少なくとも僕は日本に居た頃、そんな風に「他人に気を回した事が無かったんじゃないかい?」……あー、なるほど?

 

「一緒に居るようになって少し経てば、そんな風にキミは教えてくれたよ。とある事情で、他人に構っていられないんだって。こうやってボクと話したのが、高校でのほぼ初めての会話だったって。だから、今まで気付かなかったみたい」

 

 オイオイ、違う世界の僕はずいぶんと口が軽いみたいだなァ?

 今でさえ様々な悪癖を抱えてんのに、その上秘密も守れないんじゃあ人としておしまいだぞ。

 

 しかしね、先輩。でもソレは夢の中の話でしょう?

 えぇ、もちろん僕が先輩の話を疑ったりするハズがありませんけれど。

 仰った通り異なる可能性の世界の話なんだったら、この時空の僕がそうであったという確証は存在しないじゃあないですか。

 嘘は言わなくても勘違いをしちゃう事は、大人にだってありますよ。荒木先生にすらあるんだし。

 

「ずいぶんと頑なだね。まぁ、でも、そんな風に固執する理由も、ボクにはわかるんだ。キミはいろいろと話してくれたから。少しは、理解をしているつもりだ。……でも、もしその境遇までもが同一なら、この時空のキミにも同じような能力が眠っていたとしても、おかしくはないんじゃない?」

 

 ……。

 センパイのその問いかけに、僕は返す言葉を持たなかった。

 それは、もはや現実味を超越した、あまりにも荒唐無稽な仮定だからだ。

 違うとも、そうだとも言い切れない。

 だからこそ、性質が悪い。

 僕にはそれを否定することが、どう抗ってもできない。

 

「だから、聞かせてくれないか。今のキミが、果たして彼と同じ事情を抱えているのかどうかを」

 

 

 僕は。

 あんまり開けたくなかった扉を、その中に仕舞い込んでいた……僕のつまらない事情を。

 彼女の目の前に、曝け出すしかなくなってしまった。

 

 

「僕が育ったその家は……僕自身の家族が住まう家ではありませんでした。まぁ、既にご存知でしょうし、変に同情もしないで聞いてもらって大丈夫なんですが、僕は子供の頃に両親を亡くしています。僕のワガママが原因の交通事故で、あの人たちは居なくなってしまった」

 

 観念をしてというか、まぁ仕方なくというか、隙があったので自分語りを始める。

 親の話をしたくないのが、同情を買いたいが為の不幸自慢に思われそうで嫌だとすれば、僕がこの話をしたくないのは、誤解をして欲しく無かったからだ。

 

「そうなると子供の僕は誰か親戚に引き取られるか、施設にでも入るかしかなかったんですが、その時に手を挙げたのは僕の叔父に当たる方で、父の弟さんでした」

「叔父さんには僕と同い年の息子がいるんですよ。スポーツ万能とまでは言いませんが運動もできて、生来の要領の良さから学習能力が高く頭も良い、自慢の息子だと嬉しげに語っていました」

 

「僕はそんな彼の比較として、あの家に置いてもらっていたんです」

 

「こんなにも私達はお前を愛しているという証明の為の、愛していない異物。だからこそ、僕は彼の持ち得る全ての物において、それより位の低い物を持たねばならなかった」

「これは後から知った事ですが、どうも叔父さんは事あるごとに父と比較されてきたんだそうです。いつもどんな時だって自分より優秀な兄が前を歩いて、自らが獲得するはずだった栄光を掠め取っていった、と。酒が入ると、僕を対面に座らせて、自らの忸怩たる思いや、父がどれほど傲慢で鼻持ちならない人間だったかの昔話、そしてそんな男の息子が自分の息子より全ての点において劣っている事の喜びを、夜が更けるまでこんこんと語りました」

 

「は……ぇ……」

 

「? あぁ、でもね。たしかにご飯は彼より少なかったし、様々な家事は任されましたけれど、それでも僕を引き取って育ててくれたのは間違いないんです。養う子供が一人増えるという事がどれほどの負担か、分からないほど世間知らずではないつもりですし」

「僕はそれから、いくつもの失敗を繰り返しました。やらかしたり手詰まりになったりご破算になったり、いつもいつもその繰り返しだった。しなくていい事をして不興を買い、顰蹙も買って、喧嘩を売っているのかと売却予定の無い物まで買わせちゃったりね。つっても、もちろん息子さんと喧嘩なんてした事はありませんよ。彼は僕なんかと比較ならないくらい運動神経が良いし、それに怪我だけは絶対にしないよう言いつけられていましたから」

 

「あ、ぅ……いや、ちょ……」

 

「最初の失敗は、彼らに愛されようとした事でした。無駄な努力をして褒められようとし、媚びを売って気に入られようとし、便利さを見せて認められようとした。けれど努力も媚びも便利さも、あの人たちは端から必要としていなかった。それが分かったのは、小学校を卒業する少し前くらいだったかな」

「2つめの失敗は、そんな彼らから離れようとした事。中学生なんてのは浅はかなもんでしょう? 僕がこれ以上ここにいるとこの人たちに迷惑が掛かってしまうなんて思って、深夜にお金も持たず家をそっと出たんです。もちろんそう時も経たずに警察に補導され、叔父さんと叔母さんに連絡が行ってしこたま叱られました。そりゃ子供一人育ててやってんのに、警察に変な目で見られたらそりゃ心外もいいところですからね。誓って言いますが、彼らは暴力なんて振るわなければ、裸で冬に外へ放り出すような事もしなかったのですから」

「次の失敗は」

「やめて! もういい!」

 

 そこまで話したところで、背中に当たっていた柔らかなものが、強い力をもって形を変え僕の背で潰れた。

 おわーーーー!!! な、なに!? 突然のバックスタブでステルスキルされちまう!! ちょうど透明だし!!!

「……もういい。ごめん……ボク、ホントは知らなかった……あっちのキミは、家の話だけは上手くはぐらかしてたから……ここでなら、聞き出せちゃうんじゃないかって……でも、こんなの、あんまりだ……」

 

 震える声と、わななくような振動が、くっついた背から僕へと伝わる。

 泣いてはいないようだが、彼女の胸が早鐘を打っているのがわかる。

 あー、そりゃ聞いて気分良いもんじゃ無かったよなぁ。これだから人の心に疎いぼっちくんはさぁ……。

 昼に一人女の人を泣かせたかと思えば、更に夜にはもう一人にこんなショックを与えてしまった。こりゃ人生のスコアに大幅なマイナスが付いちゃっただろうな。次はウサギにでも生まれ変わって、自ら火に飛び込んで食べてもらうくらいしないと相殺されないかも。

 当の本人たる僕がオロオロしても彼女が落ち着かないだろう。

 回された手を握ると、潰れそうなほど強く握りこまれる。いでで。でも痛みも彼女から貰うものなら嬉しい。なんか性癖歪んできてない?

 

「……あ、やっぱりです? 日本にいる時なら、僕は誰にも言わなかったと思うんで」

 

 だってこんな事を外で言っちゃったら、下手すると家を追い出されちゃうからね。

 流石に育ててもらっといて外で口悪しく喧伝するとか、恩知らずっていうレベルじゃねぇぞ。図らずもプレステ3は近所の兄ちゃん家に現役であり、中学まで時折遊ばせてもらっていたので、このネットミームも身近なもんだ。

 

「違う、違くって、本当に……こんな話を、させたかったワケじゃなくて……ごめん……バカな事して、ごめんなさい……」

「……謝らないでください。僕も、きっといつかは……誰かに聞いて欲しかったんです。だから、つい言ってしまった。むしろ、こんな暗い話を聞かせてしまって、僕が申し訳ないくらいで」

 

 僕だって、自分が異常な境遇にあったって事くらいわかってた。

 近所の口下手な兄ちゃんに少しだけこの話したら、えらい顔されて学んだのだ。

 その後初めてネカフェ連れてってくれたりね。良い人だった。バイト始めてからはすっかり疎遠になってしまったが。

 

 それでも、なんていうか、誤解して欲しくなかったから言えなかったのだ。

 彼らがどうしようもない悪人で、僕が不幸な被害者であるみたいな、破綻した勘違いを誘発しかねない事がわかったから。

 だから、誰にも言わないようにしていた。

 

 まぁ、高校時代の寡黙さに関してはそういうのは関係無く、完全にバイト疲れのせいだったけど。

 食費や学費を少しでも返すように育ての親に言われたら、どうにか恩返しをしたいと思うのが人の性じゃないか。

 今まではガキだから見返りを求められなかったけれど、もし返せる物があるのなら、きっとあなたはその大切な相手に何かを返したかったハズだ。そうだろ?

 

 

 僕が出会ったどんな人間にも彼らの人生があり、愛されるべきところや、斟酌されて然るべき事情があった。

 叔父さんの行動は幼少期のコンプレックスが原因で、それをたまたま転がり込んだ、父に近しい存在である僕にぶつけてしまっただけだった。

 なにより、わざわざ一人の子供を養ってくれたのは厳然たる事実であり、それだけは誰にも否定して欲しくない。いわんや自分自身でも、って事。

 叔母さんは、そんな叔父さんの奥さんとして波風を立てないよう、自分の家族という形を守るためとはいえ絶対的な安心できる空間である”家庭”に、僕という異物を受け入れてくれたのだ。ストレスが貯まって、誰かに当たってしまうのも仕方ないじゃんね。

 息子の彼にしても、親と自分だけの家に見知らぬガキが転がり込んで良い気分なわけないでしょ。

 それが愛を向けたものではないにしろ、自分以外の子供に親の目が行くだけで気分を害するのは想像に容易いもんだ。気持ちは分かるさ、僕だって親の居る子供だったんだしね。

 

 だから、全員に酌むべき事情があり、僕の置かれた状況はやむを得ないものであって。

 それらを思えば結局、僕は三人とも嫌いになれなかった。

 

 あの家族が彼らだけで過ごしている時の笑顔と笑い声は、紛れもなく本物の、尊ばれるべき愛に満ちていた。

 そんな幸せな家族の生活に、本来無かった不穏な影を落とした原因が、どうしてその人たちを憎めようか。

 ……憎んでしまって、いいものか。

 だってそれは、裏切りに他ならないじゃん。

 この異世界での生活が、労働に追われず気楽で、お腹いっぱい食べれるから嬉しく、大好きな人に囲まれているから幸せだと思ってしまったらさ、今まで育ててくれたあの人たちに対して恩を仇で返す様なもので。

 そんな人間に育ってしまったら、お父さんにもお母さんにも顔向けができないと、僕は思うのだ。

 

 

 とはいえ、それでも……僕が辛くなかったかと言えば、そんな事はもちろん無くて。

 全部放り出して、なにもかもぶっちゃけて、終わった人間性をさらけ出して、ヒモなんていう人間の最下層に身を窶して……誰かに甘えていいのならば。

 きっと僕は、「こんな事があってさぁ、ホントもうやんなっちゃうよね。……あーぁ、疲れたなぁ」なんて愚痴くらい、溢したかったのだろうと思う。

 

 ま、つまるところ今先輩が悲しんでいるのは、僕が不用意に甘えてポロッと溢しちゃったからなんだよね。

 こーれは良くないです。反省。

 

「……この話、ボク以外のみんなにはまだ?」

「まだ、というか話す気がそもそも無いですよ。こんなの、誰も聞いても嬉しい気持ちにはならないですからね」

「するべきだと、ボクは思う」

「えぇ……流石に、それはちょっと……」

「これは、キミを好きになった人たちが、キミと共に向き合わなきゃいけない話だからだよ。家族になるというのは、そういう事じゃないのかい?」

「いやぁどうっすかねぇ。あんま義実家の事情を家庭に持ち込むのって、最近は好まれないパターンが多い気がしますけど」

 

 ソースはYouTubeのゆっくりまとめ動画。僕は情弱らしくこういうのもちゃんと見ているんだぜ。もちろん鵜呑みにはしちゃダメだぜ。

 

「じゃあ彼女らが聞いてきた時は、誤魔化さずちゃんと話してあげて欲しい。……それが誠意ある対応だとは思わない?」

「まぁ、それくらいなら。じゃあ向こうが聞いてきたら、一応話すようにはします」

「ん、約束。あーぁ……そんな事になってたなら、さっさと押し倒して同棲して、幸せにしちゃえば良かったなぁ。うぅん、今からでも遅くない……日本に帰ったら絶対にボクが幸せに……」

「あー! なんか寒いかもなァ!? 身体冷えちゃったしもう一回浸かりなおしません!?」

 

 とんでもねぇ言葉が聞こえた気がしたが、それは聞かなかったことにして。

 僕らはすっかり冷えた身体を温めるため、再び湯船へと向かうのだった。

 

 

 湯に浸かりながら聞いたもう一つの世界の僕は、悪王寺先輩と高校時代を過ごせてとても幸せそうだった。

 きっと日本に居た頃の自分が聞けば、そんな夢物語があるかと鼻で笑っちゃったであろうくらい……泣きそうな幸福に満ちていて。

 ここではないどこかの、あの頃ではないいつかの、僕が知らない僕を救ってくれた目の前の人を、ただ愛おしく思った。

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