【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
話の流れは 【1】→ 【0.1】→ 【0.2】→この話となっています。
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
競魔で有り金全部溶かす人の顔をしながら、僕はサラマンダースコーピオンの絵が描かれた手拭いを片手に街中へと戻ってきた。
グッズも買っちゃったよ。地球にいた頃もこんなにハマった趣味無いぞ。
ハマった趣味が僕に微笑むとは限らないのを痛感させられて泣きを見ているが。
僕のバフは勝っても別にみんなに行き渡るのだが、負けるとなんとなくよりみなぎる感じがする(※効果には個人差があります)らしいので、負けが推奨されてはいます。そんな博打があり得るのか……?
特に大勝負の前なんかは、自発的にヒダルさんと同じ魔物に賭けるようにしてはいる。
ヒダルさんはそれを見る度に仲間を見る目で見てくるので、「か、勘違いしないでよね! アンタと同じ魔物が勝つと思ってるワケじゃないんだからね!」とツンで返しておいた。
もうそろそろツン期終わって僕がデレちまうかも知れねぇ。ドワーフ親父ルート入っちゃうよ。
流石に朝渡された金額がデカすぎて全財産を溶かす事は無理だったが、背中のリュックが妙に軽いのは僕の勘違いでは無かろう。
クジラで得た利益があまりに莫大な為、比率でバフ強度が変わるヒモの特性上、だんだんとんでもない額を賭けないといけなくなってきているのだ。
喪った物の重みが、実感として僕の背にのしかかる。軽くなったり重くなったり忙しいな。
そんなアタッシュケースに詰め込まれるべき金額を、あんな泥棒天国(おそらく死後は地獄に堕ちる)みたいな場所で持ち歩いて平気なのかっつーと、実は平気なのである。
なんとこのトビフシオオキイロトカゲの頃から使ってるリュック、先生が精霊に頼んで風を纏わせてくれているので、僕以外の人にはなかなか触れないのだ。
なんでも銀の鎖を纏い始めた頃から、こういった芸当もできるようになってきたらしい。
スリ強盗対策が万全過ぎる。こうなるともうヒモっつーかガキじゃないか?
まぁまだまだガキなのは本当なんだが。
いやガキがギャンブルしてんじゃねぇよ。民度の良い現代日本で培われた常識が僕を苛む……。
日が傾き橙色に染まった中世の街並みが、なぜこんなにも今日に限って涙を誘うのだろうか。
それは郷愁か、はたまたバクチで負けたからか。後者や。
バクチでタコ負けしてこんなにセンチメンタルになる奴もおるまい。なんてったってどう考えても自業自得だからな。
いやでもわりと居るのかな……ヒモにわかで駆け出し博徒の僕にはわからない。
いつから僕はこんなどうしようもない二冠王になってしまったんですか?
このままじゃ異世界ヒモくん編が始まっちまう。この世界で送られるタコ部屋はたいそう恐ろしい物に違いないぞ。
奴隷が棒を押して回すよく分かんねぇ構造物を、死んだ顔で回している僕が脳内でgif画像になり無限ループした。
実際あの構造物が何を目的としているのかはようとして知れぬ為、本当に無限に押す可能性も残っているのだ。マジで終わりが無いのが終わりじゃん。
「き、消えてなくなりたい……」
「おやおや、それは困りますねぇ。消えちゃうくらいなら私が大事に保管しておこうと思うのですが、いかがでしょう?」
競魔で有り金全部溶かしながら突如隣から聞こえた声にビックリする人の顔になってしまった。
この一回しかないレアなシチュエーションだ。ガチャガチャならシークレット枠だぞ。
「……こんなところで奇遇だね、小金井さん」
「えぇ、そうですね青海センパイ。ここに居ればちょうど奇遇になれるだろうと思っていましたので」
それは必然と呼ぶんじゃないか?
いや……やめておこう、僕の推測だけでみんなを混乱させたくない。
というわけで赤特:負け運な僕が出会ったのは、ビッグプレーヤー小金井 山算金であった。
素晴らしい対比だ。ロールシャッハテストくらい白黒はっきり明暗分かれとる。
「さて、青海センパイ。今日は朝から鹿伏ちゃん・目黒先輩ペアとショッピング、昼間は悪王寺先輩と逢瀬からの酒盛り、午後は趣味の競魔で大金をスる……随分と楽しまれたかと思います。ではそんな楽しい一日の終わり、夜のお時間は何をされるのでしょうか?」
「もちろん、山算金と一緒に過ごすさ」
「……ありがとうございます。勝算以外の可能性のある賭けをしたのはまだ二度目なので、心底ホッとしました。……思えばあの時に初めてをセンパイに奪われてしまっていたんですねぇ」
「それは光栄な話だね……じゃあ行こうか。静かな良いお店を知ってるんだ」
「悪王寺先輩をお連れしたお店ですか?」
「先輩ももちろんうるさくない店が好みだけど、なおかつ誰かに連れた相手と自分のペアを見てもらいたいから、他の人の目のある場所が好きなんだよね。今から行く場所は、小金井さんが好きそうな静かで人目にも触れにくい別のお店だよ」
そう言いながら手を握ると顔を真っ赤にして何も言わなくなってしまったので、そのまま僕らは楓通りへと歩いていくのだった。
普段の饒舌さはどこへやらという感じでかわいい。
いつものいっぱい喋って人を食った態度の彼女もめちゃめちゃかわいいんだけどね。
「青海センパイは悪い男ですねぇ」
「いや、もう、その、それは本当に……はい、その通りでして……」
なんてったってヒモだからな。原罪を人の二倍は背負っている。
キリストに背負わすのも酷だから、僕は個別に背負う事にしてんだよね。小金井さんと分けた分の罪悪感もあるし。
今や僕は田舎から出てきたお上りさんくらい手荷物が一杯だ。中身全部罪だってんだからビビるな。置き引きした相手がたまげて自首するぞ。土産に地元の漬物くらい入れときゃ良かったぜ。
悪と背中に大きく書かれた服を着た方が良いか?
ついでに押し入れいっぱいの炸裂玉も用意しようかな……。
「悪い男にひっかかる女は馬鹿だと思っていましたが、実は悪い男はとても女に優しいので実際コスパが良いのですね。これは私が馬鹿でした。これからの賢い女は悪い男一択ですよ。ヒート様にも教えてあげないと。新しいムーヴメントです、小銭稼ぎにはなるかもしれません」
やめなされやめなされ、不幸な人を増やすのはやめなされ。
とんでもねぇ主張に、思わず僕の心の和尚さんが出てきちまった。
……悪い男なんかに入れ込まない方が、絶対に幸せになれると思うけれど。
悪い男の僕は、その事を言わないでおくことにした。
温泉街でゆっくりしたし、往復にも数週間かかっているのでもはや夏も終わりだ。
持ち歩きのピザもどきで、涼やかな風を感じる夕暮れの街の中軽い夕食を済ませた後。
「どうも」
「おや……いらっしゃいませ。ずいぶん可愛らしい方をお連れですね」
「えへへぇ、僕の大事な人でして」
「それは……なるほど、ごゆっくりしていってください」
小金井さんを連れてきたのは、小さな看板しか出していない狭い飲み屋だ。たぶんBARとかに近いのかもしれない。詳しい分類なんて分かんないよ。
バ、バ、バ、BAR!?!?? なにするとこ!!?!?? と地球にいる頃の僕は思っていたが、騒がずに喋りながらお酒を飲めばいいだけの普通の場所だった。すくなくともココはそう。
未だに全然気後れはするけれど、それは僕がこの店の格にあってない身分だという気持ちからである。
ヒモに似合いの場所なんてドンキくらいのもんだからなァ? ド風評被害ちゃん。
こんなん絶対一見さんお断りなんだろうが、僕は前にサーシャ姐に連れてきてもらったんだよね。
初見さんゆっくりしていってね!と言ってくれるニコ生とはえらい違いだ。
店主さんは優しいから、すぐ仲良くなれたんだけどさ。
なんか妙に度数の高いお酒をサーシャ姐に勧められたので、逆に口八丁で全部飲ませ返してたら潰れちゃって、これまたヒィヒィ言いながら背負って帰ったのだった。
なんか女の人を背負って帰る経験値ばかり増えてないか……?
こんな経験値でレベルアップしたら覚えるスキルどうなっちまうんだ……。
「な、なんか……大人な場所に連れてこられてしまいました」
「だよね。僕も普通に緊張しちゃうよ。すいません、なんか弱めのを2つください」
差し出された小さなグラスには、淡い緑に透き通った液体が、軽く注がれている。
名前もわっかんねぇ〜〜〜〜〜。
少し口に含むと、爽やかなミントに近い薬草の香りが鼻に抜け、酒精の軽く痺れるような刺激が喉を伝っていく。
……弱い、の、か? ここにある酒の中では一番よえーよ、これも飲めねぇなら帰んなボクちゃんって事かもしれない。
マスターにあの優しげな風貌からそんな事言われたらギャップでオチちゃうぞ。
「実はさ、僕もココに来たのは2度目なんだ。まだ全然慣れてない」
「おやおやおや? そうなんですかぁ? なんだかとっても慣れてて、何人もの女を連れ込んだみたいに見えましたけど」
「いや、全然。ホントにムズすぎ、アイワナかよって思う。でもこういうトコがたぶん小金井さんは好きなんだろうなって思ったから、連れてきてあげたくて。だから、慣れてないけどがんばるよ」
それを聞くと彼女はまた顔を赤くして、そのままの勢いでくいっとグラスを一気に傾けた。
あ、いや、弱い方だけどこれイッキは……と思い手ぬぐいを懐から取り出しながら店主さんに水をもらう。
すると案の定むせたので、背中を軽く叩きながらお水と手ぬぐいを差し出す。
サラマンダースコーピオンの絵柄は無視してくれ。ソイツにはもう二度と賭けないから(3敗)。
「ゴッハ、ゴヘ、ゴヘンハハイ」
あーあー、いいからいいから、気にしないで気にしないで。
トントン背中を叩いているとすぐに落ち着いてきたようで、羞恥からか苦しさからか、涙目になってしまった。
飄々とした小金井さんがなぜか僕の前ではよくたじたじになるのだけれど、彼女の隠された一面を見れているようでとても嬉しい。
「……すみません」
「いやいや、大丈夫そうで良かったよ。またなにか飲みやすい物をもらおっか」
そうして、ポソポソと話しながら、数杯のお酒をちびちびと舐めるように飲んでいると、僕もかなりぽやんとしてきた。
彼女も良い気分そうだ。荒れるでも騒ぐでもなく、ただ心地よい感覚に浸るような、おとなしい酔い。
他者と関わりを持つ必要が無く、自己で完結してしまう事が可能な小金井さんらしい酔い方かも知れない。
ただ、それはきっと、望んで得たものではなく。
こうならざるを得なかったから、要領の良い彼女は、こうなったのだろう。
こうなって、しまったのだろう。
「センパイは……どうして誰にも手を出さないんですかぁ?」
ふと、彼女が言葉を投げかける。
それは今思いついたというよりも、ずっと言えなかった事の箍が外れたかのような、切実さを感じさせる声だった。
……手はめちゃめちゃな数出ちゃってるし、みんなが64クッパの尻尾バリにガッチリ掴むから、僕は今にも張り裂けて願いを叶えたドラゴンボールみてぇにバラバラに飛び散りそうなのだが、多分これはそういう意味ではなく。
「そもそも僕はまだ誰とも、正式にお付き合いをしてないはずなんだが、まぁそれは置いといて……こんなトコに来ちゃって変な力を貰っちゃったから、僕らは奇妙な関係になってしまっているけれど、もしアッチに居たら僕なんかには誰も拘泥しないと思うんだ。こんな異常事態だから、心理的にスーパー吊り橋効果で勘違いが起こる事もある」
「……それはつまり、帰った自分には価値が無いという事ですか?」
背後にクソデカい金庫の幻影が見える。新手のスタンド使いか!?
……けれど。
価値の無い物を、そんなのに入れる必要は無い。
「僕はね、小金井さん。本当の僕は、とてもじゃないが今の僕と比べ物にならない、最悪のロクデナシなんだ。泣きそうな誰かに気付けない鈍い人間で、他人に弱みを晒せないカッコ付けたがりで、誰かを好きになるような関心すら持つ暇が無く、どんなチャンスを与えられてもなんにもできなくて……そうして失望されるのが怖い、臆病な無能なんだ。……きっと地球にいた頃の僕は、身を挺して君を助ける事もできなかった」
言葉が流れるように口から溢れ出る。
あぁ、たぶん良くないな。
ずっと、ずっと秘していた言葉が、酒で緩んだ僕の脳から漏れ始めている。
心に宿る一抹の寂しさをも感じ取る鹿野ちゃんにすら感知されないように、無意識的に心の外に置いていた、意識の俎上にすら上がらぬ本心。
誰にも知られていない、僕の本当の気持ち。
「これは誓って言えるけれど、僕はみんなの愛を疑っていない。みんながどうしてか僕なんかを好きになって、大事に思ってくれている事はもはや紛れもない真実として理解している。そこまで鈍い愚か者ではないつもりだ。けれど……それは『今の僕』だからだと、そうも思っている。神様から力を借り受けた、下駄を履かされた僕だから愛されているのだと。こんなの、とんでもなく底意地の悪い、悪魔の証明だよね。帰ってみなければ、どうなるか誰にも分からない話なんだから」
それはとても傲慢で。
「僕らはいつか地球に帰る。それは前提条件だ。もう本当にどうしようもなくなったら、ギルドにでも皇帝にでも力の事を全部話して、この世界最強の人を連れてきてもらって、全身全霊でヒモに徹してとんでもないバフかけて、魔王を倒してもらおうと思ってる。たぶん相当に命を狙われるし、上手くいくかわからない賭けだから、最後の手段だ。にしても他力本願の極みで笑っちゃうな。……だから、これは、帰ってからの話なんだけど」
他人の尊厳を無視した。
「帰った時に、帰って僕が仮初の力を喪った時に、みんながメッキの剥がれた本当の僕を知った時に……もし僕から離れたいと思った時に……その人には取り返しのつく形でいて欲しいんだ」
ヒモすら失格な最低最悪の。
「初めて手を握った相手……これはごめん。初めて唇を許した相手……これも、本当に申し訳ない。でも、ただ、初めて身体を重ねた相手……これだけは、その人が正常な状態へと回帰した後に、自分の意志できちんと選べるようにしておきたい。借り物の力が無いと人並みにもなれない僕なんかじゃなく、育ての親からすら愛されなかった出来損ないなんかじゃなく……ちゃんと正しくてきちんと生きている誰かと、いつか何の憂いもなく幸せになる為に」
自己中心的で身勝手な、僕のワガママ。
「これが僕の、誰にも言えなかっためちゃくちゃなワガママだよ」
「失望、させちゃったかな」
彼女の顔を見れない。
僕はもちろんみんなが大好きだし、相手がこうすると嬉しがるなって事がなんとなく分かったら、自分から喜んで進んでやってきた。
それは僕がヒモの力を使う為ではなく、単に愛している人や好きな人たちに喜んで欲しくてやってきた側面もある。
けれどその思いの中には……無条件で愛してくれた親以外に、誰からも愛される経験の無かった僕が、初めて知った愛される方法だったからという、醜い事実もあったのではないか。
誰かが幸福になる事で僕が幸せな気持ちになるのは、その先に愛がある事を本能的に察知していたからなんじゃあないか?
つまり、もしそうならば、そんな事をする奴は。
根本から、マトモな人間ではないだろう。
愛に飢えた、醜悪なパブロフの犬。
それが僕だ。
みんなの助けになるからヒモをやってるのは間違いないし、僕の大事な人たちの一助になる事を願って、これ以上一人も怪我をしないように祈りながら、バフがかかるよう動いているのも紛れもない本心だ。
その一方で、そんな異能を抜きにした僕は、どうしようもない男なのだと、心の底から理解している。
みんなの力を増幅させられない、人のして欲しい事が直感的に分からない、思っている事をスラスラ口から放てない僕に、一体何の価値が残るというのか。
なにより、育ての親からすら愛される事のできなかった人間が……どんな顔をして『あなたに愛されるに足る人間です』など言えようものか。
彼女たちに「どうしてこんな男に入れ込んでしまったんだ」と思われるのが怖い臆病さ。
そんな彼女たちが「あぁでも身体だけは許さなくて済んで良かったな」と思えるようにしたい身勝手さ。
そのどちらもが、僕の兼ね備えた本質。
僕は地球にいた頃、人として生きていくことができなかったヒトデナシだ。
その頃に戻るのを……本当は心の底から恐れているような、醜い生き物だ。
結末の決まったハズレくじを、どうして僕の好きな人たちに押し付ける事ができる?
その結果を見た彼女たちの落胆した表情を思うと、胸が締め付けられるように痛くなってしまう。
だから、僕は……誰にも手を出せない。
「……馬鹿馬鹿しい」
「うん、馬鹿馬鹿しい話だよね」
「ちがいます……もう他の誰かを心から好きになっていて、その人以外に身体を許したくないだけなのだと思っていた、私がです。責任を嫌がって、利益だけを得ようとして、どこにでもいるその他大勢と変わらない部分もあるんだなって、心のどこかで諦めて少し冷めてた私がです! 私に無償の愛を教えてくれた人が、自分自身を心から愛していないことに気づけなかった私がです!! 私は、大馬鹿だッ!!」
席から立ちあがり、彼女は僕の胸倉をつかんで叫ぶ。
それは、この静謐な場に相応しくないほどの大声だった。
けれど、店主も、他に居た一人の客も、僕自身も、誰も注意しようとはしなかった。
「青海 蒼さん」
「え、あ、はい」
「大好きです、どんな貴方も愛します。帰ったら結婚しましょう」
「へ……」
ぐっと胸元へと引き寄せられると、僕の唇に柔らかな物が重なる。
目の前で煌々と光る瞳には猛禽類を思わせる鋭さと、自分に何があっても絶対に愛する者を逃がさないという“ヒト“特有の執着が感じられる。
「あなたに、私が付けたあなたの価値を、心の底からわからせてやります。もし……いえ、きっと、業腹ですが私一人じゃあなたを埋めるには足りないのでしょう。だから、私たち全員の想いを、あなたは身をもって知るんです。あなたにひとかけらとて不幸を味わってほしくないから、みんなまとめて全員であなたを幸せにします。あなたに空いた大きな穴を、それより大きな愛で埋める」
「は、はぇ……」
「あなたが弱く醜くなってしまったら、自らを愛せる自分になれるまで、私たちが一緒にいてあげます。……弱ってしまった時に手をとり共に歩むことこそが愛だと、あなたが教えてくれたのです」
言葉を脳が処理しきれずぽかんとしていると、気づけば店の外に出ていた。支払いは彼女が済ませてくれていたらしい。が、それすらも今はダメージが薄い。
先程の衝撃的な言葉が、ずっと脳裏でこだまする。
それに掻き消されて、あの日から聞こえ続けていた泣き声は、いつのまにかどこかへ消えていた。
そうして、強く握られた手を頼りに、放心状態の僕は宿屋へと連れ帰られている。
先を歩く彼女の赤くなった耳が、僕に不甲斐なさを自覚させた。
「あなたは私に愛を教えた。だから次は私が、あなたに勇気を教えるのです。他者の愛を信じる勇気を」
表情すら見せぬまま、小金井さんは僕へと言い募る。
そう、彼女はちゃんと分かっているのだ。
屁理屈を捏ねて、言い訳を重ねて、逃げ道を残して、予防線を張って。
そうして、与えられた温もりから逃げ出しているこの僕の、欠けた心の名前を。
青海 蒼には、人からの愛を信じきれる勇気がない。
「誰にだって欠損の一つくらいあるものです。そしてそれは、他者から分け与えてもらう事ができる。どれもこれも……あなたが私に教えてくれた事だ」
そうして、辿り着いた宿屋にて。
「今日は、まだねだりませんよ。もっとハッキリと、記憶に残る形で、初めてを迎えたいですからねぇ?」
その言葉だけを残して、小金井さん……山算金は自分の部屋へと消えていく。
残された僕は咄嗟にその手を握り、扉に顔を寄せて。
「ありがとう、山算金。産まれて初めて僕は、本心を露わにしてもなお、好きだと言ってもらえた……本当に、嬉しいよ」
そう告げて、手を離し。
情けなく泣きながら自室へと戻──ろうとして、再び手を掴まれ。
今しがた別れたばかりの彼女の部屋へと引きずり込まれていった。
「センパイは、本当に人を煽るのが上手いですねぇ……ッ!」
こうして、愛を求めて愛から逃げ回っていた愚かな僕は、無事逃げる事ができなくなった。
逃げずとも良いのだと……大好きな人から、教えてもらえたのだ。