【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
「あ、王城先輩! もう大丈夫なんスか!?」
「うむ、心配をかけたな鹿野」
「わ、わわわ! んへへぇ、おっきい先輩に持ち上げられるの好きっす、です!」
種菓子の詰まった簡素な袋や串に刺さった肉を両手いっぱいに持って僕の部屋へ突撃してきた鹿野ちゃんは、王城先輩に軽々と持ち上げられぐるぐる回されて嬉しそうだ。
タッパと膂力が足んねぇ僕にはできない可愛がり方、クソ羨ましくて歯噛みしちゃうね。僕も肩車だのおんぶだのはできるが、流石に腕の力だけでひょいと持ち上げるには至ってないぜ。
むしろ僕は鹿野ちゃんと手を繋いだら縄跳びみてぇに振り回される側だからな……。
ま、競わず持ち味を活かして、ともに彼女を楽しませてゆこう。
いわゆる一つの役割分担さ。
王城先輩は鹿野ちゃんをぐるぐる回す、僕は鹿野ちゃんにブンブン振り回される。そこに何の違いもありゃしねぇだろうが! ……ホントかな? 違うかも……。
「でも先輩、なんか話し方とかめちゃめちゃ変すけど、大丈夫なんすか? まだ体のチョーシが良くないとか……」
「いや、体調は万全だぞ。単に異世界ではコレで行こうと思っているだけだ! ……この話し方、そんなに変か?」
「なるほど! じゃあ良かったっす! 変す!」
打てば響くような全力の肯定と全開の否定に、王城さんも安堵と悲しみの太極図のような表情になった。いや、解放の表れなんだろうけど一人称「余」はね……鹿野ちゃん悪くないよ、こればっかりは。
が、そんな王城さんの内心は安心100%ってところだろう。裸芸人二人くっつけたみたいな表現になっちまったが他意は無いぞ。
人間が変化を恐れるのは、周りの目が怖いからだ。本当の自分を曝け出すならなおさらのこと。
それは吹っ切れたつもりでいる王城さんとて例外じゃねぇ。知り合いに変わり果てた己をどう思われているか、まったく気にならない人間などそういないさ。
ようやく脱ぎ捨てた仮面の方を求められるなんて事になったら……彼女の自由意志の否定にも等しい酷い話だからね。
……実際のところ、この性格が本当に等身大な彼女自身かどうかについて、僕はちょっと疑問視している。
事前に話を聞いた時点で頭を過ぎった様々な憶測が、出会った時に違和感として結実し、それらから導き出された結論だ。
こういった突飛な言動も彼女の本心ではあれど、剥き出しの本心だけが彼女そのものではないってこと。
恥じる気持ちも、外聞を気にする肝の小ささも、社会に溶け込む仮面も、枷からの解放感に浮かれる子供心も、全て引っくるめて彼女ではあるのだから。
ようやく豪奢で華美な狭っ苦しい額縁から外されたのに、わざわざ己を小さく切り取って見せる必要なんてねぇだろうに。
確かに彼女は飢えていない、もはや渇望してはいない。
けれど、だからといって、今のままではいられない。
いつかは切り落とした部分を見て後悔する時が来るだろう。
……でもまぁ、今わざわざそれを指摘するつもりはない。
人には時間が必要だって事くらい、僕も知っているからだ。
今この時を味わうにも、他者からどう思われるかを咀嚼するにも、逃げられない現実を消化するにも、それ相応の時間がいる。スタンド使いじゃない僕らは、中間すっ飛ばして結果だけ持ってくるわけにゃいかないからな。
襲ってくる鋭い痛みを、ゆっくり感じなきゃいけない時だってあるもんだろ。
ま、それになにより……遅れてきた中二病くらいは、我慢してきた彼女を思えば受け入れてあげるべきだと思うしね。
そしてだからこそ、カミングアウト相手の1人目が嘘もごまかしも必要がない鹿野ちゃんなのは幸いだった。
この子は心配はすれど、本人が元気で楽しそうなら詮索もしなけりゃ理由も聞こうとしない。
自分と楽しく遊んでくれるなら、それだけで他は何もいらないから。
心配して欲しい人間にしてみれば、そこはむしろ察しが悪いとでも思われるかも知れない。
そういった噛み合いの悪さが、彼女がクラスメイトから浮いてしまっていた原因でもあるのだろう。
僕らの年頃なんて大抵が聞いて欲しい構ってちゃんだからね。
そんな思いを感じ取った鹿野ちゃんに「何を尋ねて欲しいんすか?」なんて言われたら、顔真っ赤になっちゃうのもやむなしなとこはある。同じくまだまだ未熟なガキとして、納得はできんが理解はするさ。
実際は彼女ほど察しの良い人間も居ないんだけど。
しかし誰かにとっての短所は、別の人にしてみれば長所ともなる。
見る影もなく豹変した自分に対して、何一つ変わらずに接してくれる鹿野ちゃんが、王城さんには少なからず救いとなるに違いない。
立ち振る舞いや言葉遣いを変えようとも、あなたという器の中身はなにも損なわれていませんよという証明を、彼女は言語ではなくその小さな身体全てで成してくれる。
彼女の純粋さ、無垢さは、ねじれてしまった人間にとって太陽にも似た暖かな光だ。
僕の大切な人がまた一人誰かを救っている光景は、もはや宗教画の一場面だ。思わず頭を垂れて祈りを捧げたくなっちまうぜ。なむなむ。
ありがたい鹿ん野ん菩薩様を拝んでいると、一瞬で僕の行動を理解した王城さんも同じくなむなむと両手を合わせる。
もちろん大好きな先輩たちがそんな事を始めたのに、指をくわえて見てる鹿野ちゃんじゃあない。
彼女も僕らを向いて同じくなむなむするので、加速した互いへの信仰心が真正面から衝突。信心の原子核からクォークが飛び出し、これがヒッグス粒子の発見へと繋がってゆくのであった。科学の歴史がまた一頁……。
へへへ、どうです。
明日から王城国の国教は『シシ仏セ教』で決まりでしょう。
「まったくだ、これは改宗もやむをえん。どデカい寺も建てるぞ、東京ドーム100個分のな」
そうなるとファオルベルカ教の教会本部くらいデカいのがもう一つ建つ事になっちゃいますねぇ。
むむむと未だ難しい顔で何かを念じ続ける鹿野ちゃんを見ながら、僕ら二人は我がパーティ共通の見解で一致するのだった。
■
そんな微笑ましいやり取りをしてめでたしめでたし……で話が終われば良かったのだが、そうは問屋が卸さない。
風呂と違って、売った喧嘩は気絶挟まった程度じゃキャンセルできないものなのだ。
「……おう、起きたか。じゃァ裏来いや。マトモに戻してやんよ」
「うむ、待たせたな。存分にやろう」
鹿野ちゃんを撫で回してまぎらわし、隠れて吸ってた煙草でごまかし、僕のマッサージでなだめながら。
それでもなお超イライラしながらこの時を待ちわびていた明星先輩は、王城さんがエントランスに降り立つや否や、胸ぐらを掴みかねない勢いで熱烈なデートのお誘いをした。
対する王城さんも、もはや長くは語らない。
こうなってしまえば、二人の間に言葉など要らないのだ。
語り合うのは拳で充分。
強い方が我を通せる。あまりにもシンプルで分かりやすい、古から続くコミュニケーションが、彼女らには待っているのだから。
どちらも長身かつ身体が厚いので、試合前計量バリの張り詰めた緊張感がある。何階級かは言わないぜ、流石にデリカシーがないんでね。
明星先輩は気絶から回復したばかりの相手を気遣う様子なんて微塵も見せていないが、これはたぶん気絶その物がたいした事が無いとわかっていたからかもな。
錬金術師である委員長が毒について本能的に詳しかったように、僧侶である明星先輩は負傷の程度を感覚的に察知できるのだろう。
実際気絶時間の7割くらいは睡眠だったっぽいし。
徹夜明けに一回寝たら起きれない気持ちはよくわかるぜ、僕も夜バイト明けの日は家事ほっぽり出して昼まで寝たかったからな。
他人の目が無い裏庭へとズンズン向かっていく二人の後を、他のパーティメンバーも観衆としてカルガモの親子みたいにぞろぞろついて行く。
野次馬根性も無いとは言わないが、みんな今回ばかりは双方がやり過ぎないか心配してる部分もおおいにあるだろう。
喧嘩慣れしているし、この世界に来た時点で更に圧倒的な力を得た明星先輩は、これまで騎士だろうと野盗だろうとたいした怪我をさせずにのしてきた。
しかしこんどは武道についててんで素人な僕ですら、構えを見ただけで強者であるハッキリと理解できた王城さんが相手なのだ。
彼女はとある高名な道場の家に産まれたサラブレッドであり、また異世界に来るにあたり天職も得ている。
つまり、おそらくは、明星先輩と同じようなレベルの人間という事だ。
その上公平な勝負をという事で、明星先輩へのバフが切られているので、本当に力の差はまったくの未知数。
争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。
今までのような手加減した稽古や蹂躙ではなく、本当の争いが今から行われようとしていた。
明星先輩が祈祷による回復を行えるとはいえ、しかし手加減などできない相手とサシで闘りあえば、間違いだって起こり得る。
その時が来れば二人を止められるように、みんなから僕へ銀貨の雨が降り注いだ。おわっ、ちょっ、先生これ! 流石に10枚は……! 30万ですよ!? 格安中古車買うんじゃねぇんだぞ!
この一戦から産まれた「喧嘩が起きればヒモが儲かる」ということわざが、永く後世へ伝えられていくようになることなど、今この場の誰も予測してはいないのであった。あったじゃねぇのよ。
最後がATMの振込確定ボタンになってるピタゴラスイッチみてぇな臨時収入やめてね。
しかし大事な人たちの万が一に備えての事なので、受け取らない選択肢は僕には無い。尊厳と好きな人と世間体の袋小路に追い詰められた僕は、大人しく過度な扶養を受ける事になった。
バフの仕様と僕がヒモである事が全面的に悪いんだけど、養うの限度を超えてるんだよなもはや。ギャンブルでもなかなか溶かせねぇのよ、こんな大金は。
なんかいい加減良い使い途を見つけなきゃならんな……ブルーゴールド商会への融資も断られちゃったし。
でも僕と山算金の子供にお小遣いを少しも渡せないなんて、そんな寂しい事ないよね。どうにかして法の抜け穴を探して、株主にならず投資できないか模索中なのだ。
ま、今はさしあたってメイちゃんに、この後行われるであろう打ち上げ用の代金として銀貨を2枚渡しておく。
なんか1,2品増やしてくれれば……あ、うん、お酒じゃなく果実水も、ちょと多目に。
いや悪いねこんな急にさ。うん、後で買い出しも手伝うよ。人数的には一人増えるだけだから、そんなに増量はいらないと思うんで。
この勝負どっちが勝つかなんて分かんないけれど、終わった後は遺恨を残さないようにパーッと騒ぐ準備をしておこうっつー算段だ。
学校では別に不仲ってほどじゃ無かったみたいだし、たった一度のすれ違いで金輪際いがみ合う必要もないだろうさ。
おてて握ってハイ仲直りとはいかなくとも、一回喧嘩してから一緒にご飯食べて話せば、目を合わす度にバトルが起きるみたいな野良のポケモントレーナーじみた関係にはなるまい。
ま、それでも合わなけりゃそれはそれだ。
仲良くできない相手くらい、誰にだって一人はいるもんだからしょーがねぇ。
その場合は周りがちょいと配慮して、日常的にぶつからないよう調整すればいいだけの話だからな。
え、それでも銀貨2枚は多い? じゃあお釣りはそうだなぁ、今度別のお菓子の作り方また教えてよ。その授業料って事で。
うん、この前のクッキーはみんなたいそう喜んでくれたからね。流石は師匠のレシピだろって弟子の僕も鼻高々ってもんさ。他人の褌で相撲とる事に関しちゃ僕は自信があってね。
でも実際それだけってワケでもなくて、僕あんまり料理とかしてこなかった人間だから、やってみたら存外楽しくてさぁ。
これからも不出来な弟子に色々教えてよ、師匠?
と、いう経緯で僕はさっそく銀貨2枚を消費する事に成功し、金色の線に銀の鎖が絡んだオーラがギュンギュンと音をたてて太くなり僕とパーティのみんなを繋いだ。
傍から見れば異様な光景のはずだが、メイちゃんも慣れたものだからかぽやーと上の空で気にも留めていない様子だ。流石は師匠、明鏡止水って事やね。
これならみんなにも還元できるし、僕の競魔代に消えるより良いお金の使い方だろう。
僕はメイちゃんにこの世界の製菓とか料理とかを時々習ってるんだけど、それに対して対価を支払わないとバフかかりそうなんで毎回何かをお返ししている。
もし突然愛娘に黄金のオーラが繋がってダメ人間を養った烙印が押されでもしたら、女将さんに言い訳が立たないからな。ホントになんて言えばいいんだよその場合。
いくら僕でも「すみません、こちらの不注意でおたくの娘さんに養われてしまいまして……」とは言えんぞ。追ん出されるよ、そんな娘の教育に悪いヤツ。
しかしこうやって自己投資で自らの価値を高め過ぎると、いつかヒモに相応しくないとバベルの塔の如く神の裁きを受けそうなので、程々に堕落もしなきゃならんのよな。
強制された怠惰は果たして堕落なのですか……?
歴史上の哲学者ですら解を出せそうにない難題だ。今、人間の実存と本質が問われる……。
こんなしょうもない事で在り方を問うてしまって全人類に申し訳ねぇや。
でもね~、多分ね~、やっぱなーんもせず日々遊んで非生産的に生きた方が、恐らくバフのノリが良くなる気はしないでもないんだよね~……。
流石に僕の勝手な自意識によってみんなを弱体化させる気は毛頭無いから、今んとこ全ての生産的な行動は伴侶を癒したり幸せにしたりする方向に限定させる事で、ヒモ活の一種であるとなんとか紐づけてヒモ職の強化へ無理矢理転化してヒモの熟練度を上げてんだけどさ。今ヒモって何回言った? 一般人が一生で言う回数をこの一言で上回っちゃうだろ。
多分ヒモのスキルマスタリーには「消費ゴールド5%アップ」とか「"すってんてん"状態のバフ倍率+1」とかがあるんだろうね、なんでわざわざ埋めたマスタリーでマイナス効果受けなきゃいけないんだよ。そもそもこの世界にはそんなゲームシステム的なものありゃしないけど。
つーわけなんで、どうも僕はヒモのままで何か自身のスキルを成長させる事はできなそうだ。
よしんば何かを伸ばせても、きっとみんなへのバフの倍率が下がる結果に終わるだろう。そんな危ない事には、絶対に手を出すつもりは無い。
憧れた夢へ手を伸ばし、空を仰ぎ見る事しかできず。
ヒモという軛が僕を地面に縫い付け、蛹から羽化し天を目指す事を許さない──と言えば聞こえはいいか?
本質は単に「ダメ人間が終わった性格に見合った身分を、天罰として賜った」っつーだけだから自業自得なんだよな。
そうやって僕がメイちゃんと打ち上げの相談をし、じゃあ後はごめんけどよろしくと切り上げて裏庭に出ると、既に二人が触れ合えるような距離でガンをくれあっていた。
明星先輩は眉間に皺を寄せて射貫く様な眼光で睨み、対する王城さんは面白いものを眺める様に余裕綽々でふんぞり返り先輩の大きな身体を見下す。
そんな両者を先生はレフェリーとしてもっとも近い距離から、いつでも止めに入れるよう見守っている。
以前の"大破壊"の時よろしく審判は委員長が買って出ようとしたが、流石に今回は私がと先生に止められたと、ちょっと憮然とした顔の委員長自身からそう教えてくれる。
いやまぁ、たぶん危ないからね……ほら、むしろポーションとかを用意できるから、こうやって救護班に回るのも悪くないんじゃない? そそ、委員長にしかできない事だもん、頼りにしてるよ。
そうこうしている内に、先生から「武器と目潰しと気絶後の追撃無し」というルールが告げられる。シンプル過ぎません? 古代ギリシャのパンクラチオンやってんじゃねんだぞ。
しかし当の本人たちからの了承の返事は無くとも異論も無いらしく、二人はどちらからともなく背を向けて一歩踏み出し、再び向き直る。
お互いの距離はコンパスの長い両者の、大きな二歩分。
立ち合いを行う武士が如く、二人は己の思う構えを取る。
そして。
「
先生の合図により、戦いの火蓋が切られるのだった。