【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
その立ち上がりは、一度目とはまるで別物であった。
構えて向かい合った両雌は開始の合図を聞くやいなや、即座に行動へと移る。
もう様子見は要らない。
あの時のやり取りで、既に何戦かやった後なのだから。
達人の域へ達した者達は、拳を合わすことも無くおよその力量と組手のパターンを把握していた。
そして今、彼女らが脳内で描いていた何十通りものプランの内の一つが、実際の身体を用いて現実のものとなる。
明星先輩は前と同じファイティングポーズで、左右に小さく体を揺らしながら接近。
挨拶代わりとばかりに、目にも止まらぬ拳速のジャブを王城さんの顔面へと放ち──その軌跡がフリッカーの如くブレる。
速度だけに重きを置いたその拳は、凄まじい風切り音を響かせる。
いや、その様は風を切るというよりも、もはや空気を叩きつけるに等しい。
そしてそれは、比喩では無い。
顔へと一直線に伸びた初動で殴った空気の弾を飛ばし、拳本体は直線から逸れて弧を描くように湾曲した軌道へ移行。
フェイント、かつ
先輩は一手で二つの打撃を生み出した。
お、おわーー! スゲーーー!! フィクションでしかできない事を平然とやってのけとる!
僕は応援している先輩の人間離れした神業に、やんややんやと歓声の声をあげる。
今回に関してはどう考えても喧嘩の理由が王城さんの無神経さだし、なにより好きあった相手と友達じゃあ片側に肩入れしちまうでしょ。
体重を載せたワケでも無い、ただ肩と肘の筋肉だけで打たれたソレは、にも関わらず並みの人間であらば拳圧により破裂した空気の塊が当たるだけで昏倒する程の凶悪な威力を有している。
位階の上昇は僕たちに、つーか僕以外に理外の成長曲線をもたらした。
レベルが上がるという事は、もはや生物として基礎設計を違えたモノへの進化にも似ている。
存在する筋肉量が生み出せるバルクを遥かに超えたパワーを、非物理的な何処かから発生させる超常的な法則。
文字通り『人は見た目によらない』って事。
そして言うまでもなく、それはなにも僕たちだけの特権ではない。
見えない空気の弾丸を、王城さんはまるでわかっていたかのように顔を僅かに横に逸らす事で回避。
そして二段構えに迫り来る先輩の拳を、くるりと円を描いた片手の動きでいなしてみせる。
殺人的なパワーが籠ったハズの打撃が、まるで風に舞う木の葉のように威力を打ち消されていた。
パリィ、いわゆる回し受けだ!
そしてそれが成立するという事は、王城さんの膂力も同じく埒外のものである事を示している。
当たり前だ。攻撃を捌くには相手と近しい力が必要になる。
どんな武道の達人であっても、突撃してきた車を受け流す事はできない。
流石に僕らの方が生命の精霊を多く取り込めているはずだが、それでも彼女だってこちらの世界に来てから数ヶ月冒険者として暮らしてきている。
この戦いはけして一方的な物にはならないだろう。
ボクシングスタイルを使い手数で攻め立てる明星先輩に対して、王城さんは防戦に徹している。
しかしこれは流れが先輩にある事を示しているわけではなく、むしろ消耗を強いられていると見るべきか。
ボディへのブローには肘を割り込ませ防ぎ、かちあげるようなアッパーは僅かに背を反らし紙一重で避け、銃弾の如き速度の顔面へのストレートは前腕を使い滑らせるように弾く。
武というよりは舞、まるで古武術の演舞を見ているような完璧な防御で、王城さんは荒れ狂う怒涛のラッシュを防ぎきる。
王城さんの戦い方は『後の先を取る防』の
あの構えにしても、自分から攻めるのに向いているとは思い辛い。
受けて流していなして、致命的な隙に叩き込む……何を?
そう、何か、何かを彼女は隠している。
目を引く剛毅な鎧とインパクトのある盾で、己の剣を未だ見せていない。
だからこそ、先輩は自身が知っている王城さんの道場の流派に思いを馳せている事だろう。
彼女は元の日本においては数少ない、闘争の中に身を置いてきた人種だ。
一年下の後輩に高名な道場の師範が居れば、グループ内の門下生からでもその流派を聞き齧る程度はしていたと思われる。
その教えの中のどこに、剣足り得るものが存在したか。
しかし王城さんが日本に居た頃に修めた武術を使うかどうかも不明なのだ。
先輩にしてみれば『カウンターを意識しておく』くらいの対策しか取れる手段が無い。
とはいってもいくら防御が完璧であろうと、耐久値無限の盾は存在しない。
今やきっと龍鱗すら砕きうる先輩の豪腕が王城さんを掠める度に、革鎧は容易く裂けてその真っ白な肌に痣を作り出す。
熟達した武道経験者の肌は巌のように硬くなり、その肉は強靭で生半可な打撃では響かないと言われる(出典:民明書房「鍛錬〜鋼の肉体を作るには〜」より)。
つっても流石の道場も現代を生きる可愛い我が子に、そこまでの鍛錬を要求はしなかったのだろう。さっき鹿野ちゃんを撫で回す際に見えた王城さんの肌は綺麗なものだった。
全身を鎧となし、全身を剣とする域まで彼女は至っていない。
卓越した技術を身に着けておれど、その身体は無敵ではないのだ。
もしこのまま千日手が続くなら……先輩がド根性で消耗を耐え抜き、削りダメージで王城さんを倒し切る可能性も存分にある。
その場合は長期戦になるだろうから、周りのみんなが冷えないように毛布とか用意しておけばよかったかもしれん。
呑気な観戦気分ってワケじゃねぇぜ。
大好きな人がプライドを賭けて譲れない喧嘩してんだから、最後まで見届けたいと思うのが人情じゃないか。
殴り、いなし、殴り、躱し、殴り、防ぎ。
いつクリーンヒットが出てもおかしくない、手に汗握るような神業の果てに、ついに膠着状態が崩れた。
拳撃に織り交ぜられたジャブが、ゆらりと蛇のように湾曲する。
先輩による再びの変則二段攻撃。
しかし王城さんは一度完璧に攻略した技を食らうような甘い相手ではない。
先程のリプレイを見ているかの如き、パーフェクトな対策を見せる彼女。
その正中線ど真ん中のみぞおちに、先輩のケンカキックがめり込んだ。
キメラには通じずとも、武の道を歩んできた者へは効果的なフェイント!
先輩がこれまで秘してきた蹴り技が、完全に意識の外にあった王城さんの腹部へ炸裂する──!
「で、あろうな」
瞬間。まるで水の詰まった袋を叩いたかのような強烈な打音と共に、人体が宙を舞う。
空でくるりと身体を回し、ざざざと地面に膝の跡を引きながら、なんとか辛うじて受け身を取ったのは、明星先輩の方であった。
「ぐ……がぁッ……」
ビリビリと痺れるのか、蹴り上げた右足を押さえる彼女の口から苦悶の声が漏れる。
「おわーーーーーーっ!!! センパイ大丈夫スか!?」
「おっわ声デカ……鹿野ちゃん、大丈夫だよ。明音はタフだからね、これくらいじゃ沈まないさ。にしても、琥珀ちゃんにしろ明音にしろよくあんな本気でケンカするよね。ちょいと謝って仲良くすればいいのにさぁ」
「まぁ、お二人とも強情なとこありますんでねぇ。王城さんも変なとこで引かない性分が見え隠れしてましたし。武道やってらっしゃる方ってこういうの、いつも通りの事なんじゃないですかぁ?」
「いつも喧嘩してるってコト? ボクにゃついてけそうにない世界だよ」
背後から十人十色な感想が聞こえてくるが、案の定やっぱりこのタイマンに肯定的な意見は無かった。
まぁそらそうだわな、なんで出会って五秒でピリついて起床後五分で即喧嘩してんだって話だし。
目黒さんなんて流れ弾を心配してか、僕を胸元で抱えてるからな。戦闘開始からずっと僕は長く伸びる猫画像みたいな状態だ。
しかしそれはそれとして、今のは一体……!?
「なんで……!? 今、先輩の方が蹴ってたのに……!」
「えぇ、王城さんの人体急所たる水月へ、たしかに明星さんのヤクザキックは放たれていた。けれど、インパクトの刹那に吹き飛ばされたのは明星さんの方……今の打音から推測される技は……でも……」
僕が思わず上げた疑問の声に、真剣な目で行く末を見つめていた先生が解説してくれる。
知っているのか聖電……!?
「……今王城さんが放ったのは、恐らく寸勁に類するものだわ」
寸勁……!?
格闘技などに疎い僕でも知っている、有名な技法だ……多分。
中国武術に端を発する気功の拳技で、いわゆるワンインチパンチ。全体重を正しく相手に伝え、単なるヒッティングマッスルを使った殴打とは全く異なる次元のパワーを生み出している……と思う。
極々短い距離から僅かな動作で高い威力を叩き出す、まさしく東洋の神秘を体現したかのような技術……のハズ。
完全に僕が適当言ってるだけだから、正確か定かではないので予防線を引きまくっている。
当たり前だ。武術についての書籍なんて板垣作品とタフと男塾しか読んでない僕が詳しく知ってるワケないでしょ。
ともあれ、これこそが彼女が隙を作り叩き込もうとした"剣"なのだろう。
けれど、ワンインチパンチって名前の通り「パンチ」なハズでは?
今王城さんは腹を蹴られただけにしか見えなかったが、僕の目では追いきれないような打撃があったという事なのか?
「うむ、流石はエルフの君かつ聖生先生。音から私の技を察されたのは初めての事だ。良い耳をしている。長いし白いし耽美だし、ホントに良い耳だ」
今時コンプラ研修を受けている人間なら絶対やらないセクハラをかましつつ、王城さんは鷹揚に頷く。
まぁ僕らまだ学生だしコンプラは関係ないからしょうがないが、社会に出る前には直した方が良いっすよ。
「我が王城家の流派は"至天流"という。時代に合わせ、今は誰にでもできる護身術であり身を護る術として道場を開いているが、そもそもその起源は山岳地帯に住んだ隠者達によって創始されたとされている。今になってみればそれが本当かなど誰も知らんがな」
王城さんの声が、深く染み入るように鼓膜を震わせ内耳へと浸透する。
脳を揺らされているような、軽い酩酊感を感じさせる不思議で……不穏な声音。
いつ息継ぎをしているのかわからない、揺らぎが無い一定の波形。
「至天流は天と地、内と外の気を合し、特殊な呼吸法と肉体の武器化によって、隠者が武具や暗器を用いずとも身を守り抜き、危機から逃れられるように作られた。寸勁に似た打法もその一つよ。今の打撃は紛れもなくそれに類するものだ」
いやスーパー爆速寸勁の説明には一つもなってねぇ。
……しかし、そうか。
言われてみれば彼女のパリィも、
これもバキ知識ね。全然詳しく知らないんでそれっぽい事を言っただけです。
「ペラペラペラペラ、一発入れただけでえらい上機嫌だなァ、オイ……! まだまだこっちゃ元気満タン勇気凛々余裕綽々だぞコラ」
立ち上がった先輩はボクシングのスタイルを解き、トントンと前後へ小さくリズムを取りながら半身を引いて胸の高さで緩く腕を構えた。
蹴りを見せた以上もはや拳での攻撃にこだわる理由が無い。
これからはなにもかもごちゃまぜの喧嘩殺法でいくのだろう。
しかし重心を見るに、右足を庇うような少し左に寄った立ち方になっている。
先程の不意を突かれた一撃は、確かに彼女の中で重く響いているようだ。
「む、いや、すまない。煽る気は無かった。そして詫びよう。先輩はけしてか弱い女性などではなかった。余の肉体にこれほどまで痣を刻んだのは、異世界に来てからは貴方が初めてだ。……その類稀な暴に敬意を表し、見せてやろうではないか」
再び先輩と向き合った王城さんが、その糸目を開くことなく口角を上げる。
牙を剥いた威嚇に通ずる、好戦的な破顔。
「異世界に来て余が体得した、"至天流"改め"王天流"の極みを!」
吹き出すような、細く強い呼気が王城さんの口腔から放たれる。
まるで燃え盛る内燃機関が、彼女の身体に熱量を満たしているかのように。
身体その物を傾ける歩法で瞬く間に肉薄した先輩から、最短距離で突き出された直突きを、しかし王城さんはかざした掌で押し上げるだけで弾く。
再び鞭のような打音。ベクトルを上方へずらした衝撃に押され、先輩がバク転をして距離を取る。
弾かれると分かった上でのカウンターだからか、先輩は手を痛めたような様子はない。
ぐっぱと数度握って放す動作をして……およそ見当がついたのか、眉間に深く皺を寄せた。
本来パリィが極めて難しいとされる縦拳を、彼女は当然のように弾き返している。
それは一種異様な光景だった。
本来理想とされる防御を完全に逸脱した、無茶苦茶な護身。
目の前で行われる不可思議な現象に僕は息を呑んで、目黒さんはつむじに鼻先を押し付けた。こしょばいっす。
もはや牽制をする必要すらないとばかりに、先輩のローキックが王城さんのしなやかな太ももへ吸い込まれる。
瞬間、再びの打音。
大きく左脚を弾かれた先輩は、胴回し回転蹴りの逆再生のようにくるりと回転して着地し舌打ちをする。
やはり今も王城さんが蹴られただけで、その拳がカウンターヒットしたようには一切見えなかった。
もはや動揺も無ければ痛みも無さそうだ。実際に立ち会っている彼女は、このカウンターの性質を既に理解しているらしい。
そこからは一方的な試合運びとなった。
膝蹴り、肘撃ち、掌底、グラップ、ライダーキック……先輩が放つどんな打撃も、打撃を放った先輩自身が弾き飛ばされるという結果のみをもたらした。
先輩の攻撃でもはや王城さんの着ていた革鎧はボロボロになっているし、その身体は痣だらけであるが……しかし、どれもクリーンヒットにはなっていない。
流石にタフネスが切れてきたか、後半は大振りな力任せの技も増えたというのに、それでもなお競り負けている。
一連のやり取りを見て、遅まきながら僕も王城さんがしている事を理解した。
先生の言ったとおり彼女は打撃を受けた瞬間、寸勁を行っている。
それを、打たれた箇所の筋肉の緊張と弛緩のみで成立させているのだ。
打撃と同時に弛緩した筋肉を爆発的に硬直させ、それによってエネルギーを相殺して衝撃の浸透を妨げ、むしろ攻撃してきた相手の速度を利用しカウンターとする。
己が身一つで行う爆発反応装甲のようなものだ。
リアクティブ・ボディ・アーマー。
それこそが、彼女の見えない反撃の正体……!
神がかった天与の肉体が可能とする、非現実的な論理的技巧。
これを用いる事で、王城さんは触れた場所全てを“武“としてみせたのだ。
どんな攻撃をどの箇所に打たれても、カウンターを可能とする。
全方位攻勢防御。
彼女が隠していた剣は、盾の中に在った。
そして彼女は"至天流"を護身術であり身を護る術だと言ったが、"王天流"もそうであるとは一言も言っていない。
「余が神より賜ったのは王権では無く、この肉体である」
王城さんが軽く両手を広げた構えのまま天を仰ぎ、全身に力を籠め始めた。
ビキビキと走った血管が全身に浮き上がり、身体が震えて見える程に筋肉が収縮し痙攣する。
先輩と比べれば薄く見えた肉の鎧が、ミチミチと音を立てて弓の弦のように引き絞られる。
「日本に居た頃から特殊な体質であった余は、薬を欠かす事のできない生活を強いられていた」
「服薬しなければ、成長を続ける筋繊維が際限なく付き続け、骨格を歪めてしまうからだ」
「先天的なタンパク質の異常による過剰発達、過剰肥大」
「人よりも筋肉が遥かに付きやすく、その密度は常人の比では無く、それは己の命すら危うくしてしまう程」
「……そんな身体にまつわる不都合を、神は全て消し去ってくださった」
わずかに前傾姿勢を取った彼女は、撃ち出された弾丸のように加速し僕らの視界から消失。
「すまんがこの戦い、余はズルをしている。恩賜された武器は『己の血肉』。天職は"格闘王"。天から与えられた望まぬ不完全な身体は、この異世界に来る事で完成されたのだ」
瞬きをする暇すら与えずに、明星先輩の首筋をその手中に収めた。
「……ハァ……チッ、オレの負けだ。今のオレじゃ逆立ちしたって勝てやしねぇ」
「相分かった! いや、これまでしてきた中でもっとも良い試合であったぞ!」
プリン頭をガシガシと搔きながら先輩が降参を宣言すると、ニカリと笑った王城さんがそんな先輩の肩に手を回して健闘を称える。
「では先輩、どうもアイツが宴席を用意しているらしいし、存分に語り合おうではないか!」
「あーもー、わーったよ。もっと大人しいヤツだと思ってたのに、とんだ猫被ってたもんだぜ」
そうして彼女らは朗らかに笑いながら、宿屋の食堂へと連れ立って歩いていった。
響く笑い声を背景に取り残された僕らは、あまりにもスピーディな展開に顔を見合わせる。
……確かに、夕日を背景にヤンキーが殴りあった場合、即座に友情が芽生えるのが相場だ。
あれって観戦側だとこんなに急展開に感じるもんなんだね。
「やれやれ……人騒がせな連中だね」なんて悪王寺先輩の呆れたような呟きが、僕ら全員の心境を表していた。
ま、なにはともあれ。
彼女らのタイマンが思っていたよりずっと穏便に終結し、そのうえ用意してもらった宴が無駄にならずに済んでなによりである。
僕がピッと食堂の方を指さすと、目黒さんロボットがその方向へと発進するのであった。ガハハ、身長が伸びたみたいで気分が良いぜ。
今度目黒さんにも青海ロボットを操縦させてあげよう。僕のお腹からミサイル撃てるように改造もしとこっかな。