【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
次の投稿は一週間後の予定。
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特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
うるるる、と。
呑気に喉を鳴らしているのは脚を八本生やした犬に似た魔獣、通称「ポーター」である。
その馬くらいデケーのにスリムな巨躯を思うと、どちらかと言えばわんこっつーよりもっと狩りに適した原種に近いのかもしれない。でも顔はどう見てもコーギー系なんだよな。ヤバすぎ。耳撫でちゃお。
彼らこそが、僕たちが時折お世話になる魔車を牽く魔獣なのだ。かわいいねぇ。
喉元の毛に手を突っ込んでワシャワシャしてやると、ぐいーと首を反らしてもっと掻けと催促してくる。アカン、飼いたい。
そんな風にやることなすことまんま愛玩動物な超大型犬だけれど、しかし彼らがもつ八本脚に触れれば、その強靭な筋肉の剛性に驚かされるだろう。
ギャップがあって大変結構、秘めたる獣性を感じてドキッとしちまうな。
おっと、普段と違う一面見ても蛙化とかはあんましないタイプなんで、そこは安心してくれやワンちゃん。
現代日本人の感覚で言えば整地されているとは言い難い道を、その太い脚を忙しなく上下させて駆け抜けるのだから、それが牽く馬車の中がどうなるかなどお察しだ。
大きな舌を出している間の抜けた邪気の無い顔は愛嬌があり、僕はとても好きな生き物なのだが、しかしこれに揺られている間ばかりは憎らしいと思わずにはいられない。
目黒さんはもう完全にこの子にお熱で、この前なんか見た事も無いサイズの骨をガム代わりにあげていた。アレ多分クマとかの骨な気がする。
彼女曰く「ホン、トは……小さい家、が、好きなのです、が……この子の為には、大きな家じゃ、ないといけませ……ん、ね?」との事で、もうこの子を飼う事は幸せ家族計画に完璧に組み込まれているらしい。
流石に神様に隠れてこのサイズの生物を日本に連れて帰るのは、ワシントン条約かいくぐって旅客機でパンダ持って帰るくらい難しいと思うのですが……。なんとか僕の服の中に隠せばギリ行けるか……? 幸せ太りっつー事で無理矢理誤魔化すぞ。
彼らもまた、競魔の競走魔と同じく帝国がヒトの為に作り出した合成魔獣である。
それは現代風に言うと遺伝子組み換えやクローン技術をぽこじゃかブッ混んで、新しい生命体を作り出そうとするようなものだ。
地球ではフィクション作品のマッドサイエンティストしかやらないようなそんな事が、ここでは国家主導のもと大手を振って行われている。
命の危険がとても身近に存在するこの異世界において、そのあたりの倫理観はどうしたって希薄になってしまう。
明日をも知れぬ民の頭上を翼持つクジラが空を掻いて飛び回り、街から一歩外に踏み出せばクソデカくてクソ黄色いトカゲが茂みからぬぅと顔を覗かせる。
そんな世の中では、神の創りたもうた生命をヒト風情の手で弄くり回す不敬を、躊躇うほどの余裕が生まれなかったのだろう。
しかし僕に彼らへ人倫を語る資格は無い。そもヒモが倫理を語る口を持たないというのもそれはそう。
しかもその上、僕は今視界に入る人間ほぼ全員とお付き合いをしているのだから。いやヒモだからってそうなるこた無いだろ。なっとるやろがい。
一路ケルセデクへと向かう僕らは、暗くなる前に馬車を停め休息を取っていた。
今夜はここをキャンプ地とするぜ。
3台の馬車の中で分かれてゴロ寝をするので天幕は張らないが、しかし夕食は携行食などで済まさず、獲った動物の肉を焼いたりとしっかり食べる。
すわ世界の危機といった火急の事態に見舞われているってのに、悠長にパンを囓ってる場合ではないのではないかと言われれば仰るとおり。
けれど、よしんば座ってるだけの僕らが空きっ腹を抱えるのは我慢できても、走り通しのポーター達はそうはいかない、でしょ?
てかそもそも僕らもその「世界の危機」を防ぎに行くんだから、食わなきゃ駄目なんだよ。
身体が資本なのは、僕ら冒険者もこの子たちも変わらない。
本来この世界の旅は、道中ずっと携行食な人か、毎回少しは料理をする人かわりとキッパリ分かれるものだ。
旅慣れてる人ほど携行食を避け、旅の中で安全に食べられる物を覚えて採取し、火を入れて食する傾向にある。
それは長旅の中で同じような乾き物ばかりを囓っていては、身体が保たなくなるからだ。
単なる旅人ですらそうなのだから、いざとなれば武器を握り襲いかかる魔物を倒す必要がある冒険者なら、なおさらの事だろう。その上僕らは育ち盛りときてるしな。今日食べとかないと5年後後悔しそうだ。今からでも目指せ200cmつってね、成長痛で骨折れるわ。
つまり日に一度は肉を食べておかないと、エネルギーが足りないのだ。
目の前で肉をガッツリいってる
ポーターたちが旺盛にかぶりついているのは、馬車を停めた後即行で目黒さんが狩ってきた、大きなウサギの肉である。
普段は行動的とはけして言えない彼女が、目にも止まらぬ速さで影に潜り、数分と経たず再び影からソレを引っ張って帰ってきたのだから、生き物を飼うのが──というより食物連鎖を含めた“自然“そのものが、本当に好きなのだろうと改めて理解できた。
今だって僕の隣で大きな背の毛並みをゆっくりと撫でている。
いつも何をするにしても抜けないおっかなびっくりな風は鳴りを潜め、本当に嬉しそうに慣れた様子で接し、全身全霊愛を示している。
無論その隣には犬好きの委員長の姿もある。
……正親さんはまだ、僕らと一緒に居てくれている。
彼女がラブコメのベタでコテコテなあるある、略してラブコテを披露したあの後。
委員長の快諾で天にも昇るような上機嫌となった知名君が、善は急げとばかりにギルドへ転籍の手続きに行こうと彼女を誘った段階でお互いの間にある齟齬が発覚。
こっちパーティの察してなかった勢による引き止めや寂し泣きに説得、むこうパーティの知名君の独断専行への注意や話し合いなど、無数のてんやわんやがその場に現出しまくった為、凄まじく茶が濁り完全に有耶無耶なままで一旦お開きとなった。
で、結局準備も含めて一日時間を取って、王城さんパーティの残り二人も事情を聞いて世界樹への遠征を了承してくれた為、これ以上は遅れられんと急ぎ風精国へ出発と相成ったわけである。
つまり一度煙に巻いてその場しのぎをしただけで、なーんも解決しちゃいなかった。
その証拠に、今だって少し離れた場所から僕らへ、とんでもなく鋭い視線が突き刺さっているのだ。穴開いちゃうよぉ。
もう言うまでもない事であるが、おそらく知名君は委員長の事が好きだ。
どうも二人は同じ塾だか予備校だかに通っているらしいし、きっとそこで僕の知らない交流があっただろうことは想像に難くない。
今思い返せば、FBI職員ではない彼女があれだけ詳しく彼のバックボーンを知っていたのは、その際に知り得た情報だったと推測できる。
にしてもちょっと微に入り細を穿ち過ぎの感はあるが、そこは不器用ながらも話題を提供し続けた彼の努力を感じられ、むしろ好感が持てるくらいだね。
とっても素敵な女の子である正親さんは、異世界になんか来るまでもなく当然誰かの意中の人だったワケだ。
当たり前の話だった。
『あの人の良いところが理解るのは自分だけだ』なんて傲慢な事は、サラサラ思っちゃいない。
みんなは地球にいた頃から誰かに好かれていて、そしてその誰かがこの異世界に来ている可能性は、僕がみんなから好かれるとかいう天文学的な確率の事象よりも遥かに妥当性がある。
なんなら先生は僕が後任なワケだし。てか人付き合いに対する初心さの無い事から推測できる通り、悪王寺先輩と明星先輩はこっちには来てないが元カレが居るし。
今付き合ってる人は居ないらしいので、間男の誹りは免れてて安心である。更にヤバい誹りは免れないが。
「やはりロンメルは賢いですね。お手もお座りも完璧です」
「そう……です、ね……えらい子です」
委員長がお気にの子の賢さを誇らしげにドヤ顔する。
似てる毛並みの別個体をずっと同じ子と勘違いしてるのは、そんな彼女含めて微笑ましく眺める目黒さんの手前言わぬが花だろう。
お手っつってもでーっかい肉球を太ももに置かれてるだけだし、お座りはそもそも走り通しのこの子ら休んでる間はずっと座ってるのだが、そこもご愛嬌だ。
ペットを愛する人間が脳内で自分勝手な論理を展開したとしても、ペット本犬は気にも留めず愛を返してくれるものなのだから。僕も飼われてる側として見習わなきゃな。
そういった僕らのやり取りを、離れて座る知名君は射殺さんばかりに険しい目つきで凝視している。
隠そうという素振りすら見せないのは、その余裕が無いのか、はたまた本人に自覚が無いのか。
でもまぁ、正直に言えば気持ちはわかる。
視線の先に居る僕が、委員長含めた複数人と、もう完全に懇ろじゃないと嘘っつー距離感だからなぁ。
いやね、つい先日王城さんに怒られたばかりだし、意識して普通の冒険者パーティくらいのパーソナルスペースを保っているんだが……それでも見てれば親密な間柄である事はバレるだろう。
嘘をついてまで無理して隠し立てするような、誠意に欠けた事をするつもりは無いし。
パーティごとに馬車分かれてて良かった。
もし同じ馬車だったら、僕が委員長にお手玉にされてる所も目撃されちゃってたからな。それは親密なコミュニケーションの内に入るのですか……?
彼の隣に居る闇無君は、心配というか困惑した様子で時折話しかけていて、王城さんは僕らどころか自分のパーティまで色恋で歪み始めてるのにげんなりしていた。
あれだけ溌溂と輝いて、他者への迷惑など顧みないと豪語していた彼女は、今や気苦労で王様ってよりは宰相くらいの様相である。
数日間生活を共にしてわかったが、王城さんは苦労人気質というか、近くに存在するトラブルについ我が事のように気を割いてしまうタイプだ。それこそ、優しい王様なんつー呼び名のように。
だからこそ異世界に放り出された時、これまでがんじがらめだった全ての柵から解き放たれた結果、スーパーはっちゃけタイムに突入しちゃったんだろう。
解放感からタガが外れ、連れ込み宿に男女問わず水商売の人を誘い、まぁ未成年な僕が言葉にするのも憚られちゃうなんやかんやをしていたのだと思う。
僕も人の事言えないから、それを非難するようなつもりは一切無いが。
……そのままずっと自分のターンができるなら彼女にとって良かったのかもしれないけれど、しかし根が優しく本質的に真面目に育てられた王城さんは、自分よりも厄介な人間を見れば無視する事ができない。
彼女の中で奔放さの象徴である「性」において、生業と割り切った相手としか遊んでこなかった彼女よりも、更にヤバい関係性を構築してる
緊急事態でパニックに陥った人間が自分より焦っている人を目にして冷静になるように、冷や水を浴びせられた如く彼女はマトモな思考回路にスイッチした。
ずっとそうしてきたが故に己の示準となってしまった性格へ、王城さんは立ち返った。
こればっかりは運とタイミングが悪かったとしか言いようがない。
ま、人生万事塞翁が馬っつーし、ね? 攻め込んだ隣の国ポジで言っていい事じゃないな。
爆弾本人が言うには無責任な言葉になってしまうが、もはやそれは王城さんに根付いた性質というか、変えがたい本質のように思われる。
『在りたい自分』と『在る自分』の乖離は、モラトリアムの僕らにつきまとう代表的な悩みの一つだし、なにも彼女だけの話じゃないんだが、それでもそんな彼女を労しく思う気持ちがないワケじゃあない。
なりたいモノになれない気持ちは、嫌という程わかっていた。
無論、そのなりたいモノにだって悩みや苦労はあるだろう。
行く先は天国で今いる場所が地獄だなんて決め付けは馬鹿らしいけれど、それでも憧憬は人のプリミティブな欲求だ。
叶うはずもない"渇望"こそが、人の行動原理を決定する原動力となる。
犬には肉が、エンジンには燃料が、人には望みが必要なのだ。
なら、果たして、そんな大事な物を。
誰かの"夢"を壊してまで、貫くべき我などあるのだろうか。
「助手クン目黒さん正道ちゃん、ボクらはそろそろ床に就くよ。今日は助手クンと明音が見張り一組目だよね? も少ししたら、明音も起き出すと思うから」
「あ、はーい。おやすみなさい、先輩」
馬車へと乗り込みつつコチラへ投げキッスを飛ばす悪王寺先輩に手を振っていると、後ろから声がかかる。
「青海……少し、いいか」
「ん、もちろん。むしろ、こっちがちょっとお待たせしちゃったくらいで」
ちょうどいい時間だと言えた。
もう一人の見張り当番である明星先輩が未だ起ききっておらず、他のメンバーは自分の当番まで貴重な睡眠時間を確保しようと急いで寝支度に入る。
自然と二人きりでいられるこの時間は、むこうからすれば待ち望んだものであった事だろう。
あの日から、ようやく訪れた話し合いの場。
最後まで気遣わしげな視線を向けていた正親さんにも軽く手を振って、僕は後ろを振り向く。
「さて、もうわかりきっている話ではあるけれど、一応議題を聞いとこっか。知名君は僕となんの話をしたい? ……もしくは、なんの要求があるの?」
「侮るな、要求など無い。僕は他者に乞う程落ちぶれていない。だがしかし、一応の確認はしておかねばならない。青海、お前は複数人の女子と交際をしているな?」
「そうだね。自分でもちょっと信じられないけれど、そういう事になる」
「……その中には正親さんが含まれる、そうだな」
「うん、正親さんとも僕は付き合っている」
「なにか卑怯な手で、正親さんを含むパーティメンバーをたぶらかしたのではないな?」
初めて近い距離で顔を合わせた知名君の瞳は、想定していたよりもずっと冷静で。
「今のところ会う転移者全員にソレを聞かれてる気がするね。天使珍妙に誓って、洗脳だのなんだのの特殊な能力を行使してはいないよ」
「天地神明だ、バカ者。たしかに、あの天使が珍妙であった事は言い得て妙であるがな」
そして、決意に満ちていた。
大切な人を守らなければならないという、見上げるべき矜持を据えた、高潔な意志。
強固な自我に裏打ちされたそれは、まるでこれまで刃こぼれすらした事のない剣を思わせる。
「結論を言う。正親さんから手を引け。複数人と交際をするような人間は彼女に相応しくない。僕が彼女とお付き合いできるかはこの場合関係が無く、そもそも彼女の友人として見過ごすことができない話だからだ。……これは要求では無く、命令だ」
「仰る通り。でもごめんね。彼女の方から離れていかない限り、僕は彼女と別れない。僕は彼女が大好きだから」
そんな強く、美しく、賢い君の前で。
どれも持ちあわせていない僕は、にへらと情けなく笑う事しかできなかった。