【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話   作:スーパー巨大特濃葛根湯

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【91】 途方も無くまっすぐで、直截的な愛の言葉

「……知名君の言葉は、とても嬉しいです。あの頃の私をそんな風に思ってくれている人がいたなんて、考えたこともありませんでした」

「……」

「ですが、すみません。私には既に、添い遂げたい相手がいます」

 

 キッパリと、正親さんは断言する。

 その眼は僕の方なんか一瞥もせず、目の前で全身全霊をかけ告白をしてくれた相手だけを映している。

 真剣に相手の目を見詰めて、自らの思いの丈を言の葉に変えているその姿は、僕が三行半を突き付けられる時の想定そのままだ。

 あの日誰も自分を理解してくれないと僕に語ってくれた彼女は、もしかすれば自分を理解していたかも知れない相手に、真正面から相対する。

 

 いついかなる時も変わらずに、設定した目的だけは間違わない。

 今本当に為すべき事だけを、彼女は常に見据えている。

 

 やっぱり委員長は、聡明で、美しく、健気な、素晴らしい人だ。

 

 

「なるほど、あなたの言うとおり彼と私たちはいびつな関係かもしれません。その点は確かに、他の人間から見れば少々特異に見えるでしょう。ですが、私たちは了承した上でその関係を良しとしています。心配をして頂く必要はありません」

 

 にべもない彼女の言葉に、知名君は虚を突かれたような顔をする。

 それはもしかすれば、告白を断られた時よりもショックを受けていたようにも見える。というか最近の彼女を知ってた僕でも、少し驚いたくらいだ。

 彼女、正親 正道が『他の人間から見れば』と言ったという事実は、僕らに少なからぬ衝撃をもたらした。

 

 目的の為ならば手段を選べなかった彼女が、いつしか「その手段を他人がどう見るか」という考え方をわかり始めている。

 それはきっと、普通の誰かには当たり前の事で……けれど正親さんにとって、とても大きな一歩だ。

 月を目指して足場を積み上げていた彼女は、ついに月の地面を踏んだんだ。

 

 ここんとこ悪王寺先輩と買い物とか目黒さんとのフィールドワークとか、なにかにつけ誰かと過ごす機会が増えてたからな。

 きっとそれが彼女の世界を広げてくれたのだろう。

 

 毎日を頑張ってるこの人が着実に歩みを進められているという事が、僕にはなによりも嬉しかった。

 

「それ、は……いや……そんな……どうして……」

 

 ふらりとたたらを踏むように、思わずよろけてしまう知名君を見るのが本当に辛い。

 彼女の成長を実感できた事や僕との未来を望んでくれている喜びと、僕のせいで誰かを不幸にしてしまっている事実が、激しく心の中を攪拌する。

 ……生きていれば誰かを不幸にしてしまう事なんて、至極当たり前の話なんだ。

 でもそんなのはお互いさまで、生きていく以上はどうしようもなく、だからこそ自分の大好きな人だけは幸せにしてあげたいと僕は思う。

 頭ではそうわかっていても、ぐるぐると渦巻く胸の奥が疼き、視界が数回ふっと暗くなり明滅する。

 ないまぜになった感情の余波が、僕の一番深いところの扉を叩いた。

 

 

 あの日の失敗が、脳裏によみがえる。

 僕が抱えた大きな大きな原罪が、足元から続く未来へと暗い影を落としている事を、改めて自覚させる。

 

 理屈を超えたトラウマが、脳裏で急速に姿を膨らませ僕を圧し潰す。

 

 

 

 が、まぁ、そんな詮無い痛みに苦しむ僕を俯瞰するように、心の中の冷静な自分が呆れて肩をすくめた。

 辛いのは彼であって僕ではないのに、なにを関係無い話して被害者ぶってんのって。

 なんで主役二人を差し置いて、外野である僕が一番ダメージ食らってんだよ。

 大事な記憶の片隅に白目剥いて懊悩するチビが残っちまったら申し訳なさ過ぎるだろ。

 最近はAI補正で簡単に背景と同化させられるらしいし、消しゴムマジックで消しといてくれ。

 

 大告白の外側で勝手にダメージを受けている僕よりも早く、喋れる程度まで回復した知名君は、下を向き噛みしめた歯の隙間から静かに声を漏らした。

 

「……どうして……どうして、彼なんだ……?」

「思い返せばあなたは、様々な自分の話を私にしてくれました。家族構成から、子供の頃の夢まで。あなたは、私を気遣ってくれていたのでしょう」

 

 まだ日本を離れてから数ヶ月しか経っていないというのに、まるで昔を懐かしむような正親さんの物言いに、思わず知名君は顔を上げる。

 そうして目の前にある見慣れた彼女の顔を見て、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 異世界に来たからといってなにもかもが断絶したワケではなく、今と言う時間はあの日の地続きにあるのだと、再認識できたのだろう。

 

「……恥を知らぬ言い方をするなら、そうだ。しかしそれは、僕がしたかったからに過ぎない。いつも真面目に机に向かう君に、僕という人間を知って欲しかったのだ」

「そうなのだろうなと、今なら理解できます。私にも世界が、理解できるようになってきた。誰がどう思っているかの類推が以前よりしやすく……いえ、相手の気持ちを慮るという意味を、なんとなくわかってきた気がするんです。それは、私を理解しきった青海君が、少しずつ教えてくれているから」

 

 そこまで話して初めて、彼女は僕の顔を見た。

 蚊帳の外でフラバに苦しんでいた僕は、しかし送られたその視線に、曖昧で気の抜けた微笑みで返すことしかできない。

 いや、照れちゃうな。

 そんなたいしたもんじゃないよ。

 ま、科目:世界の参考書になれてるなら、役目をまっとうできててなによりだ。

 共テには存在しない教科だが、たぶん一応学校でも評価される項目だろうからね。

 

「この世界が灰色じゃないと、彼を通して私は知ったんです」

「……知名君の眼鏡は、黒いフレームだったんですね」

「そんな事すらも、あの頃の私には認識する事ができていなかった」

 

 再び向き合い見つめあった彼女たちの視線がぶつかり、揺れて、ほつれ、そうして。

 教科書を畳むように、閉ざされた。

 

 

「青海君は私を理解し、私に理解できる形で世界を教えてくれる。ならばそれは、等しく世界の全てと変わらない」

 

 

 冬を前にした秋の風が、木々の間を吹き抜ける。

 エルフという種族の成せる技か、それとも世界樹という神秘の故か。

 未だ緑の葉が茂る森が、ザァと葉擦れを奏でた。

 

 少し中天から傾いた日差しが、揺れる木漏れ日となり僕らへ降り注ぎ。

 薄い葉は透き通って、パステルグリーンのドームがさらさらと形を変える。

 散乱し揺れる淡い日差しの中で佇む彼女は、陳腐な表現だけど、まるで絵画の様に綺麗だった。

 

 

 

「彼こそが、私の世界なんです」

「蒼く美しく愛おしい、この世界」

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか……かなり強力な薬なのですね」

「まぁ薬っていうか、ほぼ毒だからね。使い方によっては薬効が望めるだけで」

 

 自分こそが枯れた蔦の里にて五指に入る薬師であると語った、やさぐれた感じのイケオジエルフさんは、委員長の棚の端から端まで説明を求めるような飽くなき好奇心に、面倒半分苦笑い半分で付き合ってくれていた。

 めちゃめちゃいい人だ、正直わりと面倒な客だぞ。

 とはいえ専門店の職人にとっちゃ、こういうのも悪くない時間なのかもな。

 僕みたいな店の商品よくわかってないアルバイトが、説明求められて答えに窮するのとはワケが違うっていうか。

 でもしょうがないって、高校生に酒の詳しい違いなんかわかるわけ無いだろ。

 

 

 あの後知名君は「失礼する」とだけ言ってその場を後にしてしまった。

 間髪入れず「こっちは任せときな」と闇無君が彼の背を追ってくれたので、後の事は彼にお願いした。お礼しなきゃな。

 心情的には彼の事を放っておけなかったが、しかし僕が追いかける程デリカシーが無い行いもねぇのは流石にわかる。

 ……闇無君が励ますなり、二人で僕の悪口を言い合うなり、なんとか落ち着いてくれてればいいなぁ。

 彼らが無闇矢鱈に陰口を叩くような人間だとは思っちゃいないが、しかし場合が場合だからさ。

 

 あまりに綺麗な情景を見た衝撃やら、もうすごくストレートな告白をしてもらっちゃった嬉しさやら、自己嫌悪やらで、しばし固まってしまっていた僕を、委員長はしごく当たり前のように「薬屋を見に行きましょう」と引っ張って、このお店まで連れてきてくれたのである。

 いや助かったよ。

 あのままだったら、僕の処理能力じゃ日が沈むまでフリーズしてたろうからな。動かなくなったパソコンは再起動してやんなきゃ。なおやると壊れる模様。

 それにここに来るまでの間に、改めてこちらの想いも彼女へ伝えられたしね。告白にはお返事を返さないといけないのです。

 もちろんだがそれがどんな甘い時間だったかは、僕らだけの秘密だぜ。

 誰かの本当に大事な場面ってのは、その当人たちだけのものだって言ったろ?

 

 どうもこのお店は、里どころかエルフ族そのものの中でも有名な薬師さんのものらしい。

 刺さる人にはブチ刺さりそうな擦れ方したイケオジな上に、そこまでスゴい人なんですか? しかも寿命は僕らの10倍以上あるときた。運営に愛され過ぎている。ナーフされなきゃ嘘だろ。

 とことん種族:人間君どもの遥か上を悠々通過する上位存在さん達っすねマジで。

 もう人間のやる事はペットくらいしか残ってないんでないか。今流行ってるしな、そういう趣向。

 

 歴史班の話の中でエルフの薬の話が出て、この里で薬買うならこの店よっつって場所を聞いたそうだ。

 エルフののみぐすりが高性能なのはセオリーだしね、MPも全快するし。

 あのイラストが良いんだよね。よく分かんねー透き通った若草色の液体って、なんであんなに心惹かれるんだろうか。

 たぶん青リンゴサワーとかメロンクリームソーダとかそういう味を想像しちゃうからだろうな。んなウマい薬があってたまるか、ガブ飲みしちゃうよ。

 MPが過剰回復して内部から爆発し、欠片も残らなくなるオチが見える。

 なお僕にはそもそもMPが無く、回復のしようもないのでなんともないのであった。

 まさか持たざる事に救われる日が来ようとはな。奴隷は2度飲む……。おかわりしてんじゃねぇよ。

 

 とはいえたぶん実在する薬なんつーのはあんな綺麗な色はしてないもんで、実際今委員長がしげしげと眺めているガラス瓶はどす黒い赤で明滅している。現実なんてそんなもんさ。

 

 

 

 ……二度見したが見間違いではない。

 困ったな、あんな危険物を実証実験大好き少女にだけは持たせてはいけないぞ。

 

「そういう理由で、この薬剤は一般には流通してないんだよ。資格、というと語弊があるが、きちんとした知識ある智慧者のみが古来から扱ってきたのさ」

「なるほど。容易に揮発し扱う者を死に至らしめてしまうので、取扱いに難があると。ですが私は錬金術師として、毒物の扱いには些かの自信があります。私が飲んで効かなかったら貰っていっても構いませんね?」

 

 は? ロロノア・猫猫?

 そこで出す論拠が薬物取扱の腕前ではなく、毒耐性の方な事ある?

 会話の前半と後半が噛み合ってないんだが、一行読み飛ばしちまったのか?

 まさか「ヤバい毒だから渡せない? 私には効かねーから貰ってくぜ」なんて言われるとは思わねぇだろ。むしろそんな相手には怖くて渡せねぇよ。

 

「その意気や良し!」

 

 良くねぇよ。狂気に呑まれるな。

 急いで危ない方向へ進みかけた会話にinしたおな僕は、キチンと時候の挨拶から始めつつ風流なこの国の景観を素直に褒めながら、明日からの僕らの予定を話すことで「これから何日かこの里に滞在する」と遠回しに伝え、委員長の希望を聞く形をとって手元の劇薬の取り扱いも含めた錬金術や薬学の講義の約束を取り付けるのだった。

 世界樹の調査に来たとなりゃ、イケオジさんも助力は厭わないってさ。

 ここまで色々と手助けしてもらっちゃってる以上、頑張ってワームくんをなんとかしないとね。

 

 

 

 そろそろ約束の時間なのでと店を後にし、委員長含めてそのまま文化班へ合流しようと帰路につく。

 当の本人は「天職に備わった知識が、私には効かないと告げていたのですが……」とちょっと納得いってない感じだが、しかしそれでも「飲めるからOKです」とはなんねぇのよという言葉は心中に留めた。

 なんとかあの爆発前のTNTみたいな、むしろ親切なまでに警戒色なスーパー危険物から委員長を遠ざけた事にホッと一息ついていると、隣から声がかかった。

 

「……お疲れのようですね」

「うん? いや、そんな事はないけれど……ま、いろいろあったしさ、気疲れくらいはしてるのかな」

 

 たった今結構スリリングな綱渡りをしたからね、とは言えない。

 こういうフォローはパーティ内での僕の役割だし、それをことさら強調しようってのはちとカッコ悪いでしょ。

 委員長が僕らの為にポーションを作ってくれるように、僕はみんなが快適に旅を続けて生活を楽しめるように手を回すのがお仕事だ。

 いや、ヒモなのでお仕事はしていないのですが……なんで動いたという事実を、職業っつー後からついてくるハズの肩書に打ち消されなきゃなんねぇんだよ。僕専用の対抗呪文やめろ。

 

 本質と実存の狭間で揺れ動き、量子の如く観測しないとどっちかわからん状態となった僕の言葉を受けて、委員長の顔が少し曇る。握られた手に籠った力も、ちょっとだけ強くなった。

 大事な人がそんな顔をしている時に考えるべき事など一つしかないので、すぐに木の傍で立ち止まって目を合わせ、彼女の言葉を静かに待つ。

 

「私の気持ちは、迷惑でしたか?」

「ううん、それだけはない。僕は正親さんに選んでもらえて心から光栄だし、ちょっと言葉にできないくらい照れてるし、思わず頬緩んじゃってるでしょ? ……でも、そう見えちゃったんだよね? 不安にさせてごめんね。一生一緒にいる相手失格だ。二度とそう思わせないよう、これからはちゃんと気持ちを伝え続ける。もう一度言うけれど、大好きだよ正親さん」

「……良かった、です」

 

 どうも先程の告白に対するお返事だけでは、言葉が足りなかったらしい。

 というか、その後まで僕の心のどこかで、彼の事を引きずっていたのが伝わってしまったのだろう。

 彼女に一番言わせてはいけない言葉を言わせてしまったのは、シンプルに最低だ。

 最近心中の区画整理がなかなか難航してるんだよね。どうもみんなの観応能力が、段々強くなってるっていうか。

 鹿野ちゃんに至ってはそろそろ僕が覚えてない夢の話とかまで読んでるぽいんだよな。

 電車の中に陳列されたサービスランチのオーダーを全て間違えて、3mある猫型配膳ロボットたちからクレームの嵐を食らうシーンは、見てて切なくて泣けたッスとか言われたし。

 とんと覚えが無い。そんな面白い夢見てんのかよ僕は。

 

「……正直に言ってしまえば、正親さんに察されちゃう程度には、知名君に対して心苦しい気持ちが無いとは言えない。日本にいた頃から正親さんを気にかけていたのは、彼だったから。それが、たぶん……そうだね、僕は、きっと、悔しくもあるんだ」

 

 僕の知らないあなたの顔、僕が見れなかったあなたの時間、僕が過ごせなかったあなたの隣。

 それらが彼とともにあったという事が、やっぱりどうしたって取り戻せないから惜しくもあるんだ。

 

 紛れもなく本心の一つでもある事柄を、彼女へ伝える。

 申し訳ないなんて言葉は、きっと誰にとっても失礼で口にしちゃダメな気持ちだから。

 

 

「であれば……その、ですね……」

 

 いつも直截的な表現を好み、自分の要求を相手へ伝える事に怖じけず、照れも衒いも無く望みを告げる彼女にしては珍しく、どうしてか言葉に詰まってしまう。

 デコを赤くし下を向いてもじもじとする委員長という激レア映像に、脳内のオーキド博士もとってもグッドじゃ! と高評価を下した。やめろやめろ! 大切な時間に割り込むな!

 

 

「下の名前、で……呼んでもらえませんか。正道、と。……それはまだ、他の誰も、していません、から……。あの、せいどー、でもせーど、でもせいどうでも、どんなイントネーションにするかは、青海君に任せます」

「うん、わかった。ありがとう、正道。その気持ちが、とても嬉しい」

「……は、い。あ、あなたの、正道……です」

 

 あまりにもちょっと凄すぎる言葉選びに、完全にクラっと来てぶっ倒れそうになったが気力で我慢し、彼女の背へ手を回して抱きしめる。

 今のはちょっとヤバかった。

 途方も無くまっすぐで、直截的な愛の言葉。

 ここまで言ってもらっといて、心中で葛藤なんかできるはずがない。

 

 もう例え何があっても、僕はこの人と一生を共にしよう。

 元からそういうつもりだったけどさ。それでも、もう我慢なんて無理。

 こうなったらホントに、全力で君に好いてもらい続けるよ。

 今度は僕が手段を選ばないで好感度を上げにかかるし、記念日とかも覚える重さも見せちゃうからな。覚悟しておいてくれ。

 

 

「ふふ……良いですよ。私も、いろんな記念日を作ります。……私があなたを選びました。だから、あなたは、受け入れてください。謙遜しないで、卑屈にならないで……私からの、お願いです」

 

 浅はかな僕の考えなど、隠そうとしてもお見通しだった彼女は、そう言うと静かに口元を寄せた。

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