【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
開かれた窓の向こう。
そこでは降ってきた規格外の巨大自然物に多くの木々が押し潰され、土砂が巻き上がってもうもうと土埃が舞っていた。
その衝撃に一斉に鳥が飛び立ち、怯えた大型の生き物が木をなぎ倒しながら着地点から離れようとしているのが見える。
恐ろしい程の大災害……クジラの時とは違い、目の前で今まさに起こっている光景に、僕は言葉を失う。
里で一等の高木であるこの場所からは、土石流のように吹き上がる土や木片が、近辺の集落へと降り注ぐ様が見て取れた。
危ない……! あのままじゃ村が飲み込まれちまうぞ……!
周囲に飛び散った岩石や暴れ狂う野生生物が、そのまま二次被害を拡大しかけた次の瞬間。
「ᚢᛅᛏᚱ ᛋᛁᛚᚴᚨᚾᚨᚺᚱ · ᛞᚢᚾᚨᚱ ᛅᛖᛉ ᚡᛖᛚᚴ……! な、なんで枝が枯れとるんじゃ! いくらなんでも早すぎるわ!」
「ᛚᛁᛟᛞᚱ ᛋᚨᛗᛏᚨᚺᛖᚱ……前回の観測でもこんな兆候は見られなかったわよ。50年はちょっと怪しかったけれど、少なくとも30年は猶予があったハズだもの……これは、もう時間は無さそうね」
礫が不意に軌道を変え、何かに叩き落とされたみたいに真下へと落下してゆき。
恐慌状態に陥っていた鳥や獣たちが、急速に落ち着きを取り戻し……まるで何事もなかったかのように、鳴き声や倒木音が止んだ。
ただ巨大な枯れ枝が依然としてそこに存在する事以外、先程と何一つ変わらない風景が、目の前に広がっている。
まるで奇跡のような魔法に、僕は再び言葉を失った。
この異世界に来てから目にした魔法の最高峰は、まず間違いなくヒート嬢の権能であるが、それにけして劣らない速度と範囲と効力。
生物種の頂点の一つに数え上げられる竜と、遜色のない魔術行使を行えるということは。
等しく彼らも頂点の一角であるという事に他ならない。
そんな偉業を軽々と成し遂げてみせた二人は、疲労や魔力欠乏の色など微塵も見せず、当たり前のように会議へと立ち返ってゆく。
風向き一つ変われば一国を滅ぼせる大規模魔術など、エルフにとってみればさしてたいしたものでもないと言いたげに。
「里へと参られた風の方の秘められた力を察知して、ワームどもが焦りを見せた……という事ではないか?」
「ふーむ、あがなワーム風情にそんな頭があるとは思えんがや。だが、風の方の御力あらばそれもあり得るやもな」
「……どちらにしろ、もはや猶予はない。事ここに至って、矜持を掲げ不出来を恥じる事自体が恥なのは、全員が理解した事だろう」
彼らがまるで気の良い親戚の叔父さんや、先生を祭り上げる信徒みたいなおもしろおかしい人たちだったから忘れていたけれど。
そもエルフとは、魂の段階で精霊との親和性が高い選ばれし存在。
妖精に直接頼むという、他種族の魔法使いが聞けば憤死ものの詠唱を行う、ナチュラルボーンシャーマン。
生きてるだけでデイリーボーナス感覚に強くなる、人間とは桁違いの寿命を持つ超長命種。
そんな彼らにかかれば、窓から見える距離への大規模精霊魔法の行使など、意見を統一するよりもよほど簡単な事なのだろう。
そしてそんな存在が手をこまねき外界に助けを求めねばならない相手と、僕らはぶつからねばならないという事実が、改めて重くのしかかってくる。
世界樹喰らいのワームとは、いったいどのような化け物だというのか。
居住まいを正した──とはいえ会議が始まってからほぼ一切姿勢の乱れなども無かったが──アラノスさんが、先生へと向き直り頭を垂れ傅く。
「枯れた蔦のアラノス。此身が議会を……いえ、ケルセデク風精国全てのエルフを代表して、伏して願い奉る。乞い願わくは、斯かる厄災、御身の威光にて退け賜らん」
昨夜も今朝も、ちょっと仰々しい以外はフレンドリーに接してくれた相手の真剣な願いを、先生が無下にできるワケもない。
何より僕らは、その為にこんな異国にまで来たんだからね。
生徒たちと自分が定めた目標を理解している先生が、ここで自身の保身を考えて待ったをかけたりなんてできるはずがなかった。
教職の鑑のような人だけれど、それはどうしても「貧乏くじを引きやすい」という側面を持つ。
誰かの為に動ける人間が必ず報われるなら、世界はとっくに幸福で満ちている。
「……わかりました」
生徒たちの成長を促し、その為に自身の不都合は一度棚上げしてしまうという彼女の職業倫理が。
親御さん達から子どもを預かる保護責任者として、いざという時は率先して前に立つという、教師としての当たり前の行動規範が。
「もはや一刻の猶予もありません! 私たちクラン"ショウヨウ"が、世界樹に起こった異変の調査にあたります! エルフの方々は依頼内容に含まれるだけの、出来る限りの支援や援助をお願いします!」
彼女を、救世の指導者足らしめてしまう。
……まぁでもどうせ、僕らはこの世界を救いに連れて来られたんでしょ?
なら、うだうだ考えてもしょうがないっつーか、乗りかかった船ごと沈んじゃあ世話無いしさ。
こんなトコまで来たんだから、救える相手は救っちゃおうよ。
僕としてもせっかく増えた親戚が困ってるのに、見殺しになんて絶対にしたくねぇ。
もうこうなったらメインクエストだの勇者だの魔王だのなんて関係ねぇやな。
終わった後のことなんて、今考えたってしょうがない。
いい年した男子高校生が泣きながら駄々こねれば、彼らだって先生を諦めてくれる可能性もあるワケだし。
なぁに、最悪救いっぱなしジャーマンキメて、その足で夜逃げしたっていいんだからさ。
風呂敷広げるだけ広げといて、全部をご破算にする暴挙にでるのもなろう系異世界転移じゃよくある事だろ?
なに、面と向かって話したこと無い相手はともかく、ヴェルナードさんやラナスティルさんにアラノスさんは、きっとわかってくれる。わかってくれなきゃ、またいつか誠心誠意謝るよ。
僕らはいつだって、なにもかもを放り出してトンズラこいていい。
投げ出しちゃうことは悪い事かも知れないけれど、ずっといい子じゃいられないからね。
僕らの手は2本しかない。
大事な人の手を取って、荷物を持ってあげたら、それだけで満杯だもん。
人生には退路が必要で、土壇場で踏ん張り続けたら疲れちゃうから、逃げ出したいなら一緒に逃げちゃお。
退廃的な呆れた人間性だ。自分で言ってて苦笑しちまうよ。
夜逃げするのだってそんな僕の気質のせいなんだから、もちろんみんなは気に病まないで大丈夫。
それに、救うだけ救って報酬を受け取らず姿を消すなんて、むしろカッコイイまであるじゃんね。
いわば僕らは正義の義賊さ。
ついでに取るべき責任も置いてっちゃうが、それは今度の燃えるゴミの日に出しといてよ。
なぁなぁで主張も否定もせずに、僕らはこんな所まで歩いてきたんだ。
だったらこれからも、都合の良い事は受け入れて、マズい事になったらそそくさと逃げて、
難しい事考えるのは後回しにして、とりあえず世界樹と膝下のエルフさんたちを、まるっとまとめて救っちゃおうや。
……ま、役割分担として「お荷物」を一手に引き受ける僕が、偉そうな口叩けた事じゃないけどね。
■
その後、ようやく世界樹の異変や、それを取り巻く現状について詳しい話を聞ける段となり、いろいろと伺った結果。
『ここ数日で突然世界樹の容体が加速度的に悪くなっている』という事がわかった。
エルフさんたちとて、この何年も指をくわえて見てたわけじゃあない。
流石に気が長いとはいっても、エルフさんたちが超お気楽呑気生命体ってワケじゃないからな。
彼らとしてもこの事態は想定を遥かに上回る悪化速度だという事だ。
これまでの途方もない年月で培ってきた経験や技術による観測では、今の異変が続こうとも世界樹の枝が枯れ落ちるなんて重大時に至るまでは400年程度猶予があったらしい。
確かにワームが世界樹に巣食い始めて内包した魔力が目減りしてはいたし、世界樹の中で精霊魔法が使えないなんて激ヤバアクシデントが起きてはいるが、しかし世界樹はその程度で著しく枯れるような代物ではないのだそうだ。
だからこそ彼らだって様々な触媒を用いた儀式を試し、多くの調査隊を派遣し、外部のハーフエルフに招集までかけはしたが、他国に軍隊の要請をする程のことはしていない。
危機感でいえば、日本でいうところの少子高齢化くらいの感じだろうか。
そりゃ早くなんとかしなきゃならないが、だからってなりふり構わず無理矢理全ての手段を試す程じゃあない緊急性。
目の前にある問題が可視化できている分、むしろ解決策が分かりやすいのでまだマシな可能性すらあるか。
毒のバステやヤドリギのタネを受けてはいても、HPゲージが十本あるならば、たしかに死ぬことを心配はしないだろう。
なのに、今現実として枝が一本枯れ落ちている。
これは明らかに、今世界樹の中で更に良くない事が起った証左である。
そしてそれがこのタイミングで起こったのならば……その契機は、僕たちの到着と考えるのが自然だ。
もしそうだとすれば、疑惑は確信に変わる。
世界樹変異の裏で糸を引く魔王が、僕らを潰そうと動き始めたのだ。
つまり僕らは既に世界の敵に捕捉されており、そしてどういうわけか殊更目を付けられているらしい。
ま、矮小で下等な人間風情に手駒を2匹も倒されたんだ。
相当温まってても不思議じゃあないよな。お気持ちメッセが飛んできていないだけ比較的冷静とすら言ってもいいぜ。
格下相手に出し抜かれるなんてのは、上位存在が一番顔真っ赤にする案件だろうし?
いやはや、格下の居ない存在としてはその心中測りかねますが、お気持ちくらいはお察しさせて頂きますぜ。
どうです? 一回世界滅亡なんて気の滅入る作業から離れて、沖縄あたりでバカンスでもされてみては?
気晴らしにシュノーケリングでもするなら、お付き合いさせてもらうんだけどなぁ。僕だって海亀見たいしさ。ついでにスープにして飲んじゃおっかな。
そうして今度こそ実りある会談となった広間を後にして、出発に向けた話し合いをしようと借り受けた個室へと僕らは戻ってきた。
しかし用意されてんのもさっきの広間と変わんないくらいデカくて格式ある部屋なんだよな。
黄金の湯殿である程度慣れたとはいえ、正直メイちゃんの宿屋が恋しくなっちまう。
なんかVIP待遇が多くて、これから起こるであろう不幸が恐ろしくなるねぇ。人生がプラマイゼロなら、幸福な人間には不幸が待っている。
「あ、おかえりなさーい」
あーい、ただいま。
豪奢な装丁の本を閉じた彼女は、くるりとカールした紫髪を耳にかきあげて僕らへ微笑んだ。
いやいや、ずいぶんお待たせしちゃったかな。
「お話、どうでした? 色々と決まりましたか? 覚悟して来てはいても、いざ目の前まで差し迫ると流石に緊張しますね……世界樹の調査は、どういった手順で行うんでしたっけ?」
「ふむ、そう固くなる必要はないと思うがな。気を張り過ぎるのも良くないぞ。余のように自然体は難しくとも、ガチガチでは要らぬミスを招く」
「まったく、なぜ話を聞いておかないのか……まず里の倉庫にて物資の受け渡しと、案内を買って出たエルフとの顔合わせだ。前から言っているように、お前はメモを取るクセをつけろ」
僕らが戻る前から部屋に先入りしていた大好きな彼女は、迫りくる難敵に怯えながらも、健気に今後の予定を尋ねてくる。
それに応える王城さんや知名君は、さっき話したばかりだろうと呆れてる感じだ。
ま、けれどこの友達は以前からわりとそういう所があった……ならば、なぜ僕は彼女にリマインドをしていない? さっき鹿野ちゃんにやったばっかだろ。
僕も思った以上に緊張しているのかね。あがり症なとこは似た者同士っすねぇ。
……は? じゃあ僕は似ている相手への共感を放棄したっつーこと? んな事あります?
いやいや、彼女はこの世界へ来てからの知り合いだから、時々抜けちゃう事がある……ない。あるワケねーだろ、そんなこと。目の前に居てくれる大好きな人の事を、忘れるもんかよ。
そうだ、彼女は一緒にボゥギフトの楓通りを歩いたり、バルツァンでもクジラの討伐に同道した、僕らの仲、間なんだ、から……なら、あの宿のご飯で彼女が一番好んだ物はなんだ?
こちらの世界の人と僕らの食の好みの違いなんて、めちゃめちゃ興味があるじゃねぇか。
なのに、なぜ聞いていない?
好きな相手の好みを知れるチャンスを見過ごしたのか? どういう理由で?
思い出せ、彼女の好きな物は何だ? 思考を辿れ、逆に彼女の嫌いな物は? 引き出しを開けろ、彼女の望みは何? 記憶野を巡れ、彼女の忌避する物は何? 思い出を引っ掻き回せ、彼女は今何がしたい? 紫の髪が愛らしいこの人の事を想起しろ、彼女は何をしたくない? それもわからないのか、彼女は何をして欲しい? どうしてだ、彼女は何をして欲しくない? 脳がグラグラと煮立つ、彼女のかけて欲しい言葉は? 忘れてしまったのか、彼女が僕に知られたくない事は? ならばその理由を探せ、彼女の将来の夢は? 違和感を感じる、彼女の好きな人は? 察するんだ、彼女の恐れる相手は? 覚えてないなら今考えろ、彼女の取り戻したい物は? 相手の何もかもを知りたいなら今理解しろ、彼女の心に引かれた踏み込まれたくない一線は? 目を逸らすな、彼女の名前は?
相手を見ろ。
彼女は、誰だ?
どうしてか延々と迂回を続けようとする思考を無理矢理に叩きのばし、至るべき発想へと道を繋げる。
今、目の前にいる相手の事を、僕は何も知らない。
少しでも目を見て話して、交友を持った相手なら当然わかっているハズの事が、人と話す時に自然と把握するプロフィールが、僕の中に何一つ存在していない。
つまり、それは、この目の前のオドオドしてる、なんとも頼りなさ気な女の子が、僕と初対面であるという事実を指し示す。
はーぁーん……ふむ、なるほど、いや、困ったな。
およそは理解したが、しかしマズいのはこれが僕だけ大丈夫だった場合だ。
ちらりと隣を見れば、パーティメンバーはみな平気な顔をしている。
全ての値打ちを見通す山算金ですら、目の前の人物がまったくの初対面の相手である事に気付いていないらしい。
おぉ……スーパーメチャメチャヤーーーーーーバいってことっすね。
今までのどれもこれも全部目の前の月なんとかさんのおかげなんだが、忘れっぽい僕はどうも綺麗すっぱり抜け落ちちゃってるようだぜって話。
「明星先輩」
「おう? どしたよ」
「あの子のちょとドジなとこ、憎めない愛嬌ですよね」
「そーだなァ。オレ結構オドオドされるとイラつくタイプなんだけどよ、アイツと黒井のはなーんか許せんだよな。ま、こんだけ深い付き合いしてっと、もう慣れてくるっつーかよ」
僕が名前すら覚えていない彼女は、どうやら明星先輩ととっても深い仲にいつの間にかなっていたらしい。
オイオイ、妬けちまうね。
つまるところ僕が奇跡的になんとか違和感を感じれただけで、みんなはさっきの僕みたいにこの人をパーティメンバーくらい親密な相手だと認識しているのだ。
たぶん、対象に自身を親しい相手だと誤認させる能力だろうと思われる。最強か?
恐らくは……魔王サイドの存在ではない、と、思う……なぜならこの人メチャメチャ人間だからだ。なにより狂化の黒い輝くオーラを纏っていない。
だからこそ困るんだよな、どこ中の誰だよテメー。
この世界にこんなん居るなら、僕ら呼んでねぇでこの人に魔王の親友として世界滅亡を諫めさせて丸く収めてろよ。
一番厄介で最悪の能力者がポンと目の前にスポーンしてしまい、もちろん僕は詰み申したなワケなんだけど、どうしたもんだかな……。
もしも僕がたった一人で推定:強敵を抑え込めるならそれだけで万事解決だったってのに、よりにもよって気付いたのがヨワシ以下の物理攻撃力しかないヒモなんてあんまりだろ。
今も彼女は「流石にそこまで知らないのはおかしくない?」ってくらい色々聞き出しているが、気付いている僕以外は「まったくコイツはダメだなぁ、私がついててあげなきゃ」みたいな感じでみんな世話を焼いている。
クッ……! 流石は普段からヒモを飼育しているだけあってみんな面倒見が良いのが裏目に出るとは……! 完全に僕のせいじゃねぇか、反省します。
そんな事を考えながら明星先輩の隣でみんなのやり取りを眺めていた僕は、そのうち少しずつだが相手の事がわかってきた。
まず彼女は肉体派ではない。
そもそもこういう回りくどい搦手を使うタイプで肉体派は少ないってのはそうなんだけど、そうじゃなくとも鹿野ちゃんの体当たりで普通に口から胃を吐き出しかけている。
みんなレベルアップして軽々と受け止めれるんで、僕以外のパーティーメンバーに抱き着く際は遠慮ないからな。
そして彼女がダメージを受けているというのに、まるで見えていないかのようにみんな気にしていない。
当たり前だ、ウチのパーティーメンバーならそんなの慣れているハズなので、ここで倒れちゃ辻褄が合わん。
つまりは整合性を取る為に、不自然な部分はあえて無視されている。
これは強力な力だとも言えるが、同時に弱い部分でもある。
催眠や洗脳のように、自分に都合よく改変はできていない。ある種能力の限界が見えたとも言える。
第二に、彼女の目的は僕らを抹殺することでは無く、情報を得ることだ。
例えば仲間割れを誘うとか、直接的に害をくわえるとかはしてきていない。
親しい相手に誤認させる能力はたしかに強力ではあれど、スパイや工作員向きであって今この場でどうにかしてくることはなさそうだ。
今すぐ急いでみんなに気付かせないと、誰かが傷つくみたいな展開にはならないだろう。
しかしけして放置しておけるものではない。
彼女が僕らの前から離れないうちに、なんとかしておくべきなのは間違いない。
で、それらを統合した結果……この窮状を覆す手段が、一つだけ思い浮かんではいるんだけど。
でもそれは、なんていうか……大好きな人を試すみたいな、嫌な事させちゃうようなやり方で、正直絶対に取りたくない手段というか。
もっと僕が、スマートに自分一人で完結させる方法をパッと思いつく物語の主人公みたいな人間だったら、こんなに悩まないで済んだろうに。
と、そんな風に思って……フルリと小さく頭を振った。
一時だって忘れた事のない、山算金の言葉が頭にリフレインする。
僕はきっと、もっと信じるべきなんだ。
彼女たちの、気持ちを。
なんだか酷く乾く喉に、小さくつばを落とし込んで。
僕は意を決して、隣に立つ大好きな先輩へと、情けない懇願をした。
「……そんな、みんなと仲良しな紫髪の女の子が、紛れ込んだ敵かも……って、言ったら、信じてもらえたり、とか……します?」
すいません先輩、なんだかとってもマズそうなんです。
不甲斐ない話ですけれど、僕にはどうしようもできなくて。
だから、助けてもらえませんか。
「あァ? そうなんか? わかった」
僕の世迷言を聞いた明星先輩は、一切疑問を差し挟まず、疑いも戸惑いもしないで僕を信じ、顔色一つ変えずにそう言うと。
なんでもないように彼女に近づいて、その肩にポンと手を置き。
「え?」
流れる様な動きでコブラツイストをキメた。
「だっ、あだだだだだ!!!!!!! え、がっ、ごげっ!? ちょっ、ぐぎぎぎぃ!? な、なんですがああぁぁぁっ!?」
本来そこまで痛くないとされているプロレス技であるそれが、しかしそもそも力自慢な上に異世界でレベルアップされた先輩が行う事で、絶対に外れない上にバカ激痛なサブミッションホールドと化している。
とはいえ折れないよう加減はしているのか、紫髪を大きく振り乱しながらもかけられた彼女はオチたりはしておらず、その声も元気そうだ。
相手の肺とあばらと背骨を締め上げながら、明星先輩は柔らかく微笑む。
「お前の言う事を、疑ったりなんてしねぇよ。だから、そんな不安そうな顔すんなよ、蒼」
あまりにも優しく、心から僕を想ったその言葉に、思わず潤んだ目がなんだか気恥ずかしくて、それを隠すように僕は小さく頷いた。
「あがっ……! あぎっ、ごがぐがああああぁぁあ!! イタアアアアアァァいいいい……ッ!!!」
それはなんというか、きっとこれから僕は一生忘れられない、心の額縁に残るような……暖かな時間だった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああぁぁぁぁ!!!! 助けへえええぇぇぇ!!!!」