【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
「あい゛い゛い゛いいいぃぃぃ……! た、たす、誰か助けてぇぇ……!」
身体の真ん中全てを極められた件の女性は、壊れかけのアコーディオンさながらの音色を奏でている。お、折れはしないっすよね?
明星先輩による突然のコブラツイストに、周囲のみんながざわめく……かと思えばそんな事は無かった。
これは別にみんなプロレス観戦が趣味でコブラツイストを見慣れていたからっつーワケではなく、どうやら僕と明星先輩の間に漂う空気の質を感じ取り、今この時がなんらかの意味を持つ時間なのだと察知してくれたかららしい。
なんだかみな含みのある目をしてはいるが、ただ静かにこちらを眺め事の趨勢を見守るのみである。
つまりは僕らを信頼して、妨害札も吐かず展開を委ねてくれているわけだ。
展開しきった後に全除去くらうのが一番痛いからな。良いプレイングだぜ。
ふふん、どうやら僕らの絆がお前の能力を凌駕したらしいなァ? いい話だ。いい話か?
いや、いい話かどうかは読み手の解釈に委ねられるんだから、僕がいい話と思う分には自由だ。主体的に生きてゆけ。
「……そういうんじゃあなく単なる嫉妬と違うか?」
いつの間にやらバフもつながってねぇのに僕の勝手な自己完結をあっさり見抜くようになった王城さんから、生温い視線とともにナイフの如き切れ味の指摘が飛ぶ。
が、もちろん元アルバイターの現ヒモにそんなものは通用しない。
僕は都合の悪い話と先行きの暗い未来は見て見ぬフリができ、素知らぬ顔で言わなくていい事は言わない社会性を持つ。
持たなくていいもんばっか持ってんな。断捨離とかされたらいかがです?
身を粉にした労働の経験はこういうとこで活きるんだね、やってて良かったコンビニ夜勤。
王城さんはそんな一人三猿状態の僕の首を掴むと軽く捻り、無理矢理パーティー"ショウヨウ"の面々を視界へと入れさせてきた。
技巧派の漫画家のコマ割りに勝るとも劣らない、とんでもねぇ力業の視線誘導だ。
なるほど、確かにみんな僕らを見てるね。
そうだね。凄まじい眼力だね。
紫髪の人の事を見てないっつーより、僕ら以外が入ってないだけな感じだね。
これはたぶん恐らくだが、みんなの目の前で明星先輩との好感度イベントが発生してしまった為に爆弾が爆発した場合に起きうる状態だね。
つまり全部僕が悪いね。
……えぇい! 確かにみんなの視線は地獄のマグマのような仄暗い熱を孕んではいるが、それはそれとして信頼があるのもまた事実でしょ!
本当に悪いと思ってるが、今ばっかりはしょうがなかったの!
仲良しなみんなの間で嫉妬なんてさせたくないけれど、それよりマズい事を前にしたらやむを得ない!
後で各々嫉妬する暇無いくらい目の前の幸福で思考を満たしてみせるから、その問題は解決だ!
本心を言えば今すぐ影分身し一人一人への償いをして回って、近所の写真館かっつーくらい心の額縁を家族写真で飾りまくりたいとこなんだけど、埋伏された爆弾が爆発する前に手を打つ必要があった。
言い訳はしねぇ、僕は自分の意思で良くない事をしました。
罪は後で如何用にでも精算するが、ここばっかりは退けないぞ。責任は取る! ヒモなのに責任って取ってええんか……?
「うーん、なんか開き直ってきおったな。やっぱり毒属性であるぞコイツ」
失礼な。僕は毒にも薬にもなんない男だよ。
どっちかっていうとみずタイプかもね。青海だし?
「常飲します」
「いや、やめた方がいいよ正親ちゃん。たぶん依存性がある」
否定したいけど現状見ると否めねーんだよな、やっぱどくタイプで正解かも。ドォギョオォン(メノクラゲ)……。
1mgでクジラ3頭に扶養してもらえるくらいの猛毒だったからこうなってんのでは。
どうして僕はこんな誘い水みたいな人間になっちまってるんだ……?
最近少しばかり生き方について考慮の余地がある気がしてきた。
今度明星先輩と先生についてって、教会の懺悔室でも利用してみよう。
告解した程度で人の二倍の原罪が赦されるかはわかんないし、懺悔した後もヒモは続ける予定ですとか言ったら、シスターが壁叩き割って神罰を待たず天誅しに来る可能性があるが。
けどそもそも天から貰った職業がヒモなんで、火元は本来そっちなんですけどね……?
火の無いところに立った煙で愛煙家になっちまったみたいな話だぞ。
つまり僕が悪いんじゃあなくこれは天命っつーか、むしろ運命の潮流に呑み込まれた憐れな木片まであるじゃんね。
けれど荒れ狂う世界という大海の中で漂流した誰かを救えるのは、そういう何かの残骸である木の板だけなんだ。
それを思えばこうやって異世界来てんのに勇者にならず、同じ男のロマン枠の中でもドス黒い方のグラデに位置するヒモになった甲斐もあるってもんでしょうが。
立板に水で益体もない事を抜かす僕に、王城さんは呆れ返るような顔でデコピンをした。あでっ。
こうやってストレートにこちらの事をきちんと批判してくれる人間が久々なだけに、僕もしばらくぶりの釈明の喉越しが良くてたまんねぇや。ツルツルッと出るね。逆讃岐うどんだ。
やっぱ時々誰かから批難されなきゃ、特殊なフラストレーションが人間溜まっちまうもんなんだな。
めんどくさく、そして愛おしい生態した生き物だぜ。
「で、その仲間割れは結局どういう理由なのだ? 万が一特殊なプレイであった場合は、余としてもそろそろお前にコブラツイストをせねばならなくなるのだが」
やめてくれ、僕の身体がパーティー開けされたポテチみたいになっちまう。
ま、少しばかり急ぎなんでね。
ちょいと事態を静観してておくれよ。
いや今から更に見過ごせない事をするから、できれば見ないで欲しいんだけど。
ちょくちょく僕と話してた王城さんはこういう突飛なハプニングに動じなくなってきているが、しかし闇無君は何事かと戸惑っているし、知名君は不機嫌そうに顔を歪めている。大変申し訳ねぇ。
ホントに知名君にゃ合わす顔がないが、しかし必要なことだからどうか大目に見て欲しい。いや見ないでくれ。一体いつになったら僕は人に見られて恥ずかしくない行動ができるんですか……?
彼とも仲良くしたいのに、立場的に口が裂けてもそんな事は言えないからずっと心苦しいぞ。ヒモのジレンマだ。
しかしそれらも勿論大事な話ではあるのだが、一旦さておき今はとにかく──
「パーティ"ショウヨウ"、集合!」
僕は事態の解決の為に、手を上げて召集をかけた。
こういうグループのリーダーみたいな事するのほとんど初めてだから、変に緊張して声が裏返っちゃったのはご愛嬌だ。
一対一やら普段の会話やらならそうでもないんだがね、今は酒も入ってないし。
ハイハイ、どうしたの? 寂しくなっちゃったのかしら?
なんスか!?なんスか!?なんスか!?
お、なんだい珍しい。助手クンからリーダークンに鞍替えかな?
もしかしてお小遣いの催促ですかぁ? センパイはしょうがありませんねぇ~!
今朝渡した分では足りなかったという事ですか。であれば基礎配給金の増額も視野に入りますが。
じ、じゃあ……銀貨、三枚……で、いい……?
僕の招集を受け、件の女性の関節を極めている明星先輩を除いたメンバーが、口々になんやかんやと言いながらぞろぞろと集まり小さな円を作る。
な、なんかいつもより勢いがあるな……やっぱちとジェラったのがみんなを強火にしてんだろか。
このままじゃ僕が焦げちゃいますねぇ。中華以外の大抵の料理は強火厳禁なんで、できれば弱火でじっくりことこと煮込んでくれ。
しかしまぁそれはそれとして、彼女たちはすっかり僕の事をわかってるなぁと照れくさくなる。
正解だよ、今から行われるのは金の無心だ。照れつつ冷や汗も出た。
まさか突然仲間へのコブラツイストをパーティー屈指の力自慢にお願いしたヤツの次の指示が、ホントにお小遣い増額希望だとは思うまい。
破綻してるよそいつの人間性。
早急に104万稼がせてパーティメンバーと扶養枠から外した方がいい。
とはいえ、今という絶好のチャンスを逃すワケにはいかない……!
「詳しくは後で説明します。今はただ僕を信じて……遊ぶ金をください……!」
僕の尊厳とみんなの安全の二択なら、もはや秤にかけるまでも無いので、僕は意を決してみんなに切り出した。絶対勝てるレースの直前か? 3倍にして返す時の言い方だろコレ。
ただ、この言葉が王城さんパーティーに聞こえないよう小声であったことは見逃して欲しい。
人権と同じライン上にある最低限の尊厳くらいは守らせてくれ。
"キングダム"の面子にはまだ養ってもらった経験が無い。
……この言い方は語弊を生むので言い直すが、バフをかけた事が無い。
どのくらい効くかも未知数だし、もしかしたらヒート嬢の時のように思いもよらぬ結果を叩き出す可能性もある。
リスクヘッジの観点からも、申し訳ないが彼らを抜きにして僕らだけで話を進めさせてもらう。
万一王城さんたちがバフを受けた上で敵に回ってしまったら、最悪の展開になっちゃうし。
そばだてたみんなの耳元で、こしょこしょと内緒話でもするみたいにお金をせびる……こんな人間にだけはなりたくなかった。
「しょうらいのゆめはぼうけんかです」とみらいのわたし作文に書いていたあの頃の僕が、どこか遠いところで『ぼうけんかは……?』と震え声で呟く。
や、やめろ……! そんな目で僕を見るな……!
どうせお前もこうなるんだから、冒険ごっこなんてしてないでテレビで競馬中継でも見ておきなさい! 勉強なんてしてる暇無いぞ!
……あぁ、そっか。
そういや叶ってたんだな、夢。
チャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリンチャリン
頭を下げて手を差し出したポーズのまま思わぬ気付きに固まっていると、打たせ湯を彷彿とさせる怒涛の硬貨の雨が手のひらに降り注ぎ、僕は思わず肩を脱臼しかけた。
ゔわーーー!!! 覚悟してたけどここまでじゃないーーー!!!!
僕の無茶苦茶なお願いを前にして、彼女たちが一切の迷いなく財布を裏返さん勢いで手持ちの財貨を放出したのだ。
メダルゲームでジャックポット当てたみてぇになっとる!
あ、その、そ、そんくらいで! も、もう大丈夫! そんなには大丈夫だから! 帰りもあるしおみやげも買わなきゃだしさぁ!
彼女たちが手持ちのメイン財布どころか、毎日のバフ補給用小銭入れだの、鞄にしまったヒモへの給餌用硬貨入れだの、数あるコインケースから半量程度を吐き出した頃、ようやくお金の雨が止む。
今や僕の両手には零れ落ちそうなくらいの財貨が山積みになっており、筋トレの成果も空しくプルプルと震えている有り様だ。
金貨は額が大きすぎて使い勝手が悪いのであまり持ち歩かない為、ほぼ銅貨と銀貨なので量が凄まじい。
僕がアホみてーな職業をしているせいで、ウチのパーティーの荷物は半分くらいお金なんだよな……。
そしてそれを最終的に僕が受け取る為、実は僕は普段から歩く貯金箱みたいな状態になっているのだ。強盗からしたらボーナスチャンスみたいな存在やね。
こんな遊興費の支給が起きた以上、もちろん僕は優良銘柄なので額に応じた配当が行われ、みんなは普段のモノから更に重ねがけされた対強敵用並の強度のバフがかかる。
とはいえ、みんなの身体がゲーミングデバイスのように光り輝く事はないぜ。
今回は意図しての金銭授受なんで不意打ち養いとは違い、バフのオーラをがんばって意識的に押さえ込む事が可能なのさ。
お腹からなんかが出そうになるのを強めに我慢すると光んないんだよね。体に悪影響はねぇっすよね……?
急に僕らが光ったらキングダムのみんながびっくりしちまうからな。
特にこのくらいの額までいくと、フラッシュグレネードと同値のカンデラの光が放出されかねないので、発光我慢は最近必ず心がける事にしています。
考え無しに数百万円相当の金品を受け取ると、僕を含んだ周囲の人間を昏倒させちゃう危険性があるんすね。どゆ事?
歩く危険物じゃねぇかよ、もう飛行機とか乗れないでしょ僕。
なおこの世界の強者はその程度では目潰しにもならない模様。そこは生き物として鍛えらんないだろ、論理がなさ過ぎる。
しかしみんな、普段に増して躊躇無く大金をぶち込んでくれたが、一体全体なにがどんな琴線に触れたんだ……?
「さ、最愛……の、ヒ、ヒモ、の……おねだり、ASMR……には、その価値があ、あり、あります……!」
「そ、そうなんだ。みんなが僕を想ってくれてとっても嬉しいよ。でも外ではあんまり言っちゃダメだからね? ほら、やっぱ照れちゃうからさ」
僕の疑問に対し、珍しく酷く興奮した様子の目黒さんが、腕をブンブン振りながら彼女の将来がとっても心配になる説明をしてくれる。かわい〜! かわい〜けどヤベ〜!
僕のせいでだんだんみんな足を踏み外してきてる気がすんだけど、これ大丈夫なんスかね?
この前も遊びに行った悪王寺先輩の部屋に、普通に僕の寝間着があってビビったばかりだ。バレちゃしょうがないなぁとその場で許可求められたし。大好きな人のお願いなんでもちろん許可してしまった。
なお鹿野ちゃんは面と向かって僕に「パジャマくださいっス!」とねだるぞ。
おねだりされるのが嬉しいから、ついついなんでもあげちゃうんだよなぁ。
……まぁ愛や恋って盲目だからさ、こういう形もあっても良いのかもね。
倫理的にゃ良いわきゃねぇのだが、僕はみんなにゾッコンだからもちろん盲目的に彼女らを肯定するぜ。
他のみんなも目黒さんの言葉に「我が意を得たり……」とばかりに深く頷いているし、コンテンツ消費してもらえたならヒモとして生きてる甲斐があるってもんだ。
さてさて、それでは準備も終わった事だし、本題といこうか。
みんなとの絆(と受け取った額の大きさ)を信じ、僕は勇気を出し立てた親指を彼女に向けた。
「そんじゃ改めてなんだけど、あの子を見てみんな何か思わない?」
それにあわせて視線を向けたみんなが、ぽかんと紫髪の彼女を数秒眺めた後、即武器を手に取り臨戦態勢に入る。
もう誰も彼女を親し気な目で見てはいない。
僕らを覆ったまやかしは、既に取り払われている。
……よ、良かった〜。
さらっととんでもない危機だったが、なんとかなったようだ。
読み通り、みんなも術中から抜け出せたらしい。
バフってのは五感や思考能力の強化であると同時に、僕との精神的な繋がりでもある。
看破した僕との感応が強まれば、自然彼女の能力への抵抗も容易になるだろう。
すこし牽強付会なこじつけの理論ではあったが、曖昧な能力だけに言ったもん勝ち的なところがある。GMさえ説得できれば多少のマンチは許されるのだ。
さぁて、形勢逆転だな?
つっても貴女が優勢だった時間はほぼ無かったがね。
いつもどおり全部聞き出してコッソリ抜け出すだけの、楽なお仕事だったはずでしょうにねぇ。
いや申し訳ねぇぜ、最強にすらなりうる力だってのに意味不明な破り方しちまってさぁ。
明星先輩にコブラツイストを解いてもらいながら、みんなの手を借り素早くロープで簀巻にしていく。
マキビシを登攀用に改造する為のモンだが、初仕事が女スパイをぐるぐる巻きにする事になってロープくんもたいそう驚いてるだろうな。
関節極められてる間中ずっと叫んでいた彼女だったが、事ここに至り黙秘を決め込んでいる。
警戒心をあらわに睨みつける目は、まるで得体の知れない物を見るような目付きだ。
こうなっては能力の効き目も薄れてしまうのか、キングダムの三人もようやく彼女が知りもしない他人であった事に気づいたようだ。
王城さんは得心がいったとばかりに頷いており、残り二人は目に見えて動揺しつつも、空気を読んでか僕に対応を一任してくれている。
……ふむ、しかし、なんか、そうね。あー、そっかぁ。
わりとヤバそうな能力にテンパって慌てて対処したけれど、いざなんとかなりそうになって落ち着いてきたら、いろいろと考えも回ってくるものだ。
この流れそのものにすげーデジャヴを感じるし、もしもそうだったら辻褄が合う。
ちょっと確認がてらカマもかけつつ、ゆっくりとお話させてもらっちゃおっかな。
もしもまったく関係ないトコの人であっても、このままエルフさんに引き渡せば済む話。
こんな世界観の工作員なら奥歯に毒なんか仕込んでてもおかしかないけれど、こちとら聖女に錬金術師が居るもんでね。身の安全は勝手に保障させてもらおうか。
僕は簀巻になった彼女をソファに座らせて、自分はそこらの椅子を引き寄せ対面する。
これから始まるのは拷問どころか尋問ですらねぇ、単なる質問と会話だ。
だからこそ僕は、あえて彼女と対等な高さに目線を揃えて話す。
僅かな勾配であっても不均衡はストレスや緊張をもたらし、強張った身体じゃ心の塁壁は緩まない。
縛られてる時点で対等もクソもないのは仰る通りだが、しかし人ってのは自身の状態はそれはそれとして、接し方そのものによって相手への印象を決定する。
たとえ店でえらく待たされてても、とても腰が低く真摯な店員が対応してくれれば、ほとんどの人は店員に悪印象を持たないもんさ。
さて、すいませんね手荒な真似しちゃって。
とはいえ僕らだって警戒してしまうのは理解してくださいよ。
なんせ自分が知らない内に知り合いだと思い込んだ相手に、全ての情報をぺらぺら漏らしちゃうとこだったんだから。
いやはや、凄まじい能力だ。
「……皮肉ですか? こんな状況の私にかける言葉とは思えませんけど」
いや、ホントにこれは皮肉とか冗談とか抜きで。マジでヤバすぎる。
たまたま僕がなんやかんや考え込み過ぎて解けちゃっただけで、下手したら全ての相手を封殺できちまうでしょ。
最近は僕も人と仲良くなるのは得意になってきたと自惚れてるんですけど、しかし流石に話した事も無い相手と親しくなるのはなかなか……骨の折れそうな難行だ。
そんな離れ業を容易くやってのける貴方のスキルは、それこそどんな国や機関だって手放したくない素晴らしいものっすよ。
……あぁ、いやね、正直に言っちゃうと、なんとなーくあなたの正体って予想がついてるんですよ。
もしそうだったら、お姉さんも別にそんなにヤバい状況でもないでしょう?
後詰めがいるならのんびり待てばいいし、もしそうでないのなら……ま、適当なとこでヤレヤレっつって諦めて説明してくれれば、なんなら協力すらできるかもしれない。
「なんの話か一向にわかりませんね。部屋を間違えただけなので、さっさと解放してもらえません?」
ま、ま、ま、そう力まないでくださいよ。
別に断罪するだの全部聞き出すだの、そんなのはマジで考えてないんですから。
あなたの"上"だって世界樹が枯れ落ちて欲しいワケじゃあないハズだ。
緊急事態に情報を収集しようなんてのは、ごく当たり前の事じゃないですか。
だから、今からする会話はもう完全に、単なる世間話です。
ま、気楽に話しましょうよ。ね?
心を弛緩させ力みを抜いて、大好きな誰かと話すみたいに、僕は彼女へ笑顔で語りかけた。
意識して行っている事すら忘却するような、無意識的な領域で脱力し普段通りへと己を回帰させて、単なる世間話へと会話を落とし込む。
コミュニケーションの本質は交換だ。
情報であれ、物体であれ、気持ちであれ、愛情であれ、なにがしかを相手と自分の間で行き来させる。
無駄な緊張はその本質的な"交流"を阻害し、上っ面の社交辞令じみたやり取りにまで貶めてしまう。
だが、この人のスキルはその原則を逸脱し、架空の人物像を交流対象として相手へ送りつける事によって、自身からは何も渡さないまま交換を済ませられるのだ。
めちゃめちゃな話だよね、007くらいしかやんねぇだろ。ネトゲのトレード詐欺か? 僕はミントラビを騙し取られてネットリテラシーを学んだので、そういうのにゃ厳しいんだ。
……でもさ、そんなコミュニケーションって、なんていうか、あまりに寂しくない?
もちろんこの人にだって本当の自分を見せて触れ合える、大切な誰かがいるとは思う。
けれどたぶんそんな人の数よりも、彼女がこれまで仕事で接触してきた相手の方が多くて、そしてその多数派は誰もお姉さん自身の事を知らないんだ。
自分は相手を知っているのに、相手は自分を知らない人に溢れた世界……まるでたった一人この世から切り離されたみたいな、隔絶された孤独に襲われる日もあるだろう。
つっても仕事ってのはそういうもんさ、嫌だったり気が進まない事を我慢する必要もあらぁな。
お金の為、大義の為、名誉の為、やり甲斐の為と割り切って生きてきたのは想像に容易い。
だが、己の心の中で膨れ上がる感情を、人は騙す事ができない。
相手の認識に虚偽の自身を投影し埋め込むように、自身の意識にその感情は肥大して影を落とす。
偽りの自分で誰かの心に入り込む度に、本当の自分が陽の目を見たがって蠢動する。
……もちろん能力が通用している間は、そんなの黙殺して仕事を完遂する事だろう。
あなたはきっとそういう訓練を受けた、プロフェッショナルなのだから。
けれど、今それがこうやって破られた。
己が全幅の信頼を置いてきた力が打ち負かされ、いざという時が訪れると、人はどんなに訓練を重ねていても必ず動揺する。
動揺は隙を生む。
硬く閉ざされた心理防壁にできた隙間に、ようやく外の世界を垣間見た彼女の本音が、僅かに息を漏らす。
長く押さえつけられていた"飢え"が、知らぬ間に自分自身に牙を剥く。
揺れ動く心で行われるコミュニケーションは、時に自己紹介より雄弁に己を詳らかにしてしまう。
なにより誰かに自己を知られたいというのは、人の基本的な欲求だ。
そしてSNSの無いこの世界で承認欲求を満たすっつーのは並大抵の事じゃあない。
願望は既に、十分に醸成されている。
……なんて、適当な与太話だよ。
相手は推定本職の工作員さんだぜ?
たかだか高校の勉強すら追っつけなかった、社会経験バイトしかしてないガキが、偉そうな口を叩けるもんか。
色々適当に屁理屈並べ立てて、自分のしたい事をやってるだけさ。
だからこれは、ホントに単なる世間話でしかない。
僕だっていろいろとお話するからさ、彼女の事を話せる範囲で聞かせて欲しいってだけなんだ。
正直な本音を話すなら、もう情報だのなんだのは極論どうでもよくて。
寂しそうな相手を見たら、事情を聴いて一緒に居てあげたくなるもんじゃないか。
なぁ、教えてくれないか。
まずは"暴露"に飢えた君の、お名前からでいい。
人を暴き過ぎたが故に、誰かに暴かれたいと願う、愛されるべき貴女の、みんなに知って欲しい名前を、どうか僕に教えておくれ。