【書籍化進行中】異世界で職業:ヒモとしてみんなにバフを撒いてたら完全に逃げられなくなっていた話 作:スーパー巨大特濃葛根湯
次の投稿は一週間後の予定。
感想、ここすき、お気に入り、全部とても励みになります。
ぜひどんどこお願いいたします。
特にここすきと感想は何度も見返して、みんながどんな話を求めてるかの参考にもしています。
この異世界は、ありがたい事にご飯がたいへん美味しい。
まぁ実際僕みたいなもんは何食っても「ウマい!」っつー飯の出し甲斐がないバカ舌なので極論マズくてもウマいのだが(二律背反)、こと食事に関してはちと
だが、しかし、そうはいっても僕らが慣れ親しんだ味を恋しく思わないかと言われれば、答えはNOだ。
……いや、正直僕はあんまそういうタイプじゃないんだけど、それでも時折「生姜焼き弁当食べたいな〜」とか思わないワケじゃない。
特に正親さんは日本食に近い物を食べたがっていたから、バルツァンでなんとなくレシピを会得した「甘豆乳製品合え」は今も彼女のお気に入りである。
先生だってバーガルを舐めつつ鮭とばや塩辛を欲しがってた夜もあったし、悪王寺先輩はあれだけスタイルに気を使いながらも実はジャンクフード好きで、この異世界にマクドが出店する日を心待ちにしておられる。
そんなこんなで『大ヒッヒョロのシャーリュ蒸し』だの『メルヒル豆ペーストのお焼き』だのといった毎日のご飯は美味しく頂きつつも、僕らは心のどこかで郷里の味に焦がれる日々を送っていた。
■
「……深夜です、ね」
バルツァンからの帰還後。
宿屋の自室で寝てんだか寝てないんだかわかんない朦朧とした狭間の意識を揺蕩っていたところ、布団の隙間の暗闇から染み出してきた目黒さんが、僕に覆い被さりながらそうこぼした。
まぁ、そうだね。
僕のかなり正確な腹時計からしても、時は11時前後といったところか。
灯りがまだまだ安価とは言い難い文明度なので、日を跨ぐ手前でも十分深夜と言えた。
ホントならこんな時分は絶対に酒場へと繰り出しているところなのだが、いかんせん今日は昼間悪王寺先輩に連れられて悪所で水商売のお姉様方相手にハチャメチャに気を使うおしゃべりをしたものだから、気疲れからか夕食後部屋に帰って微睡んでしまっていたのだ。
なんでも商人の会合に潜り込んだ際に知り合った友人のお店らしい。
もちろん先輩が楽しいなら不肖青海はエウロパだろうとラフテルだろうとお付き合いするのだが、彼女の目の前で他の女性に鼻の下を伸ばそうものなら拗ねちゃうからな。
自分で連れてきておきながらも自身への想いを試すようなその行為は、とても愛らしくてスゲーときめいてきゅんきゅんしたけれど、ただだからといってお姉様方を蔑ろにしたりするのは人間としてよろしくない。
いやー、リッチキングくらい強敵でしたね!
なんてったって僕も男子高校生だからさぁ!!
薄着の大人の女の人があんな距離にいたら頭おかしくなっちゃってさぁ!!!!
超絶綱渡りをなんとかこなしつつ、最終的に悪王寺先輩の「ボクの助手クン、良いだろう? ボクのだけどね!」欲を満たしながらも、刺繍のダメ出しを受けまくったベスティさんには近く徒弟として従事する事になり、ホントは故郷に帰って生活する事を無意識で考えてたミスキーさんとは近くの村の牧場を見に行く約束をして、ママさんに斡旋された住み込みの仕事を『ヒモじゃなくなっちゃう』とかいう意味不明な理由で遠慮させてもらったりなどなどを終えてお店を退店した頃には、かなーり消耗してしまった。
……まぁなんだかんだと結局お姉様方と約束をしちゃいはしたが、先輩もそれに対して含むところは無さそうだったからギリギリ大丈夫だろう。
会話の中で一貫して常に先輩を優先してたのが彼女の満足ポイントだったと思う。
ま、それはともかく今は目黒さんである。
おとなしく組み敷かれながらも次の言葉を待つ僕に対して、彼女はためにためてからこう言った。
「深夜、は……ラーメン、では、ありません……か……?」
……百理、あるな。
ラーメン……ラーメンか、ラーメンいいな。
言われればカップラはちょと食べたい。
味が濃いスープに浸った長い麺を啜る、ってのはもはや日本人の血に刻まれた欲だろう。
だがもちろんこっちの世界で出してる店に心当たりは無い。
僕らは異世界に来たのであってフードコートに来たわけじゃないので、そうそう都合よく日本に似た食事を出すトコはありゃしなかった。ラーメン、ラーメン……。
まずそもそもの話だがカップラは無理だ。僕はわりとカプヌより店名を冠したのが好きってのもあって、それはそれで僕は問題ないんだが。
お値段は張るけれど絶えず商品が移り変わりしてくれるから、色んなとこを行った気分になれて結果的にお得だからな。
でもね、味は別になんでも良いんだよな、豚骨だろうと味噌だろうとなんでも好きだよ、食べれるなら。
7分とか待つやつあんじゃん。アレ作ってる人って1分ずつ時間伸ばして麺食べつつ時間決めてんのかな。お腹パンパンになっちゃうよ。
味噌と醤油はこの異世界に無いが、塩ならイケんのか? いやでも塩っつったって、ふけー出汁だのなんだので超手が込んでるからあんな美味しいんだろうしな。
……しかしこの世界だってご飯は美味しいわけだし、それならなんとかなんじゃないか?
大好きな人が出した話題な上に、僕もなんとなーく求めてた物だったので、脳裏でめくるめくラーメン語りが行われる。
なんかこうやってるとだんだん、スゲー食べたくなってきてしまったな。
そうでなくとも目黒さんが食べたがってんだから、どうにかして間に合わせでもそれらしいのを用意しただろうけれど、こうなってくると僕もご相伴に預かりたいとこだ。
青海'sブレインがキュインキュインキュイーンと音を立ててブン回る。もっとマシな効果音は無かったか?
中に入れる麺はあの悪王寺先輩と食べた天の川みてーな麺か、すいとんじみた団子(ニョッキっていうらしい(もちろん鹿野ちゃん談(ニャッキじゃなく?)))か、パスタ風の茶色い麺しか候補が無かったのでここはノーマルパスタ一択だろう。
たしか麺を縮れさせたりみたいな、そういうひと工夫が大事だった気はするがそこまでの再現はちょっと今日この場ではできそうにない。昔ながらのストレート麺って事にしてもらおう。そういうカップラもあったし。
問題はスープである。
麺は旅用の買い置きの残りがあれど、スープは「あらかじめご用意した物がこちらです」とばかりに無から取り出す事はできない。
なので既存のお店でそれらしいものを出している場所に行くしかなかった。
つってもねぇ、それらしいのは食べた覚えが無いってモノローグで言ったばっかだからな。
みんなとの外食だけでなく、飲み会やらで行った店まで含めて脳内で検索をかけるも、心当たりは……。
……いや、うーん、まぁ物は試しか。
「ねぇ、目黒さん」
「はい……?」
「アレンジレシピって許せるタイプ?」
「あぁん? まぁお前の頼みならそれくれぇいいけどよ、どういう風の吹き回しだ?」
「ちょっとした郷愁ってヤツかな、故郷の味をついつい思い出しちゃってさ」
「あー、たしか遠いんだったか。嬢ちゃんも同じ生まれかい?」
「そうそう、おんなじ村の出。そのあたりで時々食べるメシが、親父っさんとこのに近くてね。ただ一点、少しばかり違ってさぁ。できたらちょーっとだけ、アレンジしてくんないかな〜って……いや、料理人に失礼は百も承知なんだけど」
「ハン、その程度べつにかまやしねぇよ、お貴族様御用達の高級店じゃあるめぇし。んな事言ったらへべれけのクソバカ共なんか、バーガルぶっこんで飲んだりすんだぞ。ま、待っとけや」
そう言って、気風のいい熊獣人の親父さんはカウンター奥へと引っ込んでゆく。
いやはや良かった良かった。
親父っさんが柔和な人で助かったぜ。
味変ってのは、作ってくれた人に失礼って側面が確実にあるからな。
頑固な職人肌のシェフであれば「お代は結構だから帰ってくんな」と出禁になってもおかしくない。
たぶん怒ったりしない人だとはわかってても、地雷ってのは人それぞれどこにあるかわかんないもんだ。安易に決めてかかって無礼働きたくはないじゃんね。
なんてったってココのは唯一無二の中毒性があるからさ、他じゃ替えが効かないんだよ。
良くない良くないとは思ってるし、食べ終わったら絶対に後悔するんだけどさぁ、時たま無性に食べたくなるんだよなぁ……。
「ココ……けっ、こう……よく、来るん、です……か?」
いや、頻繁には来ないね。死んじゃうから。
「しん……死?」
場所は『燻る火種亭』。
僕らは件の味が濃すぎて酔っ払いしか食えないバカ濃厚ホワイトシチューに、麺を入れてもらいにやって来ていた。
……まぁこんだけ言えばもうわかると思うが、この店の名物料理は法の規制を搔い潜ってる毒物かと思うくらい味が濃い。
塩っぱいし、なんかの香辛料で辛いし、この世界にもあるニンニク的な香草がガツンと香り、あと謎の乳製品も味付けにどぽんどぽん入ってる。
スープが白いのは牛乳じゃなく恐らくなんらかのチーズ的物体のせいだと思うんだが、一体それがなに由来の何なのかはようとして知れない。まぁ秘伝のレシピは明かせねぇよなぁ?
だいぶ贅沢な調理をしてると思われるこんな料理が、果たしてどのような手腕によってこの値段で提供されてるのか驚嘆を禁じえないぜ。
参考までに、大体いつものメンツが素面でここのシチューを食った時のレビューはざっとこんな感じだ。
「俺今魔物に化かされて辛臭葱漬けの岩塩食ってる? 太く短かいロウソクを想起させるんだが、コレなんかのまじないの一種じゃねぇかな」──銀級パーティ『ボールバール』所属、『四剣纏い』ハイリッヒ
「満足いく人生を送る事に割り切った親父が、客を巻き込もうと仕掛けた狡猾な罠の可能性がある。食うべきではなかった」──鍛冶屋『鉄の手』ヒョイニイ
「パンパンに膨らんだ破裂しかけのデブが走馬灯で見るスープ。きっと幸せな死に顔をしている」── 樫の木筋の肉屋の下働き
「ウマい辛いウマいウマい塩っぱいウマい塩塩辛塩辛い死の味」──『ハーレムパーティのヒモ』『荷物持ちもするお荷物』『只人族と夢魔のチェンジリング』青海 蒼
凄いよな、ちゃんとみんなメメントモリしてるぜ。天国にいちばん近い店はたぶんココだ。どうも塩辛かったり味が濃すぎたりするものを食べ過ぎると、体内のバランスを崩し病にかかる、というような思想はこの世界にもあるらしい。
なんか地球の中世もそんな感じだったし、経験則的に積み上がった知識の結実なんだろうな。
で、そんな超濃厚汁物を、郷土料理の料理法って事で麺茹でた湯で軽く割ってもらう注文をしたので、なんとなくだいぶ可能性を感じていた。
ポロ一の塩を牛乳で作ったみたいなジャンクな一品ができるんじゃないかと踏んでるぞ。
えー、わかるわかる。目黒さんにめちゃめちゃ懐いてるよねあのにゃんこ。てかこっちの猫って明らかに昔羽生えてた名残りみたいな骨ない? あと、絶対に僕らの言葉わかってるし。この前部屋上がり込んできた半野良に「そこの水入れ取って、後木戸も閉めて」って言ったら普通に全部やってくれたし。これに至っては分かってるってレベルじゃなく会話なんよ。
「あっ! オイなんでぇアオ! オメェ来てたなら声かけやがれ〜! 〆の一杯にゃまだ早くねぇか!? 今夜はまだ始まったばっかだぞ!」
料理の提供を雑談しつつ待っていると、突然背後からバカ大声が飛んでくる。うるさいのが来たね。普段なら大歓迎だが、目黒さんはちと苦手かな……。
案の定、驚いた目黒さんの身体がビクリと跳ねてそのまま椅子ごと自分の影へ沈み込むも反動ではね返り、再びほの明るい酒場へと躍り出てきた。コミカルだ。
大丈夫だよ目黒さん。
コイツは典型的な酔漢だが悪いヤツじゃ……悪いヤツだけど、まぁ比較的良い方の悪いヤツだから。
もし怖かったら僕の後ろにちょいと隠れててね。
僕の言葉を聞くと、彼女はぎゅっと体を縮こまらせて背後へとピタリと吸い寄ってくる。
狭っ苦しそうだ、ごめんねぇ小さくて。
今度までには骨延長して2m30cmになっとくし、歯をチタン合金に換えてココナッツも噛み砕けるようにしとくよ。
やぁ、ガグドン!
今日はちょっと大事な連れが居てね、宴会帰りじゃあないんだよ。
「バカこけ、酒も飲んでないのにここの飯なんか食えるかよ。舌イカれちまアイデッ!」
無論この酒場では反体制的な言動は許されておらず、カウンターの奥から飛来したお玉がガグドンの額へとぶち当たった。
ホッホッ、愚かだのぅ。
「ってて……何が肩に傷を負って冒険者引退だよ、あのオヤジ。絶対治ってんぞ」
そりゃ腐っても元金級一歩手前の冒険者、『
あれくらいは朝飯前、それこそ『マーマンは生まれる前に泳ぎを習う』ってヤツさ。
「おーおー、流石は才能ある方々は俺らとは違うねぇってか。……そういやツレ居るんだったな。よぉ、俺はガグドンってんだ。しがない銅級冒険者よ。で、オメェの名前……あ゛ぁっ!? ア、アンタ、"暗闇"じゃねぇか!」
ディフェンスに定評のある僕であったがしかし身長差はいかんともし難く、ヒョイとのぞき込んできたガグドンが目黒さんを見て素っ頓狂な声を上げる。騒がしいなぁコイツはホンマに。
てか、え、なに、"暗闇"? なにそれ目黒さんそう呼ばれてんの?
本人に尋ねるも「え、いや……全然……なにそれ怖……」って感じに顔を左右に振る。
「オメェ知らねぇのか!? あのカノさんと同じパーティのメンバーでよ、今やこの街でも指折りの冒険者だぜ! 街の外で魔物に襲われた旅人とか、突然出てきた格上の魔物に手も足も出ず死にかけた冒険者とかを、どこからともなく現れて助けて去ったりもしてな! いや、知り合いもアンタに助けられたんだ! 礼を言わせてくれ!」
あのデリカシーも無ければ口も悪いガグドンが、目黒さんに向かってまるで任侠映画のように膝に手をついて頭を下げる。
えー!? 目黒さんそんな事してたの!? スゴ! めちゃめちゃカッコいいじゃん!
「え、あわ、あ、わわ……! ぜ、ぜんぜ、ぜ、ぜぜん、ぜぜんぜぜぜん、そそそそ、そんな、そん……!」
おっとっと、落ち着いて落ち着いて、大丈夫だよ。
突如訪れた見知らぬ人からの感謝と、そこまでべつに考えてなかった善行を僕に知られた事により、対人コミュニケーションゲージがオーバーヒートしてしまい、四方八方に影を伸ばし始めた彼女を落ち着かせる。
机の下で手を握りつつ、荒い息を吐いて上下する背中をポンポンと撫でれば、触手のように蠢く闇が僕へとすがりつくみたいにまとわりついてきた。んへへ、こそばいよ。
にわかに全身から闇を漏らし始めた彼女にガグドンがビックリしてるので、そっちも「能力の代償に時折漏れ出ちゃうんだけど、すぐ落ち着くからさ」と誤魔化しておく。
天から貰った職業の影響なんだから、べつに嘘はついてないしな。
触れて害を及ぼすもんでもないんで怖がる必要もねぇ。
まぁ傷つくもんでも彼女のなら僕は怖くないが、それはどしても贔屓目に見てっつーのがあるしね。周りの人が怖がったり驚くのは当たり前だから、そのフォローをするのは僕の役目だ。
全身から湧き出かけた闇が徐々におさまり、再びほのかな暖色の魔法灯に照らされた店内に彼女の輪郭が帰って来た頃、ようやく目黒さんの息も普段通りに戻った。
「あ、あの……ぜ、全然……そんな、たいしたことは……」
それでもやっぱりおっかなびっくり、恐る恐るといった風に彼女はガグドンへ返答をする。
しかし僕はそんな彼女の姿勢に、目に見える成長を感じて思わず目頭が熱くなった。
全く知らないちょっと威圧的な成人男性相手に、目黒さんが声を発する事ができるようになったことは、間違いなく彼女がこの異世界で日々の努力を積み重ねてきた成果の一つだ。
突然の拉致(委員長談)ではあったけれど、この世界での経験は地球に戻っても必ずみんなの糧になるだろうな。
これから高校の修学旅行の行先は「異世界にて魔王を討伐し世界を救おうツアー」で組んだ方が良い。
僕も帰郷後にツアコンとして就職先が見つかるし。元異世界転移経験者の経歴が光るぜ……いや光るのは僕と飼い主なんだけど……。
つってもあんまり長く親元を離れるのもよくないし、三泊四日くらいで組んどくか。
僕らもそれくらいで帰して貰えりゃありがたかったんだけどなァ?
「い、いや、まぁそりゃアンタにはたいしたことねぇかもしんねぇがよ。それでも、ダチの命はアンタが救った。……俺ら凡人にとってみりゃ、そりゃ死ぬまで感謝を忘れねぇような重い事なんだよ。アイツに代わって、改めてあんがとな」
「……はい。よ、よかった……です」
そう言うと彼は彼女の邪魔をしないようにか、早々とテーブルを後にして元のグループへと帰っていった。ガグドンは普段から妬みと嫉みで愚痴をこぼし、深酒してゲロは吐くわ他人にガンガン飲ませようとするわ平気で誰かの悪口を言うわ……と良くない酔っ払いタイプの人間であるが、しかし恩義には厚い。
目黒さんのもとを去った後でも、彼はけして彼女の陰口を叩く事は無いだろう。
そういうとこが比較的良いヤツなんだよな。
「おい、できたぞ。こんなもんでいいのか?」
お、待ってました! あんがとね、親父っさん。
「なに、かまわんがよ。言われた通りの事しただけだから、上手くできたかはわかんねぇぞ?」
それだけでご飯二杯いけそうな鼻を叩きつけるが如き暴力性のある匂いは鳴りを潜め、僕らの前に置かれた木のボウルからは酒というブラーでボカさなくとも普通に嗅げる範疇の良い香りが立ち上る。
匙を入れれば茹で汁で薄まったスープはサラサラと流れ、元々の白と灰の中間色の出処不明のモヤモヤがまとわりつき、食べる度にチューイングガム噛んでんのかなっつーくらい口に残ったあのよくわからん固形物は完全に溶け切っている。……あれがまたクソ味濃くて美味いんだよな、アホほど磨かないと歯が溶けそうになるんだけど。
ざっと見た感じだと、この店の刺さる人には刺さる尖りに尖ったピーキーな部分がパーフェクトにデチューンされ、丸く完成された一品が出来上がっていた。
おぉ、イケとる! こんなん勝利の方程式や! ワーッハッハッハ!
もはや約束された勝利を目前にして喝采をあげた僕らは、木製のフォークで麺を絡めツルルルーッと一気に啜りあげた。
「スープパスタだこれ」
「……シュクメ、ルリ……?」
いやめちゃめちゃ美味いよ? 美味いけど当たり前にスープパスタだ。
だって味濃いシチューだもんな元々が。
とはいえやはり麺とお湯で薄まり、人を選ぶパンチが減って正直食べやすくなってはいる。
元が血管絞るみたいな濃さや塩味をしてるだけに、薄まりすぎたって感じがなくてしっかり食が進むのもイイね。飯飯飯〜! って感じ。丼にこれかけてもウマいよ。
目黒さん曰くなんかシュクメルリっつー料理と似てるらしい。あ~、知ってる知ってる。あの、あれね、牛丼屋のメニューでしょ。ぎゅ、牛丼屋でコレを!?
まぁつってもラーメンかと言われれば首を傾げるだけで、ホワイトシチューラーメンですよ〜と言われれば「だいぶ迷走したアレンジだな」と思うくらいで済みそうではある。
やっぱニンニク系の風味が強くて、ホワイトシチュー特有の乳製品のまろやかさが全ての味の濃さのパンチでぶっ飛んでるから、結果的にまだラーメンぽさがなくはないっつーか。
「これは、これ……で、アリ、だと、思いま、す……次、は、鹿野ちゃ、んも……一緒に……」
どうやら目黒さんのお眼鏡にも適ったらしい。やったー!
もう完全に他人の褌なのだが、それでも彼女のおねだりをなんとか達成できた喜びは変わらない。
愛する人たちが喜んでくれる事が、僕はなにより嬉しいのだ。
もちろん鹿野ちゃんも連れて、また一緒に来よう。
ただ月一ね。これを月に二度食べると怖いから。人を作るっつーよりは人を壊す食事だから。悪意が無いだけの暴力なのは間違いないので。
ちゅるちゅる麺すすってる目黒さんが可愛すぎて、スクショの取り過ぎによって脳内に新たなフォルダ分けが必要になりながらも、僕は幸せな気持ちで食べ進めるのだった。
ただ完飲はしねぇぞ、結局ちょと薄まってはいれど死海くらい塩分ヤバいからな。
「へー、なんかウマそうじゃん。親父っさーん! オレもアオミと同じヤツ」
「"暗闇"とおなじのくれ! 俺もあやかるぞ!」
「しかしよ、ヒモと"暗闇"が同じの食ってんだから、俺らなんかじゃヒモの方に引っ張られちまうんじゃねぇか……?」
「おいアオ! 俺らまでヒモにしたら承知しねぇぞ! こちとら養ってくれるオンナもいねーんだからよ!」
酔っ払ったバカどもがヤジを飛ばしながら追従し、僕らの頼んだメニューを我も我もと注文する。
おいおい、それはちょっと親父っさんに申し訳なくないか?
すんませんと謝るのもなんか違うし、親父っさんに眉を下げペコリと頭を下げておく。
フンと鼻息を荒く漏らしながらも、彼はどうってこと無いとばかりに手を降ってくれた。
やはり力の強い熊獣人は心も広い……。
「あァ? まぁ売れるなら別に良いがよ。なんかオメェらウチのシチューに文句でもあったみてぇじゃねぇかよ」
「食いに来といてなんだが無いとは言えねぇよ」
「なんで沼くらい濃いんだよここのシチュー」
「オヤジ、俺らになにか恨みがあるのか……?」
「殺さねぇでくれ、頼むよ」
「あのなぁ……普段ひもじく水のような麦粥をすすってるお前らに、せめてここでくらい味の濃いモン食わせてやろうっつー仏心を理解もできん生衆どもめ! ……そんなお前らへの、俺からできるせめてもの餞だろうが!」
「餞っつっちまってるよ……」
「やっぱ殺す気ではあるんだ……」
「ウルセェぞダボ! さっさと食ってとっとと死ね!」
ちと治安の悪い煤灰通りの店らしい暴言の応酬に、未だ慣れない目黒さんがビクビク震えるのを落ち着かせつつ、これだからなかなかみんなを連れて来にくいんだよなぁと苦笑するのだった。
今度はテイクアウトでも打診してみるか。
みんなで城壁の上で星空を眺めつつ、ここの麺を頂くのは我ながらとても良いアイディアに思われた。
一山儲けて親父っさんに2号店をウチの近所に出してもらってもいい。オイオイ一気に展望が開けたな。異世界初のコンサルとして財界に名を馳せるのもそう遠くない話かも知れんぞ。ヒモからコンサルの異色の経歴だ、胡散臭さが100倍になっちゃった。
しかし万一あの人に養い認定が繋がったら、ヒモバフでシチューが三倍くらい濃くなってマジで人死にが出かねないので、今回は自重しておこう……強すぎる力に伴う繊細な判断が僕には求められる……。
ふと視線を感じて隣を見ると、目黒さんがボウルを置いてこちらを眺めていた。
暖かな店の暖炉の温もりや、熱いスープのおかげか、上気したみたいにトロンとした雰囲気がある。もちろん髪で顔は見えないけれど、大好きな相手の事ならそれくらい見えなくても分かるしね。どうやら思い付きから始まった深夜のお出かけは、彼女にとって特別な時間であれたらしい。
「……と、とて、も……楽しくて、嬉しかった、です……また、いつ、か……こうし、て……夜のデート、しましょ、う……ね」
「……うん、もちろん。僕もその日が、とっても楽しみだよ」
騒がしい店内の喧騒が、一瞬しゅるりと伸びた影に遮られ無音の暗闇が訪れる。
ふわりと秋の香りを漂わせる髪が近づいて、掻き分けられた御簾の向こうからわずかに覗いた薄く小さな唇が、僕のそれに触れた。
とても僅かな時間。
けれどそれはまるで、日本で僕らが歩めなかった二人の時間くらい長くて。
夢みたいなほんの束の間が過ぎ。
何事もなかったかのように立ち消えた影のむこうから、先ほどと変わらない言い争いが現れる。
それがなんだか無性におかしかった僕らは、小さな声で笑い合うのだった。
■
後日。
宵闇に染まった通りを小走りに駆け抜け、『燻る火種亭』へ駆け込んだ僕は一も二もなく親父っさんへと注文をする。
へ、へへへ……お、親父っさん……!
あ、アレを、アレを一杯くれよ……!
手を震わせながらオリジナル濃厚シチューを注文した僕に、気風のいい親父っさんは妙に薄暗い厨房のむこうで人を食ったような笑みを浮かべ、「あいよ……」と返すのだった。
やっぱ絶対なんか良くない物入れてるってこの店。