ナジミの塔最上階。
この塔の実質頂点に居座ったスライムは過去数多くの冒険者を返り討ちにし、今まさに僕もその一人に加えられようとしていた。
「ゲホッ…」
鼻は左方向へよじれ折れ、そこから喉の奥へと流れていく血を僕は吐き出した。
どうにか立ち上がったが手足がガクガクと震えなかなか力が入らない。
たったの一撃を受けただけで…。
スライムにあるまじき破壊力。
顔面に受けた衝撃はゼリー状などではなくて重硬いゴムの様だった。
普通のスライムであれば弾丸のスピードで体当たりなどしたらスライム自体がバラバラに弾け飛んでしまう筈だ。
それくらいにスライムは柔く脆い生物なのに目の前のスライムは表情一つ崩さず相も変わらず不気味に微笑んでいる。
外見は大きさも色も全く変わらない。
だけどスピードもそれに乗せた体当たりの力も段違いだった。
逃げるべきか。
「……!!」
偶然かそれとも考えてのことなのかスライムは逃走経路である階段を塞ぐように立ちはだかった。
なんなんだよこいつは。
「勇者様今すぐ回復…」
「ダメだ!とにかく自分の身を守って!」
僕に駆け寄ろうとするマゴットちゃんをスライムから目を離さないよう指示する。
まともにくらったらマゴットちゃんの体力ではもたないかもしれない。
それに僧侶見習い中であるマゴットちゃんのホイミでは詠唱時間に加え効果が現れるまでに30秒はかかってしまう。
その間、患部に手をかざし続けていなければならない。
このスライムが待ってくれる筈がなかった。
二度目の攻撃を迎え討つ。
高校球児の投手の直球のようなスピードが僅か5メートルも離れていない距離から僕に襲いかかる。
白球であれば捉えやすいが青く透明がかったその塊はまさに消えた様な錯覚を起こさせた。
ガンッ!!!!
左腕、左肩が吹っ飛ぶかと思った。
どうにか皮の盾で受け止めることに成功するも盾が砕け散る。
しかし気にしている場合じゃない。
スライムの攻撃が止まり距離が詰まる反撃のチャンス。
力を振り絞り、銅の剣を振りかぶる。
「…ッ!!」
が、虚しく空を切る。
普通のスライムであれば百発百中に当てられる攻撃でもこいつには当てられない。
速い。
つうか銅の剣が重すぎる。
誰かナイフくれ。
「そうだ棍棒!マゴットちゃん棍棒貸して!」
「えっ、あっ、ハイッ!」
銅の剣よりはるかに軽い棍棒を投げ渡される。威力は若干劣るがまず当てられなければ勝ち目がない。
しかしそれを見たスライムがおかしな行動を取った。
体をフルフルと震えさせ始めたかと思うと、その体が淡い赤い光で覆われた。
「何してんだ!?」
「勇者様呪文です!! あれは多分、スカラかスクルトです!」
「じゅ、呪文!?」
物理攻撃から身を守ってくれる魔力の壁を作り出したんだそうだ。
もはや棍棒なんてスポンジか?
どうしたらいいんだ。
ごめんなさいするしかないんじゃないか。
頭良さそうだからわかってくれるかもしれない。
逃げようにもあの速さ。背を向けたらいい的だ。
判断を迷った隙にさらなる追い打ちがかかる。
スライムはなんと別の呪文を僕らに向けて唱えた。
今度は淡い青い光が二人の体を覆う。
「こんどはなんだ!? 」
「まずいです勇者様! ルカナンです! 」
先ほどの呪文の逆の効果だ。
つまりこのスライムの体当たりを受けたら悶絶どころで済まされない。
一発くらったら多分死ぬ。
マゴットちゃんもそう感じ取ったんだろう。
身動きできずに震えているのがわかった。
打つ手なし。完璧に終わった。
そう思った。
「二人とも伏せなさい!! 早く!!」
階下から突然の乱入者。
聞き覚えのあるキンとした高い声。
まるで人を言葉で刺すような言い方。
スライムに殺される寸前まで追い詰められた恐怖から凍りついてしまった体がその命令口調で一気に溶かされる。
僕とマゴットちゃんが瞬時に床に飛び退くと同時。
「ベギラマーー!!!!」
部屋全体が炎に包まれる。
その呪文は対象者を選ばず床から天井まで燃え盛り、本棚からベッドまで全てを巻き込んだ。
「あち!!あち!!やばい死ぬ!!ちょ待ておい!!」
当然床に伏せっている僕とマゴットちゃんにもその熱は及び、何が伏せろだボケぇと思いながら這いずり回って端へと逃れる。
そのわずかの間に閃熱の炎は粗方を灰に変えた。
その中心にいたスライムの姿はもうない。
あれだけ苦戦したスライムを一瞬で屠ってしまった。
「よしよし。ちゃんと生きてたわね。それでこそ勇者よ」
這いつくばった先に、自信過剰なまでの顔と態度を見せる魔法使いの子の姿があった。
乱れた金髪のツインテールを後ろに払いのけ、腰に手をおき、どうだと言わんばかりの表情を見せつける。
「僕らまで殺す気かよ!! マゴットちゃん大丈夫!?」
「は、はいなんとか……」
見るとマゴットちゃんの美しい青銀の髪が焦げかかっていた。
「だ、大丈夫です勇者様っ。ホイミで治りますから。それよりも勇者様のお鼻を先に治さないと」
すぐさま僕の方へ駆け寄りホイミを唱えてくれた。
骨折から焦げた髪まで修復できるとは万能だな。
「あんたやっぱりこの子と旅に出たのね」
「見ての通り、とても役に立つからね。ありがとうマゴットちゃん」
礼を言うとマゴットちゃんは顔を赤らめながらに、今度は自分の髪にホイミをかけ始めた。
「で? どうしてまた来てくれたの?」
「お父様に言われたの。説明したってわかってくれなかったし…。
仕方ないからその辺でくたばっているであろうあんたの死体を持って帰ろうと思ったら、ここまでたどり着いちゃったってわけ」
「勝手に殺すなよ…」
「そうね。少しは戦えるみたいだから、しかたないから。どうせすぐ死ぬだろうけどあんたが死ぬところまで付き合ってあげるわ。感謝しなさいよね」
なんつー言い方だ。
死ぬっつーか先にこいつの呪文の巻き添え食って殺されると思うけどな。
「なんか言った?」
「なんでもないです。よろしくお願いしますです」
結局3人旅になるのであった。