ゲマトリアの客卿
キヴォトス・某所ビルの一室。薄暗い部屋の中に、全身黒色の人型が立っていた。
人物の名は、通称黒服。キヴォトスに散らばる神秘と秘儀の探求、研究する組織、ゲマトリアの1人。
黒服は窓から眼下に広がるキヴォトスの夜景を眺めていた。聳え立つビル群の窓明かりが多く、明暗をはっきりと感じさせる風景。その中で一際目立つ建造物、サンクトゥムタワーを注視する。
「───サンクトゥムタワーの制御権を手放すとは、支配者になりえる力を何故……なるほど…これが先生、ですか。連邦生徒会長が呼び出した外部の存在……そしてあのオーパーツの主……クックック」
一時キヴォトスでは混乱が起きていた。連邦生徒会長の失踪によりサンクトゥムタワーの制御が機能しなくなっていた。だが、先生という一人の大人がこの騒動を終結させ、一躍時の人となっていた。そして現在はアビドス地区での活動も把握している。
黒服はその先生の手腕の一端を目視し、警戒と同時に敬意の感情を抱いていた。
「場を俯瞰する視野、且つ最適解の一手を打つ緻密性、卓越した戦術指揮、これによりアビドス生徒のデータの著しい上昇、たった数名の生徒でこの不利な戦局を覆すとは……なるほど、これは厄介なことになりそうです」
アビドス生徒のデータに疑問を抱いたカイザーPMC理事の依頼で、黒服は原因の調査をしている。
手にしている端末には、戦闘の映像や個々のデータ等が書かれていた。黒服はその中の1つに目を止めた。
「……小鳥遊ホシノ。キヴォトス最高の神秘………クックック、実に楽しみです。恐怖を適用できるかどうか、遅かれ早かれ、彼女はここに来る」
キヴォトス最高の神秘と呼称した生徒、小鳥遊ホシノ。黒服は彼女を手に入れる為にカイザーコーポレーションと協力し暗躍していた。かねてより勧誘を繰り返し行い、カイザーと根回しをし、外堀を埋めている。ホシノは気づかぬうちに雁字搦めになりつつある状況だ。
事が上手く運べば、ホシノは手に入ると黒服は計算している。だが、先生というイレギュラーの存在が、その計算を狂わせる要因になると踏んでいた。この懸念点をどう対処するか、黒服は考えを巡らせていた。不気味で静寂な薄暗い部屋に、足音がコツン、と響く。ソレは黒服へと向かって行く。
「ミメシスで観測した神秘の裏側である恐怖を適用する……ですか。純粋な神秘にまがい物を混ぜるつもりなら、実験は失敗に終わります。美しい灯火を汚す行為は忌避すべきです」
不気味で歪な空間に、不思議なほどに穏やかな声が広がる。
「ククッ……ようやく来てくれてたのですね─────燭光」
どことなく姿を現したのは、燭光、と呼ばれる人物だった。
白に近い灰色の長髪、左目には包帯、黒い外套を身に纏い、首には赤い縄が巻かれている。
女性的な容姿で常に瞑目し笑みを浮かべている。彼はゲマトリアに招かれた謎の客卿である。
「確かに、純粋なモノではありませんが、彼女の神秘ならそれを許容する可能性もあります。ともあれ実験をしてみないと分からないことです。仮定はその辺に、実際に目で確かめなければな気が済まないでしょう?私達は……………少々、貴方のやり方とは反しますが」
「その予測が外れないことを祈っていますよ。……それで、私をここへ呼んだのはこの計画に協力してほしい、ということで合っていますか?」
「クックック……ええ…」
黒服は端末を燭光に手渡す。そこにはアビドスの詳細が記載されている。燭光はそれに目を通す。
「狼の神に、おお……これが彼の最高の神秘。映像から神秘の強さを犇々と伝わってきます………美しい光ですね………貴方がこの光に強く興味を持つ理由が分かった気がします」
端末をスライドさせ、次々と情報を閲覧する。心なしか気分が高揚しているのが伝わり、黒服は少し嘆息し、やれやれ…と呆れた反応をした。
「先生──彼女が関与した神々の光が、ここまで強くなるとは!……特段目に付く動きはしていないのに………”生徒”と先生……目に新しいテクストです。そして聖櫃、神聖の器まで───なるほど、この関係性が───」
ブツブツと呟きながら端末に表示されているデータを読み進めていく。
その中で燭光は先生の存在に強い興味を抱く。先生自身と、先生と生徒の関わりに、燭光が求めるものがあると、その未知に答えがあると理解した。
彼は一体何を探求・研究をしているのか───彼が求める崇高とは─────
「ふむ、どうでしょうか?もし先生とご協力ができるのであれば、あなたが解釈する崇高の完成に近づけるかもしれません。私としても是非、先生とご協力できればと考えています」
「……ええ、協力しましょう。私は先生に強い興味があります。彼女を観測し、関与すればより良い光を捉えることができる。こほん………オーパーツは後日、貴方の事務所にお送りします。よろしいですか?」
「ええ、それで構いませんよ。……それでは契約を履行いたしましょう。私は貴方に現在のキヴォトスの情報と資金等の補助、並びに研究結果の共有を、貴方は私にオーパーツと古代技術の提供、そして此度の研究の協力です。内容に何か意見はありますか?」
「特にありません」
黒服は頷き、書類等が置いてあるデスクから1枚の紙を取り出す。黒光りする重厚な万年筆で契約内容を書き記していく。筆記音が大きく響き、黒服が発する特殊な黒煙が室内に充満する。この時間はいつになっても慣れない。
暫くして、書き終えた契約書を黒服はコピーし、それを燭光へ手渡した。
「契約書です。無くさないように保管してください。ああそれと、必要ないと思いますが……一応、警告しておきます……………もし契約を破る行為をした場合には──」
黒服は距離を詰め、至近距離で燭光を見下ろした。部屋の照明がチカチカと点滅する。燭光は笑みを浮かべたまま黒服を見上げる。
「そのような愚かな行いはいたしませんよ、貴方の”契約”に関しては特に。此方が不利になるだけですのでご心配なく」
「………」
ひび割れた白い眼光と、常に瞑目してある瞼が開き、視線を交差させる。暫くすると黒服は顔を逸らし、首を横に振った。
「………愚問でしたね、これは失礼を。………早く目を閉じていただけませんかね。貴方の目は少々、奇奇怪怪なものなので」
「失礼ですね。あなた方に比べたら普通ですよ、私の目は。それでは早速行動に移りますので、お先に失礼します」
そう云い、踵を返した燭光はその場から立ち去っていった。黒服は燭光の頭上に浮かぶ光を凝視しながらこう零した。
「クックック……気分が高揚しているのが丸分りですよ燭光。ここでは彼も生徒、ですか」
ゲマトリアの共通の目的は、「崇高」へと至ること、そして「色彩」の打倒だ。
その方法として、私達はそれぞれの方法でこの世界の解釈をしている。崇高というポイントは同じでも、それぞれの方向性は違うのだ。簡潔に例えると、黒服は”契約”マエストロは”ミメシス”ゴルゴンダ”テクスト”ベアトリーチェは”儀式”など、各々が異なる思想やプロセスで神秘を解明しようと暗躍、探求・研究を行っている。………あともう一人居た気がしますが忘れてしまいました。
何を言っているか分からないと思うが、皆自分の好きなようにしているってことだ。理解はできなくてもいい──元よりゲマトリアはおかしな奴らの集まり。神秘や秘儀など常人に説明したところで理解できるはずがない。私達が他人を理解できないように───己が目的の為にただ突き進むのみです。
燭光ことこの私が追及している崇高は「サクラメントゥム」だ。手の届かない神秘を”光”と解釈し、その光を用いて、神の見えない恩寵を具体的に見える形で表すことが目的だ。それは様々な儀式の形で表される。古代技術やオーパーツもサクラメントゥムに欠かせない要素だ。方向性はベアトリーチェと似ているだろうか……目的の為なら他のメンバーのやり方も取り入れますよ。
私は光を重んじ、納め、顕現させる───キヴォトスの神秘神聖を収集し「サクラメントゥム」を実現させ、かつてのキヴォトスの光景をまた目にできれば───その為に、先生と生徒達が魅せる光を、この眼で見届けなくては───。
私は包帯が巻かれている左目に手を当て、目的の地へと足を進めていった。
「ふむ、興味深い報告だった。ここまでの練習を拝見したよ。で、実戦はいつだ?」
「……うぇ?あれが実戦だったんです……が……その…」
便利屋68の社長、陸八魔アルは力なくそう答えた。
カイザーPMC理事の依頼により、アビドス高校の襲撃を受け持つことになっていたが、その依頼は失敗に終わった。事前に傭兵を雇い、準備万端かと思いきや、先生の指揮によるアビドス生徒の連携により、見事に瓦解してしまった。さらに、リソースを傭兵に使ったことにより、資金は底に付いていた。
「…………そうか。ふむ、少し待っていてくれ」
「え?あ、は、はい…」
ポップな保留音が耳の中に流れ込んできた。アルは戸惑いながら応答を待つ。見かねたのか、社員の1人である課長の鬼方カヨコはアルへ話しかけた。
「どうしたの社長、もしかしてクビになったとか?」
「い、いえ、そうじゃないわ……少し待っててくれと言われて、今応答を待っているところなの」
受話器を片手に持ち、少し落ち着きを取り戻しながら答える。そのアルの元に近づいたのは同じく社員の1人である室長の浅黄ムツキ。
「でもさアルちゃん、このまま続けるつもりなの?お金は使い果たしちゃったし、あっちにはシャーレの先生がいるじゃん、どう戦うのさ?」
「うぐっ…」
「でっ、でしたらわっ、私がバイトでもしてきましょうか?」
平社員の伊草ハルカがオドオドしながら提案する。
「その稼ぎで傭兵を雇うには、全員であと1年は働かないと……」
カヨコは嘆息しながら答える。高いオフィスを借りてることもあり、お金は減る一方でいた。アルは言い返そうと口を開こうとしたところで、受話器から流れる保留音が途絶え、電子を帯びたような低い声が耳の中を通っていく。アルは慌てて受話器を持ち直し、人差し指を立てて皆に静かにとジェスチャーで示す。
「すまない、待たせてしまったな」
「あ、いえいえ!お気になさらず!そ、それで……」
「ああ、相手側の情報を再確認していた。どうやら厄介な大人が関与していたみたいだな」
「え、えっと……はい…」
計算外であるシャーレの先生のことだった。今回の依頼失敗の原因でもある。たった5人の生徒達だけで戦場を膠着状態にしたその手腕は、脅威的だったと振り返る。
「外的要因によりアビドス生のデータが変化したのは、お互いに想定外だった。今回の反省を踏まえ、此方も新たに人員を確保した」
人員の確保とはどういう事だろうかと訝しむ。傭兵や兵士などを送るのだろうか。アルはそう思いながら聞き入る。
「此方の人員を1人便利屋に送る。そいつは様々な知識や力を持っている。なによりあの先生と呼ばれる大人と同じ、外から来た人間だ。必ず役立つはずだ」
「送るって……その、私達便利屋だけでもやれます。支援してくださるのは助かりますが、その……私達便利屋と連携できるかどうかも分かりませんし……」
自分達の仕事の介入に、依頼人であるとはいえ、便利屋としてのプライドが許さなかった。今回の依頼は失敗してしまったが、必ず4人で乗り越える気概があると自負している。今までもそうだったからだ。手付金を貰わないのもその理由が関係している。
「フン、ならどうするかね?相手はお前達の情報を洗い出しているだろう。対策されて、また失敗する確率が上がるだけだ。こちらとしても依頼は確実に成功してほしいんだがな………試しに1週間そいつを補佐として使え。金さえ貰えれば何でもするんだろう?」
苛立ちを含んだ声色で苦言を呈される、受話器を持つ腕が少し震えるが力を入れて抑え込む。自分達の事情で依頼を遂行できないのは、便利屋として、社長として、情けない。アウトローとしてここは覚悟を決め、承諾の返事を返す。
「わ、分かりました……い、1週間ですね…?、あ、も、もちろん実戦の方も1週間以内で……という感じで…」
「!!」
「!?」
カヨコとムツキは一驚の反応をした。今の状態で依頼を遂行するのはかなり厳しい。いつもの見栄っ張りだろうかと、2人はアルを見つめる。
「ええ、はい。ふふっ……お任せください」
アルは悪い笑みを浮かべながら電話を切った。その直後やつれたような顔に変わり、椅子の背もたれに深く寄りかかった。そんなアルに困惑しながらカヨコは問う。
「社長、一体どういうこと……?まさか、また戦うの?」
「……あのクライアントは、カイザーPMC代表取締役、超大物なのよ。……この依頼は失敗するわけにはいかないわ……」
「さっきも言ったけど、もうお金もないし、どうするのアルちゃん?」
「………融資を受けるわ」
「え?アルちゃんはブラックリスト入りしてるでしょ」
「違うわよ!私は指名手配されて口座が凍結されただけ!」
ムツキが次々と指摘を受け、アルは声を荒げながら反論する。カヨコはいつものように呆れながら見守り、ハルカはあたふたしながら待機している。そんな問答の中で、事務所のチャイムが部屋に木霊する。一同動きを止め、扉の方を見る。
「こんにちは。ここが便利屋の事務所で間違いないでしょうか?突然の訪問をお許しください」
扉の奥から、穏やかで優しい声がこもった形で聞こえてくる。皆は顔を見合わせる。数秒思考ゆえ、アルがハルカに応接の指示を出す。ハルカは頷き、扉をドアノブに手をかける。カヨコは警戒を緩めずに懐に忍ばせてあるデモンズロアを握る。そして扉が開かれる。そこには、自分達と歳が変わらないであろう人物が立っていた。
「こんにちは。アポを取らず、突然の訪問をお許しください」
「あっ、い、いえっ!、お、お気になさらず…」
上品な物腰に、戸惑いながら対応するハルカ。普段相見えないであろう人間だと感じ取ったカヨコは、ハルカに不向きだと思い、代わりに質問をした。
「大丈夫だけど……あなたは?」
「失礼しました、先に名乗るべきでしたね。ふむ、名は色々ありますが……ここは生徒として名乗りますか。こほん、私は乃水サクラと申します。以後お見知りおきを」
乃水サクラと名乗った少女?は笑みを浮かべる。カヨコはその人物を上から下まで観察する。
白に近い灰色の長髪に、左目に包帯が巻かれている、黒い外套又はローブを纏い、彫刻が入った奇抜な杖を突いている。ヘイローはアルファベットの”X”と”P”の文字を組み合わせた形をしている。見た印象から、か弱そうと受けた。
ちなみにこの生徒の正体は燭光だ。カイザーPMCと黒服が協力していることを踏まえ、生徒の立場を利用して目的を果たせと指示を受けた。燭光も同じ考えだったこともあり、指示を承諾し現在に至る。
「……で、乃水サクラ…さん?便利屋に何か用かな」
「クライアントから言われてませんでしたか?アビドスを襲撃するにあたって補佐を送る…と」
カヨコは目を細める。自分達の依頼内容を知っている人間……クライアントの仲間か?それとも……
説明を求める視線をアルに向けた。
「あなたが……先に説明すべきだったわね。さっきの電話でクライアントから依頼の為の補佐を送ると言われたのよ、正直私達だけで十分なんだけど……頑なに押されて仕方なく承諾したのよ」
「補佐って、ただ1人なの?意味あるのこれ?あ、ごめんね、君のことを悪くいってるわけじゃないからさ」
ムツキは思ったことを口にするが、相手に失礼だと思いすぐ謝罪した。だが当然の疑問でもあった。
1人増えたところで助けになるかは分からない。便利屋の連携に付いていける疑問であり、尚且つ杖を突いているのを見るに、戦闘などのアクティブな事も期待できない。これならば以前に雇った傭兵達の方がまだマシだと考える。
「貴方が社長の陸八魔アルさんですね?ご心配には及びません、文字通りの補佐です。ご自由に指示や命令をして下さって構いません。私があれこれと指示や命令をするわけではないので、そこはご安心を」
「……それならいい……けど……依頼の内容は分かっているわよね?襲撃は主にアビドスを攻めるのだけど、見るからに……失礼だけど、体が不自由な人が付いていける仕事ではないわ。……やっぱり無理にでも拒否するべきだったかしら……」
杖を突いているのが瑕疵になったか、やや突っぱねる対応を受けた。それは無理もないことだった。
依頼はアビドス高等学校並びにアビドス生徒の襲撃、戦闘は避けられないのは明白である。杖を突いており、か細い容姿の燭光を目視すれば、役に立たないと考えるのも仕方ない。寧ろ此方を思っての発言と云えるだろう。
「確かに杖を突いているのは体が弱いのが理由です。ですが、役に立たないかどうか判断するのは些か早計かと……」
そう云いながら、事務所内にを歩き始める。カヨコは燭光から不気味な雰囲気を感じ取った。理由は不明だが、なぜか冷や汗が流れ始める。
「私はキヴォトス外から来た人間です。キヴォトスにない技術や知識を持っていますし、皆さんにない力も持っています。そうですね…………例えば、こんな風に」
燭光はいつの間にかアルの背後に移動し、杖の先端を首元に当てていた。
「え?」
便利屋の皆は激しく動揺する。先ほどまで扉付近に居たはずなのに、いつの間にかアルの背後に回っていた。意識した途端にはそこには姿がなく、代わりににアルのへんてこな声がポツリと零れていた。
アル以外の3人は一斉に銃を構えた。ハルカは銃を構え、燭光へと襲い掛かる。
「お前ぇッ!!アル様から離れろぉッ!!」
「待ってハルカ!!」
カヨコの静止の声は届かず、ハルカは燭光へ肉薄する。寸でのところで部屋の照明が消えると同時に燭光も姿を消した。
「ッッ────!?」
皆に大きい違和感が走る。それは、室内がまるで深夜と同等の暗闇に染まっていたからだ。部屋の照明が消えた程度でこの暗さはおかしい、消えても日中の日差しが窓から差すはずだ、カーテンは開けっ放しのまま、時間帯は昼間のはず、なのにこの暗闇は何だ。突然光を失った彼女達は動揺しながらも応戦の姿勢に入る。
アルやムツキは慣れない状況ながらも、懐からタクティカルライトを銃に取り付ける、カヨコは冷静に努めながら、壁を伝って照明のスイッチを手探りで押そうとする。
「ふふっ、もうちょっとこっちですよ」
耳元で不気味なほど穏やかで優しい声が囁かれる。自分の手を掴み、突起した部分に添えさせる。照明のスイッチまで移動させたと理解したカヨコは、片腕を素早く横に振るうが、ただ空気を切るだけだった。カヨコは大声で皆に呼びかける。
「みんな気を付けてッ!!」
素早くスイッチを押し、部屋の照明を点ける。先ほどの暗闇が嘘のように部屋は明るくなった。燭光の姿を捉える為、素早く周りを見渡す。その燭光はムツキの背後に移動しており、ムツキの頭を撫でていた。
「いい反応です。突然の事態の対応に慣れているみたいですね、鬼方カヨコさん。過去に───」
何か言いかけたところで、ムツキは銃身を背後に向けて大きく振るった。だがまたしても空気を切るだけで終わる。
「危ないところでした。少しでも反応が遅ければ私は重傷を負っていましたね。……フフ」
声が聞こえた方向に皆は一斉に視線を向ける。燭光はソファーに腰かけていた。手を膝上に揃え、丁寧に座っていた。
「お前ッ…くっ、殺すッ!!」
「待ちなさいハルカ!!」
アルが大きな声でハルカを呼び止める。ハルカは直ぐに動きを止めた。アルはソファーへゆっくり歩きだす。
「アル様……」
「大丈夫よ」
優しくそう云い、ソファーに座り、燭光を見据えた。
「どうでしょうか?これでもお役に立てませんか?」
「……あなたのことは分かった。失礼だったわ、体が不自由って言って、ごめんなさい」
「お気になさらず、不自由という程ではないですが、体が弱いのは事実ですので」
杖は握っておらず、真横に置いてある。攻撃の意図はないと分かったが、それでも警戒を怠らず、燭光が座っているソファーの後ろにカヨコとムツキが回る。ハルカはアルの横で待機し、燭光を射殺すような視線で見ている。
「さっきの瞬間移動みたいなアレ、自分の実力を示す為にやった───ってことでいいんだよね」
カヨコは銃を何時でも向けれる位置に手を置き、そう問いただす。
「はい、実際に示した方がご理解いただけると思いましたので」
「へぇー、サクラちゃんは他にああいう手品みたいなことができるの?」
ムツキは身を乗り出し、燭光に至近距離でそう問う。
「ええ、それはもう色々と、楽しんでいただけましたか?」
「……うん!すっごく楽しかった!!お礼にムツキちゃんがよしよししてあげるね~」
そう云って燭光の頭を撫で始める。ニコニコと笑っているが、どこか威圧的な雰囲気を醸し出しながら少し強引な手つきで撫でている。
「ふふっ、さっきの仕返しですか?かわいいですね」
「…………ふんっ」
「痛いですよ、もう」
飄々とした様子が気に障ったのか、ムツキは燭光の側頭部をゴリゴリと押す。燭光は変わらず笑みを浮かべているが、冷や汗を流し、心なしか顔色が悪くなっている。
「あの、本当に痛いので、その辺に………」
「んー?なぁーにー?」
「困った子っ…ですねっ……ふんっ」
「わっ!?」
ムツキの腕を掴み、自身の元に身を寄させた。丁度膝元にムツキの頭がくる形になった。額を軽く指で弾く、所謂デコピンだ。「いたっ」っと可愛らしい声を漏らす。
「困った娘ですね……そんなにお父さんに構ってもらいたいですか?」
揶揄いを込めてそう呟き、優しく頭を撫でる。この光景に皆は少し困惑しながらも、警戒を少し緩めた。ムツキは不服そうに燭光から離れた。人を揶揄うのは得意だが、自分が揶揄われるのは慣れていないようだ。
「戯れはここまでにして、そろそろお返事を聞かせていただけませんか?陸八魔アルさん」
アルは腕を組み、目を閉じて長考する。暫くして、アルは返事を返す。
「─────いいわ。1週間、行動を共にしましょう」
「アル様!?」
「………」
「くふふ……」
アル以外の3人は多種多様の反応をする。
「ふふ、ありあがとうございます。正直、ここで断られてしまうと困ってしまいます。あの理事になんて言われるか……考えるだけでも面倒くさいことこの上ない」
「───ただし、条件があるわ」
「…………ふむ」
条件の付ける、一体どのような条件だろうか。補佐として潜入し、アビドスと接触する機会に支障がきたさなければいいが、だがここで否を表せば、それこそ機会事態がなくなる。ここは譲歩すべきだと判断した。
「その条件とは?」
「それは、”便利屋68”の臨時のアルバイトとして働いてもらこと、そして依頼料の増額よ。これが呑めないのならお引き取りを」
「後者は理解できますが、前者については、貴方達にとってメリットがないと思いますが」
「そうでもないよ、クライアントがアンタを補佐と銘打ってるけど、私達の動きを制御、または誘導して事を有利に進めようとしている監督役……そんなところかな。ヘルメット団に続き私達も失敗したからか、焦って送り込んだんだろうね」
カヨコがアルに変わって話始める。
補佐を送り込んだこの件、先ほどの燭光の能力を見て、只者ではないと推察した。便利屋を上手いように使って事を進めるつもりだとカヨコは懸念する。そのように誘導できる実力があると、確実な根拠はないが、カヨコの長年の勘でそう感じ取った。
「なるほど………私を便利屋として雇い、カイザーPMCの指示を遮断させる。私が裏から手を回すと警戒していると。まぁ、すぐに信用を得るのは難儀なことですし、仕方ありませんね…」
わざとらしく肩を落とす仕草をする燭光。だがすぐに姿勢を正した。
「しかし……そんなことをせずに、クライアントから手付金を頂ければ、如何様にもできると思います。資金に充て、傭兵やら、爆薬など、様々な方法でアビドスを攻められます。私を雇わずに、手付金でやり繰りできると思いますが」
カイザーPMCなら手付金ぐらい容易くくれるだろうに、そう思いながら疑問を投げる。
そんな燭光に対し、粛然とした様子でアルは答えた。
「手付金は貰わないわ。貰ったらクライアントの命令に従わざるを得なくなる可能性がある。華麗に仕事を終えてから依頼金を受け取る……それが私達のやり方よ。なにより私達は───」
「法律と規律に縛られない、ハードボイルドなアウトローよ!私達が望まない行動を強いられるかもしれない、だから依頼料は絶対に成功報酬として受け取る、これが便利屋68。ご理解頂けたかしら?」
アルが掲げる便利屋68のビジョン、何者にも縛られないアウトロー、その力強い気概を示したアルに3人は笑みを浮かべた。
「アウトロー……ですか……ふふ、フフフフッ…面白い……分かりました。便利屋68のアルバイトとして働かせて頂きます。目的はアビドスの襲撃、その為の立場は関係ない。このことは私から理事に報告しておきます。これからよろしくお願いしますね、アル社長。それと先輩方?」
そう云って微笑む燭光、まだ信用は得ていなく不気味な人物だが、アルの指示に皆は承諾した。
「覚悟しておくことね、依頼は絶対に成功させる。失敗は許されないわ!厳しくいくからちゃんと付いて行きなさいよ!」
きっぱりとした表情でそう云い、燭光は変わらず微笑んでいる。アルは決まった──そう思った矢先に、ムツキが横槍を入れる。
「でもアルちゃん、お金全部使い果たしちゃったんだよ?このままじゃ何もできないよ?たった今1人人員が増えただけまだマシかなー」
「うっ」
「融資を受けるって言っても、口座は凍結されてる、中央銀行に行っても門前払いだろうね、そして乃水サクラを雇ったってことはもう1人分の給料が発生するわけだけど…………今の状態じゃ支払うことはできないだろうね……はぁ」
「ううッ…」
さらにカヨコも便乗する。燭光1人増えても現状は変わっていないのだ。更なる負担になるとも云えるだろう。
「……すでに資金が尽きていたのですか………資金調達の経験はないので、少し思案の時間をください」
これには燭光も戸惑っていた。さっきまでの決まった雰囲気は消えて、今は頼りない様になっている。それを誤魔化す為か、アルは勢いよくソファーから立ち上がった。
「だ、大丈夫よ!他に方法があるんだから!安心しなさい!こほん……取り敢えず、私に付いてきなさい!」
アルはそう云い、勢いよく事務所から出ていった。カヨコは嘆息し、ムツキはにやにやと笑い、ハルカは慌てて後を追う。
この賑やかさは慣れませんが、悪くないですね、この4人の織り出す光も大変興味深いですが、先ずはホルスの神秘とシャーレの先生が優先です。
「ほら、行くよ。それとも手を貸そうか?」
「……大丈夫です。早く後を追いましょうか。それと、私のことはサクラで結構ですよ」
「……分かった、行くよサクラ」
「よろしくねー。サ・ク・ラ・ちゃん♪」
便利屋の皆さんと居れば暫くは退屈せずに済みますね、あの薄暗いカイザーの基地にいるよりマシです。ふふっ、久しぶりにキヴォトスに帰ってきたからでしょうか……ずっと気分が高揚しています。シャーレの先生、暁のホルス、死のアヌビス……早く彼女達の光と関わりたい……
燭光は自身の興奮を沈めながら、杖を手に取ってアル達の後を追いかけた。そして───
便利屋68With燭光が着いた目的地は、違法と犯罪が蔓延っているブラックマーケットだった。
設定やキャラクター、文章についておかしい所が有ればご指摘くださると幸いです。
修正は度々します。
燭光が持っている奇抜な杖は、取っ手の部分が燭台の三枝のようになっています。特殊な灯火が宿るオーパーツでもあります。
久しぶりにキヴォトスに帰ってきた、と言っているあたり……彼は過去のキヴォトスに存在したそうですね…………
元ネタ集
生徒名である乃水サクラ、ノミナ・サクラは神聖名を意味するラテン語、詳しくはWikipediaで。
燭光のヘイロー、XとPを重ねた☧(カイ・ロー)、モノグラム。イエスキリストの象徴となっています。