覆面水着団強盗事件から明けて翌日の早朝、事務所の扉を開けて「おはようございます」と燭光は朝の挨拶する。ムツキは元気よく「おはよー」と返し、カヨコも「おはよう」と返す、至って通常通りだ。ソファーに座り、テーブルの上で銃の整備をしている最中だと見て取れた。
「おや?ハルカさんとアル社長はまだ来られていないようですね」
「ハルカは今倉庫にいて次の襲撃の準備をしてる。社長はまだ来てない」
「そうですか………ふむ」
「どうしたの?サクラちゃん。取り敢えず隣に座りなよー」
ムツキの気遣いに応じて隣に座る。燭光はテーブルの上に置いてある銃を凝視ていた。
これが現在のキヴォトスの常識である銃火器──ですか。この武器で彼女らは日々どんぱちと過ごしているのですね。
過去のキヴォトスの情景を思い浮かべ、現在のキヴォトスとの明確な相違を強く感じさせるモノだ。そんな思いを巡らせていると、前方に居るカヨコから声を掛けられる。
「そういえばさ、あんた、銃持ってる?」
「ふむ…………持っていませんね」
燭光の気にもに留めていなさそう返答に、カヨコとムツキは過敏な反応をする。キヴォトスに於いて、銃火器や爆弾を常に所持するのが基本であり常識である。とある統計によると、銃を持っていない生徒より、裸で歩いている生徒が多い──と語られている程だ。持っていない人間は悪目立ちしてしまい、不良の類に絡まれる確率が飛躍的に上昇してしまう、それがキヴォトスの認識なのだ。加えて体が弱いと告白している燭光、杖を突き、如何にもか弱い風貌だ。そこら辺を歩いているだけで直ぐに付け込まれるのが想像できてしまう。
「ちょ、ちょっと!……それはマズいよサクラちゃん。ハンドガンくらいは持ってないの?」
「持ってませんね、あるのはこの杖と現金と……少しのオーパーツですね」
「はぁ……外から来たからか、まだキヴォトスの常識に慣れていないのも頷けるけど……」
「銃火器など所持しなくても、私は様々な攻撃手段があるのでご心配なく」
違う、そうじゃないと首を振る2人に、首をかしげる燭光。
「大した自信だけどさー、それでも所持はしておいた方がいいと思うよ。目に見える形で持ってるだけでも随分違うからさ」
「倉庫に拳銃が入ったケースがあったはず……丁度いいや。サクラ、倉庫に拳銃が一丁あるから、それを持っておいて。ついでにハルカの手伝いもできればよろしく」
「ふふ…………課長からそう言われたのであれば、指示に従う以外はありませんね。分かりました。暫く貸して頂きます。ありがとうございます、カヨコ課長、それとムツキ室長」
「肩書まで言わなくていいから……」
「くふっ、ホント丁寧な口調だよね~、もっと砕けた感じで喋ったらいいのに」
「生憎と、元からこの口調なので悪しからず」
最初は一般的な生徒に扮しようとしましたが、一般的な生徒の定義が分からなく、そして気分も思いの外乗らず、結局はありのままの態度で迎える形になりました。ふむ、私は意外と演じることが苦手かもしれませんね……
柄にもないことを思いながら、燭光はハルカが居る倉庫へと向かっていった。
◆
アビドスの再襲撃の準備の為、ハルカは倉庫に置いてある爆弾等の荷物の降ろしていた。地の利を生かせる場所にアビドスの連中を誘い出し、爆弾を埋設したゾーンで追い詰める作戦だ。バッグに爆弾を敷き詰めていたところに、燭光から声が掛かる。
「おはようございます、ハルカさん。朝早くからお疲れ様です」
「あっ、はい!おはよう、ございます…サクラさんっ」
多少のどもりがありながらも挨拶を返した。そんなハルカを見て微笑む燭光。倉庫に来た旨を説明し、一緒に作業することを聞き入れてもらった。
「え、えっと……確かこの棚に……あった。こ、このケースに拳銃が入っているので、どうぞ…」
「ありがとうございます」
ケースを貰い、そして開ける。中には小じんまりとしたハンドガンがあった。それを手に取り隅々まで熟視する。グリップには”VP9”という刻印が刻まれていた。
「こ、この拳銃なら、サクラさんでも十分に扱える……と思います」
「確かに、このサイズなら扱えるかもしれませんね」
銃を懐に入れて、作業の手伝いに入った。黙々と作業している中、チラチラとハルカから視線を感じ取った燭光は、作業ながらで話しかけた。
「ハルカさん」
「ひゃあ!?は、はいっ!」
「ここ2日3日と共にして、私のことはどう思うようになりましたか?」
「え…?」
燭光から突発的な質問に、戸惑うハルカ。逡巡しそうにそうなりながらも、その問いに答える為、自分なりに振り返ってみる。
最初はアル様に弓を引いた敵──怪しい人物と思っていた。いつでも殺せるように注意していた。そして昨日、融資の審査の待ち時間に、互いに会話できる機会があった。暇だったこともあり、それとなく受け答えることにした。正直アル様を攻撃した奴とお喋りしたくなかった気持ちがあったけど、その時は偶々気まぐれで応じたんだろう、と振り返る。会話した結果、私の趣味である雑草について、意外と話が合った……というか、馬が合った……という感じになった。
私なんかの趣味の話を真剣に聞いてくれて、雑草のことも理解をしてくれた人……そして、アル様やみんなのサポートもしてる人のことを、私はもう敵として認識していなくなっていた。
「さ、最初は、敵……と思ってましたが、い、今は、便利屋の、一員……仲間だと、お、思ってます……!」
たどたどしくなりがらも、答えを返すハルカ。その答えを聞いた燭光は深い咲みを浮かべた。
「ありがとうございます…!ハルカさん。正直、まだ嫌われているかと思っていました。ふふっ」
燭光は嬉しそうにハルカへ駆け寄り、抱き着いた。戸惑いで体を固まらせ、赤面するハルカ。
「えっ、エッ!?さささっ、サクラさん!?ど、どうしました!?」
「ごめんなさい、つい揶揄い癖が出てしまいました。嫌なら突き飛ばして結構ですよ」
「い、いやっ、嫌なわけじゃ、ない…です、けど…」
「ふふっ……1週間だけなんです……お友達は初めてで、もっと仲良くなりたいんです……この様なスキンシップは慣れませんか?……私は……」
ふと
今、自分に抱き着いているのは、寂しいから?それとも、嬉しいからか?分からない。だけど、
「だ、大丈夫です…よ?、皆さんも、サクラさんのこと、仲間、だと思ってます……私も、です。だから、その……これからも、仲間ですよ…?」
慣れない言葉で答え、弱々しく腰に手を回す。
今までの
燭光はハルカから離れ、安堵した表情でハルカを見つめる。
「……ふふ、ありがとうございます。ハルカさん。お陰で元気が出ました」
「あ、よかったです…突然びっくりしました…」
「確かに、いきなり女性に抱き着くのは、流石に失礼でしたね。不躾なことをしてごめんなさい」
「い、いえいえ!だ、大丈夫ですっ。わ、私なんかに、抱き着いちゃって、逆に申し訳ないです!」
「?……ハルカさんが謝る必要はないと思いますが」
そういえば──と、
「ふぇ!?、しゃ、しゃくらしゃん!?」
「顔、真っ赤っ赤ですよ?フフフ…」
「ふにゅ、ほおが、ほおがのびて、ふぐ!」
「ふふ、可愛いですよハルカさん。さっきは恥ずかしい姿を見せたので、これでお相子です」
燭光はハルカの頬を伸ばしたり、捏ねたりと、やりたい放題に遊んでいた。暫くして、燭光は手を放し、満足そうにしていた。ハルカは頬を抑え、照れながら燭光をチラチラと見ている。
「さて、そろそろ作業を終わらせましょうか」
「あ、そ、そうですね……」
まだ作業の途中だったことを思い出し、そそくさと作業を再開した。チラチラとハルカの視線を感じながら、燭光は冷静にこれからのことを計算していた。
(これでいいでしょう。少し強引でしたが、ハルカさんの信用を得ました。これからの事を踏まえ、便利屋の皆さんとは親密な関係でいた方がいい)
計画は今のところ滞りなく進んでいる───次のフェーズに入る為、燭光は考えを巡らせながら作業を進めた。
◆
「おはよう…」
「おはよー……って、うわっ、アルちゃん徹夜でもした?」
皆より遅めに起床したアルの顔を見て、ムツキは驚きの声を出す。げっそりとしていて、徹夜したと云ってもいい顔色だった。
「ちゃんと寝たわ……」
力ない声でそう答える。カヨコはそんな様子のアルを見て心配になるが、いつものことだと呆れ気味な表情をする。
「おや、おはようございます。アル社長」
「ただいま戻りました」
「おかえり、ハルカ、サクラ。お疲れ様」
作業を終えたハルカと燭光が事務所へ戻ってきた。皆が事務所に集まったことを確認したムツキは、アルに今回のアビドス襲撃の計画の説明を始める。
「アルちゃん、次のアビドス襲撃の計画、考えたよー。ね?カヨコちゃん」
「うん、あらかじめ爆弾を数十か所埋設して、そこに
「…………」
アルはウトウトとしていた。やはり徹夜による寝不足かと見受けられる。
「社長、聞いてる?」
「き、聞いているわ!ちょ、ちょっとした考え事よ…」
「アル社長、眠気覚ましにコーヒーはいかがですか?用意しますよ」
「………お願いするわ…」
燭光からコーヒーを貰い、啜りながら今回の計画を聞くアル。この計画で進めることに異存はないことを示す。
「ねえ、そんな悩むくらいしんどいならさ、そのバッグのお金貰って資金に当てちゃえばいいじゃん」
社長デスクの横には、覆面水着団が置いていった、大量の現金が入っているバッグが置いてあった。
それを横目に、アルは首を横に振る。
「それはダメ、なにせこれはあの子達の忘れ物……それを使うなんてかっこよくないわ、アウトローの名折れよ」
「うーん……手付金は……ダメだよね」
「それは前にも言ったはずよ」
「どうしますか?私のオーパーツをまた売ればそれなりに資金を得られますが」
「大丈夫よ、サクラは十分に役に立ってもらったわ」
燭光がオーパーツを数個売りに出したことで、多少の資金を得ることができていた。今回の襲撃にその資金を殆ど使ってしまっている状況だ。
「何回も言うけど、依頼料は絶対に成功報酬として受け取る。そうでないと私達の追及するビジョンは達成されないもの」
「ビジョン?そんなのあったけ?」
「あるわよ!法律と規律に縛られないハードボイルドなアウトロー!それが便利屋68のビジョンでしょう!!」
2日前に聞いたな、と回想する燭光。アルは背もたれに深く寄り掛かる。
「強がってないでゲヘナに帰るのも手だよ。社長」
「うっ、べ、別に強がってなんか…」
「でもさー、風紀委員の奴らが黙っちゃいないよー?」
「確かに、風紀委員会は厄介な存在」
ゲヘナ学園の委員会の1つ、風紀委員会。
銃弾飛び交うキヴォトス内でも特に治安が悪いゲヘナ学園の秩序維持を担っている組織だ。キヴォトス最強と言われており、その最たる理由は、風紀委員長──空崎ヒナの存在があるから──と言われている。
「──でも風紀委員の戦力の大半は、彼女が担っていると言っても過言じゃない。言い換えるなら、ヒナ以外の風紀委員は大したことないってこと」
「言うねぇ、カヨコっち」
ムツキがニヤケる。カヨコは補足として、「計画さえキチンと練ればね」と答える。
「……今更ゲヘナに戻るという選択肢はないわ。法律と規律に縛られない、ハードボイルドなアウトロー…」
「それが、便利屋68のビジョン、だっけ?」
「っふふ………その通りよ…」
ゲヘナ風紀委員会ですか。
黒服の情報によると、キヴォトスで、暁のホルスに続き、強い神秘を持っている生徒がいる組織……だと聞いていますね。空崎ヒナ……ですか。ふふ、いつか相まみえるのが楽しみです。
「アル様、いつでも言ってください。私がこの手で、全部吹っ飛ばしてやりますから……この手で…」
自信が溢れているハルカに、アルは少々呆然とする。その直後にお腹が鳴った音が響き渡る。
「ちょっとアルちゃーん、お腹も減ってるのー?」
「ふふ、そろそろお昼ですしね」
「う、うるさいわねっ!」
「ご飯に行こうか」
「ええ……そうね」
「ラーメンにする?柴関?」
皆はぞろぞと事務所から出ようとする。ハルカは戸惑い、皆を見つめる。そんなハルカを燭光は気に掛ける。
「ハルカさん。どうしましたか?」
「えっと、あの…」
「いいからいいから、他のバイトちゃんは午後から入るみたいだし、気にしない気にしない」
ムツキはおちゃらけた様に手招きする。燭光はハルカの肩に手を回し、一緒に事務所から出る。
「わっ、さ、サクラさん」
「ほら、行きますよ。焦ることはありません」
「くふふ、お二人さん、なんかいつの間にか仲良くなったんじゃない?」
「ふふ、そうかもしれませんね」
皆と雑談をしながら、柴関ラーメンへと足を進めていった。
◆
とあるビルの一室。薄暗い部屋に、ブラインド越しの日の光が差し込んでいた。
部屋の中央の奥に、大きなデスクがあり、そこに黒服は座していた。肘を付き、ある人物を待っていた。
「クックック、計画は順調の様ですね。燭光」
パソコンのモニターを見ながら、そうポツリと独り言を零す。そして部屋のドアが開かれる。
「お待ちしておりましたよ、暁のホルス。いえ、小鳥遊ホシノさん」
「…………なんの用なのさ、黒服…」
ホシノは黒服を睨みながら吐き捨てるように口を開く。
「ククッ、色々と状況が変わりましてね。今回は再度、アビドス最高の神秘を持つホシノさんに、ご提案をしようと思いまして」
「ふざけるなッ!!!それはもう…!」
「まあまあ、落ち着いてください」
椅子を引き、ホシノを見据える。
「あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ」
「興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください」
黒服の笑い声が響き、ホシノは不愉快に顔を顰めさせる。
「この………下衆が…」
さて、燭光。あなたが提示したこの契約書……一体どこまで考えているのか、見届けさせていただきますよ。クックック……
黒服の手元にはもう1枚の契約書が重なっていた。
◆
おまちどー!と溌剌とした声が響き渡る。時間帯は昼頃だが、客は自分達だけだと周りを見て把握した。アビドスの人口問題が理由だろう。
「ひ、一人につき1杯……こんなに贅沢してもいいんですか?」
柴関ラーメンに到着し、テーブルに着いた便利屋の元にラーメンが5杯が置かれた。
「こんなに美味しいのにお客さんがいないなんて」
「きたきたー!いただきまーす!」
「ありがとうございます、柴大将」
「いいってことよ!うちのラーメンを食べにわざわざ来てくれたんだ、いいも悪いもあるもんかい!」
腐った大人ばかりだと思いましたが、こんなに人がいい大人の方が居たのですね……素直に感動しました。
燭光は柴大将の人当たりに感激し、ハルカは何度も頭を下げて感謝の言葉を何度も零す。
「ふふっ、では遠慮なく頂くとしましょう。ハルカさん、この、えっと……チャーシュー、要ります?」
燭光の慣れていない手振りに、柴大将は珍しそうに目を見張る。少しのお節介を込めて燭光に話しかけた。
「おや?お客さん初めて見るな。その様子からしてラーメンは初めてかい?」
「ええ、私はキヴォトス外から来たので、このような食べ物は初めて口にしますね」
「お、そりゃ珍しい。なら是非とも味わってくれよな。お気に召したのなら、今後とも贔屓にな!」
にやりと笑って片腕でガッツポーズをする柴大将、廃れていくアビドスの中で、暖かく光る安らぎの場所だろうと思う。人情溢れる方は中々お目にかかれない、今後もこのお店を贔屓にしようと心に決めた。
「………外にラーメン屋ってないの?」
各自ラーメンを食べ始める。燭光も慣れない箸を使い、ラーメンを啜る。
……うまく啜れませんね……
「ちょ、くふふ、サクラちゃん。もしかして麺啜れないの?」
「箸の持ち方もなんかヘンだよ………フォーク、テーブルに置いてあるけど使う?」
「あら?サクラ、あなた箸使うの初めてかしら?」
皆から心配の声が燭光に掛かる。箸の持ち方や麺類の食べ物など、全てが燭光にとって初めてのことだった。
「……大丈夫です、大丈夫。すぐに慣れますから」
拙いが何とか麺を食べる。麺はもちもちとしていて、汁は濃厚、具もジューシーでおいしい。これがラーメンですか。美味しいですね……
ラーメンの味に感動していると、不意に扉のベル音が鳴った。客が来たのであろうと視線を扉付近に向ける。そこには──
「”柴大将、やってますか?”」
純白の制服を着こんだ先生が、大将に向けて手を上げていた。
「お、見ての通りだよ先生。お好きな席にどうぞ」
「あっ、先生じゃーん♡」
「シャーレの……」
「………フフっ」
ムツキが最初に声を上げ、それからカヨコは目を細め、燭光は笑みを浮かべる。先生も便利屋の皆に気付き、笑みを浮かべながら彼女達のテーブルへと歩み寄った。
「”や、便利屋の皆。ここのラーメン美味しいでしょ?”」
「うん!とっても美味しい!ほら先生、私達と一緒に食べよ~!アルちゃんも良いよね?」
「えっ、ま、まぁ、別に良いけれど…」
「先生は良いの?」
「寧ろお邪魔してしまわないか心配だけど」
「じゃ、邪魔だなんて……お気になさらず…」
シャーレの先生と初めての関わり、ムツキは関わりがあるようで、他の皆より親身に先生と会話をしている。
カヨコは警戒しながら先生を見つめている。
「じゃあ、先生は真ん中に来て!」
「”じゃあ、隣お邪魔するよ。カヨコ”」
「……うん」
前にアビドスで戦った先生は、油断ならない戦術眼を持つ指揮官、という印象があった。そんなカヨコのイメージに反し、今目の前に居る先生は、飄々としていて、のほほんとしている。どうにも以前の先生と重ならない。
「はぁ、私みたいな女の隣に座りたいだなんて、変わっているね。先生」
「”……うん?カヨコはかわいいよ。とても綺麗だし、うん、かわいいよ”」
「かわっ──っは、は?」
カヨコの白い肌が赤く染まった。
「……私不愛想だし、よく怖いって周りから云われているんだけど?間違っているんじゃない?ほら、先生の目の前に居る彼、男だけど私よりかわいいと思わない?」
「すり替えないでください、カヨコさん。その拗ねた表情もただかわいいだけですよ、睨んでも無駄ですかわいいだけです。全てがかわいいのですから諦めてください。かわいいですよカヨコさん。本当に可愛いですね♪」
「後で覚えておきなよサクラ」
顔を真っ赤にしたカヨコを横目に、正面に居る先生を見据える。
優しそうな顔つき、髪はセミロング、身長は自分達より大きい、至って普通の大人の女性という印象だ。
先生は薄く笑い、私の顔をじっと見つめてきた。
「”ふふっ、君とは初めましてだね?私はシャーレの先生です。よろしくね”」
「初めまして、私は乃水サクラと申します。よろしくお願いします。先生」
「”わ、凄く礼儀正しい……もうちょっと砕けた感じで喋っても先生気にしないよ?”」
「これが素ですので、お気になさらずに」
「”そっか!じゃあよろしくね、サクラ”」
先生が手を差し出す。燭光も応じて手を差し出し、握手をした。先生の懐から僅かな振動音が鳴ったのを知覚するが、あえて気づかないフリをした。
「”それで……男の子ってほんと?”」
「ええ、私は生物学的に男ですよ」
「”信じられないな……キヴォトスに来て男の人間に会ったことないからさ”」
「くふふ、私も初めてみたよ。あと先生と同じ外からきたみたいだし」
「”え!そうなの!?………サクラとは色々とお話がしたいかな”」
先生は興味深そうに燭光と話をする、ムツキもそれに便乗し、尚、机の下ではカヨコから脛を蹴られている。上手く手加減されていて、地味に痛い。
そんな様子で先生と皆と雑談に興じていた。
「先生さんよー、生徒のみんなと遊ぶのもいいが、そろそろ注文にしてくれねぇと、手持ち無沙汰になっちまう」
「”ぁあっと、すみません大将。では醤油ラーメンに、餃子セットでひとつお願いします”」
「あいよ!他の皆もサービスするから腹いっぱい食べてってくれよ。なんてったって、君らはセリカちゃんのお友達だもんなぁ」
「!!っ」
アルがハッとした。アビドス生徒達との出来事を回想する。そして立ち上がってテーブルに手を強くダンっと置いた。
「友達なんかじゃないわよぉーーーーーッッ!!」
そのアルの叫びに、皆は困惑と愕然の反応を示した。
「わわっ!?あ。アルちゃん!?」
「ちょっと、お店に迷惑……」
「アル様……?」
「おや、どうかしましたか。アル社長?」
「”わあ!?どうしたの?アル?”」
「分かったわ!何が引っかかっていたか!問題はこのお店、このお店よっ!」
「どゆこと?」
「ここのラーメン好きじゃなかったっけ?」
「好きに決まってるでしょ!?」
おいしいし、お腹いっぱい食べられるし、温かいし、親切、と次々と称賛の言葉を吐き続ける。柴大将も何とも言えない表情でアルを見ている。
「それの何が問題なの?」
「ダメに決まってるでしょ!私達は仕事しに来てるの!!ハードボイルドにアウトローっぽく!!私が望むアウトローは、こんなほっこり感に浸ってちゃダメなの!!」
「………」
アルが息切れて、少しの静寂になる。食べ終わったムツキはご馳走様と手を合わせる。燭光も手を合わせてご馳走様ですと告げる。
「えっと、何言ってるかわからな───」
「分かりました」
「えっ?」
「ハルカちゃん?」
「………む?」
珍しいくハルカが声を上げる。皆はハルカに視線を向け、アルは共感してくれたかと歓喜の表情をしている。
「流石ハルカ!分かってくれた?」
「はい、つまりこんなお店は壊しちゃった方がいいってことですよね?」
風向きが怪しくなってきた。先生もそう感じ取ったのか、固唾を呑み喉を鳴らしていた。
「え…?壊すってどういうコト…?」
小さな声量でそう問いかけるアル、ハルカはニンマリと笑い、起爆装置のリモコンを握る。
「文字通りの意味です。遂にアル様のお力になれます。では、いきます!」
「”ちょ!?ちょっと!?アロナごめんバリアを!!”」
「ちょっとどこでソレを!?」
「えっ!?ハルカ待ってッ!!」
ハルカがリモコンのレバーに力を籠める様子を見て、皆は一斉に慌てだす。だが、レバーを押しても爆発はしなかった。ハルカは疑問に思い、何度もカチカチとレバーを押す。皆は焦りながらもその様子を見ていた。
「──やめなさい」
聞いたことがない低い声、一瞬、誰の声かと、皆は耳を疑った。聞こえてきた声の方向に視線を向けると、そこには目を開き、左目を抑えていた真顔の燭光だった。初めて見る瞑目し笑みを浮かべる以外の
「危ないところでした。私の力を使わなければ、私は平気ですが、先生は無事では済まなかったかもしれません。それに、このやり方では便利屋のビジョンであるアウトローからかけ離れることになりますよ。恩を仇で返すのがアウトローなのですか?そうなのでしょうか?アル?」
燭光のその問いに、数秒経った後、アルは「いいえ」と答える。
「……………あ、あっ、ああ、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」
ハルカは顔を青くし、俯きながら謝罪の言葉を何度も零す。そんなハルカの元に先生はそっと寄り添う。優しく彼女の頭を撫でつけ、優しく言い聞かせる口調で告げる。
「”うん、大丈夫。実際に事は起きていないんだ、気にしないでハルカ、お店に設置した爆弾は全部リセットしておこう、大丈夫、何も壊していないから”」
「………そうね、恩を仇で返すのはアウトローじゃない、ごめんなさい、大将」
「い、いやぁ、別に何も起きてねぇから、気にすんなよ」
「本当にお優しいのですね、柴大将」
燭光は目を閉じ、ハルカの元へ向かう。ハルカはビクっと反応するが、燭光は優しい笑みを浮かべる。
「アル社長の為なのは分かります。でも、アル社長が掲げるアウトローの意味を忘れてはなりません。アル社長の素晴らしさを、私より知っているハルカさんなら分かると思います。今回は反省し、後に活かしましょう」
優しくそっと告げ、ハルカを抱擁する。ハルカも腕を回し、顔を胸に埋める。
「はぁ~…怖かったー、ムツキちゃん久々にヒヤッとしたよー。ね?カヨコちゃん」
「……うん、そうだね」
ムツキとカヨコの二人は表面上は平常を装っているが、内心には僅かな恐怖心が渦巻いていた。
初めてみたサクラの目……どこか不気味で、言葉では言い表せない様な……もし、銀行の時にその目を直接見ていたら、私はどのような印象を抱いたのだろうか……
カヨコはそう考えていたところ、突然燭光は先生の腕を掴む。
「”え?ど、どうしたのサク───”」
「早く伏せてください、皆さんも!」
「え?な、なになにどうしたの?」
「───サクラメントゥムよ。聖奠の加護を皆に、機密の5番目、復活の付与を私に──」
燭光が握っている杖の先端の三枝に、灯火が宿る。その杖のリーチは長く伸び、それを床へと突き刺した。頭上に灯火が広がり、皆の体が暖色の光に包み込まれた瞬間────テーブルと壁が粉々に吹き飛んだ。
上空より飛来した、砲撃砲によって。
◆
「よし、歩兵第二小隊まで突入」
「…………………イオリ、あの方達はどうします?」
「ん?ああ、向こうの生徒?確か……なんだっけ、アビドス?そんなの当然、公務の執行を妨害する輩は全員敵だ」
バタバタと風紀委員会の生徒が前方へと足を進めていた。イオリは銃を担いだまま、他の委員に指示を出す。砲撃砲はピンポイントに便利屋が居る席を打ち抜いていた。正確に撃ち込んだこともあり、建物は半壊で済んでいた。引き連れた中隊規模の委員は、イオリの背後で列を並べ待機する。
「イオリ……少しやりすぎでは?」
「ん?」
チナツはどこか不安そうな顔で、砲撃先を見つめていた。周りに黒い煙が蔓延し、砂埃が舞っている。
「双眼鏡でターゲットの様子を見てみてくれ」
近くにいる委員にそう指示を出す。
「ターゲット、突然の砲撃により混乱している模様です」
「ふん、そうか……暫くここで様子見しておく」
「イオリ、やはり向こうの生徒に、こちらの事情を説明するのが先かと…」
「ちょっと待ってください!様子が、変です!い、一名、血だらけで倒れています!」
委員が慌てた声を上げる。チナツは焦った様子で双眼鏡で砲撃先を凝視する。
「ッッ!?あれはッ!?民間人かの識別の為にドローンを飛ばしてくださいッ!早く!」
鬼気迫る様子で委員に指示を出すチナツ、ドローンを飛ばし、タブレットに映し出された映像を確認する。
そこに映し出されていたのは、血だらけになっている、長髪の人影だった。
◆
酷い耳鳴りがした。目を開けると、煙が充満していて視界が遮られていた。
手で煙を薙ぎ払い、周りを見渡す。
「せ、せん、せい?だ、大丈夫ですか?」
姿を見せたのはハルカ、続いて、アル、ムツキ、カヨコ、柴大将と次々と集まってくる。
「お、おい!怪我はねぇか!?先生!?」
「”いえ、何とも……凄くピンピンしてますが……アロナのお陰かい?”」
小声で懐に入れてあるシッテムの箱にそう問いかける。
『いえ……確かに私は自動的にバリアを展開しましたが、その前に先生達は加護を受けているみたいです。その恩恵でしょうか……体は傷1つもなく保護されています……ッ!?先生!!』
アロナが焦った声を上げる、普段聞かない焦燥の声に、先生は動揺する。
『さ、サクラさんが!!サクラさんの生命反応が弱まってますッ!!』
「”ッッ!?サクラッ!?どこにいるの!?”」
煙が霧散していく、周りを見渡し、足を進めたところで、床からビチャリ──と嫌な音が鳴る。
恐る恐る下へ視線を向けると、そこには血だらけで横たわっている燭光が居た。皆も横たわる燭光の存在に気付く。
「ぁ──あぁ………ッ!!」
「…………は?………嘘……」
「ゴフッ………ひ、久しぶりに、大ダメージをうけま、したね…」
「ッ──サクラ!?」
カヨコは声を上げて、燭光へと掻けよった。呆然としていた他の皆も、カヨコの声でハッと気を取り戻し、同じく燭光の元へ駆け寄った。
「っ、頭部から血が出ている、体からも、っ、痛みや吐き気は?手足の感覚はある?」
「ふぅ……ふぅ……目が、見えません、ごめん、なさい。自分では、立てそうにないです」
「は、は?え?そんなッ…………早くお医者さん!病院に連れて行かないと!」
「なんでこんな時に風紀委員がっ、囲まれてる!こんな中、サクラを担いで外には出られない!」
「ね、ねぇッ!サクラちゃん!?ヘイローあるのに、何でこうなっちゃったのッ!?何でッ!?」
「ムツキ!今はそんなことどうでもいいでしょッ!ハルカも早く手伝って!」
ハルカは硬直していた。自分の視界に映る赤黒いソレに思考が停止し、心拍音が大きく、心拍数が早くなるのを感じていた。そんな中、自分の手に何かを握っていることに気付く。
「────ぁ」
それは、燭光が左目に巻いていた黒の包帯。血が滲んで、砂と砂利で汚れていた。ハルカは無意識に自分の右手にソレを巻いた。
「わ、わたしは、ここで、終わります……自分の光が、消えていくのが、分かります」
その
「いや、いや、嫌ですッ!!行かないでくださいッ!!」
「何馬鹿なこと言ってるのッ、サクラッ!!止血の応急処置はした!あとは病院に行くだけだから!」
「そ、そうだよサクラちゃん!!ねぇ!?聞いてる!?」
「サクラ!!ダメよこんな所で終わるのは!!あなたまだ便利屋に入ったばかりでしょう!?」
便利屋の皆は
「せ、先生!こ、このままじゃ…」
「”既に救急車を呼んであります!…ッ、後は、あの子達に事情を説明しないと…ッ”」
「ま、待てっ!先生も生身だろう!?先生だけじゃ行かせられない!」
「”大丈夫です、私には
力強くそう答え、燭光の方へ視線を向けると、便利屋の皆に静寂が走っていた。嫌な予感がし、先生はゆっくりと皆に歩み寄る。
「”………サクラ、は……”」
その問いに、カヨコは涙を流しながら答える。
「…………呼吸が、止まっていて…心臓の音が聞こえない……この出血じゃ、もう……」
「”─────────”」
燭光が床に突き刺した燭台の杖、その先端にある灯火が消え去る。それは命の灯火が消えるかのように感じられた。
設定やキャラクター、文章についておかしい所が有ればご指摘くださると幸いです。
修正は度々します。
ハルカと仲を深めました。意外とシンパシーを感じているみたいです。
燭光は箸は上手く持てませんし、麺も啜れません。
あと燭光が持っている杖ですが、如意棒のように伸縮自在です。教会に置いてあるようなアンティークな燭台がイメージです。
先生は女性です。女先生いいですよね。
黒服の手元のあるもう一枚の契約書は、一体何でしょうか?燭光が関係しているようですね。
次回は、どうなるんでしょうか?主人公がここで死ぬわけにはいきませんよね。
元ネタ集
機密: 機密・ミスティリオンの語義として、ハリストス(キリストのギリシア語読み)の藉身・救済・降誕・死・復活・生涯の出来事・信仰・教え・教義・奉事・祈り・教会の祭日・信經・要理等を含める解釈を示した。