櫻華のカンデラ   作:おこげの

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お久しぶりです。

乃水サクラこと燭光がまたまたヤバいゲマトリア節を発揮します。


その手に在るのは神名文字

 

 その場に響いた凍てつくような声、聞こえた先に視線を向けるとそこには小さな人影が佇んでいた。その小柄なシルエットからは想像できない威圧感が広がる。それは目を光らせ風紀委員達を見据えていた。場は険悪な雰囲気へと変わる、ヒナが放つ威圧感からだろう。便利屋は戦々恐々とし、アビドス側は冷や汗を流して沈黙する。

 

「アコ……この状況、きちんと説明してもらう」

 

ホログラム越しのアコが冷や汗を掻きながら動揺し、ヒナは眼光を鋭くして再度アコへ問う。その眼光にアコは萎縮し、観念して今回の行動理由と顛末を時々どもりながら説明した。話を進めていくにつれて、ヒナの顔に陰りが増していった。

 

「”なるほど、私が目的だったんだ”」

 

「あの時……ヒフミさんの…」

 

長きにわたって敵対関係にある、トリニティ総合学園の生徒会、ティーパーティーがシャーレに関する報告書を手にしている──その情報から、エデン条約にどう影響があるかと懸念し、今回の独断行動に出たというが真相だった。

 

「……その独断のせいで、乃水サクラが重症を負い、一時的に死亡した、と…………かなりの問題ね」

 

「っ……は、はい……」

 

「アコ、そういう政治的行動は、あの万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)のタヌキ達に任せておけばいい。私達はあくまで風紀委員会」

 

窘めるヒナの声と怒りを孕んだ視線に、アコは萎縮して項垂れる。

 

「詳しいことは帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい」

 

「……はい」

 

アコは深く頷き、ピッ──と音が鳴ったと同時にホログラムが消える。ヒナはぁ─と嘆息し、アビドスと便利屋、先生と燭光が居る方向に体を向ける。皆が戸惑う中、燭光は変わらず深い笑みを浮かべながらヒナへ距離を縮めた。

 

「こんにちは。先ほどの紹介の通り、私が乃水サクラです。よろしくお願いします」

 

「……空崎ヒナ……よろしく…」

 

「──さて、見ての通りこの血塗られた体は、貴方達風紀委員によってできたものです………この賠償……代価を、風紀員会委員長であるヒナさんに支払って貰いたいのですが──」

 

燭光は服に付着した己の血を手に取り、見せつけるように腕を広げる。わざとらしい様だが、実際に容態は深刻だったことをその体の血が示している。先生は燭光へ駆けつけ、燭光の発言に異を唱えた。

 

「”待ってサクラ…!さっきは私に支払ってもらうって───”」

 

「丁度此処に、責任を取る立場の長がいらっしゃるではありませんか……貴方が代わりに払うのではなく、風紀委員の責任者であるヒナさんに要求するのが筋ではありませんか?」

 

風紀委員がした行いの責任を、風紀委員長であるヒナに取ってもらう──それは筋が通った要求だと云えるだろう。先生はそれでも考え直してほしい旨を伝え続けるが、燭光は聞く耳を持たなく無視をする。そんな最中に一声が割り込む。

 

「───分かった。あなたが要求する代価(賠償)とやらを私が払う」

 

「”ヒナ!?”」

 

「………ふふ、ふふフッ…」

 

燭光は感情を発露する。自分が欲するモノを手に入れられる──その僥倖に、喜びの感情を浮かばせた。そんなところに待ったの声が入る。

 

「ま、待ってくれっ!そのっ、その代価とやらは私が払う…!私が砲撃の指示を出したんだっ……だから、その責任は私がッ───」

 

「大丈夫よイオリ、あなたは大人しくしていて」

 

食い入ったイオリに、ヒナは冷静に対応する。イオリの様子から猛省したと読み取った上で断ったと、燭光は察する。ヒナの紫光の一瞥にイオリは身が竦み、口を噤む。

 

「流石ですね、ヒナ委員長」

 

「部下の責任を取るのが委員長の役割、当たり前の事」

 

「素晴らしい心掛けですね。ふふっ、その心掛けに免じて、要求するのは神秘()だけにいたしましょう」

 

「……その神秘()ってのが何かは分からないけど……元々は何を求めていたの?」

 

燭光が要求したのはヒナの神秘()、最強と謳われている神秘を代価として要求したが、それを含めて、元々は何を求めていたのか、それは───

 

「先ほどの事を免じない場合でしたら、そうですね───貴方の、その立派な角の一部を頂いていたかもしれませんね」

 

「…………」

 

燭光は目を開いて紫の光が点滅する角を凝視した。その視線には様々な感情が内包されていた、向けられたその視線にヒナは僅かに眉を寄せる。周りの皆も燭光の発言に大きく反応を示した。

 

「さ、サクラ……確かに重症を負ったことに怒るのは分かるけど……つ、角を要求するって…」

 

「そ、それってヒナの角を折るってことだよね…?」

 

「”サクラっ!!”」

 

「皆さんご安心を、先ほども言った通り、ヒナさんの心掛けに免じて神秘()だけしか要求しませんから」

 

徐に手を広げ、首を横へ向けて皆にそう告げた。どこか疑わしいと思う身振りに不審な思いが湧き、怪訝そうに燭光を見つめる面々。それを尻目に燭光はヒナへと視線を戻し、杖の先端の三枝に灯火を宿らせる。

 

「では──支払っていただきます。神秘()を吸収する際、力が抜けて暫くの間は身動きができなくなります。終了後も暫くは硬直し続けるでしょう。覚悟はいいですか?」

 

「ええ、早めに終わらせて」

 

「フフッ……では、私の左手を握ってください」

 

燭光は左手を差し出し、ヒナはその手を握る。両目を開いてヒナの双眸と視線を交わす。

──その目と目が合った瞬間、ヒナは刹那に知覚した。不吉な光を、不可解な漆黒の球体──その気配を。

ヒナは寒色の光に包まれる、そして体から紫色の靄が突如として発生する。自分から発せられたそれにヒナは僅かに目を見開く。

 

「これは…私の体から出てる……」

 

「ッ……凄まじい神秘()

 

オーラとも取れるその靄は燭光の左目へ吸い込まれるように入っていく。ヒナは平然としており、燭光の様子を見ていた。

 

「確かに少し力が抜ける感覚があるけど、別になんともないわ。それよりあなたの方が辛そうだけど……大丈夫?」

 

「っ………ええ、大丈夫です。まさかこれ程絶大だとは思わなかったので……ヒナさんの強さの根源、驚愕ですね……ッ」

 

ヒナの神秘は絶大なモノだった。紫色のオーラが絶え間なく左目へと流れ込んでゆく、その負荷に耐えきれないからか、燭光の体が震え始める。その負荷に燭光は臆することなく手を握り続ける。ヒナは困惑しながらその様子を見ており、他の面々もその奇妙な様子を眺めていた。

 

「フフ…フフフフフッ……ぐっ…」

 

「ちょっとあなた…!」

 

「───!─────!」

 

「”サクラ!?どうし──ッ!?”」

 

 変容しだした燭光に、先生とヒナは声を掛けたと同時に、燭光の体は紫色のオーラに包み込まれる。次の瞬間、眩い光が発生した。あまりの眩しさに皆は顔を逸らして手で目を覆った。重低音の音が鳴り響き、地面が振動する。それが数秒間続き、そして視界が晴れた。燭光の周りは光り輝いており僅かにバチバチとスパークが発生していた。

 

「手に入れました………空崎ヒナの──神秘()を───」

 

「……それは…」

 

燭光の手には燦然と輝く六角形の物質が浮かんでいた。それは光輝き、存在感を強く示している。質問してきたヒナはそれに釘付けになり、他の皆もその輝きから目を離せなくなっていた。

 

「これは貴方達、キヴォトスの生徒に宿る力。通称、神秘と呼ばれているモノ」

 

「”それは──っ!?”」

 

「フフッ、先生は箱を通して見たことあるでしょう………えぇ──これは神名文字。生徒の根源の一部ですよ」

 

その輝く六角形の物体は、燭光が持つ杖へと吸い込まれ消えていった。燭光が見せたこの不可解な行いに、皆は戸惑い気味の様子でいた。

 

神名文字の顕現。生徒の情報の詳細をシッテムの箱で把握できる先生は、自分しか知りえない筈の情報とシッテムの箱のことを知っている口ぶりに、燭光の所在に疑念を持つ。

 

「”………サクラ、君は一体何者───”」

 

「うへ~、何があったんだか、すごいことになってるじゃ~ん」

 

陽気な声が唐突と響く、小柄でピンク色の長髪、異なる色の瞳、腑抜けた言動だがどこか余裕があるような雰囲気を醸し出す。小鳥遊ホシノは呑気に歩きながらヒナに近い位置で立ち止まる。アビドスの面々はホシノの登場に目を輝かせる。

 

「ホシノ先輩!」

 

「今までどこに……」

 

「やや、ちょっと昼寝しててね~」

 

「……昼寝…」

 

「ホシノ………まさか、アビドスの小鳥遊ホシノ…」

 

ホシノの登場にヒナは目を見張る。ホシノは頬を掻きながらヒナを見る。そしてその横にいる燭光に視線を移す。血と砂利に濡れた服、額と口元には血の跡、擦り傷や切り傷の類の怪我が見て取れる。眠たげな目が徐々に大きくなる。

 

「君………それ、どうしたの?」

 

「フフッ、実は先ほどまで死んでいましてね。この血液はそれによるものです」

 

「し、死んで?………えっと?………大丈夫、なの?」

 

如何にも重症といった姿だが、平然としており、変わらず笑みを浮かべている燭光に、困惑と心配がこもった声を投げる。死んでいた──という言葉に、多少の動揺をするが、今の燭光の様子からはそれが感じられない。

 

「ご心配には及びません、今は何ともありませんから」

 

「う、うーん………ま、なんだか大丈夫そうだね。さて、君の事は後にして………風紀委員長ちゃん?」

 

ホシノはヒナに視線を向ける。

 

「事情は知らないけど、こんなに大勢を連れてきてどうしたのー?もしかして便利屋を追ってきたのかな」

 

「…………1年の時とは随分変わった、人違いじゃないかと思うくらいに」

 

「おや?……私の事知ってるの?」

 

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒はある程度把握していたから」

 

「うへへ、おじさんもしかして有名人?」

 

「小鳥遊ホシノ……あなたのことを忘れる筈がない。あの事件の後、アビドスを去ったと思ってたけど」

 

──緩めていたホシノの表情が真顔に変わる。

 

「そうか、だからシャーレが……」

「なぁーに?ちゃんと自分の気持ちを言葉にしてくれないと、おじさん困っちゃうな」

 

食い気味にホシノは声を上げる。暫く沈黙が続き、そしてヒナは風紀委員の面々に向かって告げた。

 

「撤収準備」

 

「えッ!?」

 

その一言に、周囲の風紀委員が驚愕の声を上げる。ヒナはイオリとチナツに目配せをする、2人はその意図を理解し、皆に「撤収!」と声を上げて促した。ヒナは数歩足を進めて、そして深く頭を下げた。

 

「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと、この事については私、空崎ヒナより、アビドスの対策委員会に対し、公式に謝罪する」

 

その文言に、アビドスは一瞬面食らう。

 

「そして、乃水サクラ。あなたを負傷させ、著しい重体にしたこと……お詫び申し上げる。ごめんなさい」

 

「賠償は支払い済みですので、謝罪は大丈夫ですよ」

 

「もし治療費が必要なら、風紀委員宛につけておいて構わない。先ほどの賠償以外に求めるものがあれば、できる限りで対応する」

 

「さ、サクラ!ほ、本当にすまなかった…!!もし今後助けが必要なら云ってくれっ!」

 

「イオリ……」

 

燭光の元にイオリが駆け付け、勢いよく頭を下げてそう声を上げる。燭光は朗らかに笑いかけて、イオリの肩に手置いた。

 

「代価はもう支払い済みです、頭を上げてください。……失敗は誰にでもあることです───そうですよね、先生」

 

「”うん、失敗は誰にでもある。それを許すこともね。”」

 

「先生……」

 

ヒナは再度深く頭を下げる、風紀委員は撤収を始め、後方へと下がっていく、ヒナはそれを横目で見ながら先生へと近付き、お互いが聞こえる程度の声量で何かを囁いた。ヒナは最後に便利屋を一瞥し、向こう側へと去って行った。

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

 風紀委員が去って行く背中を見つめていると、ドサッと倒れこむ音がした。燭光はその場に座り込み、深く息を吐きだした。地面に腰を下ろした燭光の元に、先生、便利屋とアビドスの面々が集まった。その表情に見えるのは偏に燭光への心配だ。

 

「サクラちゃん、大丈夫?」

 

「さ、サクラさん!さっ、支えますよ」

 

心配の眼差しを向けるムツキとハルカがそう声を掛ける。燭光は杖で体を支えながら体を起こそうとするが、力が入らず、尻餅をついた。

 

「ちょっと!無理しないで、支えるから」

 

見かねたカヨコはそう云いながら燭光に肩を貸し、ハルカは腰に手を添えて支えた。一先ず、危機は去り、皆は落ち着きを取り戻した。先生は事の起こりをホシノにかいつまんで説明する。ホシノは「なるほどねー」と理解し頷いた。

 

「そうだとすると、便利屋が悪いと云える訳じゃないし、逆に巻き込んで申し訳ないかな~」

 

「なっ、え!?そ、そんなことはないわ……私達だって、一歩間違えたら取り返しのつかない事になっていたのだし…」

 

「うっ……さ、サクラさんっ……!ご、ごめんなさい…私が、爆弾を仕掛けたせいで、ほんとうごめんなさい死んでお詫びしますっ」

 

「撃ってきたのは向こうからなのですから、気にすることはありません」

 

「でも…」と頭を下げ続けるハルカ、顎をそっと掴んで顔を上げさせる。涙と血で汚れていて、燭光はハルカの涙を指先で拭う。

 

「今後、何かしらの形で返していただくだけで結構ですよ。些細な事でも……一歩ずつです」

「うぅ…は、はい…」

 

燭光は微笑みながらハルカの頭を撫で、ハルカは申し訳なさそうにそれを受け入れる。一方でアビドスの面々は半壊した紫関ラーメンを痛ましい視線で眺めていた。

 

「ん、復興しないといけないね」

 

「当然よっ!風紀委員の奴らに弁償させてやるんだから!」

 

「あはは……私も微力ではありますが、全力を尽くしますよ」

 

「そうですね。私達の大好きなお店なんですから!」

 

紫関の復興に前向きな姿勢を見せる対策委員会。数少ない憩いの場であり、他所の自治区から食べにくる常連も居る、便利屋もそのひとつの筈、時間はかかるがそう遠くない内に復興が叶うだろうと先生はそう思った。そんな事を考えているところに、柴大将が慌てながら駆け寄ってきた。

 

「せ、先生!皆!さ、サクラちゃんがよ!?い、生き返ったんだ!これにはたまげた!!」

 

「”大将!……私達もびっくりしました。……本当にどうやって生き返ったんだろう…”」

 

「怪我も修復しているように見えますし……不思議ですね…」

 

確かにこの目で見た燭光の重症、あの目を覆いたくなる怪我は、今の燭光(サクラ)からは見て取れない、気のせいだったかと疑うが、あれは確実に現実だったと、今も脳裏に残っている。

 

「”取り敢えず、サクラは一度病院で診てもらった方がいい”」

 

その言葉に便利屋の皆は同意する。数分前に救急車を呼んでいたこともあり、迅速に行われるだろうと考えた。純粋に燭光を心配しての思いである。

 

「皆さんが私のことをここまで思ってくださるなんて……感激で泣いてしまいそうです」

 

「泣いちゃってもいいよっ、ムツキちゃんが拭いてあげるから♪」

 

「なら心配ありませんね、今は痛みで泣きそうなので」

 

「もう少しだけ我慢して、近くのベンチで寝かせてあげるから」

 

「ありがとうございます、カヨコさん。そういう優しいところが─────」

 

「……サクラ?」

 

「…ぅ…っ…ゴフッ」

 

 びしゃりと──地面が赤に染まる。そして全身から血が噴き出し、目から血の涙が流れだす。

便利屋の皆は頭が真っ白になる、唐突の容態悪化──いや、それは当然のことだろうと思い至る。あの重症で体が無事である筈がない。無理をしていた?我慢していた?───そもそもどうやって()()した?

 

疑問が高速で巡るが、目に映る赤色が次第に増えていくのを理解すると、急激に思考がソレを明確に認識し始めた。燭光は再び血に濡れるのを自覚しながらも、変わらず笑みを浮かべていた。

 

「やはり、微々たるサクラメントゥムでは()()を完全に体現することは無理な様でしたね…」

 

「サクラ!?」

「さ、サクラちゃんッ!!ち、血がッ!?」

「やっぱり無茶していたんじゃないッ!!」

「さ、さ…サクラ…さん…?」

 

皆は顔を青くしながら燭光に縋りつく。血は止まったが、燭光の顔色がより一層と悪いものへと変わる。先生焦りながらアビドスの皆を呼び、アヤネが持参していた医療パックを使って応急処置を施していく、そして救急車のサイレンが微かに聞こえてくる。

 

「”サクラ、救急車がもうすぐ来る!気をしっかりっ!”」

 

「ふふ……なさけ…ないですね……わた…しとしたことが…」

 

「サクラ!ねぇッ!サク─────────────」

 

皆の声が遠くなっていき、意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

          ◆

 

 

 

 

 

 目を開けると、白い天井が目に入る。自分は柔らかな素材の上で寝かされているのが分かった。消毒の匂いが鼻孔に入る──此処は病院に居ると把握した。首を動かすと、横には便利屋の皆が椅子に並んで座っていた。

 

「………………」

 

じっと見つめているとハルカさんが私の視線に気づく、ハルカさんは安堵した様子で顔をほころばせる。

 

「さ、サクラさん、意識が…!」

 

「ご心配をおかけしました。皆さん」

 

「よ、よかったぁ……」

 

他の皆も私が意識を取り戻した様子に安堵した。私を労わる便利屋の皆を気にしつつ、私は今回の騒動を振り返っていた。

 

紫関でのあの奇襲は想定外だったとは言い切れない。私は神秘()を感知できる能力がある。あの時、大勢の神秘()が動いていたのを把握していた。何を企んでいたかと観察していた時にあの砲撃での奇襲………油断しました。完全に不意を突かれましたね。これが現在のキヴォトス……何が起こるか分かりませんね……少し認識を改める必要があります。

 

「爆発でできた傷は綺麗に塞がってたみたいだけど……あんたの体、どうなってるの?」

 

「ふむ、不思議なこともあるんですね」

 

「とぼけないでよ………心配……したんだから…」

 

気遣わしげな表情をするカヨコに、燭光は微笑を浮かべる。他の皆も同じ心境であり。あの出来事はそれほど衝撃的であった。血が流れ、死を目視したショッキングな体験は、彼女達に大きな心労を残した。

 

……ですが、あの予期しない攻撃は同時にチャンスでもありました。死と悲嘆は、サクラメントゥムと、そして空崎ヒナの神名文字を手に入れる為の大切なファクターになった。

 

死と悲嘆は神秘()達にとって重要な要素、恐怖へ反転する感情。私が死亡したことにより、便利屋の皆に死の重みを体験させ、嘆き、戸惑い、怒り……悲嘆。それらの感情を観測し、サクラメントゥムを得られました。死を悼むその感情と状況が、私の()()へと至らしめる条件だった。皆さんが私の事を思っていてくれた様で助かりました。

恩寵は私に答えてくれたが、復活は奇跡に等しい現象。彼の聖人のように完璧にとはいかなかったですが……

 

でもいいでしょう。最も大きな成果──空崎ヒナの神名文字を手に入れられたのですから──

 

これはサクラメントゥムの重要なパーツ。

私の左目──星彩の眼で見た彼女の本質は壮大であり、計り知れないモノでした。

もし、彼女が反転でもすれば、それは嘗てのキヴォトスのように絶大な力を目撃することができるだろう。大変興味深い……ともあれ、この騒動のお陰で色々と得ることができました。後は──

 

「取り敢えずサクラ、あなたは1日だけここで入院よ。また明日迎えに行くから安静にしていなさい」

 

「そうですね……分かりました。お休みさせていただきますが……依頼の方はどうなりますか?」

 

「そ、それは……」

 

「まぁ…失敗だね」

 

対策委員会の協力のお陰で、大規模な戦闘へと発展せずに済んだ。だが紫関ラーメンの壊滅的な爆発は自分達の爆弾も関係しているからか、今更狙って敵対するのは、流石の彼女達も心情的に気が憚られる様だった。何より、燭光が重傷を負ったことで、依頼よりも仲間の心配を優先した。

 

「あのカバンのお金も、全部あのラーメン屋の修理代として置いてきたし、本当にこの社長は……」

 

「う、うるさい!だ、だって!……だって……ハードボイルドなアウトローは……」

 

どうやらアルは覆面水着団が置いて行ったあのお金を、柴関ラーメンへ寄付したようだ。あの大金をそのままネコババすることもできた筈、恩を返す為なのか、それとも他の理由からか──

 

アウトローというには、少々遠い行いですが……ふふっ

 

アルのその善性に燭光は僅かに笑う。

 

「アル社長のそういうところ、私は好きですよ」

 

「本当に手のかかる社長だ」

 

「でも、こういうのがうちのアルちゃんだもんね?一緒にいてすっごく楽しい!」

 

「はい、私もそう思います!アル様!わ、私、アル様がいなかったらきっと今こうして生きていない筈なので───」

 

「元気出してください!私が一番尊敬しているのはアル様ですから!」

 

皆は思い思いにアルへ気持ちを伝える。彼女の在り方は常にハプニングが付いて回るが、見ていて面白く、素直に好ましく思った。

 

「う、うるさい!わ、分かってるわよ!」

 

照れたからか、アルは大声を上げた。便利屋68は如何なる時も笑顔が絶えない。

 

 

 

 

 

          ◇◇

 

 

 

 

 

 時刻は既に深夜に回っていた。病室は暗く、物音一つもしない。静かに寝息をたてる燭光の下に不気味な黒い影が現れる。

 

「迂闊でしたね、燭光。いかかでしょうか?現在のキヴォトスは」

 

「……ええ、大変面白いと思いました。食事中に砲撃なんて、そう体験できることではないですよ」

 

「ククッ、それはキヴォトスの日常の一部でもあります。良い体験でしたね」

 

「フフッ、次からは受けることはないでしょう。その前に潰せばいいのですから」

 

暗い部屋に溶け込み、白い亀裂の微光だけが浮かび上がる。燭光は起き上がり目線をソレに向ける。

 

「それで、何用ですか?」

 

「いくつか貴方に質問がありまして。後は必要かと思いこちらを持ってきました」

 

黒服は黒い布束と衣服を取り出し、燭光へ手渡した。

 

「聖骸布……助かります」

 

「お気になさらず、貴方は同じメンバーであり、同時に探求の対象でもありますから。気遣うのも仕事の内です」

 

燭光は立ち上がり、病衣を脱いだ。両腕、両脚には青白く光る文字が浮かび上がる。それは羅列する様に刻まれていた。燭光はソレを隠すように布を巻き付け始めた。

 

「あの攻撃でかなりクリストグラムが乱れました。ふふっ、今こうして自分の体を見ていると、嘗てこの体を形成するのにかなり苦労した事を思い出します。ヘイローがあるとはいえ、今後は攻撃を受けることを避けなければいけませんね」

 

光るその文字は黒い布により閉ざされ暗闇に溶け込む。黒服はその様子を沈黙しながら凝視していた。燭光は黒い布を左目に巻きつけながら黒服の視線を不審に思う。

 

「………なんですか?」

 

「クックック、失礼。つい見とれていました。貴方のその神秘に」

 

「……………そうですか」

 

関心なくそう吐き捨て、気にせず布を巻き続ける。上腕、腰元、脹脛と、その肢体は黒の布に包まれる。その布の間から見える白磁の様な肌が、白と黒のコントラストを明瞭にさせ、燭光の容姿も相まって、男性らしからぬ妖艶さが強く醸し出されていた。

 

月光に照らされる神秘。テクスチャは聖骸布と呼ばれる黒い布に繋ぎ止められ、姿形を安定させた。

 

「刻まれたそのテクスチャ、大変興味深い。そうそう……あの二人も貴方の事をとても気に入っている様ですよ」

 

───マエストロはこう云っていました。色彩に汚染され、世界の変革で崩れたその体、外へ追いやられ、長い年月によって、色彩の残滓と神々の神秘は結合し、器は美しい体へと受肉した。大司教の身であった貴方は皮肉にも、敵対者である忘れられた神々と同じ姿へと変貌した。貴方のその様をマエストロは美しい芸術作品と評しました。

 

───ゴルコンダ&デカルコマニーは貴方に刻まれているそのクリストグラムを、美しく、神聖な記号と評しました。名もなき神と忘れられた神々を表す記号がどう解釈され、今のテクストへと導かされたのか。貴方を形作ったテクストと記号は様々な要素を孕んでおり、興味が尽きないブラックボックス──とのことです。

 

「………私はあの二人の解釈する神秘に適していたと。フフッ、私もあの二人からは色々と学ばせていただいていますので、そう評価されるとは……中々愉快なものですね」

 

 私達の関係は奇妙なものです。私が解釈する神秘は、あの二人の解釈も含まれていますし、現在のキヴォトスの詳細も私より詳しい。ふふっ、私は言わばゲマトリアの"生徒"みたいなものですか。その私から新たなインスピレーションを得ている様ですし、上質な作用を齎していると言えます。

 

「ですが……黒服、人の体を凝視するのはその、失礼だと思います。同じ男性とはいえ、そうじっくりと視線を向けられると不審に感じますよ。傍から見たら少年の着替えを凝視する不審者ですよ貴方は。……あと……なぜ服が女性物なのでしょうか?私にス、スカートを穿けと?」

 

スカート片手に黒服を訝しむ目で睨む燭光、そしてどこか飄々とした態度の黒服。

 

「現在のキヴォトスは殆どは女性で占めていますから、貴方の体型にあった衣服はこちらしかご用意できませんでしたので……悪しからず。クックッ」

 

わざとでしょうか?前の服は汚れて着用できませんし……止むを負えないですね……

 

「………まぁいいです……とにかく、あまりジロジロと見ないで頂きたいのですが」

 

「クックック、それは大変失礼なことを……というより貴方は少年というより少女のソレに近いと思いますがね。あぁ……マエストロも云っていましたね。少年少女の容姿端麗さを併せ持つ両性に近いと。両性具有は芸術と深く関わっていますからね」

 

「もういいです、さっさと本題に入ってください。これ以上揶揄する発言をした場合、あなたの白い亀裂を増やして白服にして差し上げますよ」

 

燭光は左目の布をずらして黒服をジト目で睨む。

 

「ククッ、ユニークな脅しですね。そうですね……雑談もここまでにして本題へと入りましょう────燭光、あの契約書は一体どういう考えで提出したのです?」

 

「簡単です。小鳥遊ホシノの確保の為ですよ」

 

「あの内容は私が失敗する前提の条件に見受けられますが」

 

以前に黒服がホシノに再び提案した時の事、黒服が提示した契約書以外に、燭光が作成したもう一つの契約書が黒服の手元にあった。

 

その内容は、黒服とホシノの契約が破棄になった場合、その契約内容はすべて燭光に引き継がれる───というものだった。その他の内容も燭光の一存で決められるようになっていた。

 

「これは少々見過ごせない。契約内容は私の実験の協力の筈ですが………場合によっては()()()()になりますが」

 

黒服が発する黒煙が増し、部屋を更に暗闇へと染めていく。燭光は毅然として黒服を見つめる。杖を手に取り黒服へと距離を詰める。

 

「ご安心を、これはあくまで保険です。今のところ滞りなく計画は進んでいます。後は時間の問題ですよ、それに…」

 

杖を形状を変化させ、黒服へと示す。ソレに黒服を大きく反応する。

 

「っ!?それは……神名文字…!どう具現化を…」

 

「ええ、あの騒動で色々あって手に入れました。黒服。計画が失敗してもそれを補えるセカンドプランを用意しただけ。大人として当たり前の行動です。私の立場……お忘れですか?」

 

「……………大人と子供(生徒)、貴方は両方の立場で立ち回れる。この場合は生徒として、ですか…」

 

「……ええ♪貴方のプランが失敗しても、私の権能をもってすれば、ホルスの神秘をこの手に収めることができる」

 

「ククッ……クックック…クックックックック…!」

 

黒服は笑う。確実に小鳥遊ホシノ(実験対象)を手に入れられることに。黒服は笑いながら虚空へと消えていった。燭光はその後ろ姿を見送った後、窓の外の夜景を眺める。

 

「先生、私は子供……なのでしょうか?……それとも大人……でしょうか?……ふふっ、あなたは私を子供と解釈しましたが、いつか、それは間違いだと気づく事になるでしょう」

 

「ふふ、フフフ……確かに乃水サクラと偽りましたが、疑いなく私を"子供"と………面白い

 

燭光は自分を子供と解釈した先生に、一種の興奮を覚えていた。自分は子供とは程遠い所に居ると自覚している燭光は、これから起きる騒動に、先生はどう対処するのか。

 

「楽しませてもらいますよ。せーんせい♪」

 

部屋に月光が差し込み、燭光はその光を浴びる。目を開き、恍惚な笑みを浮かべながらアビドス砂漠を見つめた。

 

そして月は暗い雲に隠される。光を通さないほどに厚く、闇が下ろされた。

 

 

 

 





設定やキャラクター、文章についておかしい所が有ればご指摘くださると幸いです。

修正は度々します。

ゴルゴンダ&デカルコマニーの記号やらテクストはよく分からないですよね。

燭光のサクラメントゥムは簡単に言うと儀式とテクスト系です。手の届かない神秘を光と解釈しています。ゲマトリアってだいたいこんな感じかな?違う?

燭光の左目は星彩の眼と言います。めっちゃ中二で痛いですけど……あの色彩から派生した力みたいですね。皆がこの眼をみるだけで拒否反応を表すのは、色彩は不吉の光であり、存在の反転を体が本能で否定しているからです。

色彩と同じく星彩は神秘、恐怖、崇高をという概念を吸収します。その吸収する作用を利用して生徒の神秘を集め、そして神名文字を掌握します。

以前Twitterで青く光る刺青があるキャラクターのイラストを見て、綺麗だなーと思い、燭光の設定に加えました。旧キヴォトスから現在のキヴォトスの変革で色々あってできた刺青のようなものです。……大主教…?……まさか…無名の………

いつか驕るなーって言わせたいですね。

さて、次回は依頼失敗した便利屋との別れです。目的を果たせなかったので今度はカイザー側でアビドスを攻めていきます。少し曇らせがあるので注意を。燭光はこれから先生を困らせる生徒?になります?本人は自分を子供とは思っていないようです、でも生徒の立場も利用する……それはもう悪い大人のムーブと言えるでしょう。先生はどう対処するのか、楽しみですね。
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