トリニティのいちばん長い日   作:RudolfA6

1 / 5
1章 未遂のクーデター

 

 

 

 

「…本当に、考えを改めるつもりはない?」

 

神妙な面持ちの生徒が、手を組みながら、机の向こうに立つ生徒を見上げている。

彼女たちの間には、ラバーマットがひかれたホワイトオーク製の高級な机、そしてその上には「退部届」と書かれた一枚の紙が置かれている。

紙は座っている生徒の方に向いていた。

 

「はい。隊の皆には申し訳ないのですが、この気持ちは変わりません」

 

机の生徒は目を落とし、手を組みなおしてもう一度前の生徒を見る。

 

「理由、聞いてもよいかしら?」

 

前の生徒は息を大きく吐いた。

 

「…ある程度はお察しのことと思いますが、先日の、ミカ様の一件です」

 

組んだ手に力が入る。立っている生徒はそのまま話を続ける。

 

「我々"ホワイトコート"はミカ様に忠誠を誓い、ミカ様のために戦う軍隊。そして、トリニティの安定と平和を守らんがための槍にして盾。…だと言うのに、ミカ様はッ…!」

 

手袋が握りしめられる音が聞こえる。

 

「ティーパーティーの一人を暗殺し、クーデターをたくらむとは!」

 

限界に達した彼女の怒りは、拳に込めて机へと叩きつけられた。

 

「しかもです!真にトリニティの現状を憂い、我々とともに立ち上がったと言うならともかく、あの方が頼ったのはアリウス!?我々は信用されていないと言っているも同然ではありませんか!!」

 

「…中隊長、問題発言よ」

 

「だから何です!?とにかく、私はもう、あの方を信じることは出来ません!これが理由です!」

 

彼女は言いたいであろうことを言いきり、肩で息をしている。

この様子では、引き留めは無理だと察した。組んでいた手をほどき、背筋を伸ばす。

 

「わかったわ、落ち着いて。…ともかく、書類は受け取ります」

 

「ありがとうございます。では失礼します」

 

彼女は早足で歩き、さっさと執務室から出ていった。

 

座っている生徒―刈野ジュンナは、大きなため息をついた。

彼女の近衛連隊長(ホワイトコート)という肩書は、つい数日前までは大変に誇らしく名誉あるものだった。彼女自身も実際にその役職へ就く前の想像と、実際にすることとなった膨大な仕事の現実に面食らいつつも、その名誉に対し疑いは持っていなかった。

しかし…今もそうかと問われれば、彼女ははっきりと答えられないであろう。

 

ジュンナは出された届に一通り目を通し、必要な印がすべてそろっているのを確認して、自らの印を最後の欄へと押した。

机の一番上の引き出しを開くと、そこには同じ書類が山積みされている。その上へとまた一枚増える。

これで何人目か…すべてがこの数日間に出されたものだ。

彼女は引き出しを閉じると背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。

 

数日前のあの事件…連隊が属するパテル分派のトップ、聖園ミカが起こしたクーデター未遂、それによる彼女の逮捕と、明らかになった百合園セイア襲撃の指示。

一連の事件はシャーレの先生らによって解決こそしたが、その影響は甚大なものだった。

 

ジュンナは大きなため息をついた。

彼女の胸中へ先ほどの中隊長の言葉が響き渡る―「ホワイトコートはミカ様とトリニティに忠誠を誓う軍隊」「あの方が頼ったのはアリウス」。それはほとんどの退部を決めた隊員が口にした言葉。

ミカはトリニティがために働き、ホワイトコートはミカがために働く。その流れが途中で切られてしまったのだから、彼女らはアイデンティティを喪失したも同然だった。

アイデンティティの存在しない軍隊からは様々な物が欠けていく。信頼、人員、規律、名誉…

 

正直なところ、ジュンナもミカに対する信頼は揺らぎかけていた。しかし、彼女もミカのもとに付いて長い。

一連のミカの行動が、彼女特有の突発的な行動と複雑な思考によるものではないかと疑っていた。

その真偽を確かめたかったが、現在ホワイトコートの全員にはミカへの面会禁止令が出されている。

唯一、ジュンナが友人を介して手にした言葉は一つ。「迷惑かけちゃってごめん」。

 

「…一体、何をお考えなのです、ミカ様…」

 

ジュンナは天井を見上げたまま、目を覆った。

しばらくそのままで休んでいると、ふいに扉がノックされる。

 

「どうぞ」

 

「失礼します、連隊長」

 

ドアがわずかに開かれ、紫髪で眼鏡をかけた生徒が顔をのぞかせる。小柄ながら、彼女と初めて会った人でも誰もが疑いなく知的で冷静な印象を受ける顔つき。

連隊の第1大隊長、辺留サレンだった。

 

「あと一時間で議会の時間です。ご準備を」

 

サレンはそれだけ告げながら、ドアから部下と共に入ってくる。

時計を見ると現在は8時、査問会は言われた通り9時から。そろそろ支度を始めるべき時間だ。

椅子から立ち上がり、後ろのドアから執務室備え付けの休憩室へと赴く。

休憩室は実質的な彼女の部屋のようになっていた。寮の自室は当然あるのだが、週末か長期休暇にしか帰ることはない。

連隊長クラスの休憩室ともなれば、ベッドからキッチン、シャワーまで、生活に必要な設備はほとんど一そろいしているのもある。

 

彼女は腹が空いていた。空腹感自体は別に我慢できるものの、この後の予定を考えると何かしらカロリーを入れておかないと身が持ちそうにない。そう考えて冷蔵庫を開き、大きなボトルに入った無糖のコーヒーと、チョコレート味のバー状の栄養食を取り出した。

栄養食の包装を割いて、濃い茶色の中身にかじりつく。数ある同系統の商品の中でこれは最も安く、それにしては含んでいる栄養とカロリーが大きい、要はコスパに優れている。

その代償に味は「茹でたジャガイモより多少マシ」程度。ジュンナは訓練生の頃からよく食べていたので、すっかり慣れてしまっていたが。

この手の食料は口の中の水分を奪っていくので、半分を食べたところで先ほど取り出したコーヒーで流し込む。

食べきるのには数分とかからなかった。これで朝食はよし。

 

次に身だしなみを整える。洗面所の前に立ち、蛇口のレバーを上げた。

両腕の袖をまくり、胸元まで伸びる薄い金色の髪を大きくかき上げ、耳の後ろへと引っ掛ける。上半身をかがめてシンクに顔を近づけ、そのまま顔を洗うこと2回。

タオルでやさしく顔を拭くと、ふうと小さな息が漏れた。

 

頭を少し振って、ひっかけていた髪を下ろす。

髪を鋤き、ヘアピンで目に垂れた前髪を右にまとめ、そしてヘアスプレーを軽くかける。目元にうっすらと見えるクマは化粧で隠した。

 

次に制服を見る。一部生徒のみが着る、ベールの付いた長袖の白い制服、今日出したばかりでしわも汚れもない。

あとは軽く歯を磨き、これで身だしなみは整った。

 

執務室にジュンナが戻ると、机の前のソファーでサレンがパソコンを開いていた。

ジュンナはそのまま彼女の向かい側に座る。

 

「おはようサレン。では始めましょうか」

 

朝のこの時間帯に、報告や連絡のための軽い会議を行うのは日課となって久しい。

本来はサレンでなく副連隊長と行っているが、今日のように外せない用事で出ている場合はサレンが代わりにやっている。

 

「はい。本日の予定ですが、この後9時から議会です。長ければ17時までかかるかと。内容は…まず間違いなくミカ様については触れるでしょう」

 

ジュンナの眉間のしわが深くなった。

 

「ええ…」

 

そのことだけで、今日一日がハードなものになることは容易に想像できた。先ほどのコーヒーの苦みが喉の奥で渦巻く感じが、私の今の心境をよく表している。

サレンが眼鏡をかけ直し、彼女の左目を隠す前髪が少し揺れる。

 

「現在までにあった出来事を報告します」

 

「お願い」

 

「エデン条約調印式は10時からを予定していますが、今のところ問題は起こっていないようです。セレモニー等が終わり、調印が行われるのは13時ごろです」

 

「大丈夫なのかしらね、ホワイトコートを警備シフトから蹴り出して。代わりは正実とフィリウスで埋めたようだけど」

 

それはつい2日前の決定だった。

ジュンナは「式の安全な遂行のため、むやみに変えるべきではない」と主張するも、実行委員は聞く耳持たず押し切られた。

 

「我々に出来るのは、無事を祈ることぐらいですね」

 

「ええ…そうね」

 

委員会には腹立たしさを覚えつつも、何事もなければよいと思うのはジュンナもサレンも同じだった。

 

「各大隊は現状平静を保っています。が、脱退希望者は増加する一方で、営外の生徒が昨夜4件のトラブルを起こしています」

 

サレンのタブレットが目の前に出される。トラブルの詳細はすべて口論から発展しての暴力沙汰。大方、煽られたのを聞き流せなかったのだろう。

条約の件以外には、以上がサレンより伝えられた。報告が終わったところで、時間は開会の20分前。これからさらに沈むであろう気分はもう最低になっていた。

 

「では、そろそろ行きましょうか」

 

ジュンナとサレンは席を立つ。

部屋を出る前に、ジュンナだけは一度休憩室へと戻った。中へ入ると、壁に掛けてあった小銃(リーエンフィールド・ショートモデル)を取る。

これは連隊長専用のもので、木製部分がすべて純白で塗装され、ストック部分にはトリニティの校章が大きく刻まれている。銃そのものは頻繁に更新されているが、デザインは初代から変わっていない。

まさに"トリニティの守護者"を表すかのような銃。ジュンナはこれをいたく気に入っており、本来は儀礼用であるものを彼女は普段使いしている(もちろん実用には耐える)。

軽く動作を確認した後、銃口から銃床まで真っ直ぐと伸びるつり革を左肩に引っ掛けて背負った。

弾薬も、腰部の左側に付いたポーチにロッカーから取り出して収める。

 

サブアームのウェブリーリボルバーも本体動作、弾薬を確認するが、すべてに異状はなかった。

 

最後に、白のベレー帽を髪型を乱さないようそっとかぶる。

 

これで支度は整った。休憩室と執務室を出て、サレンと今しがた来た連隊の幕僚2名と廊下で合流する。

一般生徒には今日は特別休日になっているため、廊下は空いていた。

幕僚たちには持ち込む予定の資料印刷を任せていた。ジュンナはまとめられた資料を1つ受け取って中身を確かめるが、今朝送ったデータ通りで特に異常はなかった。

 

「ありがとう。では行きましょうか」

 

ジュンナの号令で、4人は議事堂へと歩き出した。地獄に向かって進んでいるという点で、その時の彼女らは突撃を命じられる兵士と同じと言えた。

 

 

ホワイトコート所属の空中機動大隊(空中を機動するためのヘリはすべて地上で拘束されているが)、彼女らは他の大隊と同じく"先日の一件"を理由に無期限の活動停止と、武装解除の命令を下されている。戦車などの車両類はすべてサンクトゥスが厳重に管理する敷地内へと移動させられ、各大隊の駐屯地内にある武器庫は同派閥に抑えられている。

手元に残るのは私物の銃のみ。

これでは空中機動"民兵"大隊と名前を変えるべきではないか。大隊長の美紫衣ネイは外の雨を眺めながら思った。彼女に届く命令は当然なく、することと言えば一階のロビーで警衛の隊員と無駄話をすることぐらいだった。しかしそのネタも尽きてきたころ、外から隊員が二人、自動ドアを開けて入ってきた。

 

「どうしたお前ら、遊びに行かないのか?」

 

ネイは拭いていたサングラスをかけ直し、前後ろ逆に座った椅子の背もたれに顎をのせながら尋ねた。

彼女達は数分前に見送った連中だ。

 

「サンクトゥスの連中が、私服外出は禁止だと言いやがるんですよ」

 

「なんだそりゃ、昨日まではなかっただろ」

 

昨日の夜。ゲームセンターに行くと言って出て言った隊員は普通に許可されていた。帰ってきたときは顔に傷をいくつも作り、迎えに行った隊員に抱えられていたが。

 

「アボガドフラペチーノ、今日までだってのに!ちくしょー」

 

薄金色の髪の隊員が地団太を踏む。

 

「あいつら、出たければ制服で来いと…」

 

もう1人の隊員がため息をついた。

今の情勢で、ホワイトコートの隊員だと一目でわかる制服を着てうろつけばまあ…悪目立ちする。ネイが聞いた話だと、歩いていたらティーパーティーのバッジも付けていない、一般の制服の生徒に「出てけ魔女共!」と叫ばれたという。

 

「まいったな、あたしも今日はサーフィンの気分だったんだが」

 

「いや、この天気でサーフィンは無理じゃないすか」

 

「山生まれに何がわかるってんだ!まあいい、そのアボガド何とかいう奴、作ってやる」

 

嘆いていた隊員の顔色が一気に明るくなる。

 

「本当ですか!ありがとうございます、大隊長!」

 

が、一方でもう1人は見るからに青ざめていた。

 

「それが終わったらトランプでもするか!どうせ命令が来んと動けないんだからな!」

 

ネイは来ていたアロハシャツの上に、背もたれに掛けていたジャケットを羽織り、立ち上がった。

ホワイトコートの有する戦力のうち、最も脱退者が少ないのはこの空中機動大隊。次点が機甲部隊の第一大隊、次に機械化部隊の第二大隊で、最後、つまり脱退者が最も多いのは教育大隊だった。全体で見れば戦力は例の事件前より50%も低下している。彼女らの本来の役割である軍隊としての能力は、その主戦力であるミカの拘束も含め、きわめて低下していた。

 

「どうせこの騒動も、いつか終わるさ」

 

 

議事堂入口から、議事堂の内部までには2つの扉とその間をつなぐ廊下がある。

議事堂内にはいかなる武器も持ち込んではならない(議長のみ議事の円滑な遂行のため許可)とされている。

銃はもちろんのこと、銃剣やサック…丸めた新聞紙も許可されていない。

出席する議員はこの廊下の両側に設置された棚へ預ける必要がある。

特に順番は決まっていない。ジュンナは前の議員に続いて、古い木製の棚へ隙間を開けず立てかけた。棚に付けられた鎖を銃身側と銃床側、2か所に巻き付けて、備え付けの南京錠で固定する。

拳銃など小型のものと、弾薬は下のロッカーへ入れる。

 

後ろがつかえている。ジュンナは腰を上げ、議事堂内へと進む。入り口には武装した衛兵がおり、すべての入場者はボディチェックをされる。

 

「失礼いたします」

 

彼女は両手を上げておとなしく受けるが、いつもより少し長いように感じた。

 

「問題ありません。どうぞ」

 

チェックから解放されれば、あとは自分の席に座るだけだ。

 

議事堂内は豪華絢爛な装飾が施され、その長い歴史と崇高さを表している。

天井から垂れる6つのシャンデリアの下、中央には議長席と演壇があり、それを囲むようにして議員席、4人は座れる赤いソファーが3段まで並んでいる。

中央奥にはティーパーティーの傍聴席として、議員席よりも一層豪華なイスが3つ並んでいるが、今日は誰もいない。

 

パテルには、入口と議長席から見て右側、奥から3つ並んだソファーの手前側3段が割り当てられている。

ジュンナはおそらく、今日は発言を求められる機会が多くなるだろうと予想し、最下段の右端の席、最も演壇に近い席へ座った。

 

 

9時になった。衛兵が議事堂入口を閉じ、入場は締め切られる。

今日の議会は特別で、出席は自由となっている。条約の件でフィリウス派の欠席者が多く、次点はパテルだ。

もう一度ジュンナは後ろを振り返るが、やはり数名が来ていない。いないのはパテル内ではNo3と目される、フセ氏とその取り巻きだ。

怪しい動きは聞いていたし、今日の出席もいないことを見越してのものだったが、やはり彼女らが足抜けを図っているのは本当かもしれない。

ジュンナは正面に向き直り、議長が登壇するまで、苦い顔でただ眼前を見据えていた。

 

「―では、本日の議会は当初の通告通り、法案審議は行わず、討議を中心として行います。…本日の討議は特に活発なものとなるでしょうが、議員の皆様方は普段通りに規則を守り、冷静な発言をお願い致します」

 

トリニティ生徒議会議長―佐藤モアが厳かに開会の言葉を述べ、議員から拍手が起こる。

彼女が礼をすると長い黒髪が垂れ、議長席へとかかる。黒は何物にも染まらない色、その髪色は議長である彼女の中立性と確固たる意志を表しているようだった。

議長は着席し、資料を開く。午前9時10分、議会は定例通り開かれた。

 

まず行われた3件の討議は平静なもので、特に激しい議論となることもなく終わった。問題は4件目、次の討議内容だ。

 

「先日、ティーパーティー構成員でありパテル派代表、聖園ミカ氏が複数の重大事件にかかわっていたとして、身柄を拘束されました。これについて討議の要請がありましたので、討議を開始いたします」

 

議長は、事前にこの議題を提案していたサンクトゥス派の議員を指名した。

その議員は素早く立ち上がると、早足めに階段を降り、議長とティーパーティーの傍聴席へ一礼。その後、中央の演壇へと登壇する。

議長へ発言許可の感謝を述べ、議員は口火を切った。

 

「…サンクトゥス派代表である百合園セイア様の襲撃、現ティーパーティーホスト、桐藤ナギサ様の襲撃未遂。聖園ミカ氏が起こした一連の事件は、トリニティの治安を大きく揺るがす、凶悪かつ卑劣で、あまりに残忍な行為でした!」

 

明らかに怒気をはらんだ声でサンクトゥス派の議員が、これから来るであろう本題の前の口上らしきものを読み上げた。議事堂内からは「その通りだ!」などの称賛の声が数人から飛ぶ。

 

「幸いにもシャーレの先生の活躍により、氏は拘束されましたが…これで、本当に危機は去ったと言えるのでしょうか!」

 

ジュンナは「来た」と感じた。これからあの議員が何を言おうとするか―それを予想するのはあまりに安易だった。

 

「パテル派ならびに、その武力組織ホワイトコート!彼女らは自らのトップが拘束されたのにもかかわらず、未だ何の対処もされないまま、放し飼いにされています!そこで、本日出席されているホワイトコート連隊長、刈野ジュンナ氏にお話を聞きたい!」

 

演壇の議員が険しい表情でジュンナに向き、議事堂内の目線は一気に彼女に集中する。

 

「パテル派はトリニティの治安を大きく揺るがした事実について、どのように責任を取るつもりか!答えていただきたい!」

 

議員は叩きつけるかのように力強く言い切った。

彼女の口ぶりからは、一貫して演技ではない本物の怒りが籠っていた。その怒りは、自分が絶対的な正義の側にいると信じさせる原動力となっているのだろう。彼女は膝をついた悪魔に天使が剣を向けるがごとく、真っ直ぐと、そして堂々とジュンナを見ていた。

何名かが拍手をしている。

 

「質問がありましたので、ジュンナ氏は登壇し、返答をお願い致します」

 

ジュンナは静かに立ち上がり、書類を手に演壇へと赴く。

演壇は討議を円滑にするため、向かい合う形で2つ設置されている。このうち、ジュンナは空いている、糾弾した議員の向かい側につく。

 

書類を置いて顔を上げる。正面には先ほどの議員がジュンナを睨みつけている。その他にも、議会全体からの視線はジュンナへ針のように突き刺さる。

両肩のベールを軽く引っ張り、身だしなみを整えた。

咳払いをし、マイクの電源が入っているのを確認すると、彼女は発言を始めた。

 

「先日の緊急会合でも言いましたが、かかる重大事件について、我々は評議会の決定を待ち、それに従います。以上です」

 

ジュンナの返答に対し、議員たちはブーイングでもって答えた。

議事堂全体が沸き、轟々の非難が浴びせられる。

 

「静粛に、静粛に!」

 

議長は身を乗り出し、周囲へと必死に呼びかける。

やっと収まると、次に議長は質問者であるサンクトゥス派の議員を指名した。

議員の怒りは明らかに収まっていなかった。

 

「ふざけるな!それが回答になっているとお思いか!あなたは―」

 

「発言中失礼します。どうか落ち着いてください」

 

議員が続けようとするのに対し、議長から割込みが入った。

彼女は堂内全体に聞こえるよう大声で話してはいるが、そこから怒りなどはなく、凛とした調子で続ける。

 

「あなたの怒りも分かりますが、強い言葉で糾弾すれば物事が解決するというものではありません。落ち着いて質問を続けてください。これは他の議員の皆さんも同様です、お願い致します」

 

議長は全体を見回してそう言い、着席する。

「続けてください」と促され、議員は大きなため息をついた後、発言し直した。

 

「…先ほどの回答ですが、ジュンナ氏は現状を理解されていらっしゃらないようですので、この際はっきりと言います。…かの重大事件があった後、あなた方はまるで何もなかったかのように活動を続けている、これはおかしいと思わないのですか?これでは、我々は"パテルはさらなる事件を起こす用意をしている"とみなさざるを得ませんよ?」

 

「我々は既に、評議会決定までの暫定措置として武装解除を受け入れています。これで不十分だと―」

 

「不十分だと言っているのです!」

 

議員が机を強く叩いた。

 

「もう一度言いますよ!?あなた方はまだあきらめていないのでしょう、クーデターを!」

 

「事実無根です!正実の調査資料は貴方も読まれたはず、議会で陰謀論を語らないでいただきたい!」

 

「静粛に!両者発言をやめなさい!」

 

議長の制止にもかかわらず、両者とそして議員たちからもヤジが飛び交い始める。

 

「陰謀ではありませんよ!あなた方が予算をせびる時にいつも言っているのと同じ"脅威を未然に防ぐため"です!」

 

「…トリニティの生徒が枕を高くして眠れるのは誰のおかげだと!?」

 

「枕を蹴飛ばしたのがあんたらでしょうが!」

「そうだ!」「パテルが生意気な口をきくな!」「出ていけ裏切り者!」

 

冷静に進めるはずだったジュンナも、さすがに頭に血が上り切っていた。

純白の手袋が破れんばかりに握りしめられ、もう表情は怒りを隠せなくなっている。

 

「上がこの有様では、下も知れているというものですね!やはり―」

 

ジュンナの頭の中で、何かが切れる音がした。マイクから身を引いて、相手の演壇に向かって足を一歩踏み出した瞬間―

頭部に強い衝撃を受け、少しよろける。

遅れて耳が銃声を認識する。そして、もう一つ銃声が聞こえると同時に、目の前の議員の頭へと銃弾が当たった。彼女はそのまま床へ倒れる。

 

「…議長権限により、議事堂内の治安を回復するための措置を行いました」

 

議長の声のみが堂内に響く。2つの銃声により、全体は完全に静まり返っていた。

ジュンナは右にある議長席を見上げると、ちょうどモアが狙撃銃(SRS.308)のスコープから目を離すところだった。

モアは軽蔑を存分に含めた目で演壇の二人を見ながら、大きなため息の後、会場の静寂を切って言葉を発した。

 

「もし次に制止を聞かず議論を続けた場合、退場を命じます」

 

「…了解しました」「…承知しました」

 

モアは咳ばらいをし、一旦両者に自席へ戻るよう命じた。討議を仕切り直すようだ。

ジュンナは言われるままに回れ右をし、席へと戻る。

腰を下ろし、背もたれに背を着いた瞬間、隣のサレンからタブレットで頭を小突かれる。彼女は表情に出さないながらも、かなり腹を立てているようだった。

彼女はにじり寄り、耳元で言葉を発する。

 

「気持ちはわかりますが、落ち着いてください」

 

サレンはキッとジュンナを睨みつける。

 

「しかし、あの議員はあなたたちもバカにしたのよ」

 

「たしかに腹立たしかったですが、今はとにかく流してください」

 

こういうときのサレンには謝り倒し、反省するしかない。少し冷静になっていたジュンナは小さな声で「ごめんなさい」と言い、両手を彼女に向かって合わせた。

サレンは「わかればよろしい」と言った様子でジュンナから離れ、正面に向き直った。

 

討議は仕切り直され、今度はフィリウス派の議員が登壇する。

彼女は壇上で手にした書類を開き、質問を始めた。

 

「今回の事件について、多くのトリニティ生がパテルへの疑いを持っていることは、残念ながら明らかです。その疑いを晴らすためにも、いくつか質問をさせていただきたい」

 

議長に指名され、ジュンナは登壇した。

 

「まず、ミカ氏が実行した襲撃の2件ともに、ホワイトコート並びにパテル派の一切が関わっていないと報告書にあります。これは事実ですか?」

 

「はい。全隊員への聞き取りと事件当日の行動確認を正義実現委員会立会いの下行っており、事実であると確認されています」

 

ジュンナが目元にクマを作っていたのは、この調査結果をなんとか今日の議会までに間に合わせるべく奔走していたのが原因だった。

これは彼女が今朝作らせた資料に乗っており、部下から議会実行委員を通してすでに全員に配られていた。議員はおそらく、念押しをしておきたかったのだろう。

議員は資料をめくる。

 

「アリウス…」

 

資料には次のことも書いてある。"両事件ともに、襲撃にはアリウス分派を名乗る生徒が関与していた"。

2回目の襲撃の際、謎のガスマスクをつけた生徒らが何名か拘束された。尋問を行うも、口が堅いのか、あるいは必要最低限しか知らされていないのか、数少ない得られた情報がそれだった。

ジュンナはこの情報でなんとか事態を好転させられないかと考えていた。アリウスに"利用された"可能性、これでまだミカの擁護ができるかもしれない。

 

「このアリウス分派というのは…第一回公会議にて異端となった、あのアリウスですよね?」

 

「おそらくは。学校そのものの所在等は確認できていませんが…」

 

ジュンナ含め、多くの議員、トリニティ生にとって、ここでアリウスという名前が出てくることは予想外だった。最後に彼女らの名でテロが起きたのはもう数十年も前で、その名前は忘れられて久しかった。

そんな幽霊が唐突に闇の中から現れた。これは何を意味するのか―おそらく、条約か。ジュンナはその点も心配していた。

 

「襲撃の実行犯がアリウス主体だった…では、なぜ先日の襲撃の際、ホワイトコートは出動しなかったのですか?」

 

この質問は来ると思っていた。ジュンナは議員の目を見据え、落ち着いて答える。

 

先日の流れはこうだった。

まず、連隊へ「校舎にて多数の戦闘音が確認されると同時に、多数の不審な人物が突如として現れた」という報告が入った。

これを"トリニティへの組織的武力攻撃"とみなし、出動要件を満たしたと考えたため、直ちに連隊へ動員を発令。まず準備の整った第1大隊から校舎へ向かう最中―ティーパーティー名義で、出動停止命令が出された。ゆえに、事件当日は介入することができなかった…

ということをジュンナは説明した。

 

ティーパーティー名義での足止めはホワイトコート以外に正実などにも同時に出されている。結果として、事態の解決は独断で動いたシスターフッドと先生の率いる補習授業部に委ねられた。

そして、これは実はミカが下したものである、ということはすでに明らかになっていた。

 

「…特に怪しいところはなさそうですね」

 

議員が返答する。

そう、ジュンナが行ったのは怪しくなく、"正しい"ことだった。

ホワイトコートはティーパーティーの傘下にある。今回のようにトリニティへの攻撃があった場合のみ、ティーパーティーの要請を待たずして動員、出動できるが、それもティーパーティーから待ったを掛けられれば、それに従うしかない。

軍と政治との関係の常識として、軍は政府の命令なく動いてはならないという原則がある。もし軍が勝手に動けば、政府も国民も予期せぬところで勝手に戦争を始めることだってできる。そんなことはあってはならず、故に独断での行動は絶対に許されない。

 

だから、あの時動かなかったことは正しい。そのはずだと、ジュンナは自分に言い聞かせる。

そうしながら、彼女は議員の次なる発言を待っていた。表情は何も、眉一つ動いていないという自信がある。だから私の心中を悟られることもないはず―

議員は特に変わった様子を見せず、次なる質問を投げかける。が、それは今のジュンナの弱点を突く質問だった。

 

「これは交友関係にも踏み込んだ質問となりますが、ジュンナ氏はミカ氏から襲撃については何も聞かされていなかったのですか?」

 

「…ええ。何も、聞かされていません」

 

それは本当のことだった。何も聞かされていない。

 

「ではもし、聞かされていたとしたら、あなたはどうしましたか?」

 

議員が今平然とした質問は、今のパテルに属する人間すべての心臓に杭を打つような衝撃力を持ったものだった。いや、正しくはそうでもないものもいるだろうが、少なくともジュンナにとっては間違いなくその程度の威力があった。

 

彼女の背を冷たい汗が伝う。

どうした、どうしたか?理性的、かつ模範的に判断するなら、答えは一つだった。

しかし、もし、という一つの可能性が、ジュンナの頭の中にこびりつくようにして存在感を放っていた。

 

もし、美しい荘園の中、熱すぎず寒すぎもしない、暖かな日差しの差す午後、純白のテーブル、チェア、ティーセットに彩られたティーパーティーの席で。

もし、ミカがジュンナの正面へと座り、他愛もないアイスブレイクの後に、自身の心中を吐露し始めて。

もし、あの屈託のない笑顔で、誘いの言葉を投げかけられたのなら?

 

 

落ち着け、引っ張られるなと言い聞かせる。それは起こりえなかった。

今はもうない可能性。それを追及したところで、今更何か変わるわけではない。

必死に自分に正気を取り戻させようとし、徐々に思考は落ち着いてくる。そして、そうか、とジュンナは気が付いた。この議員の質問の意図は、私から失言―パテルに瓦解を引き起こしかねないか、もしくはジュンナの政治生命を断つ発言―を引き出すつもりだと。

 

「…それは過去の仮定の話です。今どうするか答えたところで何も変わりません。…討議を進めてください」

 

議員は表情を変えない。ただ「ふうん、そうするか」とでも言うかのような、どこか冷めた表情のままでいる。

彼女が資料をめくり、おそらく次の質問に入ろうとしたところで―議長が発言した。

 

「時間となりましたので、ここで討議を一時中断し、休憩とします。再開は2時間後の14時です」

 

そう言って議長が席を立つと、静まり返っていた堂内は各人の話し声で満たされていく。

ジュンナはひとまず休憩か、と肩の力を抜いた。壇上に置いていた資料をまとめ、サレンと幕僚とともに議事堂を出る。

午後の議会も熾烈なものとなるだろうが―まずは空いた腹を埋めなくては。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。