トリニティのいちばん長い日   作:RudolfA6

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2章 着弾

議事堂のある校舎の片隅に、数個のベンチと飲料の自販機が置かれたスペースがある。

そこは食堂から離れているうえに少し入り組んだところにあるため、平時から空いている。特に今日は一般学生には休日ということもあって、ベンチに腰を掛けているのはジュンナしかいなかった。

午後の少し傾いてきた日がよく当たるこの場所は、ジュンナのお気に入りの休憩場所。昼食を済ませた後にここで缶コーヒーを飲むのが、昼休憩の限られた時間の中で最もメンタルの休まる方法だと彼女は思っている。

 

「隣、失礼」

 

後ろから声がかかる。

その人物は白いスカートを揺らし、ジュンナの横に一人分ほど開けて座る。

 

「何か御用?モアちゃん」

 

生徒議会の議長、佐藤モア。彼女はジュンナの方を見ることはなく、口を開いた。

 

「どうだった、今日の議会。とは言っても午前だけだけど」

 

「議会?魔女裁判と言った方が正しいわよ、アレ」

 

ジュンナもモアの方は見ない。そのまま二人は話を続ける。

 

「ひどいものだったね。議長として言うなら、議員の皆様方には冷静な議論を続けてもらいたかったけれども」

 

「…」

 

痛いところを突かれた。ジュンナも冷静さを欠いた行動をしてしまったことは事実なので、何も言い返せない。

 

「悪かった。…あと、ありがとう」

 

「ん…」

 

モアは何のことか、今ひとつピンとこないようだった。これで察してくれればいいのにと思ったジュンナは、恥ずかしさに喉元でつかえていた言葉をなんとか押し出す。

 

「…あの時、止めてくれたでしょう?アレが無かったら、乱闘騒ぎになってた」

 

モアはふっと笑い、少し笑顔で答えた。

 

「君が頭を撃たれて感謝する日が来るとはね。ミサイルでも降りそうだ…あと、あれは議長の役目を果たしただけだから」

 

相変わらず素直じゃないな、と思いながら、ジュンナはもう一口コーヒーを飲む。

 

「さて、話を戻すが」

 

モアは姿勢を変え、背もたれから背を離して前傾になり、肘をついて指を組み、その上にあごをのせる。

 

「君もわかったと思う。アレがパテルに対するトリニティの目だ。中立的に見れば、君たちは出来る限りの対処をやっているが…」

 

ジュンナの頭の中を、先ほどの議会の光景がよぎる。黙っている議員の方が少ないほどの轟々たる非難、止める者は議長以外にはいなかった。

窓ガラスの向こう、校舎中庭に目を落とした。つい昨日まで、あの中庭の舗装された通路はデモ隊が堂々と行進していた。掲げられたプラカードは「聖園ミカを追放しろ」「ホワイトコートを解体しろ」…

もし休日でなければ、今日も彼女らはあそこにひしめいていただろう。

 

とはいえ、ジュンナも彼女らの気持ちは、理解できなくもなかった。様々な物を見てきた身だし、それに連隊長という立場に付くにあたり、人の心理についてはある程度勉強している。

 

「…みんな、怯えているんでしょう。あまりに起きたことの衝撃が大きすぎる」

 

「そうだ。あの事件はあまりに強い衝撃と、恐怖をもたらした。議員だけじゃない、1年生の新入生から、残るティーパーティーのトップまで……恐怖は人をおかしくさせる。信頼を不信に変え、自らの足元には常に陰謀が根を張っていると思い込ませる…」

 

しばしの沈黙の後、モアは大きく息を吐き、意を決したように口を開いた。

 

「ジュンナ、ここから先は議長としてでも、ヨハネ派議員としてでもない、君の友人として言わせてくれ」

 

その言葉に振り向くと、モアはジュンナに向き、真っ直ぐと見つめていた。

 

「単刀直入に言うが、パテルはもう…泥船だ。君も機を見て離れるべきだ」

 

普段のジュンナなら、掴みかかったであろう発言。しかし、モアの真摯な眼差しがそれを押しとどめていた。

 

「君はまだ沈むべき人材じゃない」

 

この発言が本当にジュンナを心配してのものだということを、彼女は分かっていた。

だがジュンナには、どうしても今去ることのできない理由があった。コーヒーを勢いよくあおり、一口に飲み干す。

 

「モア。たとえパテルが泥船だとしても、まだ人が乗ってる。船長が去るのは一番最後よ」

 

ジュンナは確固たる意志を持って、そう言い切る。

モアは…小さくため息をついた後、少し呆れながらも笑みを含んだ表情でジュンナを見た。

 

「君はそういう人だったね…」

 

まったく、かなわないなといった様子でかぶりを振り、ふっと笑った後、再び真面目な顔に戻る。

 

「うん、繰り返しになるが、危ない立場にあることは忘れないでほしい」

 

「わかってる、大丈夫よ」

 

ジュンナはそう言えば、と腕時計を見る。時刻は13時37分、予定が近い。

 

「あ、そろそろ打ち合わせがあるんだったわ」

 

「午後の議会に向けてかい?」

 

「そう。じゃあまたあとでね」

 

ジュンナはベンチから立ち上がり、廊下の奥へと消えていく。

モアはその姿を見送った後、スマホをポケットから取り出して開く。ニューストップを飾るのは「エデン条約調印、まもなく」という文章。

 

条約調印式…何もなければよいが、とモアは思いながら、サイトをスワイプしていく。

もし、式に何かあれば―トリニティに渦巻く恐怖は、さらに混沌をもたらすものになるだろう。

 

 

 

「あ…」

 

廊下の曲がり角で出くわした人物を目の前にして、ジュンナは思わず声を出してしまった。

眼前の相手、パテルに属する議員であり戦略情報局局長、占見フセ。その周りには数人の議員がいる。

彼女は仮面のように張り付いた表情のまま、ジュンナを一瞥した。

 

「あら、奇遇ですねぇ」

 

「…どうも。まさかお会いするとは」

 

議会を欠席しておいて、何をのんきにこんなところで油を売っているんだ、と言いたくなるのをこらえ、ジュンナは平静を装いつつ返答した。

 

「議会におりませんでしたので、何かあったのかと思ったんですが。お変わりなさそうで何よりです」

 

「それはそれは…ご心配をおかけしたようで申し訳ありません。少々、局の方で用事がありましたもので…」

 

軽い応答の後、フセ達は軽く会釈をすると、立ち去ろうと歩き出す。

ここ最近、彼女はジュンナ含む一部のパテル派メンバーを避けている。それはおそらく、派閥を抜ける前触れではないかとジュンナは予想していた。

無理やりにでも引き留めるつもりはないので、まあ別にいいのだが。

 

立ち去っていく彼女らの背を見送り、ジュンナも再び歩み出した。

今回の事件を受け、かなり保身の目立つ彼女の行動は正直気に食わない。しかし同じパテルに属する者として、共に働いた中の人がまた一人と離れていくのは、寂しいものがあった。

 

 

フセ達が向かっていたのは戦略情報局の本部。壁面の大小さまざまなモニターが薄暗い部屋を照らし、それを背にしてデスクとその上にパソコンが並んでいる。まさに"作戦司令部"と聞いて一般人が思い浮かべるような室内。

彼女らはそこへ到着すると、モニター反対側の部屋の端、普段は書類を並べて会議に使われる机を囲むように席に着いた。

室内には彼女らを除いて誰もおらず、その机も普段なら机が見えないほどに書類が散らかっているのだが、今日は数枚がまとめられているだけ。そこに部下の一人がティーセットを持って現れた。

 

紅茶が注がれ、室内に優雅な香りが満ちていく中、座っている1人が口を開いた。

 

「局長、ジュンナさん、本当に何も行動しないつもりなんでしょうか?」

 

フセは机に肘をつき、手を組んでいた。

 

「まあおそらくは。それらしい情報はありませんし…このまま、パテルと一緒に心中する気なんでしょうねぇ」

 

大きくため息をついた彼女はかぶりをふって、わずかに笑みを浮かべた。

 

「その点、私達の方がパテルのために行動していると言えるでしょう」

 

最後の一人のティーカップに紅茶が注がれた。

異様な様子の本部で、食後のティータイムが始まる。

 

 

 

「午前の議会の様子からして、議員連中の目的は"反パテルの風潮"を確立することにあると思われるわ」

 

ジュンナは連隊長執務室に集まった、第一大隊長とその他幕僚の3名に向けて冷静に語る。

今日の議会は条約の件でフィリウス派、ヨハネ派の議員が多く席を外している。彼女らはパテルに対し数少ない中立寄りの立場。フィリウスは慎重な対応を主張、ヨハネは評議会の決定に任せるべきと主張している。だが議会の流れによっては転向する可能性がある…これをチャンスと見て、反パテルの議員たちはあれだけ激しい論戦を仕掛けてきたと見るべきだろう。

 

「あ、あの…いいですか?連隊長」

 

幕僚の一人がおずおずと手を上げる。

 

「どうしたの?」

 

「実はさっき、お手洗いから出た時に、サンクトゥス派の議員が話しているのを聞いたのですが…」

 

幕僚は一瞬目をそらす。ジュンナはその様子で、明らかに言いにくいことだと察する。

逡巡の後、意を決してジュンナを見据え、彼女は続けた。

 

「その、サンクトゥム派閥の戦力を使って、ホワイトコートの首脳陣を拘束するべきではないか、という話が」

 

ジュンナの眉間にしわが寄る。室内の全員は言葉を発さないまでも、一気に空気が重くなった。

 

「あ…すみません、あくまで立ち聞きですので、信頼性の低い情報ですが…」

 

「いえ、その可能性はあると思われます」

 

サレンが口を開く。

 

「サンクトゥス派の生徒が我々の敷地内にて、たびたび目撃されています。偵察活動と思われる行動があったとの報告も」

 

「あ、それに関係するかもしれない報告が私の方にも来てます」

 

先ほど手を上げたのとは異なる、もう一人の幕僚が手を上げる。

 

「今朝から空中大隊司令部付近にて数回、偵察用ドローンの存在が確認されています。先ほど上がってきた情報部の調査では、暗号化された通信を行っていたと」

 

室内は再び静まり返り、時計の音のみが聞こえている。

ジュンナは手を組んで渋い顔をする。動揺が見て取れるものが数人いる中、連隊長として黙っているわけにはいかなかった。

 

「…落ち着きましょう。サンクトゥスが動くとは限らないわ」

 

全員の目を見回してジュンナは続ける。彼女にはそう言い切れる根拠が勿論あった。

 

「ティーパーティー、ナギサ様が席を外しているとはいえ…勝手に首脳陣の拘束は重大な越権行為。万が一ナギサ様と連絡が取れなくなったとしても、その間は議長に権限が委託される。現状で過激な行動には出られないでしょう」

 

ジュンナの言葉で、彼女たちは少し落ち着いたようだった。

そもそも、現状ホワイトコートに対して実働部隊の武装解除のみで、首脳陣の予備拘束を行っていないのは、ナギサ様も議員の多くも、そこまでやるべきではないと思っているのだろう。

ナギサ様が動かない理由はよくわからない。ミカ様とは幼馴染だったというし、クーデターを実行したというショックで動揺しているのか。シャーレの先生に諭されたのではないかという話もある。

議員たちはおそらく「関与がわからなくとも、クーデター未遂時は首謀者だけでなく側近人物も拘束対象」という前例を作ってしまうことを恐れているのではないか。

サンクトゥスが独自にやるやらないを言っているというのは、つまり上は―ナギサ様は動かないということ。

 

一方で、条約が調印され、一段落した際にナギサ様が行動に出るという可能性はある。ナギサ様が動くとなれば議員たちからも同調するものが多く出るだろう。

今日はおそらく大丈夫だろうが、明日明後日以降はどうか。もし、拘束に踏み切るとなれば―

 

不意にジュンナのスマホが鳴った。呼び出し音は緊急連絡用のもので、「失礼」と言って椅子から立ち上がりながら、ポケットからスマホを取り出す。

相手は副連隊長。彼女は今、フィリウスの議員と調整を行っているはずだが。何用かと思いながら通話を開く。

 

「私よ」

 

「連隊長!今すぐテレビを付けてください!今すぐです!」

 

一瞬気圧されるほどの剣幕、彼女がこれほどまくしたてるのはめったにない。それに押されて、会議机の上に置かれたリモコンを取り、すぐテレビを付けた。

電源ボタンを押し、少しして画面に光が付いた。その瞬間、衝撃的な光景が映る。

 

「条約調印会場は大変な事態になっています!激しい爆発が起き、周辺は火の海です!」

 

クロノスのレポーターの後ろでは、条約調印式の会場が跡形もなく崩れ、大きな火が渦巻いていた。

ジュンナの全身から一斉に血の気が引く。

心配は現実となった。調印式は―襲撃された。

 

 

 

 

 

襲撃から15分程。執務室は臨時司令部に様変わりしていた。

 

「映像解析来ました!攻撃は恐らく巡航ミサイルによるものです!」

 

「ミサイル!?レイピア防空システムは!」

 

「第5、第4レーダーサイトに問い合わせましたが鳥すら映らなかったとのことです!民間にも確認を取ってますが…」

 

幕僚から手渡された書類をジュンナは読み込む。ミサイルはラムジェットを使用しておらず、レーダー網をすり抜ける高いステルス性を有する―

記憶を逡巡するが、これほど高性能なミサイルを見たことはない。というか、現在のトリニティの技術力では不可能なレベルだ。なるほど、これでは迎撃できない。

 

とにかく、攻撃はミサイルだと確定した。ジュンナは資料を投げ出し、会場の様子を確認しようと、隣で固定電話を手にする幕僚の一人に寄った。

 

「会場との連絡は?」

 

「駄目です。有線でも試しましたが、おそらく断線しているかと。無線も混線してます」

 

「会場にいる人間なら誰でもいい、出るまで続けて」

 

幕僚が「了解」と返すのも聞かず、ジュンナは机の反対側に回り込み、ノートパソコンを開く幕僚へと話しかけた。

 

「偵察ドローンの展開はどうなった?」

 

「そ、それが…飛行場入口をサンクトゥス派が塞いでいるらしく。事情を説明しても聞かないと」

 

ジュンナは拳で机を叩いた。

 

「頑固者!情報が欲しいのはそっちも同じでしょうに!」

 

直接交渉しようと、幕僚から飛行場を塞ぐ部隊の電話番号を聞き出そうとした矢先、ジュンナを別の幕僚が呼ぶ。

 

「連隊長!情報部より報告!」

 

「読んで!」

 

「無線傍受によりますと、会場では戦闘が生じている模様!トリニティ、ゲヘナ双方から戦闘発生の報告と増援要請が上がっています!」

 

ミサイルを撃ちこんで終わりではなかったか。ジュンナは唇を噛む。

 

「ひどい混乱状況にある模様です…!両勢力での交戦が起きているようですが、中には不明勢力との交戦もあると…」

 

不明勢力…それはもしや、と思ったところで、また別の幕僚が「連隊長!」と叫んだ。

 

「これは明らかなトリニティに対する攻撃!出動要件を満たしていると考えます!」

 

その幕僚は力強くジュンナを見るが、横からパソコンを操作していた幕僚が口をはさんだ。

 

「ま、待ってください!私たちは武装解除令を受けてます。今動いたら、本当にクーデターをするつもりだと思われちゃいますよ!?」

 

「今動かずして何のためのホワイトコートだ!連隊長、動員令を!」

 

目の前の彼女は完全にヒートアップしてしまっている。

ジュンナは―まだ動くべきではない、と考えていた。

 

「落ち着きなさい!まだ敵勢力というのが何かもはっきりしていないのよ!」

 

「ゲヘナではないのですか!?奇襲など、あいつらならやりかねないことです!」

 

「今動員すれば、この襲撃は私たちが起こしたとほとんどの人が見る!一旦落ち着いて、今は―」

 

不意にスマホが鳴った。

確認すると、議長からのメールが入っている。題名は「臨時議会招集の件」。そろそろ来る頃だと思っていた。

顔を上げて再び幕僚を見、話をつづけた。

 

「臨時議会の招集が来たわ。なんとか説得して武装解除令を停止させるから、今はまだ、動かないで」

 

ジュンナが訴えかけるような目で見ながらそう言うと、幕僚は「…了解しました」と答え、席に座って再び各々の作業に戻る。

彼女は自分の執務机からスマホと財布だけを取り出す。銃は議事堂前で置いていくことになるからと持たず、室内のスタンドに立てかけてあるのをわずかに横目で見た後、部屋のドアに手を掛ける。

 

「私がいない間、各員は引き続き情報収集を!」

 

振り向いてそれだけ言うと、室内にいた全員から「了解!」と力強い返事が返る。

 

「…連隊長、ご武運を」

 

サレンの見送りに後ろ手で手を振り、ジュンナは執務室を出た。

外は曇り空のせいで光量が少なく、廊下は薄暗い。外に生徒が集まり出している模様で、喧騒が聞こえてくる。それは、この学園を包み込む混乱を表しているようだった。

 

 

衛兵に出迎えられ、議事堂内へと入る。

入口から見下ろすと、すでにメンバーは中央の大きな論壇を囲むように集まっている―ティーパーティーが万が一にも機能不全を起こした際、権限を委譲される生徒議会議長と、各派閥の指名された代表。衛兵も出ていき、議事堂内にはそれ以外の誰もいない。

階段を下り、彼女もそれに合流する。

 

「パテル派より刈野ジュンナ、参りました」

 

全員がこちらを一瞥するが、向けられた目線に思わずジュンナの表情が固まる。

思い出した。彼女らは午前の議会で論戦を繰り広げた相手。フィリウス派の代表、石戸ルナ。サンクトゥスの上座カリナ。堂々と自分たちを非難した彼女らと同席するというのは、さすがに気まずさを感じずにはいられない。

 

「代表の皆様にお集まりいただき、感謝いたします」

 

ジュンナが論壇の前に来たところで、生徒議会議長、モアが挨拶を始めた。

 

「現在、皆様もご存じの通り、エデン条約調印会場が攻撃を受け、ナギサ様並びにサクラコ様、ミネ様とも連絡が取れないため、トリニティの政治機能が完全に麻痺したと判断。統合学園条例第57条に基づき、臨時議会を招集しました」

 

さしずめ、小さなティーパーティーとでも呼ぶべき組織。シスターフッドからの代表は指名されていないため、メンバーはこの4名が全員となっている。

 

「まずは現状の整理を」

 

そう言ってモアがタブレットを片手に状況を読み上げる。ほとんどはこちらで掴んでいた情報と変わりない。正体不明の勢力がいるというのも語られ、やはり会場にはトリニティとゲヘナ以外に何かがいるのは間違いない。

 

「では、各派閥で何かこれまでに行動があれば報告をお願いします」

 

「はい」と真っ先に手を上げたのはサンクトゥスの代表。議長が指名し、彼女は発言を始めた。

 

「サンクトゥス派は此度の騒動に当たり―これ以上の混乱を避けるため、校内において治安維持のための"予備措置"を取る必要があると判断しました」

 

「代表、予備措置とは?」

 

モアが尋ねる。

カリナはこの状況にふさわしくない微笑を浮かべながら、堂々たる様子で答えた。

 

「パテル派武力組織、ホワイトコート各大隊長の拘束を命じました。私が出る直前でしたので…おそらく、既に実行済みであると思われます」

 

桃色の髪のサイドテールを揺らし、カリナはジュンナの方を向いた。

 

「なっ…」

 

ジュンナは一瞬、我が耳を疑った。しかし、カリナは微笑を崩さないままあえてジュンナを見ている。

それはまるで「してやった」と、勝ち誇っているように彼女の目には映る。

握られた拳に爪を食い込ませながら、声色に怒気を混ぜて尋ねた。

 

「カリナさん、あなたは現状を理解されているのですか?我々は今、内部争いなどしている場合ではありません」

 

すると彼女は、呆れたかのようにため息を吐き、大げさにかぶりを振ってみせた。

役者気取り?速く答えなさいよ。呆れたいのはこちらの方だ。

 

「ええ。その程度理解していますよ?ただ、この騒動にホワイトコートが便乗されては困るということです」

 

「そんなことは―」

 

「ないと言えないでしょう!」

 

カリナは机を平手で強く叩いた。その音が静かな堂内に響き渡る。

 

「落ち着いてください、カリナさん」

 

モアが手を差し出し、間に割って入る。

手の平は私の方に向いていた。向こうにカリナ、指先の方へルナがいる。ルナは深緑のストレートヘアをエアコンの風にたなびかせながら、静かに立っていた。

 

「いくら緊急時とはいえ、勝手にそのような行為をすることは重大な越権です。現在、ティーパーティーの有する決定権は私にあります」

 

モアが鋭い目でカリナを見る。しかし、彼女はたじろぐこともせずに、モアを見つめ返している。

両者の見つめあいのさなか、咳ばらいをルナがする。そして、彼女はカリナとはうって変わって落ち着き払った様子で話し出した。

 

「議長、此度のサンクトゥスの行動…性急とは思えるが、どうかご理解をいただけないか」

 

彼女の口から飛び出したのは擁護意見。

ジュンナが堂内に入り、彼女らの顔を見た時から感じていた嫌な予感。ルナの方からカリナに目を向けたことで、それは事実であると確信せざるを得なかった。

彼女は―カリナは、再び微笑を浮かべ、満足げな表情でルナを見ていたからだ。

 

「ジュンナさんは先ほど、"内部争いなどしている場合ではない"とおっしゃいましたね?」

 

表情はそのまま、彼女はジュンナを見る。

 

「…ええ。内部争いなんてしておりません。むしろその逆―我々サンクトゥスと、フィリウスは協力することにしたのですから」

 

「まあ、そういうことだ」

 

ルナはジュンナに語り掛ける。

 

「刈野さん、我々は何も君が嫌いとかいう訳ではない。…信じるに足る要素が足りないんだ」

「君はこの会議に出席することで、トリニティの秩序を取り戻すための意欲を見せている。しかし、もしかしたら、ミカ氏の解放のため、この混乱を利用しようとしているかもしれないという可能性もある」

 

「あなたを抜きにしても、部下はどうでしょう?散々暴れまわっているそうではないですか」

「まあ、どういう場合であっても、パテルの動きを封じておいた方がよい、という結論に我々は至りました。ゆえにこの行動です」

 

カリナは真剣な顔に戻り、再びモアを見た。

 

「もう一度言います。議長、どうかご理解を」

 

ジュンナは必死に言い返そうと頭を巡らせる。悔しいことに彼女らの言い分を100%否定することはできない。

だが、連隊長として、彼女らを信じる者として、ここは言い返さなくてはならない。

 

「そこをなんとか、どうか信じていただきたい」

 

怒りを飲み込み、誠実な態度でもって語り掛ける。

 

「我々は、その全員がトリニティを守るという確固たる意志を持って志願し、部隊に籍を置いているのです。この危機に際し、むしろホワイトコートは一致団結するでしょう」

 

背筋を伸ばし、両足を寸分の狂いなく揃え、両手を真っ直ぐに下ろす。

それは何度も、何度も仕込まれてきた気を付けの姿勢。

 

「ですから、どうか我々を信じていただきたいのです」

 

言い切って、ジュンナは深く頭を下げた。

この場で、彼女ができる手段は、少なくとも今思いつく中ではこれが最善だった。あとは信じてくれることを信じるしかない。

 

返答はまだ無く、沈黙が続く。

頭はずっと下げたまま、息が詰まる。彼女がこれほどまでに緊張したのは久々だった。

 

 

ジュンナの左の方から、意を決したように、わずかに息を吐く音が聞こえた。

 

「サンクトゥスは拘束命令を撤回してください」

 

反射的にジュンナは顔を上げる。

 

「今は極めて不安定な情勢です。各派閥は緊密に協力すべきであり、不用意に対立を刺激するような行為は―生徒間の関係を調整する生徒議会の議長として、容認できません」

 

きっぱりとモアは言い切った。

 

「モア…!」

 

彼女はあくまで議長としての役割を遂行しようとしただけかもしれない。しかし、ジュンナにとっては不信という暗闇に一面が覆われた中で、唯一差し込んだ救いの光のように輝かしく思えた。

まだ信じてくれる人がいる。なら私も戦わねばならない。そう思った矢先、誰かのスマホが鳴る。

 

「…少し失礼」

 

カリナが少し離れてスマホを取り出す。鳴っていたのは彼女のものだった。

 

「はい、私…何?」

 

彼女の眉間にしわが寄る。何か良くない報告があったようだ。

 

「ええ…ちょっと待ちなさい」

 

カリナは通話をミュートにすると、早足で元居た場所へと戻る。

 

「ジュンナさん、どうなっているの?」

 

「え?何のことです?」

 

困惑するジュンナに、カリナは明らかに苛立った様子で身を乗り出した。

 

「すっとぼけないでいただきたい!今連絡があって、教育大隊の武器庫を抑えていた部隊が攻撃され、撤退したと!これは明確な命令違反よ!」

 

「ええっ!?」

 

流石に突飛が過ぎ、放たれた内容が信じられず固まる。

一方、カリナの怒りは留まるところを知らない。議事堂の歴史ある木製の床をカーペット越しに靴底でけたたましく叩きながら、机を大きく回ってジュンナへ詰め寄る。

 

「信用しろと言っておいてこんなことを!何という人間でしょうあなたは!」

 

勢いよくジュンナの胸元が両手でつかまれる。彼女は激しい怒りの表情でもって眼前の相手を睨みつけ、これから何をする気か、想像に難くはない。

咄嗟にモアが間に割り込んだ。

 

「落ち着いて!まだ独断専行と言う可能性も…!」

 

「じゃあ部下の手綱すら握れてないってことでしょうが!!」

 

カリナは振り上げた右手で拳を作り―ジュンナの左頬を殴った。

横からの為にモアの静止が間に合ったのは、2発目が構えられた直後だった。

 

「…っ」

 

ジュンナも訓練で打撃は何回も受けている。だからこそこれは寸止めがない、本気の一撃。

この怒りよう、彼女は本気で怒っている。そうジュンナは理解した。なら、言っていたことは本当に?

 

「衛兵!さっさとこいつを連れて…」

 

「おい、ちょっと待ってくれ」

 

いつの間にかモアの隣にいたルナ。彼女はこの状況でも落ち着いていた。

 

「その武装した部隊は今どこで何を?」

 

問われたカリナは怒りの表情から一転、少し考えこんだ後に、机の上に投げ出されていたスマホを取った。

 

「…もしもし?それで、その部隊は―」

 

突如、議事堂入口から轟音が堂内へと響く。それはドアが蹴破られた音だった。武装したおよそ10名ほどの人数が駆け足で展開し、ジュンナ達を包囲する。

入ってきた集団を見て、ジュンナは驚きを隠せなかった。彼女らはよく見知った顔、ホワイトコートの隊員たち。

その瞬間に確信した。カリナは嘘をついていなかった。

 

ジュンナはもう一度思い返すが、彼女らには何も命じていない!議事堂に突入して来いなんて命令など間違っても出していない。

それがどうだ。彼女らは武器を持ち込んではならない議事堂に堂々と銃を持ち込み、我々に向けている。

 

「あなた達、ここがどういう場所かわかっている!?今すぐ銃を下ろし、ここから出ていきなさい!」

 

隊員たちの数名がたじろぐ。

こういう時、トップが動揺してはならない。彼女らがやっているのは命令違反、その命令を出した人間に真っ向から逆らうというのは大きなプレッシャーがかかる。

眼前でその行為を非難されればなおさらだ。

気圧されたのか、隊員たちは動かない。その状況を打開しようとしてか、後ろから一人が出てきた。

 

「連隊長!誤解しないでいただきたい。我々はあなたを助けに来たのです!」

 

そう胸を張って言い張る人物―彼女は教育大隊の大隊長。

堂々とした様子の彼女を、ジュンナは睨みつけていた。"彼女が私の命令を上書きした"。

組織において絶対にしてはならない行為をされては、部下相手であってもさすがに怒りを隠せなかった。

 

「助けに!?誰がそんな命令を出した!」

 

「ありませんが必要と判断いたしました!連隊長もご存じでしょう!?我々はサンクトゥスに狙われたんです!」

「私は知っています!この緊急事態に最も必要とされている我々を頼るどころか、無力化を図ったと!この派閥いかんを問わず団結すべき、この時にです!一体誰が真のトリニティの敵なのか、私にははっきりとわかりました!!」

 

大隊長はホルスターからリボルバーを取り出し、白銀に輝く銃口の先端をカリナに向けた。

ジュンナは一歩前へ出て彼女をかばう。

 

「敵は貴様が決めるものではない!私の命令も、要請もなく勝手に部隊を動かして!!」

 

「これもすべてトリニティのためなのです!連隊長、どうかご協力を!」

「この危機にホワイトコート一丸となって立ち上がりましょう!今こそミカ様をお救いし、ミカ様の下でトリニティの平和と秩序を取り戻すのです!連隊長!!」

 

彼女の口から出たのはとんでもない発言だった。彼女の口ぶりは現状を憂い、大義のために行動しようと訴えているように聞こえるが、ようはミカ様を開放し、事実上の空席となっているティーパーティーのトップに据えようということ。

バカなことを!それはクーデターだ。

 

「目を覚ませ!ミカ様は逮捕された!それを正式な手続きもなしに解放しようとは!」

 

「そんな手続きは無効にすればいい!連隊長、動きましょう!」

 

「ふざけるな!!貴様は現時点をもって解任する!今すぐその肩の校章を引きはがしなさい!」

 

「…!連隊長ーッ!!!」

 

絶叫と共に拳銃が乱射された。その回数は6回。

最後の銃声の後、撃鉄が空回りする音で大隊長は撃ち切ったことを察し、銃を下げた。

 

肩で息をしながら大隊長が見下ろすと、議員たちに傷はなかった。

銃弾は咄嗟に両手を広げたジュンナにすべて命中していた。そのうち、頭部に当たったものは3発。

彼女はそのまま地面へと倒れた。

 

 

13時51分、曇り空は雨へと変わっていた。

雨音に交じり、遠くからは戦闘と思われる爆発音が学園に重く響く。校内では生徒たちの混乱の声がそこかしこで響き、根も葉もない噂が安易に信じられ、急速に拡散していく。

正義実現委員会は至る所に散らばり、二転三転する命令に翻弄されて本来の役割を果たしているのはわずかだ。その隙を突くかのように校舎をクーデター部隊が動いている。

混乱の中、正門に急停車したゲヘナの救急車は誰かを乗せているようだった。

 

トリニティの長い一日は、やっと折り返しを過ぎたばかりだ。

 

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