私は、学園を守るものになりたかった。
そのためには力が必要だと思い知らされた。
あの日見たミカ様の圧倒的な力、それに近づきたくて、私はホワイトコートへと入った。
2年生になり、やっと私はミカ様のお傍に付くことができた。
だが、実際の彼女は私の想像とはかなり異なっていた。重要な書類は平然と無くす忘れる、期限の前日に書き方を聞いてくるなんてこともある。誤字脱字も多いこと。
書類仕事から離れても、会議の席で本題に入らず世間話をし続けたリ、少しでも気に障ることがあればすぐ態度に出たりと、最初の頃は傍に立っているだけでも気が気でなかった。
数か月で、彼女に対して最初に抱いていた崇高なイメージは完全に崩れ去った。
別に失望したとかいう訳ではない。私が感じたのは…思っているよりも人間らしかったと。
そんなこと当然と言えば当然だ。身近に近づくことで、今まで見えていなかったところが見えるようになっただけ。
でも、彼女も私と同じく、笑ったり、怒ったり、泣いたりする。そういった一面を知れたことで、彼女に対する思いは変わっていった。
手の届かないような憧れという存在よりも、むしろ―彼女の傍に付き、彼女を守りたい。彼女とともに、トリニティを守るために歩んでいきたい。そうありたいと思ったのだった。
ジュンナ達はどこからともなく現れたフィリウスのメンバーを加えての10人で地下道を進んでいた。
「しかし、本当に私が指揮を?」
隣のルナに掛けた声が壁を反射して遠くまで響いていく。
「ああ。我々からの信頼の印、と受け取ってくれて構わない」
「こういう有事の時のためのホワイトコートとあなたでしょう、本来の仕事をしてもらうだけよ」
話しながら歩いていると、突き当りは階段だった。
先頭を行くフィリウスの生徒が重々しくハッチを上げ、どこかの施設の内部に出る。ジュンナは先導に従いつつ周囲を見回し、ここがよくありふれた聖堂の中というのは分かった。
だが、いくつか違和感を感じる。柱がやたらに多く太い上に、ほとんどは壁材で隠されているものの、一部は鉄骨がむき出しになっている。通り過ぎたすべての窓には防火シャッターのようなものが備え付けられていた。
「ずいぶんと頑丈な造りね」
そうジュンナがつぶやく、フィリウスの生徒達の中央でルナは振り向かずに返答した。
「強度だけ言えば200mm榴弾が直撃しても崩れない」
カリナはそう聞くと、小さくため息をついた。
「変に予算を食ってると思ったら…」
構う様子もなく、目的としていた部屋の前に付くとルナはその扉を開ける。
中には持ち込まれたであろう折り畳み式の長机がいくつか設置され、その上に電話や書類などが乱雑に置かれている。中央には武器のラックもあった。
そしてフィリウスの生徒達があわただしく動き回っている。入るやいなや大声で電話している声で出迎えられた。
「そうだ!そこの弾薬はあるだけ持ってこい!」
その生徒は電話口に吠えると別の生徒を呼び寄せ、大きく手振りして命令を出す。
なんと言っているかは小走りの生徒が目の前を横切ったことでよく聞こえなかった。
「コード持ってきました!」
天井に電球を入れるための穴は開いているが、電球そのものは入っていない。電飾工事がまだ終わっていないようで、光源は壁に持ち運びできる照明を設置して確保している。
延長コードのリールを受けとった隊員がコンセントを差し込んで、付いていなかった照明も付き、部屋の中は一気に明るくなった。
「ちょっと立て込んでいるけど気にしないで、こっちだ」
部屋の中に入ると左側にもう一つ扉がある。そこはすでに開かれていた。
内装は中央に大きめの机が置かれるのみ。奥の壁にはホワイトボードが設置されている。広さもこの集団を十分に収納できる広さ。見るからに会議室、もしくは司令室だった。
中にはすでに人がいる。フィリウスの生徒はもちろん、拘束されていたパテルの生徒、それを移送してきたサンクトゥスの生徒。すでに行われていた召集を受け、各派閥の生徒が集まってきていた。
ルナは部屋の中を手で示し、一同の方を向く。
「改めて、セントアンドリュー聖堂へようこそ。ここはフィリウスの所有する施設で、まあ、見ての通り、緊急時には司令部として使用できるように改装していた」
ルナの表情はあまり明るくない。「なるべくなら連れて来たくなかった」とでも言いたげな顔をしている。
「では…みんな聞いてくれ!全員注目!」
ルナが大声を出して部屋の全員に呼び掛け、一斉に視線が彼女へと向く。
「現在、トリニティで起きている動乱に我々は協力して対処することとなった。その指揮はパテル派より刈野ジュンナ氏が執る。これは、私石戸ルナと、サンクトゥスの上座カリナ氏の二名で協議した結論だ」
集団の中にざわめきが生まれる。
特にジュンナは動揺することはない。なぜ彼女なんだ、と言いたい生徒は何人もいるだろう。それぐらいは覚悟している。
ルナは話し声に構う様子もない。
「では、ジュンナ氏から話を」
全員の視線がルナから向いた。
ジュンナは深呼吸をして、少し間を置いてから話し出した。
「…ルナ氏からも話があったとおり、現在、トリニティは危機的な状況にあります。この状況を招いたことに我々パテルの一部は関与してしまっています。ですが、そのけじめをつけるためにも、今ここにいる私と、私の部下たちは粉骨砕身の姿勢でこの事態へ対処します。ですから…どうか、皆さんの力をお貸し願いたい」
拍手も歓声もなく、全員は言われたことを静かに受け止めていた。
「…では、まず最初に各員の配置を決めましょう。全員は会議室の中へ」
ジュンナが命じると真っ先にパテルの所属と、ルナ、カリナの二人が動き出す。
上の者達は従うことを選んだようだった。なら、部下のすることは決まっている。組織という機械は、私たち歯車がいなければ回せないのだから。サンクトゥスとフィリウスの人間達は何も言わず、続いて入った。
ジュンナはまず、この集団の中で人を統率する能力に特に長けた二人―ルナとカリナをリーダーに指定し、2つの部門を指揮するよう命じた。
「ルナさんは情報収集を!ありとあらゆる手段を使い、トリニティ内で現在何が起きているかを調べ、まとめてください」
「カリナさんは通信管制!ルナさんが受け取る情報と、これから我々が発信する命令、それらをスムーズにやり取りできるよう、部下を率いてください!」
「了解した」「了解!」
情報と通信。組織的行動をするのに必要なこの二つを立て直さなければ、我々に勝利はないとジュンナは考えていた。
校舎内のフセの兵力は?彼女の位置は?他の派閥は何を?これらがわからなければ、部隊を編成したところで何処に送るという話になる。この役職に、諜報に秀でたフィリウスのNo2を当てるのは当然ともいえた。ルナは本来、ティーパーティーのホストアシスタント、ナギサの補佐を行っている。ナギサに上げられる情報の7割は彼女を通していると言われていた。
ルナがその能力が高いと言っても、収集には人手が必要不可欠。そして司令部である以上、情報は集めるだけではなく発信しなくてはならない。そのために通信をカリナに命じた。通信と言っても無線機や電話を使うだけではなく、直接人を派遣しての伝令もしてもらうことになるだろう。カリナは財務局長で、命じられたのは本来の適正ある仕事というわけではないものの、これまでに培われてきた部下を扱う能力を判断し、この役職を当てられた。
「シユ、いるわよね!」
次にジュンナは集団の中に声をかける。
「は、はい!」
入口にとどまっていた隊員たちの中から道をあけられて、返事と共にひときわ背の高い生徒が一人出てくる。彼女も同じくホワイトコートの隊員、副連隊長の勇人シユ。
ウェーブのかかった紫の長髪は湿気のせいか拘束されていたせいか、さらにはねていた。少し猫背気味なのもあって初めて見る者には頼りなさげな印象を抱かせる。だが、実力があることは彼女の役職が証明している。
「実働部隊の編成、指揮は貴方に任せる!」
「了解しました!」
シユは音がするぐらいの勢いでかかとを合わせ、背筋を伸ばし勢いよく敬礼する。傍から見ていた他の派閥の人間は、先ほどまでの自信のなさそうな人物と同じとは思えなかった。
が、振り返って部下の方を向くときにはまた猫背気味になり、緊張した表情になっていた。どうやら、命令を聞くときだけはしっかりとするようだった。
「作戦立案は私とホワイトコートの部下たちで行います。実行指示は私が下し、責任もすべて私に!必要人員は相談して、各派閥から抽出を!」
ジュンナは言い切って一呼吸する。そして檄を飛ばすべく、もう一度口を開いた。
「共に、トリニティを取り戻しましょう」
その一言で集団は動き出した。
「ルナ、あなたの部下を借りたいのだけど!」
「わかった。チナ、ヒロ、彼女に付いて!それとウメ!通信部に声をかけて、空いてる人員を貰ってきてくれ!」
彼女達が真っ先に取り掛かったのは、各部門での人員調整だった。派閥ごとに分かれるという手もあったが、何しろここにいるのは寄せ集めの集団。もし派閥ごとにすると、情報担当が一番多く、普段は電卓しか触らない人間が実働部隊に組み込まれ、ボディーガードの担当者が電話係になる等、偏りが出てしまうためだった。
「助かる!それと―」
カリナがジュンナの方を向いた。目が合ったジュンナは意図を察し、続きを言われる前にうなづいた。
「ミユキ!カリナさんの指揮下に入って!通信担当よ!」
席に座って持ち込んだパソコンを机の上に広げ、立ち上げている最中の幕僚の一人をジュンナは呼んだ。
彼女の手が止まる。顔を上げた表情は苦く、ジュンナを困惑の目で見る。彼女は会場襲撃の際、出動を主張した一人だった。
あまりサンクトゥスに良い印象を持っていないのは把握していたが、それでも通信士官である彼女の適性を考えると、その役割は当然ともいえる。
「あなたの気持ちはわかる。でもトリニティのため、曲げて頼みたい」
そこまで言われてはミユキは立ち上がる以外に選択肢がなかった。
「に、任務了解しました!直ちに指揮下に入りまぁす!」
彼女はパソコンの電源を引き抜いてカリナのそばへと駆けていった。ジュンナはその様子を見ながらルナに近寄る。途中で部下たちを集めていたシユを呼び、二人で彼女のもとへ向かうと、ルナの方が気づいて先に声をかけてきた。
「ああそうだ、君の部下をこちらに一人回してほしい」
「どうぞ、誰が必要です?」
「君のところの情報部の…」
ルナが目線を向けたのは金髪の隊員、彼女はタブレットを抱えて周囲を見渡しており、ジュンナ達と目が合った。
「彼女ですね?…サギリ!こっちへ!」
呼ぶとサギリは急いでこちらへ来る。ルナは立ち上がって握手を求め、恐縮しながらもサギリはそれに応じた。
「君の手腕は色々聞いている。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします…」
ルナがうなづき、手を離すとジュンナに向き直る。ジュンナは自分の要件を述べ始めた。
「それでルナさん、フィリウスの兵力を実働部隊に回してもらえますか」
「了解した」
ルナはタブレットを取り出し、生徒のリストを表示しながらシユと話し合いを始める。
その間にジュンナは二人の人物を探して周囲を見る。が、すでにその二人はジュンナの後ろにいた。第一大隊長のサレン、空挺大隊のネイ。
彼女らに自分の大隊の指揮権を取り戻すよう指示する。
「情報は…カリナさんから聞いて。部隊が何をしてるかはサンクトゥスに一番集まっているはず」
二人はそれを聞いて、部下とともにすぐさまカリナの元へ向かった。彼女は部下の一人に指示をしている最中だったが、顔を見て用事を察すると、クリアファイルにまとめられた資料を机の上から取って渡した。
指示を終えるとサレンの方を向く。
「部下からの最後の報告だと、すでに第2大隊と教育大隊は重装備の整備を終えて出撃中!あなた達の大隊はまだ整備中のようだけど、早くいかないと全部召し上げられるわよ!行きなさい!」
「了解しました。ありがとうございます」
資料に素早く目を通したサレン、それを後ろからのぞき込むネイ。サレンは資料をファイルに戻しながら、二人とも駆け足で出口へと向かった。
「思ってたよりも速いな!動くなと電話しておこう!」
ネイは走りながらスマホを取り出す。
「ええ!フセに聞かれそうですが、それどころではなさそうです!」
サレンも同じく電話を取り出しながら考えていた。第二の大隊長も私たちの不在に勝手に部下を動かしている…フセに騙されているのか、それとも結託していたか。どちらにせよ、ジュンナさんがやれと言うなら、私はやるだけだ。
ジュンナは自分の部署も見なくてはならなかった。ホワイトコートの余っていた隊員から4名を指名して参謀要員とし、残りは通信と実働部隊へ回した。これで各部署の人員配置はほぼ確定し、本格的に動き出す。
最初に、ジュンナはルナに優先して集めてほしい情報を指示。「フセの動向の把握」「校舎内の敵性勢力の数と配置」「学校外のホワイトコート部隊の状況」。指示を受けたルナ達は司令室の一角で各自の端末を開き、収集を始める。
フィリウスの生徒がジュンナのもとに便箋を何枚か持ってきた。これは先ほど「シスターフッドに協力を要請したい」とカリナに言った所、手紙を送る必要があると言われたために用意してもらったもの。それを受け取るとポケットからボールペンを取り出し、急いで文章を書き始める。
「い、忙しいですね…!」
シユがジュンナの腕に識別用の黄色い腕章を巻きつけながら言った。
「当然よね、バラバラの各派閥を、正規のホストなしで強引につなぎ合わせて動かそうとしてるんだもの。フランケンシュタインの怪物に近いわよこれ」
右手で描き続けながら、左手ではスマホを取り出し電話帳を開く。仕事はまだまだある。ツルギに電話して校舎にいる正実の指揮権を貰い、あとは救護騎士団にも連絡を―
ひっくり返るどころではない忙しさだが、ジュンナはどこか楽しんでいるところがあった。彼女の口角がわずかに上がる。
だってまるで映画のようじゃない。一つの目標に向かい、対立していた集団が団結するなんて。色々ありすぎて脳が限界に近づいているのかもしれないが、それに高揚感を抱かずにはいられなかった。
「だからどこに行ったと言っているんだ!二小隊は!」
議長執務室の来客用のソファーの上で大隊長は怒鳴っていた。
相手の中隊連絡員は萎縮し固まってしまった。後ろから彼女の先輩が現れて、位置を変わる。
「以前連絡が取れません。最後の報告は議事堂より収容者を逃がしてしまった、だけです」
その報告を聞いてフセの眉間がピクリと動いた。彼女は議長の椅子に座り、次のスコーンを口に運ぼうとしていた最中だった。
脳なしの小隊め、あいつらのせいで計画は滅茶苦茶だ。おかげで修正を余儀なくされた。
校舎は未だ押しかけてきた群衆でごった返している以上、指揮権を奪ったほかの大隊を投入しても余計混乱するばかり。だから先に第二大隊と教育大隊を混成、二手に分かれてフィリウスとサンクトゥスの校舎外にある本拠地を制圧するよう命じた。第二の大隊長は兵の分散に反対していたが、それよりも速さだ。準備の整わない第一も空挺も置いていかせた。校舎は呼び戻した特殊部隊に制圧させればいい。
私の計画に問題はなかった。あるとすればこいつら無能な実働部隊だ。
議長室の外で警衛に立っていた隊員が誰かを呼び止めた。
「止まれ!誰か!」
相手の返答は小さいのか室内にまでは聞こえてこない。警衛の大声のみが聞こえる。
「よし入れ!」
扉を開けて入ってきたのは、1人のホワイトコートの隊員。彼女は交戦の後か、傷ついている上によたよたと震えながら入ってくる。
「はぁ…はぁ…だ、第二小隊の市川ユキです。その…」
肩で息をしながらその隊員は名乗った。大隊長はすぐにソファーから立ち上がり、隊員に駆け寄って両肩を掴んだ。
「二小隊の者か!小隊長は…中隊長もいたはずだ!他の者はどこへ行った!?」
「小隊は……他のっ、人たちは…」
涙声だった隊員はそこでついに泣き出してしまう。号泣する声が室内を満たす。
「お、おい!しっかりしないか!小隊はどうなったんだ!」
膝をついた隊員を支えながら、大隊長は続きを聞き出そうとする。
号泣しながら、その隊員は何とか声を絞り出した。
「しょ、小隊はぁっ、ううっ…小隊はっ……みんな、逃げちゃいましたぁっ!中隊長も、みんなも!!うわあああああっ!!」
搾り出せたのはそれが限界だった。再び隊員は顔を地面に突っ伏し、激しく泣き出す。
「そう、か…」
大隊長は茫然としながら、隊員の背中を撫でてやるしかできなかった。他の誰も言葉を発さず、泣き声が響くのみ。その中でフセの指先には力が入り、握っていたスコーンが二つに割れる。
こいつら…我々は今何をしているか、わかっているのか?成功すれば莫大なリターンを得られる代わりに、しくじれば全員が終わる。それがクーデターだ。お前たちは地獄行きの船ににもう乗っているんだぞ?逃げ出したところで参加した事実は変わらない。失敗すれば参加者として裁かれ、成功したら逃亡者として裁かれる。お前たちが取ったのは最悪の手段だ。
隊員は泣き止まないので、別室で落ちつかせることとなった。他の隊員に支えられながら立ち上がり、扉の外へと消えていく。
その様子を軽蔑の目で見ていたフセに、情報局の隊員が耳打ちした。
「局長。拘束されたパテルの生徒が解放されたとの未確認情報、裏が取れました。事実です」
机の上に証拠となる写真と資料が置かれる。手に取らないで目を通すと、裏づけは十分信頼に値するものだった。
フセは資料を取らなかった手で指を組んでいた。怒りの感情は身を潜め、心臓に冷たいものが差し込む感覚がする。
解放されたとの情報がもたらすものは一つしかない。パテルと他派閥が何かしらの合意を結んだということ。
やはりシナリオは最悪の方向へ動きつつある。これだけは何としても避けるために三派閥のトップを拘束しにかかったというのに。彼女らの協力具合はどの程度か知れないが……ここも、さほど安全ではなくなってきたようだ。
冷めた紅茶も、割れたスコーンもそのままにして、フセは立ち上がる。
「大隊長。少しお話を」
怒鳴っていたときの迫力はどこへ行ったのか、険しい顔で床を見つめながら、柱に寄りかかるだけの大隊長にフセが声をかける。
「…ああ、何だ」
「私は第二大隊の本部に行き、再度我々の結束を確認します。その後は同地にて直接指揮を」
ここにいるのは得策ではない。そう判断したフセは、さっさと場所を変えることを選んだ。
「大隊長、あなた方はここをできる限り守り、時間を稼いでください。私は必ず、部下を率いて戻ってきます」
真っ直ぐと大隊長の目を見つめるフセ。だらんと垂れていた手を取り、握りしめると大隊長は「わ、わかった」と返事をする。
これでいい。こいつにはせいぜい私の囮となってもらおう。フセは振り返ると情報局の隊員たちに合図する。彼女たちは急いで荷物をまとめ、あっという間に撤収の準備を整えた。
そして、フセは局員たちを連れて執務室を出ていく。
私がいない後、あいつらは好き勝手やるだろうが…知ったことではない。だって囮なのだから。せいぜい派手な音を出して気を引いてくれることを願う。
「…行ったか」
大隊長はフセ達の乗ったエレベーターのドアが閉じ、回を示すランプが1へと下がっていった後、しばらく動かないことを確認するまでエレベーターの前を動かなかった。
「よし、全員聞け!」
執務室に戻り、連れてきていた14名の部下に呼び掛ける。
彼女は咳払いし、先ほどまでの覇気がない様子とは打って変わって、堂々とした様子で語り始めた。
「我々はこれより…ミカ様を解放する!」
大隊長は千載一遇のチャンスを掴んだと判断していた。あの雌狸の魂胆などわかっている、ミカ様をいいように利用するつもりだったのだろう。だがそうはさせない!今までは仕方なく協力してやっていたが、あいつなどハナから信用するわけがない!
「おお…ついにですか!」
隊員の数名が色めき立つ。彼女らがクーデターに同調した、その悲願を今果たすと宣言されては、先ほどまでの空気などどこかへ飛んで行った。
「そしてっ!!ミカ様の悲願である、ゲヘナの殲滅!これを達成するために今日はまたとない好機である!全トリニティの代弁者たるミカ様の正式なる権限を持って、ゲヘナに宣戦布告しようではないか!!!」
力強い宣言に一部の者は感涙で震え、目を拭っている。
「やりましょう大隊長!」「そうです!このような卑怯な攻撃をしたゲヘナを許すなど言語道断!真っ先に叩くべきはあいつらだ!!」「わ、私も付いていきます!」
皆の歓声を受け、大隊長は高揚していた。ミカ様の解放がついに為せる、それを皆が支持してくれている。連隊長も他の連中もおかしかった。なぜ私たちが敬愛してやまないミカ様が、不当に逮捕されたというのに何も言わない?アリウスを率いてクーデターなどあり得ないだろう?何をどう考えても捏造だというのに、信じて「評議会の判断に委ねる」だなんて…サンクトゥス、フィリウス、我らを陥れようとする者達の思惑通りではないか!私は惑わされなかった。今まさに、私が真の忠臣であることを示す時が来た。
大隊長が先頭に立ち、一団は執務室を出る。
「マユミ、お前の班を率いてミカ様を解放しろ。第4校舎地下の特殊営倉におられる」
「了解しました!」
「その他の者は私に続け!宣戦布告の準備だ!」
エレベーターに向かい、堂々と行進する大隊長達。先頭の彼女は、行進曲でも歌いたいほどに興奮していた。
「連隊長、ネイ大隊長とサレン大隊長より報告。自身の大隊の指揮を取り戻したと」
机の上の資料をのぞき込んでいたジュンナに、連絡要員として駆り出されていたホワイトコートの隊員が告げる。
彼女は机から目を上げ、その報告してきた隊員の方を向いた。
「よし、行動中の部隊は?降伏勧告に従った?」
隊員は首を横に振った。
「駄目ですね。地域放送システムで呼びかけてますが無視です」
ジュンナは大きくため息をつき、机に肘をついてこめかみを抑えた。
少しの後、苦い表情で顔を上げる。
「…わかった。サレンとネイに命令、反乱部隊を追跡し降伏を直接呼びかけ。従わない場合は攻撃を許可」
「了解しました。しかし…いえ…」
隊員は何かを言いたげな様子で口籠る。
「どうしたの?」
「大丈夫でしょうか、ティーパーティーの許可なく武力の行使は…」
もっともな疑問だった。本来ならホワイトコートの原則に反する行為。そうせざるを得ない理由を、そういえばこの隊員には説明していなかったとジュンナは思い出す。
「もし勧告に従わなかった場合、あの重装備で何処に行かれてもまずいことになる。最悪、攻撃しての直接阻止も視野に入れる以外に手はないわ」
ジュンナは隊員の目を見ながら冷静に続ける。
「それにカリナさんの話では、勝手に行動している部隊を連れ戻し原状復帰させるだけだから、後でナギサ様から事後承認を受けられる可能性だってある」
理解はした様子でうなづく隊員だが、まだ表情は硬い。
ジュンナは言い切って一息つくと、安心させるために微笑んだ。
「なにより命令者は私よ。いざという時は責任取る覚悟ぐらいできてるわ」
胸を拳でドンと叩く。ジュンナはこれで安心させられると思っていたのだが、逆に隊員の眉間にはしわが寄った。
「…わかりました」
安心できなかった?ジュンナが疑問に思う一方で隊員は元の仕事に戻るべく、話を切り上げて去っていった。
「ジュンナさん、正義実現委員の方をお連れしました」
彼女と代わるように別の生徒がジュンナを呼んだ。振り向くと彼女の後ろには黒い制服―正実の生徒が立っていた。
「正実の仲正イチカっす。ツルギ先輩から話は聞いてます、あなた方に協力すればいいんすよね?」
「ええ、その通り、来てくれてありがとう。詳細はあっちにいるシユと話し合って」
指さされた先にいる、列を組んだ生徒たちに向けて指示していたシユを見て、イチカは「了解したっす」と言いすぐにその場を離れる。彼女の後には数人の正実の生徒が続いていた。
ジュンナが目線を下に戻し、ルナから送られてきた情報の続きを見ようとしたのも束の間、再び呼ばれる声がして振り向く。
「れ、連隊長…!ただいま、はぁ、戻り、ました…っ」
息も絶え絶えなホワイトコートの隊員、彼女はカリナの指揮下に入り、シスターフッドへと手紙を出しに行っていたはず。
「彼女達の返事は?」
膝に手を突き、必死に息を整えながら隊員は答える。
「協力に、同意する、と…!それと、重要なっ、情報、が」
手紙を受け取ってもらえたことに、ジュンナはひとまず安堵する。文章を書いたのはジュンナだが、サインは彼女の物だけでなく、ルナ、カリナも書いていた。さすがにそれを貰っては、彼女らも動かざるを得なかったか。
それより重要な情報と言っていたのが気になった。一体、何のことか。
だいぶ落ち着いてきた隊員は、背筋を伸ばして続きを話し出す。
「シスターフッドの方で、パテルの生徒を拘束したと…!彼女らはゲヘナへの宣戦布告を、企てていて…ミカ様を、解放しようとしたと」
ジュンナの顔が一気に曇る。こんなことをするのはフセの連中意外にいない。大方、ゲヘナを巻き込むことで混乱をさらに加速させ、権力確保を確実なものとしたかったのだろうか。
しかし―腑に落ちないところがあり、ジュンナは首をかしげる。ミカ様をなぜ解放しようとしたのか。フセはもう議長の印でティーパーティーを騙れるのだから、本来のメンバーを開放してしまうのは悪手のはず…一方で大隊長はミカ様の熱心な信奉者…
「…すぐにこの情報をルナさんにも伝えて」
「了解です」
彼女の頭の中で、一つの結論が出た。おそらくフセと大隊長は行動を共にしていない。そう考えると今報告された事実につじつまが合う。真実はルナに調べてもらうとして、ともかく確保されたことには安堵できた。ため息とともに、肩の力が抜ける。
さて、フセが関わっているにしろいないにしろ、これ以上連中に好き勝手させておくのはまずい。ジュンナは立ち上がるとルナを呼んで、共にシユの元へ向かう。イチカもまだそこにいた。
「そろそろ打って出たい。各員の状況を知らせて」
「校舎内の部隊についてはかなり精度の高い情報が掴めている。配置については間違いない、人数は多少の誤差があるとは思われる」
「正実の方々が来てくれたおかげで、1個分隊を10人として、出撃可能な部隊が2分隊ほどは編成できました…!」
「それと、今保管庫からクルセイダーを取りに何名か行かせてるっす。余裕のある子は手あたり次第集めてるんで、あと2分隊は組めそうっすね」
ジュンナはその報告を聞き、口元に指をあてながら数度うなづいた。そしてルナの用意した部隊配置の情報を見た後、顔を上げて全員を見た。
「では…出撃を命じます!最優先目標は教育大隊の大隊長。彼女は放っておくと、さらなる政治的混乱を招きかねない!すぐに確保を!」
「了解しました!イチカさん、2分隊を預けるので、指揮をお願いします」
「了解っす!」
イチカは元気よく返事すると、すぐに整列していた生徒たちに声をかける。実働部隊は正実の生徒が半数を占めているが、その他は様々だ。ホワイトコートの隊員、サンクトゥスの警備員、フィリウスの情報部所属…通常の生徒の制服で並んでいるあの一人は、かつてホワイトコートだったOBの隊員。この惨状に黙っていられないと志願したのを、シユが拾ってきたという。
彼女らはイチカの号令に少しばらつきはあれど従い、気を付けの姿勢で簡単な説明を聞く。それが終わると、銃を取り列を組んで廊下へと出ていった。
「しかし、さすがはシスターフッド。伝令が持ってきてくれた手土産のおかげで、かなり情報の裏が取れた」
ルナは資料をめくりながらひとりごちる。フィリウスも諜報には長けているが、こと校内での情報収集においてはシスターフッドに一日の長がある。
「こっちはなんとかできそうだけど、会場の方はどうなっているかしらね」
ジュンナがルナに声をかけた。
「トリニティにおける動乱に対処」とルナは最初に目的を告げたが、それは名目上に近く、実際は校内の対処で手いっぱいだった。だが全体の問題に対処すると言っておかないと、一部の生徒が「ホワイトコートの後始末を何で手伝わなきゃいけない」と言い出しかねないことにルナが配慮した結果、そういうことになった。会場は初動で対応したフィリウスの校舎外司令部にほぼ委任しており、救護騎士団も誰に命じられるでもなく部隊を派遣していた。
「戦線は維持しているらしい。彼女らの情報によると、今シャーレの先生が向かっていると」
「先生が?」
大丈夫だろうか、とジュンナは不安になった。最後に見たのは今にも倒れそうな姿。あれで戦場へと赴くのか。
「先の生徒の確保とミカ氏の解放を阻止したのも先生の協力によるものらしい。腹部に銃弾を受けているというのに…」
銃弾と聞いてジュンナは驚きを隠せない。先生がキヴォトス外から来ていることと私たちほど頑丈ではないことは知っている。だから一発の銃弾が命取りになりかねないことも。あの時見た怪我は銃創だったのか。
その状態で歩き回っているというのは、極めて強い執念がなくてはできないだろう。一体、何がそこまでさせるのか?
気になりはしたが、今確かめるすべはない。ルナの元を離れ、ジュンナが元いた席に戻ろうとすると、通信担当の生徒が大声で叫んだ。
「報告!ネイ大隊長より、反乱部隊との交渉決裂!戦闘状態に突入とのこと!」
ついに始まった。司令室は一斉にざわめき立ち、参謀要員たちは慌ただしく動き始める。ジュンナは自分のタブレットを手に取った。
一機のヘリがビルの隙間を縫うように飛行している。ホワイトコートが所有するリンクス輸送ヘリ、純白の塗装で側面に大きくトリニティの校章が描かれている。
ヘリのローター音とはかなりうるさいもので、豆粒ほどにしか見えない距離でも、その存在を認知するには十分すぎるほどの音を出す。が、このヘリは少し様子が異なっていた。ローターよりも響く爆音で、音楽を流しながら飛んでいるのだ。
「大隊長!まぁた近隣住民から文句言われますよ!」
隣で爆音を鳴らすスピーカーに負けないよう、隊員は全力で叫ぶように話しかける。
「心理作戦だ!文句なんか言わせとけ、後で謝る!」
ネイはキャビンの中央に堂々と座り、揺れる機内でステンレスのカップに注がれた紅茶を飲む。少し味は落ちるが、それでもハチミツの風味と大量に入れた砂糖の甘みは伝わってくる。
「見えました!前方に車列!」
コクピットからヘッドセットへと無線が入る。ネイはすぐにカップから口を離し、立ち上がると側面から顔を出して前方の下方向を見る。
確かに道路上に車列が確認できる。そして列を構成する車両は―最後尾はここからでもわかる角ばったシルエット、森林戦用のウッドランド迷彩は、ホワイトコートが所有するFV432装甲兵員輸送車で間違いない。
「作戦通り行くぞ、このまま上を通過!」
「了解!」
ネイの乗るヘリは車列の後方から接近する。
装甲車から頭を出して警戒する隊員の顔が見える距離まで近づいたところで、ネイはスピーカーの配線をプレイヤーから自身が手持ちするマイクに繋ぎ変えた。
「こちらはホワイトコート、空中機動大隊のネイだ!貴様らが従っている命令は偽造されたものであり、正規の命令ではない!我々は君たちを止めるためにここにきている!直ちに停止し、武装を解除しろ!」
それを聞いて数台が止まった。先頭は止まった後列を置いていくわけにもいかず、結果的に車列全体が停止した。
車列の中央付近でヘリは機首を上げ、速度を緩めた。ゆっくりと前方へ向かいながら勧告を繰り返す。
「命令に従わない場合、君たちに対する攻撃を我々は許可されている!エンジンを止め、武装を解除せよ!」
先頭を行く指揮車両型のウォーリア歩兵戦闘車の砲塔ハッチから、動かない車列にしびれを切らした部隊長が姿を現す。
部隊長はヘリを一瞥した後、メガホンを取り出して止まっている車列の方を向いた。
「あれは偽情報だ、止まるんじゃない!ネイ大隊長は我々を裏切り、フィリウスの手下となったのだ!!」
力強く叫ぶが、車体から頭を出す隊員たちの表情にはまだ混乱の色がある。イラつきを隠せない部隊長の前に、反対側のハッチを開いて車長が頭を出した。
「どうなってるんです中隊長、ネイ大隊長は捕まっていると言っていたのに、堂々と飛んでいるじゃないですか」
「あれは……取引したんだろう、身の自由と引き換えに、協力を余儀なくされているんだ!」
「はあ…」
「とにかく前進しろ!我々はフィリウスの司令部を叩き潰し、平和を取り戻さなければならんのだ!」
車長はしぶしぶと車内に戻る。再び部隊長が後ろを振り向くと同時に、誰かが叫んでいるのが聞こえた。
「おい待て!どこ行く!」
見ると数人の隊員が装甲車から降り、市街地へと逃げだしていく。
その光景を見て、部隊長の怒りは頂点に達した。
「あああああああっ!どいつもこいつも…!」
被っていたベレー帽を握りつぶし、砲塔天板を拳で叩いた。
「凹みますよ!」
「うるさい!」
中から車長が注意するのも聞かず、部隊長は無線を取る。
「コヴェントリー2!こちらカーライル、応答しろ!」
「は、はい!コヴェントリー2です!」
「あの忌々しいヘリを叩き落せ!今すぐ!撃て!」
「りょ、了解です!」
要請されたコヴェントリー2、車列最後尾より4両目のチーフテンマークスマン自走対空砲は砲塔の仰角を上げ、照準レーダーを目標へと照射する。
照射されたネイのヘリでは警報が鳴り響いた。
「レーダー照射されてます!FC系です!」
「時間稼ぎは十分やった、回避運動入れ!ミスズ、司令部に交戦開始の報告!」
ヘリは一気に出力を上げ、車列の前方方向に向かって加速する。対空砲が射撃を開始するのとほぼ同時に左旋回してビルの陰へと入り、35mm砲弾がテイルローターをかすめるも、損傷はなかった。
ネイはマイクの接続をスピーカーから無線へと変更した。
「全部隊!武装使用自由!レッド1から4、やれ!」
ネイの号令と共に、ビルに身を隠していたアパッチ戦闘ヘリが一斉に姿を現した。車列側面、後方を狙える四方に四機づつ展開していたヘリ隊は、素早くヘルファイアのロックを定める。
オーバーキルを避けるため、データリンクにより各機は個別の目標を照準する。レッド1はマークスマン、レッド2は先頭指揮車両、レッド3は最後尾車両、レッド4が車列内のもう一両のIFVを狙う。
マークスマンが照準を切り替え、レッド3を狙うよりも早く、各機のパイロンからヘルファイアが放たれていた。
「ミサイル来ます!」
マークスマンの砲手が叫ぶ。
「だから何です、早く撃って!」
車長は必死の様相で答えた。砲塔の旋回が終わり、ホバリングするレッド3を照準に捉えるが―砲手の光学照準器に映ったのは、目の前に迫ったヘルファイアのシーカーだった。
砲手の悲鳴は爆音にかき消され、誰にも届くことはない。彼女は弾薬庫の誘爆に吹き飛ばされて車外に転がると、咳をして肺からすすを追い出す。
「もうやめよ、この仕事…」
そこで力尽き、彼女は気絶した。だが戦闘はまだ続いている。
装甲車の乗組員は重機関銃と機関砲で必死にヘリを射撃し、順次降車させて対空射撃に加わらせるが、小銃は有効射程外。重機関銃もアイアンサイトではなかなか当たらない。機関砲を装備するIFVは優先的に攻撃を受け、撃墜できるほどの効果的な射撃をさせてもらえない。ただ、最後のIFVが射撃した数発だけはレッド2に直撃した。
「クソ、レッド2、損傷を受けた」
「レッド1よりレッド2、まだ飛べそうか?」
レッド1の操縦手は横目でレッド2のいる方向を見る。黒煙こそ吐いているが、急激な落下などはしていない。危機的な状況ではないと察するが。
「エンジン出力低下。作戦継続は厳しい、撤退を希望する」
「了解レッド2、撤退を許可」
レッド2はすぐにパイロンに残った武装を投棄し、追撃を避けるために低高度にとどまったまま、旋回して飛行場の方へと向かっていく。
一連の会話をネイは聞いていたが、特に作戦続行に問題はないと判断していた。
レッド隊の無線の後、ネイのもとに新たな無線が入る。
「第一小隊、配置転換完了しました!これより攻撃します!」
「いいぞ、派手にやれ!」
連絡してきたのは事前に展開していた歩兵部隊。予想進路上にヘリボーンし車列を待ち構えていたが、予想より早く止まったために走って配置転換をさせられ、今終わったところだった。
大隊長に報告を終えた小隊長は道路を挟んで向かい側の建物にいる分隊長に合図し、同時攻撃を狙う。
「C分隊はこっちが撃つのに合わせろ!AT手前へ!」
SMAW無反動砲を抱えた2名の隊員が、分隊の陣取るカフェの窓辺に駆け寄る。小銃の銃床で窓ガラスを割って射線を確保し、ランチャーを構えた。
「後方確認!射撃準備よし!」「準備よし!」
「…撃て!」
激しい音が店内に響き渡ると同時に、バックブラストで机や椅子、植木鉢が弾き飛ばされて室内を舞う。発射された弾は装甲車を貫き、激しい爆発が巻き起こる。
小銃手の隊員の一人が被るヘルメットを、飛んできたティーカップが叩いた。カップの強度ではヘルメットに勝てず、当たると同時に砕け散って周囲に破片が舞い散る。
「いたっ」
「全体射撃しろ!撃てぇ!」
分隊長が叫び、慌ててその隊員は自身の持つFAL小銃を掴んで頭を上げる。長くて重い時代遅れの小銃だが、威力は高く、確実に動くという点には多くの隊員が好感を持っている。空挺向けに短縮された銃身、肉抜きと折り畳み化した銃床が特徴のこの銃に、二脚と自費購入したACOG光学サイトをほとんどの隊員が付けていた。
カフェのカウンターに二脚を展開し、硝煙の向こうを伺うと降車した隊員が何名か見えた。
それを銃のサイトで狙い、への字型をした照準点に隊員の姿を合わせた。引き金に引く指に力を込めた瞬間―その隊員は銃を捨て、両手を上に上げた。
「待て!射撃待て!」
分隊長が再び叫ぶのを聞いて、急いでトリガーから指を離し、顔を上げるとその隊員以外にも複数名が両手を上げ、降伏している。
先ほどまで続いていた射撃音は止み、「降伏する」という声がそこかしこから聞こえる。車列の中から両手を上げた隊員が次々と出てくる様子を、分隊は茫然と眺めていた。
「おーいミキ、お前が飲みたがってたフラペチーノ、この店でやってるらしいぜ」
呑気に外に出たAT持ちの隊員の一人が、カフェのそばで転がっていたのぼりを手に取り、小銃手の隊員を見る。
「うえ、しばらくアボガドはいいよ…」
小銃手の隊員は口に手を当てる。こっちはヘリに揺られてる最中、一度戻してしまったんだから。
空中機動大隊が交戦を開始したのとほぼ同時刻。校舎でも戦闘が起ころうとしていた。
教育大隊の大隊長、彼女は心底立腹した様子で廊下を歩き回っている。
彼女が腹を立てているのは相次ぐ作戦の失敗。ミカ様の解放を任せたマユミ分隊、文書作成を任せたカナエ分隊はどちらも拘束された。放送室を利用して学内に決起放送を流すつもりで分離していたため、自身と部下の数人は難を逃れたが、兵力は大きく低下していた。残るは移動途中に合流させた小隊一つ、こちらも事前に脱退者の為に削れていたのと、脱走のために2個分隊しか組めていない。
今私ができることは何か?ミカ様の解放はもはや絶望的。当初の目的は達成できそうもない。ならば、せめて我々の意志だけでも全校生徒に伝えたい。
我々がなぜ反乱の汚名を着てまで蜂起したのか。このままでは誰も知ることなく歴史の闇に我々は葬られる。それだけは駄目だ!そんなことになっては、我々の犠牲はすべて無駄だったことになってしまう!そしてミカ様はもう誰も信じてくれるものがいないと、絶望の淵に沈んでしまう!駄目だ駄目だ駄目だ!
「まだ開かないのか!」
「すみません、なかなかロックが固く…」
隊員のピッキングはまだ苦戦している。
「ええいどけ!ドアはこうやって開けるんだ!」
大隊長は腰のホルスターに手を伸ばし、ピッキング中の隊員の肩を掴んで横にどける。
ホルスターから引き抜かれたリボルバーをドアノブ横のドア止めに銃口を合わせ、射撃した。怒りのままにひかれた引き金は6回。その後にドアノブを引くといとも簡単にドアは開く。早足で大隊長を先頭に4人が室内になだれ込んだ。その他の者は襲撃に備えて周辺を警戒している。
「よし、早く電源を付けろ!」
大隊長が元放送部の隊員に命じて準備させる。その間にポケットから八つ折りにされた小さい紙を取り出した。先ほど急いで用意した原稿、汗でインクが所々滲んでいるが、読む分には問題ない。深呼吸をして震える身体を落ち着かせようとするが、一向に落ち着く気配はなく、原稿を掴む手は震え続ける。それに構わず、最後の確認として先頭から目を走らせていると、開け放しのままの放送室に外から隊員が駆け込んできた。
「外に戦車です!」
「来たっすねクルセイダー!よーし止まって!」
茂みの中で反乱部隊が立てこもる棟を伺っていたイチカは、後方から中庭を通ってクルセイダー1両が到着するのに気が付くと通路へと姿を現し、大きく手を振って止めた。
停止を確認すると車体後方に回り込み、車体に付けられた電話を使って中の車長を呼ぶ。
「もしもし、敵は2階の放送室、一番中央の紫のカーテンの部屋にいるっす。もう気付いてるはずだから、合図で撃って!」
「了解!」
クルセイダーの砲の仰角が上がり、わずかに旋回して指定された地点を狙う。
「1分隊と2分隊、突入準備できてるっすか?」
続いて耳元に手を当て、無線で分隊員たちに呼び掛けた。
「問題ありません」「準備できてます!」
イチカと共に茂みに隠れていた1分隊と、校舎内に回り込んでいた2分隊。1分隊の機関銃手は2脚を展開して放送室の存在する2階を狙っている。
確認をしているうちに放送が開始された。あまりに大声でマイクに話すせいで音割れしてまともに聞き取れない音声が、全校のスピーカーから鳴り響いている。
「ひいては、全トリニティ生のために―」
その一節だけは何とか聞き取れたイチカはひどい嫌悪感を感じたが、表情には出さないでいた。
「散々好き勝手やって生徒のためとか、何言ってるんすかね」
ため息の後、再び電話を取る。
「じゃあ行くっすよ!撃って!」
イチカの号令と同時にクルセイダーが主砲を放つ。窓を貫通して榴弾が飛び込み、内部で炸裂する。放送室は外からでも中が一望できる大穴が開き、置いてあった放送器具は滅茶滅茶になった。一体いくらするのか、イチカはそれを想像して若干引いていた。
校舎内でも2分隊が交戦を開始し、銃声が開け放たれた窓から中庭に反響している。1分隊も撃たれ始め、機関銃手はすぐに反撃する。
イチカは茂みの方を向き、分隊の小銃手に呼び掛けて突入の用意をさせる。
「こっち来てくださいっす!戦車を盾にしてー!」
隊員たちが茂みから走って移動する。1分隊への射撃は機関銃手の制圧で大人しくなり、隙ができたタイミングでイチカは電話を使って次の指示を出していた。
「次は一階、放送室の下を狙って!」
「狙いました!」
「よし、撃って!」
再びの射撃で一階部分に大穴が開く。
「機関銃手はカバー!じゃあ皆行くっすよ!」
戦車の陰から飛び出したイチカを先頭に、分隊は突進する、が、彼女らの後ろから猛烈な機関銃の射撃が穴に向かって浴びせられる。
「うわわわっ!」
イチカはあわててその場に身をかがめる。穴の中には数名の隊員がいたようで、射撃を受けて悲鳴が聞こえた。
分隊が射線上に入りそうなことに気が付いて、機関銃手はすぐに射撃を止めた。
「か、カバーって、見張っててって意味だったんすけど…」
無線で機関銃手を務めていたホワイトコートの隊員2名に呼び掛けると、無線の向こうからは謝罪が返ってきた。
「そうなんですか!?すみません、私は制圧射撃だと教わったので」
イチカが向き直って室内を伺うと動くものはなく、全員が倒されているようだった。
「…まあ、結果オーライっすね。倒れた隊員を確保、大隊長を捜索するっすよ!」
再び分隊は立ち上がり、校舎内へと入って行く。2分隊もその数分後に射撃を終え、降伏と倒れた隊員の確保に移り出した。
大隊長は榴弾の直撃を受けて吹き飛ばされ、なんと廊下の窓をぶち破ってイチカ達の突入地点から校舎反対側の中庭で気絶していた。
サンクトゥス司令部に向かう、戦車3両と兵員輸送車9両、自走対空砲2両で構成された混成部隊は、途中でサンクトゥスの部隊が設置した阻止線にいくつか遭遇するも、少し遅滞した程度で概ね問題なく進行していた。
撃破されて煙を噴き上げる警備車両を、ドーザーを付けたチーフテン主力戦車が道からどかす。その様子を見ていた、戦車教育中隊から引き抜かれた車長は、車内の中隊長に疑問を投げかけた。
「なぜ連中は無駄な抵抗をするのでしょうか?あのような軽装備では勝てるはずないというのに」
先ほどの遭遇戦では対戦車火器すらなく、爆発物は手持ち式のグレネードが飛んでくるぐらいだった。暴徒鎮圧用の装備で機甲部隊に立ちはだかっては、当然勝てるはずもなかった。
「少しでも時間稼ぎしたいんでしょ。すごい根性だよね、サンクのって。あの装備で良く逃げないもんだよ」
中隊長は答えながらウェーブのかかった茶髪を指で巻く。車内は彼女が漂わせる香水の香りで満たされていた。
「障害物、撤去完了しました」
無線からの報告に中隊長は「ん、ありがと」と短く返す。
「早く行かないとなんか来そうだわ。全車前進―」
ドーザー付きの戦車を先頭に前進を再開する。最後尾の車両も動き出し、先頭車が交差点に差し掛かったタイミングで、突如として先頭車周辺の地面が爆発した。
「ああん!?」
中隊長は急いでペリスコープで周囲を確認する。地雷にしては距離が離れすぎている。IEDの類か?だが特に周囲の地面に怪しい物はない。
「レギンス3、履帯をやられた!走行不能です!」
「りょーかい!外に出んなよ!?」
先頭車に釘を刺し、中隊長はあまりに少ない情報を補うため、少しだけハッチを開けた。ドローンによる空爆を警戒して全開にはせず、外の音が聞こえる10センチほどだけ持ち上げる。
目を閉じて耳をすませる。数秒待って、わずかに砲声が聞こえた。その少し後に風を切る音が聞こえ、次の瞬間また周囲で爆発が巻き起こる。
これではっきりした。攻撃の正体は間違いなく砲撃。
「レギンス3聞こえる!?今すぐ車両を放棄、こっちに合流して!」
「了解です!」
「全車へ!砲撃を受けてる、直ちに離脱するよ!」
前方で擱座するレギンス3を避けるようにもう1両のチーフテン、レギンス4が路肩に駐車してあった乗用車を踏みつぶしながら前進する。それに各車が続き、車列はレギンス3で2列に分かれて加速を強めていく。中隊長はハッチから身を乗り出し、最後尾を目視で確認していた。
レギンス3の隊員が兵員輸送車に飛び乗ったのを確認し、ほっと息を吐いたのも束の間、車体上にいた隊員ごと、その輸送車は爆発して吹き飛んだ。
「うわっ!」
急いで手元の双眼鏡で車列の後方を確認すると、視界に飛び込んできたのは横列を組んだチーフテン戦車隊。こちらから見て砲身の右部分に描かれた白い一本線、市街戦用の灰色迷彩は、その所属が第一大隊であることを如実に示していた。
第一大隊。ホワイトコートの中でも最強の機甲戦力を持つ大隊。
その中の第一戦車中隊7両はサレンに率いられ、IFVを装備する機械化部隊、第一装甲擲弾兵中隊の5両、防空部隊の自走対空砲と共に出撃し、たった今追いついたところだった。
そして中隊長はもう一つまずいことを察する。第一大隊が来ているとなれば、先ほど撃たれたのはおそらくAS-90自走砲の155mm榴弾。
「警報!後方より第一大隊の戦車隊!全車は離脱継続!」
「戦わないんですか?」
「バカ言うなよ!砲も戦車もある相手とまともにやりあったら全滅するでしょうが!?」
車長のヘルメットを小突く。中隊長の頭の中に交戦の選択肢はなかった。
「レギンス4は反転、一緒に殿をやるよ!そのほかの車両は今すぐスモーク!」
合図で空中へと一斉に発射機から発煙弾が投射される。まかれた煙が地面に落ちるまでに指揮車を含む戦車2両は車列を外れ、車体正面を接近する第一大隊へと向ける。
一部の輸送車は車体の煙幕発生器からも煙幕を撒きながら、止まって両脇を固める戦車の間を駆け抜けていく。その間にも砲撃は相次ぎ、戦車の後方で1両が至近弾を受けて擱座する。
乗組員を別の車両が回収している最中、レギンス4の車体正面に、水平に飛んできた砲弾が直撃し、正面装甲で爆発した。位置を推測して撃たれた弾は運悪く急所を撃ち抜き、状態を確認しようと無線機に手を掛けた次の瞬間、誘爆が砲塔が空へと飛んでいくほどの大爆発を起こした。空から車長と砲手が指揮車の上に落ち、装填手は今まさに走り抜けていた最後尾の車両にキャッチされた。
操縦手の姿はあたりに見えず、おそらく煙幕の外に投げ出されていると推測した中隊長は自分の車両にも後退するよう指示を出した。
最初に巻かれた発射機のスモークが晴れ、交差点がある程度一望できるようになると、第一大隊は再び前進を再開した。
「このまま追撃し、サンクトゥスから引きはがします。本部には絶対に近づけるなとの要望ですからね」
装甲部隊に先んじて偵察ドローンも前進し、砲兵隊に新たな目標座標を送信する。このまま追撃し続けることで戦力を可能な限り削ぐ。それがサレンの目的だった。
校舎の司令部にジュンナは戻ってきた。先ほどまで、拘束された大隊長を直接確認するために外へと出ていた。
彼女の拘束をもって校舎内の反乱勢力はほぼ一掃されていた。数人ほどの抵抗する隊員はいたものの、それもすぐに位置を特定、交戦の後に拘束されている。
今はサンクトゥスの一部が独自行動しているとの報告があったため、それの対処を優先させている。あとはこの機に乗じて破壊工作などの小事件を画策する一般生徒が時折拘束されるぐらいだった。
校舎に詰め掛けていた生徒たちも緊急避難時の手順を適応させ、食料の配布と体育館への収容で落ち着いた。希望者は帰宅も始まっている。
会場も先生がゲヘナとトリニティ両方の部隊を協力させ、アリウスの部隊を無力化。先生は今しがたカタコンベに突入したところだという。
全体的に見て、混乱は沈静化に向かいつつあると言ってよかった。いつの間にか降り続いていた雨も止み、雲の隙間からは青空が見えていた。
司令室の外からざわめきが聞こえ、1人のフィリウスの生徒が中へと駆けこんでくる。
「ナギサ様が入られます!」
それを聞いたすべての生徒は入口の方に背を正して向いた。座っていた生徒が立ち上がるために椅子を引く音で室内が満たされた後、誰もが黙って入場を待つ。
10分前に入った無事との報告は全員を安堵させたが、その次にこちらに向かっていると聞かされた時は、もう歩ける状態なのかと誰もが驚いた。
入口から二人の護衛が両脇を固め、確かにナギサが姿を現した。頭部に包帯を巻き、ロフストランド杖を突きながら歩く姿は片方に重心が寄っていて、明らかに病み上がりだと分かる。
ルナは早足で彼女に駆け寄るとわずかに会話を交わした。そして次にナギサはジュンナの方を見て近づいてくる。用があるのだと察した彼女は自分から近づいた。
「ナギサ様。戻られて何よりです」
「無事とは言い難いですけどね。…私が不在の間、大変よくやってくれました」
握手を求められ、ジュンナは応じた。
「ではジュンナさん、取り決め通りに…」
後ろから小さな声でカリナが声をかけた。
「ナギサ様、我々はティーパーティーの指揮下に復帰します」
そう告げて敬礼をする。取り決めとは、ティーパーティーが戻り次第、ジュンナは指揮権を戻すという取り決め。これまでは最高権力者が不在の状況での止む得ない措置だった以上、戻ってきたなら続ける意味はない。これには三派閥の三者が同意していた。
ナギサはそれを聞いて深くうなづき、「では」と前置きして続ける。
「ホワイトコートに命じます。総力を持って戦略情報局局長、占見フセを確保してください。確保のために必要と判断したすべての武力行使は許可されます」
周囲にも聞こえるようナギサははっきりと命令し、同時に命令書を渡そうとする。
「あとは私に任せてください」
そう言って彼女は微笑む。ジュンナは背を伸ばしたまま、命令書を受けとった。
「了解しました!刈野ジュンナ、これより現地へと向かいます!」
出口へと歩いていく途中で、執務室に置いてきた自身の銃を部下から受け取り、スリングをかけながら歩く。
出る前に司令室の方を振り向き、部下たちを一瞥した。昼頃とは違い、不安げな表情の者はいない。
シユと目が合うと彼女は敬礼する。わずかに口角を上げている様子から、「無事を祈ります」と言っていように感じられ、ジュンナは敬礼を返す。振り返って今度こそ司令室の外へと向かいながら、連絡するためにまずはサレンへと電話を掛けた。
「連隊長入ります!」
迷彩ネットでに覆われた野戦司令部の天幕を開け、ジュンナの部下が叫ぶと、周囲の隊員は立ち上がって敬礼した。
ジュンナは返礼しながら通り抜け、命令して敬礼を解かせると、隊員たちは自身の持っていた電話機、端末に向き直る。
「状況は?」
中央の机で地図を囲んでいたサレン、ネイに尋ねる。
「依然変わりありません。追撃を逃れた反乱部隊の残党は第二大隊駐屯地に立てこもっています。降伏勧告は行っていますが返答ありません」
外のスピーカーで流されている勧告はここからでも聞こえる。低めの声なのでサレンのものの録音が繰り返されていると分かる。
サレンが地図中央の建物を指さした。
「第一大隊、及び空中機動大隊は合流し、攻撃準備を行っています」
「周囲が演習場だから坂と塹壕があります。兵と車両はそれに隠して準備中」
ネイはそう言うとカップを口に運んで一気にあおり、残りを飲み干した。ふうと息を吐いた後、指揮棒をもって地図を指した。
「で、連隊長の到着前に威力偵察を行いました。確認できた防御陣地はすべて建物内」
「強度はどのぐらい?」
「全体で突撃すれば突破は容易と思われます」
サレンはジュンナを見て言い切る。
「共有された情報では3個小隊ほどしかいません。重装備もわずかで優位はこちらにあります。少し不安があるとすれば…士気でしょうか」
「それは私も同意だ。長時間の戦闘と、仲間を撃つストレスはかなり来てます。うちはまだマシですが、第一の方が顕著です」
「ふむ…」
ジュンナは口を手で覆って考え込む。士気低下に疲れが来ているなら、休ませるほかないが。しかし、あまり時間をかけるのは得策ではない。時間をかければかけるほど敵の陣地は強化されて突破は容易ではなくなる。しかも現在時刻は16時、夜はそろそろ近く、夜戦は損害が増えるために避けたい。
明日まで持ち込むのは流石に時間をかけすぎる。そこまで行くと今度は政治的な都合も気にしなければいけなくなってくる。
必要なのはすぐに士気を回復させる方法。今実行できるものとしては2つあった。
「部隊に軽食を取らせ、攻勢に備えさせて。それと…」
ジュンナは一息を着いた後、意を決し、自身の考えを伝えた。
「突撃に際しては、私が最先鋒を務める」
聞いていた全員が目を見開き、本当かと驚愕する目線で見る。
ジュンナは本気だった。決してカッコつけようとか思ったわけではない。今必要だから、今やらなくてはならないから。その覚悟を持って、放った言葉だった。
食事休憩はすべての作業を中断しすぐに取られることとなった。全員に水と携帯食料が配られ、隊員たちは交代で警戒しつつ食事を摂る。ブロック状の携帯食はとてもおいしいとは言えなかったが、それでも動き続けで空いた腹にはごちそうだった。
司令部内でも食事が摂られていた。用意する時間がなかったのでジュンナ達幹部も食べるものは変わらない、チョコレート味のブロック携帯食とただの水。ブロック食は食べなれているし、水も消毒されて安全に飲めるだけマシだと思いながら無心で飲み込む。
「連隊長、意見具申をよろしいですか」
真っ先に食べ終わったネイは飲み込むとジュンナに話しかける。
「続けて」
「空中機動大隊は、地上においては軽歩兵部隊です。平地に正面から突撃させるにはあまり向きません。なので…」
ネイが指揮棒で駐屯地北西部にある山を指した。
「この山です。ここからうちの部隊に側面攻撃をさせる、どうでしょう」
「いいわね。展開は何分でできそう?」
「10分で行けます」
ジュンナは聞き間違いを疑ってネイの顔を見た。
「10分?20分じゃなくて?」
機動大隊が持ってきたMRAPを使うにしても…山である以上道は途中までしかなく、ある程度は徒歩で行軍する必要がある。
そんな短時間で大丈夫なのか。聞き返したジュンナに、ネイは自信をもって答える。
「10分です」
「…わかった。食事休憩後、すぐに展開して」
「了解しました」
ジュンナはネイの方から、次にサレンを見た。彼女は一口が小さく、やっと食事を終えたところだった。
「第一大隊の準備は?」
「補給は80%終わっています。あと20分程で完了の予定でしたが、切り上げさせることも可能です」
「わかった。ありがとう」
二人の報告を聞いてジュンナは頭の中でタイムスケジュールを組んだ。
「…食事休憩後、5分待ってネイは大隊を率いて山に展開。第一大隊の補給完了次第、同時に攻撃を開始。行ける?」
「問題ありません」「行くとしましょう!」
二人は力強く答える。
五分後、食事休憩の終了時間となった。静かだった司令部は元の騒がしさに戻る。
三人はパイプ椅子を引いて立ち上がり天幕を後にした。
ジュンナのいない間は代理として幕僚の一人が残る。彼女は直立不動で敬礼し、三人を送り出した。
駐屯地南側から東側を囲む塹壕。かつての演習時に掘られたものは今実戦に使われていた。
塹壕の裏側は小高い丘になっていて、第一大隊はそこに戦車、IFVを隠していた。そして前線部隊の1.4km後方には迫撃砲。さらに後方では自走榴弾砲とM777牽引式155mm榴弾砲が展開し、射撃開始の命令を待っている。
再装備を終えたレッド隊、アパッチ攻撃ヘリ隊は駐屯地から2km後方で地形に隠れ、同じく合図を待っている。
空中機動大隊からの準備完了との報告がジュンナのもとに寄せられた。彼女とその部下たちは塹壕の底で土の冷たさを足裏に感じながら、突撃の時を待っていた。
周りの隊員は市街戦迷彩の戦闘服を着用しているのに対し、ジュンナだけは制服のままだった。環境には会っていないものの一応迷彩の服と純白の服。どちらが目立つかは一目瞭然だった。当然、部下の何名かから着替えるよう進言されたが、彼女はこれでいいと答える。
私の姿を見せつけること。それが何よりも相手の士気を削ぎ、味方を鼓舞できると判断したからだった。
塹壕に寄りかかり、上に広がる夕暮れの空を眺めていると、彼女のヘッドセットにサレンから連絡が入った。
「第一大隊、攻撃準備位置に移動完了しました。いつでも行けます」
「…了解。全部隊突撃用意、5分後に第一大隊。機動大隊はその後に、タイミングはネイに任せる」
小隊長まで含めた各部隊より、「了解」との返事が入る。ジュンナは立ち上がってすぐに乗り越えられる位置に移動した。周りの顔を見ておこうとその位置から見まわすと、多くの隊員が自分を見ていることに気が付く。みんなが私を頼りにしている、か。
まるでミカ様みたいだと思ったが、浮かんだ直後にかなり思い上がった考えだと自分自身で笑ってしまう。でも、いつかあのようになれたらと思っているのは、紛れもない事実だ。
ミカ様、あなたがいてもいなくても、そしてあなたが私に失望したとしても。私がなりたいと願ったあの姿は、未来永劫揺らがないでしょう。目をつむってそう心の中で口にする。
後方からエンジン音と共に地面の揺れる感覚がする。装甲車両が攻撃開始位置へと移動を開始した。小隊長達は今一度自身の部隊へ目標を伝達している間に、塹壕の上を通って前面に装甲部隊が展開する。
「煙幕弾、射撃開始!」
砲兵隊の無線の後、遥か後方の遠方から砲声がわずかに聞こえた。風切り音の後に爆発はせず白い煙幕が辺りに撒かれる。煙幕弾は駐屯地から攻撃部隊を隠すように放たれた。
これで塹壕を出ても、ある程度の地点までは煙幕が部隊を守ってくれる。
「煙幕弾射撃終了、これより陣地への攻撃開始!」
砲兵隊は休む間もなく、次は榴弾で準備射撃を開始した。
最後の煙幕弾が着弾したのを確認し、真っ先にジュンナが塹壕から出て戦車の背後に付く。隊員たちはそれに続き、ここまで来るのに自身が乗っていた車両や最寄りの戦車の背後に張り付いた。
ジュンナは時計を確認する。ちょうど針が振れ、時刻はたった今、攻撃開始時間となった。
張り付いていた戦車が前進を開始し、それにジュンナと彼女に付く1個分隊は続く。歩く速度に合わせてゆっくりと、横列に広がって部隊は前進を開始。遠くからは歌声が聞こえる。静かすぎるのに耐えられなかった小隊が歌っていた。
やがて煙幕を抜けて、駐屯地が目視できるようになると―一斉に銃弾が降り注ぐ。ジュンナの後ろにいた隊員の一人はあまりの多さに縮こまって、なんとしても戦車の陰へさらに隠れた。
こちらも撃たれているばかりではない。射撃は自身の位置を最も露見させる行為、当然車両隊は応射し、日の傾きで影となった駐屯地施設をIFVの30mm曳光弾が照らす。
一発の対戦車ミサイルが施設の3階から放たれ、IFVの一両へと直撃し爆発。撃破された車両の後ろにいた隊員のうち、動ける者達は別の車両へと移る一方、対戦車ミサイルの発射地点には上空援護のヘリから放たれたヘルファイアが撃ち込まれた。
部隊は前進を続け、駐屯地外周のフェンスへと差し掛かる。上部には有刺鉄線も備え侵入者を強固に防いでいたが、装甲車両の前では障害物にもならず、履帯の前にやすやすと倒された。これで歩兵隊の前に障害物はなく、敵が本拠地を構える司令部施設までには100mほど。ジュンナはそろそろ頃合いだと判断し、無線を各小隊長へと入れる。
「総員、着剣!」
それを聞いた小隊長達は自身の分隊へと命令。分隊長も復唱し、彼女らの着剣の号令が各車の裏で叫ばれる。
聞いた者達も言った者達も、腰部の入れ物から銃剣を取り出し、自身の持つ銃へと据え付ける。ジュンナも同様だった。
準備を終えると彼女は次に首より吊るした笛を咥えた。遮蔽にしていたチーフテンが停車し、歩兵隊の突撃を待つ。
神よ、トリニティをお守りください。
目を閉じて祈り、意を決して肺に吸い込んだすべての息を、笛に吹き込んだ。
銃声もエンジンの音も下手な歌も、すべてを貫いて笛の甲高い音が響いた。ホワイトコートにおいて、その笛の根が意味するところは一つしかない。
突撃せよ。
一斉に車両の陰から戦士たちが飛び出した。先ほどまで縮こまっていた者ですら。笛が止んだ後も彼女らの雄叫びが辺りに響き続ける。
叫びの中には恐怖をごまかすために叫ばれたものもある。だが相手する者達にとっては「今からお前たちを殺す」という殺意が形を持って今向かっているのだと、何よりも強く認識させる。
窓辺から取りつかせまいとする射撃が降り注ぐが、一階からのものは少なくなっていく。反撃で倒されるだけではない。撃たれても撃たれても止まらず眼前に迫る突撃に、一部の小銃手、そして機関銃手ですら恐れをなし、自分が守るべき位置を放棄して逃げ出した。
取りついた部隊は砲撃で開けられた突入口より内部に侵入する。工兵を連れた一部の分隊は、窓ガラスをたたき割って爆薬筒を差し込んで爆破、新たな突入口を作った。
120mm砲の射撃で空いた一階の大穴、そこをジュンナ達は突入口とした。最先頭のジュンナが内部へと真っ先に入ると、ちょうど移動中の二人と出くわした。
「あっ」
あっけに取られて動けない隊員に向かい、ジュンナは走ってきた勢いのままに構えていた銃を前に付き出し、彼女の胸部を突いた。
銃剣の威力は、キヴォトスの者に対してではあるが、全力で突き刺しても皮膚を貫通するまですら行かない。だが数キロの鈍器と呼んで差し支えない銃器と人間の体重、力。これらが銃剣の切っ先という一点に集中したものをまともに受けると、人はたやすく吹っ飛ばされる。当然痛みもすさまじい。
飛ばされて体を打ち付けた痛みと共に、銃剣の突きは完全に戦闘意欲を奪う。数多の例にもれず、直撃した隊員は床に転げてのたうち回るしかできない。
残ったもう一人の隊員を銃床で殴るために眼前で振りかぶると、彼女は銃を捨てて両手を上げた。
「こ、降参します!降参です!」
完全に怯えた表情で見上げる彼女を前にしてジュンナは銃を下ろした。後続の隊員が手錠を取り出し、上げられた手を後ろに回させて拘束する。
分隊はジュンナの先導を待っていた。
「行くわよ、目標は3階の大隊司令部!」
全員に告げてジュンナは前を向く。
突入した部屋は資料室だった。机や椅子、資料が散乱し、元の様子は見る影もないが。ジュンナが踏んでいるのは倒された棚だった。
資料室から廊下に出る扉を開き、左右を見て誰もいないことを確認すると、分隊は3階へと続く階段を目指して資料室の左側、司令部施設A棟の中心部へと向かう。
「最寄りの階段は正面入り口にあります、この先を右です!」
見取り図を持っている隊員が誘導を行う。それに従い曲がった廊下の奥が正面入り口で、ここからでは広いロビーのみが見える。そして戦闘が繰り広げられているのはわかった。激しい銃声があのロビーから聞こえている。廊下左側はいくつかの部屋、右側は中庭に面している。メインロビー内をもっと伺おうと接近しつつ、数名に左側の室内をクリアリングさせる。ロビーに面した最奥の部屋は受付の置かれた部屋で、突入した隊員は機関銃が設置されているのを発見。振り向いた機関銃手の驚愕する顔面に7.62mm弾を叩きこんで無力化した。
「正面入り口の部隊!東側から1個分隊が援護する!撃たないでね!」
分隊長が無線を入れ、「了解です、助かります!」という返事が返ってくる。
廊下の端からメインロビーの様子をジュンナが確認すると、中央階段の2階部分の手すりに数人が展開し、頑強に抵抗している。
「手榴弾を!」
ジュンナが自身も腰のベルトに付けた手榴弾を手に取りながら、分隊員を呼んで一斉投擲を狙う。
分隊長は銃のバレルに付けられた擲弾筒の安全装置を確認し構えた。
「行くわよ!」
分隊員のうち3名と共にピンを引き抜く。
「一、二、三!」
ジュンナに合わせて、全員が一斉に投擲する。分隊長も伏せて擲弾筒を発射。4発の爆発は手すりを跡形もなく吹き飛ばした。
そこが最後の主抵抗線だったようで、進入を防ぐ射撃はほとんどなくなり、階段への道は開けた。
「よし、前へ―」
正面入り口からの分隊長の号令を爆発音がかき消した。
「連隊長ーッ!壁からせ、戦車が!」
ジュンナは本当かと疑ったが、それはすぐに事実だと分かった。階段の奥からロビーの中央へチーフテンが、ジュンナの目の前に表れた。
「教導の…!」
砲塔側面の白いバツ印を睨んだ。
たった一両の戦車は同軸機銃、車長の機銃、そして砲弾を撃ち散らし、損害を与え続ける。
車体正面にロケット弾が命中するが効いていない。第一大隊装備のLAWランチャーではチーフテンの正面装甲は貫けなかった。
「後退する!」
対戦車装備を切らした分隊は一時撤退を決断した。背を向けるその分隊に構わず、まだ生きている分隊―ジュンナ達を狙う。
「クソが、いい加減にしやがれ!」
分隊長が後退しながら弾切れしたL85に代わってFiveseveNを乱射し、車長を無力化するが、砲塔の旋回は止まらない。砲口はジュンナを真っ直ぐ捉えた。
同軸機銃は再装填に入っていて撃たないが、主砲は再装填を終えていた。
砲口との距離は5メートルほど。弾種はおそらくHESH。撃たれればひとたまりもない。眼前に迫った戦車の迫力には、ジュンナもさすがに肝が冷え切っていた。
「連隊長、退避を!」
動かなかった。連隊長という肩書の重さが彼女の足を縛り付けている。だが、自身はそれに助けられていると感じていた。逃げ出さずに済んでいるのだからと。
ただ思い出すのは親友の言葉。
「狙撃の時、私は狙っていません。ただ直感と言いますか。当たると思ったタイミングがあるのです」
一年生の時、自分より狙撃で優秀な成績を収める同級生に聞いたときに返された言葉。未だになぜそれで当たるのかわからない。
「当たると感じた時に引く、ね」
構えた銃身の先はチーフテンの砲口に向いている。外せば終わりだが、今はその言葉が安心感を与えてくれた。「感じた時に引けば、当たる」のだと。
息を止め、手の震えを抑えようとするが止まらない。だが、震えで少し銃身が上向いたタイミングで、ふと「当たる」と感じた。
その時、引き金を引いた。
数秒して、爆発が巻き起こった。はじけ飛んだのは発射された弾頭ではなく、発射される前の弾薬。
ジュンナの射撃は命中した。チーフテンは砲身基部が丸ごと吹き飛び、砲塔に空いた大穴から火を噴き上げ続ける。
燃え盛るハッチから教導中隊の中隊長と砲手が這い出てきた。彼女らは別の分隊に任せ、ジュンナは下がっていた分隊を呼び戻し、階段を駆けのぼった。
「す、すごいですね、連隊長!」
分隊の一人がジュンナの顔をのぞき込むと、蒼白なのに驚いた。
「…死ぬかと思ったわ」
狙っている最中にいつの間にか口角が上がっていたようで、貼り付けたような微笑みはしばらく取れなかった。
司令部というのは一般的に、常に参謀たちの意見が飛び交い、静かな瞬間というのはない。だが、この時の第二大隊司令部は例外だった。
指令本部の薄暗いランプの下、第二大隊長とその幕僚たち、そしてフセと取り巻き。彼女らは古く狭苦しいこの本部で机を囲み、ほぼ隙間なく座り込んでいた。
彼女らは一言も言葉を発さない。代わりに司令部へとひっきりなしにかかってくる無線は彼女らより雄弁に今の戦況を語ってくれる。
「C棟制圧されます!増援はまだですか!?」
「えっと、第三小隊ですが!小隊長がいないんですけど、どうしましょう!」
「B棟の第四分隊です!もう弾がありません!」
「第一小隊より各員。我々は降伏する。無駄な戦いを続けるな」
フセは深呼吸をした後、沈黙に耐えきれず、やっと言葉を発した。
「…まあ皆さん、こういう時こそポジティブに、です。間もなく情報局の特殊部隊が来ます、彼女らが後方から敵の司令部を破壊すれば逆転は可能です」
フセは机の上に肘をついて身を乗り出す。
「ですから現状は耐えるのです。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変な対応こそ―」
「局長、その、それが」
情報局の局員が遮る。フセはその局員を横目で見た。見つめられれば降格は免れないというひどく冷たいまなざしに、局員は黙り込んでしまう。
再び沈黙が支配しては話は一向に進まないので、仕方なく他の局員がため息をついてから続ける。
「特殊部隊からの最後の連絡が届きました。内容は"ヒナと交戦中"です」
机の上にそのメッセージが表示されたスマホを投げ出した。
それを見たフセは、ゆっくりと掛けていた眼鏡を外し、机の上に置いた。液晶を見る時だけに付けるブルーライトカット仕様の眼鏡、つるを持つ手は力の込め過ぎで震えていた。
「…わかりました」
彼女はおもむろに立ち上がる。
「事ここに至っては、私自ら交渉に赴くほかないでしょう」
「ふ、フセさん…!」
第二大隊長は感嘆の声を上げる。彼女は尊敬のまなざしでフセを見上げた。
今まで弱みを握られ、ただ従うしかなかったフセという相手。彼女のその言葉に心から感動した。まさかそこまで勇気ある人だったとは…!
大隊長は椅子を膝で引いて一気に立ち上がり、身を乗り出してフセに迫る。
「感服いたしました。情報局長…!私もご一緒させてくださいませんか!?」
「いえ、あなたは仮にも大隊長、動けば残りの者達は動揺してしまうでしょう。どうかここで最後まで指揮を。少しでも敵に損害を与え、有利な条件を引き出すのです」
「は、はいっ!」
釘を刺された大隊長は席に戻った。
フセは椅子を戻すと、座り込む隊員たちを回り込み、司令室を後にする。
出ていくと同時に、局員の一人が鞄からアーモンドチョコレートの箱を取り出して中央に置く。
「フセさんはアーモンド嫌いでしたから、いるところじゃ食えませんでしてね。はぁ…みんな食べましょう」
もう1人の局員はその行動の意味するところを察し、二つ同時に食べた。先ほど見つめられた隊員は何を考えてるんだという顔で広げた者を見て固まっている。他の局員と、幕僚はよくわからないがとりあえずひとつずつ貰っていった。
司令室を離れたフセは階段へと向かっていた。交渉に赴くつもりなら下へ向かうはずだが、彼女に毛頭そんな気はない。
向かおうとしていたのは上だった。
彼女は脱出のための最後の手段を、司令室を出ると同時に使った。
モモトーク最後の履歴はカイザーPMCへの救出依頼。ヘリを派遣してもらい、屋上から脱出する完璧なプラン。
カイザーには可能な限り借りを作りたくなかった。あそこは作った借りが大きければ大きいほど、そこを病巣として食い込んでくる組織。なので乗せるのも一人と伝えてある。
現在、カイザーはこの戦闘に関与していない中立勢力である以上、ホワイトコートは攻撃することができず、安全に脱出できる。
プレミアム会員特典で最寄りのヘリポートから飛ばしてくれるため、到着はわずか5分後。それまでは流石にあの無能共も持ちこたえてくれるだろう。そう思いながら屋上へと続く階段を登ろうと、廊下を曲がった。
だが、曲がった先の階段の踊り場は一団が言い争いを繰り広げ、完全にふさいでいた。この緊急時に何をしている?フセは眉をひそめた。
「お前ら何をやっている!?6分隊の配置は2階、ここは3階だ!数字も読めんのか!?」
「しかしですね、先輩殿!我々は後続がいると聞いて2階で陣を敷いていたのです。それが誰一人いないのですから、戦線を下げるほかありませんでしょう!」
「命令違反だぞ!直ちに戻らんか、戻れぇーっ!!」
「そういう先輩殿は装甲擲弾兵第二小隊の長でしょう!?二小隊は一階で全員倒れておるというのに、どこにいたのですか!」
フセは耳を塞いでしまいたくなる。聞くに堪えない言い争いだ。さすがにどけと言いだしそうになった瞬間、階段を誰かが駆け上ってくる音が聞こえる。まさか―
下の方を見た瞬間、踊り場を駆け上ってきたのは二度と見たくなかった顔、刈野ジュンナだった。
「全員武器を捨てなさい!今すぐに!」
一団へとジュンナ、そして続いてきた隊員たちが銃口を向ける。
「れ、連隊長だ!」
言い争いしていた隊員の一人がまるで鬼でも見たかのような恐れおののいた声を上げる。
その隊員に続いて数名が反射的に武器を投げ捨てた。
「お前ら何をしているか!?この者はミカ様を裏切った大逆者だぞ、撃てーっ!!撃ちころせぇっ!!!」
小隊長が渾身の思いで叫び、ホルスターから勢いよくリボルバーを引き抜いてジュンナへと突きつける。しかし、誰も従うことはない。
ならばと彼女は震えすぎる手で引き金を引こうとする。だがそれよりも先に6分隊の分隊長が銃床で後ろから小隊長の頭を殴った。彼女はそれ以上何も言うことはない。
気絶して倒れると、他の者達も武器を捨てた。分隊長も同様に捨て、ジュンナへと敬礼をした。
彼女らを横目に、今度はジュンナは立ち尽くしているフセへと銃を突きつけた。
「降伏しなさい」
眼前に突き付けられた銃口に、フセの表情は崩れ出した。弱みを悟られるからとずっと鍛え、普段は絶対に見せなかった表情―狼狽した表情が、思い切り出てしまっていた。
もういかなる手も残っていない。すべてが終わった。
それを自覚した瞬間、フセはなんだかおかしくなってきてしまった。
「っふふふふ…ひっ、ふふふふふふ…あっはははははっ!はぁっはははははははは!」
大声で腹を抱えて笑い出した。
周辺の隊員は誰もが奇異の目で彼女を見、ジュンナはあきれた様子でかぶりを振った。ついに床へと転げてのたうち回りながら笑う彼女の腕をジュンナは強引につかんで抑え、手錠をその手首にかけた。
第二大隊が逆転するすべなどなかった。後に司令部へと突入した分隊により本部要員は全員確保。確保された第二大隊長の肉声で施設内の部隊へと投降命令が下され、19時には全隊員の降伏が、名簿と照らし合わせて確認された。
20時、占見フセ、第二大隊長、教育大隊長等のクーデター主要人物が特別房に収容される。
21時、刈野ジュンナはナギサの元にクーデター鎮圧完了、ホワイトコート全部隊の撤収完了の二つを報告した。
そして、時計の短い針はもう一度、12の位置に止まる。
24時。トリニティの一番長い日は、終わった。