トリニティのいちばん長い日   作:RudolfA6

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エピローグ とあるティーパーティーの日

美しい荘園に暖かな日差しが差し込んでいる。熱すぎず寒すぎもしない午後。

純白のテーブル、チェア、ティーセットに彩られたティーパーティーの席…座っているのは二人。刈野ジュンナと佐藤モア。彼女達は向かい合って座っていた。モアは香り豊かな紅茶を嗜み、ジュンナはスコーンを一口に食べる。

どれもよいものだった。ホストの腕が良いのだろうと、ジュンナはモアを見てウインクする。モアは小さく会釈して返した。

 

ジュンナは開いた右手でカップを取り、紅茶を一口飲んだ。

 

「しかしまあ、大変だったね。お互いに」

 

モアは苦笑しながらジュンナを見る。

ジュンナは全くその通りだと深々とうなづいた。

 

「ええ…怪我はもう大丈夫なのよね?」

 

モアは胸のあたりを人差し指でなぞる。

 

「うん。問題ない」

 

あれから一週間。それほど過ぎれば、さすがに彼女の怪我も完治していた。

事件が終わってからの方がむしろ大変だったかもしれない。後始末は山ほど必要だった。相変わらず議会に、調書を取るために正義実現委員に、ミカ様について評議会にとありとあらゆる勢力に呼び出される。ようやく今日この時間、お互いのスケジュールが合った。

 

「あなたが寝ていた間のことは知っている?」

 

「聞いて驚いたよ。まさかフィリウス、サンクトゥス、その他の派閥まで巻き込んで、トリニティを結束させるなんて…本当にすごい。私でもできなかったことだ」

 

モアは感心の目でジュンナを見る。

 

「次はあなたがやってよ。すっごい大変だったもの」

 

「次があったら困るよ」

 

モアの返事にジュンナは笑い出し、モアもつられて笑った。

あの事件での臨時合同司令部設立、それはトリニティの歴史上類を見ない出来事だった。ジュンナはあれ以降、少しだけ三派閥同士の対立感情は緩くなったと感じていた。議会で以前ほど露悪的な非難を受けることは無くなったし、関係があるのかはよくわからないが、デモも頻度が減っていた。

 

それをジュンナはふと口に出し、モアは「確かにそれはあるね」と答え、サンドイッチへと手を伸ばした。

 

プライベートの時間ではあるものの、一応議長という立場がある以上ここでジュンナには言わなかったが、モアはある程度その理由について見当が付いていた。

一つはエデン条約が立ち消えになったことにより、条約成立を見越して財務局を中心に検討されていた防衛力の縮小計画が停止。アリウスの脅威もあってホワイトコート廃止論、縮小論に不安の声が上がり、勢いを失った。

もう一つはやはり、反パテルをしきりに主張していたサンクトゥス派にセイアが戻り、冷静さを取り戻しつつあることが大きいだろう。ナギサ、セイア共にどちらかと言えばパテルとの融和路線へと舵を切ったようにモアからは見えていた。

また、ホワイトコート自身も身内を撃つという形にはなったが、それでも潔白を証明しようとしたひたむきな姿勢が同情と感心を呼んでいる。

そもそもサンクトゥス中心に行われた過剰な締め付けが暴発の原因となったという指摘がシスターフッド等からされつつある。事件当日、フィリウスと結託して幕僚の拘束を図った件は越権行為としてホストより厳重注意され、流石にやりすぎだったと身内からも声が上がっている。

 

「"一度肩を組んだから仲間"という理由で対立を緩めてくれるのが理想的なんだけどね」

 

呟いて、モアは卵の挟まったサンドイッチを口に運ぶ。

 

「そうね。そうだといい」

 

ジュンナもサンドイッチを手に取る。現実がそうでないことぐらいは彼女もわかっていた。同じ釜の飯を食うというが、校舎の大食堂は今年で設立されて何年になるだろう?

 

「一つだけ、得られたって確信できるものがある」

 

「…ほう、それは?」

 

口の中の物を飲み込み、モアは尋ねる。

ジュンナが手に取ったのはキャベツのサンドイッチだった。

 

「前例。有事に際して、合同司令部を立ち上げることができたっていう前例。それがあるだけでも、今後大きく異なってくると思う」

 

ジュンナは真剣な表情でモアを見る。モアは唸りながら数度うなづいた。

 

「我々はいざという時、団結できる。確かに、これは力強いメッセージとなるね」

 

「うん。私も色々と見えてきたものがあったわ。ホワイトコートの改革に、一つ路線が見つかったと思う」

 

そう言うと、持っていたサンドイッチを食べた。シャキシャキとした食感と、サワークリームの風味が伝わってくる。

 

「そういえば進めているという話だったね。聞かせてもらっても?」

 

ジュンナは指先で頬を撫でた。「言える範囲で」と前置きして続ける。

 

「まずは部隊の再編ね。人が減りすぎて、もう以前までの規模は維持できないわ」

 

離脱者は事件の前から増えていたが、事件後も離脱する者は相次いだ。これまでの友人、先輩を撃ってしまったストレスが多くの隊員に傷跡を残したのだろう。さらに反乱部隊の中隊長以上は反乱に自らの意志でかかわったとして逮捕。幹部層はごっそりと抜けていた。

募集は続けているものの、入隊希望者は例年の定員を割ると見込まれている。財務局の思惑通りになるのはジュンナにとって腹立たしいが、やむを得ないことだった。

だが、人数が減ったからと言って、もうトリニティは守れませんと言うわけにはいかない。人がいないなら、いないなりに戦える組織を作る。それがジュンナの最優先事項だった。

 

「今回みたいな隊員同士の対立を防ぐためにも、意識改革も必要ね」

 

事件前の部隊員の大量離脱と、クーデターが起こってしまった原因、それは間違いなくホワイトコートの原則にあった。学園に忠誠を誓うのかリーダーに忠誠を誓うのか。はっきりさせておかないとまた似たような事態を招きかねない。

 

「改革の方針自体は、外部との連携を強化していくって方向で決まりつつある。自己完結能力は維持しつつ、連携に向けた情報システムの更新、あと合同訓練も行って…そうなるとやっぱり、信頼できるってアピールのために宣誓文に手を加えないと…」

 

せっかくのティーパーティーなのに、これから取り組む膨大な仕事のことを考えると気分が重くなってきた。ジュンナは大きなため息をつく。

 

「あーーーー、休みたい…」

 

漏れ出た本音を聞いたモアは苦笑した。

 

一つ朗報があるとすれば、以前と比べて改革は進めやすいということだろう。なにしろジュンナと意見を異にする者はまとめて逮捕されたのだから。

逮捕者か…ジュンナは彼女達にも思いを巡らせる。

フセはともかくとして、その他の教育大隊長やその部下たちとは、もう少し話し合うことも出来たのではないか。ミカ様のために働きたい、学園を守りたいという思いは同じだったのだから。

そう考えながらティーカップを見つめていると、モアが声をかけた。

 

「ジュンナ!」

 

呼ばれて彼女はあわてて顔を上げる。

モアの声自体は鋭かったものの、表情はいたって平静だった。

 

「何を考えていたんだい?紅茶に穴が開いてしまうよ」

 

ジュンナは苦笑する。

 

「いえ、ちょっと…逮捕された子たちのことをね」

 

「ああ…なんとか致命的な対立を避けることはできなかったのか、と考えているんだろう」

 

「ええ…」

 

モアは持っていたマカロンを口に放り込み、飲み込むと話を始めた。

 

「唐突に起こった事件により、人間関係が修復する間もないまま断裂してしまう…私もいくつか例を知っている。そうなってしまった以上、両者の対立は避けられなかった。だから、つまり…あの時、撃ってしまったことは仕方ないと、そう受け取るしかなないと思う。非常に、悲しむべきこととはわかっているけどね」

 

彼女はわずかに前傾して身を乗り出す。先ほどまでの真剣な表情から、わずかに微笑んで話をつづけた。

 

「だけど、二度と会えないわけじゃない。君だけでも歩み寄ろうとする意志を持って進み続けていれば、いつかまた、分かり合える日は来るはずだよ」

 

彼女の笑みに、ジュンナも口角が上がる。

その言葉が本心から出たものであることは、ジュンナも理解していた。でなければ混沌渦巻くトリニティの議会で議長などやっていられない。

今すぐには無理でも、進み続ければいつか。彼女を象徴するかのような信念は、トリニティでできる者の方が圧倒的に少ないだろう。

 

「ええ、歩きましょうか。皆とも、ミカ様とも」

 

ジュンナの返答に、モアは深くうなづいた。

 

石の通路をブーツが叩く音とともに、ジュンナの元へ彼女の部下が近づいてきた。

 

「ジュンナ様。そろそろお時間です」

 

腕時計を見ると、確かに約束の時間が近づいていた。

 

「もうか、わかった。すぐ行く」

 

「そういえば、予定があると言っていたね」

 

「うん。ミカ様との面会の時間がやっと取れて」

 

昨日、ホワイトコート隊員の面会禁止令が解除された瞬間にジュンナはすぐさま許可証を提出。おかげで聴聞会までに何とか時間を確保することができた。

明日の聴聞会に向けたすり合わせをしなければならないが、その他にも話したいことはたくさんあった。

 

茶器を戻し、席を立ってホストへと挨拶して退席の手順をすませ、背を向けて歩き出そうとする。

 

「…ジュンナ!最後に、一言だけ」

 

振り向くとモアは立ち上がってジュンナの方を向いていた。

 

「ありがとう。助けに来てくれて」

 

深々と頭を下げたモアに、ジュンナは笑って返した。

 

「いいってことよ。友達は助け合いでしょう?」

 

頭を上げたモアも彼女を見てふっと笑う。

 

「…そうだね。では、たくさん話しておいで」

 

手を振るモアに、ジュンナも振り返しながら荘園を後にした。

 

ミカ様との面会…もし事件前にその時間が設けられていたとしても、心の中に渦巻く不安が口を閉ざしてほとんど話せなかっただろう、とジュンナは考えていた。

だけど今は違う。聞きたいこと、話したいこと、ちゃんと口に出せるという自信がある。

 

今すぐにはではなくても、いつかまた、彼女と共に歩める日まで。進んでいく覚悟はできていた。

 

 

 

 

24時は0時になる。一日が終わったとしても、また次の一日が来る。

大きな事件が終わったからといって、すべてが終わるわけではない。次の日が来るのだから、次の日を生きなければならない。

 

彼女達の日は続く。彼女たちが、次の日を望み続ける限り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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