それは夢である。
登場人物が少ない。恋物語ではあるが、誰かを楽しませるという要素はない。
少々気になるような箇所はあったが、何か波乱を含むことなく、友情のみをもって終わる。ハッピーエンドでいいだろう。
夢物語は、その読者が、目を覚ますことで終わった。夢の主はマキエ・ベルクマー、ドイツに生まれた女性のカンピオーネである。寝間着はナイトドレスに分類されるもので、上質なものではあるが洒落っ気が少ない代物だ。
半身を起こした彼女は、扉の外に側付きとなったアデーレ・イングリートという女性がいるのを察知した。
「……アデーレ、若い時分にいい恋して、良い友人がいるのですね」
「人のプライバシーを守って下さい! そのようなことに権能を使うなど今後一切止めて頂きたく申し上げます」
扉を思いっきり開けて怒鳴り散らす。マキエ・ベルクマーの悪い癖は睡眠中に権能を発動させて周囲の人間からところ構わず記憶を盗み見するというものである。
カンピオーネとは人間の身でありながら神を弑逆し、権能を簒奪した存在である。そんなカンピオーネの歴々には様々な人間がいるが、褒められない人間性が目立つ者が多い。
例えばイギリスのアレクサンドル・ガスコインは、興味のある物品を拝借書を置いて強奪する収集癖が存在する。
イタリアのサルバトーレ・ドニは戦闘狂であり、後先考えないバカで、騒ぎがあるところに彼の姿があればほぼ原因とされるほどだ。
日本の草薙護堂は世界遺産だろうが躊躇なく破壊する上に女癖が悪いと定評がある。
これらはそのような人物がカンピオーネとなるか、カンピオーネとなったからこそ、これらのような悪癖ある面々となるのかと議論がある。最も、マキエに関しては生前は呪いに悩まされて殆ど自主的な活動はしてこなかった人物だ。
言ってしまえば、はっちゃけたのである。
そんな彼女はフィールドワークが趣味である。事故、事件があれば魔術等の裏の要素があろうがなかろうが何処からともなく表れる。裏関係の事件では時折事件を解決する。別段物を壊すわけでもなく、誰かを殺傷するわけでもない。至って平和的であるといえる。
「この間の小児科のお医者さんがいい腕と観察眼を持ってたんですよ」
「何処の何方かは存じませんが」
そう言って赤子の息子であるブルーノを診察するマキエである。何気に魔術もしっかりと使っているのが贅沢である。
彼女自身が言うには、脳外科手術であろうが成功させてみせると豪語する。誰も恐れ多くて健康診断なんて頼まないのだが、現状では専門職の知識を集めることに興味の方向が向いているようだ。
「しかし、日本へ赴くのに飛行機を使わねばならないとは参ります。羅濠教主の縮地を盗めればそれで移動できたのですが」
「まだ、そこまで人間を捨てるには早過ぎると思うのですが。飛行機でいいではありませんか。あのヴォバン侯爵でさえ、飛行機にタクシーを利用するようですよ」
「飛行機のチケットをとった時点で実家に露見しますからね」
マキエ・ベルクマーの生家であり、厭魅蟲毒を扱う呪いの大家である彩凪家。
マキエ本人はその家に絶縁状を叩きつけた上での国外へ家出である。
現状において、マキエは未亡人であるため、欧州でもそれなりの家柄の子息からアプローチがあったのだが、彼女自身が再婚の意志がないことを明らかにしたので収まった。男性のカンピオーネと違い、女性に関してはその問題は候補の数を多くすればいい問題ではない。
しかし、ブルーノへの婚約を申し込む家柄は数が多い。カンピオーネとなる前にマキエが産んだ子ではあるが、列記とした「カンピオーネとなる才を持った者」の実子であり、権力的には魅力的な存在だろう。
その中で、彩凪の家から何の通達もないということが不気味という他ないだろう。
「アデーレはブルーノの護衛の役割があります。気を抜かぬようお願いします」
「勿論です。あの呪いが国外まで付いて回っていたことを知らぬ者はドイツの魔術師では外様ですから」
こうしてマキエは日本行きの飛行機へ向かう。
日本に着くまでの間に、管制室に操縦席に客席まで。正に餌場のような状態であり、プライバシーを守ろうと防御を試みた魔術師達は呪力の枯渇で医務室に運ばれる事態に陥ったことは一つの事件だったのだろう。
それなりの年月を過ごす魔術師ならば、それこそが愚策なのだと語る。魔王たるカンピオーネが知識を開示しろと命ずれば開示し、過去を語れと、罪を告白せよと命ずれば大人しく従う。それこそが魔術師として正しい姿勢であると。事実、マキエは防御した魔術師に興味を持って権能を強めるという行動を起こした結果でもある。
日本に到着し、空港ロビーまで出れば、スーツ姿の男女の組み合わせ。
女性がお辞儀をする。
「ローゼンクロイツ卿に相違ありませんね」
ローゼンクロイツ卿とはマキエの敬称としてドイツの魔術結社が呼び始めたものだ。
神殺しとは人間が達成しうる最大の難題であり、例え元が卑しい身分と呼ばれるような者でも敬われる。
エジプト、アレクサンドリアに居を構えるアイーシャという女性のカンピオーネはイギリス出身であるため、「夫人」という女性に対する敬称を用いて常に呼ばれる。イタリアのサルバトーレ・ドニのサルバトーレ卿も元は騎士であった為に名前の後ろに卿を付ける敬称で呼ばれる。
マキエは既存の魔術結社であり、互助会の意味合いが強く、大した組織力を持たない薔薇十字団に未だ在籍をしている。薔薇十字団では黄金の夜明け団と同じ位階構成を取り入れているのだが、彼女の位階は「
よって、彼女はローゼンクロイツ卿と呼ばれることとなった。
「私は正史編纂委員会の福崎と申します」
「私は柿山です」
正史編纂委員会とは日本の呪術を管轄する公的な組織である。一般的に「公」と呼ばれ、他は民間の術者たちが「民」と分類される。海外では有力な家柄を中心に結社という形を持つことが一般的で、例外もあるが、日本のように政府が組織をもっているのは独特な文化といえることだ。
さて、女性が福崎、男性が柿山という二人組。福崎が書類を渡そうとするが、そのような物理的なやり取りは既に無用となる。
「家に父と兄は不在、それどころか行方知らずですか」
「はい」
彩凪家は彼女の祖父、
話の続きは車で行うべきと、柿山を運転手に二人が後部座席へ。
「祖父が私の知る人物なら真っ先にいなくなりそうですが」
「隆人老は病に伏しているという話があります。ですが、近隣の病院、診療所への出入りの経験はありません。来診の可能性もありますが、調べることはできておりません。
ただ、こちらも呪いの影響が出ていたのではと調べ続けてはいたのですが……」
厭魅蟲毒は犯罪である。特に呪術師として知識の技術を持つ人間が行えば完全に死罪という扱いもある。
正史編纂委員会も彩凪家には触れないでいたのではない。民間の術者の中には、依頼の関係で彩凪家を調べていた者達も多数いたという話もある。それでも証拠が存在しないという魔術の飛び交う世界にて尚、不可思議なあり方。
「母と、
「恐らくとしか言えません。彩凪当主と次期党首の二人が駅で確認された後に姿が見えなくなったということでして、裏を掻いて家に留まっているということは、あり得ないでしょうね」
「さて。私自身、家の弟を除く男衆の考えなど知りもしませんので」
車が到着する。
そこには周囲に現代的な家に囲まれながら、広い庭付きの古風な家、その厳格な趣きのある門を睨みつける。
門に似合わずインターホンが存在するのは現代日本としては仕様のない事だろう。福崎がそれを鳴らしたのは単純に「錠と鍵」の術式を警戒してのことと、一応公務員という役職柄、事情があろうとも踏むべき手順が存在するのかもしれない。
一般的な術式であり、特定の動作で封をする封印術の一種である「錠」の術。これを家に掛けることで、「中から招かれる」か、特定の動作や言葉を「鍵」として、無理やり侵入した人物に罠を用意するというものである。
最も、マキエはそのようなことなど気にする必要はない。極大の呪いが降りかかろうが、物理的に銃弾が乱射されようが無傷で生還してみせるという自信がある。
「反応はありませんね」
「権能を強めますよ」
マキエは権能は眼前の家を捉えているが、その壁に魔術を防ぐ為の防御術式が含まれていたために中が把握できなかった。権能に扱う呪力を増やしてそれを無理やり突破する。
「家の中には三人いますね。祖父と母、それから善胤も」
「やはり二人は不在ですか。しかし、隆人老だけでも十分に価値はあるでしょうね」
「母と善胤に爆弾が付けられていますね。これは、爆弾の起爆装置を魔術で止めているのでしょうかね」
「なっ!?」
二人が驚愕に声を漏らす。
それは、実の家族に爆弾を仕掛けたことに関してか。この日本で、目を開かせて監視されている筈の家が堂々と爆弾を入手したことか。
「我が祖父ながらえげつない。
祖父を殺す、気概を加えるをすれば即座に爆発。こちらが術式を掛けようにも向こうが術式を解くのが早いですかね。爆弾の構造は……祖父の頭の中にはないですね」
「ほう、羅刹王の権能とは恐ろしい。記憶や思考を読まれておるのに違和感をまるで感じぬとはのぅ」
多少のノイズが入っているが、男性の老人の声という特徴を思わせるものが、空気を伝達せずに頭に響く。
テレパシー、念話と呼ばれる術の類であり、三人には慣れたものだ。
「上がるかね」
「いえ結構です。会話も必要ありません」
姿を表さない老人の頭の中に、必要な知識は存在しないことが既に確認されたのだ。
彩凪隆人の策は間違っていなかった。
相手が自身の記憶を読み取るという前提を元に、構造を知らない爆弾を用意し、人質に持たせたこと。
人質の位置を自身より、互いに逆位置で引き剥がすことで、同時に解決出来ないように考慮したこと。
魔術で起爆を防ぎ、それを解いてしまえば爆発するようにしたことで、自身の命の保証を持たせようとしたこと。
間違ってはいけないのだ。例えマキエが二人の命を見捨てようとも、カンピオーネと関わりの薄い二人の術者は謝り倒してでも彼女を止める心づもりであった。唯一の間違いを上げるならば、彼女は非弱な孫娘でも、家族の危機に命を張る凄腕の魔術師ではないのだ。カンピオーネ、人類の勝者である。
「愚かですね。火薬を駄目にする方法を用いれば、この距離から解決は可能ですよ。お二方、後の処置は任せます。祖父には既に魔術は扱えません」
彼女の権能は三次元相対座標を正確に人の位置を把握し、二人の思考、祖父の記憶から爆弾の位置と形状は理解できた。そして、魔術を防ぐ防壁を力技で突破しているにも関わらず、対象を間違えることなく、火薬を駄目にした。言うは易しというが、魔術師の住処という一種の要塞で外側から三次元相対座標を割り出すことができる魔術師、魔女を探すのは骨だろう。火薬に対策もあったかどうかで難易度は跳ね上がる。
「あ、あの、どちらに?」
「東京へ。祖父から補完した知識で、あの二人は恐らく東京で揉め事を起こして私と草薙王をぶつける算段でしょう。最も、他の目的を祖父にすら隠していた可能性もあります。
祖父は現状で十分に逮捕できますので、人質二人と共にお任せします。後は、祖父は既に呪いを行うための『核』を放棄しているので呪いは扱えませんので、二人を追わせてもらいます」
結果として柿山が現場に残り、裏関連で動かせる警察を動員するということとなり、福崎が急ぎで東京行きの飛行機を手配し、車で空港へ向かう。
「結局、この家の呪いの正体とは何だったのでしょうか?」
「先祖は昔から性根が悪かったという話になるのですが」
太宰府天満宮は菅原道真公という祟り神を鎮めるために創られた「安楽寺天満宮」が始まりである。
この祟は清涼殿落雷事件という名で知られているが、疑問であるのは呪術と関わりのない筈の菅原道真公が恨みで死後、祟によって呪術的に要塞となっている場所へ落雷を起こすことが可能かという疑問が存在する。
当時、都では陰陽寮がそれらを管轄していたが、地方では呪術を扱える人間はかなりの数はいた。その彼らで、直接都へ呪いを扱うことに成功した者達はいない。
菅原道真公は祟り神ではなかったのだ。否、現代ではその信仰から「火雷天神」という神の一柱ではある。当時も都への恨み辛みはあっただろう。しかし、当時政争に負けて流刑に処される人間が何人いたか。飢餓、疫病、天災で嘆く人間が何人いたことか。菅原道真公の徳の高さがあろうとも、死後の恨みで祟り神となるだけでは弱いのだ。
では、一体落雷の正体とは何だったのか。自然のものではない。古くから神々と結びつきの強い雷を避けることは、海外を含め王侯貴族達の住処としては当然の防御術式が敷かれている。
正解となるのは、実は帝釈天である。中東のヒッタイト、インドで信仰のある雷神であるインドラと同一の神だ。その信仰は日本では飛鳥時代に伝わっている。
当時は呼び出す核として菅原道真公が選ばれた。都への、中央への不信はそれなりにあったのだろう。しかし、都へ顕現した帝釈天は、当時日本で暴れていた「まつろわぬ速須佐之男命」と戦い、被害は不幸中の幸いという形か、神が暴れ、戦ったとしては少ない被害となった。
結果として、菅原道真公は祀られる。しかし、当時は気付かぬ事件があった。
「菅原道真公の遺品を呪詛の核として扱うことで、三大天神の魂鎮め、浄化能力を利用していたということが呪いの正体とは、成る程誤魔化しが効きやすいのは事実ですか。
三大天神の近く、龍脈を考えた場所で取り扱うなら兎も角、関東圏ではせめて平将門の首塚をまた利用する、それもかなり高度にしなければかなり拙い」
「菅原道真公の遺品というだけで呪術界では大変拙いです。歴史的にもそうですが、現在では神由来の遺物ではないですか!」
その点を考えれば、彩凪家はもう終わってしまったと言っていい。自身の系譜にカンピオーネを生み出したことで滅ぶ呪術の一族。長い歴史への幕引き劇なのだ。
「問題は、その遺品でのまつろわぬ神の招来。火雷天神か、帝釈天か。事実からその二柱が混ざっている可能性もありますが……」
「草薙護堂への直接連絡はこちらでは無理なので、向こうの担当へ連絡します」
車で空港へとは言うが、既に時間も遅いということでホテルで宿を取るという選択をする。
これもまた、彼女のカンピオーネとしての勘なのだろうか、別段にゆっくりして構わない。早く行動しても無駄に時間が空くものだとマイペースな行動である。
「実は日本でホテルに入るのは修学旅行を除いて経験がありません。
欧州とはまた違ったものが面白いですね」
そう言いながらマキエは部屋でゆったりとティーパックのお茶を啜っている。ティーパックのお茶が初めてだったのか、顔を顰めているのが何とも言えぬ光景である。
「別段、日本に思い入れはないのですが、やはり海外で過ごせば日本に戻った後の良さが解るような気が致しますね」
「それは良かったです」
「いつか息子を連れてこられればと思いますが」
「今回はご子息をお連れしなかったのですね」
その言葉に呆けたように目を丸くするマキエは笑い出す。
「滅多には連れてくることはありませんよ。
一国に神殺しが二人など、まつろわぬ神出現か神殺しの衝突のどちらかが起こるだろう環境に子供は流石に……」
福崎は笑えない。
そしてカンピオーネが複数集まることで起こることが偏見か必然、宿命の類ならば是非とも生家の問題を日本に任せて欲しかったと染み染みと心で呟く彼女である。
一枚の画用紙に平仮名を五十音、英字のアルファベットを囲むように書く。
「『コックリさん』ですか?」
多少見た目が違うがその類になるのだろうか。
「コックリさん」は一時期日本で流行った遊びである。西洋のテーブル・ターニングを起源に持つ簡易の降霊術に用いる道具である。
しかしながら、現代の魔術業界でも「魂」という存在は不確かなものだ。例外として存在するのがヴォバン侯爵の権能の一つ、「死せる従僕の檻」であろうが、現状魔術師には死んだ人間と対話するという魔術は存在しない。
「簡易に作れるので参考にしただけですが」
しかし、「怨念」は別である。
人々の意志が個人や土地の魔力に入り込み、何らかの方向性を持つ。その方向性を読み取る魔術は存在する。死後、それらが残留することは珍しくはない。
「あれだけ恨まれる家です。私に掛かっていた呪いの中にはそれらの恨みを押し付けられたものも含まれていたでしょう。
更に、あれらは血縁なのです。血を利用すれば、精度は格段に上がる」
基礎の魔術である。場合によっては、そこまで技術のない個人の魔術師でも行えるもの。
小道具に追加されるのは十円玉ではなく、ボールペンをタコ糸で吊るして、糸に自らの血を付ける。
「後は最高範囲まで権能を広げながら寝て待ちましょう。」
夜中に独りでにガリガリと音を起てながら動くボールペンは魔術師にとってもちょっとしたホラーな体験であったと、福崎は寝不足となるが文句など言えはしなかった。
東京に移動してからは非常に早かった。
マキエは陰陽道の式神を用いて、「人間」のルーンの逆位置の字を用いた人の出入りを制限するという呪術。ルーンを書くのに自らの血を扱うことで範囲を限定し、追い詰めることとなる。
最終的には彩凪家の二人は彼女が追い詰め、殺した。
しかし、二人共菅原道真公由来の遺物は所持していなかった。持ち主が移動していたのだ。
「さて、草薙王。
御身の祖父が見つけて拾い上げた少女、血の繋がりはありませんし、家とは絶縁している身ではありますが、引き取らせては頂けないでしょうか」
日本に住まうカンピオーネ。草薙護堂の家に件の持ち主がいた。
よって、事前に連絡を取り、現在では市街地から離れた郊外で対峙している。
場にいるのは赤い戦闘服に身を包んだ魔術師、エリカ・ブランデッリとその後ろの巫女服の少女、万里谷裕理。その肩に抱かれ、震えている少女。
少女の名は矢島ミヤ。彩凪家に組み入れられた外様の少女であり、件の持ち主のことである。
「渡して、どうなる?」
「殺してしまった方が平和だとは考えますが。
御身には厄災を祓う類の権能はないようですし、天神にしろ帝釈天にしろ、降ろされれば死んでしまいます。
心霊医術で神の遺物を取り除く、そこにいる赤銅黒十字の魔術師に問いますが、その技能を所持していたとしてやろうと考えますか?」
「……・王が言うならば、やりましょう」
護堂の傍にいるエリカ・ブランデッリは言葉を選ぶように言ったが、それは命令がなければ拒否の意志があることに他ならない。
「お前の権能はどうなんだよ。人から呪力を吸い取れるんだろう」
「確かに。ですが、私が吸い取れる対象は『自ら考える能力がある』ことですので、物には通用しません。
そもそも、家に呪われていることから逃げ出したような王にあるまじき経歴を持つ私が、何故に態々呪いを呼びこむような真似をしましょうか」
ミヤは呪術の世界を知らない。カンピオーネという存在が理解できないが、マキエという存在に恐怖を感じて震えて声を出せずにいた。
矢島ミヤは彩凪家に取り入れているのだが、別段書類で養子縁組等の家に入ったわけでも、誰かと結婚、婚約したわけでもない中学生の少女だ。
呪術的に家柄の関係に組み込むことは意外と容易だ。法的に必要な書類など一切なくて構わない。相手が呪術を知らない一般人であるならば、冗談地味た会話にあるやり取りの内に契約を含めることは、口八丁手八丁な呪い屋には赤子の手をひねるようなものであった。
つまり魔術的な意味合いでは少女の名は「彩凪ミヤ」と言っていいだろう。
「とりあえず、こちらの要求は通らないということならば、強硬手段にでるといたしますが」
エリカと裕理は体から一気に生気が抜けるような感覚に膝を着く。
マキエ・ベルクマーの権能「
エリカは細剣の形状をしていた魔剣「クオレ・ディ・レオーネ」を盾の姿へと変化させ、呪文とともに防御を張る。
「キツイけど、数分なら持たせて見せるわ! 護堂!」
草薙護堂の権能は「
マキエの「アジ・ダハーカ」と同じ、ゾロアスター教にて登場する、
その力はウルス・ラグナの化身に対応する権能に変化する。その一つ、「黄金の剣を持つ戦士」の化身に対応する権能は「剣の言霊」、相手の来歴を暴くことで相手の権能を封じる力を持つ。
マキエは現状「暴君の秩序」のみを所持している、護堂より後輩の神殺しである。故に、護堂はエリカよりアジ・ダハーカの知識を「教授」という魔術により所持していた。
「無駄です」
「ダメだ、エリカ」
それは二人から同時に紡がれた言葉だ。
「私の権能はそもそもに、ザッハーク王が両肩より生やした蛇で悪人の脳髄を食らって悪性を成長させていったことを象徴する権能です。
相手の記憶を読み取ることは可能ですし、尚且つ食らうことで記憶を抹消することも可能です。
こちらは命の危険がありますが、『教授』や『写本』のような一時的に記憶に留める魔術は話が別でして、簡単に抹消することが可能となります」
その言葉にエリカは驚く。
「教授」を破る方法は一般的にも存在する。しかし、それも呪的介入の為に、カンピオーネである護堂へは経口接触などになるので無理なのだ。その方法が権能に含まれているなど想定外だ。
護堂がこれを防ぐには、最初から何らかの防御策を用意して、その防御が抜かれる前に言霊を使う必要があった。
そもそもに、呪的防御力の高い肉体を保持するカンピオーネだが、マキエの力も術者に一時的に防がれるとはいえ、神の権能に代わりはなく、着実に護堂から力を奪っていく。
更に護堂を困らせたのは使える化身の少なさだ。
現在護堂が掌握している化身は全部で十ある内の「少年」を除いた九つ。
常識外の膂力を持つ相手に対して怪力になる「牡牛」を扱えるほど、マキエは力が強くない。
周囲に破壊対象になる建築物が存在しない為に「猪」は扱えない。
ヴォバン侯爵相手に発現した「山羊」は周囲にいる民衆、仲間が心を一つにする必要がある。
民衆を苦しめる大罪に反応する「白馬」も全く反応しない。
「草薙王が化身を扱うには何らかの条件が必要という考察はありました。
実際に誰かに会ってしまえば条件は読み取れたので、対処は楽でしたが」
マキエが護堂に手を向ける。
「カンピオーネの肉体は魔術が効きませんが、周囲の空気を固めて掴むことは出来ます」
互いに手の届かない位置から、投技。マキエはそのまま地面に強化を掛ける。
しかし、彼だって現役の日本の高校生であり、これまでの義務教育で柔道の受身はできていた。硬くなった地面に叩きつけられようが、物理的にも硬い体にはびくともしない。
「草薙王の弱点は、相手が比較的弱い場合に扱える権能が少なくなる、というところでしょうか」
自身に強化を施さないのは「牡牛」を警戒してか、素早い攻撃を仕掛けないのは「鳳」を扱えないようにするためだろう。
そもそも、彼女は護堂相手に勝つ必要がない。
ミヤを殺してしまえば勝利する。
この時、彼女は生命力を奪う対象となる少女の力があり得ないほど上昇するのを感じ取って、意識を逸らした。
「全ての邪悪なる者よ、我を恐れよ! 力ある者も不義なる者も、我を討つに能わず」
それは、ウルス・ラグナの権能を、呪力を高める言霊。即座に距離を取る為に飛び上がる。
「アジ・ダハーカはゾロアスター教の不義者ドゥルジに属する三つ首の蛇だ。
その原点は古代ペルシャ神話にて、人、家畜の三分の一を殺害する暗黒竜だ。インド・イラン神話を参照して作られたゾロアスター教の悪神側に取り入れられた」
その言霊で出来上がった剣を一振りして、展開された「暴君の秩序」が一時解除される。
「『一夜漬けとはいえ、知識を奪うというのは些か大人げないかな。邪竜の神殺し』」
ミヤの声だが、どこか男性の声が混じったような声。少女の瞳は、何処か澄んだが色が変わったように思え、雰囲気が変わっていた。
「降臨術師の才がありましたか!」
降臨術師。日本では「神がかり」と称される、神を己の体に降ろして権能の一部を振るうというもの。
このミヤという少女は東南アジアに属する「魔女」、現地では「女呪術師」と呼ばれる者の血を引いていた。日本では「媛巫女」として管理され手が出せない状況だが、国外の血ならば話は別。彩凪がミヤを選んだのは必然であった。
最も、父親を介しての隔世遺伝。本人の才覚には微塵も期待はしておらず、その血筋が目当てであったから、何らかの魔女の才があるかどうかは不明であった。
「天神、菅原道真公ですか」
「『然りだ。別に降りる必要もなかった。
だが、今現在は学問の神として存在するのだ。
学徒を護る為に、そこの神殺しの知識を思い出させたのだ。ほれ、まだまだ剣の言霊、続いておるぞ』」
「ゾロアスター教では善神と悪神が対立する形をとっている。
『不義』『悪』を司るドゥルジと対立するのは『正義』アシャになるが、アジ・ダハーカは大いなる魔としてドゥルジに属しながら別個対立する神がある。アータル、火の神だ。
ゾロアスター教では物質的な要素においてはプラスとマイナスにて正邪が別れる。
つまり、アータルと敵対するアジ・ダハーカは人や家畜を殺す火、人間には制御しきれない火山の噴火を司る神だ!
だから火山流が川の流れと同じように蛇を思わせることから見た目が蛇となり、最後はダマーヴァンド山という休火山に封印されるという逸話となったんだ!」
光り輝く剣を一振りすると、マキエは完全に権能を出すことができなくなった。
「やったわ護堂!」
マキエの権能は正しく一つのみ。つまりは戦闘手段は失われたに等しいとエリカは喜ぶ。
「土生金、急急如律令!」
土が盛り上がり、そこから金属の塊が出て右手に収まる。
そこに書かれるルーン文字。アンサズとスリサズ、ソルのルーン。スリサズは逆位置に見える。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイギャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン」
マキエの手にした金属が燃え上がる。それは金属を中心に渦を巻く様を見せつけ、龍のように唸りを上げる。
「倶利伽羅剣の再現ですか? それにしては……」
万里谷裕理は首を傾げそうになる。右手に剣を持って、火界咒によって倶利伽羅剣を再現するのは問題ない。
しかし、なぜルーン文字という別要素を混ぜたのか。
「『媛巫女よ。あれは北欧の豊穣神の剣、その模造品だよ』」
答えたのは、ミヤに降りている天神だ。
「フレイの剣!?」
「学問の神には理解できますか。
一節によれば、フレイの剣こそがスルトの『レーヴァテイン』であるという説もあります。自動で敵を討つ意志のある剣という話ですが、逸話が少ない。
ですから、炎と剣神の逸話で隙間を埋めたのですよ。剣、『鋼』に属する逸話では火は鍛造に必要な工程であり、どちらかと言えば『雷神』の本質が近かったので、倶利伽羅龍王を選ばせていただきました。
草薙王は理解していたようですが、今代の『
そもそも、神殺しの偉業は権能もない、特異な体質もない状態で行うもの。王となって潤沢な魔力とそれを扱う素養が出来上がれば、より強く魔術を扱えます。
私が覗いた限りでは、草薙王にこの剣に対応できる権能は保持していないように見受けられます。例外はこれを受け止めた後に、『駱駝』の化身を用いることでしょうが……」
そこでマキエはフレイの剣を消し去る。
「降臨術師としてあるならば、祀りの対象としての補正で呪詛は大幅に軽減されるでしょう。
それならば、殺す必要はありません。
草薙王、その娘は巫女の才覚が著しいので、必ずこちら側にいた方が安全であると言っておきます」
草薙護堂とローゼンクロイツ卿の戦闘の結果は、引き分けという体裁をもって終了した。
後日、薔薇十字団には一人の少女がやって来ていた。
「『彩凪』ミヤと申します。降臨術師の資質がある魔女として日本から入団しにやってまいりました」
ミヤは薔薇十字団に入団。団員初の「魔女」、それも他ではまず見ることのない降臨術師として大いに歓迎されることとなる。
「よくも彩凪の姓を残すことにしましたね」
「はい。彩凪は怨恨が深いですが、呪いを扱う家柄という側面もありますので、ご足労をお掛けするかもしれませんが」
「草薙王の下でよかったのではないですか」
「学ぶなら、こちらの方がいいと『お告げ』もありましたので」
「では、まずは『千の言葉』から仕込むとしましょう。最低でも二ヶ月でドイツで英語が通じるようにしなければ話になりません」
生活という意味も含むが、魔女とはいえ英語も話せない状態では「新参者」で役立たずである。
「御鞭撻の程、よろしくお願いします。教授の引き際は粘り強くお願いします」
「一言余計です。今は許しますが、まずは、『王』の機嫌を損ねないことを憶えることですね」
ミヤは神がかりの最中、意識はあった。天神が自身の口で何を言ったのかも認識していた。
あの時の草薙護堂とマキエ・ベルクマーの勝負は草薙護堂の勝利である。
勝負の鍵はエリカ・ブランデッリ。権能の影響で呪力が少なくはなったが、権能ではないフレイの剣は彼女によって防御可能であった。そこまでお膳立てされれば、草薙護堂は勝利を摑む。その確信があったからこそ、退いたのだ。
時間が掛かった割には文章量は少ない、でしょうか。
新キャラ「彩凪ミヤ」の登場です。
護堂のハーレムは原作より増やさないし減らしません。
東南アジア辺り本来は中国と被るかもしれませんが、「女呪術師」という独自設定の魔女のあり方です。祭壇で秘薬作っているイメージがあるので西洋の魔女とそう変わらないかもしれませんが。
護堂との戦闘でした。改定前には存在しませんでしたが、本の少しで終わってしまうという虚しさ。マキエの権能が増えたら再戦させてみたいです。
護堂は原作で一番新しい魔王なので、同じカンピオーネと戦うにしても権能の数で下回り、弱い立場にありますが、今回はマキエが後輩なので護堂が強者の立場になります。化身の条件が厳しいので、中途半端に弱いと護堂が厳しいのではないかと想像してこうなりました。
そして完全にオリジナルな「レーヴァテイン・レプリカ」の登場です。
何気に「東京レイヴンズ」の影響が自身の中にあって、どうやって取り除こうか頑張った結果、中途半端に陰陽道が残ってルーン文字を加えた次第です。(そもそも陰陽術が神道、道教、仏教(密教)とごちゃ混ぜで、仏教の中にインド神話が含まれるので何らかの形で関わってしまうという悩みどころ。)
ちなみにキチンと用いると、大熱量の炎を巻き上げながら、フルオートで斬りかかる剣となり、カンピオーネの魔力が練りこまれているので凶悪です。
ついでに最強の鋼の予測が日本側なら思いついたんですけどね、繋がりが「ミスラ」ぐらいしか見つからなくて他のユーラシアに関連する神話がわからないという現状に陥ってしまいました。
そもそもギリシャ関連ならどこかでインド・イラン神話辺りに影響があると考えがあるのですけどね。
ではまた次回、呼んでいただけたら喜ばしいかぎりです。