Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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10変わりゆく日本

 

帝国陸軍技術廠。

 

百式の解析が始まって数週間。

技術者達の顔から生気が消え始めていた。

 

「中佐……」

 

「何だ」

 

「徹夜三日目です」

 

「私は五日目だ」

 

「負けました……」

 

「勝負していたのか?」

 

そんな不毛な会話が交わされるほど、現場は混乱の極みにあった。

 

ムーバブルフレーム。

全天周囲モニター。

リニアシート。

 

理解したと思えば新たな壁が現れる。

だがその日、技術者達はさらに大きな衝撃を受ける事になる。

 

「ミストレス殿、本日はお越しいただきありがとうございます」

 

巌谷榮二中佐は応接室で頭を下げた。

対面には優雅に紅茶を飲むミストレス・マーキス。

 

「解析は順調ですか?」

 

「順調とは言い難いですが、皆楽しそうに苦しんでおります」

 

「それは何よりですわ」

 

全然何よりではない。

巌谷は心の中でだけ突っ込んだ。

そして本題へ入る。

 

「本日お呼びした理由ですが…」

 

「ええ」

 

「百式の動力について確認したいのです」

 

ミストレスは首を傾げた。

 

「動力?」

 

「はい」

 

巌谷は資料を差し出した。

 

「我々は当初、核融合炉だと考えておりました」

 

「なるほど」

 

「ですが、内部構造を調査してもそれらしい物が見当たりません」

 

そこでミストレスは少し考えるような仕草をした。

 

「ああ」

 

納得したように頷く。

 

「それは当然ですわ」

 

「当然?」

 

「百式は核融合炉を搭載しておりませんもの」

 

沈黙。

数秒間、巌谷の顔が固まった。

 

「……はい?」

 

それから十分後、技術廠の会議室にて。

主要技術者達が集められていた。

ミストレスは大型モニターの前に立つ。

 

「つまりですね」

 

端末を操作する。

表示されたのはエネルギーセルの構造図。

 

「こちらが百式の主電源です」

 

室内が静まり返る。

 

「蓄電池……ですか?」

 

「ええ」

 

「バッテリー?」

 

「はい」

 

「これで動いているのですか?」

 

「そうですわ」

 

技術者達は顔を見合わせた。

誰も信じられない。

百式は十八メートル近い巨大兵器だ。

そんなものを電池で動かす?

冗談ではない。

 

だがミストレスは淡々と続ける。

 

「理論上の連続稼働時間はこちら」

 

数字が表示される。

全員の動きが止まった。

 

「待て」

 

「おかしい」

 

「桁が違うぞ」

 

「計算ミスでは?」

 

巌谷は額に手を当てた。

自分も最初に見た時はそう思った。

だが何度計算しても結果は変わらない。

 

「エネルギー密度は現在の皆様の蓄電池のおよそ数百倍」

 

さらりと言う。

室内が凍った。

数百倍。

数百倍である。

 

「充電速度は?」

 

誰かが震える声で尋ねる。

 

「設備次第ですが数十分ほどですわね」

 

今度は何人かが本気で椅子から転げ落ちそうになった。

 

「中佐」

 

若い研究員が青い顔で振り向く。

 

「何だ」

 

「これ軍事技術ですか?」

 

巌谷は資料を見る。

再びミストレスを見る。

そして答えた。

 

「違うな」

 

「え?」

 

「これは革命だ」

 

会議終了後、技術者達は資料を抱えて走り回っていた。

 

「発電所に応用できる!」

 

「基地の非常電源が変わるぞ!」

 

「避難民キャンプにも使える!」

 

「戦術機の稼働時間も延びる!」

 

誰も彼も興奮している。

その様子を窓越しに眺めながら、ミストレスは満足そうに微笑んだ。

 

「わざわざバッテリー式に改造した甲斐がありましたわ」

 

「オリジナルのままだと事故って爆発した時が怖いからな。でも良かったのか?

 

隣に立つライが尋ねる。

 

「何がです?」

 

「こんな技術を渡して」

 

ミストレスは肩を竦めた。

 

「私達だけが便利な暮らしをしても意味がありませんもの」

 

「相変わらずだな」

 

「それに…」

 

彼女は窓の向こうを見る。

技術者達が夢中で議論している。

疲れ切った顔。

だが、その瞳だけは輝いていた。

 

「人類が前へ進む姿を見るのは好きですわ」

 

ライは苦笑した。

横浜ハイヴを落とした英雄。

トールギスを駆る最強のパイロット。

けれども彼女が本当に嬉しそうな顔をするのは、戦場ではなくこういう時なのかもしれない。

 

その後、P.E.R.I.O.Dから提供された高密度蓄電池技術は日本中へ広がった。

 

工場。

基地。

研究施設。

避難民居住区。

あらゆる場所で活用されるようになる。

そして後年、歴史家達はこう記す。

 

横浜ハイヴ奪還は人類反攻の狼煙であった。

しかしP.E.R.I.O.Dがもたらした蓄電池技術こそが、人類社会を再び前へ進ませた最初の一歩だったのである。

 

その頃のミストレスはというと――

技術廠に運び込まれた次の教材、ガンダムMk-Ⅱを前にして、

 

「さて、皆様に新しい教材ですわ」

 

と笑顔で言い放ち、巌谷中佐を盛大に頭を抱えさせていた。

 

 

国連極東方面会議。

各国代表が顔を揃える会議室には、普段とは違う空気が流れていた。

議題はただ一つ。

P.E.R.I.O.D。

そして彼らがもたらした技術である。

 

「日本は情報を秘匿しすぎている」

 

ある国の代表が口火を切る。

 

「横浜ハイヴ攻略に使用された技術は人類全体の財産であるべきだ」

 

すぐさま別の代表が同調した。

 

「我々も同等の情報開示を要求する」

 

「技術独占は国際協調に反する」

 

会議室に賛同の声が広がる。

 

榊是親は黙って聞いていた。

反論もしない。

怒りもしない。

ただ静かだった。

 

その様子に各国代表は内心で確信する。

押せば譲る。

いつもの日本だと。

 

「榊首相」

 

アメリカ代表が言う。

 

「貴国も人類の未来を考えるのであれば――」

 

そこで榊が口を開いた。

 

「では確認したい」

 

穏やかな声だった。

だが会議室が静まり返る。

 

「横浜ハイヴ攻略作戦において、貴国は何名の戦死者を出されたのですかな?」

 

突然の質問だった。

 

「それは……」

 

「何名です?」

 

代表は答えられない。

当然だ。

作戦に参加していないのだから。

 

榊は続ける。

 

「ではこちらはどうでしょう」

 

資料を開く。

 

「日本帝国軍戦死者数」

 

数字が並ぶ。

 

「京都防衛戦」

 

「佐渡島戦役」

 

一つ一つ積み重ねられた犠牲が並ぶ。

会議室から言葉が消えた。

 

「我々は独占するつもりはありません」

 

榊は静かに言った。

 

「ですが、技術を提供する義務もありません」

 

各国代表の顔色が変わる。

いつもの日本ではない。

 

「ならば見返りを求めると?」

 

ソ連代表が険しい表情で問う。

榊は即座に頷いた。

 

「当然です」

 

今度は彼らが言葉を失う番だった。

 

「日本は島国です」

 

榊は資料を閉じる。

 

「資源に乏しく、補給路に依存しております」

 

誰も反論しない。

事実だからだ。

 

「技術が欲しいのであれば対価をお支払いください」

 

「……」

 

「食料でも構いません」

 

「……」

 

「資源でも構いません」

 

「……」

 

「共同防衛条約でも構いません」

 

会議室の空気が変わる。

これは拒絶ではない。

交渉だ。

 

そして各国代表は気付く。

日本は門を閉ざしていない。

むしろ開いている。

ただし、ただでは通さない。

 

会議終了後、各国代表は疲れた顔で席を立った。

だが誰一人として怒ってはいなかった。

なぜなら彼らも理解していた。

日本の要求は極めて合理的だったからだ。

 

会議室に残った榊は窓の外を見る。

帝都の空。

そこに浮かぶエクスシアの姿は見えない。

だが――

 

「なるほどな」

 

小さく呟く。

ミストレス・マーキスの言葉を思い出していた。

 

せっかく得た有力な手札です。どうか安売りなさいませんように。

 

あの時は半信半疑だった。だが今なら分かる。

彼女は正しかった。

 

秘書官が声を掛ける。

 

「総理、本日の成果は?」

 

榊は珍しく笑った。

政治家らしい笑みだった。

 

「上々だ」

 

そして机上の報告書へ視線を落とす。

各国から提示された譲歩案。

資源供給。

食料支援。

共同研究。

防衛協力。

どれも以前なら日本が頭を下げて求めていたものばかりだった。

 

「横浜ハイヴを落としたのは彼らだ」

 

榊は静かに言う。

 

「だが、その戦果を最大限に活かすのは我々の仕事だろう」

 

その日、日本はただ横浜を奪還しただけではなかった。

失われ続けていた外交上の主導権を、ほんの少しだけ取り戻したのである。

 

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