Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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12勇気を示せ

 

 

停泊中のエクスシア。その艦橋に緊張が走る。

 

「横浜沖ニ艦隊接近」

 

オペレーター型ハロの無機質な声が響く。

大型モニターに映るのは水平線を埋め尽くす艦隊。

星条旗。

紛れもなく、アメリカ海軍だった。

 

「総数二十七隻……空母二、イージス艦八、強襲揚陸艦三……戦術機多数…」

 

ライは仮面の位置を直す。

 

「随分と景気のいい歓迎だな」

 

通信士が振り返る。

 

「艦長、通信デス」

 

「繋げ」

 

モニター画面に米軍将官の姿が映し出された。

 

『こちらはアメリカ合衆国統合軍である。横浜ハイヴを落とした戦術機の衛士、もしくは代表者との会談を要求する。拒否した場合、武力行使も辞さない』

 

沈黙が流れる。

それは交渉ではない。

脅迫だった。

艦橋の空気が一気に冷え込む中、ミストレスが静かに立ち上がる。

 

「トールギスを出しましょう。話し合いにならないのであれば、力で止めるまでです」

 

その一歩を踏み出した瞬間だった。

 

「待て」

 

低い男の声が制止する。

 

「兄様」

 

「堪えろ。ここで出たら向こうの思う壺だ」

 

「ですが!」

 

「武力を背景に交渉してきた相手へ、武力で返す。その瞬間、世界はこう判断する」

 

兄は一語一句区切るように言う。

 

「『P.E.R.I.O.Dは危険な武装組織』だ」

 

妹の拳が震えた。

 

「でも……私達は戦える。守れます!」

 

兄は首を横に振る。

 

「だから駄目なんだ。勝てるからこそ、撃っちゃいけない」

 

傍から見ればミストレスの一人芝居に見えるだろう。しかしライは知っている。これこそが彼女の真骨頂なのだと。

兄はモニター画面に映る艦隊を見つめる。

 

「あいつらは撃ちたいわけじゃない。俺達が撃つ(・・・・・)のを待っている。最初の一発を撃った方が悪になる。国際政治なんてそんなもんだ」

 

妹は唇を噛む。

トールギスなら、あの程度の艦隊止められる。

いや、壊滅させられる。

だからこそ、兄はそれを許さない。

 

「日本側の返答を待とう」

 

妹は息を呑む。

 

「……信じるのですか?」

 

「……俺は政治家は基本信用しない」

 

兄の発言に妹は驚く。

 

「でしたら!」

 

「だが、榊首相に煌武院悠陽。あの二人だけは別だ。自分の保身より国を選べる。俺はあの二人に賭けた。だから待つ」

 

その言葉に妹は目を閉じた。

しばらくして、ゆっくりと仮面に手を添える。

 

「……承知しました」

 

ミストレスは席へ座る。

艦橋に満ちた緊迫した空気が無散し、ライは安堵の息を吐く。

 

「兄ちゃんがいてくれて助かったぜ。嬢ちゃんだけだったら今頃、米軍艦隊は海の底だったな」

 

兄は肩をすくめる。

 

「だから役割分担だ。暴れるのは妹、止めるのは俺…」

 

その時だった。

通信士が声を上げる。

 

「日本政府ヨリ入電」

 

モニター画面に視線が集まる。

 

「榊首相ヨリ各国ヘ共同声明ガ発表サレマシタ」

 

ライがニヤリと笑う。

 

「来たか」

 

兄も静かに口角を上げる。

 

「……ほらな。信じて正解だったろ」

 

仮面の奥で、妹も小さく微笑んだ。

その眼差しは艦隊ではなく、日本という国へ向けられていた。

 

「ありがとうございます……首相。ありがとうございます……殿下」

 

誰かを信じて待つ。

それは戦うことより、ずっと難しい勇気だった。

 

 

艦橋を包囲していた緊張が、ようやく解け始めていた。

 

「……米軍艦隊、反転ヲ確認」

 

オペレーターの報告に、艦橋中から安堵の息が漏れる。

 

「やれやれ」

 

ライは仮面を外し、乱れた前髪を掻き上げた。

 

「胃が痛くなる時間だったぜ」

 

戦えば勝てた。

それは理解している。

だからこそ、一発も撃たずに終わらせた価値は大きかった。

その時だった。

 

「日本政府ヨリ暗号通信」

 

「繋げ」

 

モニターに映し出されたのは榊首相だった。

疲労の色は隠せない。

だが、その目には確かな達成感が宿っていた。

 

『……どうにか、退去させることに成功した』

 

ライが小さく口笛を吹く。

 

「流石だな」

 

榊首相は苦笑する。

 

『とはいえ、完全な勝利とは言えん。条件を一つ飲まされた』

 

艦橋の空気が再び張り詰める。

 

『国連特別会議を開く。そこへP.E.R.I.O.Dの代表を出席させてほしいとの事だ』

 

静寂。

誰も口を開かない。

やがてライがミストレスへ視線を向ける。

 

「どうする?」

 

ミストレスは少しだけ考え、ゆっくり頷いた。

 

「承知いたしました」

 

榊首相が少し驚く。

 

『……よろしいのか?』

 

「はい。いずれ世界へ知られる存在になることは覚悟しておりました。」

 

彼女の声に迷いはない。

 

「私達が隠れて活動していたのは、世界を欺くためではありません。与えられた技術を、慎重に人類へ広めるためです」

 

悠陽も画面へ姿を見せる。

 

『慎重に……ですか』

 

「はい」

 

ミストレスは静かに頷く。

 

「急激な技術革新は、人を幸せにするとは限りません。力だけが先に広まれば、争いの火種になります。だから日本という国を、最初の窓口に選ばせていただきました。技術を理解し、安全性を確認し、人類全体へ橋渡しをする。それが最も被害を抑えられる方法だと判断しました」

 

悠陽は静かに目を閉じる。

 

『……そのような重責を、日本へ託してくださっていたのですね』

 

「ええ。ですから、今回の国連会議も予定が少し早まっただけのこと。何も問題はありません」

 

通信が切れる。

艦橋に再び静寂が戻った。

その時だった。

 

「妹よ…」

 

再びミストレスの口から低い声が響く。

兄人格だった。

 

「兄様」

 

「俺達の目的は何だ?」

 

「……人類を救うことです」

 

「そのために必要なのは?」

 

「技術を広めること」

 

「そうだ」

 

兄は肯定する。

 

「なら、日本だけが独占する必要はない。いずれ各国へ流れる。最初の窓口として日本を選んだだけだ」

 

「つまり。計画通りってことか…」

 

ライが腕を組みながら呟く。

 

「ああ」

 

兄はモニター画面を指差す。

そこには世界地図が映し出されていた。

 

日本

アメリカ

欧州

ソ連

中東

アフリカ

 

各国へ線が伸びている。

 

「どこも最終的には協力しなければBETAには勝てない。ならば――最初から敵を作る理由がない」

 

妹が微笑む。

 

「兄様らしい考えですね」

 

兄は肩を竦める。

 

「政治ってのは勝つことじゃない。味方を増やすゲームだ」

 

ライは吹き出した。

 

「相変わらず軍人らしくねぇ発想だ」

 

「だから軍人じゃねぇ。転生前はただの一般人だぞ」

 

その軽口に艦橋の空気が少し和らぐ。

しかし妹だけは静かに国連本部の方向を見つめていた。

 

「世界中の代表者が集まるのですね……」

 

その声には不安はない。

ただ、一つの覚悟だけがあった。

 

「でしたら…」

 

銀色の仮面に触れる。

 

「神の遣いとしてではなく、一人の人間として。皆様とお話ししてまいります」

 

兄は静かに笑った。

 

「それでいい。武器じゃ世界は変わらない。世界を変えるのはいつだって…」

 

兄妹は同時に言葉を紡ぐ。

 

「「言葉です」」

 

横浜ハイヴを陥落させた英雄は、今度は世界を相手に戦う為の一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

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