Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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13国連特別会議

 

 

国際連合本部。

 

世界各国の代表が一堂に会する特別会議。

普段なら各国の思惑が飛び交うこの議場も、この日ばかりは異様な静寂に包まれていた。

誰もが待っている。

 

横浜ハイヴを陥落させた、正体不明の組織――P.E.R.I.O.D。

その代表者を。

 

扉が静かに開く。

視線が一斉に集まった。

現れたのは、一人の女性。

純白のドレスを身に纏い、長い金髪を揺らしながらゆっくりと歩みを進める。

その顔を覆うのは、磨き上げられた銀色の仮面。

神々しいまでの美しさと、どこか近寄り難い神秘性が同居していた。

 

誰もが思う。

――この女性が。

――あの横浜ハイヴを。

――たった一隻の戦艦と一機の戦術機で攻略したというのか。

 

事前資料がなければ、誰一人信じなかっただろう。

彼女は演壇へ立つと、優雅にスカートの裾を摘まみ、一礼した。

 

「本日は、私達のためにこのような場を設けていただき、誠にありがとうございます。」

 

澄み切った声が議場へ響く。

「私はミストレス・マーキス。私設武装組織『P.E.R.I.O.D』の代表を務めております」

 

その所作は戦士というより、一国の王族を思わせる気品に満ちていた。

だが、その静寂を破る声が上がる。

 

「待っていただきたい」

 

ある国の代表が立ち上がる。

 

「対話を望むのであれば、まずその仮面を外していただきたい」

 

「素顔も見せぬ相手を信用しろというのか」

 

賛同するように数人が頷く。

もっともな意見だった。

しかし、ミストレスは微動だにしない。

銀の仮面が静かに議場を見渡す。

 

「……ごもっともなご意見です」

 

誰もが外すものと思った。

だが彼女は静かに首を横へ振る。

 

「ですが、お断りいたします」

 

議場がざわめいた。

 

「この仮面は、顔を隠すためのものではありません。私達が神の遣いとして生きる覚悟、その象徴です」

 

全員の視線が仮面へ集まる。

 

「仮面を身に着けること。それは己の自我を封じることです。神より与えられた使命に殉じると誓いの証」

 

その言葉に、先ほどまで反発していた代表も口を閉ざした。

 

「欲に流されぬため」

 

「名誉を求めぬため」

 

「権力を欲さぬため」

 

「私達は個人ではなく、人類のために存在する」

 

彼女は静かに胸へ手を当てた。

 

「ここに。私達P.E.R.I.O.Dは、私利私欲のために力を振るわないことを誓います」

 

一瞬。

議場が静まり返る。

その沈黙を破ったのは、ミストレス自身だった。

 

「私の素顔を知ることが、世界を救う助けになるのであれば、お見せいたします」

 

一呼吸置いて、

 

「ですが、皆様が今この場で判断すべきなのは、私という一人の人間ではありません」

 

誰も反論できなかった。

 

「横浜ハイヴ攻略により。私達がBETAと戦う力を有していることは、証明できたものと考えております。ならば今、この場で問われるべきは――」

 

「P.E.R.I.O.Dという組織が、人類にとって信頼に値する存在かどうかではないでしょうか」

 

彼女は各国代表一人ひとりへ視線を向ける。

 

「どうか私の顔ではなく、私達の歩みをご覧ください。そして私達が救った命を見てください」

 

「それが、P.E.R.I.O.Dという組織を評価する最も公平な基準であると、私は考えます」

 

演説は終わった。

拍手はない。

歓声もない。

ただ、誰もが言葉を失っていた。

彼らが見ていたのは仮面の女性ではない。

己の名誉も、地位も、素顔すら捨てて使命に生きる、一人の「神の遣い」の覚悟だった。

その瞬間、多くの代表が初めて理解する。

 

――あの銀色の仮面は、秘密を隠すためではない。

 

人間であり続けたい自分を封じ、人類のためだけに生きるという誓約そのものなのだと。

 

 

「では、次の質問です」

 

静まり返った議場で、一人の欧州代表が立ち上がった。

 

「あなたは先ほど、その仮面は誓いの証だと述べられた」

 

「しかし、我々は既に報告を受けています」

 

会場の空気が僅かに張り詰める。

 

「あなたは日本において、一度その仮面を外している。それは事実ですか?」

 

世界中の視線がミストレスへ集まる。

嘘をつけば、すぐに見抜かれる。

榊首相も、悠陽も黙って見守っていた。

ミストレスは静かに頷く。

 

「……はい。事実です。」

 

議場がざわめいた。

 

「ならば先ほどの発言は矛盾している!」

 

「誓いと言いながら、都合よく外したのではないか!」

 

鋭い追及。

だがミストレスは少しも慌てない。

銀色の仮面へ、そっと手を添えた。

 

「皆様のおっしゃる通りです」

 

「本来であれば、この仮面を外すことはありません」

 

一度言葉を切る。

 

「ですが。人は時として、自らの信念を曲げなければならない瞬間があります」

 

その言葉に、議場は静まり返る。

 

「私は、あの日。神の遣いとしてではなく、一人の人間として。助けを求めました」

 

悠陽が静かに目を伏せる。

あの日の出来事を思い出していた。

仮面を外した少女は、神でも救世主でもなかった。

疲れ果て、一人で全てを背負い込もうとする、一人の女性だった。

 

ミストレスは続ける。

 

「煌武院悠陽殿下は、その弱さを責めませんでした」

 

「神の遣いではなく、一人の人間として私を受け止めてくださいました」

 

「だから私は、殿下を信頼しております」

 

その言葉に、悠陽はゆっくりと立ち上がる。

 

「僭越ながら、一言よろしいでしょうか」

 

議長が頷く。

悠陽は議場を見渡した。

 

「確かに私は、ミストレス殿の素顔を拝見いたしました」

 

各国代表の視線が集まる。

「ですが、私はそれを世界へ語るつもりはございません。なぜなら…」

 

悠陽は穏やかに微笑んだ。

 

「それは政治ではなく、人と人との信頼によって預けられたものだからです」

 

その一言に、多くの代表が言葉を失う。

 

「もし私がそれを利用すれば。今後、誰も他者を信じられなくなるでしょう。それは世界にとって大きな損失です」

 

榊首相も頷いた。

 

「日本政府としても同じ見解です。我々はピリオドの秘密を握っているから信頼されたのではない」

 

「信頼に値すると判断されたから、秘密を預かったのです」

 

静寂。

先ほどまで仮面を外せと迫っていた代表も、口を閉ざしていた。

その時だった。

ミストレスの中で、兄の声が静かに響く。

 

(……上出来だ)

 

妹は心の中で微笑む。

 

(兄様)

 

(はい)

 

(やっぱり、悠陽殿下を信じて良かったですね)

 

兄は少しだけ笑う。

 

(ああ)

 

(人を見る目だけは、俺も外さない)

 

ほんの数秒の沈黙。

外から見れば、ミストレスが静かに目を閉じただけにしか見えない。

そして再び顔を上げる。

 

「皆様、私は神ではありません。迷いもします。間違えることもあります」

 

「だからこそ。信頼できる方々の手を借りながら、人類の未来のために歩んでいきたいと考えております」

 

銀色の仮面が照明を受けて静かに輝く。

それは顔を隠すための仮面ではない。

使命を背負うための仮面。

そして、その仮面の下には――

誰かを信じ、誰かに支えられながら歩む、一人の人間が確かに存在していた。

 

 

静寂を破るように、一人の代表が立ち上がった。

 

「ミストレス代表。貴方方の技術について伺いたい」

 

議場の空気が変わる。

仮面の話ではない。

世界が最も知りたいこと。

 

「横浜ハイヴを攻略した技術」

 

「新型戦術機」

 

「エネルギー技術」

 

「兵器開発」

 

「それらを日本だけへ提供するおつもりですか?」

 

各国代表が頷く。

当然の疑問だった。

もし日本だけが超技術を独占すれば、世界の軍事バランスは一変する。

しかし、ミストレスは少しも表情を崩さなかった。

 

「いいえ」

 

その一言に、議場がざわめく。

 

「元より、私達は人類へ技術を託すつもりでおります」

 

今度は各国代表が驚く番だった。

 

「では何故、日本だけなのです!」

 

鋭い追及にも、ミストレスの声は穏やかだった。

 

「皆様へ質問いたします。」

 

「もし本日、この場で。私達が保有する全技術を世界へ公開したとしましょう」

 

議場を見渡す。

 

「明日には各国が共同研究を始めるでしょうか?」

 

誰も答えない。

 

「……いいえ。恐らく、最初に始まるのは技術の奪い合いです」

沈黙。

 

誰も否定できなかった。

 

「新たな兵器」

 

「新たな動力」

 

「新たな素材」

 

「それらはBETAと戦う前に、人類同士の争いを引き起こすでしょう」

 

ミストレスは静かに続ける。

 

「私達は救世主ではありません」

 

「そのような悲劇を生み出すために来たのではないのです」

 

議場は静まり返っていた。

 

「故に。まず一国のみへ限定して技術を提供し、安全性を検証する」

 

「その後、段階的に世界へ公開する」

 

「それが最も犠牲の少ない方法であると判断いたしました」

 

一人の代表が腕を組む。

 

「……それで日本だった理由は?」

 

その問いを待っていたかのように、ミストレスは微笑んだ。

 

「理由は三つございます」

 

一本目の指を立てる。

 

「優秀な衛士が数多く存在すること」

 

二本目。

 

「島国であり、情報管理と技術管理が比較的容易であること」

 

そして三本目。

 

「ハイヴを抱え、最前線でBETAと戦い続けていること」

 

ゆっくり指を下ろす。

 

「私達が求める条件を、日本は満たしておりました」

 

榊首相へ視線を向ける。

 

「そして…」

 

「榊首相」

 

「煌武院悠陽殿下」

 

「お二人は、私達の信頼に十分応えてくださいました」

 

榊は静かに頭を下げる。

悠陽もまた、深く一礼した。

ミストレスは再び世界へ向き直る。

「信頼とは、受け取るものではありません。積み重ねるものです。日本は、それを示してくださいました」

 

一呼吸置く。

 

「ならば、今度は私達が誠意を示す番です」

 

議場全体を見渡す。

 

「今後、日本を技術協力の窓口とし、各国研究機関との共同開発を順次進めてまいります」

 

「独占ではありません。管理です」

 

「秘匿ではありません。秩序ある共有です」

 

その言葉に、先ほどまで険しい表情だった代表たちの空気が少し変わる。

彼らは気づき始めていた。

P.E.R.I.O.Dは「力を与える組織」ではない。

 

人類がその力を争いではなく未来のために使えるよう、慎重に橋渡しをしようとしている組織なのだ。

 

ミストレスは最後に静かに言葉を結んだ。

 

「私達の目的は、日本を最強の国にすることではありません」

 

「人類という種族を、生き残らせることです」

 

その一言は、国家という枠組みを超えた理念として、静まり返った議場へ深く響き渡った。

 

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