Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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14試される覚悟

 

「ミストレス代表。」

 

米国代表がゆっくりと立ち上がる。

 

「確認したい。P.E.R.I.O.Dとは、君達二人だけの組織なのか?」

 

議場の視線が一斉に集まる。

誰もが知りたかった。

横浜ハイヴを陥落させた組織。

その全容を。

 

ミストレスは静かに首を横へ振った。

 

「いいえ。私達以外にも仲間はおります」

 

議場がざわつく。

 

「では何故、この場へ来ない?」

 

「現在、彼らには彼らの使命があります」

 

「使命?」

 

「戦場と言い換えても構いません」

 

その言葉に各国代表が顔を見合わせる。

 

「どういう意味だね?」

 

ミストレスは少しだけ目を閉じた。

 

(兄様)

 

(……話して構わない。ただし全部は話すな)

 

(はい)

 

数秒後、再び顔を上げる。

 

「皆様もご存知の通り。BETAは地球で誕生した生命ではありません」

 

誰もが頷く。

 

「つまり…脅威は地球だけの問題ではないということです」

 

静まり返る議場。

 

「各惑星には、それぞれ守るべき生命があります」

 

「そして、それぞれの世界には、それぞれの神がおられます」

 

その一言に、議場の空気が凍った。

 

「私達はその神々より遣わされた者です。私は数ある遣いの一人に過ぎません」

 

誰も息をしない。

米国代表が掠れた声で尋ねる。

 

「……つまり、他の星にも」

 

ミストレスは静かに頷く。

 

「はい。彼らはそれぞれの世界で戦っています」

 

その瞬間、議場から音が消えた。

誰もが同じ結論へ辿り着く。

 

――地球だけではない。

――宇宙そのものが。

――BETAとの戦場なのだ。

 

ソ連代表が椅子へ深く座り直す。

 

「冗談ではない…」

 

英国代表も顔色を失っていた。

 

「で…では、宇宙へ進出した先にも…」

 

「BETAがおります」

 

ミストレスは淡々と答える。

 

「正確には、人類がBETAと呼ぶ存在と同種、あるいは類似した脅威です。ですから、私達は地球だけを救うために存在しているわけではありません。宇宙に生きる命、その全てを守るために戦っています」

 

誰も反論できなかった。

その場にいた全員が理解した。

 

横浜ハイヴ攻略。

国連会議。

技術供与。

 

そんなものは――壮大な戦いの、ほんの序章に過ぎなかったのだと。

 

 

国連本部正面口。

 

長い会談を終えたミストレスが姿を現した瞬間、建物の正面がどよめいた。

 

「ミストレス代表!」

 

「こちらを向いてください!」

 

「技術供与の詳細を!」

 

「神の遣いという発言について説明を!」

 

世界各国の報道陣が一斉に押し寄せる。

無数のフラッシュが白いドレスを照らした。

 

「下がってください!」

 

「道を開けろ!」

 

崇宰恭子を先頭に、日本政府のSP達が素早く壁を作る。

 

「ミストレス様、こちらです!」

 

「ありがとうございます」

 

ミストレスは小さく一礼すると、そのまま誘導されるまま進んでいく。

それでも記者達は諦めない。

 

「本当に他の惑星にも神の遣いがいるんですか!」

 

「BETAに勝てるんですか!」

 

「あなた方は人間なんですか!」

 

次々と飛ぶ質問。しかしミストレスは立ち止まらない。

ただ一度だけ振り返る。

 

「皆様」

 

その一言だけで、騒然としていた記者達が静まり返った。

 

「本日お伝えしたいことは、全てお話しいたしました。これ以上は、今は申し上げられません」

 

深々と一礼する。

 

「どうか未来を信じてください」

 

それだけ告げると、再び歩き出した。

その姿を誰も引き止められなかった。

やがて滑走路の先に空色の戦艦が待っている。

エクスシアのハッチが開く。

 

「お帰り」

 

中からライが顔を覗かせた。

 

「お疲れさん」

 

「ありがとうございます」

 

機内へ入った瞬間、ハッチが閉じる。

外の喧騒が嘘のように静かになった。

ライは既に湯気の立つティーカップを用意していた。

 

「ほら、温かいうちに」

 

「……いただきます」

 

一口含む。

張り詰めていた肩から力が抜けていく。

 

「ふぅ……」

 

思わず本音が漏れた。

 

「緊張しましたわ」

 

ライは苦笑する。

 

「国の代表どころか、世界中が見てたからな。お偉いさん相手によくやった。大したもんだ」

 

ミストレスは照れ臭そうに微笑む。

 

「兄様のおかげです。私一人では、とても…」

 

「いや」

 

ライは首を振った。

 

「最後に立って話してたのはお前だ。そこは胸を張れ」

 

その言葉に、ミストレスは少しだけ頬を赤らめる。

 

「……ありがとうございます」

 

しばらく穏やかな沈黙が流れる。

紅茶を飲み終えたミストレスが、ふと思い付いたように笑った。

 

「今度はライさんがやってくださいな」

 

ライの動きが止まる。

 

「……何を?」

 

「もちろん、国連での演説です」

 

ライは真顔でカップを置いた。

 

「お断りします、と」

 

即答だった。

 

一拍置いてミストレスは思わず吹き出す。

 

「ふふっ。残念ですわ」

 

「当たり前だ。俺は前線で戦う方が性に合ってる。それに…俺が喋ると余計なことまで全部言っちまう」

 

「兄様なら止めますわ」

 

「止めても無駄だ。だからお前が適任なんだよ」

 

ライは窓の外へ目を向ける。

眼下には、まだ国連本部を囲む無数の報道陣が小さく見えていた。

 

「あとは頼んだぞ」

 

誰にともなく呟く。

 

「人類」

 

エクスシアは静かに空へ舞い上がる。

世界中の視線を背に受けながら。

だが機内ではもう、英雄も救世主もいなかった。

そこにいるのは、任務を終えて紅茶を飲みながら一息つく、ごく普通の仲間たちだった。

 

 

 

 

国連会議後――某国・極秘会議室

 

国連会議終了から数時間。

 

世界各国の首脳や軍関係者は慌ただしく帰国し、それぞれの国で緊急会議が開かれていた。

重苦しい空気の中、一人の閣僚が机を叩く。

 

「馬鹿な! 地球の外にもBETAだと!? そんな話は聞いていない!」

 

誰も答えられない。

国連中継は世界中へ生放送された。

今さら「聞き間違いだった」とは言えない。

一人の将官が苦々しく呟く。

 

「オルタネイティヴ5の前提が、崩れた……」

 

その一言で会議室が静まり返る。

 

地球を脱出する。

 

それが人類最後の希望だった。

しかし、その逃げた先にもBETAと同種の脅威が存在する。

ならば――計画そのものが成立しない。

 

「どうするつもりだ?」

 

閣僚の怒声が飛ぶ。

 

「人類はこの星で滅びるしかないというのか!」

 

科学顧問が資料を閉じ、静かに答えた。

 

「現時点では、P.E.R.I.O.Dの技術開示を待つしかありません。内容次第では新たな打開策が見つかる可能性があります」

 

「悠長な!」

 

椅子が音を立てる。

 

「そんな悠長なことを言っている場合か! 明日にもBETAが攻めてくるかもしれんのだぞ!」

 

「日本へ圧力を掛けろ!」

 

「一刻も早く技術を開示させるべきだ!」

 

数人が賛同するように頷く。

しかし外務大臣が静かに反論した。

 

「無理です」

 

「何?」

 

「国連会議をご覧になったでしょう」

 

「ミストレス代表は、技術は全世界へ提供すると約束しました。その窓口として日本を選んだだけです。」

 

「今、日本へ圧力を掛ければ世界はどう見るでしょう」

 

誰も答えない。

 

「『技術を独占しようとしている』そう受け取られます」

 

再び沈黙が流れる。

そこへ軍の情報部長が口を開く。

 

「問題はもう一つあります」

 

全員が視線を向ける。

 

「P.E.R.I.O.Dです。我々は彼らについて何も知らない」

 

「拠点」

 

「人数」

 

「補給経路」

 

「組織体系」

 

「何一つです」

 

資料を机へ置く。

そこには、たった一行だけ書かれていた。

 

《情報なし》

 

「これが現状です」

 

苦い笑みが漏れる。

 

「横浜ハイヴを陥落させた組織。しかし、どこにいるのかすら分からない」

 

その時、年配の首相がゆっくりと口を開いた。

 

「……負けたな」

 

誰も反論しない。

 

「武力ではない。情報戦で、だ」

 

「彼らは我々が欲しい物を見せた」

 

「そして我々が絶対に必要とする物だけを、日本経由で配ると言った」

 

首相は深く息を吐く。

 

「こちらから頭を下げるしかない」

 

その現実が、何より屈辱だった。

 

 

 

 

その頃、日本・首相官邸。

榊首相は一通の報告書を読み終える。

 

「各国から技術開示の要請が殺到しております」

 

秘書官が苦笑する。

 

「予想通りですね」

 

榊首相も小さく笑った。

 

「いや、ミストレス代表の思惑通りだ」

 

窓の外を見つめる。

 

「世界はもう、戦うしかない」

 

「その覚悟を決めた」

 

その言葉には、安堵と責任が入り混じっていた。

 

遠く離れた空では、エクスシアが静かに雲を切り裂いて飛んでいる。

その機内では、世界中が大混乱に陥っていることなど知らないかのように、ミストレスが紅茶を片手にほっと一息ついていた。ライはそんな様子を見て肩をすくめる。

 

「世界は今ごろ大騒ぎだぞ」

 

ミストレスはティーカップを置き、くすりと笑った。

 

「でしょうね。でも――」

 

兄様の計算通りですわ

 

世界は混乱していた。

しかしその混乱は、「どうやって逃げるか」ではなく、「どうやって勝つか」を考えるための混乱へと変わり始めていた。

 

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