Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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15廻る世界

 

 

横浜基地、食堂。

 

大型テレビでは国連特別会議の中継が流れていた。

食堂は珍しく静まり返っている。

誰も食事に手を付けようとしない。

画面には銀色の仮面を付けた女性。

 

『私達の目的は、日本を最強の国にすることではありません』

 

『人類という種族を、生き残らせることです』

 

通信が終わる。

しばらく誰も口を開かなかった。

やがて一人の若い衛士が箸を置く。

 

「……綺麗な人だったな」

 

「馬鹿」

 

向かいの先任兵が苦笑する。

 

「そこじゃねぇだろ」

 

「でもよ」

 

若い衛士はテレビを見つめたまま呟く。

 

「俺さ、今日初めて思ったんだ。勝てる(・・・)かもしれないって」

 

その一言で食堂が静まり返る。

誰も笑わない。

皆、同じことを思っていたからだ。

ベテラン衛士がコーヒーを飲みながら言う。

 

「横浜ハイヴを落とした。それだけでも十分夢みてぇな話だ。なのに、技術まで俺達にくれるって言うんだ。……信じられるか?」

 

隣の女性衛士が小さく笑う。

 

「信じるしかないでしょ。だって、もう助けてくれたじゃない」

 

その言葉に全員が黙る。

確かにそうだ。

まだ何も貰っていない。

だが、横浜で生き残れた仲間がいる。

それだけは事実だった。

 

奥の席では整備兵達が話している。

 

「新型バッテリーか」

 

「電磁投射砲の小型化できるんじゃね?」

 

「俺は全天周モニターが気になる」

 

「夢みたいな技術だ」

 

「整備地獄になるぞ」

 

「ははは!」

 

食堂に久しぶりの笑い声が響いた。

整備兵が笑う。

それだけでも奇跡だった。

その時、初老の衛士がゆっくり立ち上がる。

白髪交じりの男。

何十年もBETAと戦い続けてきた歴戦だった。

 

「神様でも悪魔でも。俺はどっちでもいい」

 

全員が彼を見る。

 

「俺達を生かしてくれるなら、それだけで十分だ」

 

静かに帽子を被る。

 

「さぁ。午後の訓練だ。今度は俺達が期待に応えねぇとな」

 

誰からともなく立ち上がる。

食器を片付ける音が次々と響く。

その足取りは昨日までより少しだけ軽かった。

 

彼らは救世主を待つのをやめた。

救世主と共に戦うことを選んだからだ。

 

 

 

 

世界が見た「神の遣い」

国連特別会議の様子は、世界中へ同時中継されていた。

 

BETA戦争が始まって以来、これほど多くの人々が同じ映像を見つめた日はない。

世界は、固唾を呑んでその一人の女性を見守っていた。

 

 

日本――横浜近郊の避難都市。

古びたアパートの一室。

テレビの前には、幼い兄妹が肩を寄せ合って座っていた。

 

「お兄ちゃん」

 

妹が小さく尋ねる。

 

「この人が横浜を助けてくれた人?」

 

兄は黙って頷く。

画面には銀色の仮面を付けた女性。

白いドレスを纏い、世界の代表者達を前に堂々と立っている。

 

「神様なのかな?」

 

兄は少し考え、首を横へ振った。

 

「分かんない。でも――助けてくれたんだよ」

 

妹は嬉しそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、好き!!」

 

 

ドイツ――難民キャンプ。

配給を待つ人々が大型モニターを囲んでいた。

老女が十字を切る。

 

「神よ……。まだ我らを見捨ててはいなかったのですね」

 

隣の老人は静かに首を振る。

 

「違う。神じゃない。あれは…人間だ」

 

「だから、あそこまで傷ついた顔をしている」

 

仮面に隠されていても彼には分かった。

あの立ち姿は、何百もの死を見てきた者だけが持つものだった。

 

 

アメリカ――酒場。

バーでは軍を退役した男達が酒を飲んでいた。

 

「神の遣いだと?」

 

一人が鼻で笑う。

 

「そんなもん信じるかよ」

 

別の男がグラスを傾ける。

 

「俺も信じちゃいない。だが……横浜を落としやがった」

 

「それだけは事実だ」

 

店内が静まり返る。

 

「……それだけで十分だ」

 

 

ソ連――工場。

昼休みに労働者達がテレビを囲んでいた。

 

「日本だけ技術を渡したらしいぞ」

 

「やっぱり信用できん」

 

年配の技師が新聞を畳む。

 

「最後まで聞きな」

 

『日本を窓口とし、技術を順次世界へ公開いたします』

 

その言葉に、誰も口を開かなかった。

 

「これが本当なら――」

 

年配の技師が呟く。

 

「孫娘は戦術機に乗らなくて済むかもしれん」

 

その一言はその場にいる皆が心の中に抱いていた思いだった。

 

 

英国――寂れた村の教会。

神父は演説を最後まで聞き終えると、静かに聖書を閉じた。

 

「皆さん」

 

信徒達を見る。

 

「神の遣いかどうか。それは私には分かりません。ですが――」

 

窓の外を見る。

 

「人を救ったという事実は、神も否定されないでしょう」

 

誰も反論しなかった。

 

 

そして、恭順派の隠れ家。

信徒達もまた、食い入るようにテレビを見つめていた。

 

「……綺麗」

 

若い信徒が思わず漏らす。

 

「神様みたい」

 

その瞬間、テレビの電源が乱暴に切られた。

部屋が暗くなる。

 

「見るな」

 

有無を言わさぬ低い声に信徒が怯える。

 

「で、ですがマスター……」

 

信徒の一人が震えながら口を開く。

 

「本当に横浜ハイヴを落としたそうです。多くの人が助かったと…」

 

マスターは沈黙した。

拳が白くなるほど握り締められている。

 

「だからこそ危険なのだ」

 

静かな声だった。

 

「悪魔は、人の願いを叶える」

 

信徒達は黙るしかなかった。

しかしその中の一人だけは、消えたテレビ画面を見つめ続けていた。

 

『私達の目的は』

 

『人類という種族を、生き残らせることです』

 

その言葉が耳から離れなかった。

 

 

その日、世界中で議論が起こった。

 

「あれは救世主だ」

 

「いや、悪魔だ」

 

「詐欺師だ」

 

「革命家だ」

 

「神の遣いだ」

 

誰もが好き勝手に語った。

だが、誰一人として否定できない事実があった。

 

彼女達は、確かに人類の前へ姿を現した。

そして、確かに人を救った。

 

その事実だけは、世界中の誰にも覆すことはできなかった。

 

 

 

 

帝国陸軍技術廠――解析室。

 

部屋の至る所に百式とガンダムMk-IIの設計図が貼られている。

黒板は応力計算、材質分析、関節可動域の計算式で埋め尽くされ、机には空になったコーヒーカップが山積みだった。

 

「……もう何日帰っていない?」

 

若い技術将校が虚ろな目で呟く。

 

「三日だ」

 

「いや四日じゃないか?」

 

「どっちでもいいよ…。これ、いつ終わるんだ?」

 

誰も笑わない。

百式だけでも十分に未来だった。

それをようやく理解し始めた矢先、今度はガンダムMk-II。

 

思想が違う。

構造が違う。

なのに完成度は互角。

 

技術者としては歓喜すべきことなのに、脳が処理を拒否し始めていた。

 

「中佐!」

 

一人の技術者が図面を抱えて駆け寄る。

 

「百式では荷重をこちらへ逃がしています!」

 

「ですが、Mk-IIは全く別の経路で同じ結果を実現しています!」

 

巖谷中佐は図面を見比べ、しばらく黙り込んだ。

 

「……素晴らしい」

 

思わず漏れた言葉だった。

 

『百式以上の最適解は存在しない』

 

そう思っていた。

しかし事実は違った。

最適解は一つではなかった。

まるで同じ山を、別々の登山道から登り切ったような設計思想。

 

「これがムーバブルフレーム。奥が深い…」

 

巖谷は深く息を吐く。

 

「恐ろしい技術だ」

 

その時だった。

解析室の扉が開き、榊首相が数名の秘書官を伴って入室する。

技術者達は慌てて敬礼した。

 

「楽にしてくれ」

 

榊は部屋を見渡す。

皆、目の下には濃い隈。

髪は乱れ、制服も皺だらけ。

それでも目だけは死んでいなかった。

 

「皆、ご苦労だった」

 

巖谷が一歩前へ出る。

 

「恐縮です」

 

榊は静かに頷いた。

 

「今日は一つ、伝えねばならないことがある」

 

部屋の空気が張り詰める。

 

「国連会談以降、世界各国から技術提供を求める要請が殺到している」

 

技術者達は顔を見合わせた。

 

「予想はしていました」

 

巖谷が答えるが、榊は首を振った。

 

「君達が思っている以上だ」

 

「米国」

 

「ソ連」

 

「欧州」

 

「中華」

 

「ありとあらゆる国が日本へ連絡を寄越している」

 

静まり返る解析室。

 

「そこで」

 

榊は一拍置いた。

 

「君達に、人類の教科書を作ってもらう」

 

「…………はい?」

 

巖谷は思わず聞き返した。

 

「教科書……ですか?」

 

「その通りだ」

 

榊の声は揺るがない。

 

「P.E.R.I.O.Dの技術を、そのまま世界へ流しても誰も理解できない。だから日本が噛み砕く」

 

「理解し」

 

「整理し」

 

「教材として世界へ提供する」

 

その瞬間、解析室が凍り付いた。

若い技術将校が震える声で呟く。

 

「つまり……我々が解析を間違えれば……」

 

巖谷が苦笑する。

 

「世界中が同じ間違いを学ぶ、か」

 

誰も否定できない。

重圧が肩にのしかかる。

そこへ、カチャリとティーカップを置く音が響いた。

部屋の隅では、いつものようにミストレスが静かに紅茶を飲んでいた。

 

「そんなに難しく考えないでくださいませ」

 

全員が彼女を見る。

 

「皆様がゼロから未来を作る必要はありません」

 

「私達は、皆様が理解できる順番で教材を用意しております」

 

ミストレスが百式の設計図を手に取る。

 

「これは一年生」

 

次にMk-II。

 

「こちらは二年生」

 

最後に、まだ封印された新たな資料へ目を向ける。

 

「その先も、ちゃんとございます」

 

若い技術者が呆然とする。

 

「全部……教材だったんですか」

 

ミストレスは優しく微笑んだ。

 

「学校と同じです。一年生に微積分は教えません」

 

「まずは足し算」

 

「引き算」

 

「掛け算」

 

「順番があるのです」

 

その言葉を聞き、巖谷はようやく腑に落ちた。

 

「だから百式、だからMk-II。順番が妙だと思ったが、教育課程だったからか」

 

「ええ」

 

ミストレスは静かに頷く。

 

「教師が混乱していては、生徒も混乱しますもの」

 

その一言に、技術者達の表情から僅かに力みが消えた。

 

彼らは未来を背負わされたのではない。

未来への橋を架ける役目を託されたのだ。

巖谷はゆっくりと設計図を閉じる。

 

「諸君」

 

疲れ切った技術者達が顔を上げる。

 

「仕事が増えた」

 

誰かが乾いた笑いを漏らした。

 

「人類全員が生徒だ」

 

「ならば、我々は世界一優秀な教師になってやろうじゃないか」

 

その言葉に、解析室のあちこちから小さな笑みがこぼれる。

 

未来はまだ遠い。

しかし今、この部屋で描かれる一枚一枚の設計図が、やがて世界中の技術者たちの教科書となり、人類がBETAへ反撃する礎となるのだった。

 

 

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