Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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16若い芽

 

 

技術廠には、ようやく安堵の空気が満ちていた。

 

机という机には分解図や計算式が散らばり、床には読み終えた資料の山が積み上がっている。誰もが目の下に隈を作り、椅子にもたれかかっていた。

 

「……終わった」

 

誰かが力なく呟く。

巌谷中佐率いる技術廠は、総力を挙げてガンダムMk-IIの解析を続けてきた。

 

どれも素晴らしい技術だったが、やはり特筆すべきはムーバブルフレームだ。これなら比較的早く現存する戦術機に落とし込む事ができる。

 

しかし戦術機とはまったく異なる設計思想。一筋縄ではいかない。

その革新的な構造を理解するため、技術者たちは何日も議論と試験を重ね、失敗を積み上げてきた。

 

「こんなに骨の折れる仕事は初めてだ…」

 

「BETAと睨み合ってる方が、まだ気が楽かもしれん」

 

自虐混じりの言葉に、乾いた笑いが漏れる。

その時、静かに扉が開いた。

 

「皆様、お疲れ様でしたわ」

 

現れたのはミストレスだった。

銀の盆には人数分の湯飲みが並び、立ちのぼる湯気とともに香ばしい茶の香りが広がる。

 

「温かいうちにどうぞ」

 

一人ひとりに茶を手渡しながら、彼女は柔らかく微笑んだ。

 

「本当にありがとうございました。皆様のお力なくして、この成果は得られませんでしたわ」

 

その一言で、技術者たちの表情が少し緩む。

 

「……ありがたい」

 

「徹夜続きの体に沁みるな」

 

「この人に礼を言われると、不思議と報われる」

 

誰もが湯飲みを手に、一息ついた。

 

ようやく休める。

誰もがそう思った。

 

ミストレスは盆を机に置くと、一枚の設計図を静かに広げた。

 

「さて」

 

変わらぬ笑顔のまま、彼女は言う。

 

「次の課題ですわ」

 

技術廠の空気が凍りついた。

 

「…………え?」

 

設計図の上には、一機の灰色の機体。

 

『デルタプラス』

 

その文字を見た瞬間、部屋中から悲鳴にも似た声が上がる。

 

「う、嘘だろ…」

 

「まだ終わってなかったのか…」

 

「夢なら覚めてくれ…」

 

ミストレスは悪びれる様子もなく説明を始める。

 

「デルタプラス。ムーバブルフレームの高い剛性を活かし、飛行形態への可変機構を実現した機体です」

 

一人の技術者が、ついに立ち上がった。

 

「お、お待ちください!」

 

「可変戦術機なんて実戦じゃ役に立ちません!」

 

「光線級がいる以上、飛行形態になれば格好の的です!」

 

「そうです!」

 

「戦術機は跳躍ユニットだけで十分じゃありませんか!」

 

賛同の声が次々と上がる。

しかしミストレスは穏やかなまま首を横に振った。

 

「皆様」

 

その一言で、室内は静まり返る。

 

「何も、同じように可変機を作れと言っているのではありません」

 

技術者たちは顔を見合わせた。

 

「私がお見せしたいのは、結果ではなく発想です」

 

彼女は設計図の骨格部分を指差す。

 

「ムーバブルフレームという新技術があったからこそ、可変機という新たな可能性が生まれました」

 

「一つの革新は、それまで誰も思い付かなかった道を切り拓くのです」

 

技術者たちは黙って耳を傾ける。

 

「たとえ可変機そのものがBETA戦に適さなくても構いません」

 

「重要なのは、『こういう道もあるのか』と考えられること」

 

ミストレスは優しく微笑んだ。

 

「皆様の考え方に、一石を投じたいのです。新しい技術は、新しい発想を生みます。その発想が、さらに別の技術を生みます。そうして積み重なった先に、人類がBETAへ勝利する未来がありますわ」

 

静寂が訪れる。

先ほどまで無意味だと思っていた設計図が、今は未来への道標のように見えていた。

やがて巌谷中佐が苦笑しながら肩をすくめる。

 

「……やれやれ、また宿題を持ってこられたか」

 

その顔には呆れよりも、どこか楽しげな色が浮かんでいた。

 

「だが、言いたいことは分かった。可変機を作れという話じゃない。ムーバブルフレームが持つ可能性を、自分たちの頭で探せということだな」

 

ミストレスは満足そうに頷く。

 

「ええ。その通りですわ」

 

「技術とは、完成品を模倣することではありません」

 

「完成品へ至るまでの思考を学ぶことです」

 

その言葉に、技術者たちは苦笑しながら設計図へ視線を落とした。

 

「……休憩は終わりか」

 

「仕方ない」

 

「世界一贅沢な教科書を渡されてるんだ」

 

「この機会を逃したら、一生後悔する」

 

誰からともなく椅子を引く音が響く。

疲労で重かったはずの技術廠に、再び鉛筆の走る音と議論の声が戻り始めていた。 

 

 

 

 

夕暮れ時、P.E.R.I.O.Dに与えられた建物のラウンジ。

国連会議から数日が経ち、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。

 

「ミストレス、ライさん」

 

恭子と唯依が嬉しそうな表情で部屋へ入ってきた。

 

「今日はお二人にぜひ見ていただきたい番組があります」

 

「番組、ですか?」

 

ソファで紅茶を飲んでいたミストレスが首を傾げる。

 

「世界中で話題になっているそうよ」

 

ライが新聞から目も上げずに笑う。

 

「また神様ネタじゃないのか?」

 

「……違います」

 

恭子は少しだけ口元を緩めた。

 

「きっと驚かれます」

 

テレビの電源が入る。

画面には特番のタイトル。

 

『世界に広がる”ミストレス現象”』

 

「……嫌な予感しかしませんわ」

 

ミストレスが小さく呟く。

頭の中では兄人格が落ち着いた声を出す。

 

(まあ、見てみろ)

 

(兄様は他人事ですわね…)

 

映像が始まる。

 

日本の避難キャンプ。

そこでは十人ほどの子ども達が段ボールを切り抜き、銀色の紙を貼っていた.

 

『完成ー!』

 

『見て!』

 

『ミストレスの仮面!』

 

ミストレスが固まる。

 

「…………」

 

続いて小学校。

 

『私がミストレスです!』

 

『じゃあ僕トールギス!』

 

『困ってる人はいませんかー!』

 

『皆さん大丈夫ですかー!』

 

『安心してください!』

 

校庭中を銀仮面の子ども達が駆け回る。

 

「う、うわぁ…」

 

ミストレスの顔が見る見る赤く染まっていく。

 

「これは……その……非常に、恥ずかしいですわ……」

 

ライが肩を震わせ始めた。

 

「ぷっ……」

 

「ライさん!?」

 

「ハイハイ、笑ってませんよ」

 

「笑ってますわ!」

 

「いや、可愛いじゃないか。世界中にミストレスが増殖してる」

 

「やめてくださいませぇ……」

 

恭子はそのやり取りを見て思わず吹き出した。

 

「ふふっ」

 

「……?」

 

ミストレスが恭子を見る。

 

「いえ。その、いつものミストレスと全然違うものだから」

 

「え?」

 

「戦場でも、国連会議でも。まるで聖女様のように落ち着いているのに……」

 

恭子は口元を押さえながら笑う。

 

「こんなに慌てる姿は初めて見たわ」

 

「そ、それは……。これは別ですわ!」

 

その横で唯依も画面を見つめていた。

テレビでは海外の子ども達まで銀仮面を付け、

 

『私は人類の味方です!』

 

『困っている人を助けます!』

 

と元気いっぱい叫んでいる。

唯依は自然と口元が緩んだ。

 

「……良かった」

 

「え?」

 

「誰も、横浜ハイヴを落とした英雄だから真似しているんじゃありません」

 

「人助けを真似している」

 

その言葉にミストレスはテレビへ視線を戻す。

一人の少年がインタビューを受けていた。

 

『大きくなったら何になりたい?』

 

『ミストレスみたいな大人!』

 

『困ってる人を助けるの!』

 

ミストレスは言葉を失った。

頭の中で兄人格が静かに話しかける。

 

(聞いたか?)

 

(……はい)

 

(技術でもない)

 

(力でもない)

 

(あの子達はお前の生き方を見ている)

 

(だから恥じる必要はない)

 

ミストレスは小さく微笑んだ。

しかし次の瞬間、テレビでは小さな女の子が顔には銀仮面、マント代わりに白いシーツを羽織り、

 

『私はミストレス・マーキスです!』

 

と国連会議の演説を完璧に真似し始めた。

 

『本日は私達のためにこのような場を――』

 

「~~~~っ!!」

 

ミストレスは両手で顔を覆った。

 

「もう無理です! 見ていられませんわ!」

 

ソファへうずくまる。

その様子にライは大笑い。

恭子は肩を震わせ、唯依も堪えきれず小さく笑った。

 

「ふふっ」

 

「可愛い……」

 

「唯依さんまで!」

 

「申し訳ありません。ですが……」

 

唯依は微笑みながら首を振る。

 

「少し安心しました」

 

「安心?」

 

「はい。皆から”神の遣い”と呼ばれる方でも、こうして恥ずかしがるんですね」

 

ミストレスは顔だけを少し上げる。

 

「もちろんですわ。私は神ではありませんもの」

 

「ただの人間です」

 

その何気ない一言に、恭子と唯依は顔を見合わせる。

世界中が”聖女”と崇める女性は、子ども達に真似されて真っ赤になる、ごく普通の女の子でもあった。

だからこそ、二人はますますその人柄に惹かれていくのだった。

 

 

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