突如現れた空中戦艦の廊下をミストレスと恭子の2人が歩いている。
慣れた足取りで先導するミストレスと違い、恭子は物珍しそうに周囲を見回していた。
(凄い、本当に人がいない)
不安げな面持ちと勘違いしたのかミストレスが声を掛けてくる。
「機体が気になりますか? 私の言葉では物足りないでしょうが大丈夫です。あの子達の腕は確かですので、ご安心ください」
恭子はつい先刻の事を思い返す。
艦内ハンガーに帰投した2人を出迎えたのは無数の球体型ペットロボットだった。機体の整備を担当しているらしく彼女達の――特に四肢を失った武御雷の方へと群がっていったのだ。
「い、いえ!? 確かにそちらも気にはなりますが、そうではなく! 人間を見かけないなと少し思っただけでして、あと…」
何故、そんな
思わず出かかった言葉を飲み込む。
ミストレスの顔の上半分は仮面で覆われていた。口元から何となく喜怒哀楽の表情が解るとはいえ、異様な姿には変わりない。
考えられるのは戦傷。
衛士たるもの負傷には事欠かない。傷は懸命に戦った証と誇らしげに語る者だっている。
しかし目の前のミストレスは女性だ。嫁の貰い手に困るだろう。仮面はそれを隠す為ではと恭子は推察した。
仮面から露わになっている形の良い唇。柔和な微笑み、発せられる声色は恭子の心を癒し静めていく。もしかしたら高貴な身分の方なのかもしれない。
美貌ならば恭子も決して負けていない。当主になる為、また衛士を務める為に日夜研鑽を積んだ事実は彼女の一挙手一投足に至るまで顕れている。だがミストレスは違った。
一言で言えば優雅。
仮面の下から流れる金髪、陶器のように純白の肌、抱きしめれば折れそうな華奢な体躯。白い衛士強化装備がよく似合う。市中を歩けばとても武に携わる人間とは思うまい。恭子を磨き上げた刀剣とするならば、ミストレスは一輪の花。淑女という言葉を見事に体現していた。
「この艦にいる人間は私と艦長の2人だけです。その他の業務は殆ど『ハロ』――さっきのロボットに任せていますわ。あと、気にされているのは
自覚があるのか恭子の悩みをミストレスは言い当てた。しまったと思い、取り繕うとする恭子に対して彼女はあっさりと理由を教える。
「ファッションです。格好いいでしょう?」
「ファッション!?」
あんまりな解答に恭子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。冗談ですと可笑しそうに笑って否定するミストレスの姿を見て、改めて目の前の女性を評価した。
(この感じ。誰かに似てると感じていたけど、
人を食ったような、どこか浮世離れした性格。そのあり様は、斯衛軍きっての切れ者と誉れ高い五摂家『斑鳩』の若き当主を彷彿とさせる。真面目な恭子からすれば苦手な部類の人間だ。さぞ揶揄い甲斐があるのだろう。
「では、本当の理由はなんなのですか?」
「それは……ヒ・ミ・ツです」
気を取り直して尋ねてみても、まともに取り合おうとはしない。やはり苦手だと溜息をつく恭子にミストレスが言葉を続ける。
「そんな顔なさらないでください。女性にとって秘密とは
いつもなら憤慨しているが、仮にも命の恩人だ。そのような無礼を働く事はできない。仏頂面のままグッと堪えて恭子は歩みを続けた。
それから数分後、遂に目的地の
「ようこそ、Ms.崇宰。自分はこの『エクスシア』の艦長、ライ・ロアノークです。以後お見知りおきください」
漆黒の軍服を纏うその男の顔はミストレスと同じく仮面に覆われていた。不審人物その2である。
(ピリオドって変人の集まりなのかしら)
かなり失礼な事を思いながら、恭子もまた鉄面皮という仮面を被って敬礼で応えるのだった。
◇
とある荒廃した大地で帝国斯衛軍とBETA群が死闘を繰り広げている。人類側は全ての機体がその身を返り血で染めており、中でも一際目立つ山吹色の戦術機『瑞鶴』の管制ユニット内で
(何故!? 何故あの方がこんな目に遭わなければいけないの!)
敬愛する恭子の機体マーカー消失――それが何を意味しているのかが解らない唯依ではない。
誰よりも勇敢で優しい人だった。何度彼女に救われたか数えきれない。いつか恩返しするんだと努力してきた。しかしその思い虚しく彼女は若い命を散らしてしまったのだ。
確かに戦況は悪かった。たとえ唯依達が全員残ったとしても犬死にで終わっただろう。だから撤退命令を出した恭子の判断は正しい。それに彼女の技量と武御雷なら万が一の奇跡が起きるかもと、自分に言い聞かせて唯依達は戦場を離れ――結果が出た。最悪な形で。
奇跡に縋る
(それでもあの方はこんな風に、独りきりで喰い殺されていいような人じゃなかった!? あの方はこれからの日本に必要な人だったのに。もっと沢山の幸福を享受するべき人だったのに…)
一体どんな人間ならこの地獄のような世界で長生きできるのだろう。聖人君子に生きても待っているのがBETAの腹の中ならば、人間は
(それでも…諦めて、たまるか)
魔道に堕ちそうになる心を、恭子が最後に見せた笑顔が支える。死を目前にして尚、あのように笑えるのならどんなに幸せだろう。
他人の為に戦って死ぬか、自分の為だけに生きて逃げ続けるか。
どうせ死ぬなら、恭子のように誰かの心に残るように死にたい。彼女と出会い、今の自分がいる。ならば彼女の人生は決して無意味ではないのだから。そう強く心に誓った。
「…ッ!? 総員、撃ち方止め!」
副官から命令が飛ぶ。訝しむ唯依だが、すぐにその理由を悟る。
「…BETAが…消えた?」
いつの間にか唯依達の周囲から活動しているBETAがいなくなっていた。レーダーを確認すると恭子を突破した後陣のBETAが消失している。来るはずの援軍が来ず、唯依達と戦っていたBETA達は全滅してしまったのだ。
「逃げた? ううん、誰かが倒した? いや、まさか…」
あり得ない事態に信じて良いものか判断に迷う唯依に副官から檄が飛ぶ。
「ボサッとするな! これを機に他の部隊と合流するぞ! 私に続け!!」
「「「「「了解!」」」」」
状況把握したいが全て後回しだ。今はただ恭子の最後の命令を完遂させよう。BETAへの報復はその後で良い。やり切れない思いを抱えながら唯依達はBETAの死骸の中を駆け抜けていった。
◇
「アイツ、信じてくれると思うか?」
「さてね。少なくとも興味は持ってくれたと思うが、駄目なら他をあたるさ」
互いに仮面を外したミストレスとライが対話する。話題は救助した恭子の事。彼女に自分達の身の上を話して協力を持ちかけたが反応は芳しくなかった。
「ま、普通は信じねーよな。神さまが助けを寄越してくれたなんて、オレならアタマの病院行って来いよって言うわ」
「そういや誰かが言ってたな。人は正義ではなく納得した事で動くとかなんとか。真実を話したところで信じてくれるかは別問題。まさに信じるものは救われるって話しさ」
ライのヤダヤダと首を横に振る姿にミストレスは眉を顰める。
「人類の危機だってのにずいぶん余裕じゃねーか。お前にとっちゃ、まさに他人事ってか?」
「しょうがないでしょ。俺って
理解はしている。だが簡単に納得できない。
先ほどの恭子も似たような気持ちなのだろう。大勢の人間が死んだ。家族・恋人・友人・仲間が無惨にBETAに殺された。現在では人類も開戦前の半分以下にまで減少してしまった。なのに今になって『神』である。しかも使命を受けてやってきたのは仮面を着けた怪しい2人組。殴り飛ばされなかったのが不思議なくらいだ。
「しっかしファッションねぇ。もう少しマシな言い訳なかったわけ? 笑い堪えるの大変だったぞ」
「しゃあねーだろ。勝手に口から出たんだよ。文句なら妹に言ってくれ」
ミストレスが抱えるもう1つの爆弾。それは
転生時に性別を無断変更されたショックで生まれた人格で、ミストレスが理想とする女性像を模している。はっきり言って始末が悪い。精神という家に同居しているから考えている事が丸分かりでプライバシーの欠片もない。自分の性癖の影響とはいえ、今ではすっかり生意気で
(イヤですわ、お兄様。本心ですのよ?)
脳裏に声が響く。兄の気苦労を知った事かと楽し気に笑う妹に頭が痛い。
頭痛の種といえば目の前の男も同様だ。好きなキャラはという転生神の問いに答えたせいで生まれてしまった不憫な人物である。『ガンダムSEED』の頼れる兄貴分『ムウ・ラ・フラガ』――そのキャラの遺伝子配列を利用して製作された『イノベイド』。
神からすれば善意だったとしても、与えられた身としては堪ったものではない。身勝手な都合でポンと生命を生み出す所業には寒気を感じる。
(所詮、神さまに人間の感性を持てっていうのが無茶な話なんだよな。だって人間じゃないし)
恐らく神にとってはミストレスすら替えの利く道具なのだろう。自分が失敗しても別の平行世界を救えば良い。
ここは実験場だ。人類を救済する為にはどうすれば良いのか。それを模索する為のシミュレーションゲーム。上手くいけば儲けもの。ただそれだけの事なのだ。
いずれにせよ賽は投げられた。時の針は戻せない。あの神が邪悪なのか善良なのかなんて自分には知りようが無い。
無駄な事に頭を使うぐらいなら、現状の問題に意識を向けた方が遥かに建設的だ。
そう考え、ミストレスはこれから行われるお偉いさんとの会談について思いを馳せるのであった。