神さまは退屈でした。
地上には生命がいません。変わり映えのない景色にいつも溜息を洩らします。
何か面白いことはないかな。
毎日を気だるげに過ごしている中、終わりは突然やって来ました。
それは地上に降り立つと奇妙な建築物を築き、瞬く間に星を開拓していったのです。
神さまは喜びました。
ああやっと退屈から解放される。
外界からやってきたというのが気になるが、退屈から解放されるならこの際、贅沢を言うべきではないと考えたのです。
神さまはそれの行動を見守ります。それは地下に無数の巣を作りました。星の資源を採掘しては、時折
そして幾年の時が経ち、新たな来訪者がやってきました。
再び現れた奇跡に神さまは歓喜します。これで地上は更に賑わう。自分も神として頑張らねばと意気込むのですが、それは拒絶という対応を見せました。なんと来訪者を無惨に破壊してしまったのです。
まあ、仕方ないか。
少し残念に思いながらも神さまは見守るという姿勢を崩しません。誰だって縄張りに踏み入られれば警戒します。諸手を挙げて歓迎した自分がどうかしていた。言語から違う彼らの交流は難航する事は予想できたというのに。
それでも最初は最悪だったこの出会いも、いずれ時間が解決してくれるだろう。神さまはそう考えました。
両種族が仲良く発展し合う未来を想像しながらそれを見守り続けます。しかしそんな神さまの期待とは裏腹に事態は悪化の一途を辿っていきました。
それの一団が隣神の領域である月へと向かい、月を探索していた隣神の眷属を虐殺したのです。その勢いは留まることを知らず、遂には隣神の星――地球へと至りました
やべーよ、コイツら侵略者じゃん。
圧倒的な物量で蹂躙していくそれに危機感を抱いた神さまは各星の神々と話し合い、漸くそれが侵略者という事実を知認めます。そして地球の神からも救援の要請が入りました。これ以上耐えられない。侵略者だけでなく、それに対抗しようと眷属達が数多の兵器を作るものだから資源が枯渇しかけている。今は自分の生命力を振り絞って補っているが何時までもつか分からないと。
その言葉に神さまはいの一番に手を挙げました。
この事態を招いた責任を感じていたからです。そうして神さまは特別に己の眷属を作り上げ、代行者として送り込んだのでした。
◇
篁唯依は苛立っていた。
恭子が無事だった。それは嬉しい。心の底から嬉しい。もう二度と会えないと思っていた人が帰ってきたのだ。喜ばない理由などない。
だが同時に、彼女はとんでもない厄介事まで連れて帰ってきた。
――神の遣いを自称する者達。
私設武装組織『ピリオド』。
その構成員であるミストレス・マーキスなる女性の監視任務を唯依は命じられていた。
(監視と言っても……)
視線の先では件の女性が携帯端末を操作している。
そこに映し出されているのは武御雷の設計図だった。
戦闘で大破した恭子の機体。
失われた四肢。
損傷したフレーム。
それらを修復しつつ、更なる性能向上まで盛り込んだ改修案を作成しているらしい。
しかも物凄い速度で。
「……あの」
思わず声を掛ける。
「そこまでなさらなくても構いません」
ミストレスが顔を上げる。
仮面に覆われた顔。だが露出した口元には穏やかな微笑みが浮かんでいた。
「と仰いますと?」
「恭子様の武御雷です。あれだけの損傷を受けたのですから修復にも時間が掛かるでしょうし……」
「いいえ」
即答だった。
「私、あれだけ大口を叩いておきながら手付かずというのは矜持が許しませんの」
優雅な声音。しかし内容は妙に頑固だ。
「それにライの帰投まではまだ時間がありますし、今のうちに済ませてしまいますわ」
唯依は小さく溜息を吐いた。
こういう手合いは知っている。説得しても無駄だ。
恭子と同じだ。
一度決めたら絶対に曲げない。
その後もミストレスは黙々と作業を続けた。
指先が端末の上を滑る度に新たな図面が表示されていく。
その様子を見ながら唯依は思う。
(本当に何者なの……)
衛士とは思えない技術知識。
未知の戦術機。
空中戦艦。
光学兵器。
何もかもが規格外だった。
そんな中、不意に扉が開く。
「戻ったぞ」
聞き慣れた男の声。
ライ・ロアノークが艦橋へと姿を現した。
その後ろには恭子もいる。
しかし。
「……?」
唯依は眉を顰めた。
ライは仮面で表情が分からない。
だが恭子は違う。沈痛な面持ちだった。まるで酷い知らせでも聞いた後のように。
ミストレスもそれに気付いたらしい。端末を置き、静かに立ち上がる。
「お帰りなさいませ」
優雅に一礼する。
「そのお顔ですと、あまり良い返事は頂けなかったようですわね」
ライが肩を竦めた。
「まあな」
「一応、条件付きなら信じてやるそうだ」
「条件?」
ミストレスが首を傾げる。
代わりに答えたのは恭子だった。
「横浜ハイヴを攻略しろとの事よ」
苦々しい声だった。
「ふざけているわ」
艦内の空気が重くなる。
横浜ハイヴ。
人類最大級の悪夢。そこへ単独で挑めと言われたに等しい。だが――
「あら」
ミストレスは笑った。まるで他人事のように。
「良いではありませんか」
「良くない!」
恭子が即座に反論する。
「貴女は分かっているの!? あそこがどれほど危険な場所か!」
「存じておりますわ」
穏やかな返答。
「ですが、素性の知れない私達をそう簡単に信じる筈がないとも思っておりました」
「だからと言って――!」
「彼らも命懸けなのです」
その一言に恭子が言葉を詰まらせる。
ミストレスは静かに続けた。
「私達を信じるという事は、それだけの覚悟が必要なのでしょう」
「……」
誰も反論できなかった。
確かにその通りだからだ。
神の遣い。
異世界の技術。
未知の戦力。
そんな与太話を簡単に信じられるほど今の世界は平和ではない。
唯依は拳を握る。
理解はできる。
だが納得はできない。
「でも…」
気付けば口が動いていた。
「こんなの、あんまりです。貴女達は沢山の人を救ったのに…!」
ミストレスがこちらを見る。
絞り出すような声だ。
自分でも子供じみていると思う。
それでも言わずにはいられない。
ミストレスは一瞬だけ沈黙した。そして柔らかく微笑む。
「心配してくださり、ありがとうございます」
その言葉に胸が締め付けられる。
「ですが、これも神の威光を授かった者の使命なのでしょう」
どこか諦めにも似た声。まるで最初から覚悟していたかのような。
「ですから――」
ミストレスは小さく肩を竦める。
「もしもの時は骨を拾ってくださいまし」
「縁起でもない事を言うな!」
恭子が即座に怒鳴った。
「ハイヴに突入して骨が残ると思っているのか!」
「あら、では遺品で」
ミストレスが目を瞬く。
「そういう問題ではない!」
「困りましたわ」
くすくすと笑う声が響く。
その笑顔はいつもと変わらない。
穏やかで、優雅で、どこか人を食ったようで。
だが唯依には見えた気がした。
仮面の奥に隠された、ほんの僅かな疲労を。
そして誰よりも死地を理解している者だけが持つ静かな覚悟を。
横浜ハイヴ。
人類が幾度も挑み、幾度も跳ね返された魔窟。
そこへ向かおうとしているのに、この人は笑っている。
――本当に平気なのだろうか。
唯依はそう思った。
だが、その問いに答えてくれる者はいなかった。