光学迷彩に包まれた空中戦艦『エクスシア』は夜空を滑るように飛翔していた。
目指すは人類最大の汚点。
横浜ハイヴ。
かつて人類の叡智が集った都市は今やBETAの巣窟となり、数え切れぬ屍の上に存在している。
艦橋ではライが無線機を握りながら指示を飛ばしていた。
「そろそろ敵さんの射程圏内だ! 総員、戦闘配備!」
その声に応じるようにハロ達が慌ただしく動き回る。
「アンチビーム爆雷投下準備!」
「ゴットフリート照準開始!」
「ウォンバット発射管、装填完了!」
モニターには横浜ハイヴ周辺を埋め尽くすBETAの群れ。
まるで大地そのものが蠢いているかのようだった。
ライは苦々しく笑う。
「ったく……相変わらず気持ち悪いな」
その時、格納庫から通信が入る。
『システム、オールグリーン。トールギス発進、ドウゾ』
管制型ハロの無機質な声。
それを聞いたライは口元を緩めた。
「派手にやれよ」
『ええ、もちろんですわ』
優雅な返答。
だがライは知っている。その声の主が今、獰猛な笑みを浮かべている事を。
発進カタパルトに立つ純白の機体――トールギス。
人類史に存在しないはずの異形の戦術機。
そのコクピットでミストレス・マーキスは仮面の位置を軽く直した。
『ミストレス・マーキス。トールギス、参ります』
次の瞬間、轟音と共に白い巨人が夜空へ飛び出した。
ほぼ同時、地上に潜む光線級が反応する。
幾筋ものレーザーが天空を焼いた。
だが――
『遅いですわ』
トールギスが消える。
いや、速すぎて見えないだけだ。
超加速。
常識外れの機動によって光線は虚空を貫くのみ。
直後、トールギスは既に光線級の側面へ回り込んでいた。
長大なドーバーガンを構える。
『まずは目から潰します』
砲口が蒼白く輝く。
そして――。
閃光。
放たれた光弾が大地を抉りながら一直線に走った。
着弾し、光線級の群れがまとめて吹き飛ぶ。
土砂と肉片が夜空に舞い上がった。
しかし、それでもハイヴは沈黙しない。
警報のように大地が震える。
無数の戦車級。
闘士級。
要撃級。
突撃級。
そして要塞級。
数万にも及ぶBETAが侵入者を排除せんと押し寄せる。
その光景を見下ろしながらミストレスは静かに呟いた。
『さて』
優雅な声音。
だが仮面の下では獰猛な笑みが浮かんでいる。
『神の遣いを疑うのは結構ですが……』
ドーバーガンを構え直す。
トールギスのバーニアが咆哮を上げた。
『条件が横浜ハイヴ攻略とは、少々安く見積もられましたわね』
白い閃光となった機体がBETAの軍勢へ突撃する。
たった二人。
されど、最強の二人。
この日、人類史上初となる横浜ハイヴへの反攻作戦が始まった。
◇
本当に行ってしまったか。
青い衛士強化装備の男――斑鳩崇継は苦笑した。
神の遣い。
私設武装組織ピリオド。
突如現れた空中戦艦エクスシア。
どれも信じ難い話だった。
だが恭子救出の一件は紛れもない事実。
そして今、彼らは人類が数十年かけても攻略できなかった横浜ハイヴへ向かっている。
たった二人で。
「いやはや、恐ろしい」
誰に聞かせるでもなく呟く。
視線の先。
雲海の向こうへ消えた空を見上げる。
「さて、神の遣いたる証を見せてくれよ」
その言葉は期待か。
あるいは祈りだったのか。
◇
戦場は既に地獄だった。
白い閃光が大地を切り裂く。
光弾が走るたび要塞級が崩れ落ちる。
光刃が振るわれるたび数十、数百のBETAが両断される。
トールギス。
その異形の機体はまるで戦場を支配していた。
光線級がレーザーを放つ。
だが当たらない。
発射の瞬間には既にそこにいない。
戦車級が突撃する。
しかし掠りもしない。
要撃級が跳躍する。
その頃には首が飛んでいる。
速い。
ただ速い。
BETAが誇る物量すら追いつけぬ速度だった。
『馬鹿げています……』
遠方から戦況を監視していた斯衛軍士官が呻く。
戦術機の戦い方ではない。
あれは災害だ。
人型の天災だ。
しかし、どれだけ倒しても敵は尽きない。
ハイヴ周辺に集うBETAは数十万。
トールギスであろうと有限である以上、いずれ限界は訪れる。
そして、ミストレスは時計を見るような気軽さで呟いた。
『さて』
仮面の下で笑う。
『そろそろですわね』
通信回線を開く。
『ライ、手筈通りに』
『了解。しくじるなよ』
『誰に物を言っているのですか』
次の瞬間、トールギスが急上昇した。
光線級のレーザーが追う。
だが届かない。
白い機体は一直線にエクスシアへ向かう。
◇
『帰艦シーケンス開始』
『格納庫開放』
『誘導ビーコン正常』
エクスシア下部ハッチが展開する。
そこへトールギスが弾丸のような速度で突入した。
普通の着艦なら減速が必要だろう。
だがミストレスにそんな常識は通用しない。
『さぁ、受け止めなさい!』
白い機体が滑り込む。
着地と同時に各部ロック解除。
コクピットハッチが解放されてミストレスは飛び出した。
『急げ急げ急げ!』
ハロ達が右往左往する中をミストレスは駆け抜ける。
その先には既に次の機体が待機していた。
青と白に彩られた騎士――トールギスⅡ。
ミストレスは梯子を駆け上がるようにコクピットへ飛び込む。
『システムチェック完了』
『全機能正常』
『発進可能デス』
「結構」
シートへ身体を沈める。
操縦桿を握る。
そして――
「トールギスⅡ、参ります!」
轟音を鳴らしながら青き巨人が発進する。
◇
数分後、横浜ハイヴにて。
BETA達は理解できなかった。
確かに先程まで戦っていた白い悪魔は補給に戻ったはずだった。
なのに何故、また現れたのか。
しかも今度は青い。
『申し訳ありませんわ』
ドーバーガンを構える。
『こちらも時間がありませんの』
砲口が輝く。そして次の瞬間、再び大地と共にBETAが蒸発した。