Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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05横浜決戦

 

横浜基地地下作戦指揮所。

 

そこに集まる軍上層部は誰一人として言葉を発していなかった。

大型モニターに映し出される戦闘記録。

横浜ハイヴ周辺。

かつて幾度となく人類を絶望させた死地。

そこをたった一機の戦術機が蹂躙していた。

 

白き騎士――トールギス。

 

その名は既に全員の知るところとなっている。

光線級のレーザーを回避しながら要塞級を撃破。

長大なライフルの一撃で戦線を消し飛ばす。

光の剣でBETAの群れを切り裂く。

その動きは人類の常識を逸脱していた。

 

「……」

 

篁唯依は無意識に拳を握る。

凄い。

そんな感想しか出てこない。

悔しいが認めざるを得ない。

今の自分達では絶対に辿り着けない領域だった。

隣では崇宰恭子も食い入るように映像を見つめている。

自分を救った騎士。

その正体。

その実力。

全てがこの映像に収められていた。

やがてトールギスが急上昇する。

弾薬切れ、あるいは推進剤不足だろう。

軍人達の間に安堵が広がった。

どれだけ強大な兵器であろうと無限ではない。

それが分かっただけでも収穫だった。

 

「帰投したか」

 

誰かが呟く。

その時だった。

映像がエクスシア格納庫内部へ切り替わる。

 

トールギスが着艦する。

コクピットが開く。

そして――

 

「……?」

 

唯依が眉をひそめた。

何かがおかしい。

 

ミストレスが機体から飛び降りる。

整備兵の姿はない。

代わりに無数のハロが忙しなく走り回っている。

そして彼女は迷うことなく格納庫奥へ駆けていった。

そこにいたのは、もう一機のトールギス。

 

「なっ……」

 

唯依が息を呑む。

 

青と白の装甲。

別機体。

予備機。

いや、同型機。

 

ミストレスは何の躊躇もなくコクピットへ飛び込んだ。

 

『トールギスⅡ、参ります!』

 

再び出撃。

わずか数十秒。

補給時間など存在しない。

 

「馬鹿な……」

 

参謀の一人が呻く。

 

「三段撃ちか」

 

斑鳩崇継が呟いた。

誰も否定しない。

否定できない。

機体そのものを交換する。

そんな発想を誰も考えなかった。

いや、考えたとしても実行できない。

トールギス級の機体を複数保有するなど正気ではない。

 

だが、悪夢はまだ終わらなかった。

映像が再び切り替わる。

トールギスⅡのコクピット。

戦闘中の記録映像が流れる。

 

ミストレスの呼吸が荒い。

額には汗。

頬は僅かに青白い。

そして――

 

「……え?」

 

唯依が固まった。

ミストレスが胸元から何かを取り出した。

拳銃。

そう見えた。

だが違う。

銃身に薬液の入ったシリンジが付いている。

銃型注射器だ。

それを、躊躇なく首筋へ押し当てる。

発射音と共に薬液が注入された。

 

「ッ……!」

 

ミストレスが苦悶の表情を浮かべる。

それは一瞬。次の瞬間には何事もなかったように操縦桿を握り直していた。

 

『よし』

 

小さく呟き、再び戦闘へ戻る。

映像が終了した。

 

部屋は静まり返る。

誰も口を開かない。

開けなかった。

先ほどまでの神々しさが吹き飛んでいた。

あれは奇跡ではない。

命を削って生み出している力だ。

 

「……あの馬鹿」

 

最初に口を開いたのは恭子だった。

怒りとも悲しみともつかない声。

映像の中のミストレスを思い出す。

 

優雅に笑う女性。

人を食ったような物言い。

掴みどころのない性格。

だが、誰よりも危うい。

 

「恭子様……」

 

唯依が不安げに声を掛ける。

恭子は答えない。

代わりに拳を強く握った。

救われた恩がある。

だからこそ見過ごせなかった。

あの女はまるで自分の命に価値を感じていない。

 

「神の遣い、か」

 

崇継が苦笑する。

 

「違うな」

 

視線はモニターの向こう。

横浜ハイヴへ向けられていた。

 

「ただの人間だ」

 

その言葉に誰も反論しなかった。

どれほど強大な力を持とうと。

どれほど常識外れの兵器を操ろうと。

薬を身体に撃ち込みながら戦うその姿は、どうしようもなく人間だった。

 

 

そしてその頃、横浜ハイヴ上空。

 

「あー……いてぇ」

 

誰にも聞こえないコクピットの中で、神の遣いと呼ばれる女は盛大に顔をしかめていた。

 

「ライ、次の薬どこだっけ」

 

『右ポケット』

 

「サンキュ」

 

『あと二本しかないぞ』

 

「聞かなかったことにする」

 

『現実を見ろ』

 

「嫌だ」

 

そう言いながら、ミストレス・マーキスは再びドーバーガンを構えた。

BETAの群れを見下ろしながら、仮面の下で獰猛に笑う。

 

「さて…」

 

トールギスⅡのスラスターが咆哮する。

 

「もうひと頑張りといきますか!!」

 

◇ 

 

横浜ハイヴより約二十キロ。

 

帝国軍観測部隊は双眼鏡と各種センサーを用いて戦況を記録していた。

任務は単純、神の遣いを名乗る私設武装組織『ピリオド』の戦力評価。

だが、その任務に就いた全員が今や言葉を失っていた。

視界の先、そこには地獄が広がっている。

 

夥しい数のBETAの死骸。

戦車級。

要撃級。

突撃級。

要塞級。

その全てが無残な骸となって大地を埋め尽くしていた。

そしてその中心。

死骸の山の上に一機の巨人が立っている。

 

白い装甲。

鋭角的な頭部。

肩から立ち上る白煙。

返り血によって紅く染まった機体。

まるで血の海から現れた亡霊だった。

 

「……本当に、一機でやったのか」

 

誰かが呟く。

返答はない。

誰も信じられなかった。

だが現実として目の前にある。

 

白い巨人――トールギスはしばらく周囲を見渡すと、ゆっくりと空へ舞い上がった。

 

「帰投するようです」

 

「追跡を継続しろ」

 

「了解」

 

観測員が双眼鏡を向ける。

トールギスはそのまま空中戦艦『エクスシア』へと帰還した。

艦内へ消えていく白い機体。

そして訪れる静寂。

誰もが思った。

終わったのだと。だが――

 

「待て」

 

隊長が眉をひそめた。

 

「何だあれは」

 

エクスシア艦首。

巨大な砲門がゆっくりと展開している。

まるで獲物へ牙を向ける猛獣のように。

 

「砲撃準備? まさかっ!?」

 

その瞬間だった。

閃光が迸り、世界が白く染まる。

遅れて轟音が大気を震わせた。

観測員達は思わず耳を塞ぐ。

数秒後。ようやく視界が戻った時、誰もが絶句した。

 

「ハイヴが……」

 

巨大な横浜ハイヴ。

その外壁に、巨大な穴が穿たれていた。

 

「あり得ない……」

 

G弾ですら完全破壊には至らなかった構造物。

人類が長年攻略に苦しみ続けた巨大地下要塞。

その一部が消し飛んでいる。

 

「映像記録を続行!」

 

「は、はい!」

 

観測班は慌てて機材を操作する。

すると、穴の開いたハイヴへ向けて新たな機影が飛び出した。

 

「また別機体だ!」

 

先ほどのトールギスではない。

金色に輝く三又の前立て。

青白い機体色。

巨大な盾。

そしてトールギスのものより一回り巨大なライフル。

 

「識別不能!」

 

「新型か!?」

 

「不明です!」

 

機体は迷うことなく死骸の海を駆け抜ける。

そのまま巨大な穴へ飛び込み。

ハイヴ内部へ消えた。

それから数分、地上は静まり返った。

だが――静寂は長く続かなかった。

突然、大地が震え始めた。

 

「地震!?」

 

「違う!」

 

地震計を見た技術士官が叫ぶ。

 

「震源は横浜ハイヴです!」

 

「何だと!?」

 

全員がモニターを見る。

ハイヴ全体が揺れていた。

巨大な山が内側から暴れ回っているようだった。

 

岩盤が崩落する音。

何かが砕け散る音。

地中から響く爆発音。

観測地点にまで伝わってくる。

 

「中で何が起きている……」

 

誰にも分からない。

分かる者がいるとすれば、今まさにハイヴ内部で戦っている者だけだ。

そして、それは起こった。

 

轟音。

 

今までとは比較にならない爆音。

地平線の向こうで太陽が生まれたかのような閃光。

大地が跳ねた。

観測車両が浮き上がる。

 

「うわっ!」

 

「伏せろ!!」

 

衝撃波が通過する。

計器が悲鳴を上げる。

アンテナが激しく揺れる。

まるで天変地異だった。

数十秒。いや数分だったかもしれない。

永遠にも感じる振動がようやく収まる。

そして、ハイヴの巨大な穴から一筋の白い光が飛び出した。

 

「出た!」

 

双眼鏡を覗く観測員が叫ぶ。

そこにいたのは、白き巨人。

 

トールギスⅢ。

 

その背後で横浜ハイヴがゆっくりと崩壊を始めていた。

 

山が沈む。

大地が陥没する。

BETA反応が次々と消失していく。

 

誰も言葉を発しなかった。

ただ呆然と見つめる。

歴史が変わる瞬間を。

人類が初めてハイヴを力でねじ伏せた瞬間を。

白き巨人は夕陽を背に悠然と飛び去っていく。

まるで最初からそこにいなかったかのように。

後にこの日の記録映像は世界中へ流布されることになる。

そして人々は畏怖と共に語った。

横浜ハイヴを陥落させた白き騎士。

 

その名を――トールギス。

 

その日、人類は初めて神話が現実となる瞬間を目撃したのだった。

 

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