Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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06それでも

 

横浜基地・作戦司令室

 

誰も喋らなかった。

大型モニターに映る白き巨人。

その一挙手一投足を見逃すまいと全員が画面を見つめている。

 

篁唯依は無意識に唇を噛んだ。

信じられない。

そう思う気持ちと、目の前の現実を否定できない気持ちがせめぎ合う。

 

要塞級が倒れる。

突撃級の群れが吹き飛ぶ。

光線級が撃つ暇もなく消えていく。

その光景は戦いというより蹂躙だった。

 

「……」

 

崇宰恭子は黙っていた。

拳を握りしめたまま。

あの日。

死を覚悟した戦場。

そこで出会った白い騎士。

今まさにその力の全貌が明かされている。

そして理解する。

あの時の自分は本当に偶然助かったのだと。

もしトールギスが数秒遅れていたら。

もしミストレスが別の場所へ向かっていたら。

自分は今ここにいない。

そう思うと背筋が寒くなった。

 

「帰投したか」

 

誰かが呟く。

白い機体が母艦へ戻る。

唯依は思わず息を吐いた。

終わった。

そう思った。

だが。

 

「違う…」

 

恭子が小さく呟く。

 

「え?」

 

「まだ終わっていない」

 

その視線の先ではエクスシアの砲門が開いていた。

そして放たれる一撃。

司令室の全員が立ち上がった。

 

「なっ!?」

 

「馬鹿な!!」

 

「ハイヴが!?」

 

巨大な穴。

信じられない光景。

長年攻略に苦しみ続けた横浜ハイヴがまるで紙細工のように穿たれている。

 

唯依は言葉を失った。

戦術機とは何なのか。

要塞とは何なのか。

今まで学んできた軍事常識が音を立てて崩れていく。

さらに新たな機体が飛び出した。

 

「また別の機体……」

 

唯依の声が震える。

何機あるのだ。

どこまでが本気なのだ。

神の遣いという言葉が冗談に聞こえなくなってくる。

 

そして地震。

 

司令室の照明が揺れた。

計器が震える。

床が鳴る。

 

「地震だと!?」

 

「違う!」

 

観測員が叫ぶ。

 

「震源は横浜ハイヴです!」

 

沈黙。

全員がモニターを見る。

巨大なハイヴが揺れている。

内側から破壊されている。

 

あり得ない。

あり得るはずがない。

だが現実だった。

 

「何をしているの…」

 

唯依の声は掠れていた。

誰も答えられない。

答えを知る者は地下にいる、ただ一人。

 

轟音。

 

世界が震えた。

モニターが乱れる。

通信が途切れる。

耳鳴りが響く。

そして、やがて静寂が訪れた。

 

ハイヴから一機の機体が飛び出す。

 

その姿を見た瞬間、恭子は立ち上がった。

知らず知らずのうちに、まるで武人が英雄へ敬意を示すかのように。

 

「……勝った、のか」

 

誰かが呟く。

誰も否定しない。

 

横浜ハイヴ。

人類が幾度となく挑み、数多の命を失った死地。

その攻略をたった二人が成し遂げた。

 

唯依は震える拳を見つめた。

 

悔しい。

圧倒的に悔しい。

あの場所に立っていたのは自分達ではない。

恭子でもない。

斯衛軍でもない。

突然現れた得体の知れない二人組だ。

だが、それでも――

 

「……ありがとう」

 

気付けば口から零れていた。

 

恭子もまた小さく目を閉じる。

脳裏に浮かぶのは仮面の淑女。

優雅に微笑みながら「神の威光をお見せしますわ」と告げた女。

 

(本当にやってしまったのね)

 

呆れ。

感嘆。

尊敬。

そして少しの怒り。

 

(帰ってきたら説教よ、ミストレス)

 

彼女が命を削っていることくらい、あの短い付き合いでも分かる。

だが同時に崇宰恭子は確信していた。

 

あの仮面の女は、人類を救うためなら自分の命すら平然と秤に乗せると。

 

 

 

 

医務室の窓から差し込む夕陽が床を赤く染めていた。

静寂の中、恭子は診察室の扉を見つめている。

その向こうではミストレスが診察を受けていた。

 

横浜ハイヴ攻略戦。

 

人類史に残る大戦果。

誰もが英雄達の帰還を祝福している最中、恭子は彼女を半ば強引に崇宰家へ連行していた。

戦術機乗りである以上、出撃後の診察は義務だ。

たとえ神の遣いだろうと例外ではない。

 

やがて扉が開いた。

ミストレスがいつもの微笑みを浮かべながら現れる。

その後ろから老医師も姿を見せた。

 

「お疲れ様ですわ」

 

「疲れてるのはあんたでしょ」

 

恭子は腕を組む。

ミストレスは困ったように笑うだけだった。

老医師はそんな二人を見比べると、軽く咳払いをした。

 

「お嬢様、少しよろしいですかな」

 

その声音を聞いた瞬間、恭子の表情が引き締まる。

医師が真面目な話をするときの声だった。

 

「……分かったわ」

 

ミストレスを残し、二人は廊下へ出た。

扉が閉まる。

夕陽だけが二人を照らしていた。

 

「先生、どうなの」

 

恭子は真っ直ぐ問いかける。

老医師はしばらく沈黙した。

やがて深く息を吐く。

 

「お嬢様。あの娘さんは強い薬を常用しております」

 

「やっぱり……」

 

予想していた。

だが実際に言葉にされると胸が重い。

 

「あれは何なの?」

 

「分かりません」

 

老医師は首を振った。

 

「私が見たこともない薬です」

 

「そんな…」

 

「ですが一つだけ分かる事があります」

 

その目が鋭く細められる。

 

「このままでは長くありません」

 

恭子の心臓が跳ねた。

 

「なっ……」

 

「薬が身体を支えている。それはつまり、薬がなければ生きていけぬ身体になっている可能性があります」

 

言葉が出なかった。

横浜ハイヴを陥落させた英雄。

BETAを薙ぎ払う救世主。

そんな人物が、こんなにも危うい命の上に立っていたなど。

 

「何とかならないの?」

 

思わず声が震える。

老医師は少し考え込む。

 

「薬の成分が分かればやりようはあります」

 

「本当!?」

 

「ですが問題は別です」

 

老人は静かに続ける。

 

「仮に断薬が死に繋がる類のものであれば、一気にやめさせる事はできません」

 

「じゃあ……」

 

「少しずつ減らして身体を慣らしていくしかないでしょうな」

 

希望が見えた。

だが次の言葉が恭子を現実へ引き戻す。

 

「数年はかかるでしょう」

 

数年。

その数字を聞いた瞬間、恭子は理解した。

無理だ。

今の世界にそんな余裕はない。

またBETAは現れる。

また戦いが始まる。

またミストレスは前線へ向かう。

人類が彼女を必要としている限り。

老医師もそれを悟ったのだろう。

静かに目を伏せた。

 

「お嬢様」

 

「……何?」

 

「私には病を診る事しかできません」

 

「ええ」

 

「ですが…」

 

老人は穏やかに笑った。

 

「人が戦わなくて済むようにするのは、人の仕事です」

 

恭子は目を見開く。

その言葉はまるで胸の奥に眠っていた答えを掘り起こすようだった。

ミストレスを救う。

そのために必要なのは薬ではない。

人類が強くなることだ。

自分達が彼女の代わりに戦えるようになることだ。

新型兵器を実用化する。

衛士を育てる。

国を強くする。

その全てが、いつかミストレスを戦場から解放するためにある。

 

恭子は拳を握った。

窓の外には夕陽が沈み始めている。

その先には今も人類のために戦い続ける一人の女性がいる。

 

「待ってなさい」

 

誰にも聞こえないほど小さな声だった。

 

「今はまだ勝てない」

 

悔しいほど差がある。

力も。

知識も。

経験も。

全て。

 

「それでも…」

 

恭子の瞳に炎が宿る。

 

「私達は歩みを止めない」

 

唯依が恭子を追い続けたように。

人類が希望を追い続けたように。

自分も前へ進む。

いつの日か。

あの人に言うために。

 

――もう大丈夫よ。

――後は私達に任せてください。

 

その日を迎えるために。

崇宰恭子は静かに拳を握り締めた。

 

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