Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

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07勝利の影響

 

エクスシア艦橋にて、新聞の電子版が大型モニターに映し出される。

 

『人類初! 横浜ハイヴ奪還成功!』

『帝国軍の英雄達が歴史を変える』

『BETAに初の決定的勝利』

 

艦橋に沈黙が流れた。

ライが新聞を眺める。

もう一度眺める。

さらにもう一度眺める。

 

「俺達の名前、一文字も載ってねぇな」

 

「当然でしょう」

 

ソファに腰掛けたミストレスは優雅に紅茶を口に運ぶ。

昨日まで死地を駆け回っていたとは思えないほど落ち着いていた。

 

「よろしかったのですか?」

 

恭子が尋ねる。

 

「あなた方の功績です」

 

「構いませんわ」

 

あまりにも即答だった。

 

「むしろ好都合です」

 

ミストレスはカップを置く。

 

「神の遣いが現れました」

 

「異世界の技術を持っています」

 

「たった二人でハイヴを攻略しました」

 

「そんな話、貴女なら信じます?」

 

恭子は言葉に詰まる。

 

信じない。

昨日の自分なら絶対に信じなかった。

 

「でしょう?」

 

ミストレスが微笑む。

 

「ならば今は日本の勝利で良いのです」

 

「ですが…」

 

「各国は慌てておりますわよ」

 

その笑みが少しだけ悪戯っぽくなる。

 

「ハイヴ攻略技術を日本が独占したと思っておりますから」

 

「……」

 

「今頃、各国の諜報員が東京へ向かっておりますわ」

 

恭子の頬が引き攣った。

容易に想像できる。

アメリカも。

ソ連も。

欧州も。

中国も。

全てが動くだろう。

 

「大変ですわね」

 

「他人事みたいに言わないでください……」

 

「他人事ですもの」

 

悪びれない。

 

ライが吹き出した。

 

「お前、本当に性格悪いな」

 

「褒め言葉として受け取っておきますわ」

 

「褒めてねぇ」

 

恭子は頭を抱えた。

この女、絶対に分かっていてやっている。

 

表向きは日本の勝利。しかし裏では違う。

 

各国が日本へ接触する。

日本は調査する。

ピリオドの存在に気付く。

日本が窓口になる。

余計な混乱を防げる。

 

全て計算済み。

 

「それに」

 

ミストレスが窓の外を見る。

 

「人類が初めて勝ったのです」

 

その声だけは真剣だった。

 

「誰の功績でも構いません。皆が希望を持てるなら…」

 

新聞には歓喜する人々の写真。

涙を流す兵士達。

抱き合う家族。

万歳を叫ぶ群衆。

 

その光景を見ながらミストレスは静かに微笑む。

 

「ようやく一歩目ですわ」

 

その横顔を見て、恭子は初めて理解した。

 

この人は英雄になりたいのではない。

 

英雄が必要なくなる未来を作ろうとしているのだと。

 

だからこそ、自分の名前が歴史に残らなくても気にしない。

ただ、その代償として寿命を削りながら戦っていることを除けば。

 

恭子は小さく溜息を吐いた。

 

(本当に厄介な人ね……)

 

だがその顔には、いつの間にか薄い笑みが浮かんでいた

 

 

静かな和室。

障子越しに差し込む陽光が畳を照らしている。

煌武院悠陽は手元の報告書へ静かに目を落とした。

 

横浜ハイヴ奪還。

 

その文字だけでも十分に歴史を変える出来事である。

しかし実際に書かれている内容はさらに衝撃的だった。

 

「それで、実際はその『ピリオド』という組織が奪還したと」

 

向かいに座る鎧衣左近が頷く。

 

「それも、たった二人です」

 

常識ならば笑い飛ばす話だった。

だが現実にハイヴは崩壊している。

戦果も確認済み。

否定のしようがない。

 

「こんな事実を公表すれば、軍の存在意義が問われかねませんな」

 

左近は苦笑した。

 

「現場の指揮官も苦渋の決断だった事でしょう」

 

悠陽は静かに頷く。

彼女自身も同じ結論に至っていた。

もし帝国軍数万名より、正体不明の二人組の方が圧倒的に強い。

などと発表すればどうなるか。

 

兵士達の士気。

国民の信頼。

軍の権威。

全てが揺らぐ。

 

だからこそ真実は伏せられた。

少なくとも今は。

 

「貴方から見ていかがですか?」

 

悠陽が問う。

 

「彼らの人柄でしょうか」

 

「それとも科学力でしょうか」

 

左近は少し考え込んだ。

 

「両方です」

 

即答だった。

 

「人柄は…少なくとも正規軍人らしくありません」

 

報告書を閉じる。

 

「これだけの武勲です」

 

「自慢の一つでもしたくなるでしょう」

 

「ですが、それが無い」

 

「金銭要求も無い」

 

「地位も名誉も望まない」

 

「補給路の確保ばかり気にしております」

 

そこで左近は小さく肩を竦めた。

 

「聖人ですかな。あるいは大馬鹿者か」

 

悠陽の口元に僅かな笑みが浮かぶ。

 

「では科学力は?」

 

「そちらの方が恐ろしい」

 

左近の声が低くなる。

 

「少なくとも地球上であれを秘密裏に開発するのは不可能でしょう」

 

「試験場」

 

「資材」

 

「人員」

 

「研究施設」

 

「どれを取っても痕跡が残る。しかし存在しない」

 

報告書の一文を指で叩く。

 

「光学迷彩」

 

「対レーザー防御」

 

「新型動力炉」

 

「未知の戦術機」

 

「空中戦艦」

 

「どれも国家規模の開発計画です。それが何の痕跡もなく現れた」

 

左近はゆっくり息を吐いた。

 

「つまり?」

 

悠陽の問い。

 

「地球外から来たか、あるいは――」

 

左近は苦笑する。

 

「本当に神の遣いかもしれませんな」

 

冗談のような言葉。

しかし誰も笑わない。

笑えない。

横浜ハイヴは消えた。

それだけが絶対の事実だった。

 

しばしの沈黙。

 

やがて悠陽が静かに口を開く。

 

「いずれにせよ」

 

「横浜を奪還してくださった事は事実です」

 

「ならば我々が為すべき事は一つ」

 

その紫の瞳には将軍としての決意が宿っていた。

 

「彼らを恐れるのではなく」

 

「見極める事」

 

「敵か味方かではなく」

 

「何を望み、何を成そうとしているのか」

 

左近も深く頷く。

 

「同感です」

 

「幸い、今のところ敵意は見受けられません」

 

「むしろ好意的なくらいです」

 

「ならば――」

 

二人の意見は一致していた。

 

「今しばらくは日本に留まっていただきましょう」

 

もし彼らが真に人類の味方ならば。

それは日本だけでなく、人類全体にとって計り知れない希望となる。

そしてもし違うのなら、今のうちに見極めなければならない。

 

だが悠陽はふと報告書の最後の一文を思い出した。

 

『補給が尽きれば我々も戦えません』

 

それを読んだ時、彼女は少しだけ安心した。

 

神の遣いを名乗る者達もまた、万能ではないのだと。

だからこそ、どこか人間らしいのだと。

 

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