Muv-Luv 戦場に咲く雷花   作:マルク

8 / 10
08未来に向けて

 

静寂が部屋を包む。

 

煌武院悠陽の前に立つ二人――ミストレス・マーキスとライ・ロアノークは、恭子から教わった作法に従い深々と頭を垂れた。

 

「御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」

 

その姿を見つめながら、悠陽は静かに頷く。

「此度の働き、誠に大義でした。この国に住まう者として感謝します」

 

柔らかな声だった。

しかしその瞳には確かな意志が宿っている。

 

「しかし……」

 

言葉を濁した悠陽に、ミストレスは微笑した。

仮面の奥からでも分かるほど穏やかな笑みだった。

 

「この仮面のことでございますね」

 

「……」

 

「ご無礼をお許しください。私達もまた、軽々しく外すことのできない身なのです」

 

悠陽は首を横に振る。

責めるつもりなどない。

それでも。

 

「ですが」

 

ミストレスは続けた。

 

「悠陽殿下の御前であれば、それも許されましょう」

 

隣のライが僅かに肩を竦める。

 

「やれやれ」

 

そう呟くと同時に、二人は仮面へ手を伸ばした。

静かに外される仮面。

長い金髪が揺れる。

その下から現れた顔立ちに、悠陽は思わず目を見開いた。

月詠真那も。

鎧衣左近も。

背後に控える二人でさえ、一瞬だけ息を呑む。

 

美しい。

 

そんな陳腐な言葉では足りないほどの気品がそこにはあった。

だが悠陽はすぐに表情を整える。

その顔を忘れぬよう、静かに胸へ刻み込んだ。

そして。

 

「こちらこそ、ご無礼をお許しください」

 

深く頭を下げる。

今度はミストレスの方が驚いた。

一国の将軍が、自分達へ頭を下げたのだ。

 

「悠陽殿下……?」

 

「あなた方がどれほどの重荷を背負っているか、私には分かりません」

悠陽は顔を上げる。

 

「ですが私はこの国を守る義務を負う者です」

 

真っ直ぐな視線。

逃げることも誤魔化すこともない。

 

「国民のためにも、命を預け合う相手を知らねばなりません」

 

その言葉に嘘はなかった。

利用するためでも。

弱みを握るためでもない。

ただ信頼したいからこそ知りたい。

そう願う心だけがあった。

 

しばしの沈黙。

やがてミストレスは微笑む。

先程までの仮面越しの笑みではない。

どこか年相応の、柔らかな笑みだった。

 

「仰る通りです」

 

その瞬間。

この場にいた誰もが理解した。

神の遣いを名乗る彼女達もまた、人であるのだと。

 

 

帝都城。

将軍との会談を終えたミストレスとライは、用意された客室へと戻っていた。

窓の外には夕焼けに染まる日本の街並みが広がっている。

 

「これで当面の補給路は確保できたな」

 

ライは椅子へ腰を下ろしながら呟いた。

悠陽の許可により、日本政府は正式にピリオドへの支援を約束した。

 

これを機に呼称もP.E.R.I.O.Dに改めた。

 

本来なら喜ぶべき話である。

しかし。

 

「問題はここからだ」

 

盛大な溜息が漏れる。

 

「規格が合わん」

 

「合いませんわね」

 

ミストレスも同意した。

戦術機用の部品。

燃料。

電子機器。

整備設備。

どれもこれも根本的な技術体系が異なる。

日本が善意で物資を提供しても、そのまま使える物は殆ど存在しなかった。

 

「本当にゼロからだな」

 

「ゼロからですわね」

 

二人は揃って遠い目をした。

横浜ハイヴを攻略した時より頭が痛い。

 

「やれやれ……次に全力で戦えるのはいつになるのかね」

 

ライがぼやく。

トールギスの整備。

エクスシアの補給。

薬品の生産設備。

考えるだけで胃が痛い。

しかしミストレスは優雅に紅茶を口へ運んだ。

 

「そう言わないでくださいまし」

 

「言いたくもなる」

 

「ですが悲観する必要はありません」

 

カップを静かに置く。

その瞳にはいつもの余裕が宿っていた。

 

「今は技術提供の時間ですわ」

 

「……始まったな」

 

ライが額を押さえる。

この顔は何か企んでいる時の顔だ。

ミストレスは机上の端末を操作する。

そこへ表示されたのは一機の黄金色の機体。

 

「まずはこちら」

 

「百式か」

 

「ええ」

 

ミストレスは満足そうに微笑んだ。

 

「日本の皆様にはお勉強していただきましょう」

 

「解体ショーの始まりだな」

 

「素敵な響きですわね」

 

全然素敵ではない。

ライは思った。

だが口には出さない。

どうせ止めても無駄だ。

 

「マグネットコーティング」

 

「ムーバブルフレーム」

 

「全天周囲モニター」

 

「リニアシート」

 

ミストレスは指折り数える。

 

「彼らにとっては宝の山ですわ」

 

「整備班が過労死するぞ」

 

「頑張っていただきましょう」

 

さらりと言い放った。

そして端末に映る百式を眺める。

その姿はまるで新しい玩具を与えられた子供のようだった。

 

「楽しみですわね」

 

「何がだ」

 

「日本中の技術者が頭を抱える姿が」

 

「性格悪くないか?」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

そうして紅茶を一口。

横浜ハイヴを落とした英雄は。

人類の未来を左右する技術革命の第一歩として。

まず百式をバラバラに解体することを決定したのだった。

 

 

帝都郊外――日本帝国軍技術廠。

巨大な格納庫の中央に鎮座する黄金色の機体を見上げながら、技術者達は言葉を失っていた。

 

百式。

 

私設武装組織P.E.R.I.O.Dが提供した未知の戦術機。

いや、戦術機などという言葉では説明できない異形の兵器だった。

 

「……本当に解体するんですか?」

 

若い技官が恐る恐る尋ねる。

 

「当たり前だろ!」

 

主任技師が怒鳴った。

 

「こんなもの丸ごと置いておいてどうする! 解析しろ! 分解しろ! ネジ一本まで調べろ!」

 

周囲の技術者達も興奮を隠せない。

 

「装甲材質のサンプル採取急げ!」

 

「内部フレームの写真撮影班を呼べ!」

 

「駆動系統の図面を起こせ!」

 

「慎重にだ! 傷を付けるな!」

 

まるで宝の山を前にした考古学者のようだった。

その様子を二階の見学室から眺める二つの影があった。

 

「ふふっ」

 

窓際に立つミストレス・マーキスが小さく笑う。

白磁のカップから立ち上る紅茶の香り。

仮面に隠された表情は見えないが、その声音にはどこか楽しげな響きがあった。

 

「ずいぶん盛り上がってますわね」

 

「そりゃ盛り上がるだろ」

 

隣でコーヒーを飲んでいたライ・ロアノークが肩を竦めた。

 

「あいつらからしたら神様の遺物みたいなもんだぞ」

 

「大袈裟ですこと」

 

「お前の基準で考えるな」

 

ライは呆れたように言う。

その視線の先では既に百式の右腕が取り外されていた。

巨大クレーンによって慎重に運ばれ、別区画へ搬送されていく。

 

「主任! フレームが見えました!」

 

「写真だ! 全角度撮れ!」

 

「すげぇ…なんだこの構造…」

 

「信じられん…」

 

格納庫中に歓声が響く。

ミストレスは紅茶を一口飲みながら微笑んだ。

 

「良い事ですわ」

 

「機体がバラされてるのに随分余裕だな」

 

「元々そのために持って来たのですもの」

 

当然でしょう? とでも言いたげな口調だった。

ライは苦笑する。

普通のパイロットなら愛機を解体されれば複雑な気持ちになる。

しかし目の前の女にはそういう感覚が薄い。

百式は手段でしかない。

人類を前進させる為の教材。

それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

「ところでライ」

 

「ん?」

 

「補給の件はどうなりました?」

 

ライの顔が一瞬で曇った。

 

「……あー」

 

「どうなりました?」

 

「そのですね」

 

「どうなりました?」

 

優雅な笑顔。

だが声色だけは妙に圧がある。

ライは視線を逸らした。

 

「ミサイル生産ラインはまだ時間が掛かるそうです」

 

「まあ」

 

「推進剤も規格が違うらしくて」

 

「まあまあ」

 

「あと交換部品も……」

 

「まあまあまあ」

 

ライは悟った。

怒っている。

もの凄く怒っている。

見た目は淑女。

口調も淑女。

だが中身は戦場を駆け回る武人である。

補給不足は死活問題だった。

 

「お前さ」

 

「なんですの?」

 

「百式よりトールギスのミサイルの方が気になってるだろ」

 

「当然ですわ」

 

即答だった。

 

「今後の作戦に出られなくなりますもの」

 

「だと思ったよ」

 

再び格納庫を見る。

今度は胸部装甲が外されていた。

技術者達の歓声がさらに大きくなる。

 

「出た、ムーバブルフレームだ!」

 

「骨格だけで自立しているぞ!」

 

「どういう設計思想なんだ!?」

 

「理解が追いつかん…」

 

「記録! 全部記録しろ!」

 

ミストレスは満足そうに頷いた。

 

「頑張っておりますわね」

 

「そうだな」

 

「この調子なら数年後には立派な新型機が完成するかもしれません」

 

「その頃まで人類が持てばいいけどな」

 

ライの言葉に僅かな沈黙が落ちる。

窓の向こうでは、なおも解体作業が続いていた。

黄金の装甲が一枚ずつ剥がされていく。

それは機体の死ではない。

未来への投資だ。

人類がBETAに抗う為の礎。

ミストレスは静かにカップを傾けた。

 

「どうか余すところなく学んでくださいまし」

 

彼女の視線の先で、百式は少しずつその姿を変えていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。