MARVEL STUDIOS 「ブルーアーカイブ」   作:MAN

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三原色

 

 

 

 アビドスの青空は広い。

 雲一つない快晴の空の向こうには、サンクトゥムタワーから伸びた巨大なキヴォトスのヘイローが浮かんでいる。こまごまとした建物の隙間から見える空というのも悪くないが、この解放感は中々癖になる。

 一体どんな原理をしているのかと気にはなるところだが、生憎とやらなきゃいけないことが山積みのため、調べるのは後回しだ。

 

 さて、どこか既視感のある始まり方をしたわけだが、無事アビドスに入学した私がたった今していることと言えば……

 

「ちょっと! 動かないでください! 頭ガリっていったらどうするんですか!」

 

 右手に電動バリカンを持ったホシノがよく吠える小型犬のように声を荒げる。

 アビドス高校の教室、机をどかして真ん中を広く空けたスペースの中心にて、私は椅子に座っていた。

 

「最初にバリカンを使う馬鹿がどこにいるんだ!? 手順ってものを考えろ手順を!」

 

 外では小鳥の鳴く声や、風によって砂が擦れる音が聞こえる中、モーターの動作音が教室に響き渡る。

 そんな中私は首を押さえつけてくるホシノに必死に抵抗をしながら、彼女の凶行を止めようと必死に叫んでいた。

 

 ────そう。私はアビドスに入学したのを境に、ロングヘアーを卒業する門出の一歩を踏み出していたのだ。

 しかし、たった今その一歩目で躓こうとしている。 

 

「もういい! いつも行ってる美容院で切ってもらうから!」

 

 壁に立てかけた改良型リュックサック型スーツ、Mark5を背負い、展開して羽を広げる。

 あそこは値段が高いが腕は確かだ。レパートリーが坊主しかない、田舎の母親未満のホシノと比べるのは酷だろう。

 

「捜索届が出ている人間が髪を切りに来たら美容師さん泡拭いて倒れますよ! 馬鹿なんですか!?」

 

「行方不明者は髪を切る事すら許されないってか!? もう1か月半切りに行けてないんだぞ! 前髪だって乱れてきてるし……」

 

 ある程度は自分で整えているが、もうそろそろ限界が近くなってきた。この黄金の比率が私を性別バレから守ってくれてたんだ。

 

「一か月半なんてむしろ行き過ぎすぎなくらいですって! その意識の高さは何なんですか! 私だってそんなに通いませんよ!」

 

 こいつ……私の苦悩も知らないでよくそんな能天気な事を言えたものだな! 

 後ろを振り返ってバリカンを近づけてくるホシノの腕を掴み、顔を近づけて綺麗なオッドアイをジッと見つめる。

 

「こちとら9年間周りの目を誤魔化し続けてきたんだぞ! 顔の良い女に生まれたからって甘えてる奴と違って、こっちは必死だったんだからな!」

 

 化粧だって髪型だって好きで極めた訳じゃないんだぞ! ……全く楽しくなかったかと聞かれればNOと答えるが、せざるを得ないのならば楽しまないと損という精神の元工夫しただけだ。

 

「か、顔が良いって……意味の分からないこと言って誤魔化そうったってそうはいきません! ユメ先輩もなんとか言ってくださいよ!」

 

「私もホシノちゃんはかわいいと思うよ?」

 

「駄目だこの人、会話が通じないタイプだ」

 

 ……こいつ、化粧してない癖に肌綺麗だな。普段どんなスキンケアしてるか後で聞いてみよう。

 

「ひゃん! きゅ、急に顔を近づけないでください! あなた今日ちょっとテンションおかしいですよ! 昨日も徹夜したんですか!?」

 

「うん。ニートが急に学校通うことになったせいで生活リズムがね。今30時間くらい寝てないから正直めっちゃ眠い」

 

 たった今背負っているMark5の改良をしながら、徹夜することで睡眠サイクルを元に戻そうと試みている最中というわけだ。

 

「じゃあ、髪切ったらみんなでお昼寝しよっか! 保健室のベッド繋げて、川の字で!」

 

 うへへ~と楽し気な様子で両手を広げるユメ。

 昔お泊まりしたときに、ミカとナギサの間に挟まって眠ったときのことが思い出される。だが、まだ小学生だったときと同じことをするのは、色々とマズイと思う。

 

「ユメ先輩はもっと警戒心を持ってください! アテネが男だと知った後も変わらず抱き着いたりするの、私は本当に辞めた方が良いと思います!」

 

 うん。それは本当にそう。トリニティで培われた鋼の精神は、小さい頃を知っている子たちばかりだったからそういう対象として見れなかっただけだから。

 少女性愛に目覚めたつもりはないのだが、恐らく肉体に精神が引っ張られているのだろう。思春期が終わり女性として自分を偽らなくてよくなったのも重ねて、色々と毒だから勘弁してほしい。

 

「ひぃん、ホシノちゃんが嫉妬してる……ベッドの準備してくるね!」

 

「どこをどう聞いたら私が嫉妬してるように聞こえるんですか! ……逃げた」

 

 有無を言わさずスタスタと教室を後にするユメ。どうやら川の字になって昼寝をすることは確定事項になってしまったらしい。

 ……徹夜して生活リズム戻したのにまたズレるじゃん。

 

「心配するところ違うと思いますけどね。もっと他にあるでしょう」

 

「そんなに理性の無い人間だと思われているとは心外だな。意志の固さだったら誰にも負けないぞ」

 

 だからといって、そんな節操なしにホイホイと手を出したりはしない。こちとら前世を含めたら君たちの倍以上は生きているんだから。

 

「でしょうね。思春期を含めた9年間、女の園にいて一切手を出してないんですから。あなたの話を聞けば聞くたび、そういう欲すらないんじゃないかと思ってきます」

 

「……いや……うん。そうかもね」

 

 意識しないようにし過ぎて減退したから堪えられているということか……全然あり得るから悲しくなってくる。

 

「……謝るのでその反応はやめてください。なんかガチっぽくなるじゃないですか」

 

『アテネ様は幼馴染であるミカ様と入浴した際も、一切そういう反応を見せていませんでしたから』

 

 そこで機を狙っていたと言わんばかりに、HERMAが余計な一言を差し込んでくる。

 確かに行っていることは間違いじゃないが、タイミングが悪すぎて語弊を招く発言になっている。

 

「……うわぁ」

 

 案の定ゴミを見るような目をこちらに向けながら、3歩後ずさりするホシノ。前世で懐いていた姪っ子が成長して、急に距離を取るようになってショックを受けたのを思い出した。

 

「いや違うからね。ミカが勝手に入ってきて私の全身をまさぐってきたんだからね。それで男ってバレたから逃げ出してきたんだから」

 

「……その人、そんなに異性としての魅力がない人だったんですか?」

 

「いや? 滅茶苦茶可愛いよ。ミカは私の天使でお姫様だからね」

 

 恐らく裸を見ても欲情できない程容姿が悪いのかと言いたいのだろうけど、全くもってそんな事実は存在しない。幼少期からずっと一緒にいたというバイアスもありそうだが、それを踏まえても目に入れたって痛くない可愛い女の子だ。

 もし不細工とか誰かが言おうものなら、そいつの所に飛んでいって口の中にミサイルを突っ込んでやるつもりだ。

 

「気持ち悪っ。高校1年生にして親バカ出てますよ」

 

 おじさん臭くて気持ち悪いですよ。と遠慮なく罵声を浴びせてくるホシノ。

 

『あながち間違いではないでしょうね。失踪した日、アテネ様は気絶したミカ様を風呂から上げて、体を拭いて服を着せていましたから』

 

「赤ん坊への対応と何ら変わりないじゃないですか。なんだか、その幼馴染の人がちょっと可哀想に思えてきました」

 

 異性に体を隅々まで見られて、全く反応されなかったというのは確かに尊厳的にマズいかもね。

 

「……いいや、ミカはもう私のことは好きじゃないだろうし。大丈夫だよ」

 

 まあ、嫌っている人間にそう思われたところで、何の悲しみも湧いてこないだろう。

 だから大丈夫だ。……自分で言ってて悲しくなってきたけど。

 

「……どうだか」

 

 

 

 

 

 そして、なんやかんやあって結局ユメに髪を切ってもらうことになった。

 ……まあ、ホシノよりはマシだと信じたい。

 

「……何ですかその目は、人がせっかく親切で切ってあげようとしたのに」

 

「いや……うん。そうだね、ありがとう」

 

 慌ただしい展開ではあったが、不器用なホシノなりに私を気使ってくれたのだろう。入学を決めたときも心配してくれてたし。

 お礼の意を込めてホシノの頭を優しく撫でる。

 

「分かればいいんです……ん」

 

 気持ちよさそうに目を細めて、小さく喉を鳴らすホシノ。最初は抵抗していたが、それが無駄だと知ってからは何も言わなくなったのが可愛らしい。

 背も低いから本当に親戚の子供を相手しているみたいだ。同い年だけど。

 

「お兄ちゃんができたみたいだね! ホシノちゃん」

 

「誰が妹ですか! こんな女装癖のある変態が兄なんて信じられません!」

 

 素直に受け入れたことをユメに指摘され、顔を真っ赤にして声を荒げる。

 

「……切った後のためにほうきとちりとり持ってきます」

 

 ため息を吐いたホシノは、そう言って教室から出て行ってしまった。

 そんなホシノの後姿を見て、微笑ましそうに小さく笑うユメ。

 

「ふふっ、ホシノちゃんかわいいんだから」

 

「かわいいのは分かるけど、あんまり弄りすぎるなよ?」

 

 まだ出会って一週間程度しか経っていないが、あの子は大人びているようで意外と繊細な所がある。気配りが出来て常識的なのも、その繊細さ故といったところだろうか。

 まあ、本当に嫌ならさっさとほかの学校に転校するだろうし大丈夫だとは思うけど。

 

「そうだね。でも大丈夫だよ。アテネちゃんが来てから、ホシノちゃん凄い楽しそうだもん」

 

「……私?」

 

 ホシノがのびのびとやれているのも、ユメの性格があってのことだと思うのだが。

 だからといって社交辞令を言うような子でもないだろうけど。一体ユメはホシノのどこを見てそう思ったのだろうか? 

 

「うん! なんだかね、暗い顔をするのが減ったっていうか、アビドスの借金を返した後の話をすることがすごく多くなったの!」

 

「……そっか。なら良かったよ」

 

 私の穏やかな呟きが風と共に流れる。今までならば静寂が辺りを包み込んでいただろうが、今は少しだけ状況が違ったりする。

 静かな教室に流れるのは、それに似つかわしくないプロペラが風を切るような音と、小さなモーター音だった。

 

「ほら。ヘルマちゃんのドローンもすっごい頑張ってるし! こんなに早く片付けが進むなんて思わなかったよ~」

 

 教室の窓から外に視線を移す。するとそこには数十台の小さなドローンが、校舎の砂をせっせこと運んでいるのが見えた。

 

「ラボを建築するときに使って余っていたものを持ってきただけだよ。まだまだ根本の解決には至ってない」

 

 私がやっているのはただの対処療法だ。砂嵐の対策はある程度思いついてはいるが、それを行うには予算も人手も足りていない。

 

「ううん。それでも嬉しいの。昔の学校がだんだん戻って来てる気がして。プールだってそう」

 

 ドローンで校舎の砂やゴミを片付けるにあたって、学校のプールから掃除を始めた。

 私としてはもっと他に優先すべき場所があったと思うのだが、ユメとホシノに最優先でやって欲しいと頼まれては断れない。

 

「もうちょっと暖かくなったらプール開きしたいな~。ここに、アビドスの小さいオアシスを作るの!」

 

 中々に洒落が掛かった言い回しだ。砂祭りの復興の第一歩というところか。……この子は、本当にアビドスが好きなんだな。

 

「私としては()()()()()()()()()()()()協力したかったけどね」

 

 当初は私が借金を全て返済するつもりだったのだが、その提案はユメに断られてしまった。

 正直私からすれば何の苦も無くポンと出せる金額なのだが、そこまでしてもらうと流石に申し訳ないと思ったのだろう。

 

「あはは……流石にアテネちゃんに全部出させるわけにはね?」

 

「分かってるさ。だがカイザーの不正については追及させてもらうつもりだから、そこは割り切ってくれ。何も私が身銭を切るわけじゃないんだからね」

 

 だが法外な利子に関しては見逃せない。こちらはしかるべき対応をした後、過払い金請求をしっかりとさせてもらうつもりだ。

 どこぞの法律事務所のCMみたいになってしまったが、計算が正しければユメたちでも十分支払える金額になるはずだ。

 

「ひぃん、アテネちゃんの目つきが怖いよぉ」

 

 当たり前だ。子供を騙して金を儲けている企業なんて、潰れてしまった方が良いに決まっているんだから。

 ユメが私の顔を見てひんひん嘆いているが、もうすでに私の中でカイザーを処分することは確定したから腹を割ってくれ。

 

 そんなことを考えていたとき、またドタドタと音を立てながらホシノが教室へ戻ってきた。

 

「みてくださいこれ! この前のインタビューがニュースになってますよ!」

 

 スマートフォンを片手に握ったホシノが画面を見せてくる。そこには、ニュース映像と思われる映像が流れていた。

 

『キヴォトス中を騒がせた大事件! 元トリニティ所属の投資家、発明家としても有名だった芙蓉アテネさんが、6週間の行方不明の後にアビドス高校に入学したという話題について、クロノス報道部が独自に取材を行ってきました!』

 

 別にそんなに騒がれていた記憶はないんだけどな。精々失踪直後ニュースになったくらいで。

 ゲヘナではアンチトリニティの生徒が、芙蓉アテネは政治対立の後粛清された。なんて荒唐無稽なデマを流していたが、直ぐにバッドの嵐がついて記事が消されてたし。

 

 デカデカとしたテロップと共に画面が切り替わり、インタビューと思われる映像が流される。

 

『芙蓉アテネさんが御校に入学したという件について、お聞きしたいことがあるのですが!』

 

『私から言えることは何もありません。本人も話すつもりはないそうなので、失礼します』

 

 モザイクこそかけられていたが、マイクを向けられていたのは間違いなくホシノだ。

 というかテロップに『アビドス高校生徒会のHさん』って書かれてるけど、生徒会2人しかいないんだよなぁ……

 

「ホシノ地上波デビューか。おめでとう」

 

「アイドル路線でお金を稼いでみる? ホシノちゃんとアテネちゃんでコンビを組むの!」

 

 ……いや、何でユメじゃなくて私なんだよ。いい年した男が女装アイドルとかキツすぎるだろ。

 

「違います! ……まったく、取材拒否したのに報道するなんて非常識ですよ」

 

「だからモザイク付いてるんだろうけどな」

 

 見るに堪えないといった様子でアプリを落とし、スマホを机の上に置く。

 ハサミを手にその様子を微笑ましそうに見つめていたユメと、椅子に座ったままの私を見て、ホシノはため息を吐いた。

 

「別に、無理して切らなくても良いと思いますよ。ほとぼりが冷めてから美容院に行けばいいんじゃないですか?」

 

 まだ踏ん切りがついていない状態だと思っているのだろう。……いや、実際その通りか。

 ラボにはまだ寮から持ってきた思い出の品々が欠けることなく残っているし、切ると決めたはずの髪の手入れも欠かさず行っている。

 

「そもそも、何で切ろうと思ったんですか。ロングにしたこと無い私でも、大切にしてきたっていうのは見ただけで分かりますし」

 

 無意識のうちに苦悩の表情を浮かべていたのか、ホシノが心配そうにこちらを見つめてきた。

 

「……私の幼馴染は、髪型を変えておしゃれをするのが好きだったんだ」

 

 もう交わることのない大切な人のことを脳裏に浮かべながら、泡沫のように過ぎ去っていった思い出に浸る。

 

「よく膝の上で三つ編みを作ってあげると喜んでいたよ。ただその子は飽き性でね、次は次はと新しいヘアアレンジを求められたんだ」

 

 あの桃色の髪の、サラサラとした感触が今でも鮮明に思い出せる。

 大きくなってからは自分でやるようになったけど、それでもたまに頼んできてたっけ。

 

「お願いに応えると、それはそれは綺麗な笑顔を見せてくれてね。……いつしか正体を隠すとか、自分のおしゃれとかよりも、その子に笑ってもらいたいっていう理由で勉強するようになっていったんだ」

 

 自分でも驚くほど穏やかな声色で呟いたのち、目をキラキラと輝かせるユメと、どこかぎこちない表情を浮かべるホシノの姿が目に映った。

 

「素敵な関係だね! 私も今度三つ編み編んでもらおうかな~」

 

「この死ぬほど重たい話を聞いて最初に浮かんだ感想がそれなんですか? 私、バリカンで坊主にしようとしたこと物凄く後悔してるんですけど」

 

「中々面白い冗談言うね君」

 

 ……いや冗談だよな? 冗談であることを切に願うぞ俺は。

 

「というより、そんな大事な髪を私たちに任せないでくださいよ。一応言っておきますけど、私たちまだ出会って一週間しか経ってないんですからね?」

 

「ははは、そう言えばそうだったね」

 

 人との出会いというのは奇妙なものだ。

 そんな思い出を文字通り断ち切ってまで、彼女たちに入れ込むとは私も思わなかった。このアビドス高校を復興させるという目標の達成に、自分が求められているということを自覚できたのが嬉しいのだろう。

 ただ自分のやりたい事だけをやってきたこの6週間と違い、人のために働いている方が幸せなのは不思議なことだ。トリニティで過ごしてきた日々を踏まえると、本質的に他人のために何かをしてあげる方が性に合っているのだろう。

 

 そう考えたとき、私の手は自然と机の上に置いてあったハサミを握っていた。

 もう片方の手で長い髪の毛を肩の上に乗せ、前へと持ってくる。

 

「ちょ! 何して……」

 

「大丈夫。私も、そろそろ前を向く必要があるだろう?」

 

 そうじゃないと、前を向いて歩き続けてる2人に失礼だ。

 ハサミを開いてその間に髪の毛を入れると、そのまま一思いに手を握っ────

 

 

 

 

 

「────駄目ーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 凄まじい轟音と共に、吹き飛んできたコンクリートの柱の欠片に体を吹き飛ばされる。

 ……は? え、何? どういうこと? 

 

 ボロボロと崩れてた教室の壁。その瓦礫が積もった山の上に、何者かのシルエットが黒い影として目に入った。

 ふわふわとしたロングヘアをサイドにまとめ、腰から横に天使のような羽を伸ばした、惑星のようなヘイローを持つ誰か。

 そんな人間なんて、私の記憶では一人しかいなかった。

 

「ちょっと!? あなた何者……というか、壁……えぇ?」

 

 困惑したようなホシノの声が横から聞こえてくる。しかし、私はその見覚えのあるシルエットに目をくぎ付けにされていた。

 

「止まりなさい! それ以上動いたら撃ちますよ!」

 

 覚束ない足取りで教室に足を踏み入れたそれは、ショットガンを構えたホシノの警告を無視してこちらへと向かってくる。それと同時に鮮明になる姿。

 引き金にかかったホシノの指は、私の消え入りそうな呟きによって動きを止めた。

 

「……ミ、カ……?」

 

「やだ……やだっ! 駄目なんだから!」

 

 仰向けに寝転んだ私の上に馬乗りになった生徒……ミカは、そのまま倒れ込んで私の胸に顔を埋めてきた。

 吹き飛ばされた際に頭を打ったのだろうか、ミカに再び会えた喜びで高鳴る心臓とは裏腹に、私の意識は奥底へと沈んでいく。

 

 ……が、そんな眠気もバキバキという音と共に背中を中心とした全身に走った衝撃によってかき消されてしまった。

 

「……ふふっ、捕まえた。もう、絶対放さないから」

 

 何事かと落ちた瞼をギョッと見開く。目の前には大粒の涙を流しながら、幼さと妖艶さを足して2で割ったような、危険な雰囲気の笑顔を浮かべるミカの姿があった。

 

「……せめて、もう少し優しくしてくれない……か?」

 

 その言葉を最後に、私の意識は再び深い闇の中へと落ちていくのであった……────

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「────ようやっと見つけたぞ」

 

気が付くと、私は雄大な山の中にポツンと存在する、古風な和室の一角に立っていた。

眼下には、やけに露出の多い服を着た白髪の少女が上目遣いでこちらに微笑んでいる。

 

「ほれ。あまり時間がないのでな。早う座れ」

 

「…ええと、君は?」

 

突然の出来事に困惑する私に対して、少女は意味深に笑って答えた。

 

()()()()()()()()。其方の過去と未来を知るものとだけ言っておこう。色彩の神子よ」

 

「……色彩の神子?」

 

「おっと、口が滑ったな。忘れてもらっても構わん。少なくとも()()其方に必要な知識ではない」

 

 何やら意味深なことを呟きながら、クズノハは私の顔を見上げてまじまじとこちらを見つめてくる。

 

「それで、クズノハは私に何の話をしに来たんだい?」

 

 知らない人間に顔を見続けられる気まずさに耐えかね、私から話の話題を振った。

 

「ふふ、妾を子ども扱いか。妾の年の功は、其方のソレよりも圧倒的に大きいぞ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、な」

 

 こちらをからかうように笑いながら、手に持ったキセルを口に付けるクズノハ。

 ……どういうことだ? キヴォトスに来る前だと? 

 

「意味が分からないな。確かに年も分からず失礼な態度をとったかもしれないが、私は正真正銘キヴォトスで生まれ育った人間だぞ」

 

 言葉の通りに受け取るならば、私が地球に居た頃の年齢ということになるが、それはありえない話だ。

 私に前世の記憶があるということは、ミカやナギサも含めて誰にも教えていないのだから。

 

「ほう? では其方の愛用しているスーツとやらは、一体どこの誰のものだ?」

 

「これは私が開発した私のスーツだ。誰からも学んでなんかいな……」

 

 胸に手を当ててスーツを見ようとしたそのとき、ふと違和感に気が付いた。

 外していたマスクはもちろん、胴体部分も含めて先ほどまで着用していたスーツがどこにも見当たらない。

 

「安心せい。現実のお主はちゃんとそれを着たまま眠っておる。寝心地は大分悪そうじゃけどな」

 

 つんと私の胸を突き、くっくっくといたずらっ子のように喉を鳴らすクズノハ。

 前後の記憶からある程度察してはいたが、やはりここは私の夢の中だったようだ。

 

「そこまで心配か? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ……!」

 

「ふふ、腹芸が得意な小僧だとは思ったが、流石にこれには堪えたか」

 

 記憶の読み取り? それとも本当に予知の類か? 

 クズノハの口から出るはずない名前を聞いた途端に、彼女に対する警戒心が一段と上がった。

 

「妾と話をする気になってくれたか?」

 

「……ああ」

 

 クズノハの問いかけに小さく答える。

 どちらにせよその名前が出た時点で、私の生殺与奪の権は彼女に握られたも同然だ。

 

「ならそこに座るとよい。客人を立たせておくわけにもいかぬからの」

 

 その場にあぐらをかき、体面に腰掛けるよう手を差し出すクズノハ。……敵意は感じられないな。

 どちらにせよスーツの無い私は丸腰のようなもの。神秘量が少なく丸腰の私では、襲われたところでどうすることもできないだろう。

 

「アテネ様、これはどういう状況で……」

 

「話をする前に、邪魔者を排除しておかんとな」

 

 突如脳内に鳴り響いたHERMAの声。相も変わらずの機械音声だったが、困惑している様子が声色から伝わって来た。

 しかし、それを遮るようにクズノハが私の額に触れる。

 

「……現在位置を特定。危険を除────」

 

 バチンという何かが弾かれたような音と共に、HERMAの音声が消えてしまった。

 同時に肉の焦げるような匂いと音が聞こえてきたと思えば、右手を抑えながら苦し気な顔をするクズノハが見えた。

 

「なっ!? 何をしたんだ! 大丈夫か!」

 

「問題ない。……流石、強力な防壁がなされておる。ここでなければ腕が飛んでおったの」

 

 駆け寄ろうとした私に手を伸ばし、問題ないと口にするクズノハ。

 それでも手当を優先しようとする私に対し、クズノハは袖をひらりと腕に被せたと思えば、一瞬にして腕の怪我を治してしまった。

 

「問題ないと言ったであろう。さて、悪いが話を続けさせてもらうぞ。先ほども言ったが、あまり時間がないのでな」

 

 目を見開く私に対し、クズノハは表情を引き締めてそう続けた。

 再度畳の上に座り直す私を見て、クズノハは話を始める。

 

「先に言っておくが、この夢の話が其方の記憶に留まることはない。何故なら妾がそうなるように細工させてもらったからな」

 

「……理由を聞いていいか」

 

「お主がそれを知ったときの影響が計り知れないからのう。この事実を知ることによって、未来に大きな変化がもたらされるのを防ぐためというわけじゃな」

 

 クズノハ一見先ほど言っていた言葉と矛盾しているような発言をした。

 未来と過去を見通せる彼女が、何故分岐した先の出来事を知り得ないのだろうか? 

 

「妾の未来視も完璧ではない。様々な制約があるが、其方がその最たる例じゃ」

 

 そう言って手に持ったキセルをこちらに向けてくる。

 

()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()。無限に等しく分岐する未来のその全てで、其方の行動は全て黒塗りにされておる。其方が取った行動によって分岐した先の未来が見えても、肝心の其方の行動が全く分からんというわけじゃな」

 

「……なるほど」

 

「無論、未来の状況を顧みて逆算することは可能だが。不安の種は残したくないのでな」

 

 この話をどこまで信じていいのかは分からないが、それは目が覚めてからのお楽しみと言ったところだろう。結局目覚めた後何も覚えていなかったら意味がないからな。

 

「最初に聞いておくが、其方が此方に来てからの会話で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「違和感……?」

 

 クズノハの存在や夢で全く知らない場所に転移させられたという違和感ならあるが、口ぶり的にそう言う話をしているのではないだろう。

 しかし、彼女が知り得ないこと以外では、考えてみても思い浮かぶことはなかった。

 

「……ふむ。()()()()()()()()()()()()()()()。まあ良い」

 

 悩む俺を見て何かを確信したのか、クズノハはこちらに聞こえない声量で何かを呟いた。

 

「さて、なら本題へと入ろうかのう。まず────」

 

 

 





 旅行に行くので2日間ほど空きます
 最後の方は次話から引っ張って来たので少し長くなりました。感想で意見をくれた方、ありがとうございます!

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