MARVEL STUDIOS 「ブルーアーカイブ」 作:MAN
唯一アテネの先を歩き続けた生徒のお話しです。
手に持ったリボルバーがするりと抜け、乾いた砂の海に鈍い音を立てて落ちる。
己の手から離れた相棒を見た途端足に力を込められなくなり、私はアビドスの太陽に熱せられた熱い砂の上に膝を突いた。
「……はぁ、……タフすぎだよ先輩。こんなに疲れたのは初めて」
倒れ伏す私に対して、ミカは息を整えながらそう呟きました。
「……あなたも、大概ですよ。……ミカ様」
「やだなぁ。ここには誰も居ないんだし、普通に呼びなよ。先輩にそう呼ばれると、何だか背筋がムズムズするし」
演技ったらしく両腕を抱いて体を揺らすミカ。あれだけの死闘を繰り広げ、その体には傷や出血すらあるのに、それをもろともせずに笑っています。
「子供の成長というのは早いものですね。昔は私の方が強かったのに、もうすっかり抜かされてしまいましたか」
「歳2つしか変わらないじゃん。それに万全だったらどうなってたか分かんないし」
「謙遜するなんてあなたらしくないですね」
「私はアテちゃんに似合う、良い女の子にならなきゃいけないの。ただでさえホシノちゃんっていうライバルが出てきたんだから」
おっぱいは私の方が大きいけどねっ! と胸を抱いて上下に揺らすミカ。
同性の胸なんて見ても何も面白くないからやめてほしいものです。
「やめなさい。はしたないですよ」
「あれ? 先輩女の子が好きなんじゃないの?」
目をまん丸くして、ミカは私にそう問てきた。
「……何故そう思ったのです?」
「え、だってアテちゃんのことが好きなんでしょ?」
「アテネさま……
この秘密を打ち明けて良いものかと悩みましたが、彼女が知らずして他に誰が知るべきなのか、私には分かりませんでした。
「あれ? 知ってたんだ先輩」
なんだ。ご存じだったんですね。だとすると、先ほどの態度は私にアテネが男であることを隠す為のブラフでしたか。
私に気づかず嘘を吐けるようになるとは、昔の彼女であれば考えられません。
「腹芸が上手くなりましたね。遊んでいるように見えて、あなたも成長していたという事ですか」
「なんか複雑な気持ち~。でも、ちょっとは嬉しいかな?」
「素直なのもアテネに似ましたね……いえ、これはあなた本来の性質でしたか」
お世辞にもミカのことは好きではなかったが、小さい頃から接していると、嫌でもその性質は分かってきます。
良い所も悪い所も、等しく浮かび上がってくるものです。
「本部もナギサの説得によって蜂起ですか……本当に、子供の成長というのは早いものです」
聖園ミカ。桐藤ナギサ。……そして芙蓉アテネ。この3人については、小さい頃からよく面倒を見ていました。
ミカに関しては生意気な言動を口酸っぱく注意してきましたが、ついぞその減らず口が無くなることはありませんでしたね。
「……今更、そんなこと言ったって許してあげないんだから。アテちゃんとホシノちゃんを虐めた先輩には、地下深くの牢屋がお似合い……」
「ミカ」
「っ!」
歪な笑顔を向けるミカの言葉を、私はその名を一言呼ぶことで止めました。
「心にもないことを言うものではありませんよ。その言葉はあなたに純粋でいて欲しいという、アテネの願いに反するものです」
────それは、私の願いでもありました。
自分でも笑ってしまうほど勝手で、矛盾した言葉を投げつけます。
銃弾の1,2発は飛んできても文句は言えない言葉でしたが、ミカの反応は全くの逆でした。
「……なんでっ、何でこんなことしちゃったの? 先輩だって、アテちゃんのことが大好きなんでしょ?」
震える声を必死に抑えながら言葉を紡ぐミカ。……次の行動が読みやすいところは、改善の余地がありそうですね。
沈みつつある陽光を背に、長い影を地面に描くその姿は、まるで聖書の教えに出てくる天使の如き美しさを纏っていました。
まあ、天の使いと呼ぶには天真爛漫すぎますが、意外と神話の共々も似たり寄ったりですし、気にすることはありませんね。
「……どこか、焦りがあったのかもしれませんね」
雷帝によるゲヘナの統治、ミレニアムの台頭、そして、それに伴うトリニティ内部情勢の複雑化。
そのどれもが、我が愛すべき母校を暗雲へと落とし込む一手に繋がりうるものです。
「芙蓉アテネは、私がみた生徒たちの中で最も優秀でした。目を惹きつけて放さない端麗な容姿、キヴォトスでも類を見ない優れた頭脳、上に立つ者として相応しい知性、敵対勢力さえも丸め込んでしまう対話力、聖人と呼ぶべき穏やか……少し癖はありますが、人間性を見ても素晴らしいものです」
「そうだね。私もそう思う」
「そして、表面を覆う女性というヴェールの中にも隠し切れない、雄としての力強さも、彼の魅力を語る上では欠かせませんね」
「……うん?」
「切れ長で妖艶な瞳、筋の通った小ぶりな鼻、柔らかさとハリが絶妙なバランスを醸し出す唇。……少年らしい輪郭の中に見え隠れする、憂いを帯びたその表情」
「……」
「髪の毛で隠すのが難しくなってきた、男らしく猛々しい体も非常にエロティックです。聞けば脳まで浸透し溶かしてしまうほどの甘い声も魅力的ですが、何より、控えめで上品な香水では隠し切れなくなってきた雄の匂い……その全てが、私の脳を焼きつけてくるのです!」
「うわぁ……」
しかも今日は香水も化粧もつけずに飛んできたのか、それとも体が成長したのか。前に見たときよりより雄としての魅力を前面に押し出すような姿をされていました。
「おっと……つい涎が。失礼しました」
丹田の奥の方に広がる湿った熱にくすぐったさを覚えながら、内ももをごそごそと動かしてそれを誤魔化します。
「んっ……私に賛同してくれた2年の子たちも、何かしらの処罰を受けることになるでしょうね。……そうなれば、あなたは1年でパテルの首長という、異例の大出世を遂げることになるでしょう」
次は審問会でどうやって私だけに罪を被らせるかという戦いが始まりそうですね。
信じてついて来てくれた後輩たちに、私と同じことはさせられません。
「……やだよ。私、政治なんてできないよ。アテちゃんがいなくなったのだっていきなりだったし……」
「できますよ。あなたなら、トリニティを良い方向へ向けてくれるはずです」
今になってようやく本心から認められました。アテネのミカに対する過保護とも言える今までの対応は、彼が居無くなってから、ミカにその座を継がせるためだったのだと。……彼はミカのことをティーパーティーの座にふさわしい人間だと、認めていたということを。
「下らない意地を張るのはこれで終わりですね。その身の力が重視されるパテルにおいて、あなたは最強であった私を下したのですから」
……私もかつては優秀な生徒として、周りから羨望の眼差しを受けていました。
初等部から高等部までの12年間寮で生活するトリニティでは、初等部3年生が新入生のお世話をするというしきたりがありました。
1年生の内は先輩に生活を支援してもらいながら、ルールや心構えを教わります。2年生に上がってからは、同学年の生徒と共に暮らすことで協調性を培い、3年生でそれを後輩に教えるという、伝統的なしきたりですね。
私とアテネの関わりは、入学してから最初の頃。新入生のアテネが私の付き人になったときの話でした。
そうです、私の同部屋の後輩というのはアテネだったのです。……と言っても、その頃から不気味な程成熟しておりましたが。
最初は手が掛からない可愛げのない後輩と言うことで好きではありませんでした。
教える前に何でもこなすし、親睦を深めようとしても常にミカやナギサと遊ぶか、引きこもって機械いじりをしていましたし、お風呂にさえも頑なに一緒に入ろうとはしませんでした。……まあ、最後に関しては仕方が無いでしょうけど。
ともかく私も幼かったですし、同級生が甲斐甲斐しく後輩のお世話をしていた話が羨ましかったのです。
しかし、彼の内なる善性と人懐っこさに、私が絆されるのも時間の問題でした。
『ふ、フミカ先輩! こ、これは……すみません! またやっちゃいました……』
『ご、5回目です……ごめんなさい……』
『えっと……はい、私は大丈夫です』
『何を作ってたかって? ……ふふふ、聞いて驚かないでくださいよ! 何と今回は────』
彼が備品を壊したり壁紙を焦がしたりするたびに、寮母に2人で謝りに行っていたのをよく覚えています。一件完璧人間に見えるアテネにも、研究中は周りが見えなくなるという欠点がありました。
『フミカ様、これ、誕生日プレゼント』
『HERMAとリンクできるドローンです! これを使えば遠くのリモコンを持ってきてくれたり、お風呂のスイッチを入れてくれたりが言葉だけで出来るんですよ!』
『ふふっ、喜んでもらえたようで何よりです。爆発したらまた直すので言ってくださいね!』
『昨日の夕食? ……ごめんなさい。これを作ってたので……』
研究優先で自分の生活を疎かにしがちというのも、彼の直すべき点の1つでしょうね。私の周りの事はしっかりこなすのに、彼自身は平気で食事を抜いたり、徹夜したりしていましたから。
その度叱っていたのをよく覚えています。
そんな懐かしい記憶を思い返している間にあちらの戦いも終わったのでしょう。アテネたちが歩いてくる姿が見えました。
「……フミカ様」
金属の装甲を外してラフな服装となったアテネが、どこか苦しげな顔を浮かべてこちらを見つめています。
……そんな顔をしてはいけませんよ。あなたは、私と違って勝った側の人間なのですから。
「私は今回の行動について、後悔はしておりません。勝てば官軍負ければ賊軍、勝てば強引な開戦事由にも箔が付きますし、そもそもあそこはアビドスの土地ではないので」
傍から見たら私たちはカイザーコーポレーションから提供された情報を元に、彼らの土地で捜索を行っていただけ。先に邪魔をしてきたのはあちらです。
私はあえて彼らの悪感情を刺激するよう、憎たらしく笑いながらそう語りました。
「……でも、正実の子たちを大勢連れて行ったのは問題じゃないの?」
「問題ありませんよ。
「……っ! それって……」
この件を裏で動かしていた黒幕の正体に気が付いたのでしょう。アテネはその端正な眉を歪めながらそう呟きました。
「その通りです。私以外の生徒は知る由もありませんが、私は裏でカイザーと取引をしていました。『ここでの戦闘行為を全て黙認する代わりに、芙蓉アテネをアビドスから連れ去る』……という取引を」
「そんな……!」
私が先ほど撃ち抜いたアビドスの生徒会長が悲痛な声を上げます。
「カイザーPMCの理事は中々切れ者ですよ。今回の件で彼らは被害者を装って足切りをするでしょうし。彼らはただ、被害者である私たちの損害を補填しろ。と声高々に宣言するだけで済みます」
「そうなれば、賠償金がこちらの借金に上乗せされる可能性もあるという事ですか……!」
「いえ、それはないでしょうね」
拳を握り締めて怒るホシノさんの言葉に、私は否定する形で返事をします。
「今回の騒動の責任は全て私が被るので、あなた方は完全に被害者として証言して頂ければ問題ありません。事実何も間違ってないでしょうし」
「で、でも。私たちも連邦生徒会のお願い無視しちゃってたし……あの状況じゃ勘違いしちゃっててもおかしくないと思うの!」
もちろん彼女の言っている勘違いとは、アビドスがアテネを拉致監禁しているということでしょう。それは分かっております。
私も実際にアテネと話すまではそうだと確信していたのですから。……正直、彼の口から望んでアビドスに入ったという言葉を聞いたときも、信じられませんでしたが。
認めたくありませんでした。アテネが、私達よりも他校の生徒を優先したという事実を。
ですが、私は生き生きと自分の感情を出し、楽し気に話しているアテネの姿を見てしまいました。そして気づかされたのです。ここが彼にとって心のオアシスであるということに。
「……
余りにも人が良すぎる生徒会長に思わず笑いそうになりますが、寸前でこらえて疑問の言葉を口にします。……きっと、アテネは彼女の優しさに惹かれて復興を手伝っているのでしょうね。入学を決めた経緯が容易に想像できます。
「……まさか」
私の意図に唯一気が付いたであろう、アテネがそう呟きました。
「私はアテネが自分の意志でアビドスに入学したことなど、とうの昔に知っていましたよ? それを踏まえて無理やり連れ戻そうとしたんです」
愚かな選択だ。学園を背負うティーパーティーのメンバーとしては、最悪な選択と言ってもいいでしょう。
自分の目先の願望の為に、トリニティ全体に不利益を被らせる選択を取ってしまうだなんて。
「……それで、本当に良いんですね? 私が庇えば、ティーパーティの座を降りずに済むかもしれないんですよ?」
……トリニティでの生活は、彼にとっては楽しいものではなかったのでしょう。
そう考えるだけでも胸が張り裂けそうになります。……なので、最後くらいは彼の意思を尊重してあげたいと、そう思ってしまったのです。
「ええ。私より、優秀な方がそちらに居ますから。身勝手な感情で学校を陥れた戦犯は、地下の懲罰房で余生を過ごすのがお似合いでしょうし」
傍から見れば余りにも魅力的な提案でしたが、私の決意は1ミリたりとも揺らぐことはありません。
悲惨な結末を迎えると知っているにもかかわらず、自分でも驚くほど穏やかな声が出てきました。
「やだ……できないよ……! 私には先輩みたいに上手に……」
その言葉を聞き、ポロポロ大粒の涙を流して泣き崩れるミカ。
「甘えたことを言うのはやめなさい! あなたは、芙蓉アテネに認められた人間なのですよ! ……っ!」
反射的に出た言葉に、私は思わず眉をひそめました。
もう、私は彼女にものを申せる立場じゃないのに。一体何様のつもりで……
「……私とは、違うんですから。誇りをもってくださいよ……!」
しかし、激情に駆られて出た言葉を、最後まで止めることはできませんでした。
そうです。私は彼らに嫉妬していたんです。
陳腐な言葉ですが、そう表現する他ありません。
その一言で、全ての説明がついてしまうのですから。
幼いながらにしてトリニティの希望と呼ばれた芙蓉アテネと、そのトリニティの希望からの寵愛を一身に授かる聖園ミカに。
ほら。今この瞬間にも、ミカは当たり前かのようにアテネの抱擁を受けています。
「ミカ……もういいよ。皆も、ちょっと席を外してくれないか」
嫉妬という醜い感情が胸の内に広がるのを感じながらも、同時に私はミカのことも嫌いになれませんでした。
だから、私はミカを置いて彼のことを助けに行ったのです。適当な理由をつけて周りを納得させ、彼を助けた生徒の中にミカの名が入らないようにして。
万に一つ、もしかしたら……ミカではなく、助け出した私のことを好きになってくれるのではないかと。
「……最低ですね」
その感情を自覚した瞬間、私は自分に向けた卑下の言葉を発せずにはいられませんでした。
年下の人間に何て醜い感情を抱いているのか。私は彼らの前に立って、彼に道を示すべき存在のはずなのに!
蛇のようにとぐろを巻く自己嫌悪の濁流が、私の心を外側から削り取っていきます。
「フミカ様……」
「……もう。あなたと会う機会も、ほとんど無くなってしまうでしょうね。……もしかしたら、これで最後かもしれません」
恋した男に声をかけられても、面を上げることはできませんでした。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった醜い顔を、見せたくなかったのです。
「
そんな懐かしい響きの言葉が聞こえた瞬間、私の体は暖かく、柔らかな感触に包まれました。
「ふぇっ……?」
「私は、ハグが好きなんです。人を慰める時は、大体いつもこうやってます」
包み込んだ私の頭を片手でゆるゆると撫でながら、穏やかな口調で囁くアテネ。
「先輩の罪が少しでも軽くなるように、私が何とかしますから」
『……すみません。起こしてしまいましたか。……ええ、最近寝つきがあまり良くなくて』
『えっ? 今日は一緒に寝よう? ……いえ、大丈夫ですよ。目を瞑っていればいつか眠れます』
『……分かりました。そこまで言うなら……お願いします』
『……意外と心地良いですね。これなら眠れそうです』
そんな、いつかの会話を思い出しました。
「だから、そんな最後とか、悲しいこと言わないでくださいよ」
「やめてください……」
今度は強く私の体を抱きながら、耳元で小さく語り掛けてきます。
「先輩が嫌だといっても辞める気はないですからね」
「やめて……」
その言葉で、溜まりに溜まった感情を、せき止めるためのダムにヒビが入ります。
「まだ、私はあなたに何も返せてないんですから」
「やめてよ!」
とうとう、私は自身の言葉遣いすら取り繕うことができなくなっていました。
突き飛ばされ仰向けになったアテネの上に跨り、私は感情の赴くままシャツの襟を掴んで上下に振ります。
「何で、こんな私に優しくするんですか!?」
せっかく……全てを受け入れる覚悟ができたというのに……
私には、愛する人間を庇う事すら許されないんですか……?
「それは、私にとってフミカ先輩が大切な人だからですよ。右も左も分からなかった私を、立派なトリニティ生に成長させてくれたのはあなたなんですから」
「……私が居なくても、あなたは十分立派だったと思いますよ?」
彼の性格的にそうじゃないのでしょうが、今の私にはお世辞にしか感じられませんでした。
「先輩にハグしてもらわないと眠れなかったのに?」
「……覚えていたんですね」
苦笑いを浮かべながら、恥ずかしそうに頬を掻いて視線を逸らすアテネ。
「あのときは色々と不安定でしたから。先輩が居なかったらどうなってたか分かりませんでした」
「でも……」
それでも食い下がる私に対し、アテネは小さくため息をついて私の額を指で突きました。
「あぅ……」
「でもも何もありません。もし先輩が地下に投獄されたら、釈放するまでトリニティにヘリキャリアを飛ばし続けますからね」
役目を終えて待機する巨大な浮島を見て、意地が悪く笑うアテネ。
「先輩なんですから、後輩のわがままを少しくらい聞いてくださいよ。私がわがまま言える相手なんて、フミカ先輩くらいしか居ないんですから」
「っ……そう、ですか」
そんな言葉を言われて、つい嬉しくなってしまう自分が嫌になります。
最後のダメ押しと言わんばかりに、上に乗る私の肩を引き、胸板の上に寝転ばせるアテネ。
「私は……私を、あなたの先輩で居させてくださるのですか?」
「もちろん。何が何でも守ってあげますよ。昔、先輩が私を守ってくれたみたいに」
私の頭に手を乗せ、もう一度私の頭を撫でて優しく囁いてくれました。
「ごめんなさい。もう勝手にいなくなったりしませんから。先輩も、ずっと私の傍に居て欲しいです」
「っ……! ひぅ……ひっぐ……!」
気が付けば、私は彼の胸をぐしょぐしょに濡らしていました。
好きな男の前ではしたないと、先輩として恥ずかしくないのかと、そんな思いから止めようと努めたのですが、ついにその涙が止まることはありませんでした。
「────ごめ゛んなさい……! わた、わたしっ、みんなに酷いことしちゃった……! ひっ……うあぁぁん!」
その時、私は久しぶりにパテル分派首長兼ティーパーティーの御門フミカではなく、一人の少女としての感情を溢れさせました。
「あはは、昔の喋り方に戻ってますよ。その方が可愛いですし、そっちに戻してくださいよ」
こうなってしまってはもう手遅れで、私は彼の胸に顔をこすりつけ、ただひたすら謝り続ける事しかできません。
ですが、このときだけは、身に降りかかった重圧や責任を考えず、昔のようにアテネと接することができました。
「ひっぐ……うあぁぁぁん!」
そんな年不相応に幼い私の鳴き声が、暮れがかった宵の砂漠に響き渡るのでした。
「……落ち着きましたか?」
「……はい。……すみません。はしたない所をお見せしてしまって」
「先輩の可愛らしい所を知れて嬉しいですよ。私だけが知ってる秘密ですね」
「……ばかっ」
赤くなった顔を隠すために、何度目か分からない抱擁を続けました。
筋肉こそ少ないが男らしい、角ばった胸板に耳を当てると彼の心臓の音が聞こえてきました。他人の心音を聞くと安心するという話はありますが、それに反して私の脈は早まるばかりです。
「ごめんなさい。ちょっと臭いかもしれないので、やっぱり離れてもらえますか?」
「……気にすることはないですよ。あなたが男と言うことは既に知っているので」
面を食らったように目をあんぐりと開いたのち、アテネはため息を吐きました。
「……ミカが漏らしましたか?」
「いいえ。一年の頃からです」
「なんで!?」
ギョッとした様子でこちらを見るアテネ。
失礼ですね。今ならともかく、当時の私が寝込みを襲うわけがないでしょうに。
「不可抗力だったんですよ? あなた、研究に没頭して風呂に入らず眠ってしまったときがあったでしょう? せめて体を拭いてあげようとしてそのとき……」
「……子供の体って急に眠気が来るんですよ」
まるで大人の体を知っているような語り口ですね。私からすれば、高校生に上がりたてはまだまだ子供だと思いますが。
「なのでこのままで大丈夫です♪」
「いや、だとしてもちょっと……」
やんわりと体を押し上げようとするアテネですが、私はぺたりと全身をくっつけることでささやかな抵抗を示します。
「……もう少しだけ、もう少しだけで良いんです」
「……分かりました。ちょっとだけですよ」
女性と密着しているにも関わらず、彼の心音は平常を保ったままです。
……私も自分の容姿とプロポーションにはそこそこの自信を持っているのですが、全くなびかない様子を見ると少し腹が立ってきますね。幼いころから近い距離で接したせいで、異性として見られていないのでしょうか?
「……先輩?」
「はぁ♡、んっ……ふぁ……♡」
まあ、難しいことは後で考えましょう。
今は彼の胸板に顔を埋め、シャツ越しに濃ゆくなった体臭を堪能することに集中すべきです。
「……どこか体調悪いんですか?」
「ひふっ……♡、い、いえ……大丈夫です……んんっ♡」
「ちょ、何で私の太ももを股で挟んで身じろいでいるんですか!?」
駄目です……この匂いは蠱惑的すぎます。
遺伝子的な相性が良いと、相手の体臭を良い匂いだと感じるそうですが……
その理論で言うと、やはり私とアテネは結婚するべきですね。
「そ、そんなはしたない事するわけないじゃないですかぁ……」
「じゃあ離れてくださいよ!? 何か太もも■れてるんですけど!?」
「嫌ぁ……」
「ふざけんな!? 可愛らしくお願いしても無駄ですよ!?」
全身に迸る心地よい感触に体を火照らせていると、アテネが私の体を引きはがそうと力を込めます。
「スーツを脱いだのは間違いでしたね……♡ どうせ処罰はうけるのですから、今ここで襲ってしまっても大して変わりないでしょう?」
「ちょ、マジで……先輩!」
「私、■■を散らすのはあなた相手だと心に決めていたのです。だから……ね?」
「ね? じゃないですよ! 初めてがこんな場所で良いんですか!?」
陽が沈み冥色に染まりつつある空の下、星空の視線を感じながら■■を散らす……中々ロマンがあっていいじゃないですか!
「ああもう面倒ですね……えい♪」
馬乗りになって洋服を引きちぎると、アテネの細くて色白の上半身が姿を現しました。
それを見ただけで軽く■■してしまったのか、背筋に走る痺れと共に頭がチカチカします。
「はぁ……♡、もう無理ですっ、アテネが悪いんですからね!」
胸の上に唇を乗せると、ジトっとした汗の感触が伝わってきます。
「いやあああああ!? だれか! 誰か……むぐっ!?」
「いただきます♡」
片手で口を塞ぎ、後ろ手でズボンを下ろそうとしたそのときのことでした。
暗くなった空に、突如として一筋の光の柱が通過しました。
『────!!!』
耳をつんざく金属が擦れるような叫び声と共に、遠くで停滞していたヘリキャリアが爆音を立てて地面へと落ちて行きます。
その下を見れば、ヘイローを持った白い蛇のような生命体が首を空へ向けていました。
「大丈夫ですか2人とも!? どうやら騒ぎ過ぎたようです! ビナーがこっちに向かってきて……」
「気絶した子たちが危ないから私達で止めないと! ……って、え?」
騒ぎを聞きつけたホシノとミカが駆け、私たちを見て目を見開いた。
「……なに、してるんですか?」
「いや……これはですね……」
帳尻を合わせようと手元を見るが、アテネは錯乱した様子で目を白黒させ、挙句の果てには涙を流しています。しかも服を破かれて上半身裸の状態で。
そしてその上には口元を押さえ、ズボンに手をかけて下ろそうとしている私。
「……もう一度聞くねフミカ様。……アテちゃんに、一体何をしようとしてたの?」
どうあがいても、言い逃れは出来ない状態でした。
「すー……そうですね……」
銃をこちらに向け、じりじりと近寄って来るミカとホシノ。
私はふと近くに転がっていたリボルバーを手に取り、シリンダーの中身を確認します。
……一発だけですか。まあ十分でしょう。
「動かないでください! 動くと撃ちますよ! いえ、動かなくても撃ちます!」
「そうねホシノちゃん! 蜂の巣にしてあげよ!」
その一発しかない弾を
「もうちょっとだったのにー!!! ばか──っ!」
『!? ────ッ!』
私の全ての怒りを込めた弾丸によって、ビナーと呼ばれた巨大な蛇は悲鳴をあげて逃げていきました。
常に人の先に立っていたアテネにとって、その先を歩いてくれる人はとても貴重な存在だったと思います。
オリキャラではありますが、フミカもブルアカの生徒なので、偉大な先生に習ってこういう形で締めさせていただきました。
次でVOL0は最後です。早く先生との掛け合いを書きたいな。
思った100倍長くなった0章でしたが、本編に入ってもまだまだ続くのでお楽しみに!
高評価、感想、ここ好き頂ける作者のモチベーションになります。モチベは投稿頻度にも露骨に作用するので、面白いと思ったらよろしくお願いします!
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