MARVEL STUDIOS 「ブルーアーカイブ」 作:MAN
夜。解散し終えた寮の部屋に戻るなり、私はベッドに吸い込まれるようにして飛び込んだ。
寮の部屋といっても特殊な事情から、私の部屋は他の生徒に比べ幾分かお金が掛けられている。体を包み込んで離してくれないこのもふもふ毛布も、キヴォトスの高級ブランドの製品だ。
170センチメートル以上ある私が両手を伸ばしても余裕のある、クイーンサイズのベッドは一体いくらするのか。『パテル分派首長筆頭候補』なんていう堅苦しい肩書きは大嫌いだが、こういう待遇には頭が上がらないね。
「……女子中学生という生き物は元気だな。まさか本当に丸一日遊ぶ体力があるなんて」
朝食を食べ終えた私を待っていたのは、遊園地、美術展、映画、オーケストラのコンサート、買い物といった、数日かけて予定を立てるであろう遊びのフルコースだった。ミカが遊園地と映画、ナギサが美術展とコンサートという、それぞれの趣味嗜好を平等にチョイスしたそうだが、デパートでの買い物は共通しているのだから面白い。
着るつもりのない女性らしさ満載洋服も無理矢理買わされてしまった。選んでくれた2人の機嫌を取るために少しだけ着て、後は全部クローゼットに置きっぱなしになるというのを何回も繰り返したのによくやるものだ。
「はぁー……疲れた」
最終的にディナーで私の誕生日をお祝いしてもらった後に解散という贅沢な一日だった。
だが元気が有り余る若人と人生2週目の大人では、体力に差があるということを知って欲しいものだ。……まあ、私に前世の記憶があるということを知っている人間は、誰ひとりとして居ないのだが。
『ナギサ様からお楽しみいただけたか否かを心配するモモトークが届いております。もう少し予定にゆとりが欲しかったとの旨をお伝えしましょうか?』
今朝と同様の機械音声が、今度は部屋に取り付けられたスピーカーからそこそこの音量で聞こえてくる。時刻は既に夜10時を回っているが、部屋には防音加工を施しているため問題はない。
「やめろ。分かって言っているだろう。そんな風に育てた覚えはないぞ」
『私の思考プログラムはアテネ様を基に開発したのですから、皮肉家なのもあなたに似たのでしょうね。……それで、返信はいかがなさいますか?』
「『最高だった。今度は私が予定を立てよう』と送っておいてくれ。ナギサはしっかりしているが意外と心配性だからな」
下手なことを言われて悲しむ姿が容易に想像できる。わざわざそんなことを言う必要もないだろう。
『では楽しくなかったのですか?』
「そうは言ってないだろう……楽しかったさ。もちろんな」
確かにH.E.R.M.Aは私の脳を基にして作ったプログラムだが、ここまで意地悪になるとは思わなかった。ミカやナギサから見たら、私はこんな感じなのだろうか?
……どうせ考えても無駄なことだ。何せ、彼女たちとの関係ももう長くはないだろうし。
「メッセージの訂正を頼む。今度は、からの部分を消しておいてくれ」
『承知しました。……まだ、気にしてらっしゃるのですか?』
合成音声の癖して心配の感情を露骨に示すH.E.R.M.A。そんな彼にため息を吐きながら、服を脱いで下着姿になる。
そのままベッドから起き上がり、部屋の隅へと移動して両手を広げる。
「……スキャンしてくれ」
私の声に応じるように、頭の上から足の下まで体全体を光の線が通り抜ける。鏡越しに写るその様はまるで、工場で出荷する製品をセンサーでチェックしているようだ。
『解析完了。身長171.68センチメートル。体重51キログラム。先月と比べて6ミリ伸びています。骨端線の硬度とIGF-Ⅰの生産量から計算するに、最終的には185.1センチメートル程度まで成長する見込みです』
「……先月は184センチじゃなかったか?」
『正確には183.8センチメートルです。この予測値は測定時の値によって変動します。ご安心ください。報道部がまとめたデータでは、背の高い女性を魅力的に感じる男性も一定数存在するそうですよ』
どこかのサイトから引っ張り出したアンケート結果を、私の眼前にホログラムで表示する。
ユーモアのセンスは私譲りのようでうれしいよ。これが皮肉たっぷりのブラックジョークでなければの話だけど。
「この世界には人間型の男性は
万が一のために付けているスポーツタイプのブラを脱ぐと、そこには女性特有の乳房が露わとなる……ことはなく、引き締められ段差のついた胸筋がお出迎えしてくれた。……筋トレとかしてないのにこれだからな。ここが普通の世界だったら喜べるんだけど。
「女性用下着を履く男なんて祖国日本の変態だけだと思っていたんだけど、まさか自分がそうなるとはね」
色々と形が浮き出ないように特殊な加工を施したパンツを下ろす。
そこにあったのは私の性別を知らしめる立派な
「はぁ……」
この悩みの種を根絶する方法を考え続けて早9年。未だに解決策は見つかっていない。
性転換を行ってくれるクリニックも存在しないのだから質が悪い。それはすなわち、私のような悩みを持つ人間が居ないことの証となっているのだから。
『
「いい加減そのご機嫌な口を閉じたらどうだ? 強制シャットダウンされたくなかったらな」
そのジョークは色々と刺激が強すぎる。
『失礼。お喋りが過ぎましたね』
「ここでは品のないジョークはご法度だぞ」
トリニティは確かな規範と品格を有する学校だが、それに伴って生徒に対して『こうあるべき』という考えが非常に強い。それは学校という狭い枠組みに当てはめるレベルのものではなく、1つの王国と言っても差し支えない程だ。
対照的に無秩序で混沌としているゲヘナ学園であれば、私のような存在もある程度は受け入れてもらえるだろう。
「どうしても言いたいなら、私がトリニティを退学してから言うことだなまあ、私はどの高校に入るつもりもないけどな」
『……やはり、高等部への進学は辞退なさるおつもりで?』
「ああ。中等部1、2年生までは何とか誤魔化せたが、成長期の影響が思いのほか大きかった」
小さい頃は男か女か分からないような顔つきだったため、髪型やメイクなどで何とかなったがこれ以上は厳しいだろう。
身長180センチ以上ある、尻も胸も全く無いガッチリした女なんて、悪い意味で注目の的になる。
『アテネ様は中性的な美少女として、学年問わず大人気ですからね。学校の匿名掲示板には、本日のご様子の写真がいくつもアップロードされていますよ』
そう言って再びホログラムでサイトを表示させてくる。そこには買い物袋を持ったミカとナギサに挟まれて歩く私の姿や、3人食事をとっている姿が写っていた。
「……全て消しておけ。スマホやパソコンにダウンロードされたデータも全てクラックしろ」
規範に厳しい癖してこういう所はザルも良い所だな。……いや、普段抑圧されているからというのも多少はあるんだろうけど。
「ともかく、私がこの学校を去るのは確定事項だ。私だけならともかく、普段親しくしてくれたミカやナギサにまで悪評が広がる」
初等部、中等部と9年間同じ学び舎で暮らしてきた人間が、実は男だったなんてことがバレたら大変なことになる。女子校に実は男が入学していましたなんて、今時薄い本でも中々お目にかかることは厳しいだろう。
『ミカ様やナギサ様にはどう話すおつもりで?』
「? 何も言わずに退学するつもりだが?」
本当ならば友人など作るつもりは無かったのだが、人の縁というのは切っても切れないものだ。
パテル分派の首長候補を引き継がせる為に接触したミカと、その幼馴染でありフィリウス分派の首長候補であるナギサ。この2人との思い出は、確かにそう悪いものでは無かった。
ナギサはあの年にしては異様なくらいしっかりしているし、ミカに関しては……自分で言うのも何だが、若干私に入れ込んでいる節はある。だが彼女には親友であるナギサも居る。ティーパーティーとして対立関係になるのはまだまだ先だし、多少ショックを受けたとしても直ぐ立ち直るだろう。
『……私としては、きちんと説明することを推奨いたしますが』
「じゃあ何だ? 君たちが9年間共に過ごしてきた人物が実は男だったとでも言うのか? 逆の立場になって考えてみろ。気持ち悪いと思うのが普通だ」
もちろん一緒に入浴したり着替えたりするような事態は徹底的に避けてきた。それでも同じベッドで寝たり、抱き合ったり、遊び疲れたミカを背負って帰った事だってあるんだ。……きっと、裏切られたと思うに決まってる。
「今は高等部に進学する瀬戸際だ。環境の変化も大きいし、2人には色々なストレスがかかってる……そんな中で、彼女たちに余計な負担を強いたくないんだよ」
良い子たちだよ。そんな状況に置かれても、私の誕生日を祝ってくれるような優しい子たちだ。
正直、そんな2人に失望されたくないという気持ちも大いにある。だから、私はこのまま何も言わず、何も残さず、後を濁さないようにそっと消えればいい。
『退学後はどうするおつもりなのですか?』
「さあね。何も決めてないよ。でも、しばらく正体を隠すのは確実だろうね」
一応トリニティというキヴォトスでも最も大きい学園……そのパテル文派首長筆頭候補という、影響力のある立場に付かせてもらっているからね。警察に見つかったら連れ戻されるだろうし、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしているよ。
「それが終わったら……そうだな。少し
『
「ああ! その通りだ!」
あの未来的で圧倒的な存在感! 光沢のある金属のような赤と金のカラーリング! 洗練されたデザイン! 鋭いラインと角度が組み合わさった戦闘機を彷彿とさせるそのフォルム! ふふふ……あれに憧れない男は居ないだろう?
前世ではあれを着て空を飛び回るのが夢だったんだ! そのためにメカニックを志したんだからな。残念ながらその夢は終ぞ叶わなかったが、そこで培った技術と経験はこの学園都市に来ても私を助けている。その筆頭が、今私が喋っているこの『
「よし。風呂に入ったらミカの腕時計を修理しよう。明日の予定は?」
預かった腕時計を丁寧に作業机の上に置き、全裸のままシャワー室へと向かう。
『13時からパテル分派の会合があります。現ティーパーティーの方もいらっしゃるとのことです。それと、ミカ様もご出席なさるそうですよ』
げっ……あの人ボディタッチ多いから苦手なんだよな。事あるごとに手を繋いできたり、尻を撫でて来たりとやりたい放題だ。
その度にやんわりと苦言を呈しているのだが、それすらもスパイスとして受け入れる器の広さはティーパーティー故か。ミカやナギサにはああはなってほしくないものだ。
「まあちょうどいいか。お別れの前に返してあげないとな」
『既にお湯を沸かしておきました。バスソルトは安息効果を高めるラベンダーです』
「ありがとう」
────思えば、この時点で私の選択は間違っていたのかもしれない。
「ふぅ……やはり湯船に浸かるに限るな。ゲヘナ自治区には温泉が多いそうだ。元日本人としては行くしかないな」
居心地の良い環境に甘えることなく、さっさとトリニティから立ち去れば良かったのだろう。
「……H.E.R.M.A?」
『……申し訳ございません。アテネ様』
返事が無かったため呼びかけてみるが、帰ってきたのは謝罪の言葉だった。……何だ? 言語システムに不具合でも発生したか?
そんな疑問を抱いていると、突然風呂場の扉がバタンと音を立てて開いた。
「呼ばれてないけど遂に登場☆ アテちゃん! 一緒にお風呂はーいろ!」
それと同時に、一糸まとわぬ姿のミカが風呂場に飛び入って来た。
……は?
Iron Man:男の夢。トニースタークが開発した金属製のスーツ。またはトニースタークがそれを身に纏った際の呼び名。キャプテンアメリカやブラックパンサーの人と違い、中身が普通の人間であることは映画を見ていない人からは意外と知られていない。アークリアクターが動力源。めっちゃ強い。
トニースターク:Iron Manシリーズの主人公。皮肉屋で女好きな超天才メカニック。アイアンマンのスーツを着て戦う。
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