初恋ゴースト空を飛ぶ   作:スイーツ阿修羅

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「崖っぷちにて」

 

 新幹線からバスに乗り換えて、目的のバス停で降車した。

 懐かしい景色だ。僕は泣きそうになった。

 夕方5時。空は茜色に染まり、赤とんぼの影が田んぼを飛び交う。

 

 僕が小学3年生の頃まで暮らしていた街。昔とほとんど変わらなかった。6年前と記憶が重なり、新鮮な色で上書きされる。

 

 死ぬ前に一度この景色が見たかった。

 みはな保育所、佐見第一小学校、お爺ちゃんの家、カブトムシの出る森、ザリガニ池、山の上の秘密基地……

 最後に、目に焼き付けたかたった。

 

 虫の鳴く道路を、長く長く歩いていくと、山の中腹に古い神社が見えた。

 あの辺りに、僕たちの家があった。

 学校から帰ったあと日が沈むまで、三人で一緒に山を走り回っていた。

 穂風千夏(ほかぜちなつ)ちゃんと七河明美(ななかわあけみ)ちゃん、

 近所に住む二人の幼馴染と、田んぼのあぜ道を駆け回った記憶が……景色に重なって蘇ってくる。

 ここはまるで天国だった。

 あの引っ越しがなかったら、僕にも明るい未来があったのだろうか……?

 

 少し想像して、僕はすぐに首を振った。

 穂風千夏(ほかげちなつ)ちゃんと七河明美(ななかわあけみ)ちゃん、可愛い女の子二人と仲が良かったのは、ただ家が近かったからだけだ。

 僕が特別なんじゃない。

 

 僕の人生の絶頂期は幼稚園児の頃だった。

 それから大人になるにつれて、僕はだんだん生きるのが苦しくなっていった。

 女の子たちが嘘をつくようになって、僕たちも自分を飾るようになって、人間関係がどんどんと複雑に難しくなっていった。

 

 あの二人は今、どうしているだろうか?

 あの頃と変わらず、純粋な女の子のままだろうか?

 

 ……いいや、もうどうだっていい。

 

 もう過去には戻れない。

 いまさらやり直すことは出来ない。

 

 石階段をコツコツと、山道を登っていく。

 目的地は、立入禁止になっている展望台である。

 崖を見下ろす昔の絶景スポットである。巷では自殺スポットとして有名だった。

 

 僕は人生の最後に、あの崖から飛び降りること決めた。

 小さな頃から空を飛んでみたかったのだ。

 そのまま、誰の手も届かない遠くへ行ってしまいたかった。

 

 やがて日は沈み、辺りは漆黒に包まれた。

 僕はスマホの明かりを頼りに石段を登り続けた。

 街明かりのない山道の闇は、東京の夜とは比べ物にならない。

 

 ふと見上げれば、夜空一面が宝石をばら撒いたように無数の星々に囲まれた。

 天の川銀河が空を二つに分割し、少し欠けた月が東の空に浮かんでいた。

 

 最高のシュチュエーションだ。

 秋の夜風に頬を触られながら、僕は崖へと辿り着いた。

 広がる絶景、飛び交う蛍と満点の星空。

 まるで、地球に溶けて一体となっていくような感覚だった。

 

「あぁ……」

 

 僕は涙を流していた。

 これほど素晴らしい景色に見送られるならば、ここで死ぬのも悪くない。

 やっと解放されるんだ。

 あの崖の向こうでは、もう何も悩まなくていい、何も苦しまなくて良い、真の自由が待っているんだ。

 

「誰っ!?」

 

 ………っっ!?

 

 前方から声がした。

 僕は驚いて心臓が飛び出しそうになった。

 腰が砕けて尻もちをつく。

 女の子の声だった。

 慌てて引き攣った顔を上げると、目の前には白いドレスを着た裸足の女性が立っていた。

 

「………ひ、ひぃぃ、お化けぇぇ……」

 

 僕は恐怖で全身が痙攣していた。

 逃げようにも逃げられない。

 まともな大声すら出せない、掠れたような情けない声を漏らすことしかできない。

 そういえば聞いたことがある。この崖で昔自殺した幽霊、心霊スポットとしても有名だったじゃないか!

 

「……邪魔せんで! 止めようとしたって無駄じゃけぇ! うちは本気なんや!」

 

 切羽詰まったような可愛いらしい方言。

 僕はその声色にどこか引っかかるところがあって、スマホの光を幽霊にあてた。

 

「……やっ!」

 

 眩しさに目を細める幽霊。

 その顔には見覚えがあった。

 背も伸びて、顔立ちも大人びているけど間違いない。

 

千夏(ちなつ)ちゃん……? 穂風千夏(ほかぜちなつ)なのか……?」

 

 見間違えるはずがない。

 いま目の前で怯んでいるのは、僕の初恋の女の子、穂風千夏(ほかぜちなつ)に違いなかった。

 

「だ、だれ!?……なしてうちの名前をしっとるん……?」

 

「僕は、森下彰(もりしたあきら)だ。覚えてるか?

 小学校3年生まで同級生で、よく一緒に遊んでいた男子だ……」

 

(あきら)くん……? 嘘……嘘や……なして(あきら)くんがここにおるん……?」

 

 千夏(ちなつ)は崩れ落ちるように土に膝を突き、目を泳がせて動転していた。

 

「…………僕は、この崖から飛び降りに来たんだが、

 まさか、千夏(ちなつ)もそうなのか……?」

 

 半信半疑で問いかけた。

 思い出と記憶が、目の前の現実を否定していた。

 あんなに明るくて、クラスの人気者で、自殺とは無縁そうな女の子だったのに……どうして?

 

「……まぁ……そーじゃね。うん…… うちもここから飛び降りに来たけん……」

 

 穂風千夏(ほかぜちなつ)はバツが悪そうに、痛々しいほど歪んだ泣き顔を僕に向けた。

 千夏のこんな表情なんて、僕の記憶に存在しない。

 千夏は半歩僕に近づいて、震える両手で僕の手を握りしめた。

 

「……ねぇ、(あきら)くん、うちと一緒に、この世界から逃げようよ?」

 

 涙をぽろぽろと流しながら、震える唇とぎこちない笑顔で彼女は言った。

 

 僕の全身に鳥肌がたっていた。

 

「……そう、だね……一緒に……」

 

 大きくなって再会した千夏は凄く美人で、その表情は痛々しくて、

 この世界から逃げる、その甘美な響きに心を震わせながら、

 でも……本当に、これで……

 僕はどこか、かすかな違和感を感じていた。

 もっと……別の道が……

 

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