初恋ゴースト空を飛ぶ   作:スイーツ阿修羅

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「夕焼けの約束」

 

 あれから二週間が経った。

 僕は大学病院で、車椅子生活を送っていた。

 

「お金のことはぜんぜん心配せんでええからね。保険金も降りるし、怪我の経過も順調や……」

 

 お母さんに車椅子を押されながら、僕の車椅子は夕方の病院の中庭を進んでいた。

 

「……焦らんでええからね。少しづつでえぇ。今大事なんはゆっくり休むことや……」

 

「うん……」

 

 母さんの優しさに、僕は力なく答えた。

 

「欲しいものや食べたいものがあったら、遠慮なんかいらん。お母ちゃんが買うてくるからな」

 

「……分かってる、うん」

 

 何も欲しくない。

 何を食べても、何を手に入れても、虚しいだけじゃないか。

 結局、ただのモノなんだから。楽しいのは一瞬だけだ。

 その後、地獄みたいな絶望と虚しさが襲ってくる。

 

 どうして、どうして僕はこんなにも愛されているのに、恵まれているのに、

 手足もよく動く、戦争時代に生まれたわけでもない、虐められてるわけでもない、

 なのにどうして、僕はこんなにも不幸なんだろう。

 

「ありがとう、お母さん。……僕は、絶対にもう自殺だけはしないから……

 辛いことや苦しいことが、これから沢山あると思うけどさ。

 生き続けるよ……」

 

 母さんのために……という言葉は、喉の奥にしまい込んだ。

 母さんを悲しませないため、母さんが幸せであるために、僕は生き続けるのだ、どれだけ苦しい地獄の人生だとしても。

 自分の心の中をどれだけ探しても、生きる理由は見つからなかったから、

 僕は生きる意味を恩人の中に見つけて、かろうじてこの現実に留まることを決意できた。

 

「……うん、うん、ありがとうねぇ(あきら)っ……!」

 

 母さんはまた、ぐすぐすと涙を流して、僕の身体を抱きしめてくれる。

 暖かくて、優しくて、

 でもそれは身体の表面でしかなかった。

 僕の身体のなかに、母さんの熱は入ってこない。

 僕の冷え切った心には、母さんの熱は届いてはくれない。

 

「……あ、(あきら)くんにお母さん! もう車椅子で歩けるようになったんじゃね!」

 

 ふと、前の方から聞き覚えのある声がした。

 病院の駐車場の方から、手提げを持って手を振る半袖スカートの女の子は、僕の幼馴染のうちの一人、七河明美(ななかわあけみ)であった。

 

 夕刻の斜陽も相まって、彼女の茶髪や肌はオレンジ色に火照って見えて、僕は目を奪われてしまった。

 

「あら、明美(あけみ)ちゃん。またお見舞いに来てくれたんか?」

 

「はい! 買い物ついでに寄ったんです! (あきら)くんも元気になってきとるようで、うちも安心しました!

 こんばんわ、やっほー(あきら)くん!」

 

 方言まじりの丁寧語で、明美(あけみ)は僕らに駆け寄ってきた。

 

「……あぁ、こんばんわ」

 

 僕は面食らいながら、そう言った。

 七河明美(ななかわあけみ)は、あれから何度か僕のお見舞いに来てくれる。

 しかし僕は、この明美(あけみ)が苦手で仕方なかった。

 

 ぐいぐい来る、天真爛漫で笑顔の絶えない女の子。

 こんな女の子を僕は知らない。

 

 僕が知っている6年前の明美(あけみ)ちゃんは、怖がりで口数が少なく、引っ込み思案な女の子だったハズだ。

 手先は器用で、裁縫やモノづくりが大好きで、妙なところが抜けていて。ふと柔らかに微笑む横顔が素敵な女の子だったハズだ。

 

 いま目の前にいる七河明美(ななかわあけみ)は、まるで別人みたいな笑い方をしている。

 

「そうや(あきら)くん! 来週の土曜に”みはな”の夏祭りがあるんは知っとる?

 夏祭り()うてもド田舎じゃけん、都会のもんと比べるとはずかしいけんど、良かったら、うちと一緒に行かん?」

 

「は? 夏祭り」

 

「うん。中学卒業して、みーんな遠くへ出ていってしもうたけぇ、ここら辺に同級生は、うちぐらいしか残っとらんのよ。遊ぶ人もおらんし、もう寂しゅうて寂しゅうて」

 

 そうか、僕らの近所には高校がなかった。

 ほとんどが廃校になってしまい。かろうじて残ったのはヤンキーだらけの底辺校が一つ。

 なのでこのあたりでは、中学卒業したら都会へ出て、一人暮らししながら高校に通うのが一般的だった記憶がある。

 

「そういえば、明美(あけみ)はどの高校に通ってるんだ?」

 

 まさかあの底辺校じゃあるまい。明美は僕らの中で群を抜いて成績もよく、賢かったはずだ。

 

「あぁ、うちは高校に行っとらんよ。家の手伝いで忙しいけぇの」

 

「えぇ!?」

 

 僕はびっくり仰天した。

 

明美(あけみ)の家って……えぇと、鳴神神社だよな? 神主の跡継ぎみたいな話か?」

 

「神主やのぉて巫女やね、正確には。うちは神社の娘として、大昔から続いとる儀式や伝統を守らんといけんのんよ」

 

明美(あけみ)は……それで良いのか? 血筋や親に決められた人生を歩んで、明美は本当に幸せなのか?」

 

 僕はたまらず明美(あけみ)に訊いた。

 

「うん、もちろん、幸せだよ。巫女の仕事はみんなを幸せにする仕事じゃけん!

 それに安心せぇ! うちだって通信高校で、ちゃんと授業は受け取るけぇ! バカな女にはなっとらんよ!」

 

「そ、そうか。なら良いんだ」

 

 僕には全く理解出来なかった。

 神社の娘。伝統の継承、跡継ぎ……

 そんなの、誰かに人生を決定づけられて、まるで自由がないじゃないか。

 僕だったら、そんな不自由、どうしても耐えられない。

 僕は、自由になりたい。この苦しみから解放されて、何でも思い通りになる自由な存在に。

 でも、どうして不自由はずの明美(あけみ)は、こんなに満足そうな笑顔をしているのだろうか?

 どうして、自由になろうと死にものぐるいで努力している僕は、こんなにも笑顔がぎこちないのだろうか?

 

明美(あけみ)ちゃん。申し訳ないけど。(あきら)とおばさんは今週の金曜には東京に帰ることになっとるんよ」

 

 お母さんが口を開いた。

 

「仕事をいつまでも休む訳にもいかんし。彰も動けるようになってきたけぇ、あとは東京の病院で診てもらうことになっとってなぁ。ごめんねぇ……」

 

「そうですか……私、無理言ってごめんなさい」

 

 お母さんがそんな説明をして、七河明美(ななかわあけみ)は声色を落とした。

 二つの拳をスカートの後ろでキュッと握って、かかとを寄せて、茶髪を揺らして唇を噛んだ。

 あぁ、これだ。この表情だ。

 かけっこ競争に負けたとき、大人たちに叱られたとき、足元のバッタを踏んづけて殺してしまったとき……

 七河明美(ななかわあけみ)は、そんなしぐさをする癖があった。

 悲しいとき、不満があるとき、自分の感情を隠しながらも微かな抵抗を見せるように、

 あぁ、やっぱり、変わっていないじゃないか。

 高校生で巫女になった七河明美(ななかわあけみ)は、やっぱり僕の知っている明美(あけみ)ちゃんに違いなかった。

 

「行きたい。明美(あけみ)と夏祭りに行きたい」

 

 僕は、はっきりと口に出した。

 

 明美(あけみ)の身体がピクッと震えて、ぱちくりと開いた目が僕を見つめてきた。

 隣を見れば、お母さんも同じように驚いた顔で僕をみていた。 

 

「え? でも、東京に帰るんじゃ……?」

 

 不思議そうに首を傾げながら、僕と母さんの間をキョロキョロする明美(あけみ)

 

(あきら)っ……!!」

 

 次の瞬間、僕は母さんに思い切り抱きつかれた。

 

「え……? なに……?」

 

 僕は訳が分からず、困惑したまま母さんを見た。

 

「それでえぇ。それでえぇんよ。あんたはもっとわがままを言いんさいっ!! 

 ありがとう……ありがとうねぇ明美ちゃんっ……!!

 さっきのは前言撤回や! 彰は夏祭りに必ず連れていくけぇ、明美(あけみ)ちゃんもそのつもりで待っといてや!

 彰、やっぱりやめたはナシやからね? 男に二言はないんやろ?」

 

「あ、当たり前だろ。バカにするな……」

 

 僕は口元がニヤけそうになるのを抑えながら、至極平静な声で答えた。

 

「そっか、そーか! 良かったぁ!

 うち、楽しみに待っとるけぇ。(あきら)くんもお洒落して来んさいね!

 そや、連絡先交換しようや。うちももうすぐ帰らんといけんけぇ」

 

「うん。僕も、楽しみにしてる」

 

 そう言って僕と明美(あけみ)は、QRコードで読み込んで、互いの連絡先を交換した。

 それから昔話を少し挟んで、明美はお見上げのブドウを置いて、バスに乗って家に帰っていった。

 

「……なぁ(あきら)? どうして急に夏祭りなんかに行く気になったんや?」

 

 お母さんが、日の沈んだ病院玄関で訊いてきた。

 

「分からない……けど、

 行きたくない気持ちが、なかったんだ……」

 

 僕は、ありのままの本心を話した。

 僕はこの半年ずっと、何をやるにしても辛くて苦しくて、やる気なんて起きなかった。

 何をしても楽しくない。今まで好きだったアニメも食べ物も遊園地も、ただ虚しくて疲れるだけの場所になっていた。

 もう何もしたくなかったのだ。

 何をするにも抵抗を感じていた。ご飯を食べるのやトイレに行くのさえ地獄のように面倒くさかった。

 できることなら、全ての欲求から解放されて、死して無に帰したい。

 そう願っていたのだから。

 

 でも、"明美(あけみ)から夏祭りの誘い"だけはなぜか、抵抗感や嫌悪感を感じなかった。

 特別行きたいと思った訳じゃないけど、行きたくないとも思わなかった。

 だからこそ僕は、行かなきゃいけないと思った。

 行って確かめないといけない。

 

「ひょっとすると、取り戻せるのかと思ったのかもしれない。

 あの頃みたいな、毎日が刺激的で幸せな日々を……」

 

 僕はそう呟きながら、明美(あけみ)千夏(ちなつ)と、三人で過ごした子どもの頃を思い出していた。

 もちろん楽しいことばかりじゃなかった。

 保育所の先生は厳しくて、お爺ちゃんも厳しくて、毎日毎日泣いていたと思う。

 でも、鮮やかだった。今思えば幸せだった。

 

 今日の明美(あけみ)のしぐさに感じた。六年前の明美(あけみ)ちゃん。

 彼女と触れあえば、僕はもう少し幸せの意味に近づけるんじゃないかって、思ったんだ。

 

「そう……取り戻せるといいね。……お母さんは何だって協力するからね……」

 

 お母さんは優しい言葉で、僕の手を握ってくれた。

 今度は内側まであたたかかった。

 ぼくは、なんとはなしに、つぶやいた。

 

「ありがとう……」

 

 その言葉は、けっしてお母さんのための作った偽りの言葉なんかじゃなくて、僕の本心が僕自身のために漏らした感謝の言葉だったように思う。

 

 ありがとう明美(あけみ)さん。ありがとうお母さん。

 僕は、自分に誓った約束だけは、死んでも守り抜く人間だから……

 

 夏祭りが終わるまでは、絶対に絶対に自殺なんてしない。

 それだけは、神に誓って約束できた。

 

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