初恋ゴースト空を飛ぶ   作:スイーツ阿修羅

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「朝ごはんと第一歩」

 

 今日は早くに目が覚めた。

 目を開けても部屋の中は真っ暗で、まだ日の出前の夜中であった。

 思わず枕元からスマートフォンを探り当てる。電源ボタンを押すとロック画面には[02:23]の文字列があった。

 

(まじ?)

 

 普段ならまだ眠っていない時刻に、思わず眉を潜めながら、ロック画面を解除する。

 何気なくyoutu◯uを開こうとした時、そこには見覚えのない[ブロック中]の文字があった。

 

(え? あ、そうだった)

 

 そういえば昨日の夜、明美に薦められて、エンタメアプリを24時間制限していたのだった。

 ロックアプリを調べると残り時間は[18:09:49]、18時間と少しであった。

 

 僕はスマホを閉じて、真っ暗な天井をぼんやりと眺めた。

 そうか。

 今までの僕は、布団に入ってから、眠気が限界を迎えるまでスマホを眺めていたけれど、

 昨日の夜、スマホのエンタメを封印した僕は、寝る時にほとんどスマホを見なかった。

 

 こんな風に天井が眺めて、スマホを封印した自分を憎みながら、暇と眠気に抗えず早く眠りについたのだった。

 

 でも今は、この暇な時間が心地良い。

 スマホの呪縛から解放された僕は、達成感と充実感を感じていた。

 さすがに、もう一度寝たほうが良いよな……

 一度トイレに行って来よう。

 

 いつもの朝なら、トイレに行こうと思ってから実際に立ち上がるまで10分から30分、ひどい時はもっと長く、布団の中で自分の身体のダルさと戦う時間が必要だったのに。

 今日の朝は、思ったそばから起き上がれた。

 もちろん身体のダルさが完全に無くなった訳じゃない。でもいつもより身体が軽かった。

 

「やはり、元凶はお前(スマホ)だったのか……」

 

 予想した通り、僕の元気を吸い取っていたのはスマホだった。

 そんな結論を一人つぶやいて、僕はトイレまでの廊下を歩いた。

 

 

 

 午前七時頃、本日二度目の朝が来た。

 僕はまた性懲りもなく、無意識にスマートフォンへと手を伸ばしてしまう。

 [ブロック中]

 その文字を見て諦めたように、スマホを握った右腕をだらんと床に下ろすのだった。

 

「暇だ……」

 

 しばらく朝日が差し込む自室の天井を眺めても、面白いことは降って来ない。

 普段ならこの時間はまだ寝ている時間だった。

 午前9時過ぎぐらいに目が覚めて、しばらく起き上がれずスマホを眺めて過ごすしかなくて。

 どうしてもトイレに行きたくなって、お腹が空いて、

 自室の扉を開けると、目の前の廊下にお母さんが作ってくれた朝ごはんの作り置きがあるので、それを自室に持ち込んで食べるのだった。

 

(トイレに行きたい)

 

 午前7時半、僕は何とか立ち上がった。

 フラフラした足取りで、何も持たずに、僕は自室の扉へと向かった。

 普段はスマホを持ってトイレに行くけど、いま僕のスマホでは面白いものが見れないのである。

 

 ギギギと扉を開けていくと、向こう側から「あっ」と驚く声がした。

 顔を上げてみれば、目の前にはお母さんが居た。

 両手に湯気立つ朝ごはんのお盆を持って、今まさに扉の横にそれを置こうとしていた所だった。

 

「……彰、こんな時間にどしたの?」

「母さん」

 

 こんなに温かい状態の朝ごはんを、僕は久しぶりに見た気がする。

 

 半年前、勉強や友人関係を取り憑かれたように頑張っていた頃……

 あの頃の僕は、母さんの助けになりたくて限界を超えて努力して、毎日が苦しくて堪らなかった、

 お母さんの朝ごはんの温かさなんて、気に止める余裕なんて無かった。

 

 むしろあの頃の僕は、母さんが作り置きしてくれる朝ごはんを見て焦っていたのだ。

 母さんが早起きして僕のために作ってくれたのだ。

 僕も頑張らなくちゃいけないなって。

 

「今日は少し早く目が覚めたんだ」

 

「そう。おはよう彰」

 

 母さんは早起きした僕を見て嬉しそうに言った。

 

「うん、おはよう…… 

 朝ごはん、いつも作ってくれてありがとう」

 

 僕は恥ずかしいのを我慢して母さんに感謝を告げた。

 口に出して言わないと気持ちは伝わらないって、最近強く思ってる。

 想いの籠もった言葉や文章には人の魂を震わせる力があると思う。

 現に僕は、千夏や母さんや明美の言葉のお陰で自殺願望を踏みとどまり、午前7時半の今日ここに立っているのだ。

 

「彰も、そういってくれてありがとうねぇ。最近彰が元気になって、母さん涙が出るほど嬉しいんよ」

 

 母さんはくしゃりと顔を歪ませて、泣き出しそうに僕に言った。

 最近の母さんは僕に「頑張ったね」ではなく「ありがとう」と言ってくれる。

 

「母さんは、今から仕事だよね?」

 

「うん、介護の仕事にいかないと」

 

「気をつけてね。いってらっしゃい」

 

「うん、行ってくるね。彰」

 

 僕は両手を伸ばして、母さんから朝ごはんの乗ったお盆を受けとった。

 白いご飯に温かい味噌汁、大きなお皿には焼き立ての生姜焼きと千切り野菜のサラダが盛られていて、お茶の入った750mlのペットボトルが付いている。

 

 母さんを見送ってから、僕は机の上に溜まった小物をどかして、朝ご飯を並べた。

 ふと顔をあげて、カーテンと窓を開け放つと、チチチチと鳥が鳴く声と共にちょうどよい朝の風が流れ込んできた。

 そうだ、エアコンを消さないと……

 

 箸を握り、僕は生姜焼きに口を付けた。

 前歯で齧って切り取ると、口の中に焼きたての肉汁の味がじわりと広がっていった。

 ……熱い……

 母さんのご飯は、こんなに美味しかったのかって、今更ながらびっくりした。

 学校行ってる頃はこの味が当たり前で、ありがたいと思えるほど心の余裕は無かったし、

 不登校になってからは昼夜逆転して、いざ食べる頃にはいつも冷めきったご飯だった。

 

「……美味しい。……いただきます」

 

 僕は、いただきますという言葉を、数年ぶりに口にした。

 小学生の頃には毎日のように言っていた言葉、いつの間にか全く言わなくなっていた。

 

 噛み砕いていくたびに、お味噌汁を啜るたびに、僕の身体が熱くなって、ふつふつと元気が湧いてくるのが分かった。

 ポツン、ポツン

 と、二つの雫が机上に落ちた。

 あぁ、最近涙もろいな……

 気づけば僕の視界は涙でいっぱいになって、ぽつんぽつんと机の上に雨を降らせていた。

 

 あぁ、朝ごはんってこんなに美味しかったんだ、って。

 僕を応援してくれている母さんの想いが、伝わって来ている気がした。

 

 うん。このご飯なら、頑張れる。

 僕は、頑張って、普通の人みたいになるよ。

 

 今日の早起きはその第一歩だ。

 小さな部屋のなか、他の誰かにとっては大したことないかもしれないけれど、

 僕にとっては大いなる第一歩だった。

 

 僕はここから歩いていくんだ。

 この世界で幸せを見つけるために。

 千夏の命の分も含めて、せめて行けるところまでは、しぶとく生きてやろうと思うのだ。

 

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