一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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第一章 デビュー編
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 数ヶ月前に潰れたライブハウスに、久しぶりに灯が灯された。巨大なスピーカーから流れる音楽は低音が体の芯を通り抜ける。賑わいを見せる客の熱は、時間が経つと共に一層の熱気を帯びていく。客層は年齢層が高め。妙齢の女性もいるが大半は脂の乗った男性が多かった。ただ共通しているのは、彼らの身につける衣類や装飾品が誰もが知る有名ブランドであることだろうか。テレビでよく見かける顔も探せばちらほらあった。

 

 誰かが声を上げると歓声が上がった。

 

 観衆が作り出した道を一人の男が堂々とした足取りで入場してくる。一九〇センチを超える身長、練り上げられた肉体は一〇〇キロを超えるMMAでランキング上位に名を連ねる強者だ。堂にいった彼の先には今日の対戦相手がゆっくりと入場をしていた。

 

 まだ若い。二十歳になるかそこらだろう。身長も一八〇センチに届くかどうか、体重はどれだけ多く見積もっても九〇キロはいかない。階級の差は歴然だ。 

 

 両雄が相対せば、会場のボルテージは最高潮に達する。

 

 リングはない。強いて言えば、観客によって囲われた範囲がそうだろうか。審判がいることで最低限試合だと言うことを認識できる。

 

 これから行われるのは、決して陽を見ることない闇試合。

 

 声援や野次の中に混ざって聞こえる数字は、どちらの獣が勝つかの賭け金。とはいえ、あくまでそれは第三者達の娯楽。試合の勝社に与えられるはドームでのライブ開催権。

 

「準備は良いな? かまえてェェッ」

 

 審判が合図をすると、静寂が訪れた。両名がそれぞれの構えを取ることを見届けると、審判は開始の合図を送る。

 

 いくら自分に掛けられたか、試合に何が賭けられてるか。闘う二匹の獣にとってはさほど意味はない。よりどちらが優れた雄か、己が最強であることを証明するために闘うのだ。

 

「はじめェッ!!」

 

 

 

 

 

 

「私スカウトされたんだー」

 

 俺の横に座る少女、星野アイはテレビを見ながらまるで大したことのないようにぽろっと溢した。

 

「すげーじゃん。モデル?」

 

「んーん、アイドル。笑っちゃうよね」

 

 お互いにテレビをぼんやりと眺めながら会話を続ける。

 

「そうか? 似合ってると思うけど」

 

 艶やかな黒髪に吸い込まれそうな大きな瞳、顔立ちも十二分に整っている彼女の容姿は贔屓目抜きにしても優れていた。アイドル業界に関しては詳しくなくとも、彼女が歌って踊る姿はさぞ映えるだろう事は容易に想像できる。

 

「ケイだって知ってるじゃん。私は愛がわかんない。人だってそんなに好きじゃないのに、そんな私がアイドルになって、ファンの前で愛してるー!って言うんだよ」

 

「やりたくないなら断ったら?」

 

 無理強いされたわけでもないだろう。生半可な気持ちで始めれば後悔するのは目に見えているし、嫌々やっている彼女の姿は見たくない。

 

 テレビのチャンネルが忙しなく変わる。決して大家族ではない。親戚の集まりでもない。両親もいない、身寄りのない子供達が養護されている施設の中で限られた娯楽を取り合っているだけだ。

 

「やりたくない、わけじゃないの」

 

 ただね、と付け加えながら彼女は姿勢を変えてソファの上で両膝を抱えた。そのまま傾き、俺の肩に頭を乗せた。

 

 一口に親がいないといっても、理由は様々だ。死別したケースもあれば、捨てられたケースもある。俺の場合は母親が病死した数年後、クズの父親が他に女を作って俺を置いて出て行った。小学校から帰った際にメモ帳に一言好きに生きろと書いてあったのは記憶に新しい。初めこそ悲しくて泣きもしたが、今となっては怒りしか沸いてこない。大きくなってからもし見つけたら一発ぶん殴ると決めている。

 

「スカウトしてくれた佐藤さんがね、嘘でも愛してるって言って良いって、その内嘘が本当になるかもしれないって言ってくれたんだ」

 

 彼女が施設に来たのは、俺が世話になり始めてから少し後のことだった。少し不安そうに自己紹介をした彼女を施設は歓迎した。男の子達は、可愛い女の子が入ってきて嬉しい。年代関係なく単純なものだ。女の子側は少し複雑で、素直に喜ぶ子もいれば上部だけの子もいた。小学校高学年にもなれば彼女の容姿に嫉妬を覚える子もいたのだろう。

 

 初めの熱気は徐々に冷めていった。理由は色々あるのだろうが、一番は彼女が他人の名前を覚えられないことだろう。本人は苦手と言っているが、わざと間違えているのではないかと思うほどよく間違える。いかに可愛くとも、それが何度も続けば人は離れていった。

 

「だから、ちょっとやってみても良いかな、って思ったんだよね」

 

「アイがやってみたいなら俺は応援するよ」

 

 アイの側にいるのは一人になった彼女が可哀想だと思ったからではない。

 

 なんて事はない。周りが名前を間違われている中でちゃんと呼んでくれた、と言うこともあるが、

 

「ありがと! デビューしたらちゃんと見に来てよね!」

 

 初めまして星野アイですーーー

 よろしくね、ケイ君ーーー

 

 結局のところ、出会ったその瞬間から俺は惚れていたのだ。格好もつけたくなるし、少しでも仲良くなりたくもなる。

 

「行くからチケットと特等席用意しといてくれよ」

 

「そこはちゃんと買って欲しいなー」

 

 どう思われているかはわからない。少なくともこうして日々過ごしている以上、悪く思われてはいないだろう。肩越しに伝わる彼女の体温が少し温かくなったように感じるのも、きっと思い込みではないはずだ。

 

「ファン一号にそれくらいサービスしてくれても良いだろ?」

 

「ファン一号……そっかそっか、ファン一号かー」

 

 相変わらず顔は見えないが、言葉を噛み締めるかのような彼女はつぶやいた。体を起こすと、ソファに膝をつけてこちらを見る。俺もテレビから視線を外して彼女に向ければ、ニヤついた彼女の顔がそこにはあった。

 

「じゃあ仕方ないから、特別に私が用意してあげるね!」

 

「楽しみにしてるよ」

 

 目標を見つけたからか、アイの表情にはいつもより光があった。

 

「そういやアイドルやるってことは練習とかするんだろ? 事務所かどこかでやんの?」

 

「知らなーい。とりあえず考えといてくれ、しか言われなかったし」

 

「それで良いのか…」

 

「さあ? 大丈夫でしょ、ここより広いところで、きっとこんな感じでーーー」

 

 ソファから降りて立ちあがると、その場でくるりと回る。いつかの歌番組でみたアイドルの振り付けを真似たのだろうか、不恰好ではあるがどうにも惹きつけられる。基礎がなっていないためか、アイの体が傾いた。

 

「おっとっとーーーありがと」

 

 倒れかかったアイを支える。小柄な彼女は体も軽く、もっと簡単に止められたのかもしれないが、咄嗟のことで後ろからハグするかのようになってしまった。

 

「えへへ、失敗しちゃった。やっぱり練習しないとダメだね」

 

 自分の顔が熱くなっていくのがわかる。この密着はまずい。同じシャンプーを使っているはずなのに、良い匂いさえする気がした。

 

「あー、えっと、踊りのことはよくわかんねえけど、最初の立ち方かも」

 

 バレる前に離れると、指摘される前に話題を変える。

 

「立ち方?」

 

「そう。気を付けして立ってみて。ーーーうん、アイはまだ骨で立ててないな」

 

「なにそれ、普通に立つのと違うの?」

 

 俺も教わるまでは聞いたこともなかった言葉だ。普段何気なく立っている時でも人は姿勢に差が出てくる。正しい姿勢ができている人は意外と少ないらしい。

 

「なんて言えば良いかな…重心って本来頭から一直線に地面に行くのが理想なんだけど、アイの立ち方だと少し前に倒れてるんだよね。その分筋肉で支えてるから、今みたいに急に回ったりすると安定しないんだよ。体重かける位置をもう少し少し踵よりにしてみて」

 

 アイは言われたとおりに修正を試みる。三回目の修正で、アイから何かに気づいたような声が出た。

 

「んー、なんか楽、かも?」

 

「その感覚を覚えておいた方が良いよ、軸が安定するから回ってもさっきみたいにぐらつくことがなくなると思う」

 

 確かめるためにアイが再びその場で回ってみた。安定した軸はまるでコマが回るように綺麗な回転を産んだ。長い髪が綺麗な軌跡をつくり、実に様になっていた。

 

「良いじゃん。っぽく見えるよ」

 

「ありがと!」

 

 俺が理解して実施できるのにはもっと時間がかかった。こんな短期間でできてしまったことに少し複雑ではあるが、笑顔が見れたのであれば良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 アイがスカウトを受けてからしばらく、レッスンに追われて忙しそうだった。彼女をスカウトした佐藤さんが、彼女の身元引受人になるべく必要な手続きをしているようで、何度か施設に顔を出しに来ていた。直接聞いた訳ではないが、正式に身元引受人となればアイはこの施設を出て行く。そうなれば、顔を合わせる頻度はぐっと低くなる。複雑ではあるが仕方のない事だろう。どの道、俺もあと数年で出て行く必要がある。

 

「やあ。今ちょっと良いか?」

 

 型の稽古をしている際に、例の佐藤さんから声がかかる。金色に染めたであろう髪にサングラス、顎髭とい偏見はよくないが堅気には見えない。前にVシネで見たチンピラに風貌としてはそっくりだった。

 

「あと少しだけ待ってもらっても良いですか? もうちょっとで終わるんで」

 

 型の基礎は習った。反復を繰り返し身に染み込ませて行く。身体も成長途中のため、その時その時の自分に調整しないといけない。一つ一つの動作において体のどこをどのように動かすか、目的は何かを意識し熟していく。

 

「すいません。お待たせしました」

 

 十分もかからなかっだろうか。ノルマを終え、置いておいたタオルで汗を拭う。水筒に入れていた水を飲むと熱った体の内部にひんやりとした感覚を覚えた。

 

「いや、大丈夫だ。日向桂君、だよな。アイから聞いてると思うが、斉藤壱護だ」

 

 日向桂、母方の姓を名乗っているがそれが俺の名前だ。桂がカツラとも読むことと、髪の色が黒ではなく霞んだ金が入っているせいで学校ではヅラだとか言われたこともある。

 

「どうも。ん、斉藤? 佐藤じゃなくて?」

 

 なんとなくわかっていたことだが、佐藤ではなかった。

 

「ああ。斉藤だサ、イ、ト、ウ。あいつ、お前に話す時も間違えてんのか。ほら、名刺にも書いてあるだろ」

 

 トランプより一回り小さい大きさの紙を受け取ると、名前と会社名と思しき言葉、肩書きが書かれていた。厚手の紙で、教科書や本も触り心地が違う。

 

「気にしたら負けだと思いますけどね。多分ほとんどの人の顔と名前一致してないんじゃないかな。えっと、代表とり…」

 

 勉強は好きではない。苺プロダクションの苺はなんとか読めたがそれ以降は読めなかった。それにしても苺か、随分と可愛らしい名前だ。

 

「代表取締役。つまりは社長だ」

 

「社長もスカウトとかするんですね」

 

 社長というと高そうな部屋でどかっと座って構えているイメージがあるが、実際は違うのだろうか。

 

「まだ作ったばかりだからな。社員もほとんどいないし、何より自分の目で見て決めたい」

 

「それで、アイを見つけたと」

 

 抹茶ラテホイップ増し増しで美味しかったんだー。と言っていたアイの顔を思い出す。

 

「そうだ。君は、アイとは仲が良いんだろう?」

 

「まあ、他の奴らよりは」

 

「念のために聞くが、付き合っては?」

 

「付き合ってはないですよ」

 

 俺の反応にあからさまにホッとしたような反応をした。

 

「そうか。知っているかわからんが、アイドルっていうのは恋愛御法度。どんなに人気があっても、彼氏がいるってだけでスキャンダルになる。最悪炎上してそのまま引退だってあり得る。仲良くするなとは言わない。近づくなとも言わない。ただ適切な距離感を保って欲しい」

 

 ニュースで何度かみたことがある。アイドルが俳優と付き合っていたとか、アーティストと付き合っていたとか。それが問題なんだということは理解できる。

 

「バレなきゃ良いんですよね? 大丈夫ですよ、俺はともかくアイはそういうの得意だし」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな」

 

「俺に社長の言うこと聞く義務ありますか? 何も関係ないですよね?」

 

 斉藤社長はこのクソガキが、とでも思っているのだろう。サングラスの奥底で目尻がひくついているのがわかる。

 

「なんだ、金でも欲しいのか?」

 

「金は別に。必要だけど必要な分は自分で稼ぎますんで。ただ、場所だけは用意して欲しいんですよ」

 

 師匠から話だけは聞いていた。トップ企業間で交渉が揉めた際に行われる伝統的な勝負法。闘技者と呼ばれる企業の代表が拳と拳をぶつけ合う、一対一のガチンコ勝負。目の前にいるのは仮にも社長。会社の規模はわからないが、聞いてみる価値はある。

 

「言っておくが男子部門は作る予定ないぞ」

 

「男子部門?……ああ、そう言うのじゃないです。興味ないし」

 

 決して表には出ない、裏企業スポーツ。必要なのはそれだ。

 

「拳願仕合って知ってます?」

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