一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「アイの事好きなんだよ」

 

 仕合に出た事を話すのであれば、根幹であるこれを話さないと道理がない。流石に面と向かって告白するのは恥ずかしかったけれど、いつかは言おうと思っていたこと。社長にもちゃんと事前に相談して許可は取っている。本当に何から何まで迷惑かけてばかりだ。

 

「え……あ、ああ! アイドルとしてね。嫌だなービックリしちゃったよ!」

 

「言い方が悪かったか。アイドルとしてのアイじゃ無くて、星野アイって一人の女の子のことが好きなんだよ」

 

 アイが俯く。わずかに見える部分から赤らんでいる事がわかる。

 

 一度言ってしまえば恥ずかしさなどなくなった。もういくらでも言える気がする。

 

「どうして。私、何もしてないよ」

 

 そんなことはない。俺の世界に色をつけてくれた恩人。もし出会わなかったら、何も目標を持たずに腐ってろくな人生は送っていなかっただろう。あの日出会った時から、俺はもう救われている。

 

「どうしてって言われても。最初はただの一目惚れだったからな」

 

 昨今色々と外見については言われているが、外見だってその人の一部だ。好きになる要素になって良いはず。

 

「ただ今もそうかって言われるとそうじゃなくて、一緒に過ごしてみて、案外ズボラだったり、寂しがりだったり、努力家だったりって内面も見えてきて、全部ひっくるめて改めて好きだなって思った。好きな子がやりたいこと見つけたらなら、応援しなきゃなってなるだろ?」

 

 アイドルをやってみると言い出した時、施設の人に聞いてみたり、図書館に行ってみたりして自分なりに調べてみた。芸能界の成り立ちは諸説あるものの、反社の集まりに芸者を呼んだのが始まりという説があり、どこまで本当かわからないけれど、アイドルが売れるために枕営業をさせられたり、有名な女優がヤクザの愛人、などという噂もある。テレビで見ているだけではわからなかった影の部分。ここにアイが入る事を考えると、モヤモヤとした感情が吹き出す。

 

 もう十分苦しんだだろう。その世界に飛び込んだ後に、また悲しい思いをする必要はない。綺麗な部分だけ見ていてほしかった。

 

 何かできないかを考えた時、俺にできることなど限られていた。学力は下から数えたほうが早い。芸能界で活躍するほどのスター性もない。あるのはアイが嫌いな暴力だけ。いや、方法があるだけでも恵まれている。権力者が集まる場所は偶然にも師匠から聞いていた。あとはどのようにしてそちらの世界に入り込むかが問題だったけれど、幸運なことに社長自ら話しかけて来てくれた。

 

「そのためなら、俺はなんだってやるって決めた。あ、でもこうして企業の代表として仕合に出るのは嫌々やってるわけじゃねえよ。強くなっていくのは素直に楽しいし、戦うのだって正直楽しんでる」

 

 俺はずっと秘めていたことを全て話した。前に社長にも話したように、命だって賭ける。何も知らないガキの戯言だと言われることもわかっている。だけど何も知らないガキだからこそ、きっとこれは紛れもない本心。

 

「別に何か答えが欲しいわけじゃない。俺が勝手に決めて勝手にやってることだしな」

 

 正しいかどうかなんてわからない。間違っていても、歪んでても良い。

 

 親がいないから、親が犯罪者だから、嘘つきだから。そんなものは愛とは何も関係がない。

 

 愛することに、愛されることに資格なんて必要ないはずだ。

 

「これだけは覚えていて欲しいんだ。愛がわからないって言うかもしれないけど、俺は何があっても星野アイを愛し続ける」

 

 アイは俯いたまま、頭を俺の胸へと押し付けた。背中に回された手が、ぎゅっとシャツを握る。声は押し殺しているが、泣いていることは伝ってくる。

 

 泣かせるつもりはなかったんだけどな。

 

 今回は聴かないふりをすることはなく、アイの背中を優しく撫でた。

 

「……ありがと」

 

 小さくか細い声。けれどそれは、確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

「あーあ、なんだか大変なことになっちまったな」

 

 運転席でハンドルを握りながら、社長は誰に聴かせるわけでもなくポツリと溢した。バックミラー越しに俺と目があう。夜に運転してるため、流石にサングラスは外していた。少し童顔に見える。

 

「まさか本当に会員になっちまうとは思わなかったよ。まだライブ一回やっただけのペーペーだぞ、こっちは」

 

 これは俺に向けられた言葉。

 

「仕合なら任せてくださいよ。必ず勝ちますから」

 

「抜かせ。さっきは興奮しちまったが、まだガキのお前をそうそう使うかよ。しばらくはこれまで通り小さく堅実にだ」

 

 アイは泣き疲れたのか、後部座席で俺の肩を枕にして寝ている。さらさらとした髪が頬をくすぐりこそばゆい。起こさないように、俺も社長も声量を落として会話をしている。

 

「勿論、社長の指示に従いますよ。闘技者は駒ですからね」

 

 闘技者が先んじて対戦を組むことはない。新人戦と称して小さい賭け事をすることはあるが、それでもまずは企業同士が話を進める。仕合はあくまで商談において双方が引かない場合の最終手段だ。

 

「勝手に動いてくれる駒で助かるよ」

 

 随分とパンチの効いた皮肉を言ってくれる。全て本当のことだから何も言い返せない。

 

「社長、本当に色々すみませんでした」

 

「まったくだよ。でもまあ、少なくともそのおかげでアイは壊れなかった。社員のメンタルケアなんてものは、本来俺たちがしなきゃいけなかったことだ、どうしても後回しになっちまってたからな。B小町も仲良しこよしってわけにはいかねえが、そこそこ上手くまとまってる。そこだけはお前のおかげだ」

 

「役に立てた部分もあって安心しましたよ」

 

「言ってろ。それとお前のアイの事だがーーー」

「わかってますよ。恋愛御法度でしょ」

 

 ファンは推している時は頼もしい存在ではあるが、一転してアンチとなると途端に恐ろしい存在へと変わる。誹謗中傷ならまだ可愛いもので、事件に発展するケースも決して珍しいことではない。

 

「あくまで表面上はな。明確に御法度を謳っているわけじゃないし、誓約書にも書いてねえ。まあ大手はガチガチに管理していることもあるけどな。ウチはそこまで厳しくない。だからもしアイがお前と付き合うことになっても、俺はファンに隠し通せ、としか言わねえ」

 

 口を湿らせるために、社長はコーヒーを一口飲む。ただな、との言葉ともに鋭い目つきへと変わった。

 

「あれだけ啖呵切ったんだ。不幸にしたら俺がお前をぶっ殺す」

 

「不幸になんてしませんよ。俺も大概ですけど、社長もアイに入れ込みすぎでしょ」

 

 勿論付き合うかどうかはアイ次第だ。あの場ではありがとうと言われだけ。アイ本人にも言ったとおり本当に見返りは求めていないが、もしも俺の事を好いてくれるのであれば嬉しい限りだ。

 

 またロマンチストとでも言われてしまうかもしれないが、相思相愛とは、奇跡みたいなものだと思っている。

 

「うるせえな。まだ一年も経ってないが、俺もミヤコもアイの事は娘みたいに思ってんだ」

 

 その答えを聞くと俺まで嬉しい気持ちになる。

 

「なんだ、ちゃんと他の人からも愛されてんじゃん」

 

 ふと携帯が振動していることに気づく。以前渡された物とは違って折りたたみ式の携帯電話。以前貸してもらったのはどうやら衛星電話のようで、衛星を介しての通話のため海上などで使われる物らしい。

 

 コール元は会長だった。

 

『ハロー桂ちゃん。どうやら圧勝だったようじゃの〜』

 

 上機嫌な声。酒でも飲んでいるのだろうか。

 

「おかげさまで。仕合来てくれなかったですけど、どうせ幾らか賭けてたんですよね。少しは稼げました?」

 

 相手は拳願仕合で何度も勝っている闘技者だったこともあり、今回のオッズは細かい数字まではわからないが相当なものになっていた。

 

『バッチリ稼がせてもらったぞい』

「それならよかったですよ。一億もそのうちファイトマネーで返すんで、ちょっとだけ待っててもらえると助かります」

『何を言っとるんじゃ、一億なんぞ今回のでとっくに回収したわい』

「でも融資だって」

『はて、返済方法を指定した記憶はないが?』

 

 契約内容を思い出す。確かに返済方法の指定はない。あくまで金を借りると言うことと、返済能力がないとみなされた場合や俺から返済を諦めたり、返済不可能になった場合に命で支払うことのみの契約。

 

『ひょっひょっひょっ、まだまだ勉強が足りんの〜。それはそうと、好きな娘に熱烈なプロポーズまでしたそうじゃの。いやー若さが羨ましいわい』

 

 お幸せに、と言って電話が切られた。まるで嵐が過ぎ去っていったようだ。若さがうらやましい? 俺より年下の息子娘がいる爺さんが何言ってんだと言いたくなる。

 

「今の片原滅堂か?」

 

 電話の内容を社長にも伝える。

 

「あくまで覚悟を見るために形だけの契約書を作ったってところか。食えねえ爺だな」

 

 初めから命を取るつもりなどなかった。仕合の掛金でチャラになってしまうのであれば、もし俺が勝てそうにない相手だった場合、相手にかければ配当金は手に入る。

 

「まあ、良かったじゃねえか」

「なんか腑に落ちないですけどね」

「大人なんてそんなもんだよ。良い勉強になったとでも思っとけ」

 

 一端のことを口にしても、やはり俺はまだまだ子供だ。

 

 

 

 

 仕合の翌朝。俺は今後の話を改めてするためにも社長の自宅を訪れていた。ミヤコさんが入れてくれたコーヒーは良い豆を使っているのか、良い香りがしている。一口飲んで、素直に砂糖を足した。

 

「おはよ〜」

 

 奥の部屋から出てきたのは寝巻き姿のアイだった。まだ眠そうに目をこすりながら、足をするようにしてリビングに入ってきた。普段は艶やかでサラサラとした綺麗な黒髪も、寝癖でボサボサしている。

 

「おう、おはよう」

 

 アイの足が止まった。目をぱちくりとさせると、一気に顔を紅潮させて奥の部屋へと戻ってしまった。

 

「え、なんで!?」

 

 昨夜車で目を覚ました時は普通の対応だったはずなのに。

 

「昨日のことを思い出したんでしょ。放っておいても少し経ったら来るわよ」

 

 ミヤコさんの言う通り、しばらくするとアイは部屋を出てきた。寝巻きも部屋着に着替えて、部屋で解かしたのか寝癖も直っている。

 

 社長とミヤコさんが隣に座る。四人がけの席のため俺とアイは隣同士になった。施設の時でもこれくらいの距離に座る事は多かったし、もっと近くに座っていたこともある。そのはずなのだが、ものすごい視線を横から感じる。そのせいで俺も変に意識してしまう。

 

「朝から何見せられてんのよ」

 

 ミヤコさんのツッコミが入る。

 

「だって……あ、愛してるって」

「はいはいご馳走様。話進まないから無視して話すわよ。あんたたちの事は昨日壱護から聞いたわ。壱護が決めた事なら私は何も言わないけど、とにかくバレないようにしなさい」

 

 特に週刊誌には注意、と念押しされる。

 

 拳願会には出版業界の企業も参加しており、そこに撮られてもいざとなったら仕合で白黒つけられるが、零細や中小企業は違う。押さえ込むにしても時間がかかり、その前に掲載されてしまえば面倒な事になる。

 

「本来はまだまだそこまで気をつける必要なないけれど、いずれは必要になってくる。だから今のうちから意識しておきなさい」

 

 アイドルの恋愛スクープも、一部、例えば紅白に出るレベル以外はほとんど金にならないらしい。とはいえ、B小町はドーム公演を狙っているグループ。目標に届けば紅白も見えてくるだろう。知っておくに越した事はない。

 

 ミヤコさんからの説明が始まる。

 

 人間の欲に対する執念を感じさせる内容だった。久しぶりにフル稼働した頭は今にも煙を吐き出しそうだ。

 

「とは言っても、ミヤコが説明した事はアイがアイドルを続けるなら、の話だ」

「続けるよ」

 

 ミヤコさんの説明の間に我に返っていたアイは、社長の言葉に被せるように返した。

 

「でもお前はーーー」

「うん、私は愛を知りたくてアイドルになるって決めた。でも今はアイドルとして成功して、ファンのみんなにとびきりの愛(うそ)を届けたいって思ってる。それが嘘つきな私なりの、みんなへの恩返しだよ!」

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