一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
めでたく100話となりましたのも、皆様のおかげです
「悪いな爺ちゃん。アクアのお願い聞いてくれたみたいで助かりましたよ」
アンダーマウント社との仕合の翌々日、爺ちゃんの家にアクアの件の例を言いに来ていた。なんでもあかね嬢の炎上とか何とかの件で、アクアが頭を下げに来ていたらしい。
俺の所にも突然この件で仕合してくれ、と珍しい我儘を言ってきたものだからつい嬉しくなってしまった。思い返せば、アクアは我儘なんてほとんど言ったことがない。誰に似たのか、物分かりが良すぎていたから、少し年相応の一面を見れた気がした。
「構わん構わん。可愛い孫の頼みじゃ。それに、若いのはあれくらい勢いがあった方が良いんじゃよ。主も似たような事したじゃろ」
「懐かしいな。もう二十年くらい前になります? その頃から爺ちゃんは爺ちゃんだったけど、あんまり変わらないですね」
そういや拳願会に入れろ、金貸せって殴り込んだな。若気の至りってやつだ。
「ワシはまだまだ現役じゃよ。アクアが医者になれば、そこの病院で診てもらおうかの」
「なら長生きして下さいよ。確か医者になるには、大学も長え上にその後も研修する、とかなんとか」
大学は六年生で、その後研修医として最低二年、とかだったか。アクアが最短で医者になるにしても、その頃には三〇歳近く。爺ちゃんは百歳を余裕で越えることになるが、本当に生きていそうだ。俺も俺で、五〇歳近くになんのか。まだ闘技者をやってそうな気はする。アイはその頃には引退しているだろうか。ルビーは流石にアイドルはやっていないだろう。どこかで良い人を見つけて、結婚をしているかも知れない。そうなればもしかしたら子供もいて、俺もアイもついには祖父祖母になるわけか。そう思うと感慨深い。
「勿論じゃよ。して、アクアはいつ結婚するんじゃ? 曾孫の顔が早よ見たいのう」
「なんだ、知らないんですか? あいつら別に付き合ってる訳じゃねえみたいですよ」
爺ちゃんは珍しく驚いた顔をした。
「驚きますよね。ただの友達、って言うか知り合いって言ってました」
俺も同じことを思ったが、どうやら本当に付き合っているわけではないらしい。
「ふむ。よもや、あの歳ですでに遊んでおるのか?」
「爺ちゃんじゃねえんだから、それはないんじゃないですかね」
「わからんぞ。アクアも若い頃のワシと同じく良い男なのは間違いなかろう。さぞモテるはずじゃろうて。いやー逸材じゃのう」
高らかに笑いだす。
アクアもルビーも、親バカと言われようがアイと俺の子なだけあって容姿は抜きん出ている。アクアは背も高く、人当たりも良い上に頭も良い。あとはもう少し筋肉をつけた方が良いとは思うが、そこは好みの問題なのだろう。実際に毎年バレンタインの日になると、疲れ切った顔と共に大量にチョコを持って帰ってくるから、モテるのは間違いないはずだ。あの顔を見ると、アイとルビーから貰う時の嬉しそうな顔はしていないんだろうと想像はつく。
「もし何人も作るようであれば、ワシがいろはを教えよう。下手に手を出してもつれた末に刺されても敵わんからのう」
爺ちゃんは伸ばした髭を摩りながら縁起でもない事を言ってくる。マジで不壊でも教えておくか? いや、教えてもそもそもの筋肉量が足りねえから刃物は刺さるか。
「そもそもどう安全にやるかじゃなくて、俺としては誰か一人に絞って欲しいもんですけどね」
あかね嬢でもかな嬢でも、別の女性でも。そこは爺ちゃんを見習わずに俺を見習って欲しいところだ。
「ホッホッホ。どうなるか楽しみじゃわい」
「下世話な話好きですよね……」
「遊び心と言ってくれんかの」
何歳まで遊ぶつもりなんだか。
「はいはい。んじゃあ、遊び心満たせるようにそろそろ移動しますか。中庭にいるんですよね?」
「なんじゃ、せっかちじゃのう。もう少し爺の与太話に付き合ってくれても良かろうに」
「爺ちゃんと話してても良いんですけどね。今日どっちかって言うとこっちの方がメインなんでね」
お礼を言うため、でもあったが、本命は別。
爺ちゃんの歩調に合わせてゆっくりと中庭へと向かう。日が差し込む中庭は春とは言えだいぶ暑い。ただそう感じるのは、太陽の力だけではないはず。
大勢の護衛者達が各々のトレーニングを行う中、こちらを待つ人たちがいる。
『マニラの怪物』ロロン・ドネア。
五代目『滅堂の牙』加納アギト。
「すみませんね。お待たせしたみたいで」
「構わん。ウォームアップはいるか?」
「ここに来るまで走ってきたんで問題ないですよ」
家から片原邸まで走ってくれば、良いウォームアップになる。爺ちゃんとの話している時間で、それが冷えることもない。靴を脱げばそれだけで準備は完了。
「そうか。ならまずは俺からだな」
「では私がレフェリーを務めよう。御前、どうぞこちらにお座り下さい」
仕合用のウェアではなく、ラフな格好をした加納さんが審判を申し出てくれる。対抗戦の後、何度か本気の仕合ではなく、こうした簡単な仕合をしてきた。勝ち負けがかなり均衡しているから、俺も強くなったと自信が持てる。ただ、今回は初めての相手。
「お前とは一度闘ってみたかったんだ」
「奇遇ですね。俺もアンタとは一度闘ってみたかったんですよ」
ロロンさんは三朝と同じシラット使い。流派は無数にある様だから厳密には違うだろうが、肘を主に使うと言う点は同じ。
「わかっていると思うが、ルールはスパーリング形式。時間は三分で致死性の高い技は禁止だ」
「了解」
「無論だ」
ロロンさんは煉獄の絶対王者。この前戦った嵐山さんと二人で『双王』と呼ばれている。スパーリングとはいえ相対せば相手の力量は見えてくる。ものすごい圧だ。体感的に、加納さん、ロロンさん、嵐山さんは同格。嵐山さんに勝ったからと言って、俺が勝てるかと言われればそうでもない。相性もあれば調子もある。やってみなければわからないと言うやつだが。ただ、最高の相手というのは間違いない。
加納さんの振り上げた手が下ろされる。
その合図を受け、俺とロロンさんは同時に動き出した。こちらをギリギリまで引きつけ、拳を掻い潜っての肘。挨拶代わりに顎を狙って来るのは良い性格している。当たればそれだけで意識が飛ばされそうだが、そう簡単に当たってやるつもりはない。近距離だからこそ、僅かに笑っているのがわかる。
誘ってやがんな。
この後加納さんとも闘るが、絶対王者故にキングとまで言われた男からの誘い、乗ってやるのが礼儀ってもんだろう。
加納さんの龍弾とまではいかないが、寸頸の原理はわかる。三朝とも散々訓練して、超近距離戦での対策を作っていないわけがない。もっとも、そう簡単には向こうも当たってはくれない。ロロンさんからすれば、まだ付け焼き刃程度なのだろう。簡単に捌いてくる。
少しずつ互いの動きが速くなっていく。ロロンさんの肩甲骨を使った打撃は回転率が早い。ガオランのフラッシュ並の速度で、数はそれをも上回る。真正面から馬鹿正直に撃ち合えば追いつかなくなる。憑神を使えば速度には追いつける。少しとは言え、体格も俺の方が上だから本来の使用用途としても合っているが、使ってしまっては訓練にならない。
思考を読み、先んじて動く。ロロンさんよりも早く正確に読むように、全身の感覚を研ぎ澄ませる。出来なければ当たるだけだ。
「そこまでだ」
三分が経過する。
割と入りかけていたが、俺もロロンさんもそれを聞いて動きをピタリと止めた。打撃に特化したものの双方明確なヒットはなし。危ない場面は何度かあり、疲労度から言えば汗の量的に俺の方があるか。
「俺の間合いでも耐えたな。やるじゃないか」
「そりゃあどうも。ところどころ軌道変わる打撃ありましたけど、あれって関節の脱力と肩甲骨の回転で打ってるんですか?」
「そうだ。お前も筋肉の脱力はできるだろうが、関節まで脱力する事でよりダメージを逃すことができる」
無理やり緩めさせる事はできる。操流と水天ノ型の複合技である骨喰を使う時にやるが、関節へのダメージはある。極められた時の抜け技だから普段から多用もしない。
「肩甲骨の稼働も同様だな。二虎流に合うかはわからないが、身につけておいて損はないはずだ」
「脱力……こんな感じか、いけそうだな」
関節の脱力。筋肉とはまた違った弛緩の仕方になるが、意識してやってみればできない事はない。微調整は必要になるが使える。
「初見で真似るか、やるじゃないか」
対抗戦の時は思わなかったが、意外と饒舌だ。なんなら俺たち三人の中で一番話す。
「次は私だな。休憩はいるか?」
「まさか。まだまだこれからですよ」
俺が構えれば、加納さんも少し笑った後に構えを取る。無形とは違う武の構え。真剣な表情になれば圧も一気に変わった。
「よし、始めろ」
レフェリー役をロロンさんが担い、俺と加納さんのスパーが始まる。このセットが終われば次は俺がレフェリー役となり、加納さんとロロンさんが闘る。休憩を挟みながら回を重ね、実に質の良い鍛錬となった。
午後一に始めて、気がつけば夕方。休みを挟んだとは言え、三人とも集中力も体力も明らかに落ちてきたところで終わりとなる。
シャワーを浴びて着替えて、軽食を食べる。やはり運動後に食べる飯は美味い。
「この後はどうするんだ?」
「家族と飯に行きますよ」
諸々の件もあってアクアが奢ってくれるらしい。
「なんだ、お前家族がいたのか」
「あれ、聞いた事ありませんでした?」
そういやないかもしれない。拳願会じゃ言わずとも知れ渡っていたが、ロロンさんは煉獄。団体が違えばそうもなるか。
「割とテレビにも出てるんで、どこかで見た事あるんじゃないですかね」
スマホ内にある画像で、アイとアクアとルビーの写真を選んでは見せる。
「……お前、何歳で子供作ったんだ」
「一七。生まれた時には一八、だったかな」
「アクア達ももう高校生だろう。アクアはこの前出ている番組を見たが、ルビーは確かアイドルをやると言っていたか?」
加納さんも覚えが良い。それにわざわざ出ている番組を見てくれているとは思わなかった。
「そうですね。新しくB小町作って活動してますよ。今度フェスにも出るんで時間あったら見にきて下さい」
「待て。アクア? ルビー? お前達子供の話をしているんじゃないのか?」
「子供の話ですよ。アクアマリンとルビー。妻が考えたんですけど良い名前でしょ?」
「そうか。理解した」
アクアに関しちゃ長くてほぼ皆がマリンを省略して呼んでいる上に芸名はアクアにしているから、以外と知らない人は多いかもしれない。
雑談を少しすれば、良い時間になる。
二人と別れ、爺ちゃんにも挨拶をしてから皇牛苑へと向かう。到着する頃にはすっかり暗くなっていたが、約束の時間には間に合った。
名前を告げれば個室へと案内され、先に来ていたアイ達の姿がある。
「大丈夫だよアクア……多分」
「お兄ちゃん。ほんとごめんって」
何の話題か、どんよりとした空気だ。発生源はアクアで、項垂れて動かない。
「大丈夫か? 何があった?」
「いやー、ちょっとねー」
ルビーがはぐらかすように言ったので、何があったかはわからないが、原因はわかった。おおかたルビーが余計な事を言ったのだろう。アイを見れば苦笑しており、それが俺の予測の裏付けになる。
「ルビー、何しでかしたんだ?」
「何で私!?」
「違うのか?」
「ちが……わないけど……。お兄ちゃんが色々したから、あかねちゃんの炎上もこれで収まるでしょ? ただ復帰するなら何か役作った方が良いんじゃないかってなって、最初はお兄ちゃんに相談がいったみたいなんだけど、MEMちょから私に電話が来てね」
「なんか余計なこと言ったんだろ」
「余計な事は言ってないよ!? なんかお兄ちゃんが顔が良い子がタイプみたいなんだけど具体的に誰って聞かれたから、ちょっとふざけてママとか私みたいな子って言ったら、そのー、そのまま周りに受け取られちゃって……」
「黒川の演技候補に、自分の母親と妹を推すマザコンとシスコン野郎になったって訳だ」
アクアが遠い目をしながら小さく呟く。
思っていた以上にどうでも良い話題だったが、どう声をかけるのが正解なのだろうか。そりゃあアイもフォローしにくい訳だ。何を言っても今のアクアにはダメージが入りそうだ。
「まあ……なんだ、変に噂が広がったら仕合して消してやるから」
テーブルに額を当て、アクアは声にならない声を上げた。