一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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「ってなわけで、明日か明後日にアカネちゃん来るからヨロシクね!」

 

 ルビーにスマホを返してから、皆に知らせる。役を演じたことは多々あっても、誰かに演じられるのは初めての経験だから、なんかちょっとワクワクする。

 

「そりゃあ構わねえが、何しに?」

 

 ケイはストレッチしながら聞いてくる。男の人なのにここまで柔らかいのは、いつみても不思議な感じ。格闘技やってるんだから柔らかいに越したことはないってのはわかるんだけどね。ここ数日は特に念入りにやっている気がする。気になって聞いた時には、関節の脱力を覚えたけど慣れてないからほぐしてるって言ってた。しれっと言ってたけど、関節の脱力ってなんだろう。

 

「今ガチ復帰するために私のキャラ演じるんだって。知らない仲でもないし、どうせ演じるなら本人が見た方がよりっぽくなるでしょ?」 

「なるほど。あの意見が採用されたわけか。だから見惚れるだ何だって言ってたのか」

 

 ケイの視線の先には、聞こえてませんと言わんばかりに本を読んでるアクアがいる。よくわかるシリーズ、好きだよね。

 

「そうみたい。アクアはどうする? 私とアカネちゃんのレッスン見てく?」

 

 もしほんとに見惚れちゃったら、それはそれで面白い。

 

「俺がいたらやりにくいだろ。遠慮しておくよ。事務所で時間潰す」

 

 嫌ですって顔しているなー。

 

「えー、本音は?」

「……気まずいから無理」

「残念。でも無理強いしてもしょうがないもんね。ご飯はどうする?」

「何時になるかわからないだろうし、勝手に外で食べるからいいよ。母さんも作るの大変だろ」

「アクアの分増えるくらい手間じゃないけど、オッケー。でもあんまり遅くなりすぎちゃダメだからね」

 

 ケイが大食いだから、アクアの分が増えても減っても全然差はない。料理も良い感じで手を抜ける様になってきたから、大変なのは献立くらい。なんでも美味しいって食べてくれるのは嬉しいんだけど、もう少しあれ食べたいとかこれ食べたいとか言ってくれると助かるんだけどなあ。

 

「わかってる。黒川だってそんなに遅くまではやらないだろ。帰るタイミングで連絡くれればタクシー使って帰る」

「わかったー。ルビーはどうする?」

「私もレッスンしてから帰るけど、ご飯は食べたい!」

 

 ルビーは前々からカナちゃんと一緒にいることが多かったけど、最近はさらに頻度が増えたように思える。新しく入ってくれたMEMちゃんも良い子だし、仲良しグループって感じ。このまま続いて欲しいな。

 

 それに、この前一緒に出た動画も盛況だったみたい。久しぶりに踊るとなると振り付け忘れちゃってたから、覚え直すのが大変だった。MEMちゃんの個人チャンネルにも出るって約束したから、どこかで出ないとな。

 

「オッケー。じゃあケイは家にいてね」

「良いけど、それこそ向こうが気を使わねえか?」

「ずっとじゃなくて良いから大丈夫でしょ。練習して私だけが見るよりも、他の人に見てもらった方が似てるかどうかわかるじゃん」

 

 アクアとルビーが居てくれても、初めからケイに頼むつもりだったけどね。一番付き合いが長いから色んな一面を知ってる。何より私のファン一号だし、もしかしたら私自信わからない癖とかがあるかもしれない。

 

「なるほどな。じゃあその時になったら呼んでくれ」

「うん、よろしくね」

 

 ストレッチで深く体を倒しているから、なんとなくその上に乗ってみる。

 

「どうした?」

「別にー」

 

 私が乗ったくらいじゃなんともないみたい。重いって言われてもムカつくけど、何ともない感じにされてもそれはそれでつまらない。色んな体重のかけ方をしてみても反応が変わらなかったけど、一瞬肩がヒュッてなった。ちょうど私の髪先がケイの耳にかかるかどうかの所で、いたずら心が芽生えてもう一度やってみる。正解。くすぐったいのかな。

 

 何度かやってみて、今耳に息かけたらどうなるかな、なんて案も浮かんできたけど、ルビーとアクアがいるからそこはなんとか踏みとどまった。ルビーはよくわかって無さそうだけど、すでにアクアが何してんだコイツらって目で見てるもんね。

 

 次の日、ルビー経由で来る時間を教えてもらって、その時間ぴったりにアカネちゃんが来る。直通の方がやりやすいから、後で聞いておこ。

 

「お邪魔します。これ、良かったら皆さんで召し上がって下さい」

 

 紙袋を渡される。茶菓子かな? すごい。若いのにしっかりしてるなー。

 

「ありがとー。アクアもルビーもまだ事務所だけど、ゆっくりしていってね」

「え、居ないんですか?」

「ちょっと忙しいみたいでね。何ならアクアの部屋見てく?」

「……い、いえ! そんな……本人もいないのに」

 

 ちょっと考えたね。反応も初々しくて可愛らしい。カナちゃんと言い、アカネちゃんと言い、アクアも罪な男だなー。私がお義母さんって呼ばれるのはいつになるんだろう。

 

 炎上の件を引きずってたらって思ったけど、ある程度は整理できてそうでよかった。

 

「残念。じゃあ早速行ってみようか」

 

 スリッパに履き替えてもらうと、わかってたけど私よりも背が大きい。目線の高さ的にルビーの同じか、ちょっと高いかな。

 

 リビングでやるのも味気ないから、せっかくだから専用の部屋に向かう。鏡張りの方が色んな角度から見れるし、余分な物もないからより集中できる。

 

「すごい! お家にスタジオがあるんですね」

「せっかくだから建てる時に作ってもらったの。荷物は適当に置いてね」

 

 事務所の方が大きいけれど、あっちは時間が決まってたり今やりたいって時にできない場合があるから、好きな時に使える方が勝手が良い。

 

「どーする? まず演じてみてもらってから指摘する方が良い?」

「そうですね。色々情報集めて、私なりに分析とか解釈をしてしまっているので、違っていたらご指摘していただけると」

 

 こういう論理的思考?って難しくて苦手。私も何も考えてない訳じゃなくて自分なりに考えてるけど、結構その場のノリでやることもあるから一貫性なくて大変じゃないかな。手伝うよ、なんて言っちゃったけど大丈夫かな。……うん、何とかなるか。

 

「オッケー。シチュエーションはどうしようか……今ガチ復帰する体でやってみようか」

「はい」

 

 アカネちゃんが何かを切り替えるようにゆっくり目を伏せる。

 

 目を開けた時、雰囲気が変わった。

 

「おはよー。なんか皆久しぶりだね。あれ? もうカメラ回ってる?」

 

 私が言うのも変だけど、皆が望む私を演じている時の私みたい。周りの人達がよく目が惹きつけられるって私の事を評価してくれるけど、まさにアカネちゃんはそれ。間違いなく目の前にいるのはアカネちゃんなんだけど、別人が演じているみたいに見える。憑依型の人は何人もいるけど、作り込みがすごい。そのまま少し演じてもらってみたけど、違和感は全くなかった。

 

「すごいね、そっくり! ここまでできてるなら私が教えられる事なんて何も無いかも」

「いえ、そんな事は。と言うよりご本人の前ですみません……」

 

 戻っちゃった。

 

 憑依型の人って結構引きずるって聞くけど、アカネちゃんはそれもない。自分の中で仮面が出来上がっていて、それを自分の意思で付け替えてる感じなのかな。

 

「分析とか解釈って言ってたけど、どうやったらそこまでできるの?」

「情報をパズルみたいに繋ぎ合わせていくんです。どうしても足りないところは想像とか妄想とかで補完して、自分の中で一本の線になるように繋ぎ合わせて」

「すごいなあ。私には絶対できないや」

「本当にそんな大層な物じゃなくて。得意だからやってると言うか、これしかできないと言うか」

「もっと自信持って良いと思うけどなあ。そこまで作り込めてるなら大体わかっちゃってるんだろうけど、わからない所とかある?」

 

 内面を覗かれてるみたいで恥ずかしさはあるけれど、今更知られて困ることはな……あ、拳願会の方はダメか。でもどこまで言ったら気づかれなくて、どこからがアウトなんだろう。ここまで詳しく分析されちゃうと、線引きが難しい。何なら、何となく気づいてましたって言いそうだから困ったなー。

 

「聞いといてあれだけど、その前にリビング行こうか。座ってお茶でもしながらの方がやりやすいと思うし」

 

 この部屋椅子もテーブルもないから、休んだりするには不便。

 

 移動して座ってもらって、紅茶を用意する。もらった茶菓子が合いそう。

 

 その間に私も色々考えた。ケイも早めに巻き込んで、もし拳願会の事がバレたらお爺ちゃんとか乃木さんにごめんねって言えば良いよね。気づかれちゃったなら、その時はその時で仕方ないもん。コーガ君とかもどこからか聞いたとか何とかだった気がするし。

 

 一息ついて、アカネちゃんはメモを取り出すと質問タイムが始まる。

 

「まず、このインタビュー記事についてなんですけどーーー」

 

 私の不安に反して、あんまり拳願会に繋がるところは聞かれなかった。答えを求めているわけじゃなくて、自分の中に出ている答えに対して答え合わせに来た感じ。演技に必要なところだけって事かな。あんまり覚えてない所はちゃんと答えてあげられなかったけど、覚えている範囲では大体当たっていたように思う。

 

「あの、最後に一つだけ……。これは役作りとは、またちょっと違うんですけど……」

「どしたの?」

「誰かを好きになるって……どんな感じなんでしょうか?」

 

 ちょっと身構えちゃったけど、すっごいピュアな質問が来た。可愛いから彼氏の一人二人今までにいたと思ってたけど、そうじゃないのかな。

 

「私、小さい時からこの業界にいて目の前のことに精一杯で、恋愛とかに時間を掛けられなくて……。勿論、そう言ったジャンルの本を読んだり、役柄を演じることはあるんですけど、あくまでそのキャラの心情としては理解できても、自分自身に置き換えるとなんだかピンとこなくて」

「私も人に教えてあげられるほど真っ当な感性じゃないし、きっとそれは人それぞれだから参考になるかはわからないけどね。言葉にするとなると難しいけど……やっぱり、ついその人の事を考えちゃったり、声聞きたくなったり、会いたくなったり、色々と知りたくなったりするなら、好きなんだと思うよ」

 

 好きと恋は似てる。好きの強いバージョンが恋みたいなものかな。知るだけじゃなくて、私の事も相手に知って欲しくなる感じ。

 

「それは、愛とかとはまた違うんでしょうか?」

「愛とかになってくるとまた違ってくる気がするなあ。私にとっての愛は、初めは何なのか、ほんとにあるのかさえわからなくて。そこから愛されて、ちょっとずつだけどわかってきた気がする。最近は、誰かをちゃんと想っての事なら、肯定だけじゃなくて否定してあげる事も愛なんじゃないかなって思うんだよね」

 

 愛もいっぱい言葉がある。恋愛、家族愛、友愛。でも向け先が違うだけで、本質は同じなんじゃないかなって思う。全肯定したり理想を押し付けたりするんじゃなくて、本当にダメな事はダメって言ってあげたり、格好悪い所も受け入れてあげたりするのも大切。もちろん、全部が良いならそれは素敵な事だと思う。

 

「これはあくまで私の考えだから、アカネちゃんもいつか好きな人ができたら、自分なりの答えがきっと出ると思うよ」

 

 一生懸命メモを書いてくれる。なんか偉そーなこと言っちゃったから恥ずかしくなってくるね。

 

「ありがとうございます。参考になりました」

「いえいえー。また何かわからないことがあったら聞いてね」

「はい!」

「そだ。せっかくだからもう一回演じてみて欲しいんだけど、大丈夫?」

「大丈夫ですよ」

「ありがと。旦那呼んでくるから待っててね」

 

 せっかく家にいてもらったんだからケイにもみてもらわないとね。全然物音もしないからまたイメージトレーニングをやってるんだろう。寝室に行けば案の定で、起こして下に連れて行く。

 

 アカネちゃんに私を演じてもらう。

 

 ちょっと恥ずかしさがあったのか、演じ終えるとすぐに元のアカネちゃんに戻っちゃう。

 

「動きの写しじゃなくて内面の写しか。確かにアイみたいに見えるな。一体どうやったんだ?」

 

 やっぱりケイから見ても似てるんだね。

 

「プロファイリングで自分なりに分析してみて、アイさんと擦り合わせして調整してみたんです」

「すげえな。次の行動を読めたり、誘導できたりするのか?」

「行動もある程度はわかると思います。誘導はどうでしょう」

 

 夫婦で似たこと聞いてるなって思ったけど、仕合で使えないかなって考えてる顔だ。先読みできるのにどうするんだろう。併用して精度上げるとかかな。

 

「面白そうだな」

「もし興味あるなら、私の持ってる本で良ければお貸ししますよ」

「良いのか? そりゃあ助かる」

 

 大丈夫かなー。私も興味ないわけじゃないけど、多分誰でもできるとかじゃなくて、アカネちゃんじゃないとできない気がする。普段本とか読まないのに、いきなり難しい本読んでも挫折する未来しか見えない。でも何だかアカネちゃんも、得意分野に興味持ってもらえて嬉しいみたいな感じだし、邪魔するのも気が引ける。

 

 割と遅くなっちゃったから、ケイとアカネちゃんをお家に送り届けて、その時に本を借りてみた。年季の入った本には付箋がいくつも貼られていて、相当読み込んだのもわかる。

 

 帰ってからケイはさっそく読んでみるようだ。

 

 全部見たわけじゃないけど、見てる限りではページをめくるまでにかなり時間が掛かってた。

 

「ダメだ。全然わかんねえ」

 

 一通り読んでそう結論が出たのは、アカネちゃんが私を演じて今ガチに復帰して、炎上とは違った意味で注目を集めた後のことだった。

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