一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 “元”天才子役の有馬かな。

 

 直接面と向かって言われた事はなくても、裏ではどう呼ばれているかなんて、嫌でも目に耳に入ってくる。別にこの事に関して、私はどうこう言うつもりはない。強いて言うのであれば、私は天才なんかではないって事。ずっとこの業界に身を置いて感じるのは、子役の頃にもてはやされるタレントの大半は、本当の才能ではなく早熟だって言う事。ある程度成長して行った時に、本物がふらっと現れては注目を攫って行く。

 

 最近だと黒川あかねだ。初めて共演した時からズケズケと言いたい放題言ってきたあの女は、演じ方も生き方も私とは違う。はっきり言って嫌いな相手。けど、実力は間違いなく本物で、そこだけは認めている。今ガチは、最初はあの時みたいに空気の役でもやってるのかと思うほど存在感がなく、出たと思えば炎上。一週休んでる間に話題も流れて、復帰したかと思えばアイさんを真似たとしか思えない演技をしてきた。不思議と視線を惹きつける引力、カリスマとでも言うのか、それさえも再現してみせたあの演技に女優としての危機感を覚えた。

 

「顰めっ面で何見てるの?」

 

 ソファの後ろから人のスマホ覗き込んでくるのは、一緒にアイドルをやっているルビー。気がついたら一緒にいる事が多い。アイさんの娘だからか顔はすこぶる良くて愛想も良い。普段からよく笑うルビーは、アイドルをやるために生まれてきたような存在に思える。

 

「別に何だって良いでしょ。って言うかそもそも覗くな」

 

 マナーはなってないけど。

 

「あ、今ガチ見てたんだ。今週の見た? あかねちゃんすごかったよねー!」

 

 今も移動したかと思えば、大きいソファなのにくっつくように座ってくる。

 

「堂々となら見て良いとも言ってないわよ」

「えー、いいじゃん。かなちゃん位にしかやらないし」

 

 先輩だって言うのにちゃん付けで呼ぶし、なんなら先輩って今みたいに言わない時もある。敬っているようにはまるで感じない。

 

「おい」

「じょーだんじょーだん。それ見てるのわかったからやっただけだって」

 

 ただ、不思議と嫌じゃない。随分と絆されたものね、なんて内心で自分に毒付いてみても当然ながら返答はない。

 

 事務所が同じなんだから当たり前ではあるけど、ルビーに限らず日向家の面々とは何かと関わりがあって、私なんかにも良くしてくれている。全員が全員割とぶっ飛んでるからか、いつからか変に気を使わなくなって普通に接する事ができてた。誰にも言った事はないけれど、それが嬉しかったりする。

 

「凄いよね。ママを真似したって言ってたけど、そっくりなんだもん」

「ルビーから見ても似てるなら、本当に似てるんでしょうね。でも良いの? 自分の母親勝手に真似されるのって嫌じゃない?」

「私はそんなにかな。あかねちゃんはちゃんと許可取ったみたいだし、ママも面白がって家に呼んで面倒見てたし」

「随分と高待遇だ事」

「嫉妬?」

「まさか。ただ素直に感想を述べただけよ」

 

 自分の演技を褒めたくなる。ルビーの言う事は割と的を射ていて、そう感じるところはあった。私は、私に才能がないと思っている事に嘘はない。ただ昔アイさんが言ってくれた「大丈夫。カナちゃんは才能あるよ! 私が名前一発で覚えられたし」と言う言葉は、後半はよくわからないにせよ信じている。誰かに認められたことが嬉しくて、より頑張れると思った。母親でも何でもないのに、取られたように感じたからこその嫉妬。

 

 なんか女々しくて嫌になるわね。 

 

「そういえばMEMちょは?」

 

 話題転換を試みて、午前は一緒にいたはずの彼女の姿がない事に気づいた。

「今日は企業案件の撮るって言ってたよ」

「忙しそうで羨ましいわね」

 

 話題の今ガチでも賑やかし枠とはいえちゃんと出ていて、アイドルもやり始めたからから、本業のインフルエンサーとしても好調みたい。忙しそうにしているけれど、当の本人は楽しそうにしている。

 

「凄いよねー。だから私たちも頑張らないと! JIFでサイリウムがMEMちょカラー一色になっちゃうよ」

 

 アイドルにはメンバーカラーがある。特に揉める事なく、ルビーが赤、MEMちょが黄、私が白になった。白は特別感が出て変に揉めたりするってルビーが言ってたけど、大抵色なんて限られてるんだから人数が多いところはどうするんだか。

 

「地道にやるしかないわね。ファン増やすなら二人で動画上げるが早い気もするするけど、私たちに動画の編集スキルなんてないし」

「やってみたけど難しかったもんね」

 

 せっかくだからと教わった事がある。ただ実際にやってみても変な限り方になったり、挿入する効果音と合ってなかったりと、思うような出来にはならなくて二人して折れた。

 

「あとできるとしたら歌とダンスかな」

 

 ルビーは腕組みをして考えるようなそぶりをしていて、妙案を思いついたと言わんばかりに言ってくる。

 

「ならカラオケでも行く?」

 

 今日は割と暇だ。一、二時間行くくらいの余裕はある。

 

「良いね! 最初に一緒にピーマン体操歌おうよ」

「それは絶対に嫌。人の黒歴史を嬉々として掘り起こそうとすんな」

「アイドルバージョンで出したらまた売れるんじゃない? 服装も同じにしてさ」

 

 ルビーは腕を上げてピーマン体操の振り付けの一部を真似てくる。

 

「歌うだけじゃなくて踊れって言ってんの!? アンタ一人でやりなさいよ」

「えー、恥ずかしいじゃん」

 

 このクソガキ。

 

「自分がやって恥ずかしい事を、他人にさせようとするんじゃないわよ」

「あはは。ごめんって」

 

 バカやってツッコミして、なんだか友達みたいだ。プライベートのスマホにもいつからかルビーが写る画像も増えいた。

 

「あれ、お兄ちゃんじゃん。おつかれー」

 

 ルビーが先に気づいて、視線をそちらに向ければ疲れました、と言わんばかりのアクアがゆっくり歩いていた。

 

「ルビーに有馬か、相変わらず仲良いな」

 

 サーバーから飲み物を出して、アクアはそれを一気に飲んだ。もう一杯注いで、近くに座る。

 

「なんか疲れてるわね」

「ちょっとな」

 

 アクアはここの所忙しそうだ。封切りは先だから宣伝には早いはずなのに、種類選ばずに仕事を取っているよう。昨日は深夜帯にプロレス番組に出ていて、関林ジュンって人と一緒に何故かトレーニングをやっていた。トランプを引いて、絵柄と数字によって種目と回数が決まるゴッチ式トレーニングとかなんとか。

 

「これからかなちゃんとカラオケ行くけど、お兄ちゃんも来る?」

「悪い、この後もラジオ収録があるんだ。気をつけて行ってこいよ」

「アンタ、仕事入れるのは良いけど、体壊したら元も子もないわよ」

 

 仕事の有無によって露骨に収入が変わるこの業界は、コンスタントに仕事がある事が理想。ドラマならシリーズ化、バラエティならレギュラー番組などはわかりやすい例。そしてそこに着くまでには運的な要素も多いけど、まずは有名になる必要がある。番組プロデューサーも、有名なタレントを起用する方が数字が見込めるから、予算に収まるのであれば有名所を取りに行く。

 

「わかってる。その辺はちゃんと考えているんだが、色々あってな」

「そう、なら良いけど。それよりこの前の件、忘れてないでしょうね」

 

 ルビーはあの時いなかったから、何のことかわかってなさそう。

 

 あの時、アクアは確かにお礼をすると言った。それをまだ貰ってない。私も何が良いか決めてないんだけど、時間をかけすぎて忘れられるのも癪だった。

 

「忘れてない。忙しい……いや、先に決めておいた方が良いか。少し先だけど、この日とかどうだ?」

 

 アクアの提示した日時を見れば、平日のど昼間。スケジュール確認すれば私も空いてはあるけど、

 

「学校あるじゃない」

「少しサボっても問題ないだろ。それに休日だと直近まとまった時間空いてない」

 

 まとまった時間。私は流行りのスイーツでも奢ってもらおうか位に思っていたけど、あれ、これってそういう事? 

 

「ま、まあ、しょうがないわね。時間は?」

「とりあえず空いてるなら、朝から空けておいてくれ。詳しい時間はまた連絡する」

 

 ちょっと遠いけど、ディスティニーランドとか連れてかれちゃう系? どうしよう、新しい服買った方が良いかな。でも制服で行くのもそれはそれで悪くない。場所によっては夜少し冷えるかもだし、一枚羽織れる物はあった方が良いかな。でもどこに行くかわからないと、それによってコーデも変わるし。

 

「学校サボるなんて不良だー」

「お前はちゃんと学校に行けよ」

「えー、面倒くさい」

「留年するアイドルとか目も当てられないだろ。ただでさえ馬鹿なんだから、日々の積み重ねをしっかりやっとけ」

 

 何やらルビーとアクアが話しているけど、私の頭には入ってこなかった。

 

 その後アクアは収録に向かって、私とルビーも軽くカラオケで歌う。半分くらいアクアの愚痴を言うルビーを構いながらも、その日が楽しみで仕方なかった。

 

 帰ってお風呂に入った後、スマホで、高校生デートなんて検索をしてみる。あそこがオススメ。ここが外さない。そんな情報を見ながら、アクアは忙しそうだし、私から行き先を指定した方が良いのかなんて思い始めた。

 

 重くて面倒な女って思われる? なんて考えが過ったところでアクアからチャットが届いた。場所の候補いくつかがあって、行きたいところはあるかって。場所的に夜までってことはなさそうだけど、やばい。つい口角が上がる。つい即既読付けちゃったけど、待ってたみたいに思われてないだろうか。返事しないとまずい? 遅すぎても真剣に考えすぎてるなんて思われる? そもそもお礼であってデートって言った訳じゃないし。サクッと返事したほうが良いかな。

 

 三〇分くらい悩んで、立地的にも色々他にも行けそうなところに決めた。

 

 我ながら単純だけど、機嫌はすこぶる良かった。普段からキレそうな事も笑って済ませられるくらい。ただ前日の夜になって、何を着ようかで頭を悩ませる。天気予報は晴れ。すっかり暑くなったけど場所は室内。一回も行った事ないからどれくらい冷えるかわからない。上着は必要か、張り切りすぎてもアレだし、適当すぎても幻滅させたくもない。クローゼットを全開にして、色々引っ張り出しては鏡の前で睨めっこをする。時間を見ればすでに良い時間で、早く寝ないと明日に響く。けど今決めないと明日は遅刻しそうで、何とか今日中に決めたかった。

 

 悩みに悩んで決めたのは、回り回ってシンプルなコーデ。帽子に黒のワンピース。それだけじゃ重くなるから、ワンピースの下に白のカットソーを着る。アイドルなら男の存在はタブーだと散々言われたから、サングラスを用意してマスクもつける。

 

 タクシーを拾って集合場所に向かう。まだ待ち合わせ時間には余裕があって、遅刻しないで済みそうな事に胸を撫で下ろす。平日、かつ通勤時間も過ぎてるから思っている以上にスムーズで、なんなら早く着きそう。アクアがまだいない可能性だってある。早く着き過ぎて待っているのも暇だからカフェを探しておこうか。

 

 タクシーが到着し、支払いを済ませて外にでる。涼しかった車内から出ると、湿気の含んだ空気が途端に肌にまとわりついてくる。とりあえずさっさと中に入ろうと思うと、見慣れた姿を見つけた。

 

「早いじゃない。レディを待たせない殊勝な心がけね」

「道が空いていて思ったより早く着いたからな」

 

 オーバーサイズのシャツにキャップ。パンツにスニーカーとスポーティな装いで、普段のアクアを知る身としては珍しい感じがした。

 

「あらそう。どうする? もう入っちゃう?」

「そうだな。喉乾いてないならさっさと中に入るか」

 

 アクアがスマホに表示したQRコードを、私の分も出してくれる。中は水族館で、外に比べて随分と暗い。人の顔を見えにくくなるし、水生生物に視線が向くから、さらに身バレする可能性も下がる。

 

 綺麗な場所だった。本来は広い海の中で住んでいるはずの彼らが、水槽という小さな箱に収められる。狭いなんて感じるのかどうかはわからないけれど、優雅に泳いでいるように見えて素直に綺麗だと思った。

 

 ここは特にペンギンが推されていて、ペンギン達の相関図まで作られている。夫婦、元夫婦、カップル、片想い。

 

「ペンギンなのに色々な関係があるのねー」

 

 なんか一匹のオスがやけにメスペンギンから好意を寄せられているようだが、それがアクアと重なる。事務所内でも人気はあるし、学校でもそこそこ有名だ。

 

「そうだな。ペンギンって漢字で書くと人鳥って書くの知ってたか?」

「知らない。人みたいに歩くから?」

「飛ばないし歩くように見えるから、らしいな。骨格見ると人間みたいに歩くより、空気椅子状態で歩いてるみたいだけどな」

「アンタより筋力あるかも」

「言ってろ。俺の方が足は長い」

「どこで張り合ってんのよ」

 

 水族館は全国的に見たら小さい方だ。都内にあるから仕方ないのかもしれない。一時間ちょっとで回ってしまうと、そのまま横にあるスカイツリーへと登る。世界一高いタワーなだけあって、眺めは絶景。夜景は夜景で綺麗なんだろうけど、昼間でもすごい。

 

「あれ富士山じゃないか?」

「そうかも。雪がないとぱっと見でわかりにくいわね」

 

 あの辺が家だとか、あそこに何があるとか話しながら時間を潰す。

 

 お昼付近になるとお腹が空いてきて、アクアに聞いてみる。

 

「ねえ、お昼どうする?」

「ここのレストラン予約してある。時間もちょうど良いし、そろそろ行くか」

 

 行き先は展望フロアにある、ランチでも一万円近く出るフレンチレストラン。高校生にしたらかなり高価だ。メニュー表を見ても、基本の値段に加えて、メニューによってさらに追加費用がかかる。

 

「……良いの?」

「お礼だからな。好きなの選んでくれ」

 

 さらっと言うアクアは、メニュー表に視線を落とした。お腹はそこそこ空いてるから食べられるけど、なんかちょっと緊張してきた。なに、さらっと出してくれるって事? 私がお手洗いとかで席外した間に支払い済ませておくアレをやってくれるのかな。

 

 選んで少し待てば、アミューズが運ばれてきてコース料理が始まる。テーブルマナーはある程度勉強しているけど、実践機会はあまりない。慣れない私に反して、アクアはすごいなれた手つきで食べている。ルビーにも感じた事だけど、二人とも食べ方綺麗なのよね。

 

「にしても、エスコート含めて随分手慣れてない?」

「普通だろ。まあマナーに関しては色々と学ぶ機会はあったからな。割と小さい時から教えてもらったから身についた所はある」

「やっぱり良いところに行くの?」

「そうだな。後は爺ちゃんの家だけど、そこにシェフを呼んで作ってもらう事もあったな」

「金持ちのボンボンめ」

 

 あの一家がお金持ちなのはそうなんだけど、さらに後ろに片原家がついてるとなると、その辺のお金持ちを鼻で笑えるレベル。家にシェフ呼ぶってなんだ。

 

「否定はしない。我ながら恵まれてると思う」

 

 優良物件とはこの事か。中身は置いておいて、カタログスペックだけを見ればこのレベルはそう居ない。なんで彼女作らないんだろう……あ、中身がダメだからか。

 

 でも油断をしていると誰かに盗られてしまいそうだ。私から攻めたほうが良いのか、でも私も一人の女だし、男の人からちゃんと告白してほしい気持ちはある。

 

 どうしよう。

 

 今日のデート中に悶々としても答えは出なくて、そのままお待ち帰りにも当然ならず、私は夕方前には家に送り届けられた。

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