一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 色々あった今ガチも、無事最終回が公開された。序盤は鷲見さんが、終盤は黒川に注目が集まり盛り上がった。裏ではわからないが、カップリングが一組も成立しないシーズンとなったものの、小耳に挟む限りでは評判は上場のようだ。

 

「よう坊。今日はよろしく頼むで」

「よろしくお願いします」

 

 今日はバラエティ番組の収録。まさかの朝一収録となっており、普段よりも二時間以上早く起きなければならず、まだ頭がぼんやりとしている。この感覚は懐かしい感じだ。医者だった時はこんな状態が結構な頻度であり、患者にはこんな姿を見せられないと、自販機でコーヒーを買っては無理やり目を醒させていた。大抵誤魔化せていたはずだが、よくさりなちゃんにはバレていたな。

 

「黒川ちゃんとはあの後どうなん?」

「別に何もありませんよ」

「何言うてんねん。あれだけ周りに喧嘩ふっかけといて、ただの友達な訳ないやろ」

「本当ですよ。ただの友人です」

 

 命を捨てそうだったから、なんて事は態々話す必要はない。あの件はあそこで終わった。掘り返す必要はないし、こう言うふうに言われるのは覚悟していた事だ。

 

「ほな、あっちのちっこい子が本命ってことかいな」

「……ちっこい子?」

 

 一瞬動揺が表にでかけた。有馬のことなのはわかる、が、はぐらかす。

 

「ちっこい子、有馬ちゃん。同じ事務所におるやろ? 実はな、この前氷室からおもろい写真送られてきてな」

 

 懐からスマホを取り出した大久保さんは、その画像を見せてくる。この前お礼として出かけた時と物だ。後ろ姿が、間違いなく俺と有馬の物だった。

 

「盗撮は犯罪ですよ」

「せやな。氷室によーく言っとくわ。で、どうなん?」

 

 ニヤニヤした顔が腹立つな。

 

「どうもこうも、有馬とも友人です。黒川の件で借りがあったんで返しただけですよ」

「ほーん。便利な言い方やな」

 

 なんでこうもおっさん達はこの手の話が好きなんだ。

 

「便利も何も事実です。だいたい、昨今のティーンなんて男女で遊びに行くなんて珍しくありませんよ。やれデートだ、付き合ってるだなんて、当事者からすれば良い迷惑です。そもそも有馬はルビーと一緒にアイドルやってるんですよ? 大久保さんだって、アイドルに男の影がちらつくのは御法度なのはわかってるでしょ。今回は黒川の件で礼をしなきゃいけなかったんで、いくつか候補だして行きたかった所に連れて行っただけです。他意はありません」

「わかったわかった。そないムキになるとは思わんかったわ。坊も男やなぁ」

「どういう意味ですか……」

 

 バシバシと肩を叩かれる。絶対わかってないだろとは口にせずに、時間が近づいたためスタジオに入って収録を始める。

 

 バラエティだから好き勝手できる、なんて事は当然ない。番組を進行させる上で台本はあるし、スムーズに進行するためにADさん達からのカンペ指示だってある。ただ一言一句決められているわけではなく、トークなんかは出演者の腕に依存する。せっかく何回も話したのにオンエアでは使われなかった、なんてケースもよくある。だから大久保さんが周りを盛り上げるのも、滑り倒すのも彼の実力。それのどこが使われるから結局のところテレビ側の裁量になり、なんとなく、ウケたところよりも滑ってツッコミをされる方が多く使われるのだろうと思った。

 

 収録が終わると、時間はまだ昼前。午後の授業には間に合う。この前はサボってしまったが、出れる時には出ておいた方が良い。学校は勉学の場。様々な道に進むための基礎的な知識を蓄えるだけでなく、学び方を学ぶ場でもあり、勉強する癖をつける訓練場に近い役割とあると考えている。

 

 ミヤコさんに学校まで送ってもらって、校門を潜る。

 

 なんだか朝からどっと疲れた。軽く昼を食べたがまだ食べれそうだ。購買でパンでも買って食べるか。

 

 若さだけではなく、父さんからも胃袋の強さは遺伝しているのだろう。大量に食べても一向に胃もたれや壊すこともない。代謝に関しては年相応だから、太らないように気をつけないといけないが。

 

 この学校は敷地内にベンチが設置されており、給食もないため外で食べる人たちもいる。何人かいる中で、一人見知った人物がいた。カバンが側にあることから、俺と同じく何か仕事があってきたばかりと言ったところか。ブックカバーがされた本を読んでおり、読書姿が絵になるのはさすが売れっ子タレント。

 

 不知火さんがこちらの視線に気づいたのか、目線が本から俺に映る。

 

「お疲れ」

 

 無言というのもよろしくないため、簡単に挨拶をする。

 

「お疲れ様。アクアさんも仕事終わり?」

「一応な。教室に行かないのか?」

「……あ、本読んでて忘れてた」

「忘れることなのか? 何の本読んでんの?」

「知ってるかな。徳尾徳道先生の新作」

 

 俺は自分の耳を疑った。

 

 徳尾徳道、通称二徳さんは、作家の傍ら闘技者をする異色の経歴を持つ人だった。サブの方の闘技者の方で日銭を稼いでおり、作家としては何冊も出版するも一般受けはせずにそれだけで食べていく事はできていない。俺も何冊か読んだ事はあるが、お世辞にも面白いとは思えなかった。一部コアなファンがいるとは聞いていたが、まさか目の前に現れるとは。

 

「作家の名前は知っている。ただ新作が出てたのは知らなかった」

「良かったら貸すよ? 自分が欲しかった才能とは別の才能をもらった主人公が、自分の人生に絶望しながらももがきにもがく話なんだけど、個人的には先生の著書のなかでダントツの傑作だと思ってる。なんで未だに売れないのか不思議」

 

 何だか聞き覚えのある話だ。モデルは二徳さん自身だろうか。

 

「ありがたいけど、最近忙しくていつ返せるかわからないから良いよ。時間できた時に買って読んでみる」

 

 忙しいのは本当だ、嘘は言っていない。

 

「そう。まだ授業まで時間あるし、ちょっとお話ししない?」

 

 この売れっ子女優は、変な噂が立つのを気にしないのだろうか。校内だから油断している? そもそも友達の兄だからそう言うのは一切考えていない? いずれにせよ、自分の横を手で軽く叩いてここに座れと言っている不知火さんの無言の圧に従って腰を下ろす。今朝の大久保さんとのやりとりを思い出して、少し距離は空けた。

 

「話って、ルビーならともかく俺とはそこまでだろ?」

「まぁそうなんだけどね。でも美形の双子の内可愛い妹と仲良くなったなら、イケメンの兄とも仲良くなっておこうかなって。その方が目の保養になるし」

「何だその理由……」

 

 ルビー曰く、テレビではクール系な不知火さんだが、実際に話してみると面白いらしい。友達になった。ああだったこうだったと、幼稚園児か小学生かと思うほどはしゃいでいた。

 

「友人として仲良くなりたいのは本当だよ」

「それはどうも」

 

 なんて言うか、やりにくいな。

 

「ちなみにさっきは咄嗟にアクアさんって読んじゃったけど、希望の呼ばれ方とかある? お兄さんとかお兄ちゃんとかお兄様とか」

「何で兄で拘ってんだ。苗字じゃルビーと区別つかないし、普通にアクアで良いよ」

「そう……じゃあアクアさんで」

 

 演技だろうが、露骨につまんなそうな顔をしている。本当に何なのだろうか。

 

「アクアさんは苺プロに居て長いんでしょ? 斉藤社長とも仲良し?」

「一応子役の頃からやってるから、在籍して十年以上にはなるな。社長には普段から良くしてもらってるよ」

 

 調べれば出てくる事だが、社長と母さんは親子関係。つまりは社長は俺の母方の祖父になるわけだが、まあ知らない可能性もあるか。

 

「そうなんだ。うちの事務所はそんなに大きくない所なんだけど、うちの社長、斉藤社長のファンなんだって」

 

 表向きは一代で大手まで発展させたやり手社長だし、憧れる人がいるのもわかる。俺の知る他の会長社長と比べると貫禄はあまりないが、実際に仕事の腕はあるのは間違いない。

 

「それで?」

「だから真似して髪染めてみたり、グラサンかけてみたり。面白かったのは、斉藤社長を真似てある事を目指してるんだって」

 

 暑さのせいじゃない。俺の背中に汗が伝った。

 

「ねぇ、アクアさん。拳願仕合って知ってる?」

 

 どう答えるのがベストだろうか。日本の裏格闘技会は拳願会だけじゃない。豊田さんが仕切る煉獄や、他にも数多くの組合があって、金持ち達は割と知っている。だから不知火さんの事務所の社長が知っていても不思議ではない。

 

「拳願仕合? 何だそれ、初めて聞いたな」

「そうなの? 何だか大企業達がこぞって参加しているんだって。うちの社長が言うには苺プロはそっちでも有名だって聞いたんだけど、アクアさんも知らないなら後でルビーにも聞いてみるね」

「……何で知ってんだよ」

 

 諦めた。全部知ってんじゃねえか。今までのやり取りいらねえだろ。

 

「うちの社長が誰かと話してるのが聞こえちゃってね。気になって後で聞いたらはぐらかされたから、教えないなら事務所辞めるって言ったんだ」

「脅迫だろ、それ。そっちの社長に同情するよ。だいたい何で俺なんだ?」

「ルビーは可哀想だし、アクアさんならルビーに聞くぞって言ったら答えてくれるかなって」

 

 こんな事ならサボれば良かった。いや、今日が別の日になるだけか。

 

「後は、仕合を見てみたいって行ったら連れてってくれるかなって」

「そっちの社長に連れて行って貰えよ」

「社長と二人きりとかマジでムリ。たまにいやらしい目で見てくるし」

「本当に辞めちまえそんな事務所。まあ、不知火さんには同情はするが、だからってイエスとは言えない。そもそも俺だって偶然知ってるだけで、気軽に知人を連れて行けるわけじゃないし権利もない」

「そっか……残念」

 

 不知火フリルという人間が良くわからない。

 

 これで諦めてくれると良いが。

 

 

 

 

 不知火さんとの件があってから数日。あの後も学校で顔を突き合わせたが、特にあれ以降追求されることも無く、今まで通りの生活だった。あくまで友人の兄というポジションで、そこまで頻繁に話すわけでもない、というのも違和感を覚えなかった理由かもしれない。

 

 今日は父さんの仕合がある日だった。

 

 仕合会場に足を運ぶと、つい辺りを見渡してしまう。

 

「どしたのアクア? 誰か探してる?」

「いや、何でもない」

 

 母さんにも不審がられてしまった。しれっと不知火さんが来ていてもおかしくないと思って探してしまったのがよくなかった。

 

 父さんの仕合は相変わらず人が多い。長年在籍しているから固定ファンが居るだろうが、絶命トーナメント以降レジェンド闘技者として箔がついたのもあるのだろう。ましてや今日の対戦相手も同じく絶命トーナメントに参加した千葉さん。レジェンド同士と言うこともあり、他の有名闘技者の姿もちらほら見える。

 

 ほどなくして仕合が始まる。

 

 いつも通りの構えを取る父さんと、千葉さんは加納さんにそっくりな構えを取る。少し前屈みになり、肩をぐりぐりと回す不思議な構え。加納さんの姿がチラつく。千葉さんは動きを模倣する闘技者だから、実戦投入する以上本人の満足のいく出来になったのだろう。

 

「カノーさんの真似かー。アカネちゃんの真似は内面だったけど、真似って言っても色々あるね」

「千葉さんにアカネちゃんみたいに内面も真似れたら最強になるんじゃない?」

 

 まるで緊張感のない母さんとルビーは、父さんが負けるのは微塵も思ってなさそうだ。

 

 大事なのは強い技を使うのではなく、いつその技を使うか、と以前父さんが言っていた事を踏まえると、ルビーの言う事は間違いじゃないかもしれない。黒川が真似るのは内面。思考も模倣できる以上、この時にはこれの技を、と言うのも本人に限りなく近いはず。仮に完全模倣できたら、相手はそれこそ無数の闘技者や闘士を相手取るように感じるはずだ。

 

 仕合時間はそう長くかからなかった。

 

 加納さんの無形を使って始めは回避していた千葉さんだが、嘘技だったか、父さんがそれを使い始めた以降一気に形勢が傾いた。父さんの技も見ていて目が疲れる。普段いかに人間が視覚からの情報に頼っていて、かつ記憶と想像でそれを補っているかがわかる。来ないところに来る足、来るはずのないタイミングで来る拳、見ていて頭がバグりそうだ。

 

 最後は締め技で落とされ、父さんが危なげなく勝つ。

 

 今日の仕合は一仕合だけ。終われば会員達も解散するが、普段とは違って後ろの方がざわついている。爺さんか豊田さんでも来たのだろうか。いや、豊田さんはデカいから来たらわかるはず。となると爺さんか。色々世話になったから改めて礼を言った方が良いと思い、喧騒としている方への向かう。

 

 聞こえてくる声から、爺さんじゃないかもしれない。

 

 何となく嫌な予感がよぎり出すも、とりあえずは誰が来たのかを確かめるべく向かった。

 

 俺をアクア君と呼ぶ声がした。

 

「……く、黒川?」

 

 来訪者の正体が分かった時、俺は頭を抱えたくなった。

 

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