一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
JIFまで一ヶ月を切った。夏も本格的になってきて、外に出るだけでも汗をかいちゃうくらいに暑い。それはなんか気持ち悪く感じるのに、レッスン中はそれが嫌に感じなかった。
歌も振り付けもちゃんとトレーナーが付いて練習させてくれたから、その甲斐あってだいぶまとまってきた気がする。かなちゃんは口では自分は下手だって言う割に、相変わらず裏で努力して私達とやる頃には完成度上げてくるし、MEMちょは三人の中で一番忙しいのに一生懸命やってくれてる。笑顔だって可愛くて、アイドルを好きって言ってくれたし目指していたっていうのもあって、ちゃんと魅せ方をわかってる。
「やっぱり急には上手くならないかぁー。もっと真面目にやっておけば良かったよ」
ただ、歌に関しては昔の私と同じくヘタウマの部類だった。
「しょうがないよ。私もボイトレとかすごいやって、やっとなんとかなったし。地道にやっていくしかないかな」
「ルビーが言うと説得力があるわね」
懐かしむようにかなちゃんが言う。ピーマン体操歌ってた頃よりも下手だったもんね。そこからここまで成長したんだから、頑張って良かったって思える。
「でしょ? だからMEMちょも大丈夫だって。一緒に頑張ろうね!」
「優しさが染みるねえ。本番もきっと下手のままだろうけど、下手は下手なりに頑張るよ。アイドルは個性!」
「その調子だよ、じゃあもう一回やろう!」
自主練用に借りたスタジオの時間はまだまだある。鏡の前で通しで歌って踊って、ひたすらに繰り返していく。やるたびに思う。本番で最初から最後まで完璧に熟すのは大変だ。疲れてくるとどうしても上げたつもりの腕が上がらなかったり、声も出にくくなってくる。練習と違って、お客さんを前にすると緊張だってある。
どこかの誰かが言ってた様な気がするけど、練習でできないことは本番じゃ絶対できない。練習でできても本番でできるとは限らない。だから皆たくさん練習をして、これでもかってくらい積んでくる。きっと一流って言われる人たちはそれが心底好きなんだと思う。そうじゃなきゃ続けられないもん。
でも、がむしゃらにやってもだめ。ちゃんと考えて、適度に休みを入れないとトレーニングの質が落ちるって言うのは、パパが言ってた。
「疲れた〜」
床に倒れるように寝転がる。疲れるけど、勉強とは違って好きなことをやっているからか充足感がある。MEMちょはぐったりしているけど、かなちゃんはまだ余裕がありそう。
「有馬ちゃん元気だねぇ……」
ゾンビみたいになったMEMちょがかなちゃんに声をかける。
「女優も体力仕事だから、毎朝走ったりトレーニングして体力つけてるからね」
知っている限りでも本当に努力家。私のお願いに根負けしてくれたのかもしれないし、もしかしたら足掛け程度に考えているのかもしれないけど、最初に一緒にやってくれるって言ってくれたのはすごい嬉しかった。期間限定なのは寂しいけどね。
「私、変なこと言った?」
顔に出てたのかな。少し怪訝そうな顔をしている。
「ううん。一緒にアイドルできて嬉しいなって」
「何よ、いきなり……」
「あれー、有馬ちゃん照れてるの?」
「照れてるの?」
「照れてない!」
間違いなく照れてる。長年の付き合いでわかるけど、照れるときは必ずそっぽを向いて否定するんだよね。素直じゃないなーって思うけど、それがらしさなんだと思う。
「MEMちょもありがとね」
「どういたしましてぇ。私の方こそ誘ってくれてありがとうだよ」
「頑張ろうね!」
早く来ないかなー。
前にママと一緒にやった時もすごい楽しかった。可愛い衣装もあったわけじゃないけど、多分一生に一度のママと二人だけのユニットを組めた気がした。母親でもあって、生きる力くれた恩人でもあって、憧れの人。やっと同じ立場に立てる。
扉が開く音がする。
まだ時間はあるけど、誰だろう。
「三人ともやってるね。差し入れ持ってきたよ」
「ニノちゃんだ! ありがとー!」
天井を歩いていたらニノちゃんは、私が体勢を変えるとちゃんと地に足をつけてる。ビニール袋を持っていて、渡されたそれにはスポーツドリンクとかアイスとかが入ってた。
「お腹壊さないようにね」
「ありがとうございます」
かなちゃんは入りたての頃、撮影に一緒に行ったりしてニノちゃんの付人的な立ち位置で面倒を見てもらってたみたい。割と波長が合うのか、それ以降も付き合いが続いてるって言ってた。
「B小町のニノさんだ! わざわざ見にきてくれるなんて光栄だー」
MEMちょはママ推しだったけどB小町そのものもすごく好きで、引退以降ずっと応援してたらしい。
「どう? 順調?」
「まあまあって所ですね」
「少ないけどまだ時間あるから大丈夫でしょ。ステージはどこになるの?」
ステージは全部で十個あって、メインステージは今をときめく有名アイドルたちが出てくる。さすがにまだユーチューブでしか表立って活動してない私たちはそこは取れなかった。
「Happy Gardenだよ」
「ムジテレビの沿岸スタジオ横の公園ね。初ライブでJIF出るのも相当だけど、スターステージじゃないのも凄いね。私達の時と大違い」
スターステージは沿岸スタジオの屋上にあるステージで、地下アイドルの子達も多く出てくる所になってる。日差しを遮る物がないから暑いって言われてるけど、夏だし屋外はどこも同じなんじゃないかな。
「B小町の最初のライブって小さな会場だったんですよね?」
「よく知ってるね。数十人入るくらいの小さな所で四番目に出番で、ここも私達以外いないような、いかにも駆け出しのアイドルって感じだったよ」
ママ以外のメンバーから昔のB小町の話を聞くのは新鮮。最初は仲も悪くて大変だったよーって言ってたけど、他の人もそう感じてたのかな。
「やっぱり最初は大変だったんですか?」
「それはもう大変だったよ。社長達はドームドームって言ってたけど、私達は売れれば良いやって考えだったし、メンバー間でのいざこざもあったから」
「それって、やっぱりママと?」
「そう。ある程度皆知ってるだろうし、今はそんなことないから言えるけどね。いきなり社長が連れてきたかと思えば、ある日突然アイをセンターにするなんて言うんだよ? その時はルビー達よりも幼くてまだまだ子供だったから癇癪に近かったのかもしれないけど、ひと足先にやっていたこっちとしてはやる気も無くなるし、ふざけんなって思うよ。アイもアイでよく分からないし、早々に日向君を事務所に連れてきてたし。そんなんだから当然喧嘩もしたよ」
突然知らない子を連れてきてその子をセンターにするって言われたら、私もたしかに納得できないかもしれない。
「なんか生々しい暴露が……」
「喧嘩するのが必ずしも正解ってことはないと思うけど、私達の場合はそれがあって良かったんだと思う。そこから、ちょっとずつお互いの事を理解できてきた気はするから。まあこの辺りは元いじめっ子側の意見だから、アイからしたら違うのかもだけどね」
「そんな事ないよ。ママもニノちゃんとはよく喧嘩したりしたけど、今は仲良しだよーって言ってるし」
「そう? それなら良かった」
二人の間でどんなやり取りがあったかは分からない。でもママは、ニノちゃんに限らずメンバーの事を悪くだけ言う事はなくて、昔はああだったけど、今はこうなんだよって言ってた。
「途中で辞めようとか思わなかったんですか?」
かなちゃんが質問する。
ほんの少しの間があって、その間エアコンの動作音がやけに大きく聞こえた。
「何度も思ったよ。でもその度にここで逃げたら負けたなーとか、辞めるにしてももっと売れてから辞めてやる、とか思ってたらアイがささっと辞めちゃって。その後は世間がアイのいないB小町なんて、なんて言うから頭にきてね。アイがいない状態でドームまで行ってやるって思ってやってたよ」
ママがいた時のドームライブは、パパが仕合で権利を勝ち取ったからデビューして比較的早期にできた。でもニノちゃん達は、仕合はあっても基本的には防衛側だって言ってた。積み重ねて、しっかりと実力でドームライブ開催を掴んでる。すっごい努力したんだろうな。
「って、若い子達に何言ってるんだか。私が言いたかったのは、何か思うことがあったらちゃんと話し合った方が良いよって事。ごめんね、休憩中だったでしょ。アイスも溶けない内に食べちゃって」
実体験に基づいた話だからか、説得力があった。
アイスは、触ってみたら良い感じに溶けていた。カチカチで食べにくい時あるから、これくらいの方が一緒に付いてくるスプーンでも食べられる。小腹も空いてたし、せっかく持ってきてくれたなら食べようっと。
「そうだ。ルビーに聞きたい事あったんだった。日向君どこいるかわかる?」
味はバニラ味。冷たさと甘さがちょうど良くて最高。堪能しているところで、ニノちゃんが珍しいことを聞いてきた。
「パパ? 警備室にいなかった?」
「そうなのよ。朝いた気がしたんだけどね」
「一緒に来たからいると思うけどなー。何か頼み事?」
社長のところか、龍鬼君とまた抜け出して修行してるのかな。
「頼み事と言うか、最近体が疲れてる気がするから良い整体とかないかなって。そういうの詳しそうだし」
ニノちゃんは肩を抑えながら軽くて回してる。
「それなら……なんだっけかな、たしか暮石整骨院が良いって聞いたことあるよ。確か御茶ノ水にあるって」
「御茶ノ水にある暮石整骨院か、ありがとう。今度行ってみるね」
ニノちゃんが部屋を出ていく。
扉が閉まると、MEMちょが口を開いた。
「はぁ、緊張したぁ」
「そう? 良い先輩だけど?」
「そう言うのじゃなくて、いきなり会っちゃうとファンとしてはメンタル持たないんだよぉ」
「ママの時も大興奮してたもんね」
「あれは私の一生の宝だよ」
「またいつでもおいでよ。かなちゃんもよく遊びに来るし」
「半分くらいはアンタが連れてくんでしょうが」
「良いじゃんお泊まり会。楽しいでしょ?」
可愛いパジャマを着て、遅くまで部屋でたわいの無い事沢山話して、そのまま寝落ちなんかしたりして。前はそんな事さえできなかったから、とにかく楽しい。
「半分は自分で行くんだねぇ」
「色々アイさんに色々聞ける機会なんてそうそう無いんだし使わない手はないでしょ。女優としてもアイドルとしても、学ぶべき事は多々あるんだから」
用意してあったかのような答え。色々聞いてるみたいだし、嘘じゃないんだろうけど、ここでお兄ちゃんに用はないのって聞いたらどうなるんだろう。あかねちゃんが割と攻めてきてる気がするから、うかうかしてるといつの間にか、なんてなるかも。まあ、お兄ちゃんもお兄ちゃんでよくわかんないからなー。私はどっちを応援したら良いんだろう。本気なら止む無しだけど、遊びで手を出すつもりなら絶対に許さない。普通の兄妹とかはこう言う時どうなんだろう。
まあお兄ちゃんの色恋は置いておいて、私は私のする事をしないとね。