一番星の王子さま   作:160万のワインを飲み損ねた

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 目覚ましが鳴らずに目が覚める。今日は休日で、仕事も入っていない完全オフの日。昨夜のうちにスマホのアラームをオフにしておいて正解だった。ぐっすり眠れたおかげで疲れも取れている。時間を見れば九時を過ぎていて、かなり寝た事がわかる。カーテンを開ければもちろん外はこれでもかというほど明るくて、遠くには積乱雲も見えた。夏だな、という言葉がふと口から溢れた。

 

 体を伸ばせば、ところどころパキパキと関節や骨が乾いた音を立てて、伸びた筋肉が熱を持つ。さて、貴重な休みだ。どう過ごすか。

 

 特に予定も入れてなかったから、読めていなかった本を読むのも良いかもしれない。不知火さんが絶賛していた二徳さんの本も、買ったはもののまだ手をつけていないから、それから読んでみるのも手だ。

 

 腹が鳴る。

 

 まずは朝食からだ。

 

 部屋を出て階段を降りる。一階も自然光で明るくなっているが、誰の姿もない。別の部屋か、仕事か、もしくは買い物にでも出たのだろう。

 

 リビングテーブルには手書きのメモがあり、朝食は冷蔵庫に入っているようだ。見てみればサラダと目玉焼き、ウインナー。パンを焼けば良さそうだ。

 

 ウインナーを別皿に移して温め、パンを焼く間、コーヒーの準備も始める。最近購入した全自動のエスプレッソマシンだから、ほとんど手間はかからない。水を入れて飲みたいメニューを選ぶだけで、あとは勝手に作ってくれる。豆が挽かれた時の香りやパンが焼ける香りは、それだけでもちょっとした幸せな気分に浸れた。

 

 少し待てば諸々出来上がって、一人優雅に朝食を摂る。テレビも敢えてつけず、音楽も流さない。この静かな時間が、また久しぶりな感じがした。

 

 ささっと食べ終えて、食器を洗って片付ける。俺の分くらいならわざわざ食洗機を使う必要もない。

 

 歯を磨き、顔を洗い、寝癖を直して着替える。着替えもパジャマから部屋着に着替えただけで、正直変わり映えはしない。着替えを取りに行った際に何冊か選んでおいた本と、改めて入れ直したコーヒーをソファ横のサイドテーブルに置く。腰を下ろしてゆっくり寄りかかりながら、まずは一冊目、二徳先生の本に取り掛かる。

 

 以前読んだ本よりも、小難しい表現は少し減ったか。誤差かもしれないが、それでも読める内容だ。聞かされた通り、才能の有無にテーマを置いた作品で、本人の境遇も反映されているのか、主人公の葛藤の描写は素晴らしかった。

 

 デジタル媒体は持ち運びが楽で良いが、個人的には紙媒体が好い。慣れているというのもあるのだろうが、ページを捲る感覚が好きなのかもしれない。

 

 何度かコーヒーを口に運びながら、どんどん読み進めていく。

 

 読み終わる。

 

 ふと壁に掛けられた時計をみれば、ちょうど昼時になっていた。二時間くらいは読んでいただろうか。スマホも見ないようにしていたから、没頭できたのは久しぶりだ。たまにはこう言う時間も良い。

 

「そんなに腹減ってねえな」

 

 誰に言うわけでもない一人言が溢れる。朝が遅かったのもあるから、もう一冊読んでから簡単な物を作って食べるでも良い。もしお腹が空いたら出前もありだろう。

 

 次は何を読むか。

 

 有馬から借りた本か、興味本位で買ったのでも良い。しかし、なんて優雅な時間だ。自分で蒔いた種とはいえ、ここ最近は忙し過ぎた。黒川の件もだいぶ返しはできたはず。

 

 とりあえず、有馬から借りたよくわかるシリーズでも読むか。

 

 ドタドタと足音が近づいてくる。

 

「疲れたー、お腹すいたー」

 

 首にタオルをかけたルビーが入ってくる。その後ろには何故か有馬とメムの姿もあった。

 

「あ、お兄ちゃん起きてたんだ。……って何、その顔」

 

 さようなら、俺の優雅な時間。思っていたより短かったな。

 

「何でもねえよ。三人で何やってたんだ?」

「JIFが近いから追い込むために合宿やってるんだよ。昨日言ったの覚えてないの?」

「昨日……? そう言われると、そんな事を聞いたたような」

 

 正直、疲れていてほとんど頭に残っていない。ただ本番まで一週間を切ったから、確かに追い込みには良いのかもしれない。

 

「もー! ちゃんと聞いててよね!」

「悪かったよ。合宿って言うなら、今は昼休憩か? 三人分も食材ないぞ」

「出前取ってるから大丈夫だよ。もう直ぐ来ると思うんだけどね」

「何頼んだんだ?」

「お寿司だよ」

「また贅沢な物頼んだな」

「良いでしょー。余ったらお兄ちゃんにも上げるね。まだ食べてないんでしょ?」

「そうだな。そんなに腹も減ってないし、余るなら貰う」

 

 そんなことを話している内にインターホンが鳴る。

 

「お前らは休んでろよ。俺が受け取ってくる」

 

 せっかく頑張っているのだから、これくらいはやっても良い。ルビーの感謝の言葉を背に玄関へと向かって受け取る。

 

 思っていたよりデカいな。三人前じゃなくもっと大人数用のサイズな気がする。ルビーも割と食べる方だとは思うが、有馬とメムはそこまでのはず。余った分を俺だけで処理し切れるか不安ではあるが、最悪父さんがいるから捨てることにはならないだろう。

 

 リビングへと持ち替えれば、ランチョンマットと小皿が出ており、すでに待ち構えられていた。五人分用意されていて、母さんが指導しているのかと思うと、多めに見えた寿司にも納得した。午前からハードだったのか、手が伸びるのも早い。

 

「母さんは片付け?」

「そだよ。ニノちゃんと話してたから後で来るって」

「新野さんも来てるのか。贅沢な合宿してんな」

 

 初期と中期後期のセンターが指導してくれるって早々ない状況だ。他のメンバーは他所に行ったり引退したりとそれぞれの人生を歩んでいるから中々呼べないだろうが、もし揃っていたら全員来そうな勢い。

 

 というか、それで五人分か。俺の分はそもそも考えられてなくて、本当に余ったらって事か。いや、別に期待しねえけど。見ているだけなのもそれはそれで辛いから、ソファに戻る。

 

「コネコネ言われるなら、いっそのことそれを最大限利用してやるわよ」

「そうそう。注目は嫌でも集まるんだから、実力で見返しちゃえば良いんだしねぇ」

 

 有馬もメムも、良くも悪くも慣れてきている様に思えた。

 

 完全に実力で評価される世であるのであれば、きっと本来はそれが理想的。スポーツ選手なんかはそれに一番近いだろうか。医者は、大学病院の例があるから実力評価とは言い難い。芸能界はクリーンではないから、実力よりも数字を持っているタレント、扱いやすいタレントは重宝されやすいように思える。そんなことは有馬が一番わかっているかもしれないが。

 

「お兄ちゃんも当日は見に来るんでしょ?」

「ああ。その日は仕事を入れないように調整したからな」

「アクたんは一人で来るの?」

「どうだろうな。父さんや母さんが行くだろうし、一緒に行くんじゃないか」

 

 その辺りの話はしていなかった。他のグループも大勢参加するから、関係者席なんてない。入場時のセキュリティチェック時は厳格にされるだろうが、ある程度は一緒にいた方が良いはず。

 

「アイさん来たらそれはそれで騒ぎになりそうだねぇ」

「流石に変装くらいするだろ。まあ仮に身バレしても、近づけるとは思わないけどな」

「何それ? アンタの父親がガードするって事?」

「そんなところだな」

 

 来るのは父さんだけじゃない。爺さん達だって来るだろうし、そうなれば護衛者達も来る。ひたすら鍛錬している上にきっちり教育も受けているからお堅いイメージが付いていて、女性もいるにはいるがほぼ男社会。そこに特にその手の事を気にせず話しかけてくれるルビーと母さんがいれば、当然ながら人気は出る。下手に二人に近づこうとすればコワモテの黒服連中に連行されるのがオチだ。あの人達は当日もスーツを着てくるのだろうか。母さんの卒業ライブの時は来てたらしいから、きっと今回もそうなのだろう。かなり浮くとは思うが、一応言っておいた方が良いかもしれない。

 

「私はあんまり話した事ないからよくわからないんだけど、アクたんとルビーのお父さんは格闘家なの?」

「趣味でやってる程度だよ」

「趣味ねえ。その割には随分詳しいとは思うけど」

「かなちゃんは前からちょくちょくボクシングのやり方とか教わってたもんね」

 

 どうやら、本当に筋が良いらしい。俺は受け方こそ習っているが、気質が向いてないと言われて殴り方等は教わっていない。自分がその立場になると、どうしても忌避感が拭えないから父さんの見立ては正しい。

 

「好きが高じたってやつだろ。気になるなら直接聞いてみたら良いんじゃないか」

 

 同じようにはぐらかされるとは思う。

 

「機会があったら聞いてみるよぉ。今はこっち優先しないと」

「きっと聞いてみてもはぐらかされるだけよ。私も何度か聞いたけど、全然まともに答えてくれないし」

「聞いてみたことあるんだ」

「勿論。色々教わってみれば普通じゃないのはわかるし、気になったなら聞いてみたくなるじゃない」

 

 普通はそうやってはぐらかされて終わるはず。やっぱり、たどり着いた黒川のプロファイリング力がおかしいだけだ。ルビーと目が合うが、同じように考えてる気がする。

 

「あ、でも私、そもそもそんなにお話した事ないかも」

 

 メムが言うように、あまり話している場は見たことない。今日もいないようだし、気を遣って席を外しているんだろうが、もしかしたら体の良い口実としてでかけてるのかもしれない。まあ行き先とやる事なんて大体同じで、今日も爺さんの家にでも行ってるんだろう。

 

「声かけたら話すと思うけど、そんなにパパと話す事ある?」

「どんな人がアイさんの旦那さんなのかって言う興味本位かなぁ」

 

 ファンからしたら気になるのは当然。ガッツリ裏に関わってるから、ほとんど表にも情報は出ていない。

 

「ママが大好きで私に甘いよ」

「アンタに甘いのはわかる気がする」

「そうかな? 事務所だとそんなにじゃない?」

「すぐあれやってこれやって、迎えに来てーあそこに送ってーってやるじゃない。たまに見てて不憫に思う事あるくらいよ」

「きっと喜んでるよ」

「その内怒られても知らないわよ」

「大丈夫大丈夫。全然怒らないから」

 

 それに関してはどうかと思うんだよな。甘やかすだけじゃろくな大人にはならない。ルビーも前世がどんなだったかはわからないが、それがあるからこそ悪い方向にわがままにならずに済んでいるんだろう。まあ本気で怒られたら、相当ビビる自信はあるから、その辺のブレーキも効いているのかもしれない。

 

「ルビーが言う事じゃないねぇ」

 

 冷静にツッコミが入る。

 

「アクアも起きたんだね。朝ごはんは食べれた?」

 

 だいぶ寿司が減ったところで、ようやく母さんと新野さんが戻ってくる。

 

「朝は食べたよ。昼は適当に食べるから」

「そう? お寿司良かったら食べてね」

 

 母さんたちが来た事で話題が変わり、昼休憩が終われば午後はバミリ意識してやるとの事。これだけ頑張っているのであれば本番が楽しみだ。

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