一番星の王子さま 作:160万のワインを飲み損ねた
メインの照明は付いてないけど、淡いライトが部屋を薄く照らしてくれてる。ベッドに入ったものの、全然寝れる気配はない。寝相はさておいて寝つきは良い方だから、こんなのは久しぶり。ただ理由は分かりきってた。
「いよいよ明日だね。なんだか私もワクワクしてきちゃった」
私と違って、ちっちゃい時から純粋にアイドルになりたいって言ってたルビーがやっとステージに立つ日が、いよいよ明日に迫ってる。ずっと前から準備をして、最後の一週間で追い込み合宿もやった。体力は前々からつけてたし、一週間でいきなり増える事もないから、細かい所に意識して精度を上げる事に注力した。
「三人とも随分と頑張ってたからな」
「だよねー。最後にライブ見に行ったの随分前だから、楽しみだなあ」
最後はB小町の解散ライブ。私の時と同じようにドームでライブで、見る側に立った時にファンの見てる景色が初めて理解できた気がした。辞めなきゃよかった、って訳じゃないけど、アクアとルビーを産んだ後も続けても良かったかも、なんて思ったりもした。
「明日は何時に出ようか?」
「出番は夕方だったから、一時間前にでも着くようにすれば良いんじゃねえか。チケットは取ってあるし入場時間に制限もなかったろ」
ケイの言う通り、チケットは事前に購入済み。ただ席指定じゃないから、良い場所を取れるかどうかは微妙かも。
「もうちょっと早く行こうよ」
「なら、昼もそっちで食べてそのまま行くか」
「そうしよ! 明日アクアにも言っておかないと」
明日の朝は少し早起きの予定。ルビー達がまだ家に泊まってるから、朝ごはんを用意しないといけない。人数が多いからパンを買って簡単なサンドイッチとかになっちゃうけど、それでも人数が多いと大変。
ルビー達はひと足先にミヤコさん達が迎えに来て、そのまま会場に送ってもらう。私達は少しゆっくりしたら移動だね。途中でニノと合流して、四人で行く感じかな。
「そだ、お爺ちゃん達が来るのは聞いてたけど、他は誰来るの?」
「結構声かけたけどどうだろうな。氷室と金田、大久保だろ、あとは関林さんと春生辺りは行くって返事あったな」
ケイが思い出すように出てきたメンバーは、私もよく知る人達。護衛者さんたちみたいに黒スーツは着てこないだろうけど、目立ちそうだなー。
「龍鬼はそもそもルビー達についてるから、光我も来るかもな」
リューキ君はいつのまにかパソコンを使いこなしてるかと思ったら、ミヤコさんのサポートをしていて半分マネージャーみたいな事もしてくれてる。会社ではケイと似てるから従兄弟って設定になってて、特に疑問を持たれてないみたい。所属タレント達から人気あるって聞いた事あるけど、リューキ君本人があんまり興味なさそうで、なんとなくそう言うところは似てるって思った。
「コーガ君忙しいんじゃないの?」
煉獄に一時的に移籍したとかなんとか。レンタルとかだっけかな。
「忙しいだろうよ。強制じゃねえから、そっち優先したって文句は言わねえさ。息抜きついで時間あればって声かけただけだしな」
「コーガ君すごいね。ケイもうかうかしてたら抜かれちゃうかもね」
「まだ抜かれるつもりはねえよ」
と言う割にはどこか楽しそう。
三十歳を過ぎてるから肉体的なピークは過ぎて、強くなるためには技術面や精神面だって言ってた。ただ結局やることは同じで、努力を続けること。遠回りなようで、結局それが正解みたい。これに関しては、格闘技に限らずどの分野でも同じなんだと思う。才能の差で成長幅とかスピードとかは変わるけど、最後に勝つのは努力を続けた人。
「アイこそ、ここでルビー達が人気でたらさすがに取られちまうかもしれねえぞ」
ユラちゃんとかフリルちゃんとか、私よりも若くて可愛い子達がどんどん出てきてる。アカネちゃんとかカナちゃんも、きっとこれからだったりまた売れっ子になるはず。この業界は特に入れ替わりが早くて、去年見てた人が今年は全く、って事も珍しくない。私もアイドルとしてこの業界に足を入れて、もう長い事やってきた。
「ルビーに抜かされるなら本望かな」
責任感なんて持てるほど真面目な人間じゃない。でもどこかで必ず終わりが来るのなら、それはきっと私からルビーはバトンを渡す時。それは、きっと遠くない未来の事。
「そうか」
言わなくとも意図したことが伝わったんだと思う。ケイの反応は短くて、少しだけ寂しそうな声をしていた。
「そしたらいっぱいお出かけしようね」
「アクアとルビーもしっかりしてるし、二人だけで行くのも良いかもな」
アクアもルビーももう高校生だから、ずっとお世話をする必要もない。元々しっかりしてるから、数日とか数週間家を空けてもちゃんと生活できるはず。二人だけで旅行とかもできてなかったから、引退後は自分達の時間を楽しむのも良いんじゃないかなって思ってる。
「だねー。まあ、そう簡単には渡すつもりはないけどね!」
「そりゃあそうだろ。手を抜いたら怒られるぞ」
簡単に渡しちゃったら他の子達に悪いもんね。ちゃんとやって負けた方が、私としてもスッキリ辞められるし。
「それは怖いね」
怒られないためにも、私もちゃんとしないとね。
話している内にどんどん時間が進んでいく。私もそろそろ寝ないといけないと思って、おやすみと言って、いつもの様にキスをしてから目を瞑る。
隣で寝息が聞こえなって思ってる内に、私もぼんやりとしていくのがわかる。
意識が落ちる。
寝坊しないためのアラームが鳴ると、いつのまにかカーテンの隙間から陽の光が入り込んでる。眠い。もぞもぞと動いて、隣にあるゴツい腕に絡まる。安心する匂い。また落ちかけた所で、私の体が揺すられる。
「起きる時間だぞ」
「ん〜、あと五分」
「はいはい。あと五分な」
最後は声にならない返事だった。
きっと五分だったんだろう。また起こされて、眠かったけど起きなきゃって考えがあったのか何とか上体だけ起こす。
「……おはよー」
まだ頭がポヤポヤする。
「おはよう。起きて寝癖直そうぜ。ボサボサですげえぞ」
「……つれてって〜」
「まだ寝ぼけてんな。誰かに見つかっても知らねえからな」
半分反射的に出た言葉の後、浮遊感を覚えた。定期的な振動は階段を降りてるのかな。気がつくと洗面所にいて、目覚ましも兼ねてとりあえず冷たい水で顔を洗う。目が覚めた状態で鏡を見ると、長い髪がかなり乱れてた。自慢じゃないけど、私の髪はサラサラしてるから櫛で解かせば割とすぐに戻る。家族以外には見せられないよね。
一旦髪を後ろで軽く縛って、朝食の準備に取り掛かる。だいたいの準備は昨夜のうちに済ませてたから、ちゃちゃっと済ませる。今更ながら、子供の頃はこんなに大人数向けの料理をすることになるとは思わなかった。
用意できたタイミングでちょうどよくルビー達が起きてくる。
人数が多いから追加で椅子を出して、いつも以上に賑やかな朝食になる。三人とも眠れたのか、隈とかもなくて大丈夫そう。
ルビー達の着替えは現地に着いてから。とは言ってもお化粧とかはある程度やっていかないといけないから、ご飯を食べ終えるとそれぞれの化粧ポーチがリビングテーブルに並んで始まる。三人とも可愛いから、より可愛くなるのを見るのは楽しい。
バタバタ皆が用意していると、ミヤコさんが迎えに来る。
「じゃあ行ってくるね!」
「楽しんできてね! 私達も後で行ってちゃんと応援しに行くから」
ケイやアクアと一緒に外に出て、手を振りながら見送る。
予報通り朝から太陽は絶好調で、少し外に出るだけど肌が焼けそうになる。日焼け止めを塗ってなかったから、出かける前にちゃんと塗っておかないと後々真っ赤になりそう。
私達も準備をしないと。
アクアは昨日の内に用意していたみたいで、着替えたら終わったとリビングでくつろぎ始めた。ケイもほとんど持ってくものがないから次に終わって、あれこれ準備した私が一番遅くなっちゃった。男の人の用意ってなんでこんなに早いんだろうね。私が終わる頃には、もう荷物も車へと積み終わってた。
「お待たせ!ニノ回収しに行こうか」
「帽子わすれてんぞ」
「ありがと」
そのまま頭の上に被せられたキャップを調整する。マスクは一応持ってあるけど、暑いからつける気は中々起きない。
車も遠隔操作だかで冷えていて快適。
ニノの住むマンションのエントランスに車をつけてもらって、ロビーで待ってたニノがささっと車の後部座席に乗り込む。
「アクア君は久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「日向君も運転ありがとう」
「どうせ行き先は同じだから気にすんなよ」
「ブランケット、寒かったら使ってください」
「気が効くね。アクア君モテるでしょ」
ニノはそれを受け取って膝にかける。
そうなんだよね、密かにお爺ちゃんとかから教えてもらってるのか、特に意識せずにやってるのか、アクアは妙に女性慣れしてる気がする。私も知らないけど実は何人かと付き合ってたのかな。
「まあ、そこそこには」
「否定しないんだ」
「前は謙遜して否定してたんですけど、中学の時の学友から酷い罵詈雑言を受けたので。もう開き直ってそのまま言うことにしてます」
「しれっと言うね」
バレンタインになれば、毎年のようにすごい数のチョコを受け取ってたもんね。たまに手紙とか持って帰ってきた事も何度か見たことがある。男性と女性じゃ違うけど、ファンから貰ったプレゼントって嬉しいけど、たまに扱いに困るものがあるんだよね。食品とかは賞味期限とかもあるし、それこそチョコだと置き場所によっては溶けちゃう事もあった。ぬいぐるみは、私は見た事ないけど盗聴器とか付いてた事件もあったみたいで、小物くらいがちょうど良かったりする。
会場のお台場までは、車で三〇分も掛からずに着いた。お昼はステーキにしたけど、ケイ以外は一人前で十分お腹いっぱいになる。一人だけ三ポンドステーキを何枚もおかわりしてて、ニノが呆れたように見てた。
「こんなに食べるのによく毎日ご飯作れるね」
「毎日でもないよ。少ない時は少ないし、お肉とかだと量が多くても焼くだけで良いし」
「私は無理かも……。見てるだけで胸焼けしそう」
「そう? 作ったものなんでもパクパク食べてくれると嬉しいよ?」
リューキ君あんまり食べないけど、オーマさんはケイと同じくよく食べる。クローンとは言っても、何でもかんでも同じってわけじゃんだよね。
「……今惚気はいらない」
細身の子が良いって言ってたもんね。そろそろ結婚したいってこの前ぼやいてたけど、まだこの人って人はいないみたい。上下はないけど、ある程度年齢が近い方が良いみたい。この前暮石整骨院に行った時にクレイシさんが割と年も近くて良かったらしいけど、何となくクレイシさんはあんまりおすすめできないかも。コスモ君の方が良いけど、若いんだよねー。
お昼を食べ終えたら、車を停めて会場に向かう。
あっつい。けど、近づくたびにどんどん盛り上がってる音が大きくなって来てる。入り口の持ち物検査には護衛者さん達がいて入場者の大半が驚いてるような感じ。
挨拶して、すごい畏まった挨拶を返させる。手荷物検査をしたらやっと会場イン。
いろんな所を回るのも良いけど、場所取りも兼ねて屋上への向かう。その道中でもガタイの良いスーツを着た人たちが目立つから視界に入る。
「あんたのところの人たちでしょ? 過保護すぎない?」
「思ってたより多くて私もびっくりしてる」
ケイとアクアはいて当然だと思ってるのか、驚く素振りさえない。
屋上に着くと、日を遮る物がないから暑い。変装用でも帽子があって良かった。軽く見ると、お爺ちゃん達は見えない。さすがに直前に来るのかな。
「場所なら取っといてやるから、涼しい所に居ていいぞ」
「ううん、大丈夫だよ。せっかくだから楽しまないと」
ほんとに今は色んなグループがいる。それぞれ特徴があって、直感的にこの子はすごいって思う子は何人かいた。
どんどん入れ替わっていく。また見渡してみたら、おっきい人が二人見えたから、あそこにお爺ちゃんがいるのかな。
あっという間にルビー達の出番になる。少し、空はオレンジがかってきた。
サイリウムは箱推しでちゃんと三人分の色がある。このメンバーは全員そう。
「このイントロ懐かしい。やっぱり会場で聞くと違うね」
「そうだね。私もこっちからB小町を見ることになるとは思わなかったな」
「お互い大人になったもんね」
「本当にね」
三色のサイリウムがそれぞれのファンから上げられて、新生B小町のライブが始まる。
頑張ってね。
ここからはルビー達の時代だよ。